大人一夏の教師生活   作:ユータボウ

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更新が遅れまして申し訳ありません。特別編が想像以上に進まないので先に本編を更新します。


18話 休日

 はっきり言って、俺は篠ノ之束という人が苦手だ。

 

 いつも浮かべている貼り付けたような笑顔。

 

 全てを見透かしたかのような言動。

 

 人間という生物は自分が理解出来ない存在を嫌う。ならば俺があの人のことを心のどこかで恐れているのは、あの人が何を考えているのか、何をやろうとしているのかが全く理解出来ないからだろう。こう考えているのは多分俺だけではあるまい。大部分の人間は俺と同じで、それこそ親友だった千冬姉や妹である箒すら、あの人を完璧には理解しきれなかったに違いない。

 

 

 

 女尊男卑の世の中になっても、どうでもいいと一蹴した。

 

 犯罪組織の亡国機業(ファントム・タスク)と接触し、マドカに専用機の黒騎士を与えた。

 

 俺達の専用機を改造し、第五世代機を作り上げた。

 

 千冬姉が死んでも、箒が死んでも、悲しそうな顔をしただけで一滴の涙も流さなかった。

 

 

 

 彼女には恩がある。それも莫大な恩だ。白式という専用機を作ってもらったこともあれば、それを白式・零へと改造してもらったこともある。左目と左腕を失った際にはどこからかやって来てわざわざ義眼と義手を渡してくれた。勿論、今挙げたもの以外にもあるのだが、流石に全てを挙げようとすればきりがない。つまり、それほどまでに俺はあの人の世話になっているということだ。

 

 

 だがしかし、それでも、

 

 結局俺は昔から今に至るまで、あの人のことが全然分からないままなのだ。

 

 何故どうでもいいと一蹴したのか?

 

 何故亡国機業と接触したのか?

 

 何故第五世代機を作り上げたのか?

 

 

 

 何故──涙を流さなかったのか?

 

 

 

 

 だから俺は、何度だって言おう。

 

 

 俺はあの人が──篠ノ之束が苦手だ。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 窓の隙間から射し込む日光が眩しい。パチリと目を覚ました俺はまず一番に欠伸をするのだが、その際に何やら腹の辺りに違和感を感じた。少し重くてそれでいて温かく、懐かしさすら覚える感覚だ。俺はこの感覚をよく知っている。あぁ、よく知っているとも。心地のいい微睡みが瞬時に消え去り、額から冷や汗が流れる。それを寝間着の袖で拭うと布団の端をゆっくりと剥がしていき──

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 そこで気持ち良さそうに眠る銀髪の兎に思わず溜め息をついた。布団を僅かに剥いだことで少し寒くなったのか、彼女は一度身震いするとさっきよりも強い力で俺にくっついてくる。もう七月に入っているのに寒いも何もあるまいと思うかもしれないが、まぁ全裸ならばその気持ちも分からなくはない。

 

 そう、全裸だ。

 

 生まれたての姿で、素っ裸で、すっぽんぽんなのだ。今の体勢からは背中辺りしか見えていないのが不幸中の幸いか。

 

 「はぁぁぁ……」

 

 とにかく頭が痛い。目覚めた直後から頭痛に悩まされるとは、どうやら今日はあまりついてない日のようだ。せっかくのお出掛け日和だと言うのに。占いでも見てみれば天秤座は堂々の最下位を飾っているに違いない。と、まぁいつまでも現実逃避していても仕方なく、俺は幸せそうな顔をして俺にしがみつく兎さん──ラウラ・ボーデヴィッヒの頬っぺたをツンツンと二度指で突っついた。うむ、柔らかい。

 

 「ん……んん……?」

 

 「Guten Morgen(いい朝だな)、ボーデヴィッヒ。とりあえず顔洗いたいから離れてくれるか?」

 

 「ん……Guten Morgen(おはようございます)Vater(お父さん)

 

 誰がお父さんだ。俺はほにゃりと寝惚けた笑みを浮かべるボーデヴィッヒを見て内心で呟く。そりゃ何事もなかったら俺だってお父さんになってたんだろうが、少なくとも今はこんな大きな娘を持った覚えはない。再度溜め息をついてから強引に体を起こし、腰にボーデヴィッヒをしがみつかせたまま洗面所へと足を運ぶ。冷たい水で不快だった汗を流すのはとても気持ちが良かった。タオルで顔を拭い、そそくさと眼帯を付ける。

 

 「それでボーデヴィッヒ、なんで俺の部屋に来た?」

 

 「なんだ。来てはいけなかったのか?」

 

 顔から水を滴らせながらきょとんとした表情を浮かべるボーデヴィッヒ。無論、全裸で。俺は布団のシーツを引き剥がすとそれをタオルと一緒に投げつけ、スタスタと今度はキッチンの方へと移動した。本当ならもう少しゆっくりしていたかったが、思わぬ事態に意識が完全に覚醒してしまったのだから仕方がない。済ませることはさっさと済ましてしまおう。

 

 「いいか悪いかの二択なら後者だよ。で、俺のとこに来た理由は?ついでに着替えてくれると助かるんだが」

 

 「うむ、実はだな──」

 

 つらつらと彼女の口から語られる言葉を聞きながら朝食の準備を進める。学園の食堂が開くまでまだ一時間程掛かるし、そろそろ使わなければいけない食材が冷蔵庫にたくさん眠っているのだ。料理の腕を落とさないためにも、今日は自分で朝食を作ることにする。

 

 「──と、いうことなのだ」

 

 「……えっと、つまり数日前に織斑のところにも同じように潜り込んだが、思っていたよりも結果が良くなかった。だから同じ男である俺のところにも潜り込んでみて、反応を確かめると同時に一体何が駄目なのか聞いてみよう、と……」

 

 「あぁ、要約するとそうなるな」

 

 それでどうだった、と。その辺に畳まれていた私物と思われる制服や下着に手を伸ばしながら、何故か期待に満ちた眼差しで此方を見つめるボーデヴィッヒ。だが、個人的には駄目なのは全部だとしか言いようがない。というか誰だ、彼女にそんなことをするように教えたのは……って、クラリッサさんしかいないじゃん。此方に向けてドヤ顔でピースをしてくるあの人の姿が頭に浮かぶ。アンタ上官になんてこと教えてんだ。

 

 「どうだったとか、もうそういう以前の問題だろ。ていうか、お前と織斑の超個人的な問題に俺を巻き込まれても困るんだが……」

 

 「むむむ、やはりおかしい。クラリッサの情報通りにならないではないか」

 

 「俺としてはその情報とやらを信じないことを勧めるよ」

 

 別にクラリッサさんが悪いという訳ではない。人格や能力といった面から見れば、あの人は間違いなく優秀な部類に含まれるだろう。そうでなければ、軍において大尉という階級を与えられる筈がない。ただ、彼女の持つ知識が致命的に片寄っているだけなのだ。

 

 その後も夫婦とは何をすべき仲なのかとか、男というのは何をされたら喜ぶものなのかといった話をしながら、俺とボーデヴィッヒはそのまま朝食を共にした。ベーコンエッグにトースト、そしてコーヒーというよくあるメニューではあったが、味の方もそれなりで存外に満足のいく出来だったと言わせてもらおう。そして片付けをこなし、部屋から出ていく彼女を見送った後は家事の時間である。掃除に洗濯、その他諸々を効率良くテキパキと終わらせる。最早、習慣と化した動きだなぁと我ながら感心する程だった。

 

 「さて、と……」

 

 部屋の隅に掃除機を片付けながらほっと息をつく。これでやるべきことは済んだだろう。

 

 ここからはお出掛けの時間だ。俺と織斑先生、そして山田先生の三人でである。誤解のないように言わせてもらうが、これはデートではない。

 

 デートではないのだ。

 

 さて、お出掛けをするにおいて服装というのは非常に重要だ。特に今回は織斑先生と山田先生がいるため、適当な格好をしていくなど言語道断である。俺だって女性にはカッコよく見られたいし、何よりも俺がダサいせいで二人に嫌な思いをさせたくない。部屋の隅に鎮座しているクローゼットを開き、ハンガーに掛けられた服を一つずつチェックしていく。天気予報によると今日は一日中晴れる予定らしい、ならばそれに合わせた過ごしやすい格好の方が良さそうだ。

 

 そして数十分に及ぶ吟味の結果、トップスに白のカットソーとネイビーのジャケット。ボトムスにアンクルパンツという定番の組み合わせで行くことに決定した。下手に冒険するよりは安全策を選ぶ方が賢明だ。最後にハンチング帽を頭に乗せ、鏡の前で幾つかのポーズを取る。うん、多分悪くない。眼帯と火傷の痕さえなければもっと良かったかもしれないな。それに姿見がないので全身像をキチンと確かめられないのが少々残念である。なんにせよ、これで俺の準備は整った。後は……

 

 「……まだ一時間もあるのか」

 

 想定外の早起きが原因で生まれたこの暇をどう潰すかだろう。ポケットから取り出した携帯端末でニュースを確認しつつ、コーヒーを再度淹れるべくキッチンへと向かった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「おはようございます。織斑先生、山田先生」

 

 「あぁ、おはよう」

 

 「おはようございますアイン先生」

 

 太陽が燦々と煌めく空の下、約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所へ現れた二人に俺はペコリと頭を下げる。山田先生はいつものゆったりとしたワンピース姿、そして織斑先生は普段に比べるとややカジュアルなサマースーツ姿だった。なんというか、二人があまりにもいつもと同じ格好でいるところを見ると、俺一人だけ気合いを入れすぎているような気がしてならない。浮いていないかなと心配する俺だが、ふと山田先生が何やら此方をじっと見ていることに気が付いた。

 

 「わぁ~……!私、アイン先生の私服って久しぶりに見たような気がします。いつもスーツ姿ですからなんだか新鮮ですね~……」

 

 「えっと……まぁ、俺だってまだ二十一ですし。そりゃお洒落の一つや二つくらいしますよ」

 

 似合ってますか、と。そう尋ねると彼女は笑顔でこくりと頷いてくれた。それを見てほっと胸を撫で下ろす。杞憂であってくれて助かった。一方の織斑先生だが、一人頭を抱えてボソボソと何かを呟いている。途切れ途切れに聞こえる単語から察するに、さっき俺が言った『お洒落くらいする』という発言がクリティカルヒットしたらしい。

 

 そういえばこの人がスーツとジャージと寝間着以外の服を着ているところを見たことがないような気がする。まさか私服の類いを一着も持っていないなんてことはあるまいと思うかもしれないが、この人に限ってはそのまさかがあり得るのだから笑えない。だって織斑先生、飲み会とか慰安旅行とかの時も基本スーツ姿だったし。なんにせよ、このままでは彼女が可哀想で仕方がないな。

 

 「二十四……今年で二十四なのに……」

 

 「あ、あの織斑先生?良かったら今日は水着買った後で服とか見ませんか?あの辺って結構そういう店なんかも充実してますし、ね?」

 

 「……うん」

 

 俺の提案に俯いたまま弱々しく首を縦に振る織斑先生はまるで小動物のようだ。俺の上着の裾を小さく握っているところとか特に。そんならしくない仕草に俺と山田先生は思わず笑みを浮かべた。

 

 「さて、じゃあ行きましょうか」

 

 その一言を合図に俺達は動き始める。目的地は学園からモノレールに乗ること十数分。本土の大型ショッピングモール、レゾナンスだ。

 


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