「……はぁ」
「どうしてお家に帰ってきたのに溜息ついてるの?」
アホ共とファミレスに寄った帰り。
家の前について明かりがついているのを確認した俺は、肩に重荷が乗ったような徒労感を感じた。
おかしいな。家って生活における『憩いの場』みたいな役割を果たす場所のはずなのに、どうして嫁が怖くて家に帰りたくないサラリーマンの気持ちを味わっているのだろうか?
だって溜息をつきたくもなるだろ!?
人生稀に見る自由人の集団がお出迎えだぞ!?
むしろ家出したいわッ!!
いっそ新幻想郷の範囲内で生産形態を確保して、独立した地域として欲しい限りなのだが、それができれば片手に幼女達、もう片方に胃薬の束を抱えて帰宅するわけがなかった。
幻想郷の賢者には皮肉にも似たプレゼントだな。
薬局のレジにいたオッサンから不思議な目で見られたぜ。胃薬5箱も買ってればそうなるか。しかも一箱1200粒入りだから、幽々子並みに消費する紫には最適な商品かもしれない。財布には大打撃な出費だけれど、まぁ……彼女には同情してるから特別ということで。
んな特別、俺は絶対に欲しくないけど。
ちなみに『困ったことがあったら力になるぜ』と言ってくれた友人達に、『んじゃ、幻想郷の住人を一部でもいいから引き取って』とお願いしてみたら、
『嫌だね』
『冗談は顔だけにしろ』
『頷くとでも?』
駄弁り部に災いあれ。
頷かれたとしても彼女等が了承するとは思えんが。
ひどく重くなった体を引きずるように玄関前まで運び、鍵を開けて中に入った。
靴を出船にするように脱いでいると、八雲紫がフワフワとこちらに近づいて来る。どーでもいい知識なのだが、こうやって玄関前の靴を脱ぐ場所を
「お帰りなさいませ」
「うーっす。ただいまー。はい、胃薬」
「あ、ありがとう……」
左手で箱の入った袋を掲げると、嬉しいような複雑そうな表情を浮かべたスキマ妖怪殿は、俺の胃薬を持つ方の手の前にスキマを出現させる。相変わらず気持ち悪い不思議な空間だ。ここに入れろってことなのだろう。
奥行きのないスキマに入れるとスキマは閉じて跡形もなくなった。
便利だなぁ。
そのまま二階まで上がろうとしたとき、ふと紫が俺の肩にいる三人の幼女妖怪達のことについて質問される。
彼女等は右手にいたのだが、玄関の鍵を開けるときに肩に飛び乗り、俺が土間で靴を脱ごうとしたときには襟首を掴んでぶら下がっていた。
「え? ま、まさか……」
「あぁ、学校にまでついてきたぞ。バレないように細心の注意を払ったがな」
こめかみを押さえる幻想郷の賢者に、俺は思い出したように後で部屋に来るよう伝える。
あのアホ共と話し合ったことを伝えるつもりだ。
「了解したわ。……ん? そこにいるのは紅魔館の?」
「フランのことか?」
金髪幼女に厳しい視線を向ける紫。
さとりから彼女の危険性はある程度聞いたのだが、まさかスキマ妖怪も危険視するような存在だったのかと考えると、これ肩に乗せてもいい生物なのだろうか?と考えてしまう。
学校でも大人しくしてたし、そこまで警戒する必要がないと思われるが。
この娘、幻想郷で何やらかしたんだろ?
案の定、紫の口からは忠告の言葉が発せられた。
「……気をつけなさい。彼女は危険だから」
「知ってるよ。〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕だろ?」
肩をすくめて肩にいるフランの頭を人差し指で撫でる。
……ここまで同胞から警戒されるなんて逆に可哀そうと思えてくるのは俺だけか? 年端もいかない(推定500以上の)幼女を忌避するなんざ、彼女に悪影響しか及ばさないと思う。
それとも『まだ排除しないだけマシ』と考える方が適切なのか。不安要素は排除する。危険なものは排除する。そういう疑いを持つものも排除する。現代日本だと以上のような考えが多くなったが、危険と共存する幻想郷が彼女の居場所なのかもしれん。
……外の世界から忘れ去られたのも『危険だから』とかいう理由じゃないだろうな?
いつもの癖で頭の中でいろいろと考察を立てていると、紫は意外なことに首を横に振った。
え、他にもあるの?
破壊以外にも危険な要素あるとか……彼女いったい何も――
「彼女は究極のロリコンホイホイよ!」
「あ、そっち?」
いや、まぁ、確かにそうなのかもしれないけどさー。
外見は人形みたいに可愛らしいから、ロリコンじゃなくても
ん? ちょっと待て。
紫は『紫苑はロリコン』だと思って忠告したわけじゃないだろうなぁ!?
肩に三人の幼女を居座らせているから考えられなくもないんだが!
そこんところを問いただしたいのだが今日は疲れた。
気をつけるわーと適当に返しながら二階へ上がり、床に荷物を、机に幼女を置いてベッドの上にダイブする。寝転がって仰向けになった俺は真っ白い天井を何も考えずボーっと眺める。
不意に何も考えたくないことってあるよね?
「わーい!」
そこで真似てなのか俺の胸にダイブしてくるフラン。
5.6時間目の授業と放課後ですっかり懐いてしまった彼女だが、これで危険だから遠ざけるとか俺にはできないんだけど。
ええやん。高額の機材さえ壊さなければ。
面白ければ真似するのが幼女なのか。こいしもさとりも同じように俺の胸へダイブしてくるのだった。
幼女三人が俺の胸の上に寝ている。字面にすると物凄い光景になるよな。
普通なら力士一人分の体重が俺の上に乗ってる計算になるんだぜ?
「楽しそうね~」
「そう見えるなら眼科に行くことをお勧めするぞ、ピンクの悪魔」
俺の胸の上でキャッキャキャッキャはしゃいでいる幼女をあまり咎めずにボーっとしてると、耳元から冥界の管理人の声が聞こえた。
俺は呆れながらもご用件を承る。
「で、何の用だ?」
「用がないと来ちゃいけないの?」
「少なくとも用がなければ幽々子は来ないんじゃないのか?」
無駄なことをするイメージがない彼女。
扇子で口元を隠しながらも、深窓の令嬢の如き儚さを持つ女性は俺に忠告を促す。
それは紫と同じようにフランを――ではなく、
「異変のことは紫から聞いたでしょ?」
「妖怪の気まぐれや興味本位で起こるイベントみたいなもんだろ? 霊夢や魔理沙が解決するアレ。それがどーした」
「紅魔館の吸血鬼が異変を起こそうとしているらしいわ」
紅魔館……フランの実家か。
吸血鬼って確かレミリア・スカーレットだっけ?
「そりゃまぁ御大層なこった。娯楽らしい娯楽もないし暇なのかね」
「……その反応は黙認するってこと?」
「黙認するも何も『異変』については明確な取り決めなんて俺は何一つ触れちゃあいない。どーせ連中は幻想郷のルールで動くわけだし、博麗の巫女さんが解決して、はい終了。じゃないのか?」
『博麗の巫女は妖怪退治が仕事。つまり妖怪のいないここでは仕事する必要がないってことでしょ? なんでアンタの生活を守るなんて面倒なことしなきゃいけないのよ。自分のことくらい自分でやりなさい』
少し前に霊夢はそう言った。
つまり本職である『異変解決』のためならば彼女は動くわけだ。動かなくても魔理沙が勝手に解決することもあると宴会で言ってたから大丈夫だろう。
興味ないという意思を示すと、幽々子は意味ありげに目を細める。
「そう……」
「異変以外の何かでも起こるんか?」
「さぁ? どれはどうかしらね……」
これは教えてくれなさそうな雰囲気だ。俺は追及を諦めて再度天井を眺める。
真っ白い天井ではあるが、俺の心の中は灰色の良くわからない色に染まっていた。
「あ、そうだ。家主さん、この木が欲しいのだけれど~」
「んぁ? ――オリーブの木?」
いきなり本を掲げられて飛び起きる俺。
その拍子に幼女たちは笑い声と悲鳴を上げながらコロコロ落ちていく。
彼女が指すのは樋口が飛んで行きそうな値段のオリーブの木。
俺の腰くらいの高さまで育っている木だ。
俺は引きつった表情を浮かべながら、畏怖を込めて呟くのだった。
「……それ、食うんか」
「その発想はなかったわ」
♦♦♦
クッキーに紅い液体の入ったティーカップを前に、私は優雅に尋ねる。
「咲夜、首尾はどうかしら?」
「あと少しで準備完了とのことです」
「そう」
従僕の素晴らしい働きに私は頷いて二階を睨む。
さっき外から帰ってくる音が聞こえたのだから、きっと私の標的は二階でくつろいでいるのだろう。
私の怨み(=紅茶が置いてない)、その報いを与えねば気が済まない。例え目の前に
不敵に笑みを浮かべていると、「ですが――」とメイド長は言葉を付け加える。
「パチュリー様が霧を出そうにも現在の魔力では部屋全体を覆うのは不可能だと仰っておりました」
「……あのヒキニートでも難しいか」
パチェを責めるつもりはない。
私だって今の状態だと、紅い月を顕現させることさえ不可能なのだから。わざわざ
「で、霧はどうするの?」
「現在、美鈴が代わりの物を探しに行っております」
「……本当に大丈夫?」
信じて待ちましょうと真顔で言うあたり、内心は不安なのだろう。
アレが何持ってくるのか分からんから。
パチェ曰く、霧を発生させる装置さえあれば、それを赤く染める魔術を展開させることは可能だと。その発生装置が見つかるかは門番次第だけど。
この異変を成功させるには美鈴が探し出せるかが重要となっているが、私が心配しているのはもう一つの問題が関係している。
「まぁ、それは置いておきましょう。咲夜、もう一つの問題は?」
「……難航しております。おそらく家から出た痕跡はないのですが」
フランドール・スカーレットの捜索だ。
突如として地下室から消えた私の妹。
ここがどれ程安全なのかが分からない今、あの娘が暴走しないように地下室に待機を命じていたのだが、宴会後に訪れてみたらもぬけの殻になっていた。
どうやって抜け出したのか。
それは容易に予測はついた。
「まさか地下室をブチ破るなんてね……」
「申し訳ございません。私が目を離したばかりに」
「ふん、地下室の床が薄いことを前々から懸念していたんだから、こういうことが起こるのは警戒してしかるべきだったはずなのにね。迂闊だったわ」
机の上に紅魔館を転移させたが、地下室は机の下――つまりむき出しの状態だったのだ。
無防備だとは思ったが、これを補強することは難しかった。せめてパチェの魔術で対策を練ろうとも考えたのだが、それを実行した矢先に起きた事件だった。
私はひそかに呟く。
「全く……早く帰って来なさいよ、フラン……」
そして紅茶に口をつけるのだった。
「あ、それ紅い緑茶です」
「ブハッっっっ!!!」
裏話
レミィ「紅い緑茶って何よ!」
パチェ「そりゃ魔術で紅くしただけの緑茶よ」
レミィ「何で!?」
パチェ「可哀そうなレミィにせめて紅茶を飲む雰囲気だけwwでwwもww」
レミィ「(# ゚Д゚)」