俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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2話 それぞれの悩み

 俺が通う学校は家からバスと電車を経由して行く。

 時間にすると約40分。遠いか近いかは皆様のご想像にお任せしよう。

 

 そこまで珍しくない一般的な高校。いつものように授業を受け、いつものように昼休みは図書館に籠り、いつものように放課後を迎える。何の変哲もない時間が、今日の朝起きた騒ぎが幻であったかのように流れていくのだ。

 英語の時間は担当教師の孫自慢を聞き、物理の時間は即席で宿題を済ませ――なんて日常。そんな日常など、あっという間に終わってしまう。

 

 そんな日常の放課後。

 

 俺は自分の荷物を伴って美術室へ向かった。

 美術室の扉を開けると、独特な油の匂いが充満する部屋に、雑談をしながら何かをしている一つの集団があった。

 絵を描く部屋で絵を描いてる人間が一人もいないのは問題だが、顧問の先生が見渡してもどこにもいないので大丈夫だろう。どこ行ったんだろうね?

 

 扉を開く音に集団全員が反応し、それぞれの反応を見せる。

 これもいつもの光景だ。

 

「お、来た来た」

「遅ェぞ」

「お待ちしておりましたよ」

 

 教室では腫れ物のように扱われる俺だが、ここではそんなの関係ない。

 俺は幾分か機嫌をよくして集団に加わる。

 

 最初に反応したのは白髪の男子生徒。本人曰く染めてないらしい。名前は九頭竜未来(くずりゅうみらい)、俺のクラスメイトの一人だ。マイペースそうな笑みを浮かべている。

 次に反応して舌打ちした灰色の髪の男子生徒。本人曰くガッツリ染めてるらしい。コイツは獅子王兼定(ししおうかねさだ)、クラスは違うが昔からの親友。目つきが鋭く制服を着崩して着用していた。

 最後に手招きしていた先輩。この人は霊龍慧(みたまりゅうけい)、先輩だけど皆からタメ口を使われ、なぜか何もしてないのに胡散臭さを感じる。

 それぞれが下の名前で呼び捨てをする仲。

 それもそうだ。俺達は旧知の仲なのだから。

 

「で、何してたん?」

「チェスだよ。紫苑そう言うの得意でしょ」

 

 確かに彼らが囲む机の上にはチェス盤と駒が二セットずつ置いてあった。そして片方の盤は戦局が若干進んでいる。

 先ほどまで兼定と龍慧がやっていたらしい。

 

 俺は空いている盤の前に腰をおろして未来と向き合う形を取る。

 そして試合開始。話をしながらもガチなボードゲームが繰り広げられるのだ。

 これもいつもの光景。適当に雑談しながら一日を潰していくので、俺たち全員が所属している美術部は『駄弁り部』なんて呼ばれることが常々。

 補足だが、顧問がいない理由の大半が俺。美術部に入ってすぐ、俺が描いた絵を顧問と副顧問が見た瞬間、絶叫しながら倒れて救急搬送される事件が起こったのだ。俺は地味に心が傷つき、先生方は精神に傷がついた。

 まだ顧問達は復活しておらず、こうして無政府状態の『駄弁り部』になってるのだ。

 

 

 

 いつもの日常。

 駄弁って笑う日々。

 

 

 

 そんな中、俺は。

 

「なぁ、未来」

「んー?」

 

 戦局も中盤戦。若干俺が押され気味のチェスをしている途中、俺は対戦相手の未来に声をかけた。

 未来は所持品のペットボトルから水分を摂取しながら、俺を横目に見る。

 

 

 

 

 

「俺ん家に小人が住み着いたわ」

「ブハッ!」

 

 

 

 

 

 明後日の方向に虹を生み出す白髪男。

 隣の二人も「は?」と真顔で俺を見ている。

 

「どうすりゃいいと思う?」

「……僕は何て答えればいいと思う?」

「だよな……」

 

 俺は大きく溜め息をついた。

 その様子を見て、学校では有名な不良少年たる兼定が呆れ顔でナイトの駒を動かす。

 

「……冗談言ってる訳じゃねェな。マジもんか?」

「どうやら本物らしいぜ。だから困ってんじゃん」

 

 俺は小人――幻想郷と呼ばれる場所に住んでいた住人が、俺の家に来た経緯を三人に説明する。ある者は苦笑いを浮かべ、ある者は眉を潜め、ある者は興味深そうに話を聞く。

 俺だって絵空事を説明している気分だ。

 それでも三人は話を聞いていた。

 

 兼定側のチェスが終わるのと、俺の話が終わるのが同時だった。

 勝ったのは龍慧。当然の結果だろう。

 龍慧は微笑みながら俺に感想を述べる。

 

「ぜひとも、紫苑の家にお伺いしたいですね。相変わらず紫苑の周りは面白いことが起こります」

「え、コレ信じるの?」

「テメェが雑談のためだけに戯言抜かす奴なわけねェだろ。信じられねぇことに代わりはねぇが……」

 

 さすが小さい頃からの仲。俺の発言の真偽を長年の勘だけで判断しやがった。

 嘘ではないから別に構わないが。

 

「けど、その幻想郷の賢者……だっけ? その人からは口止めされてるんじゃないのかな? 僕達に話しちゃって大丈夫なの?」

「絶対ボロが出るに決まってんだろ。よく考えてみろよ、自室と風呂便所しか使えない生活なんかしてたら、お前等のうちの誰かが疑ってかかるに違いねぇ。数か月くらいならまだしも……例えば水道管とかのトラブルとかどーすんだ? もう俺が隠せるレベルの秘密の範疇超えてんだよ」

「確かに……そう言われると無理がありますね」

 

 こういう秘密を隠し通せる経済力と人脈が豊富な奴なら話は別なんだろうが、現代社会で一般的な高校生活を送っている一学生には荷が重すぎる。電気ガス水道のトラブルを始めとして、クーラーの取り換え――それ以前に両親が帰ってきたら確実にバレるのは目に見えてるしな。そんなに世間は甘くないってことだ。

 ラノベの世界みたいに鈍感な人間がゴロゴロいるとはさすがに思ってない。特に近所の奥様方はそういう変化に敏感だと未来が前に言ってた気がする。

 

「それに俺の会話を聞いてなかったか? 『……もし知られてしまったら、物凄く困る』と言われただけで、言うなとは一言も言われてないんだぜ。じゃなきゃ俺がお前等に話すかよ」

「……屁理屈だなぁ」

「屁理屈も立派な理屈さ」

 

 この情報を漏らした一番の理由は、協力者が数人は欲しかったためだ。もしものことがあった時の為に口裏を合わせてくれそうなのは、俺の知ってる面子ではコイツ等しかいない。口外されたくないのなら絶対に念を押すだろうし、紫もそのことは考慮して……あぁ、『言ったところで誰も信じない』可能性もあったか。もしそうならご愁傷さまだな。

 それか家主たる俺に強く出られなかった、か。コイツ等なら今の情報を悪用はしないだろうし、大丈夫だろ、うん。

 

「お前等絶対に言うんじゃねぇぞー」

「写真見せたって、こんなん誰が信じるンだよ」

「合成写真かな?」

 

 逆に信じられないってことか。確かに加工さえすれば、彼女らのように小さくなっている風を装えるし、もしかして公にすることで隠せるのだろうか? さすがにこれ以上広めようとは思わんが。

 なんて考えながらルークの駒を動かす。

 未来のキングが風前の灯火。

 

「チェック」

「あらら。まぁ、本題に戻るけど小人ちゃん達とコンタクトを図りながら、頑張って共存する道しかないんじゃないかなー」

「追い出す選択肢がねェんなら、未来が言ったような方法しかねェだろ。分かり切ったこと聞くんじゃねェ」

「まあまあ……紫苑だって誰かに話したい気分だったのでしょう」

 

 龍慧が的確に俺の心境を察しながら兼定を宥める。

 口に出さないと自分が夢見てるのかどうなのか判断しにくかったってのが本音。今でも家での騒動は夢幻かと疑っているぐらいだ。

 効果は的中。少し心が軽くなった。

 

「けどキッチンが使えないのは不便ですね。生活路の一つを断たれた訳ですし、飲み水が飲めないのは厳しい状況なのでは?」

「箱水買えば?」

「湯が沸かせるポットがあればカップ麺を作れるよね。他に自室だけで暮らすには何が必要かな」

 

 そして話は『自室だけで生活するには?』の話題へと切り替わる。それぞれチェス盤の駒を操りながら、必要な物の案を出していく。

 俺はそれに同意したり同調したり反論したり。一人では思い付かなかったことなんかを頭のメモに追加する。やっぱりコイツ等に相談して正解だと思った。

 

 非日常を何の疑いもなく受け入れ、それを皆で考える『普通じゃない』集団。それでも日常の一部であることは明白で、いつものように暗くなるまで雑談を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

「チェックメイト」

「あ」

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 紅魔館の一室。

 そこには私を含めた各勢力の代表者が集まっていた。もちろん私が呼び寄せた者達であり、これからの行動を考える緊急会議だ。

 

 呼んだのは以下の面子。

 

 紅魔館の主。

 白玉楼の管理人。

 閻魔。

 永遠亭の医者。

 バ鴉。

 守矢の軍神。

 地霊殿の支配人。

 聖徳導士。

 命蓮寺の大魔法使い。

 そして私――幻想郷の賢者。

 

「何か私だけ扱い酷くありません?」

「??」

 

 バ鴉――射命丸文の疑問に私は首を傾げる。私の説明に間違っているところでもあったのだろうか? 思い返しても問題点は見当たらず、とりあえず無視した。

 幻想郷の避難地が見つかり、仮の幻想郷が作られた今日。各勢力の首脳は次の課題に当たることとなった。それを本当に問題としているかどうかは別として、だ。

 

 私の説明を聞いて各々反応を見せる面々。

 最初に口を開いたのは紅魔館の主――レミリア・スカーレットだった。

 

「私達を集める程度の問題なのかしら? ここの家主……えっと、誰だっけ? ソイツが互いに不干渉を提示してきたのだから、関係修復する必要ある?」

「私も同意ですね。わざわざ外来人……今は私達の方が外来人ですが、彼と無闇に馴れ合う方が問題なのでは?」

「関わらないで済むのであれば、別に自分達から関わる必要なんてないわね」

 

 彼女の発言に同意する地霊殿の支配人――古明池さとりと、永遠亭の医者――八意永琳。干渉否定派の意見は要するに『関わる必要性がない』である。外との交流を絶ってきた私達が、今さら現世の人間と関わるのもおかしな話。

 そもそも彼女等は幻想郷でも他との関係を積極的に行わない。そういう考えに行き着くのは当然か。

 

 しかし、否定派がいれば肯定派も存在する。幻想郷も一枚岩とは言えないのだから。

 彼女等の発言に反論するのは宗教関係者。

 

「それは不義理に値することでしょう? 見ず知らずの方が善意で居場所を提供してくれたのです。何かしらの恩を返すのが道理というものですよ」

「妖怪を受け入れてくれる人間は決して多くはありません。理解者を減らすことこそが愚行なのでは?」

「打算的な考えが彼にあるんなら不干渉でもいいが、覚妖怪曰く、完全に彼の善意なんだろう? だったら恩を返すのが筋ってもんじゃないか」

 

 豊聡耳神子、聖白蓮、八坂神奈子がそれぞれの意見を述べる。特に最後の発言は地霊殿の支配人の表情を変化させるには十分であった。

 

 そう、私は何の保険もなしに彼と接触したわけではない。

 スキマを開いたまま紫苑と接触したが、スキマの中にはさとりを待機させて、彼の心を読ませたわけだ。もし私達を害する意思があるのなら去るつもりだった。

 交渉後、彼女は言った。

 

「『あー、物理の課題終わらないわー。マジやる気出ないわー。妖怪とか幻想郷とかどーでもいいから寝かせてほしいわー』……だったわよね?」

「……はい」

 

 彼の表面意識を一字一句違えずに復唱した私に、古明池さとりは頷いた。深層意識を読むことはできない彼女だが、たぶん寝ていたのではないかと言っていた。つまり彼には私達をどうこうする意思はない訳だ。

 神秘との遭遇よりも宿題のことを考えていたのは予想外だったが。

 

 ちなみに他のメンバーはと言うと、

 

「私はあくまで中立です。閻魔ですから」

「あ、どちらにせよ天狗は不干渉なんで。私としては彼の話を聞いてみたいですが」

 

 四季映姫と文は立場上の中立を宣言する。白玉楼の管理人――西行寺幽々子は黙々と出された大福を食べている。

 旧友のマイペースさに頭を抱えている間にも、言い争いは加熱していく。

 

「だいたい人間如きのために何で私が恩返しなんて考えなくちゃいけないのよ!」

「あら、吸血鬼という妖怪は、恩すら返せない恥知らずの種族なんですね」

「はぁ!?」

「そもそも貴女方も神道や仏教の信者増やしたいだけじゃないの? 信仰が足りないからって唯一の人間に媚を売らないといけないなんて大変」

「……年増」

「アンタも五十歩百歩でしょ……」

 

 それぞれの代表者が子供レベルの言い争いを始める始末。これが人間の倍以上を生きる者達の会議だと思うと、主催者の私の胃が痛くなる。

 これを見ていたさとりは、

 

「……みなさん、それぞれ打算的な思惑がありますね」

 

 ジト目で言い争いを眺めていた。

 これなら紫苑の方が大人に見える。年齢と言動が必ず一致するとは限らない良い例だろう。

 

 しかし言い争いも長くは続かない。

 年のせいなのか、言い争っていた首脳陣は息を切らせて互いを睨む硬直状態へと陥った。とりあえず止まったは良いものの、これからどうやって協力体制を作るか迷っていると、幽々子が食べる手を止めた。

 彼女の皿を見てみると大福が底をついていた。

 

「この大福美味しかったわ~」

「幽々子ェ……」

「どこの大福だったの?」

「あぁ、台所に置いてあったやつよ」

 

 レミリアの大福入手場所に思わず叫び声が出た。

 それ人の家のものでしょう?

 

「家主がここを好きに使って良いと言ったってことは、食べ物も好きなように使って構わないってことでしょ?」

「そうだとしても――っ!」

「それに、この場に居る全員が台所の甘味を全て奪取しているわ。私だけが罪に問われるなんて不公平じゃない」

 

 キッと他の面子を睨むと、全員が明後日の方向を向く。この連中はどこまで私の胃を痛めつければ気が済むのだろうか? もう自分の身を差し出しても丸く収まりそうにはない。

 加えて幻想郷の住民は好戦的。いつ家に穴を開けるかなんて遠くない未来だろう。その時のためにも友好関係を築き上げる必要があるのに、こうも意見や思想がバラバラだと、まとめるのに時間が……。

 う、胃が。

 

 顔を真っ青にして解決策を練っていると、意外なところから突破口が見える。

 幽々子が悲しそうに呟いた一言だ。

 

「そう……なら家主さんと仲良くしなきゃね」

「はぁ? どうしてよ」

 

 レミリアの怪訝な表情に、幽々子が理由を答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって家主さんが食べ物を買ってこないと餓死しちゃうじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が紫苑と友好関係を築くことに了承したのは、この発言の僅か30秒後のことだった。

 

 

 

 




裏話

未来「というかコレ話してもOKなやつなの?」
紫苑「言わんとストレスで禿げるわ!」
未来「まぁ、確認とったところでNGでるだけだしねぇ」
龍慧「面白ければ何でもいいです」
兼定「それな」

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