デュノアとボーデヴィッヒが転校してきて今日で五日が経つ。更識に言われた通りデュノアのことは可能な範囲で監視しているが、今のところ怪しい動きをしている素振りはない。むしろ織斑の方から寄っていっている気もするが、そこは同じ男でしかも同年代、今まで男子生徒一人でやってきた彼には漸く出来た男友達という訳だ。一緒にいたがるのも無理はないだろう。まぁ、特に大きな問題はない。
問題はボーデヴィッヒの方だった。転校してきたあの日以来、彼女は誰にも構わず一人っきりなのだ。一応俺だって何回か声を掛けてみたりもしたのだが、彼女は常に近寄るなってオーラ全開なので正直キツい。これじゃ一般の生徒が近付かないのも当たり前だろう。結局、全く何も出来ないままただただ時間だけが過ぎていった。
「……どうしよ」
第三アリーナの管制室、そこで俺はくるくるとそこらにあったボールペンを回しつつぼやく。もう少し上手くいくものだと思っていただけに、失敗すると次の手がなかなか浮かばない。まさかあそこまで徹底的に拒絶されるとは……なんとかなるだろうと楽観的に考えていた数日前の自分が恨めしい。と、まぁそんな感じで頭を悩ませていた時だった。
「……あいつら」
突如アリーナに響いた二発の轟音と何かがぶつかったような金属音。眼帯を外して音の方向へ義眼をやれば、そこには件のボーデヴィッヒと専用機持ち四人+篠ノ之が何やら険悪な雰囲気を漂わせて睨み合っていた。確かボーデヴィッヒは先程まではいなかった筈……ということは突如現れた彼女が織斑を狙ってリボルバーカノンを発砲、それをデュノアが手にしているアサルトカノンで防いだといったところか。ほどいた眼帯を付け直しながら溜め息を一つ、俺はアナウンス用のマイクへと手を伸ばした。
『あー、あー、そこの専用機持ち!クラス、学年、出席番号を言え!それと模擬戦なら双方の合意の下に指定された模擬戦用のスペースを使ってやるように!それ以外の場所で人に向けて武器を使用することは禁止されている!』
スピーカーでアリーナ中に響く俺の声は当然ボーデヴィッヒの耳にも入る。クラスも学年も出席番号も分かっているが、これは言わなければならないことなのだ。
で、肝心のボーデヴィッヒだがどうやら二度も邪魔されて興が削がれたようで、大人しくアリーナゲートの方へと去っていった。さて……とりあえず今アリーナを任されている身としてお説教に行きましょうかね。椅子から飛び上がるようにして立ち上がった俺はすぐさまダッシュし、アリーナから立ち去ろうとしていたボーデヴィッヒの背中に追い付いた。やっぱりあの銀髪は目立つな、すぐに見つけられたぞ。
「ボーデヴィッヒ」
「……」
「……てい!」
「ふぎゃ!?」
ゴスッと小さな頭に拳骨を落とした。全力でやれば割りと洒落にならないので手加減はしたがそれても結構痛い筈だ。案の定、ボーデヴィッヒは殴られた部分を押さえて悶絶し、復活した後はキッと此方を睨んできた。少し涙目なのはご愛嬌か。
「き、貴様!何をする!?」
「此方の台詞だ馬鹿野郎。せっかく口頭だけの注意で済ませてやろうかと思ったのに無視までして……そうなったら手が出るのは当たり前だろ。文句があるなら自分の行いを振り返ってみればいい。アリーナの利用規則を破ったのはお前だからな」
その一言に彼女はうっと言葉を詰まらせる。どうやら自分が規則やらなんやらを破ったという自覚はあるようだ。まぁ、自覚があるだけでは意味はないのだが。
「いいかボーデヴィッヒ、お前がレールカノンを放った近くには全く関係ない生徒達が多くいた。万が一にも彼女達が怪我をした時、お前はどうする気だった?」
俺はさっきのアリーナの状況を思い出す。そこにいた生徒達の多くは訓練機を纏ってはいたが、ISスーツだけで立っていた者もいた。小口径の弾丸くらいなら防ぐことの出来るISスーツだが、ISの攻撃に対しては無力に等しい。もし、ボーデヴィッヒの放った砲撃が彼女達を巻き込んでいたらどうなるか、そんなことは想像するに難くなかった。
「……ISをファッションか何かと勘違いしている連中など、そのくらいの目に遭わなければ考えを改めまい」
「だがそれは怪我をさせていい理由にはならない。自分の思い通りにならない者はどうなっても構わないなんて、お前の考えはテロリストと同じだよ」
苦々しく呟いたボーデヴィッヒにそう返せば、悔しそうに拳を握って歯を食い縛る。誇り高き軍人である自分が忌むべきテロリストと同じだと言われたのだ、当然の反応だろう。しかしそんな行いをしたのは他でもない、彼女自身なのである。
「ボーデヴィッヒ、お前は織斑先生の教え子なんだろう?あの人を尊敬するお前なら分かる筈だ。規定や規則を蔑ろにし、むやみやたらに力を振るうような行いを、あの人が認めると思うか?」
「っ……!」
舌打ちと共にキッと紅の瞳が俺を睨む。しかし何も言い返さないのはそれが事実だと分かっているからだろう。やがてボーデヴィッヒは何も言わずにくるりと踵を返し、銀の髪を翻してアリーナから出ていった。そんな彼女の小さな背中を、俺はただ見送る。
別に俺は彼女に織斑へ当たることを止めろとは言わない。力に固執し、織斑先生を心酔するボーデヴィッヒの考えを改めさせることはほぼ不可能だ。未来から戻ってきた俺は彼女についてあれこれ知っているが、基本的に俺と彼女は赤の他人、故に何を言おうとも彼女はきっと聞く耳を持たないだろう。喧嘩し合って、ぶつかり合って、そして最後は織斑に助けてもらえばいい。
だが──例えば近いうちに敗北して怪我をするオルコットや凰のような──ボーデヴィッヒの事情に全く関係ない生徒達が巻き込まれることだけは容認出来ない。これは一人の教師として、一人の大人としての考えだ。俺が彼女に拘るのはこのためである。後は……やっぱり自分の受け持つ生徒には笑っていてほしいというくらいか。
「(……とりあえず、戻るか)」
懐に仕舞ってある煙草へ手を伸ばしたくなる気持ちを抑えつつ、俺は来た道を引き返した。現在は仕事の真っ最中でありそれを忘れてはならない。今日は土曜で明日は休みだし、織斑先生を飲みに誘えば頷いてくれるだろうか、そんなことを考えながら俺はボチボチと足を進めた。
因みにその夜、織斑の部屋に『仕掛け』をしていた更識からデュノアの男装が織斑にバレたという連絡が飛んできて、俺と織斑先生は揃いも揃って頭を抱えることになる。一週間も経たずにバレるって本当どうなってんだよおい。ついでにこれで二人の部屋が変わることも決定したので、後日山田先生の顔から一切の感情が消えることになるのだが、それはまた別の話である。
▽△▽△
あれから更に数日後。相変わらず三人目の男性操縦者──デュノアの情報を寄越せとしつこい各国からの問い合わせに、我々教師陣もいい加減にしろよと苛立つこの頃、俺はクラス代表である織斑と共に課題用と授業用のプリントを運んでいた。学ぶべきことの多いIS学園では当然課題も多く、このように一人で運ぶには苦労する程の量がある。そんな訳で織斑にこうして手伝ってもらっているのだが、案の定彼はこの量を見た瞬間、盛大にその表情を強張らせていた。うん、まぁそうなるよな普通。
「はぁ……アイン先生、これ本当に全部課題なんですか?」
「ん……あぁ、一部授業用のも入ってるけど大半はな。言っとくとそれの提出先って織斑先生と俺だから、期限守れなかったら大変なことになるぞ?」
その一言に織斑の顔からさっと血の気が引いたような気がする。一応フォローとして分からないところは聞きに来れば教えると言ってやれば、少しだけその顔色が良くなった。難しいかどうかは置いておいて量は多いからとりあえずコツコツやっていくことが大切だ、とも言っておく。
「そういえば織斑、デュノアとは上手くやれてるか?」
「え……あ、は、はい。やっぱり男同士ですから……ははは……」
滅茶苦茶動揺してるな織斑。声が若干震えてるぞ。これでもうデュノアの男装はバレてると伝えれば、果たして彼はどんな反応をするんだろうか。
彼女は悪くないと庇うか、
俺が守ると啖呵を切るか。
……どっちもありそうな反応だな。まぁ、そんなことをするつもりなんて更々ないんだけど。俺はニッと笑って一言だけ返事をした。
そんな軽い談笑を交えながら階段を上がって教室へと向かう俺達。そんな我々の耳に突然聞き覚えのある声が飛び込んだ。チラリと声のした方を伺えば、そこには織斑先生に必死の形相で訴えるボーデヴィッヒの姿が。どうやらここで教師をしている彼女をドイツに戻るように説得しているようだ。俺達は黙ったまま足を止め、その行く末を見守る。
「お願いします教官、ドイツへお戻りください!あなたの力はこんな場所では半分も生かされません!どうか──」
「少し黙れ、小娘」
たった一言。しかし一瞬、ビリビリと大気が震えたかのような錯覚を覚える。彼女の纏っていた雰囲気が変わったのだ。IS学園に勤める一教師のものから、世界最強のブリュンヒルデのそれに。その迫力は凄まじく、二人からそれなりに距離があるにも関わらず、隣にいる織斑の肩がビクッと跳ねた程だ。
「たかが十五年生きたくらいでもう選ばれた人間気取りか?囀ずるなよボーデヴィッヒ、お前に私の道を決める権利などない」
「わ……私は……」
織斑先生の覇気をまともに受けたボーデヴィッヒ。その声は恐怖によって震えていた。パクパクと口を開けるも言葉がなかなか出て来ない。あの様子から判断するに、相当怯えてるようだ。まぁ、相手が相手だし無理もないか……
「……さて、そろそろ授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」
ふっと先生のオーラが緩む。どうやら威圧するブリュンヒルデモードは終了みたいだな。ほっと隣の織斑から安堵するような溜め息が聞こえる。
説得が無駄だと分かったのか、ボーデヴィッヒはそのまま何も言わずに教室の方へと去っていった。そして織斑先生の視線が此方へと向き──
「盗み聞きとは感心出来んな、男衆」
ニヤリと頬が上がる。ありゃりゃ、やっぱりバレてたか。両手が塞がっているので手を上げることは出来ないが、お手上げと言わんばかりに肩を竦めて織斑と共に姿を現した。
「盗み聞きするつもりはなかったんですがねえ……それに出ていける空気でもなかったものですから、しょうがなくですよ」
「いや盗み聞きって、なんでそうなるんだよ千冬ね──」
スパーンといい音がした。一応それなりに距離があった筈なんだけどねえ……ま、あんまり織斑先生に常識は通用しないから驚くことでもないか。
「失礼な奴め。私も人間だぞ?」
「ですよね。失礼しました」
振り下ろされる出席簿を甘んじて受け入れる。両手塞がっているから防ぎたくとも防げないんだよね、うん。久しぶりに食らったがこれはなかなか痛い。
「プリントは私が預かろう。お前はさっさと教室に戻るといい。廊下は走るな、とは言わん。バレないように走れ」
ひょいと織斑からプリントの山を奪い取って優しく微笑む織斑先生。そんな彼女に織斑はなんとなく何か言いたげだったが、すぐに頷いて教室へと走っていった。美しき姉弟愛って奴かね。なんだか……随分と懐かしい。
「何を呆けている?私達も行くぞ」
「……はい、織斑先生」
急かされるままに俺は彼女の後を追った。その背中を千冬姉と呼べないことにほんの少しの痛みを感じながら。