大人一夏の教師生活   作:ユータボウ

7 / 21
 26日に日間ランキングにインしたと思って、気付けばお気に入り数が3倍以上に増えてて思わず手が震えた。評価して下さった方々、お気に入り登録して下さった方々、ありがとうございます

 ランキングの ちからって すげー!


6話 二人の会談

 「それでは、織斑君のクラス代表就任を祝って──」

 

 「「「「「「「かんぱ~い!!!」」」」」」」

 

 パンパンパン、とクラッカーの弾ける音が食堂に響く。それを皮切りに生徒達は一斉に盛り付けられた料理へと向かっていった。ワイワイとあちこちから楽しそうな声が生まれ、静かだった空間が一気に騒がしくなる。

 

 現在行われているパーティは分かる通り、一年一組クラス代表の決定を祝うものだ。主役は当然織斑一夏、当の本人はこの場の空気に圧倒されたのか呆然としている。が、すぐ周りに人だかりが生まれて見えなくなった。

 

 今から二週間程前に行われたクラス代表決定戦は、俺が経験したのとほとんど同じ結果に終わった。序盤はオルコットのビットに織斑は翻弄されていたが次第に巻き返し、最後にはあと一歩というところで白式の単一仕様能力(ワンオブ・アビリティー)『零落白夜』のデメリットでエネルギー切れとなってしまったのだ。

 

 試合には負けたものの初心者が代表候補生相手に一歩も引かず、あまつさえ追い詰めてみせた。やはり世界最強のIS乗りの弟、その才能は尋常ではないということだろう。見ていた生徒達、それに戦ったオルコットも同じことを感じたのか、最終的に彼女がクラス代表を辞退し織斑へ譲ることで一連の出来事は終わりを迎えたのである。

 

 いやはや、それにしても凄いもんだ。俺もかつては織斑一夏であった以上、自画自賛のように聞こえるかもしれないが、彼の才能ははっきり言って異常だ。今はまだ未熟だがこれからどのように成長していくのか、教師としては非常に楽しみな逸材である。勿論、彼がいくら強くなろうとも俺は負ける気など全くないが。

 

 「一人で何を黄昏ているのだ、アイン先生」

 

 その一言にふと顔を上げれば、飲み物の入ったコップを片手に持った織斑先生の姿があった。コップの中身は……酒、だろうか。これはあくまで生徒達の集まりなのだから、酒なんてものがある方がおかしいのだが……まさか自分で用意したのか?

 

 「……いえ、少し考え事を。織斑先生こそどうして俺のところに?」

 

 「あまり賑やかなのは落ち着かんのでな。あぁ、隣いいか?」

 

 「どうぞどうぞ。あ、これどうです?パーティってことで焼いてきたんですけど」

 

 「戴こう」

 

 即答した織斑先生は俺の目の前にあったクッキーに手を伸ばす。未来において虚さんに伝授してもらった特製のクッキーだ、味はお墨付きである。案の定、織斑先生はそれを口に入れた途端に表情を綻ばせた。

 

 「……美味いな」

 

 「そりゃ良かった。気に入って頂けたなら何よりです」

 

 俺は小さく笑って紅茶の入ったカップを口に運んだ。彼女から視線を外して生徒達の方を見れば、織斑が見覚えのある二年生に声を掛けられている。あれは新聞部の生徒だ。名前は……黛だったか、一時期しつこいくらいに付け回されていたのは良く覚えている。なるほど、新聞部としては織斑は格好の獲物という訳か。

 

 「……すまないな、()()()

 

 不意に隣からポツリと謝る声が聞こえて俺は動きを止める。いつものような覇気がなく、そして弱々しい声だ。俺は織斑先生の意中を図ることが出来ず、ただ次の言葉を待った。

 

 「一夏のことはお前に任せっきりだ。私はあいつに厳しく当たるだけで、姉らしいことが何一つ出来ていない」

 

 酔いのせいか、口の軽くなった織斑先生から次々と心中が吐露されていく。一夏に失望されていないだろうか、姉として失格ではないのか、等々。コップの中身を煽りながら弱音を溢すという、普段の様子からは考えられないその様子に俺はただ無言で耳を傾けた。この食堂中が賑やかな筈なのに、俺達の周りだけが静かになったかのような錯覚を覚える。

 

 これは恐らく自己嫌悪だ。教師だからという理由で、何よりも大切な存在に誰よりも厳しく接してしまう。織斑のことを想うが故の行動の筈なのに、理不尽とも捉えられかねない振る舞いをしてしまう。そんなことを繰り返す自分に、この人は心底嫌気が差しているのだろう。

 

 

 

 なんというか、相変わらず不器用な人だ。

 

 

 

 「……すまない、妙なことを言ったな。忘れてくれ」

 

 「……それ、考えすぎですよ」

 

 俺の台詞に俯いていた織斑先生が目を丸くして此方を向く。頬の辺りがやや赤く染まっており、漂う酒気から随分と酔っているのが分かる。

 

 「織斑の奴、今日の授業で急停止に失敗して地面に大穴を開けましたよね?それ埋めてる時に言ってました、『こんなんじゃ千冬姉を守れない』って」

 

 「……」

 

 織斑先生は無言のままだ。俺が話し、先生が聞く。いつの間にか、さっきとは反対の構図になっていた。

 

 「『世界一のIS操縦者、その弟が弱くちゃ千冬姉の格好がつきません。だから、俺は強くなりたいんです』、彼はそうも言ってました。話を聞いているだけでも織斑がどれだけ先生を尊敬しているのかが良く分かりましたよ。だから──

 

 

 

 大丈夫です、()()()()の想いは織斑にちゃんと届いていますよ」

 

 

 

 

 アインという教師として、そしてかつて織斑一夏だった者として、最後の一言だけは自信を持って断言出来る。織斑一夏にとって織斑千冬とは姉であり親も同然の存在だ。自分を自分たらしめた大切な人を、どうして疑い失望するようなことが出来ようか。

 

 織斑先生は何も言わなかった。俺の言葉を聞きながら、ただただじっと目を伏せている。そして不意にその肩がぐらっと揺れ……ゆっくりと俺の肩へと下りてきた。

 

 「……すぅ……すぅ」

 

 「……ははっ」

 

 穏やかな寝息に思わず苦笑する。参ったな、この人が潰れるなんて考えてもみなかった。結構酒には強かったんだけどなぁ……このパーティの騒がしくも賑やかな雰囲気に呑まれたということだろうか。

 

 俺は肩の辺りに寄り掛かってすぅすぅと眠る織斑先生を少しだけ眺めた。こうやって彼女が無防備な姿を晒すことなど滅多にない。こうして見るとやはり美人だということをあらためて思い知らされる。いつもの不機嫌そうにも見える表情はすっかり緩みきっており、また酒に酔ったせいで上気した肌がやけに色っぽい。

 

 

 

 ──なんだこの人、超可愛いな。

 

 

 

 一瞬頭に写真でも撮っておこうかという邪な考えが過るが、バレた時に命を取られかねないので断念した。一度死んだ身とはいえ命は惜しい。心の中に今の彼女をしっかりと刻み込み、一度深呼吸をしてから起こさないようにゆっくりと背負う。所謂、おんぶの体勢だ。多分、皆騒ぐんだろうなぁ……

 

 「キャアアアアアアアア!!」

 

 「千冬お姉様ァ!!」

 

 「素敵!素敵だわ!」

 

 「我が生涯に一片の悔いなし」

 

 案の定、パシャ、パシャとあちこちからシャッターを切る音と黄色い叫び声が聞こえる。これだけで如何に織斑先生が慕われているか、尊敬されているかが良く分かるだろう。

 

 「織斑、先生を部屋へ送り届けてくるまでここを空けるからな。すまないが戻るまで皆を宜しく頼む」

 

 「は、はい!」

 

 織斑に声を掛けてから俺は食堂を出る。山田先生がいてくれたら問題なかったんだがなぁ……こんな日に限って体調不良とは運のないことだ。とりあえずオルコットからの視線が特に痛かったがそこはスルーしておく。

 

 食堂から出るとそこは中の熱が嘘のように冷たかった。だんだんと暖かくなってきているとはいえまだ四月の下旬だ、気紛れに吹く風には肌寒さを感じる。尤も、織斑先生を背負う背中は大変暖かいのだが。ていうかこの人体重軽いな。女の子っては皆こうなのか?

 

 「む……ぅん……いちか……」

 

 「あー……はいはい、一夏はここにおりますよ。だから安心してくれ……千冬姉」

 

 「……ん」

 

 ギュッと、後ろから回されていた腕に力が入ったような気がする。全く、一夏()もシスコンなのは認めるがこの人も大概ブラコンだな。まぁ両親のいない家庭だったし、こうなるのも必然だと言えるかもしれない。時折、耳元に掛けられる吐息に驚きながらも俺達は無事に寮監室の前まで辿り着いた。だが、ここで一つ問題が発生する。

 

 「(部屋の鍵、持ってねえや……)」

 

 恐らく織斑先生自身は持っているのだろう。だが当人は現在俺の背中でお休み中だ。鍵を出してと頼んだところで意味はないし、ましてや俺が彼女の体中をまさぐって探すなんてのは論外だ。

 

 「(……しょうがねえか)」

 

 俺は織斑先生を起こさぬよう気を付けながらポケットより自室の鍵を取り出し、目の前の扉とは隣側にある扉へ突き刺す。ガチャッと音がするのを確認してから扉を開け、部屋のベッドへゆっくりと彼女を下ろした。靴やネクタイ、上着を脱がせ、カッターシャツのボタンを幾つか外して寝苦しくならないようにする。

 

 「むぅ……すぅ……」

 

 「こんなもんかな……」

 

 横になった彼女へ布団を被せながら呟く。後は書き置きくらいは残していけば大丈夫だろう。胸ポケットから取り出したメモ帳のページを一つちぎり、さらさらっと一言を書いて机の上に置いた。うん、これでいいか。

 

 最後に俺は織斑先生の寝顔を一瞥した。これが箒とかセシリアとかの恋人関係の女性だったなら、迷わず唇にキスの一つでも落としていくのだが……織斑にあの場を任せている以上、今は早く食堂に戻らなければならない。電気を消せば部屋は暗闇に包まれて静寂が訪れる。

 

 「お休みなさい、千冬さん」

 

 その一言だけを言い残し、俺は部屋を後にした。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「ん……んんっ……!」

 

 カーテンの隙間から射し込む光に織斑千冬は目を覚ます。目覚めて最初に感じた軽い頭痛に微睡んでいた意識が覚醒し、一度大きく背中を伸ばした。

 

 「(ここ、は……)」

 

 軽く辺りを見回せば自分が同僚の部屋で眠っていたことに気が付く。綺麗に整理整頓された、やや殺風景にも見えるこの部屋を彼女は良く知っていた。そしてその部屋で自分が眠っていたということは──

 

 「(少し酒を飲みすぎたか……またあいつに迷惑を掛けたな)」

 

 酔い潰れた千冬がこうしてアインの部屋に運び込まれることは、何も初めてのことではない。むしろ毎度のこととも言えるだろう。

 

 ノロノロとベッドから出た千冬は、机の上に置かれた書き置きに目をやる。こうしてアインが書き置きを残しているのもいつものことだった。さっと内容に目を通した千冬は軽く身嗜みを整え、上着を羽織って部屋を出る

 時刻はまだ早朝の五時前、故にこの一年生学生寮はしんと静まり返っていた。カツカツと階段を上がる音さえも千冬にはやけに大きく感じる。そしてそのまま彼女は屋上へと至り──そこで空を見上げる()を見た。

 

 「おはようございます、織斑先生」

 

 「……あぁ、おはよう」

 

 声を掛けようとしたその寸前、先に向こうの方から声を掛けられたことに千冬は一瞬面を食らう。その男は、アインはそんな千冬を見て、まるで悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。その口にはゆらゆらと煙を上げる煙草が咥えられており、いつもとは違った姿を見せている。まだ完全に昇り切らない太陽を背にしたアインの姿に、千冬は思わず見蕩れて足を止めた。

 

 「気分の方はどうです?」

 

 「……問題ない。いつもすまないな、アイン」

 

 「いえいえ、大したことはしてませんよ」

 

 そう言ってアインは煙草の灰を携帯用灰皿に落とした。その拍子に灰の長髪がふわりと揺れる。行動の一々が絵になる男だ、千冬は彼を内心でそう評価した。止まっていた足が動き出し、自然とアインの隣へと並ぶ。海の上に輝く太陽の光が眩しく、思わず光に向かって手を(かざ)した。

 

 「……いい朝だな」

 

 「ええ、全くです」

 

 千冬の言葉にアインは頷く。会話はないがこの静けさが二人には心地良かった。何をする訳でもなく、千冬とアインはただぼんやりと太陽の昇っていく青空を眺め続けた。

 




 アイン 旧名織斑一夏。パーティ終了後は片付けに追われ、最終的に学生寮の屋上で一夜を明かした。煙草は生徒のいないところで嗜む程度

 虚(未来) 刀奈専属のメイドさんであり親友。セシリアと並んでアインに礼儀作法を教えた人物でもある。これによりアインは仕えられる側、仕える側の両名から指導を受けることとなった

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。