大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。8

 天津風は差し出された島風の手をぎゅっと握りしめ、当たりを見回した。ひとまず敵の航空機部隊は撃退したが、第二波がすぐにでもやって来るだろう。急いでここから離れなくてはならない。

「よし・・・!舵取りは任せたわよ、島風ぇ!」

「おぅっ!?」

 天津風がぐん、と加速する。それに引っ張られる形の島風は驚きを隠せなかった。これは、すごい加速だ。駆逐艦とはいえ、艤装を装備している自分を曳航しながらどんどんと速度を増していく。仮に、天津風がこのスペックを全て使いこなせていたならば、自分よりも速かったかもしれないと思わざるを得ないほどに。

「・・・すっごい速さだけど、攻撃を避けたりは出来るの?」

「舵取りは任せたって言ったじゃない」

 天津風は振り向きもせず言った。おそらくその余裕すらないのだろう。転ばないように、ただひたすら速度を出すことだけに集中している。さすがの島風も返答に困ったように口を開けている。

「自分の艤装で動いてる時と他人に引っ張られてる時じゃ全然状況が違うでしょ!?なんで出来ると思ったの!?バカなの!?」

「うるさいわね!やってみなきゃわかんないでしょ!?大体力貸してくれるって言ったじゃないの!」

「もうちょっとまともなお願いだと思ったわよ・・・。もう、これなら私が敵をひきつけてたほうがまだマシだったわ・・・」

 島風が呆れたようにため息をついた。天津風は何も答えず、ただ手をにぎる力が一層強くなる。それは少し痛いほどで、島風はわずかに顔を歪ませる。

「ちょっと、痛いんだけど」

「あんた、本当にそれで良かったと思ってんの?」

「・・・何が」

「本当にあそこに一人残って、ろくに動けないのに敵をひきつけて、沈んでりゃ良かったって思ってるのかって言ってんのよ」

 怒りを孕んだ言葉に、島風は言葉を詰まらせた。それが最も合理的な判断だ。共倒れするよりもずっとマシ。一人でさっさと逃げればいい。そういってやりたいのに、言葉が出ない。

「あんた最速なんでしょ?誰にも負けないんでしょ?そのあんたが、自慢の速さも失って、守ってくれる仲間もいなくて、そんな孤独の中で沈むなんて・・・」

 返す言葉が出ない。握られた手が痛い。

 

「そんなの・・・悲しすぎるじゃないッ・・・!」

 

 そんなこと言ったって、どうしようもないことだってある。無理矢理に言葉を絞り出して、口を開く。

「だからってッ・・・!このままじゃ貴女まで一緒に死ぬだけじゃない!こんなことしなくたって、島風を置いていけば貴女だけは助かるんだから・・・!」

「そんな寝覚めの悪い事してたまるか!」

 分からず屋め。天津風にも聞こえていないはずはないのだ、この遠くから近づいてくる敵機の音が。早くしないと間に合わない。

「あーもう!いい!?今から私があんたを最速にしてあげる!だから、誰にも負けない最速の島風を私に見せてみなさいよ!そうして生きて帰ったら、私があんたが最速の艦娘だって認めてあげるわよ!だから気張んなさいな!」

 それでも彼女は手を離そうとはしない。ああ、もう、なんて。

「・・・なんて貴女って、生意気なの」

「あんただけには言われたくないわ。で、どうすんのよ」

「・・・だめ。島風が力を貸して最速になったって、本当に最速なのは貴女の方になるじゃない」

「なっ・・・!この期に及んで・・・!」

「だから、交換条件よ。貴女に島風の力を貸してあげる。その代わり、貴女の力を島風に貸しなさい。それで、対等。どう?」

 島風の意地に、今度は天津風がため息を付く番だった。だが同時に、安心もする。島風には生意気で意地っ張りな、そんな性格がお似合いだ。

「はぁ、しょうがないわね。私の力をあんたに貸してあげるわ。・・・頼りにしてるから。『最速』の島風を」

「取引成立ね。じゃ、貴女の力を使い倒してあげる。・・・『最速』の、天津風」

 

 

 

「提督、二人の撤退を支援する高速艦隊及び空母を主軸にした、敵戦力への威力偵察艦隊、両艦隊の出撃が終了しました」

「うむ、ご苦労」

 先程まで熱気に湧いていたグラウンドは、露店の片付けもされず静かに横たわっている。皆万が一の事態に備えて待機しているからだ。少佐と大淀も執務室に戻り、吉報を待っている。二十分もすれば報告が上がってくるだろう。大淀は少なからずこの状況に責任を感じていた。たらい回しのようにして多くの艦娘を巻き込んだ今回の一件は、ほぼ大淀が発端に当たるのだ。こうした時に、自ら出撃することが出来ないことをもどかしく思う。

「しかし前回といい、今回といい、正面海域というのはこうも敵航空戦力が展開するものなのかね?」

「前回金剛さんを旗艦に出撃した海域は正面海域の中でも外側に当たるので、不思議はありません。ただ、今回は少し異様です。敵航空機の出現位置が鎮守府に近すぎます」

 少佐は一瞬黙り込み、すぐに口を開いた。

「これは偶発的な戦闘だと思うかね?」

「・・・現段階では判断しかねます。が、もし偵察に出た艦隊が空母打撃群と交戦するようなことがあれば、鎮守府近海において敵拠点が設営されている可能性もあると考えられるかと」

「敵拠点か。しかしそのような大規模な行動を察知することはできなかったのかね?何らかの前兆はありそうなものだが」

「も、申し訳ありません。今回は深海棲艦のそのような動きは察知できておらず・・・」

「あぁ、構わん構わん。メインディッシュは後に取っておこうじゃあないか。私は大飯食らいなんだ」

 

 

 

 天津風が島風を引っ張りながら駆け続けて十数分が経ったかと言う頃。島風は額に滲ませた汗も拭わず、首を回して後ろを見る。大空に幾つかの黒点が見える。注視するまでもなく、こちらを追撃してくる敵航空機の編隊だとわかる。夏の夜につきまとってくる蚊のように鬱陶しい連中だ。さっきから何度も追い払っているのにしつこく攻撃を仕掛けてくる。対空砲火を放っても、慣れない体勢のためか思ったように弾が飛んでくれない。

「もう!さっきからしっつこーい!!」

「これは、かなりキツイわね・・・!いい加減諦めてくれないかしら・・・!?」

 慣れない速度に、島風を曳航しながらの移動と無茶を重ねた天津風はかなり疲労している様子だった。無理に稼働させ続けた機関部は今にも悲鳴を上げそうで、天津風の体力的にも、機関の耐久度的にも、最早どれほど持つかわからない。何れにせよ、天津風が動けなくなってしまえば、万事休す。こちらに向かってきているであろう鎮守府からのお迎えとは後どれほどで合流出来るのだろうか。

 一秒ごとに募る焦燥感を嘲笑っているかのように、敵機は後方で悠々と旋回して見せた。

「魚雷が来る!緊急回避、いくよ!」

「っ・・・!やんなさい!」

 島風は天津風の右腕を掴んだまま体重を後ろにかける。同時に、わずかながら動いていた自らの艤装の駆動を駆使し、横滑りするように右へ。天津風も引きずられるようにスライドしていく。敵の魚雷は間一髪のところで二人の左を疾走っていった。

「っ痛つつ・・・!」

 天津風がうめき声を上げた。ただ引っ張っているだけでも疲労が溜まっているのに、今のような緊急回避を多用したために、肩が痛みを訴えている。

「肩は大丈夫!?」

「全然平気、と言いたいけど・・・、ちょっときついわ。次は行けないかもね・・・!」

 もう全身がガタガタで、言うことを聞かなくなり始めている。まだ、友軍艦隊は見えないのか。早く、速く。

「―――見えた!前方に航空機!鎮守府の艦戦よ!」

 島風が叫んだ。焦点がぶれ始めた目を瞬かせ、空を見ると、確かに見慣れた艦戦がこちらへ近づいている。助かった。あとほんの数十秒も時間を稼げば、こちらのものだ。

「や、やった!あー助かったわ!どうよ島風!最速のクルージングを終えた気分は!?」

「・・・なかなか、良い物だったんじゃない?ま、次は島風一人でもこれくら、い・・・?」

 島風の顔に、一瞬影が差した。表情の変化ではない、本当の意味で、だ。反射的に上を向くと、太陽を背にした機体がこちらへ急降下してくる。

「敵の、艦爆・・・!?まさか、この期に及んで・・・!?」

 島風の思考が加速し、時間がゆっくりと流れるような錯覚に陥る。緊急回避?駄目だ、ここまで接近されていては間に合わない。対空砲で撃ち落とす?でも、さっきまで当たらなかったものが都合よく当たってくれるの?そうだ、今こそ、この手を離せば。

「島風、先に謝っとくわ。ごめんなさい」

 天津風の言葉が、思考を途切れさせた。ごめんなさい?・・・ああ、手を離すことを、か。

「でも、一瞬だけ、あんたを本当に最速にしてあげるから。・・・許してよ、ねえええええぇぇぇぇぇっ!!」

「おおおおうううううぅぅぅぅぅぁぁぁあああああああああ!?」

 島風は、唐突すぎる出来事に刹那頭が真っ白になり、しかしすぐに、その速い思考で状況を理解した。天津風に、思いっきり放り投げられたのだ。ただでさえ、いつもの自分の最高速度以上の速さで突き進んでいたのに合わせて、艦娘の力で投げられたことにより、島風は凄まじい速度で水面を転がり、水面を跳ね、突き進んだ。水中を見ても、青。空を見ても、青。転がっているうちにどちらが上で、どちらが下なのかわからなくなる。やがて、爆音が聞こえた後、島風は何者かに抱き上げられた。

 

 

 

 

「島風、無事捕まえました、お姉様!」

「霧島、nice catchネー!」

「あ・・・、金剛さん・・・霧島さん・・・?」

「助けに来ましたヨー!・・・よく、頑張りましたネー」

 鎮守府からの救援だ。助かった。・・・いや、天津風はどうなった?さっきの爆音は、敵の艦爆の積んでいた爆弾のものだろう。実際、それで巻き上げられた海水が雨のように降り注いでいる。嫌な想像が、脳裏をよぎる。まさか、避けられなかった?

「そんな、天津風は・・・?」

「安心せえ、無事やで。派手にすっ転んで気ぃ失っとるけどな」

 龍驤が、天津風を肩で支えてやってきた。その言葉どおり、天津風に大きな怪我はないようだ。よかった、と思った途端に、自分も意識が薄れていく。緊張の糸が切れたのか、何も考える間もなく、島風は眠りに落ちた。

「あら、二人とも寝ちゃいましたね」

「あれだけ頑張った後なんやから、寝かしといたろ。霧島、島風をおぶってってもらってええかな?」

「ええ、畏まりました」

「・・・おおーい!島風ぇ!天津風ぇ!無事か!?吾輩が不甲斐ないばかりにこんなことにぃ・・・って、二人とも眠っておるのか?」

 少し遅れて、利根がやってきた。大声で喚いている利根に、龍驤は口元で人差し指を立ててみせた。

「遅いで、利根!罰としてこいつらの艤装を持って帰ってくことな!」

「んなっ!?お主が辺りに伏兵がおらぬか警戒しろというから周りを哨戒しておったのではないか!横暴じゃ!」

 そんなやり取りをしながら、艦隊は二人を抱えて帰路につく。結局島風と天津風の艤装は利根が持たされることとなり、島風を霧島が、天津風を龍驤が背負って言った。背中で静かに寝息を立てる天津風に、龍驤は静かに言った。

「天津風、ありがとうな」




前回から大分と間隔が空いてしまい、大変申し訳ございません。
今回は「速さは、自由か孤独か。8」、次回が島風回の最後のパートになります。

島風回の次は、これまで主人公である少佐の活躍がかなり少なくなっていることを考え、少佐をメインに据えた話にしたいと思っています。
改めて、お待たせいたしまして申し訳ございませんでした。

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