俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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8話 宴会戦線(下)

「満足満足♪」

「これが……これが人間のやることかっ!?」

「幽々子様は亡霊ですよ?」

 

 俺は空になったグラタンがあった皿に涙を落としつつ項垂れる。コンビニで売ってるような小さなグラタンを三分の一しか食べれなかったとか、食べ盛りの高校生には圧倒的に足りないのだ。

 あれか? あれなのか?

 西行寺幽々子の能力は〔視界に映るものを片っ端から食す程度の能力〕でも持っているのか? そうでも、そうでなくても恐ろしいわ。

 

 後で自室でカップ麺を食うことを心に誓っていると、見知った顔とそうじゃない方々が飛んでくるのが見えた。紫と霊夢と……魔法使いのコスプレした娘と人形みたいな娘と、九つの尻尾のある女性?

 俺は幽々子の所業を一旦置いといて、にこやかに彼女たちを迎え入れる。

 グラタンの空きを退かして、彼女達が降り立つできる場所を確保する。ついでに近くにあった座布団を俺の前に置く。

 

「………」

「お姉ちゃん? どうしたの?」

「いえ……彼の心の中が悟りの境地に至っているから、想像以上に苦労してきたんだなと」

「さとりなだけに?」

「………(ジト目)」

 

 こちとら無心にしないと無意識に涙が出てくるんじゃ。

 せめてもの救いは彼女等がレベルの高い美女&美少女だってこと。だからと言って何しても許されるわけではないが、これが小人のオッサンの集まりだったらと考えると、心読んでるさとりさんと一緒に何とも言いがたい表情を形成する。

 可愛いって正義だよね。

 

 降り立った紫は、大きな座布団にちょこんと座る幽々子と妖夢、いつの間にか胡座かいてる俺の太股に器用に座るこいしとさとりさんの姿を見て微笑む。

 まるで不出来な息子に初めての友達ができたのを喜ぶ母親のようだ。年齢的には圧倒的にあちらが上だろうから、あながち間違いではないけれど。

 

「宴会に参加してくれてありがとう。楽しんでる?」

「さっき晩飯をそこのピンクに食われたけどな」

「まいうー」

 

 ぼふっと座布団の上で受け身も取らず前から倒れる紫。

 慌てて近づく九つの尻尾の女性。

 

「紫様!? お気を確かに!」

「いぐっ……いぐす……」

「胃薬ですか!?」

 

 スキマを開いた紫が錠剤型の胃薬を取り出してボリボリかじる。体の比率からして、んな摂取の仕方は明らかに間違っているような気もするが、一心不乱に胃薬食う美女を止める気にはなれなかった。

 張本人以外が幻想郷の賢者に哀れみの視線を向ける中、一つ食いきった紫は体育座りで虚空を眺める。

 何この見たことあるような光景。鏡を見ているかのようだ。

 そこでふと彼女の胃薬の接種を見ていて気になったことがあったので尋ねてみる。

 

「……ところで胃薬って残ってる?」

「………」

 

 黙って首を横に振る紫。

 マジかよ。不安だから戸棚に3箱ぐらい備蓄してたんだぞ。全部食いきったのかよ。

 

 そこまで考えた俺はハッとした。

 もしかして幻想郷にいたときも、同じように彼女は胃を痛めていたのだろうか? 幻想郷の住人には十数人ぐらいしか会ったことはないが、ここまで個性的な面々を束ねているのだ。どれほどのストレスを心身に貯め込んでいるのか想像もつかん。

 俺は静かに目を伏せる。

 

「あ、紫苑さん。勘違いしているかもしれませんが、八雲紫は幻想郷でも生粋のトラブルメーカーです。同情の余地はないかと」

 

 俺の心配を返してほしい。

 まぁ、さとりさんの暴露話は別として、明日辺りに胃薬買い足しておこう。なくなるとは思わなかったから予備ないしな。

 

 スマホを取りだして買い物メモに追加していると、魔法使いのコスプレをした金髪の少女が霊夢の手を引っ張りながら前に出てきた。そして博麗の巫女さんは心底嫌そうな顔をしていた。前世で俺はこの少女の親でも殺したのではないかと勘違いするレベル。昨日煽ったから、自業自得と言えばそうだが。

 俺の前に立った霊夢は最後の抵抗と言わんばかりに俺を睨みつけている姿は、怒りを通り越して呆れてしまうくらいだ。そんなに嫌なら来なければいいのに。

 

「私の名前は霧雨魔理沙! 普通の魔法使いだぜ!」

「初めまして、紫苑さん。私はアリス・マーガトロイド。よろしくね?」

「自己紹介どうも。俺は夜刀神紫苑だ」

 

 肩をすくめていると金髪の二人組が自己紹介をしてきた。元気そうな女の子と、御淑やかそうな女の子だ。

 話は変わるけど。幻想郷の住人ってやけにフレンドリーな方々が多いな。いつの間にか懐に入ってくるような感覚を覚える。そして財布の中身を空にして行く感じ。

 

 

 

「そして彼女達が上海と蓬莱よ」

「シャンハーイ」

「ホウラーイ」

「おう、よろしくな」

 

 

 

 俺はルーペ越しに見えるアリスさんの近くに漂う二つの人形に挨拶をしてみる。彼女等と交流するなら、もしかしたら必要かもしれないと思って持ってきていたのだが、マジで肉眼で全貌をとらえるのが難しい相手が来るとは思わなかった。

 視力は両方とも2.0だけれど、幻想郷の住人と関わるならば眼鏡をかけるべきか悩む。

 ルーペに写る上海と蓬莱がクルクル嬉しそうに回っているのを微笑ましく観察していると、「おい、紫苑」と活発そうな自称魔法使い――魔理沙さんが声をかけてくる。俺はルーペを魔理沙さんに移し、彼女の顔がドアップで映し出された。

 

「昨日は飯ありがとな! あのプルプルした寒天みたいなやつ、物凄く美味しかったぜ?」

「魔理沙さんの好みに合ったのなら何より。寒天みたいなやつ……あぁ、ゼリーのことか」

「そんなさん付けなんて他人行儀なことするなよ。これから一緒に住んでいく仲なんだからさー」

「あ、私も呼び捨てていいわ」

「私もです」

 

 魔理沙の発言にアリスとさとりが便乗。

 幻想世界出身は他人行儀を嫌う風習があるのか定かではないが、楽と言えば楽の部類だろう。なるほど、紫が『幻想郷は全てを受け入れる』とか言ってたけど、こういう風に仲に混じりやすい風習があるのも頷ける。悪くない。

 俺自身、名前で呼ばれることが少ないから尚更だ。苗字が特殊な上に、名前で呼び合うほどの友人は少ないからな。名前も珍しい部類だろうが、苗字ほどじゃないし。

 

 幻想郷の文化の一端を垣間見ていると、すっごく不機嫌そうな霊夢が半眼で俺を威嚇しながら前へ出てきた。

 もはや苦笑い以外に俺が浮かべる表情があるか?

 

「………」

「………」

 

 おい、何か話せよ。

 周囲のメンバーが気まずそうじゃねーか。

 仕方ないから俺が先に言いたいことを述べるとしよう。俺は彼女に頭を下げた。

 

「昨日はすまんかった」

「……は?」

「俺が君のことを煽ったし、まず君達に相談するべきだったと思うからさ。だから……その……悪かったよ」

 

 彼女等の言動が厚かましかったとはいえ、俺の方にも悪いところが少なからずあったのは第三者から見ても明らか。なら謝るのが道理ってもんだ。

 未来や兼定がこの光景を見たら「どーしてお前が謝ってんの?」と眉間に皺を寄せるだろうけど、これが俺と言う人間なのだから仕方ない。自分の否を謝ることのできないような奴等と一緒にすんな。

 

 さて、この行動に博麗霊夢はどう出るか。

 横柄な態度で許すか、怒鳴り散らすか。どのみち、肩を震わせて俯いてる彼女を見れば何らかの心の揺れがあったのは確かだろう。

 

「……て……よ」

「ん?」

「どうしてアンタが謝ってんのよ!!」

 

 ばっと顔を上げた霊夢。

 そこには困惑と怒りがあった。

 

「昨日は完全に私が悪かったのよ!? 自分の常識押し付けて、散々馬鹿にして……なのに何でアンタが頭下げたの!? 下げるのは私の方でしょうがっ!」

「いや、俺に言われても……」

「だから私はアンタのことが嫌いなの! 大っ嫌い! そうやって自分のことを諦めてるところとか、無駄に自分を悲観してるところとか! ヘラヘラ笑って偽善者面してるところとか!」

 

 それを面と向かって言える霊夢を心から尊敬する。

 普通本人の前で言えるか? しかも途中から涙目で言葉を吐かれるもんだから、怒りを通り越してこっちまで困惑してしまう。

 ほら、みんなも困ってるじゃん。

 しかし……言い方が悪いかもしれんが、それだけで他者を嫌悪するものなのだろうか。最初会ったときは霊夢がそのようなことで感情をぶつけて来るような娘には見えなかっ――

 

 

 

「――私に似てるところとか……!」

「……は?」

 

 

 

 ぼそっと最後の言葉を呟かれたので反応が遅くなったが、確かに俺の耳に届いた。だから俺は俯きながら衝撃発言をした霊夢を凝視するのだった。

 数秒だけ静かになる俺の周囲の中、博麗の巫女は自分の発言を思い出したのか、我に返った瞬間にテレビ前の神社に猛スピードで逃げ出す。あまりにも衝撃的だったため、誰も彼女の行動に反応できなかった。

 どーすんだ、この空気。

 

 最初に言葉を発したのは悟り妖怪。

 恐らく彼女の心を読んだのだろう、俺にその内容を伝えようとしているのは表情から判断できる。

 だから俺は制止した。

 

「……紫苑さん、彼女は」

「今の霊夢の内心、俺なら誰にも伝えてほしくないなぁ。俺も聞くつもりはないし」

「そう、ですか」

 

 あっさりと納得するさとり。何か思い当たる節でもあったのか定かではないが、何でもかんでも心の中を暴露する性格じゃないことにホッとした。

 霊夢は何を思ったのか。

 似ているところとは何なのか。

 魔理沙とアリスに聞いてみても、互いに顔を見合わせて首を横に振るだけだった。幽々子は意味ありげに微笑みながら佇んでるし、彼女の発言は謎を増やすだけの結果となった。

 

 そのうち分かることなのだろう。

 だが気にならないはずがない。

 俺は頭をかきながら溜め息をついた。

 

 

 

「面倒なことになったもんだ」

「上に同じ」

 

 

 

 同意したのは腹部を押さえて踞る幻想郷の賢者だった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「あちらは楽しそうね」

 

 リビングのテーブル上――紅魔館のテラスから、この家の主と周囲の面々を観察する私。今回の宴会は興味なかったし、ここからでも幻想郷の賢者が下手に出ている人間を眺めるのは容易だった。

 私の後ろには咲夜が待機し、向かい側には黙って本を読むパチェ。テーブルには紅茶と菓子が並んでいる。

 

「お嬢様は挨拶に行かないのですか?」

「どうして私から赴かないといけないのかしら」

 

 メイドの質問に微笑みながら答える。

 主人の応答に「そうですか」と納得した昨夜。

 

 実際に私と同じ考えの者は多い。

 プライドの高い鬼や天狗、天人も自ら足を運ぶ必要なしと判断している節が見れ、永遠亭の蓬莱人共も彼を警戒している。彼と友好関係を築こうとしていた宗教家連中は、互いの勢力を牽制するように睨み合っていて動く様子がない。

 どの勢力も動かない現状を眺めるのは、盤上で駒を動かしているようで面白い。

 

 そもそも人間に媚を売るのは性に合わないのだ。

 家主とは言っても、博麗の巫女のように実力があるわけでもない一般人。むしろ頭を下げるのは人間の方だろうに。

 たかが凡人と話す必要もなし。

 私は誇り高き吸血鬼らしく優雅にティーカップの紅茶を嗜みな――

 

 

 

 

 

「あ、お嬢様。それ緑茶です」

「ブハッっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 誇り高き吸血鬼とはほど遠い、明後日の方向に口に含んだ緑茶を吹く私。同じ茶葉から作られたとは思えないほど苦い味に、咳き込みながら水を求める。

 パチェはその光景を見て「汚なっ」と呟いた。

 こんのヒキニートが。

 

「咲夜! どうしてティーカップに緑茶入れんのよ!」

「なぜと申されましても……この家に紅茶がなかったので」

「はぁ!? 紅茶ないとかアホなの!?」

 

 だから緑茶を代用した紅魔館のメイドも大概だが。

 家に紅茶を常備しないとか、家主は客が来たときに何を出しているのだろう? 紅茶ないとか吸血鬼なめてんのか?

 ふと前を見るとコーヒーを飲みながら勝ち誇った笑みを浮かべる友人の姿。その表情は無性に私の精神を逆撫でするものだった。

 

「このコーヒーは美味しいわね。家主も分かってるじゃない」

「うぐぐぐ……」

 

 私は家主を睨み付けた。

 幻想郷の賢者や式神が彼のところにいるのは納得できるし、白玉楼の管理人は何考えてるのか分からないから特に興味もない。

 けれども地霊殿の主が積極的に会話しているのは正直驚いた。しかも楽しそう。

 

「……これは私達紅魔館の力を示さなければならないようね」

「は、はぁ……」

「器ちっさ」

 

 困惑するメイドや毒吐くヒキニートはどうでもいい。

 私は家主に思い知らさなければならない。吸血鬼に喧嘩を売る行為が、どれほど愚かなのかを。

 

 私は立ち上がって威厳ある態度で宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、思い知らせてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我等が恐怖を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅き霧の再来を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅に染められし満月を!」

「ここ家ん中よ。月が出るとでも?」

「………」

 

 水を差す七曜の魔女。

 互いに睨み合ったのも刹那の時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと表出ろや、ヒキニート」

「受けて立つわよ、かりちゅま吸血鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に思い知らさなければならない奴がいるようだ。

 

 

 

 




紫苑「というわけで序章は完結」
こいし「次からは異変だね」
紫苑「心底しょーもない理由で起こる異変がな」
こいし「それよりヒロインのアンケートどうするの?」
紫苑「今から集計するよ。まさか二桁来るとは思わんかったけど」
こいし「だねー」
紫苑「『こいしメインヒロインにして!』って声もあったが、ぶっちゃけメインにする必要あるか?」
こいし「なんで?」
紫苑「作者の考えだと、お前は俺の自室を拠点にするらしいからな。ある意味メインヒロインよりも出番多いかも」
こいし「私はおにーさんから離れないからね!」
紫苑「……嫌な予感しかしねーわ」

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