学校から帰って来る途中で必要なものをスーパーやら雑貨屋で購入後、俺は大荷物を抱えて家へと辿り着く。家の玄関を潜る頃にはよぞらに星が輝いていた。辺境の中心市街地だけれど住宅街なので、上を見れば星座が見える。
お世辞にも都会とは言えないからな。
人が多すぎるわけでもなく、ましてや必要なものが揃わない訳でもないから、そこまで意識したことはなかった。
鍵を懐から取り出して解除する。
いつもなら暗い家が俺を迎えるのだが、独り暮らしの俺ん家のリビングは明かりがついていた。もう両親がいないのに明かりがついてるって時点で、近所の勘のいい方々は訝しむに違いない。隠す気ねーだろコレ。
なぜか無意識に溜め息が出る。
「やっぱ夢じゃねーよな……」
というかスーパーで買った箱水が重い。
お湯作れるポットや弁当はリュックに入れているが、20リットルの水が入ってる箱は片手で持つには重すぎる。というか箱水なんて水道水が直に飲めない地域でしか使わないものだと思っていたから、まさか買う羽目になるとは想像すらしなかったわ。
廊下を歩いて階段を上ろうとしたとき、幻想郷の賢者さんが道の真ん中に浮いていた。
「おかえりな――」
「はい退いた退いた!」
「うわっ!?」
もう箱水持ってる腕が限界なので、紫の声を無視して二階へ上がろうとする。ここまで来るのに行き交う人々が俺を珍しそうに見ていたのも同時に思いだし、この箱水を自室まで早急に運ぶのだ。
マジ恥ずかしかった。これからは休日に運ぶとしよう。
ドタドタと音をたてながら階段を上り、自室の扉を足で開けて中に入る。
あー、重かった。近くのスーパーで買えばよかった。
「あ、あの……」
「んぁ?」
荷物を全部床に下ろしていると、控えめな声が聞こえて振り返る。もしかしなくても八雲紫だった。
「それは何?」
「キッチン使えないから箱水買って来たんだよ。飲み水ないと俺が死ぬし。あとポットとか保存食とか……まぁ、自室で生活を完結できるようにしたってわけ。これで俺がリビング行くこともなければ、幻想郷の住人に迷惑かけることもなくなるだろ?」
「その件についてなのだけど――」
「ほら、ここには来んなって言っただろ。自室とトイレ風呂以外は自由なんだから、さぁ出ていた!」
7センチ弱の妖怪を丁重に部屋の外へ出し、扉を閉めて鍵をかけた。幻想郷の住人が何らかの侵入手段があるかもしれないが、わざわざ鍵をかけた人間の部屋に入っては来ないだろう。
というか、何で紫は俺のところに来たんだろ?
用があったのかもしれないが……どうせ面倒事なんだと思う。もう今日は疲れたんや。
誰もいない部屋の中、俺は制服から私服に着替えてデスクトップ型のPCを起動させる。テレビはリビングにあるから見れなくはなったけど、どうせニュースや『笑○』が見れなくなるだけで、PCがあれば十分だ。
そう、十分だ。
十……分……。
俺はPC前に頭を打ち付ける。
「『○点』見れないのか……」
地味に精神的なダメージを受ける。
『笑○』見れないとか、人生に生きる価値があるのだろうか? いや、ない。反語。
もしそうなら小型テレビでも購入しようか。ちょうど週末に小型冷蔵庫買う予定だしね。
そしてPCが完全に起動したので、俺は前からやっているオンラインゲームを始める。前々からゲームは好きだったけれど、リアル関係なしに交流できるオンラインゲームは個人的に楽しい。
今やってるのはRPG系のゲーム。廃人のように金をかけているわけでもなく、自分のキャラの強さは中の上ぐらい。普通に楽しめるから別に気にしていないけど。
インした俺は初めにチャットでギルドメンバーに挨拶して、適当にクエストを進めたりする。
自分の所属しているギルドは特別縛りのない、ゆるゆるなギルドだ。チャットや交流が盛んで、廃人が4.5人いる。
チャットでギルドの弄られキャラたる『暗闇』という人を暴言にならない程度にディスりつつ、収集系クエストを黙々とこなしていた。
……が、どうにも最後の一個が見つからない。
ゲームパッドでキャラを操作しながら、マップと照らし合わせて首をかしげているのだった。
どこ見落としたっけ?
「そこ最後の一個じゃない?」
「お、マップの端かよ。サンキュー」
「えへへ、どういたしまして」
NPCの後ろに置くかよ普通。
そういえば『暗闇』さんが数日前に、こんな感じのクエストが終わらないと3日間ずっとさ迷ってた気がする。
っと、ボス戦か。
「なんか強そうだね。勝てる?」
「うーん……まぁ、大丈夫だろ。俺のキャラのジョブは火力職だし、上手く立ち回れば倒せないことはない」
「そっか。あ、倒せた」
一人用のクエストボスなんだし、装備整ってる火力職がソロで倒せるように設定されているはずだ。これで死んだらゲーム内の大半のジョブが詰む。運営に苦情を入れる。
俺は街まで戻って装備を修理したり、所持品の整理をしたり、マーケットで他プレイヤーが出してる売り物をチェックする。
「このキャラの着てる服可愛いね。こんな服、私も着てみたいなぁ」
「君なら似合うんじゃないかな?」
「そう? ありがとう!」
マウス動かしている右手の近くでPC画面を鑑賞している
「って、いつの間に!?」
「あ、気づいちゃった?」
なんか普通に会話してたような気がするけど、ちょこんと地べた(机の上)の上に座り、こっちの方を笑顔で首をかしげて見てきた。
身長は紫とは違って5センチ弱。実際の身長なら俺の胸辺りの位置に彼女の頭上が来るのではないか?というくらい小さい少女。こんな風に説明しているけど、ある単語を使えば長文使わずとも一発で理解できるだろう。
つまり『幼女』である。
緑髪の幼女はニコニコと無邪気に笑う。
「初めまして、巨人さん」
「巨人……君達が小さいだけだろ……?」
この前兼定に貸して貰った漫画の影響もあってか、どうにも『巨人』と呼ばれるのは少し勘弁してほしい。
物理的に人間は補食しないよ?
駆逐されたくないよ?
巨人と呼ばないでくれと頼んでみると、物怖じしない幼女は質問してくる。
「じゃあ、何て呼んだらいい?」
「代替案は持ってないけど……まぁ、変な呼び方じゃなければ何でもいいかな。夜刀神でも紫苑でも、お好きなように」
「なら『おにーさん』でいい?」
おにーさん、か……。
兄弟や姉妹のいない俺にとっては新鮮な響き。しかも美幼女に上目遣いで言われたとなれば、なんかこう……心にグッと来るものがある。素晴らしい。
内心は歓喜しながらも俺は平然を装った。
「いいよ、それで」
「わーい! あ、私は古明池こいし!」
「不思議な苗字だな」
ナチュラルにブーメラン発言をする俺。
後から考えたら『夜刀神』も相当珍しい名前であったと遅れながらに悟る。
彼女のペースに乗せられていたのを互いの自己紹介後に思いだし、俺は自分の寝床へ帰るよう言ったが、
「嫌だ。だって地下は面白くないんだもん」
「地下まで使ってんのか……どんだけ移住してきたんだ?」
頬を膨らませて拒絶された。こうなると無理矢理返すのも犯罪臭漂って躊躇われる。どうやら紫は自室と風呂場以外をフル活用して幻想郷を作り上げたのか。遠慮というものを知らんのか、アイツ等は。
そして、彼女との会話はこいしが前に住んでいた幻想郷の話――つまりは『旧地獄』と呼ばれる場所の話題になった。ついでに俺は緑髪の幼女との会話で『旧地獄とはどんな場所なのか?』を詳しく知ることとなる。
旧地獄――通称『地底』『地底世界』。
縦穴を下らないと行けない場所で、鬼達が築いた巨大都市『旧都』や、中心区の地中にある灼熱地獄跡地の上に『地霊殿』建っており、地霊殿はこいしの家なのだとか。
地底生まれの妖怪や動物、地上を厭い移住してきた地上の妖怪や、忌み嫌われて封印された妖怪などの妖怪の中でも『ヤバい奴等』が主な住人であるらしい。んな奴等が俺ん家の地下にある書庫に住み着いてやがるのか。
「そんで旧地獄と幻想郷の妖怪達は不可侵条約を結んでいると。基本的に地上の人間や妖怪を疎んでいる連中が多いから」
「うん、怨霊や亡霊が地上に出さないようにすることを引き換えにね」
そして地霊殿の主……つまりは彼女のお姉さん。古明池さとりという妖怪が地底の代表格。
彼女の姉がなぜ地底に住んでいるのか。それは名前から察することは容易だろう。
「お姉ちゃんは〔心を読む程度の能力〕を持ってるんだ。だから他の人達とあんまり関わらないの」
「難儀な能力だね……常人なら発狂するぜ?」
つまり『悟り妖怪』なのだ。
他人の心を読むことができるため、地上の妖怪やら人間やらに忌み嫌われている。確かに現代人の俺から見ても、心を無断で読まれるのは良い気分とはいかない。
本人が地霊殿に籠っていたとこいしが話す辺り、彼女も心を読むことは不本意だったのだろう。
同時に俺は納得した。
そんな妖怪がいるのなら、なぜ紫が俺の言葉を信じて幻想郷を俺ん家に作ったのか分かったからだ。何らかの悪意があるのを警戒するはずなので、恐らくこいしの姉に俺の心を読ませたのだろうよ。
あのとき俺は何考えてたっけ?
覚えてないや。
「大変だなぁ、その人」
「おにーさんはお姉ちゃんのこと気味悪がらないんだ」
「だって故意じゃねーんだろ? 内心暴露とか洒落にならんが、不可抗力なら許せる」
諦める以外の選択肢あるか?
それだけで彼女の姉を忌避するのは可哀想だろう。
しかし、俺の持論はこいしには珍しい考えだったようだ。目を丸くしていた。
こいしと雑談していてはゲームなんて進みやしない。
彼女と会話しながら俺はチャットで『落ちまーす、お疲れさまでしたー』と打ち込んでゲームを落としていた。彼女がハイテンションで喋るのを相槌を打ったり、時々質問したりしていると、時計が11時を過ぎていた。
飯食ってない。
風呂入ってない。
やっべー。
俺は立ち上がってこいしに帰るよう催促する。
「ほら、良い子は寝る時間だ。地下室に帰りな」
「えー」
俺は着替えを持ったまま一階の風呂場に行く。
部屋は開けっ放し。さすがにこいしも地下室に戻るだろうと考え、俺は彼女が帰ることを前提に出たのだ。彼女が好きな姉も心配するだろうし。
誰とも接触することもなく、俺は風呂に入ってシャワーで済ませる。湯船に湯を張るには独り暮らしだと贅沢過ぎる。
今日だけでも色々あった。
日付変わる前に寝よう。ちょいと早いけど。
さっと体を洗って頭洗って、ついでに髪をドライヤーで乾かして、20分も経たずに自室に戻ると、
「おにーさんお帰りー」
「………」
俺のベッドの枕元にハンカチで簡易な布団を作っているこいしちゃんの姿があった。誰の目から見ても地下に帰るような妖怪のする行動ではない。
俺は膝から崩れ落ちた。
目元には一筋の光。
「Oh……俺の安眠……」
「寝るんでしょ? おにーさん」
「せやね」
悪意のない笑みほど厄介なものはない。
枕の横に寝そべっている幼女。これじゃあ寝返りをすることさえ難しくなってくる。最悪、こいしを潰しかねない。
幻想郷の住人って彼女や霊夢のようにフリーダムな方々が多いのだろうか? 俺の胃を徹底的に苛めたいのだろうか? 俺なんか彼女達に悪いことでもしたのだろうか?
ワクワクした表情で待機する幼女に、俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。どう繕っても純粋に笑えなかった。
俺ん家なんで霊脈なん?
「……もういいや」
何度目か分からない思考放棄。
俺は電気を消してベッドに横になる。もちろん枕元の小人を押し潰さないように目を凝らして。
明日は土曜。休みだ。
なのに鬱になっているのはなぜか。
「~~♪」
「………」
月の光が窓から差し込む俺の部屋に、上機嫌な鼻唄が眠りにつくまで響き渡った。
それはお世辞にも上手いとは言えなかったが。
不思議と――安心した。
裏話
こいし「うーん……おにーさんといると楽しいなぁ」
紫苑「Zzz」
こいし「もっとおにーさんのこと知りたいなぁ」
紫苑「Zzz」
こいし「そういえば『がっこう』って場所に行ってるんだっけ?」
紫苑「Zzz」
こいし「……(・∀・)ニヤニヤ」