大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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Gleich und gleich gesellt sich gern.9

「えー、そもそも深海棲艦の出現は西太平洋地域から始まったと推測されています。程なく人類は世界的に制海権を喪失することとなりますが、特に早期から深海棲艦と交戦していた極東地域の諸国は甚大な被害を受けました。今や周知の事実ですが、深海棲艦に通常兵器は効果が薄く、艦娘の登場、運用が始まる前に旧来の軍用船舶の大半が失われました。その後、日本で艦娘による反攻作戦が開始され、現在に至る、というのが今までの大きな流れになります」

 ここまではいいですか、というように少し間を置いた明石だが、案の定というべきか少佐の反応は薄かった。

「いや・・・なんというか、端折りすぎじゃあないかね?私は艦娘の登場に関する諸々が知りたいのだが」

「それに関しては、私から説明いたします」

 鹿島が変わって口を挟んだ。

「答えは単純で、記録が残っていないのです」

「記録が残っていない?深海棲艦はともかく、艦娘に関しては人類が運用しているものだぞ?開発に至る記録か、なにかしらの情報位あるだろう?」

「いえ、本当にないんです。深海棲艦の記録は初期の交戦記録を始めとして散見されるのですが、艦娘の記録は人類が初めて深海棲艦の泊地攻略に成功した、つまりは艦娘の存在を世に知らしめた作戦以前に遡ることができないんです」

 その説明に、少佐も訝しげな雰囲気で明石を見るが、彼女もその通りというように頷く。鹿島曰く、艦娘の運用が始まったのは日本国の旧来海軍船舶――所謂海上自衛隊の護衛艦という奴だが――が甚大な損害を受け、組織だった抵抗が不可能になった後であることは間違いないらしい。しかし艦娘が実戦投入されるまでの道筋については一切が不明であるとのことだった。

「ふむ、出処不明の技術ねぇ・・・。日本政府の秘匿していた超兵器技術だったのか、はたまた深海棲艦と同様に突如としてこの世界に現れたのか」

「どちらにしろ、実績のない段階で公表するのは難しかったんじゃないでしょうか。艦娘は見ての通り少女ですので、非人道的という声が強かったのではないかと思います。実際に艦娘が公表されたときにも少なからずそのような話があったと聞きますし」

 明石の意見に、少佐は肩をすくめ、非人道的ねえ、とこぼした。少佐が思い出すのは他でもなく、かつてドイツ占領下のワルシャワで、そして南米で追い求め続けた吸血鬼のことに違いない。彼に言わせれば、人道などというものは純然たる戦争に混じる不純物に過ぎないが、世の中それを気にするものが大半なのもまた事実。

「そういう訳ですから、現段階だと関係性どころか、双方の起源すら謎だった訳です。それが今回見つかった素体・・・と言っては悪いですけど、彼女の研究ができれば関係性がわかるかもしれないんですね。深海棲艦の研究が進めば、戦闘をもっと有利にできる情報が得られるかもですし、その根絶も可能になるかもしれません!更には・・・」

 何やらスイッチが入ったようで、明石がつらつらと語り始めた。その内容も興味深いのだが、少佐としてはもう一つ別に気になった点が。

「・・・つまり、君は公開する情報もないのに主導権を握っていたということかね?」

「あら、知らないということも情報ですよ?」

 くすりと笑いかける鹿島に、少佐もまたにやりと笑みを作る。・・・笑みというより、凶相の類ではあるが。

「改めて自己紹介致します。軍令部戦史部所属の鹿島と申します。以後こちらの肩書でお見知りおきをお願い致します」

 

 

 

 

「大淀、軍令部戦史部というのは?」

「はい、その名の通り深海棲艦との戦いの戦史を編纂している部です。戦史編纂と言っても、艦娘、深海棲艦両方に対する情報収集や研究を行っているところでもありますので、特務機関に近いとも言えます」

 つまり、諜報機関という訳か、と納得する。当初より彼女に得体のしれなさを感じていた少佐だが、これで腑に落ちた。

「我々戦史部は内地から戦線最前線まで広域にわたって艦娘、深海棲艦、そして貴方方漂流者に関しての情報収集を行っています。軍令部の作戦立案や各戦線指揮の為です。基本的には各鎮守府から送られてくる情報をまとめたりしていますが、漂流者や今回の“キマイラ”など、直接出向かなければならない事態も多いので。私が軍令部からの実動部隊として派遣された訳です」

「なるほど、では香取監察官は?」

「香取姉ぇ・・・失礼、香取は事前の紹介通り、海軍省から派遣された監察官です。人事に関する決定権を持っていますから、漂流者の方へ海軍への協力をお願いすることがお仕事ですね。漂流者の方々は軍事的な知識を持ち合わせていることが多いので、士官が不足している海軍としてはぜひ協力していただきたいのです」

 香取は海軍省から人事権を委任された監察官、鹿島は軍令部の諜報員。それが両者の立場ということだ。この場に香取がいないのはその管轄の違いだろうか。

「結構だ。説明ありがとう、鹿島殿」

 どういたしまして、と微笑む鹿島から明石へ注目を戻すと、どうやらその話が誰にも聞かれていないと言うことにも気が付かず、未だ喋り続けているようだ。

「あー、なんだ、明石。面白い話だが要点の整理がしたいのでね。すまないがもう一度最初から話してもらえないか?」

 少佐が明石を止めると、それを聞いた明石は嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうにわかりました、と言って同じ話を始めた。これが噂に聞く日本のオタクという奴だろうか、と内心思ったのは秘密である。

 

 

 

 

「まあ先程述べたように、その一切が不明な深海棲艦ですが、我々艦娘側との類似点からアプローチできると考えています。その一つは私の専門分野、艤装です」

 艤装。言うまでもなく艦娘が運用する兵装のことである。深海棲艦の中でも駆逐艦などの姿形は化物と言うに違いないが、重巡洋艦や戦艦クラスになると見た目はかなり艦娘に近い。姿が人形である、という点を除けば、艦娘と深海棲艦の最たる共通点は艤装を身にまとっている、というところだ。

「艦娘が艦娘たる所以は、艤装を運用し、艦船だった記憶を持つことです。では、深海棲艦はどうでしょう?後者についてはわかりませんが、前者については明白です。あれらも艤装を用いている。艦娘の定義と深海棲艦の定義、その両者に艤装という共通点があるのですから、無関係なはずがないでしょう」

「全くもってそのとおりだな。しかし艦娘はそれら以外はおよそ人間と変わらぬだろう。だが深海棲艦は?あれに意思はあるのか?ただ暴れ散らすだけの存在など化物にも劣ると言わざるを得ないさ」

「うーん・・・、それはわからないですねぇ・・・。そもそも深海棲艦は生物であるかすら不明ですし、社会性を持っているのかも怪しい。一部人語を解する深海棲艦もいるという噂もありますが真偽は不明。とにかくわからないことだらけです」

 だからこそ、是が非でも“キマイラ”を回収しなくてはならないのだと明石はいう。深海棲艦の素体として研究することができるならば、その影響は多岐にわたると予測される。当然艤装についても研究は進むだろう。

「そうして高性能化された艤装を運用し、深海棲艦を討ち滅ぼすか。素晴らしいじゃあないか!」

「んー、私個人としては艤装の高性能化よりも研究のほうをメインに考えたいんですけどねえ」

 艤装の兵器としての進歩の予想に興奮する少佐とは裏腹に、明石はそれ自体にはあまり執着がないようだった。

「私は工廠艦ですから、もちろん艦娘を兵器として最大のパフォーマンスで運用できるようにすることが使命です。でもそうして運用している艦娘の仕組みもわからないなんて気持ち悪いじゃないですか。自分が管理する兵器のことを理解しつくしていないなんてありえない!ましてや自分も艦娘なのに!・・・あ、すみません、話がそれちゃいましたね」

「いやいや、素晴らしいことだ。私ももっともっと知りたくなったぞ、私の敬愛する部下の諸君らのことを。そして敵たる深海棲艦のことを!ああ、そうだ。まだ私は何も知らなかったじゃあないか!こんなに面白い戦争が何者かに彩られているのかを!彼らを、我らを理解しよう。もっともっと戦争が面白くなるぞ!!」

 

 

 

 

 

 水平線に太陽がかかり始めた頃、泊地内は未だ多数の艦娘が行き来している。つい三十分ほど前に金剛率いる機動艦隊が帰還し、収容作業等で皆対処に追われているためだ。特に損傷の大きい榛名と霧島はすぐに工廠へ運び込まれ、発艦機能が無力化された蒼龍、飛龍の艤装と合わせて修理が始まっている。明石に夕張も駆り出され、急ピッチで作業が進められていた。

 その間、旗艦であり、比較的被害も少なかった金剛により、戦況の報告が行われていた。

「状況は先に長門秘書官から報告がされていたと思いマス。ショートランド近海に展開していた敵戦力は想定よりかなり強力なもので、砲戦火力は支援艦隊のお陰で拮抗していたものの、航空優勢は敵にありまシタ。できる限りの応戦は行いまシタが・・・。申し訳ありまセン、撤退戦中、比叡がMIAとなってしまいまシタ」

 普段ムードメーカーとして常に明るい金剛も、流石にその鳴りを潜めているようだ。指揮下にあった僚艦が行方不明になっており、更にはそれが姉妹艦であるとなれば無理もない。

「聞くに激戦だったのだろう。よく生きて帰ってくれた!大淀、比叡の捜索救助については?」

「機動艦隊の皆さんからの情報から、比叡さんが行方不明になった海域周辺で漂流場所の当たりをつけています。が、いかんせん戦力の抽出が足りません。先の作戦においてかなりの戦力を投入しましたので、予備戦力として泊地に待機していた艦娘だけでは当該海域での捜索任務遂行は不安が残ります」

「ふむ、艦隊の再編成にはどれほどかかるかね?」

「まず二航戦のお二人の艤装が修復されてからでないと厳しいです。機動艦隊が交戦した強力な敵航空部隊と再接触する可能性を考えると、こちらも航空戦力が万全の状態での出撃でないと。極力早く出撃できるようにしますが、どう見積もっても明日以降になります・・・」

 明日以降、とつぶやき、金剛は肩を落とす。危険度の高い海域での遭難で、できることならばすぐにでも駆けつけて探したいのだろう。姉妹間の繋がりが一際強い金剛型四姉妹のことであるから、その心境は周囲からも察して余りある。しかし金剛自身、身体的にも、精神的にも色濃く疲労が見える状態で、無理を押して出撃しても成果は上がらない。むしろ二次被害で自分のほうが遭難しかねないだろうということは、長女であり艦隊旗艦も務めることの多い金剛が一番わかっていることだった。

「比叡・・・無事でいてくだサイ・・・」

 焦れる皆の気もちを知ってか知らずか、太陽はゆっくりと、しかし歩みを止めることなく水底へ沈んでゆく。

 

 

 

 

 

 同刻。とある砂浜に一人の少女が打ち上げられていた。その背にはボロボロの艤装が背負われている。気を失った少女の傍らには、もう一人少女がおり、その様子を伺っているようだ。やがて傍らの少女は壊れかけの艤装から彼女を引き剥がし、ひょいと右肩に担ぎ上げた。そして穏やかに吹き抜ける潮風にその銀色の髪をはためかせながら、ジャングルの奥へと消えていくのであった。




久々の更新過ぎて記憶がないので初投稿です。(大嘘)

またぼちぼちやってきます。

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