俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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6話 妬みと怨み

「この度はウチの霊夢がとんだ御無礼を……」

「ゆ、紫! 頭上げろって!」

 

 カーペットを敷いている床に土下座する紫に、俺は慌てて頭を上げるよう懇願する。このまま五体倒地してしまうのではないかと錯覚するぐらい、紫は体を小さくしていた。物理的に小さいが。

 その光景に俺も正座する始末。

 むしろ俺の方も謝りたいのに。

 

 霊夢と子供のような喧嘩を繰り広げて部屋に戻って数分後、血相変えた紫と妖夢、マイペースな幽々子がスキマを経由して来たのだ。

 帰れと言おうとしたのだが、紫が入ってきた瞬間に土下座するものだから、今さら追い出すことすら難しい状況となった。胃を押さえながら謝るから余計に実行しづらい。

 どーするんだコレ。

 

 溜め息をついている中、隣でのんびり会話する部外者三人の声が聞こえた。

 

「けど霊夢さんの反応がおかしくありませんでしたか? あそこまで他者を否定する霊夢さんは初めて見ました」

「霊夢って他の人に興味ないから普通だと思うけど」

 

 妖夢と話からすると今日の霊夢は様子がおかしかったらしい。

 二人の疑問に答えたのは幽々子だった。

 

「私は家主さんの人を見る目を信じるけど、霊夢にとっては知らない第三者。警戒するのは幻想郷を守る巫女として当然だがら、その危険性を知らないふりをしていた(・・・・・・・)ことに腹を立てたんじゃないかしら?」

 

 この桃髪の女性にはお見通しって訳か。

 霊夢には気づかれなかったようだが、食欲魔人を欺くことは叶わなかった。苦虫を噛み潰したような表情をする俺に、幽々子はボソッと言葉を付け加える。

 

「……まぁ、それだけじゃないと思うけどね~」

「どういうこと?」

 

 『幻想郷を守る者として俺の安易な行動が許せない』という推測は俺も持っていた。だからこそ謝りたいと思ったのだが、彼女曰く他にも理由があるように見える。

 俺も首をかしげるこいしと同じ気持ちだ。

 

 しかし幽々子が教えてくれることはなかった。

 のらりくらりと俺たちの疑問をかわしつつ、買い物袋から自分が選んだ惣菜を取って来ながら微笑む。

 

「そんなことより、今は霊夢と仲直りする方法を考えることが重要じゃない?」

「――する必要あるか?」

 

 思いの外自分の言葉に棘が含まれていたことに驚いたが、それ以上に驚いたのは妖夢とこいしだろう。妖夢は不安そうに俺の様子を伺い、こいしはわざわざ俺の足元まで来てズボンを握りしめたくらいだ。

 それぞれの行動に俺は慌てる。

 

 俺の棘に答えたのは土下座していた紫。

 顔を上げて複雑な顔で自分の考えを述べる。

 

「貴方には厳しい態度であったけれど、幻想郷でも発言力の強い娘なのは確かよ。今後の幻想郷全体の友好関係にかかわることかもしれない。あんまり同居人とぎくしゃくするのは紫苑の望むことではないのよね?」

「……まぁ、そう言われると」

 

 亀裂を生むのは得策じゃないのは未熟な高校生である俺も理解している。

 早急に霊夢と仲直りする必要があるな。

 

 渋々と言った感じで紫の言葉を飲むと、またもや申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「本当に、ごめんなさい」

「気にするなって。もう怒っちゃいない」

「それとは違って――私達、厚かましいでしょ?」

 

 

 

 そんなことはないさ!

 

 

 

 って言いたかったけど、さすがの俺もフォローできなかった。紫が現れた日から今日までの幻想郷の住人の言動を思い出して「そ、そうだな、うん……」と言葉を濁すのが精一杯だった。

 昨日の未来がマイペースな口調で「厚顔な人達だね~」なんて辛口評価をしていたのを思い出した。

 別に恩着せるわけでもないが、家主の俺を蔑ろにしている印象は受ける。

 

「幻想郷は弱肉強食の世界。弱きものが簡単に生き残れる世界ではないし、人間は生態系の底辺に近いと断言してもいいわ。だから家主の貴方を幻想郷の住人は見下している風潮があるのよ」

「なるほどなぁ……どうりで霊夢が強く出てくるわけだ」

 

 人間社会で例えるなら、俺はコミュ障のいじめられっ子的立ち位置なのか。

 俺居なくなったら困るのは幻想郷の住人だろうに、どうして強気でいられるのか疑問に思ってたのだ。俺は弱っちい存在って認識なんだな。

 嘆息しながら溜息をつく俺。

 

「幻想郷の皆様から見れば、俺なんて平和ボケした無力な人間。取るに足らない道端の雑草の一部みたいなもんか。妖夢や幽々子、こいしからも心の底では見下されてるのかもしれないのかな?」

「そんなこと――!」

「隠さなくても怒らないぜ? 自覚はしてるし」

 

 本当に怒ってるわけじゃない。

 紫から幻想郷、こいしから地底の面々の話を聞いたが、実力者の誰も彼もが輝かしい能力や経歴を持っていた。現代日本で平和に暮らしていた俺と比較するのがバカらしくなるくらい、幻想に住まう者達は凄かった。

 最早、他に表しようがない。

 こんな人間でも住んでいける平和な社会に感謝するべきなのか、彼女等を妬む俺の不甲斐なさを嘆くべきなのか。

 

 ……霊夢に大人気もなく皮肉をぶつけたのも、それが原因かもしれないな。

 単に俺は羨ましかったのかもしれん。

 

 

 

 人の身でありながら幻想郷最強。

 人妖関係なく慕われる人柄。

 そして――天性の才能。

 

 

 

 これが平凡な高校生を打ちのめすには十分な素質だ。

 進路やら今後の予定などが霞んで消えてしまうくらい……博麗霊夢という人物は偉大に見えた。加えて、それに嫉妬する自分が更にちっぽけに映る。故に俺は彼女等を自分の家に招いたことを後悔したのだ。

 だから対等の関係を作るのが烏滸がましく感じた。

 見下されたところで、なら彼女達に勝るものがあるのか?と問われて答えられるはずもないのだから。ここで怒り狂ったところで何も解決はせん。

 

 皮肉気に笑い周囲の面々を心配させる自分に余計腹を立てていると、幽々子が爪楊枝で器用に焼きそばを食べながら口を挟む。

 

「やふしはんっへひほほうははひふいほへ~」

「ごめん、日本語でお願い」

「家主さんって自己評価が低いのね~」

 

 食べながら喋るな。

 

 

 

 

 

「個人的には――家主さんって素晴らしい人だと思うけど」

 

 

 

 

 

「ふーん……は?」

 

 笑顔でサラッと爆弾発言をする幽々子に、俺は聞き流そうとしたところで意味が脳に到達する。

 俺が……素晴らしい?

 

「私達って忘れられてる存在なの。だから忘れられてる者同士が手を取り合って生きていかなきゃ、存在そのものが消えてなくなってしまうのよ。外の世界の人々は神秘を信じなくなったから」

「おにーさんのように信じてくれる人が珍しいんだよ~」

 

 遠回しに俺が普通じゃないと?

 自覚してたけど。

 

「でも家主さんは信じてくれた。私達を受け入れてくれた(・・・・・・・・)。幻想郷の住人にとって、これほど嬉しいことはないわ。全てを受け入れてくれる幻想郷に住んでいたから忘れている人も多いけど、忘れ去られた自分達を受け入れてくれる場所は他にないはずなの」

「「「……!」」」

 

 幽々子の発言に幻想郷他メンバーは電撃が走ったように固まった。

 

「故に――」

 

 焼きそばを食べる手を止めた桃髪の女性は飛翔し、俺の目の前まで飛んで停止し手を差し伸べる。

 その穏やかな表情は聖母のようで――ひどく美しい。

 

 

 

「貴方のように部外者の私達の為に真剣に悩んでくれる人って素敵よ。そういう人間って貴重だって知ってるから」

 

 

 

 そこには外見にふさわしくない、時の流れと共に人のあり方を見てきた貴婦人の印象を強く受けた。

 俺は目を見開き、失笑する。

 

「そういう子、私は好きよ」

「……likeの方だろ?」

「……貴方がそう思うなら、そうかもしれないわね」

 

 意味ありげな微笑を浮かべる彼女に気付かず、俺は照れ笑いを隠しながら目を逸らすのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「霊夢、お前って本当は馬鹿だろ」

「うっさいわね魔理沙」

 

 新しい博麗神社の境内で茶をすする私に、金髪の魔法使いの少女――霧雨魔理沙の放った言葉は予想の斜め上をいった。

 長い階段を上らずとも簡単に神社へ行くことが可能になったため、前よりも人の行き来が多くなったから最初は興奮したものだが、賽銭を入れてくれる者はいないし妖怪やら神やらが騒ぎに来るだけだ。面倒事が減ったことは喜ぶべきか?

 袋から食料を奪い合う幻想郷の住人を眺めながら茶を飲んでいた矢先、いつもの魔理沙から考えられないような罵倒を浴びせられた。

 

 不服そうに私は魔理沙を睨んだが、彼女は眉間に皺を寄せていた。

 

「どうしてお前は家主――えーと、誰だっけ? ……あぁ! 夜刀神だ! その夜刀神に喧嘩売ってんだよ!?」

「ウザかったから」

「そういう問題じゃないぜ!?」

「ま、魔理沙。落ち着いて……」

 

 興奮して声を荒げる魔理沙を諫めるのは人形を操る金髪の人形遣い――アリス・マーガトロイド。

 一緒に来て魔理沙の発言に慌てていたので、彼女が私を非難するために魔理沙と来たわけではないのは明白だろう。

 

 

 

 それで魔理沙が止められるとは思わないが。

 

 

 

「夜刀神が食料くれないと餓死するって慧音が言ってたぞ! それなのにアイツと喧嘩するとか馬鹿じゃないのか!? アイツがこれで食べ物持ってきてくれなかったらどーすんだよ!」

「紫が何とかしてくれるでしょ」

「だぁかぁらぁ!」

 

 私はこの話を打ち切りたいのに、魔理沙は何度もあの男の話題を蒸し返す。

 どうせ私が何か言ったところで夜刀神紫苑……あの薄気味悪い男は偽善者面をしながら食料を持ってくるだろう。私の勘がそう告げている。

 

 

 

 もう私は()()()とは関わり合いたくないのに。

 

 

 

「そういう問題じゃない! だからお前は貧乏巫女なんだよ!」

「貧乏巫女は関係ないでしょ!」

 

 コイツと喧嘩をするのは面倒だが、ここまで言われて黙っているほど私も打たれ強くない。

 湯呑を乱暴に置いて立ち上がり、私は魔理沙を睨む。

 受けて立つように睨む魔理沙に、諦めの表情を浮かべるアリス。

 

「あぁ、もう! 私はアイツが大っ嫌いなの! ヘラヘラと笑って反抗もしないし抵抗もしない! 自分のことに興味がなければ、自分のことを気にすることもしない! そんな薄気味悪くて気持ち悪い人形(・・)みたいな人間になんて関わり合いたくないわ!」

「人形ディスんなし」

「ちょ、アリス! 落ち着け……!」

 

 私の発言にキャラ崩壊したアリスが烈火のごとく怒り出す。それを必死に止める魔理沙を引きずりながら迫ってくる姿は下手な怖い話よりも恐ろしく、さすがに人形に例えたことは素直に謝った。

 拳骨は戴いたが。

 物凄く痛かった。

 

 喧嘩両成敗で私と魔理沙が地面にのたうち回るのを尻目に、両手をパンパンと叩いたアリスは話をまとめる。

 

「つまり夜刀神紫苑って人と仲直りすればいいってことね」

「はぁ!? なんで――」

「い・い・わ・ね?」

「……はい」

 

 今のアリスに逆らうのは得策じゃない。

 あの男と会話することは控えたいが、否と言えば拳骨が飛ぶだろう。

 

「というか霊夢は何で夜刀神紫苑さんが嫌いなの?」

「いや、さっき言った」

 

 痛みから立ち上がった私の目を真正面から見つめるアリス。

 その真摯な瞳に思わず目を逸らした。

 

「……嘘じゃないけど、本当のことも言ってないわ。だって霊夢が他人を()()()()の理由だけで嫌いになるわけがないもの」

「………」

 

 こうなると隠すことも難しい。

 確かに偽善者面した気持ち悪い男という認識があるけれど、もちろん他にも理由がある。そして、その理由はできれば他の面子に言いたくない。

 

 

 

 

 

 だって――私とアイツは。

 

 

 

 

 

「仲直りの方法だろ!?」

 

 この何とも言えない変な空気をさえぎったのは白黒魔法使い。

 飛び上がるように跳ね起きた魔理沙は一変して満面の笑みを浮かべ、アッパーを喰らわせたい衝動に駆られた。

 

「はいはい。で、何なのよ」

 

 その問いに待ってましたと言わんばかりに拳を掲げて、魔理沙は叫ぶのだった。

 

 

 

 

「宴会だぜ!」

 

 

 

 




紫苑「あけましておめでとうございますm(__)m」
紫「今年もよろしくお願いしますわm(__)m」

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