大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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Gleich und gleich gesellt sich gern.6

 孤立無援であったショートランドに、六人の艦娘が今上陸を果たした。球磨を旗艦とするドイツ艦救出艦隊だ。駆逐艦達は輸送してきた燃料と弾薬を陸揚げしている。さて、目的のドイツ艦隊はどこだろうか。

「おーい、ドイツ艦娘ー!助けに来たクマー!出て来いクマー!」

 球磨が呼びかけるが、反応はない。どこかに潜伏しているのか。あたりを見回してみると、半壊の基地施設に密林、そして砂浜。向こうから出てきてくれればいいが、一方的に探すとなると少々骨が折れそうだ。

「んんー・・・。ちょっと球磨はこの辺一回りしてみるから、その間に補給ができるよう準備しとくんだクマー。それで見つからなかったら全員で探すクマー」

「わかったわ!雷にかかればあっと言う間に終わらせちゃうんだから!」

「電もがんばるのです!」

 二人の応答を確認し、駆逐艦達にこの場を任せて探索に向かう。ドイツ艦からの救援要請は基地内に残っていた無線機から行われていたので、少なくとも基地からそう離れたところにはいないだろう。まず手始めに、基地内を探るべく球磨は足を向けた。

 

 

 基地内は荒れ果てており、ところどころに艦娘の遺体すら転がっている有様だ。

「うおー・・・。こりゃちびっ子共をつれてこなくてよかったクマ。精神衛生によろしくないクマー」

 艦娘などという立場であれば、命のやり取りをすることは日常茶飯事ではあるが、死体を目にする機会は意外に少ない。洋上で撃沈した深海棲艦の亡骸は海中に沈んでしまうし、それは艦娘とて同じことだ。逆に、艤装が健在であれば、艤装の保護があることで、艦娘が致命傷を負うことは少ない。怪我を負ったとしても精々軽い火傷や切り傷程度である。よって、いかに艤装が大破していようとも破壊まで至らなければ、艦娘自身は死に至る傷を負うことはまずないと言っていい。

 その艤装がない状況で戦闘状態に入ることなどは奇襲を受けた場合などを除き、まず想定されていないし、実際に起こることが少ないため、死体を見慣れていない艦娘も多い。球磨とてその一人であるが。

 ドイツ艦を探し基地内をある程度回ったが、当のドイツ艦が見つからず、死体ばかりが目に付く。その中で、球磨はなんとなく遺体に傾向があるように思った。

「小型艦の遺体が多い・・・。上はせいぜい重巡まで。戦艦や空母らしき艦娘の遺体はおそらくこれまで見た中ではなかったクマ。ま、龍驤みたいなのがいれば話は別だけどクマー」

 自らを落ち着けるためにおどけてみせ、思考を働かせる。

「大型艦がいないのは、錬度が高い艦が多いから奇襲を免れた・・・?いやいや、艤装も装備していない状態で奇襲を受けてそれは考えづらいクマ。となると奇襲を受けた段階で大型艦は出払っていたと考えるほうが自然・・・。ショートランドの主力がやられて敵の攻勢を抑えきれなくなった結果、基地奇襲を許してしまった?・・・ショートランドの艦隊は精鋭揃いだって話だったし、それが戦線が崩壊するほど一気にやられるのかクマ・・・?」

 しばし考え込んだ球磨であったが、やがてそれも打ち切ってドイツ艦の捜索に戻ることにした。そもそも何が起こったのか解明するのは我々の任務ではないし、素人考えでは限界があるだろう。

 

 

 結局基地内にドイツ艦は居らず、別のところをあたることになりそうだ。思いのほか時間を費やしてしまったため、いったん駆逐艦達のところへ戻ったほうがいいだろう。ここからなら密林を突っ切っていったほうが早そうだ。

「やっべえクマ。そろそろ向こうも準備終わるころだし時間を無駄にできんクマ」

 救出艦隊に与えられた猶予はすなわち敵主力と交戦している金剛たち機動艦隊が稼いだ時間だ。同様に我々が速やかにことを済ませれば、向こうが離脱する時間が早まる。何せ事前偵察もろくに済ませていない、急ピッチで実行された作戦だ。つつがなく進行するに越したことはない。

 球磨は密林を駆け足に進む。幸いにしてそこまで鬱蒼としているわけではなく、距離もそこまでないのですぐに抜けられるだろう。木々を避けながら前へ、前へ。そのまま五分もすると木々の隙間から海がうかがえるようになった。砂浜はもう目の前だ。

「おっ!?ととっと?」

 不意に伸びた木の根に足をとられ、足がもつれる。立ち止まろうとするが、勢いづいた体はすぐには止まらず、目の前に広がった砂浜に転がり、

「ッ!?うお゛ー゛っ!?」

 転がり込むことはなく、その手前に空いた穴に落ちることとなった。

「痛ってぇクマ・・・。なんでこんなとこに大穴空いてんだクマ・・・!?」

 派手に砂埃を立てて落下した球磨は、うつ伏せのまま周りに視線を向ける。穴の中には、艦娘がいた。自分以外の艦娘が四人、皆ぽかんとした表情で球磨を見ている。その手には缶詰とフォークが握られていた。・・・砂埃が降りかかった缶詰が。

「あ・・・お、お食事中だったクマ?」

「ああ、砂塗れになってしまったがね」

 彼女らの一人、グラーフが言った。

「だがいいさ、我らの救援に来てくれたんだろう?」

「救援・・・!助かりましたねビスマルクお姉様!」

 ドイツ艦は思い思いに歓声を上げた。球磨は起き上がりつつ、その面々を確認する。ドイツ海軍より派遣された四人の艦娘、潜水艦U-511、重巡プリンツ・オイゲン、正規空母グラーフ・ツェッペリン、そして戦艦ビスマルク。確かに四人の生存を確認し、球磨はひとまず胸をなでおろした。ここからが肝心ではあるが、そもそも回収すらできなければ話にならない。

「球磨は日本海軍ビスマルク諸島泊地所属の軽巡洋艦、球磨だクマ。今からあんたの名を冠する我らが鎮守府にご招待だクマー」

「あら、運命的じゃない。私の名というか名づけ元が同じってだけだけど」

「細かいことは気にするなクマ。近くに部隊が待機してるクマ。補給を行うから艤装を運んでくれクマー」

 彼女たちの艤装は塹壕の近くの茂みに隠されていた。ほとんどは個人で運び出せるものだが、ビスマルクの戦艦艤装は少々重量がありそうだったので球磨も手を貸して運んでいく。

「クマとやら。補給にはどれほど時間がかかる?」

 道中、グラーフが球磨に聞いた。

「少し気になることがあってな。この泊地のadmiralの遺物の鍵。こいつの鍵穴を見つけたいんだ」

「グラーフ、でもそれ、地下通路は通れなくなってた・・・」

「ああ。だからStukaの爆弾を使う。救援がいつ来るかわからなかったからあえてはやらなかったが、ここまで来たら見届けたいのが人情ってものだろう?」

「これから交戦があるかもしれないのに弾薬を消費するのかクマー?現場指揮官としては承服しかねるクマ」

 球磨はグラーフの言葉に難色を示す。まあその言い分はもっともであるが、グラーフは折れなかった。

「クマ。君も基地を見てきたならわかるだろう。艦娘が一度にあれだけ死ぬとは考えづらい。私がadmiralならもっと早く戦力を後退させ、補充、再編成を経てから泊地奪還を行うだろう。ビスマルク諸島に君たちの泊地があるならそこまで下がることはできたはずだ。ではなぜそうしなかった?なぜ玉砕するような選択をした?この基地を死守すべき理由があったはずだ」

「陰謀論だクマ。下がれなかった理由は何らかの要因で艦隊主力の大半を喪失し、作戦展開が困難だったから。基地内に大型艦の死体がないことがそれを物語ってるクマー。泊地を離れた艦隊が帰還せず、他の泊地に退避も確認されてないとなると・・・、まあ、そういうことだクマ」

「ショートランドは南方最前線の泊地。フィジー、サモアへ進出し南太平洋地域の制海権を奪還する、君たちでいうところのFS作戦の遂行を任されていたと聞いている。そのショートランドの精鋭たちがそう簡単にしくじるものか?」

 引き下がるグラーフに球磨も反論を立てて争ったが、やがて球磨は溜息をつき、呆れた表情で言った。

「ドイツ人は頑固で困るクマー。それで満足するならちゃっちゃとなんもないこと確認していくクマ」

 結局押しに負けた球磨は、彼女たちの艤装を駆逐艦たちのもとへ運び終えた後、補給を任せてグラーフと共にもう一度基地へ向かうことになった。

 

 

 

 

 地下通路、とは言うものの、ちょうど崩落して瓦礫でふさがった部分の天井からは日光が差し込んでおり、外とつながってしまっている。その穴を目がけ、上空から急降下爆撃を行おうとアプローチをかける爆撃機があった。グラーフの艦載機である、Ju87c改、通称シュトゥーカだ。シュトゥーカは低空まで高速で降りてくると、航空爆弾を投下し、さすがのお家芸といわんばかりに正確に瓦礫を吹き飛ばして見せた。

「よし、これなら通ることができるな」

「一応鉄扉はあるけど・・・本当にその鍵がここの鍵かもわからんじゃないかクマ?案外内地に残してきた恋人の家の鍵だったりして」

 堅牢な扉に歩きよると、鍵穴があることはわかった。しかしその鍵でここが開くとは限らない。そんな球磨の言葉とは裏腹に、グラーフが鍵を差し込み、ひねると、カチャリ、という音とともに簡単に開いて見せたのだった。

「開いたな」

「開いたクマー」

 二人が恐る恐るドアを開くと、その先は階段だった。奥深くまで続いている。お互い目配せし、どちらからともなく階段を降り始める。カツン、カツンと響く足音は反響し、階下に消えていく。

 長い階段を下り終えると、雰囲気は一変した。そこは研究室のようだった。おそらく先の基地襲撃の余波だろう、地上と比べれば微々たるものではあるが、ここもまた物が散乱し、被害が見て取れた。

「・・・おい」

 研究室自体は、どこの基地にもありそうなものだった。・・・研究室自体は。問題はそこにあるものだ。

「これは、いったい・・・何の冗談だ?」

 研究室の真ん中に鎮座する培養槽の中に浮かぶそれは、点滴のように見える管を複数その身に纏い、静かに眠りについている。

「深海・・・棲艦・・・?いや、艦娘のようにも見えるクマ・・・?」

 それは、見間違えようがない。冒涜的な形状の艤装、病的なまでに白い肌。そして艦娘としての本能が、佇む彼女が深海棲艦であると警鐘を鳴らしている。だが、全てがそうである訳でもない。まるで浸食に抗うかのように、わずかに艦娘のように見える部分が残っていた。いや、馬鹿な。これでは、艦娘が深海棲艦へ変質するかのようではないか。

「・・・どういうことなんだクマ。球磨には、わからんクマ」

「私には、艦娘が深海棲艦に・・・あるいは深海棲艦が艦娘になりかけているように見える」

 そんなことは言われなくてもわかっている。そう言ってやりたいが、その事実を認めたくないという意思がそれを許さなかった。

「そんな、大体なんたってそんなものがここにいるんだクマ?深海棲艦を鹵獲して、艦娘にする実験が行われてたとでも?深海棲艦を鹵獲なんて話、聞いたことがないクマ!」

「落ち着け。・・・これの左手を見てみろ」

 グラーフに促され、彼女の左手を見る。その手もまた、半ば深海棲艦のように変質しているのが見て取れたが、その中に一つ、異質なものがある。

「左手・・・。薬指に、指輪?・・・ケッコン艦かクマ!?」

 左手の薬指に光る指輪。通常ならば既婚を意味するそれは、艦娘にとっては最精鋭の証だ。

 提督の最高戦力として、また伴侶として長年連れ添った艦娘に送られる仮初の結婚指輪。出自が不明な艦娘に対して、それでも共に生きることを望んだ提督たちが生み出した慣習が、ケッコンカッコカリである。法的な意味のある婚姻ではないが、提督にとっても艦娘にとっても特別な行為であることに違いはない。

「なるほどな。これを置いていけなかったんだろうさ。・・・上に見つかれば実験台にされることは目に見えてるからな。問題はこれをどう報告するかだが・・・」

「・・・その心配は、無用だクマ」

 

 

 

 

 執務室のモニターに、その様子は映し出されていた。球磨の胸元、スカーフに、バッジのようにつけられた小さなカメラが球磨の作戦行動の視点を常に送っていたのだ。少佐のために、明石が開発したものである。

「おお、これはこれは・・・」

 少佐が感嘆の声とも言えるような声を上げた。その隣で、大淀が目を泳がせながらモニターを食い入るように見つめている。

「あいにく私はこの世界の事情に詳しくなくてね。あれが何なのか教えてくれよ、なあ鹿島監察官殿?」

 はっとして、大淀は扉の方を振り返った。いつの間に入ってきたのか、鹿島がそこにいた。

「お気づきでしたか。隠密には少々自信があったのですけど」

「諜報に通じていそうな君なら知っているんじゃないかね?あれは何なのかを」

「・・・深海棲艦ですよ。あれは紛れもなく深海棲艦です」

 二人の間の剣呑な雰囲気に、大淀は口を開けずにいた。鹿島はこの空気の中でも微笑を崩さない。それがまた、提督の笑みとはまた違う気味の悪さを演出している。

「そうか、なるほど。では聞き方を変えようか」

 少佐がゆっくりと振り返り、鹿島に向き直った。

「艦娘と深海棲艦は同一の存在なのかね?」




鹿島「君のような勘のいい提督は嫌いだよ・・・」

と言うのは冗談です。Gleich und gleich gesellt sich gern.六話です。

早いものでこの作品を投稿し始めて一年が経ちました。当初の私の想像を遥かに超えてたくさんの読者様に読んでいただけたことをとても嬉しく思っています。

途中期間を空けてしまうことが多々ありましたが、エタらせることなく最後まで書いていきたいと思っていますので、拙作ではありますがこれからも当小説にお付き合いいただけますと幸いです!

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