大人一夏の教師生活   作:ユータボウ

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2話 男の過去と今

 突然だが俺が織斑一夏だった頃の話をしよう。

 

 俺がまだ織斑一夏で、そしてIS学園の二年生たった頃、テロ組織亡国機業(ファントム・タスク)が本格的に動き始めた。それまでにも何度か刃を交えたこともある俺達だったが、それはあくまで学園内での話。IS学園というある意味での牢獄に縛られていた俺達は、学園の外で奴等が引き起こした惨状をただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 世界各地の主要都市に対して行われた無人機による同時襲撃。

 

 数万人を越える犠牲者を出したこの事件を切っ掛けに、戦争の火蓋は唐突に切って落とされた。

 

 

 

 ISという兵器に対し国家という存在はあまりに無力だった。僅か半月の間に世界から七割以上の国が国としての機能を失い、消滅した。それからも亡国機業の圧倒的物量の前に抵抗を続けていた大国も一つ、また一つと壊滅していく。

 

 そんな中でも数多の代表候補生を有するIS学園は、決して小さくない被害を出しながらも生き残っていた。生徒と教師が一丸となってなんとか乗り切ろうと動き始め、また俺を含めた専用機持ちは戦力として特に重宝されて、学園を襲い来る亡国機業の尖兵達と戦い続けた

 

 このような事態にISの発明者、篠ノ之束は従来の機体の性能を遥かに越える()()()()()を開発、IS学園にて抵抗を続ける俺や仲間達へ与えた。

 

 第五世代機。

 

 そのコンセプトは『兵器としての完成形』。

 

 『白式・零』

 

 『紅飛沫(べにしぶき)

 

 『血涙(ブラッド・ティアーズ)

 

 『神龍(シェンロン)

 

 『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅤ』

 

 『黒き死(シュヴァルツェア・トート)

 

 『錬鉄』

 

 『虐殺の処女(メイデン・オブ・マサカ)

 

 その力はまさに圧倒的。それまで苦戦していた無人機を難なく撃破した俺達は、一年の時を経て亡国機業への反撃へと転ずる。

 

 

 

 

 質と物量の戦争

 

 

 

 第五世代機を受け取った人物の一人である俺は専用機『白式・零』を操り、数多くの敵を斬り伏せた。実際に人も手に掛けた。そしてその過程で左腕を失って義手となり、左目に攻撃を受けて火傷を負い義眼となった。傷を癒すためにナノマシンや薬物を過剰に取り込み、結果体が内側から変化し髪の毛の色素も抜けた。戦いを重ねる毎に、俺は全うな人間から離れていった。

 

 でも構わなかった。それで皆を守れるならこの身がどうなろうとも。そんな思いとは逆に、俺は戦いが長引くに連れて大切な存在を失っていく。

 

 

 

 大切な親友を。

 

 共に生きようと約束した恋人達を。

 

 様々なことを教えてくれた恩師達を。

 

 そして、最愛の肉親を。

 

 

 

 全てを失った俺は、それでも一人足掻き続けた。箒が、セシリアが、鈴が、シャルが、ラウラが、簪が、刀奈が、のほほんさんが、虚さんが、真耶さんが、千冬姉が、俺に生きてくれと願ったから。とっくに滅び去った学園に一人俺は残り、無人機の群れを相手に剣を振るって戦った。

 

 

 

 そして最後に立ちはだかったのは漆黒のISを纏う少女、マドカ。

 

 千冬姉と同じ剣を持ち、千冬姉と同じ顔をした、千冬姉の仇の少女。

 

 

 

 俺は彼女に一騎討ちを挑み、そして敗北した。一振りの刃にこの胸を貫かれ、冷たく暗い海へと墜ちていった。己の無力さを嘆く余裕などなく、ただ極寒の奔流に翻弄されて藻屑となる……その筈だったのだ。

 

 気付けば俺はIS学園のベッドの上で、ここがあの時から六年も前だと知った。初めは訳がわからず混乱した。しかし時間が経つに連れてあの悲劇を防げるかもしれないということに気が付くと、不思議な程に頭が冴えていった。

 

 俺の知る皆はこの世界にはいない。

 

 しかしそれでも、戦争のない平和な未来を作れるのなら。

 

 俺は十蔵さんに頭を下げて必死で頼み込み、名前を捨ててIS学園で教師として生きる道を選んだ。ごたごたはたくさんあったがそれもやり過ごし、織斑一夏ではなくただのアインとして、来るべき日のために今も牙を研ぎ続けている。自分以外の未来を守る、それだけのために。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 職員室にはキーボードを叩く音が響いている。他の先生達は既に仕事を終えた夜の九時頃、織斑先生だけが一人パソコンと向き合っていた。俺はそんな彼女に後ろからゆっくりと近付き、マウスの傍らにブラックコーヒーの入ったカップを置く。そこで漸く俺に気が付いたのか、織斑先生ははっとして俺を見上げた。

 

 「あんまり無理すると体壊しますよ?まだ若いんですから」

 

 「随分年寄りらしいことを言うな。お前は私より年下だろう」

 

 口ではそう言う彼女だがその表情を少しだけ綻んでおり、手はコーヒーのカップへと伸びていた。それを見届けてから俺もまた自分のコーヒーを一口啜り、デスクにあったイスへ腰を掛けた。その際にチラリと織斑先生のパソコンを覗き見るのも忘れない。

 

 「政府からですか?」

 

 「あぁ。『織斑一夏の動向等を逐一報告しろ』などとふざけたことを抜かしていてな、ここまで苛立ったのも久しぶりだよ」

 

 「奴等は人を苛立たせる才能でもあるんじゃないですかね」

 

 「全くだな」

 

 ちょっとした冗談を言ってみるが全然笑えない。IS学園ってのは一つの独立した機関であって、日本を含むあらゆる国からの干渉も受けないという決まりがある。半ば有名無実化している決まりではあるものの、これを掲げればこのような政府からの指示であっても聞いてやる義理はない。まぁ、だからといって実際にこういう類いのものが届くと腹が立たない訳がないのだが。

 

 織斑先生は他にも色んな組織からメッセージが届いていると言って、少しだけそれらを見させてくれた。日本以外の政府からの情報提供を求めるもの、女性権利団体から織斑一夏の即刻退学を求めるもの、ついでに俺もクビを求めるものもある。男がISを動かしていい筈がないとか……何言ってんだこの馬鹿共は。一通り目を通した後でそれらを全て消去すると、なんだか気分がスッキリした。

 

 「ちっ、どいつもこいつも……私の弟を一体なんだと……」

 

 「弟さん、大切なんですね」

 

 それは俺にとっても、また織斑先生にとっても分かりきっている質問だった。知っているとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことくらい。俺が知らない筈がなかった。

 

 「……あぁ、私にとって一夏は唯一の家族だからな」

 

 織斑先生はそう言って少し気恥ずかしそうに目を逸らした。その仕草が千冬姉と全く変わりがなくて、ついつい笑みを浮かべてしまった。そしてキッと睨み付けてくる視線が怖い。おっかねえなぁ全く。

 

 「ははっ、そろそろ時間ですね。明日も普通に授業がありますしこの辺にしときましょう?」

 

 「そうだな」

 

 残ったコーヒーをグイッと飲み干し、手早く片付けて戸締まりを行う。俺達二人は一年生の学生寮の寮監だ、故に戻る方向も同じである。誰もいない寮までの静かな道を、二人並んでゆっくりと歩いていく。時折気紛れに吹く夜風に、織斑先生は少しだけ震えていた。

 

 「……まだ寒いな」

 

 「四月の頭ですからねえ。夜はまだ冷えますよ。今日は暖かくして寝ないといけませんね」

 

 「分かっている。全く、一々細かいところまで口を出すところは(一夏)そっくりだな」

 

 だって一夏ですから、とは言わない。俺の姉は今から二年後に失った千冬姉ただ一人で、目の前にいるのは織斑千冬というアイン()とは無縁の女性なのだから。ただ、世話好きというかおせっかいというか、このなんにでも首を突っ込みたくなる性格だけは治せそうにない。馬鹿は死んでも治らないというやつだ。

 

 「だったら言われないようにしっかりしてください。手始めに部屋の掃除とかから」

 

 「ぐっ……!」

 

 週一で彼女の部屋の掃除に行ってる俺としては、ぜひとも早く掃除をマスターしてほしいところである。どんなに綺麗に片付けようとも一週間で元の惨状に戻ってしまうのは、流石に掃除する身としても勘弁願いたいのだ。

 

 「か、勝手に掃除しに来るのはお前だろう!」

 

 「あ、なんすかその言い草は。ていうか二週間放置してたら異臭放ち出すんですけど先生の部屋。隣人としては流石に見逃せないかな~って。いけませんよ、今時家事の一つも出来ないなんて。結婚とか……先生がする気あるならですけど、どうするんで」

 

 結婚、この言葉を口に出した瞬間にガシッと頭を掴まれた。台詞が途中で途切れる。ブリュンヒルデ必殺アイアンクロー。万力も裸足で逃げ出す程のパワーで相手の頭を握り潰す。相手は死ぬ。

 

 「痛だだだだだだだだだだだ!?!?ストップ!ストォップ!」

 

 「貴様が余計なことを言うからだ、この馬鹿者め」

 

 ふ~……危ねえ……マジで頭割れるかと思った。俺みたいにナノマシンやら薬やらで体弄ってない筈なのに、一体どこからこんなパワーが生まれるのやら。恐ろしいぜ全く。

 

 と、こんな感じで歩いているとすぐに一年生の学生寮に到着した。校舎からこの寮までの距離はおよそ五十メートル、全力で走れば五秒と掛からない程の近さだ。俺達は隣り合う二つの寮長室の前まで一緒に歩き、そしてそこで別れた。

 

 「お休みなさい、織斑先生」

 

 「あぁ、お休み」

 

 いつの間にか恒例となっていた、「お休み」の一言と共に。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 部屋に帰ってきた私はまず初めに明かりをつける。真っ暗だった部屋に光が生まれ、そして隅々までを照らしていく。着替えや空の空き缶、つまみのごみがあちこちに散らばるこの部屋は、確かに成人の女性がしていいものではない。一夏やアイン以外には見せられないな。

 

 私は最初、アインという男が気に入らなかった。性別に関してはそこまで気にしていなかったが、妙に馴れ馴れしいというか……奴の纏う()()()()()()()()()()というか……ともかく同期であっても私はあいつが好きではなかったのだ。

 

 そんな私の気持ちとは裏腹に、アインは教師としては一流だった。誰よりも早く多くの仕事をこなし、授業は分かりやすく時々生徒を笑顔にしてみせて、操縦技術も整備技術もまた他の教師よりもずっと優れていた。お目付け役としてあいつと行動することが多かった私は、あいつが如何に優れた人物であるかを盛大に思い知らされた。にも関わらず、あの男は周りから称賛された時はいつもこう言うのだ──俺なんてまだまだですよ、と。

 

 アインは世間一般の男とは違う、それが私達IS学園教師の共通認識だった。誰が相手であろうとも態度を変えず、傲ることもへつらうこともしない。男なんて、と言っていた者も次第に少なくなっていき、そして誰もが奴のことを認めていった。

 

 私──織斑千冬もまた、そんな中の一人に含まれるだろう。

 

 しかしそんな誰もが認めるアインだが、私達があいつについて知っていることは驚くほど少ない。そもそもあいつ自身が話したがらないのだ。

 

 ドイツ語の『1』を表す、まるで記号のような名前。

 

 偽名なのか、そういう存在として生み出されたのかは分からない。だからといって知ろうとも思わない。あいつが話したがらないことを無理にでも聞くような、無粋な真似もしたくないのだ。我々教師にとって、アインの過去を聞かないことは暗黙の了解だった。

 

 熱いシャワーを浴びてから寝間着に着替え、押し入れから厚めの毛布を取り出す。冬に使っていた物だから押し入れの手前にあり、取り出すことは容易だった。グシャグシャになっていたベッドの掛け布団を伸ばし、毛布をその上から掛ける。明かりを消してからそこに潜り込めば、湯冷めし始めていた肌が段々と温もりに包まれてきた。同時に、心地よい睡魔もだ。

 

 今夜は寒さに震えず、気持ちよく眠ることが出来そうだ。

 

 灰の長髪を持つ眼帯の優しい男が一瞬頭を過り、そして私は眠りに落ちていった。

 




 第五世代機はオリジナルです。名前が物騒なのは本物の兵器だから

 アイン 旧名織斑一夏。やたらスペックの高い主人公。専用機『白式・零』は待機形態の指輪として身に付けている。未来ではヒロイン全員+αを嫁にしたハーレム王。マモレナカッタ……

 千冬(未来) 誰よりも強く、厳しく、そして優しかった人。マドカに敗北して命を落とした

 マドカ(未来) ラスボス

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