祭事や祝い事。
俺の人生には関わることが少なく、俺自身もあまり良い記憶のないイベント。
「宴会?」
だから土曜の夜、自室で白玉楼の二人&無意識少女と将棋を嗜んでいた時、紫が言い出した単語に俺は首を傾げながら金将を動かした。
対戦相手は白玉楼の庭師兼剣術指南役の魂魄妖夢ちゃん。
俺がカーペットに胡坐をかき、妖夢が正座して対峙している間に設置された盤上は、誰から見ても分かる通りに俺が優勢の局面を展開していた。妖夢側に残されている戦力は歩兵三枚と銀将一枚、桂馬二枚と王将だけだ。対する俺は成った飛車角行などの倍兵力が戦線を包囲している。
最初は俺がハンデとして飛車角落ちを提案したのだが、負けず嫌いの性分を発揮した妖夢に断られて、正々堂々全力で挑ませてもらった。
結果は別として。
先ほどは幽々子とも一戦し、こっちは飛落ちで指した。
圧勝させてもらったが。
「家主さんは将棋強いわね~」
「そうか? 結構危なかったぜ」
「誘導が上手いというか、罠に引っ掛けるのが自然で気づかないというか……私も幻想郷では将棋を指すのは上手い方だと思ってたのだけれど」
幽々子とハンデありで勝ったのに、将棋を数回ほど体験した程度の妖夢が勝てるはずもなく。
紫が宴会の話を持って来た時には、妖夢から頂いた駒もフル活用して包囲していた。これには紫も苦笑いを浮かべるしかなかったようだ。
「……いじめ?」
「ボードゲームにいじめも何もないだろ? 卑怯な手も使ってないし、イカサマなんて以ての外だ」
「私も負けちゃった」
「幽々子が!?」
桃髪の幽霊の言葉には幻想郷の賢者も驚いていた。
もしかして結構強い方なのだろうか?
「貴方って将棋の経験はどれほどなの?」
「友人達と放課後に時々指してたぐらいの腕前だな。まぁ、ジュースや食事代を賭けたガチの勝負だったりもするし、そんじょそこらの棋士に負けない自信はある」
「そ、そうなの……」
「大局将棋もやったことあるし」
「「はぁ!?」」
これには二人の美女も目を丸くした。
泰将棋や天竺大将棋、和将棋……そして以上の駒を取り入れた世界最大の将棋――大局将棋を経験したことがあるのは日本でも数少ないだろう。きっかけは龍慧の『面白そうだったので作ったのですが、指してみませんか?』という発言からだった。
自軍と敵軍それぞれ402枚、合計804枚の駒を使用する大局将棋は夏休みに飯を食いながら行い、4日間の40時間の末に俺が勝利して幕を閉じた。天竺大将棋なら駄弁り部でも数回行われたが、大局将棋だけは二度とやらないと心に誓った。
龍慧は今でも誘ってくるけどね。
絶対にやるもんか。あの泥沼ゲー。
「あれやったんだ……」
「おにーさんって普通じゃないよね。やっぱり」
こいしの無邪気な発言に心を抉られる。
普通じゃないかー。
「でも大局将棋は俺と龍慧だけじゃないぞ? なんかウチの生徒会長と副会長の間でも一局指したって聞いたし、割と普通じゃないのか?」
「……前言撤回、貴方の学校も普通じゃないわ」
学校ごと否定されると何も言えない。
「話を戻しましょう。明日に幻想郷の住人の間で宴会が行われるの」
「どうぞご自由に」
「貴方も参加してもらうけどね」
「はい?」
自室や風呂場以外で幻想郷の住人が何しようが勝手ではあるが、どうして彼女等の開催する宴会に俺が参加しなければならないのだろうか? というか俺は日曜に未来の家に上がり込んで笑〇を観るつもりなのだが。ついでに農業アイドルグループの番組も。
宴会に参加するとなると週一の楽しみが見れなくなる。
由々しき事態なのだ。
なので丁重にお断りしたいのだが紫が諦めてくれない。
しかも話からして主役が俺になってる。
「それ絶対に出ないとダメなのか?」
「駄目……かしら?」
大喜利を取るか宴会を取るか。
悩みながら王手を指していると、外野からの参加してほしいコールが飛んできた。
「えー! おにーさんもやろうよー」
「とは言ってもなぁ」
「お姉ちゃんにもおにーさんを紹介したいし、みんなで飲めば宴会も楽しいよ!」
楽しいかどうかは無意識少女の観点からであって……。
なんて小難しい話が緑髪の幼女に通じるはずもなく、俺は諦め半ばに宴会参加を決定した。俺はどうやら子供の頼みを断りにくい性格らしい。
♦♦♦
さて、宴会には金がかかるのは万国共通。
今回の宴会は金使わなくても大丈夫らしいが、ここ数日だけで諭吉が一枚失われたことに頭を抱えながらも、日曜の午後七時ぐらいにリビングへと足を運んだ。久方ぶりのリビングだったが、机の上に鎮座する紅い館やテレビ前の神社以外は特に変わった様子もなかった。
そしてテレビ前に多くの小人達が賑やかに酒盛りを楽しんでいた。外見からは何の妖怪か判別できない者もいれば、あーコイツはアレだなって外見の妖怪もいる。というか小人の九割近くが女だ。回れ右して自室に帰りたいです。
俺が入ってきたことによる彼女等の反応は様々。興味深そうにに俺を観察したり、人間である俺を下に見ていたり、関係なさそうに目を逸らしたり、死んだような目で虚空を眺めていたり。
そんな様子の住民を余所に、俺はキッチンにある電子レンジを使って、コンビニで買ってきたグラタンを黙って温める。キッチン使えないからマトモな食生活が送れないし、気休めの野菜ジュースを飲む度に『不健康な生活送ってんなー』と他人事みたく現実逃避をする。
幻想郷の住人の会話は聞こえない。
聞こうとも思わないから、何を言われても気にしない。
チンし終わったので再びリビングに戻った俺は床に腰を下ろし、宴会の様子を少し離れたところから眺めていた。その距離は俺と彼女等の心の距離を表しているかのようだ。
こそこそと耳には届かない会話。
まるで小中学校での再現じゃないか。
このまま終わってくれないだろうか。
さっさとグラタン食って部屋に帰ろう。
「おにーさーん」
んな穏便に済むのなら俺は苦労しないがな。
てくてく床を歩いてくる二人の幼女に、俺は溜め息をこぼした。溜め息をすると幸せが逃げていくなんて迷信があったが、俺の場合は溜め息をしなくても不幸だぜ。
二人の幼女のは、簡単に説明するのなら無意識の幼女――こいしが、幽々子とは違ったピンク色の髪をした幼女の手を握って連れてきている。顔つきが似ているから姉なのだろう。こちらもこいしと同じで美人だね。
そんなことを考えながら幼女を眺めていたら、こいしの姉は急に顔を赤くさせて俯く。
俺はその様子を訝しんだが、次の瞬間に理解する。
「なるほど、君が悟り妖怪の古明地さとりさんか」
「……初めまして、貴方が夜刀神紫苑さんですね」
ピンク幼女――古明地さとりは顔を若干赤くさせながらも俺の言葉を肯定した。
彼女が俺の心を読んでいたわけか。思春期の高校生の心ん中を感じとるなんざ、この娘もチャレンジャーだなと感心した。
その考えも相手に伝わるけど。
「貴方と同じくらいの人間の心は、そんなに凄いものなんでしょうか? 私にはわかりません」
さとりさんは不思議そうに首を傾げるが、その純粋無垢さに苦笑いを浮かべるしかなかった。
だって――
思春期の男なんて×××××とか×××××やら×××××などで頭の大半を埋め尽くしてるとか未来が言ってた。あと×××××を×××××したり、×××××を×××××とかを用いて×××××に×××××を行ったり――
R18のアニメやらゲームの知識を脳内でフラッシュバックさせると、案の定さとりさんは首元まで真っ赤にして涙目で抗議してきた。
「なななななななな!? な、何を考えてるんですか!?」
「え? あー……なんかごめん」
知識としてしか考えてなかったが、イマイチ彼女が読める心の範囲が分かりにくい。加えて、てっきり人の心を覗けるものだから耐性があるかもしれないという先入観にとらわれていた。そして反応を見る限りだと、こういう下世話な話に耐性がなさそうだし、悪いことしちまったなぁ。
ぽかぽかと俺の足を叩く悟り幼女に謝っていると、無意識の幼女は嬉しそうに俺と姉の様子を傍観していた。
姉が被害にあってるのに呑気な奴だ。
肩をすくめていると、こいしは笑いながら感想を述べる。
「お姉ちゃん楽しそうだね!」
「「どこが!?」」
「だってお姉ちゃんが他の人と会話してるところとか珍しいよ? おにーさんは心を読まれても気にしない人だし、お姉ちゃんだって嬉しいでしょ?」
妹の発言に姉は目を見開いて絶句した。そして、恐る恐る俺の顔を見上げる。可愛らしい顔には不安と怯えを混ぜたような、俺の心を地味に傷つける表情。
んな戦々恐々しなくても取って食ったりはせん。
まるで俺の存在自体が、彼女の不安材料みたいじゃないか。
彼女の立場上、分からなくもないけどね。
他者の心が読めるなんて気持ちの良いものでもないだろうし、そのせいで人間や妖怪から距離を置かれるなんて目に見えてる。誰だって自分の考えてることを見透かされるとか洒落にならんわ。
こいしも言ってた。地底というのは地上で忌み嫌われる者も住んでいると。自らの意思なのか、実際に迫害されたのか、そこんところは俺の想像でしかない。
でも……何となくだが、古明地さとりは自分で地底に引きこもっていたんじゃないかと予想する。単なる予想だ。根拠はないけどさ。
どんな気持ちだったんだろうな?
16年しか生きてない俺には想像もつかない。
気まずい空気でこいしだけがニコニコ笑っている中、さとりさんは声を震わせながら問う。
手が震えてるかもしれない。小さくて見えないけど。
「貴方は……心を読まれることが嫌じゃないんですか?」
「え? 嫌だけど」
でも、と心の中で付け加える。
まぁ、読みたいなら好きにすりゃいい。
一瞬だけど俺の言葉に俯いたさとりさんが顔を勢いよく上げる。そこには口にしていた言葉と、心の中の言葉が矛盾していることにだろう。
どちらが本心なのか。
俺はさとりさんにも分かるように心中で考える。
心を読まれるのなんて誰だって気持ちの良いものではない。この持論には、無論俺も含まれている。できれば勘弁してほしいし、今でも目前の悟り妖怪に知られていることを踏まえると複雑な心境なのだ。
だから古明地さとりは俺に近づくな?
それは違うだろう。
無意識で歯止めの効かない能力であることは、そこでニコニコしてる妹さんから聞いた。それで苦労してることも。
なら俺が彼女を嫌う理由がどこにある? 元々読まれてもたいして痛手のない思考だし、むしろ口にする手間が省けるし、俺の考えを一聞いて十理解する娘だぞ? 前向きに考えりゃ自分のことを誰よりも知ってるんだ。
他の奴等は違う考えかもしれん。偽善だと笑いたきゃ笑え。
でも――俺は古明地さとりを嫌う必要はないと思う。
「私のことが気持ち悪くないんですか?」
能力に関してか? 確かに不気味ちゃ不気味だけど……故意じゃないんなら仕方ないだろ?
「心を読む妖怪ですよ?」
それが君の本質だろう? しゃーないしゃーない。
「知られたくないことまで読んでしまいます」
不便だよね、それ。
「貴方と……一緒にいても大丈夫なんですか?」
ご自由にどうぞ。後は知らん。
言葉にしなくても相手に伝わるって楽でいいな……とポジティブ思考に切り替える。溜息ばっかしか出てないし、ちと考え方を変えてみる。
傍観者の妹は微笑みながら疑問符を頭に浮かべてるけど。
俺もさとりさんと同じような状況だった。いや、彼女よりは数倍マシだったけれども。
他者に受け入れられないってのは寂しくて心苦しいもんだ。俺は初めからアホ共が近くにいたけど、彼女には最初から理解してくれる仲間がいたのだろうか?
静かに涙を流すさとりさんから目を背けながらグラタンを黙々と食す。
また幻想郷の住人と関わらなければならないフラグを立てた気もするが……これは仕方ないだろう。もう数人が自室に居座ってるし。
さて、さっさと食べないと奴が来る。
グラタンを味わいつつ周囲を見渡し、
「――あらあら、女の子を泣かしちゃダメよ」
「来たあああああああああああ!!!」
振り返るとそこには
コイツだよ!
食欲魔人のせいで俺の飯がどんだけ減ったか!
「いっただっきまーす♪」
「や、やめろぉぉぉおおお!!」
「幽々子様ぁ! それ紫苑さんの!」
さっきまでのシリアスはどこに行ったのやら。
別の意味でシリアスとなる俺の周囲。
せめてもの救いは。
涙を拭きながら笑う悟り妖怪の笑顔ぐらいか。
裏話
紫苑「幽々子は敵」
幽々子「( ´゚д゚`)エー」
紫苑「その食べてる手を止めてから言いやがれ」
♦♦♦
紫「さて、お便りのコーナー」
紫苑「感想や評価からのピックアップね」
未来「楽しみだなー」
兼定「これからも続くンか、このコーナー」
龍慧「作者の気まぐれでしょう? さて、今回は……これですな」
『名前が痛い』
『厨二臭い』
『名前変えたら良くなる』
オリキャラ勢「「「「さらば現世」」」」
紫「ちょ、投身自殺はやめ――」