金平糖。
砂糖と下味のついた水分を原料して作られ、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子だ。
『金米糖』『糖花』とも表記され、語源はポルトガル語のコンフェイト。金平糖がカステラ・有平糖などと一緒に南蛮菓子としてポルトガルから西日本へ伝えられたからポルトガル語が由来なのだろう。初めて日本に金平糖が伝わったのは戦国時代の1546年(天文15年)なんて説もある。
18世紀には一般でも広まってたらしい。
「ポリポリポリポリ……」
そんな南蛮由来の和菓子を一心不乱にかじる幼女。
俺は朝飯に昨日食べ損ねた弁当を咀嚼しながら、物珍しそうに眺めていた。他人の食事を見つめ続けるのは失礼かと思ったが、当の本人が気にしてない。
土曜日。つまり休日。
朝起きた俺が弁当を食っていると、自分も何か欲しいとこいしが言い出したのだ。妖怪も人と同じような食事をして生きているらしい。
何かないかと机の中にあった金平糖の入った瓶を差し出し、現状に至る。デスクトップPCのキーボードを退かして、PC前で幸せそうに金平糖を食していた。
彼女が自室に入っているのは諦めた。
どーせ何言っても気が済むまで去らないだろう。
問題があるとすれば……
「ポリポリポリポリ……」
こいしの隣で同じく一心不乱に金平糖を貪る桃色の髪をした女性を半眼で睨む。
紫と同じ系統の美女で、貴婦人のように机に腰を下ろしながら、ブラックホールか何かと見間違うレベルで金平糖を減らしていくのだ。もう瓶の底に二個しか残ってないんだけど。
加えて隣には申し訳なさそうに佇む銀髪の少女。
ピンク色の髪をした女性の名前は西行寺幽々子。白玉楼(現在は隣の部屋)に住居を構える、幻想郷では転生を待つ亡霊を管理していた方。
そして少ない交流で分かったことは――この人が馬鹿みたいに食材を過剰摂取するモンスターだということだ。これを人間等身大で換算したらと思うと、銀髪の少女――魂魄妖夢に同情してしまう。彼女に渡した金平糖も己の主人に食われてたし。
なんて言っている間にも幽々子さんは瓶の中に入って金平糖をゲットしている。
その胃袋どこに繋がってるんや。
彼女達が来たのは俺とこいしが食事をしていた時。
普通に自室の扉を開けて入ってきた二人は、何か要件を言う前に言葉を切ってしまう。
「初めまして~、家主さ――金・平・糖うううううううううううううううううううううううううううううううう」
「私の名前は魂魄妖夢と言い――幽々子様ぁ!?」
最初は『綺麗な人だな……』と思ったが、今では『なんやこの食欲魔人』だ。金なくて数日断食してた作者でさえ、ここまで食事に飢えていなかったはず。
もしかしてご飯食ってないのか疑ったが、
「さっき戸棚の等身大大福食べたばかりでしょおおおおおおおおおお!!??」
ただの食欲の化身だったわ。
つか俺の大福食われたんか。あれ貰い物だったんだけどなぁ。
はい、こんな回想しているいる間にも金平糖底を尽きました。
……おい、ピンクの悪魔。こっち見んな。この弁当はやらんぞ。
「美味しかったね~」
「そうね~」
楽しそうに金平糖の感想を述べる幼女とブラックホール。
俺は後で銀髪の子に食べれるものを渡そうと心に決め、幽々子さんにここに来た理由を聞く。
「で、紫から話は聞いてなかったか? ここと風呂場は幻想郷の住人が近づいてはいけないって決まりだぜ?」
「でも無意識の彼女はココで寝たんでしょう?」
「無意識?」
今さらながら俺は彼女が何の妖怪なのかを知らなかった。
お隣さん曰はく、幻想郷の実力者には「○○程度の能力」を持っていると聞いた。どれも妖怪としての特性だったり、自身特有の能力だったりと様々だ。
古明地こいしの能力は〔無意識を操る程度の能力〕。
相手の無意識を操ることで、他人に全く認識されずに行動することができる能力。たとえ彼女が目の前に立っていたとしても、その存在を他者が認識することはできない。マジかよ。
その説明を受けて俺は首を傾げた。
「あれ? 何で俺は認識できたんだ?」
「さぁ?」
能力を教えてくれた幽々子さんよ当の本人が分からなかったんだ。深くは考えないことにした。
分からんものを深く考えたって仕方ないやろ。
「というかこいしさんと一緒に寝たんですか!?」
「あらあら~、お盛んね~」
「茶化すなよ……」
初心な反応を見せる銀髪の少女と、マイペースに意味ありげな視線を送ってくる桃髪の女性に、俺は呆れを含んだ溜息交じりの声を出した。
フィギュアみたいな彼女達に欲情するような特殊な性癖は持っていない。
確かに彼女等は可愛いけどさ……それとこれとは話が別。
「私がここに訪れたのは食料に関することなのだけれど……」
「まだ食い足りんか、貴様は」
「今回は腹八分目にしておくわ。そうじゃなくて長期的な話よ」
腹八分目の話はスルーして、俺は食欲魔人の話に耳を傾ける。
つまりは今の幻想郷に食料生産能力は存在しないわけだ。家の中に畑を作るのは無理だし、出来るとしてもモヤシを栽培することぐらいか? そうだとしてもモヤシだけを食べる生活は耐えられない。
家の外に使ってない花壇があるけれど、それで作れるものは限られてくる。
ならばどうするか?
いるじゃないか、外の世界に食料を買いに行ける奴が。
「私達だって場所を提供してくれたのは嬉しいし、その恩に今の私達は報いることはできないのは良く知ってる。でも頼めるのが貴方しかいないのよ」
「あー、そういや食い物のことは考えてなかった」
よくよく考えればわかること。それに気付かないなんて昨日はよっぽど疲れてたんだろうな。
今は幻想郷の住人は冷蔵庫や戸棚などの食料で繋ぎとめられるだろうが、それも一時的な供給にしかならないはず。幻想郷(仮)に待っているのは食糧難。
食べ物があふれている現代日本で餓死なんて滅多に起こらないことだけに、食い物すら買いに行けないスモールサイズの幻想郷の住人が何と不憫なことか。滅びを待つだけなんて冗談じゃない。
だから西行寺幽々子――まぁ、幻想郷の住人は俺に頼んできたのだろう。
図々しいと思えばそれまでだけど……俺の家に餓死した死体が散乱するのだけは避けたい。罪悪感で軽く死ねるわ。
「でもなぁ……」
そうなると幻想郷の住人との接触は避けられないだろう。
不干渉を提案しておいて次の日には破るとか笑い話にも程がある。
俺の漏らした言葉を否定に近い何かと勘違いしたんだろう。
桃色の女性は机の上で綺麗に正座をし、深々と地面に頭を下げた。それに銀髪の少女も倣う。
「幻想郷の住人を代表して……どうかお願いできませんか?」
それは一昨日の夜に紫が行ったことと同じことだった。
俺に否定権はあるのだろうか?
俺は深く深く深く溜息をついた。
昨日今日で何回溜息をついたか計り知れない。若干イラついているのは、こうなる未来が僅かながら心の底で分かっていたような気がするからだ。
そして椅子から立ち上がった俺はリュックに入っている財布と、壁に掛けてあった大きめの手提げ鞄――エコバッグ代わりに使用している鞄を携える。ベッドに置きっぱなしのスマホの手に取って電気残量を確認し、尻ポケットに差し込む。
唖然とする三人をよそに俺は部屋から出ていこうとして――想いだしたかのように机の上にいる面々を呼ぶ。
「ほら、行くぞ」
「い、行くって……どこにですか?」
戸惑いを隠せない妖夢に、俺は仏頂面で外を指差した。
「買出しだよ」
♦♦♦
「「「うわ~」」」
「……無意識ってホントに便利だよなぁ」
所変わって少し遠めのデパート。
休日の昼だからなのか主婦の皆様が多く、特売セールのアナウンスが響き渡る。
手提げ鞄の持ち手を肩に通し、近くのスーパーに来なかったのは、ここで小型のテレビと冷蔵庫を買ったからだ。家に来るのは数日後だろう。
小人達は手提げ鞄の中から顔を出してデパートの様子を観察し、初めて見る光景に一々反応して感嘆の声を上げるのだった。俺の耳に聞こえるくらいはしゃいでいるが、行き交う人々は何事もなかったかのように通り過ぎていく。こいしの〔無意識を操る程度の能力〕は本当に便利だ。
食品売り場で品定めをしながら苦笑する俺。
「おにーさん、あれ何?」
「カレーのルーだな」
「家主さん、それは何かしら?」
「焼き肉のタレ」
「紫苑さん! あの武器は!?」
「ラバーカップや。武器ちゃう」
質問攻めにしてくる幻想郷出身の小人達。口を動かすのは苦労しないので説明しながら、足りないものや欲しいものを買い物かごに入れていくのだった。
昔、俺の家に駄弁り部の連中が来た時、晩飯に何を作るかでスーパーでワイワイと買い物したことを思い出し、それと同じ状況だなと笑う。あの時はアホ共が関係ないものまで悪ノリしてかごに入れていくものだから、会計で入れた覚えのないものを清算した記憶がある。ハヤシライス作るのに何で諭吉が二枚飛ぶんだ?とか。
あの時とは面子も(物理的)大きさも違う。
なのに既視感を覚えるのだ。
「幻想郷の住人の食料を買うとなると……どのくらい必要かね」
「幽々子様を除けば、そこまで多くの量は必要ありません。幽々子様の胃袋がヤバいんです」
「うん知ってる」
俺の考えでは幽々子さんの食う量と、こいしの食べた量から計算して『幻想郷の住人達=幽々子』の方程式で食材をかごの中に入れていた。つまり幽々子さんが食いたいものを指定して来たら、その二倍はかごの中に入れる……みたいな塩梅だ。
後から妖夢から聞いたら、正確には『幻想郷の住人達<幽々子』だったらしいが。
ピンク色の悪魔マジ怖い。
適当に食材放り込んで会計に並ぶと、ちょこんと鞄の中から顔を出す妖夢が不安そうに俺を見ていた。周囲を気にしながら訳を聞いてみると、どうやら俺の財布を気にしているようだ。
「えっと、その……お金の方は大丈夫なんですか?」
「うーん……大丈夫」
頭の中で計算してみると三人分の食費の計算となった。
要するに幻想郷の住人を受け入れることは、二人の人間が居候するのと同じ計算となる。今のところは支払える程度の金は持っているが、こうなるとバイトのシフトを増やしてもらおうかな。あと国外で働いてる義理の両親から受け取り拒否していた分の仕送りを貰うのも考えた。
妖夢が心配するほど頭を悩ませる問題じゃないわけだ。
バイトしてたけど使い道がなくて貯金していた分もあるし。
会計も終わって袋詰めを行い、エコバッグとレジ袋を携えて帰ろうとした矢先、
「――紫苑かァ?」
不良に絡まれた。
デパートから出ていこうとしたところで灰色の髪の少年に会う。
「よ、兼定。お前も買い物か?」
「今日はクソジジイとクソババアが帰ってこねェンだよ」
不良少年――兼定は舌打ちをしながらレジ袋を揺らす。あぁ、兼定はココ近辺に住んでいたわ。
コイツは別に貧困というほどでもないが、俺と同じで両親が家にいないことが多い。しかも三歳離れた年下の妹がいるため、こうして晩飯作るために買い物に来るとか。外見と行動が一致しないことなんてザラにあるだろ? 俺は幽々子の食いっぷりを思い出しながら苦笑する。
口は悪いから学校の面々は勘違いする。本当は妹想いの兄なんだよ。
ツンデレなだけで。
そんな考えをよそに、兼定は俺の買い物量を見て目を細める。
「昨日言ってた幻想郷って所の連中の食い物か?」
「そゆこと」
この言葉に小人達は驚いていた。
認識されないから声を上げるものもいたが、まさか自分たちの存在を普通に受け入れている者がいるとは思わなかったのだろう。俺がコイツに話したことも含めて、だ。
「テメェも面倒な奴等を引き入れたもンだぜ。小さい奴等のパシリは楽しいかァ?」
「はいはい、早くお兄ちゃん帰らないと妹心配するぜ?」
「ぶっ殺すぞ」
こういう馴れ合いも日常風景だ。
デパートから離れながら雑談をしながら並んで歩き、家の方角が分かれるまで世間話や罵倒、罵り合いを繰り広げるのであった。
別れ際、兼定に背を向けたら声をかけられる。
振り返ると何かが俺に投げつけられ、反射的に俺は袋を持っていないほうの手で掴む。
キャッチしたのは兼定のレジ袋に入ってた惣菜だった。
投げつけてきたであろう本人は俺に背を向けながら、レジ袋を持ってない手をヒラヒラさせて去る。「せいぜい頑張りな」と言いたげに。
「いい人だね~」
「たまにはな」
こいしの兼定に対する評価に、俺は苦笑した。
ツンデレなアイツの前では口が裂けても言えないだろう。
俺は貰った惣菜をエコバッグに入れながら笑うのだった。
「これ食べていい?」
「やめんか悪魔」
家に帰るころには惣菜は現世に存在しなかった。
紫苑「メインヒロインどうしよっかね……って作者が」
幽々子「どうするの?」
紫苑「だから活動報告でアンケートとってるで」
幽々子「(・∀・)イイネ!!」
紫苑「というわけで興味ある方は投票してくれると嬉しいな。あ、感想欄には書かないでね? 消されるから」
兼定「……霖之助」
紫苑「やめい」