大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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母2

 ショートランドに戦力が集結し、運用が始まると、私たちは破竹の勢いで戦線を押し上げていった。精鋭の艦娘たちを集めたという、鳴り物入りで設営されたこの鎮守府だが、実際その前評判に違わず、拮抗していた南方戦線の天秤は大きくこちらに傾いた。

 ショートランド近海に展開する深海棲艦を駆逐すると、ソロモン諸島の海域を大きく進み、数カ月もするころには、ガダルカナル島の西方まで前線を到達させていたのだ。艦娘たちは皆大きな戦果を挙げていたが、中でも赤城、加賀、そして私の三人は目覚ましい戦果であった。常に最前線で戦い、敵の航空戦力を無力化し、的確な攻撃で敵艦隊を葬り去る彼女たちの存在で、鎮守府の士気も大きく沸き立っていた。

「皆さん、連日にわたる攻勢作戦への出撃、お疲れさまでした」

 三人は提督の執務室で、ねぎらいの言葉を受けていた。ガダルカナルへの突破を確実とした先の戦闘の功のためである。

「近く、より激戦が予測されるアイアンボトムサウンドへの進出を決行します。皆さんには特別休暇を与えますので、英気を養ってください。では、これで解散としますが、赤城は少し残ってください」

 赤城を残し、私と加賀は執務室を退出する。空母寮に向かって歩き、執務室の近くから離れると、加賀が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。

「あの・・・鳳翔さん」

「はい?どうしましたか?」

 話しかけてきた加賀だが、どうやら言い出しづらいのか、もごもごと呟きながら言葉を探しているようだ。あえてはせかさず、待っていると、意を決したように言い出した。

「実は、その・・・ケッコン、するんです」

「ええ!?加賀さんがですか!?」

 これには驚いた。加賀は大人しい、悪く言えば不愛想なところのある子だ。今では私にもいろいろと話しかけてくれるようになったが、打ち解けるまでにはなかなか時間がかかったし、休暇などのプライベートな時間にも、赤城と一緒にいるか、一人で静かに過ごしている。そのため、加賀が提督と特別な仲になっていたというのは意外も意外だったのだ。

「いえ、ケッコンするのは私ではなく・・・赤城さん、です」

 勘違いだったようだ。しかし、赤城がケッコンするというのも、ほう、と思った。艦娘の中には提督に熱烈なアプローチをする子もいる。この泊地にもそうした艦娘がいるが、赤城はそういうタイプではなく、色恋よりも食事のほうが大事な子だと思っていた。

「あらあら、赤城さんが・・・。へぇ・・・。赤城さんもなかなか隅に置けませんねえ・・・」

 先ほど提督に呼び止められていたのは、その関係だろうか。これは何かお祝いを用意しなくてはならないな。

「はい・・・。それで、私、心配なんです。赤城さんが上手くやっていけるか。赤城さんは少し抜けているところがありますから」

「いえいえ、大丈夫だと思いますよ。赤城さんは根本ではしっかりしてると思います。それに、多少抜けたところがあったほうが殿方に好かれるとも言いますし」

「そうでしょうか・・・。しかし・・・」

 安心させるように、加賀をなだめるが、どうにも腑に落ちない様子だ。付き合いが長いだけに、赤城のことを心配に思う気持ちも強いのだろう。それに、彼女自身が赤城に依存しているところもあるのだろう。赤城と加賀は一航戦として、運命を共にした空母で、それ故に艦娘として強い絆がある。その相手が自分から離れていくような感覚に、加賀自身気が付かないうちに焦りと不安を覚えているのではないか。

「大丈夫です。赤城さんも加賀さんも。二人とも優秀な子ですもの。きっと、上手くいきます」

「鳳翔さん・・・」

 いつも表情の変わらない加賀だが、今は少しばかり不安げな表情が見て取れる。最も、普段から加賀の表情をよく観察していなければ気が付かないほどのものだが、その機微がわかるくらいには、加賀のことも理解しているつもりだ。

「勿論、私もお力添えします。料理や家事は得意ですから、皆で修業しましょう!」

 私の言葉で加賀も不安が解けたか、珍しく少し笑みを浮かべて、礼を言った。

 それからしばらくして、提督から正式に赤城がケッコン艦となることの発表があった。一部の艦娘からは悔しがったり、次は自分が、という声が聞こえたが、大半はこれを祝福し、泊地全体に幸せなムードが漂っていた。しかし、それは長くは続かない。激戦、アイアンボトムサウンド攻防戦の開始は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 アイアンボトムサウンド。ガダルカナル島北方のその海域は、これまで足を踏み入れた戦場の中でも最も危険な戦場と言っても差し支えない。かつての大戦で多くの艦艇が沈んだこの海域には、深海棲艦の一大泊地があると推定されており、展開する敵部隊の質、量ともに他の海域とは一線を画すものであった。精鋭ぞろいのショートランドの艦娘たちでも攻略は一筋縄ではいかず、激しい攻防が繰り返されていた。既に幾度か行われた艦隊決戦では、複数の轟沈艦が出ているような有様だ。それでも泊地が士気を保ち続けられたのは、私たち空母機動艦隊が着実に突破口を切り開いていたからだった。

「偵察機が敵艦隊を捕捉!軽空母一、戦艦二、重巡三の編成です!」

 機動艦隊はアイアンボトムサウンドに進入し、沿岸に沿って東へ向かっていた。進むほどに接敵頻度は増し、敵の編成も強力なものとなっている。

「敵の攻撃が届く前に先んじて叩きます!加賀さん、鳳翔さん、航空機隊を全機発艦させてください!」

 旗艦の赤城が命令を飛ばしながら、弓をつがえ、射る。まっすぐに飛んでいく矢は、やがて戦闘機隊となり、敵艦隊へ航路をとって飛んでいく。すぐに続いて私たちも航空機隊を発艦させる。

 すぐに先発の戦闘機隊が敵艦隊の直上で深海棲艦の直掩機と交戦に入る。赤城の誇る熟練部隊は、敵の対空砲火を易々とかわしながら、敵軽空母の護衛機を一機、また一機と落としていく。後発の艦攻・艦爆隊が攻撃のアプローチに入るころには、完全に制空権を確保していた。空の守りを失った敵艦隊は、襲い来る敵機を機銃で散らそうとするが、雷撃を止めることは叶わず、まず重巡が、続いて戦艦が魚雷の直撃を受ける。一撃で爆散した重巡たちに対し、戦艦の二隻はそれでもしぶとく生き残り、反撃しようとしていたが、畳みかけられた艦爆隊の攻撃により、一矢報いることもできずに沈んでいった。

 あっという間に単艦となった軽空母は、何とか逃げようと進路を転換していたが、時すでに遅し。反転して再アプローチをかけていた艦攻隊の魚雷をもろに受け、あえなく全滅となった。

「敵艦隊の全滅を確認。赤城さん、流石ね」

 帰艦する航空機隊を回収しながら、加賀が赤城に声をかける。

「いえ、敵機も少なかったですから、これくらいは」

 赤城は謙遜しているが、私も素晴らしい動きだと思った。赤城や加賀とは、演習において模擬戦闘を重ねており、もちろんその強さは知っている。圧倒的な運用機数を活かした強力な正面攻撃を得意とする加賀に対して、赤城の特徴は総合力の高さだ。奇襲でも、高度な機動戦でもそつなくこなして見せるその技量は、機動艦隊旗艦にふさわしいと言える。経験から来る状況判断や練度は今は私が上回っているが、やがて彼女に敵わなくなる時が来るだろう。

「しかし、かなり深く侵攻してきましたね・・・。一度下がった方が良いかもしれません」

ここまでの交戦で、艦載機の消耗も無視できないものとなってきている。同行する味方艦の弾薬も既に半分を下回っていた。

「そうね・・・。鳳翔さんの言うとおり一度撤退した方が・・・赤城さん?」

「・・・」

赤城は、東の空に意識を凝らし、じっと遠くを見つめている。

「どうやら、このまま撤退はさせてもらえないようですね」

その言葉の意味はすぐに分かった。微かに、航空機のエンジン音が聞こえてくる。それも十機や二十機といったレベルではない、巨大な編隊が近づいているようだ。激しい撤退戦が、始まろうとしていた。


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