大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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Gleich und gleich gesellt sich gern.

水平線から日がさし始める頃、鎮守府に二人の艦娘が静かに近づいていた。優雅に水面を滑る彼女らは、やがてある島の軍港へ入り、上陸を行う。そこには二人を出迎えるように、二人の艦娘と太った金髪の男が立っていた。

「やあ、お待ちしておりました、監察官殿。申し訳ないが海軍の作法には不慣れなものでしてね。先にお詫び致します」

「いえ、私達こそこのような時間にお出迎えしていただくことになりましたこと、お詫び致したく思います、提督」

 海軍省からの監察官であるという二人と言葉を交わす少佐の隣に立つ長門は、提督が極めて真っ当に対応していることに少しばかり安堵していた。軍人である以上は最低限の作法を持ち合わせているだろうとは思っていたが、何しろ狂人の片鱗を見え隠れさせる提督のことであるから、何かやらかすのではないかと内心ひやひやしていたのである。

「本土からの長旅、お疲れ様でした。当鎮守府秘書艦の長門です」

「任務娘の大淀です」

 長門と大淀が名乗る。

「おっと、名乗り遅れました。海軍省より監察官として派遣されました、練習巡洋艦の香取と申します」

「同じく、練習巡洋艦の鹿島です。よろしくお願いしますね、提督さん」

 二人とも愛想はいいらしい。のっけから猜疑心に溢れた監察官ではなくて良かった、と長門が胸を撫で下ろした。大淀ならともかく、自分はいまいち腹芸には向いていない。問い詰められれば簡単に吐いてしまう自信がある。まあ、そもそも問い詰められて困ることがあるわけでもないのだが。

「立ち話も何でしょう。庁舎の方へご案内いたしましょう」

 少佐が監察官の二人に移動を促し、二人もそれを承諾した。さてはて、ここからが本番であるが、一体何を突っ込まれることか。

 

 庁舎に移動した一行は、提督の執務室近くの応接室――元々空き部屋だった部屋を急ごしらえで誂えたものだが――で、テーブルを挟んで向かい合った。大淀が紅茶を用意し、香取と鹿島が口をつけるまでしばしの沈黙が訪れる。

「提督さん、御本名はなんと仰られるのですか?」

 鹿島が沈黙を破って言った。視線を横に向けると、大淀もほんの僅かに眉をしかめているように見える。きっと彼女も質問の意図を掴みかね、怪訝に思っているのだろう。対して提督本人は至って涼しい顔である。

「本名などもう長いこと名乗っておりませんからな。提督で結構。敢えて名乗るならば、以前の階級である少佐とでもお呼びいただきたいところですな」

「少佐、はっきりと申し上げます」

 香取が半ば少佐の言葉を遮るかのように口を開く。すこしばかり語気も強い。

「貴方の着任に関して、正式、非正式を問わず海軍省が決定を下した事実はありません。貴方はこの鎮守府の正式な司令官ではないということを、先ずもってお伝えします」

「ちょ、ちょっと待て!」

長門が慌てて口を挟んだ。

「提督は確かに海軍省からの書類を所持していた!これは私と陸奥が確認しているから間違いない!」

長門はこの提督を迎えた時のことをはっきりと覚えているし、着任を命ずる命令書も大淀の手によって管理されているはずだ。あの命令書は間違いなく本物であった。

「…確かに、それは本物だったのかもしれません」

香取の返答に、長門は心の中で首をかしげた。言っていることが矛盾している。海軍省が着任を決定したのでなければ、命令書が本物であるはずがない。本物、もしくは本物と見分けがつかないほどに偽装された命令書を用意するには結局海軍省に関わりのある人間の手で作成されなければならないだろう。彼女の言い方では、まるで海軍省の関与がないことも、命令書が本物であることも、両方が真実であるかのようだ。

「いまいち言葉の意味がわかりませんなぁ。つまり私がこの立場にあることはあなた方の仕組んだことではないということかね?」

「それどころか、こちらでは貴方の経歴すら把握していませんから」

 少佐と香取の間に妙な雰囲気が漂っている。舌戦にならなければいいが、と長門が引き気味に構える中、鹿島が言葉をつなぐように香取に変わって言った。

「まあまあ、お互いに把握出来ていない事情があることですから。ここはお互いに情報を交換しあって、認識のすり合わせをしてはいかがですか?」

「・・・私からは異存はありませんが」

「いいでしょう。ご期待に答えられる答えを持ち合わせているかは別として、ですがね」

 

 

 

「では、こちらから質問させていただきます。まずは貴方の以前の所属についてお願いします」

 香取の質問に少佐が答えていく形で前半が始まった。長門と大淀の二人も、顔には出さないものの、その内容には興味津々だ。少佐の着任から暫く経つが、彼の経歴については未だ謎が多い。仮に質問したところで、どこまでが本当のことなのか判断が難しかったとも思うが、とにかく彼本人から答えを聞くことが出来るのだから、気を惹かれるのは必然である。

「私はドイツ第三帝国、武装親衛隊の士官。先程言った通り最終階級は少佐だった。大隊指揮官とも言うがね」

「第三帝国・・・。ナチス政権下のドイツですか」

「ほう、驚かれないのですな。第三帝国が地上に存在したのは遥か昔の1945年までのことだ。時系列が合わんとは思わんかね?」

 少佐が茶化すかのように、ニタニタとした笑みで香取に言った。香取はそれに対して取り合わず、手帳に何やら書き込んでいる。おそらく質問と返答を記録しているのだろう。後に海軍省に報告されるのだろうから、あまり口を挟まないほうが良さそうだ。

「我々艦娘とてかつて艦であった頃の記憶があるのです。貴方にかつてドイツ軍士官であった頃の記憶があったとしてなんの不思議がありましょうか?」

 少佐への意趣返しか、香取もまた冗談めかした口ぶりで言葉を返した。やはりお互いに笑みを浮かべてはいるが、なぜだか近寄りがたい雰囲気が拭えない。長門は腹の探り合いは苦手であった。

「私達が後ほどご説明させていただきますが、貴方のようなケースは初めてではないということですよ。提督さん」

 鹿島がすかさず説明を入れた。基本的に話を進めているのは香取だが、要所要所で鹿島が口を挟んでいるところをみると、彼女が参謀役なのだろうか。

「なるほど。いやあ、失礼致しました、監察官殿。私の想像以上に、貴方方は情報をお持ちのようだ」

「いえいえ、よろしければ所属をより詳しく教えてくださると助かります」

「とある特務機関の指揮を取っておりました。活動内容は軍機のためお答えできませんがね」

 監察官の二人はいまいち釈然としない様子だ。これだけでは情報が足りぬと考えているのか。

「第三帝国は崩壊しました。連合国の手によって」

「だから祖国を裏切れというのかね?まあ私には第三帝国が滅亡したことなど些細な事象に過ぎないが、君たちからそんな言葉を聞くとは随分と滑稽な話じゃあないか。君たちの祖国、大日本帝国は最早存在しないのだ。深海棲艦と戦わなければならない理由もあるまい?」

 少佐の言葉を受け、香取の笑みが少し引きつり始めていた。

「そもそも軍機自体、君たちが知ったところでなんの価値もないものだよ。それに固執する意味はないと断言しておこう」

「貴方がどのような任務を受け、どのような活動をしていたのか。それがわからなければ艦隊を任せることは出来ません。それだけ提督には権限がありますから。どうしても情報を公開しないというのならば、貴方には提督の職を放棄していただくことになります」

 香取がより突き放すような口調で告げる。実際彼女の言っていることはそう可笑しな話でもない。軍事機密の公開という点は少々無理があるが、どのような思想で、どう動く傾向があるのかを知っておきたいというのは普通だろう。基本的に日常的な艦隊運用は提督に一任されており、常に大本営及び海軍省の監督がある訳ではない。しかし、普通は身元の不透明な人間を基地司令官とする事自体があり得ない事であるはずなので、そもそもの前提がおかしいのだ。

「ははは、それは無理な話でしょうなあ。お嬢さん、貴女はブラフに向いていない」

 あくまで少佐は余裕を崩さない。香取を軽く笑い飛ばし、両手を広げて首を振った。

「・・・どういう意味でしょうか」

「そのままの意味ですよ、お嬢さん。貴女方には私を傀儡としたい理由があるはずだ。でなければこのような出自のわからない、ましてや日本人ですらない男を要職に置いておく理由が無かろう。いちいち交渉などせずとも、代わりの司令官を寄越せば済む話だ。そうしないということは、それが出来ない訳があるということだろう。違うかね?」

「・・・」

 香取はその問に答えない。だが沈黙が答えのようなものだ。

「簡単に手球に取ろうなどと思わないことだ、お嬢さん。私は“あの”武装親衛隊の士官だぞ?仮にも同盟国たる大日本帝国の君たちには知っておいて貰いたいものだね、私達の狂気を!」




今回から少佐メインの話になります。

なぜだか香取が性格の悪い感じになっていますが、少佐相手に強気に交渉していった結果、そうなってしまっただけなのです。多分。

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