俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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難産でした。
ようやくあのキャラの登場です(*`・ω・)ゞ


20話 敵と書いて灰と読む

 リビングと台所が解放されたけれども、俺の家での行動範囲は部屋で完結している。小型テレビもあるから情報は入ってくるし、精々外で洗濯物を干すときの中継所みたいなものか? あんまりリビングの紅魔館勢を刺激したくないし。

 風呂から帰ってきた俺は小型テレビの電源を入れ、今日の宿題(めんどうごと)を片付ける。

 今日はベッドの上にパチェ、床にこいしとフランがいる。前者は本を広げて読書、後者はゲーム機を置いて二人操作で冒険の旅に出ていた。

 

 三人が部屋に来るのは珍しくなく、パチェは本目当てで俺の部屋に入り浸ることが多い。図書館の本を借りてきては彼女に見せているため、俺と彼女がそういう関係なのは第三者の視点からでも分かるだろう。

 余談だが、かりちゅま吸血鬼ことレミリア氏曰く、「パチェが他の人に愛称で呼ばせるのは珍しい」と述べていた。つまり現代の本を入手できる俺との関係を円滑にするために、愛称で呼ばせるのを許したのではないかと俺は推測する。打算的だけど、俺は嫌いじゃないぜ?

 もっと打算的な野郎がいるから。

 

 幻想郷の住人の中でも交流の多い幼女二人は、最近RPGにハマっており、俺の部屋で仲良くプレイする姿が見られる。アクションゲームは難しいけれど、ターン制RPGなら問題なく楽しめる。

 幻想郷にないと聞く現代の娯楽をエンジョイする子供を見ると微笑ましいね。

 

『――○○時○○分に――で噴火が発生し、噴煙は火口縁上3200mで雲に入りました。1時間以内に――ではやや多量の降灰があり、降灰は――まで予想されます 』

 

 ちょうど地元のニュースで近くの火山が噴火した旨が放送される。活火山を中心として風向きがテレビ画面に映り、それが自分の住んでいる区域の方角なので、俺は思わず舌打ちをした。

 この県は活火山の噴火が少なくないので、爆発やら噴火が起こっても、県民は噴火に怯える――なんてことは全然なく、降ってくる灰によって洗濯物に被害が出ることを怖れる。浴室乾燥機がある俺に関係ないかと言われればそうではなく、灰が降った道を歩いて学校に行くのは億劫になるのだ。

 風吹けば灰は舞うからな。あれ目に入ると痛い。

 

 舌打ちをした音が聞こえたのだろう。

 フランが反応して俺を見上げる。

 

「どーしたの?」

「灰が降ったんだってさ」

「またー?」

 

 慣れてしまえば幼女ですら噴火に驚かない。

 

「明日学校についてくるんなら鞄の中に避難しとけよ? ポケットだと火山灰が入ってくるかも」

「「はーい」」

 

 自然災害の一種だから仕方ないとはいえ、ぺっぺぺっぺ灰を撒き散らす火山に殺意が沸いてくるわ。数日は灰が舞い上がるんだろうなぁ。

 明日からの登下校の憂鬱さに溜め息をついたとき、扉がノックされる音がした。

 ふむ、誰だろうか?

 

「んー? どうぞー?」

 

 入ってきたのは初見の住人だった。

 肩まで伸ばした緑色の髪が特徴的な女性で、室内なのに傘を注している。気の強そうな紅いつり目に、どこか不穏なイメージを抱く笑み。

 なんというか……うまく言葉に言い表せないけど、本能が『関わってはいけない』と警鐘を鳴らしている。その間にも彼女はフワフワとこちらに近づいてくるのだ。

 

「紫苑っ! 逃げなさ――」

「へ――?」

 

 視界が反転する。

 ぐるんと見ている光景が移り変わり、俺は自分が吹き飛ばされたと自覚するのに時間がかかった。パチェの言葉に反応する前に起きた、一瞬の現象。

 

 一人の男が椅子から吹き飛ぶ姿は壮大にして雄大。空中に乗り出す様は自由を象徴しているかのようで、一羽の鳥が翼を広げ大空を疾く駆けるが如く煌めきを放つ。放物線を描き床に着地するのは重力の理。それは人間の限界を物語るかのよ

 

「ぐはっ!」

「おにーさん!?」

「お兄様!?」

 

 なんか変なナレーションと共に着地したような気がするが、あんな詩的表現をされても困る。要するに緑色の髪の女性に吹っ飛ばされただけの話である。

 肺にあった空気が吐き出されて、「最近家で床に叩きつけられることが多いな……」と場違いな感想を浮かべる。もうちょっと穏やかに生きてきたはずなんだが。

 

 起き上がろうとしたところで、顔に傘を突き出される。本来の使用方法をガン無視したように武器として傘を扱う彼女は、嗜虐的な笑みを浮かべながら、額の血管を浮かび上がらせて俺を見下ろす。

 なんの罰ゲームだろうか。

 

「えっと……どちら様で?」

「風見幽香――名前くらいは聞いたことあるんじゃないかしら? 新しい幻想郷の主さん?」

 

 風見幽香……確か紫が言ってた名前だったような。

 

『花の妖怪・風見幽香には気を付けなさい。霊夢でも相手にしたくないって言う様な、極度の戦闘狂だから』

 

 あ、コイツか。

 なるほど、言われてみれば某戦闘民族よりも強者を求めそうな、バトル漫画の強キャラみたいな表情してんな。俺は少年漫画とか読まないんだけど。

 そんなことを知ってか知らずか、風見さんは暗い笑みを絶やさず俺へと向ける。

 

「ねぇ、家主さん。私は今すっごく怒ってるの。何故だか分かるかしら……?」

「み、身に覚えがありませんなぁ」

「私って花妖怪なのよ。だから貴方の家の庭に花壇があったのは嬉しかったわ。また大きな向日葵を始めとする花を育てられるから。でも――」

 

 風見さんは俺の胸ぐらを掴む。

 フランが目を光らせて割り込もうとしたが、俺はそれを手で止めた。ここで妖怪対戦を起こされても困る。

 

 

 

「なんで土に火山灰が含まれてるのかしら……!?」

 

 

 

 そりゃ灰が降ってるからな。

 加えて我が県の52%はシラス台地と呼ばれる地帯なため、灰を多く含む地質は水を溜め込まず、園芸を行うには適切ではない。ましてや育ったところで灰を撒き散らす活火山が近くにあるから、花に灰が被るのは火を見るより明らか。

 だから花を育てにくいわけではない。花壇に灰が多いのは、単純に俺が手入れを全くしてないからだろう。そこまで園芸に興味ないし。

 

 そう素直に話して溜飲が下がるわけがない。

 舌打ちをした花の妖怪さんは、考え込むように頭上を見上げる。

 

「あの火山邪魔ね。ぶっ飛ばそうかしら?」

「止めて、お願いだから」

「……へぇ、でも花を育てられないんだけど」

 

 イライラしているのか、鋭い瞳が俺を射抜く。

 このままだと俺の命が危なそうだ。俺は半強制的に両手を挙げて折れる。

 

「分かった分かった。肥料やら何やらを買って来ればいいんだろ? 今度の日曜にでも行くから我慢してくれ」

「私も行くわ」

「……へいへい」

 

 この後も「明日買いに行きなさい」と一悶着あったのだが、割愛させていただこう。学校休んでまで園芸用品なんざ買いに行けるかって話だ。

 言葉にしたら殺されそうだけど。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 話が変わるが『美術部の中で園芸に詳しいのは誰か?』と問われた場合、俺達は『獅子王兼定』と答える。園芸というよりも家庭菜園だろうか? そこまでその分野に詳しくない俺から見れば、どっちも変わりないのだけれど。

 あの外見だけ不良のツンデレさんは、母親方が神社を経営していて、父親方が農家の出なのだ。どうして、ああなった?なんて野暮なことは聞かないように。俺も知らん。

 

 だから平日のうちに兼定から情報を得て、俺は怖い花の妖怪と安定の無意識妖怪を伴って近くのホームセンターに足を運んだ。荷物が多くなることが予想されるため、自転車に乗って悠々と辿り着く。

 肩に下げた鞄から顔を覗かせる二人。

 こいしは自転車走行中に帽子を押さえながら移り変わる景色を楽しみ、風見さんも普段なら味わえない『自転車での速さ』を満喫していた。俺も子供の時は自転車で走ることが楽しかったから、気持ちは分からんでもない。

 

 こうして時間をかけずにホームセンターに到着。

 近所で園芸用品を売っているのはココだけだと兼定が言っていた。

 

「っつーても、俺もココに来るのは久しぶりだからなぁ。あ、買うものに関しては風見さんに任せる」

「えぇ。……貴方は今まで私のことをそんな他人行儀に呼んでたのかしら?」

 

 直訳すれば『名前で呼べ』と。

 他の幻想郷住人ならいざ知らず、比較的関わり合いを持ちたくないタイプの女性だから、親近感を持たれないよう苗字で呼んでたんだが。

 こんな爆弾と一緒にいられるか。

 ……はい、名前で呼ばせて頂きます、幽香様。だから睨まないで。

 

 幽香はこいしを引き連れて肥料やら土やらを売っているエリアまで飛んでいく。基本的に無意識がいれば人に見つからないからね。

 何度も言うけど園芸は管轄外だ。

 適当に近くにあった土を手に取る。

 

「土なんて同じなんじゃねーの? 違いがわからん」

「土にも色々あるんだよ。ほら、養分があるとか」

 

 見当違いな会話を繰り広げる俺とこいしに反応することなく、幽香は商品の値踏みを行う。

 暇な二人はソシャゲをプレイする。

 何十分経ったか見てなかったけど、傘で頭を叩かれて現実に返る。

 

「これと、あれと、それ」

「あいよ」

「値段たかーい。諭吉が御陀仏になるね!」

「……だね、うん」

 

 幽香が指差した商品を持ったり担いだりする。

 ジャージ着て来て良かった。肥料などの臭いが服につくことを見越して、動きやすい服装をチョイスしたのたが、土とかつくなコレ。

 幽香曰く「ここの土は良質なのが多いわ」とのこと。

 

 一枚の諭吉を生け贄に捧げて園芸用品を購入した俺は、チャリの籠や荷台に乗っける。

 乗っけながら溜め息。

 

「俺のバイト代が俺の関係ない出費で消えてくんだけど。このままだと本格的に節約しないとなぁ。今月買う予定だったもんは諦めるか。……はぁ」

「おにーさん元気出して」

 

 幼女に慰められる男子高校生の図。

 CDとか本とか、最悪アホ共から借りればいいか。

 その不甲斐なさを憐れんでいる……なんてことは幽香の性格からして考えられないけど、花の(ドS)妖怪は不適な笑みを浮かべながら、情けない姿を見下ろしてくる。

 

「ふふっ、この出費が貴方に関係ない? 本当にそう思ってるの?」

「え?」

「貴方が買った種の中には野菜や果物も入っていたはずよ。私が貴方の花壇で花を育てる代わりに、育てた野菜や果物を無償で提供する。いい関係だと思わない?」

 

 俺は思わず目を見開いた。

 今までの幻想郷の住人は俺の負担を気にせず、紫ですら『俺に迷惑をかけないか』という事しか考えてなかった。それを俺は責めるつもりはなく、むしろ幻想郷が完全に安定していない今なら当然のことだ。

 だからWIN-WINの関係なんて持ち出されるとは思わず、ましてや相手はドS妖怪の風見幽香様。対等の立場に出されるとは思わなかった。

 意外という内心が相手にも伝わったのだろう。幽香は目を細めて心外だと睨んでくる。

 

「……私のことを貴方がどう思ってるかは置いておくとして、私は一方的に何かしてもらうような関係が大嫌いなの。依存するなんて論外。例え相手が人間だろうと、ね」

「あ、あぁ」

「これからも花や野菜の種を、貴方に買ってきてもらうことになるのは仕方ないわ。私にはできないから」

 

 ……まぁ、確かに悪くはない関係だとは思う。

 花壇で栽培できる野菜の量など些細な節約になるだろうけど、それでも――この緑髪の女性の気遣いに感動したのは言うまでもない。

 荷物を乗せた自転車を無言で走らせている間も、なんとも言えない気持ちを抱えていた。その気持ちは――不快ではない、細やかな爽快感を感じた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 拡張された花壇を見て満足する私。

 まだ野菜を育てるのには手狭ではあるが、買って来れた肥料を含む土が少ないのだ。今度、これを買ってきた少年の友人から追加の土壌を貰うと言っていたので、今はコレで我慢しよう。小型のビニールハウスというものも持ってきてくれるらしいから、我儘は言えない。

 この花壇に土を入れる作業には家の持ち主――紫苑の手伝いもあった。最初は断ったのだが、『デカイ奴が手伝った方が早いだろ?』という言葉に折れた。

 彼はもう手伝いを終わらして部屋に戻っている。

 

 種を撒いていると後ろから声がした。

 こんなところに来る物好きなんて一人しかいない。

 

「何の用? 幻想郷の賢者様?」

「……また彼に負担をかけたのね」

 

 また、とは心外だ。

 今回が初めてのはず。

 八雲紫は錠剤をボリボリ噛み砕きながら、ジト目で私を見てくる。

 

「彼に手を出してないだけマシ……って考えた方が正解かしら? 貴女のことだから物理的に攻撃することも珍しくないし、五体満足だったのはさっき確認したし。先に貴女のことを説明しておいて正解だったわ」

「ふぅん……私が彼を玩具にすると。これでも私は彼を気に入ってるのよね」

 

 まるで私への対策を紫苑がしていたと思っている紫に、上木鉢が置かれた場所まで移動しながら否定する。

 私の発言に驚いたのか、紫は目を見開いた。

 どこに驚いたのかは理解できるが。

 

「あ、貴女が!?」

「これ何だと思う?」

 

 私が種の入った袋を見せる。

 

「……向日葵の種?」

 

 そう、向日葵の種だ。

 彼には『対等の関係が~』などと適当に誤魔化したけれど、正直そんなのどうでもいい。利用するときはとことん利用してやるし、弱者を虐げることに躊躇いなどありはしない。今回だって『夜刀神紫苑』は外界から種などを調達するだけの人間としか思ってなかった。

 そう、実際に会うときまでは。

 彼を軽く痛め付けたとき、紫苑は私に面白い反応を示していた。言葉にもしてないし、表情にも示していない。

 

 

 

 『またか……』と物語る瞳。

 

 

 

 彼にとって私は『幻想郷の住人』としか見ていなかったのだ。幻想郷の強者として恐れ避けられてきた私には、新鮮で無礼な感情。

 人里では見たことのない珍しいものだった。

 

 無論それだけじゃない。

 この向日葵の種。実は『買ってほしい』と頼んだものの中に、入れ忘れた種だ。気づいたときには少し焦ったが、彼が買ったものの中にはちゃんと含まれていた。

 あの痛め付けたときの私の言葉を覚えていたのだ。

 本当に……面白い。

 

 鉢に向日葵の種を植える。

 夏には元気な向日葵が見れるだろうか。

 種の植えられた鉢に微笑みかけながら、私は『追憶』『君を忘れない』『遠方にある人を思う』の花言葉を持つ名前の少年を思い浮かべるのだった。

 

 

 

 

 




裏話

兼定「ところで紫苑、向日葵の花言葉って知ってっか?」
紫苑「いや、知らねーけど」
兼定「ふぅン……ま、いいけど」
紫苑「??」
兼定(やっぱコイツ面白れェわ)

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