大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。1

金色の髪を靡かせて、水上を疾走する艦娘がいる。小柄な身体に恵まれた能力を秘めた彼女は、遠方から飛来する砲弾をひらりと躱し、瞬く間に敵との距離を詰めて行く。そのまま、吹き抜けて行く風をも追い越して突き進み、やがて酸素魚雷を撃ち放った。相手もそれに気付いて回避行動を取るが、弾幕が自由な回避を許さない。そうしているうちに放たれた酸素魚雷の一つが接触し、爆音の代わりに、そこまで、という声が響いた。

 

 

「駆逐艦島風、駆逐艦同士の演習ではほぼ負け無しの成績。艦娘の中でもトップクラスの速度を持っている艦娘か。なんとも素晴らしい」

眼鏡越しに、更に双眼鏡を覗き込む少佐の視線の先では、駆逐艦同士の戦闘演習が行われている。出撃任務の開始に伴い、各艦娘の練度向上の為にこの様な演習が行われているのだが、少佐はいつもその様子を観戦している。

「実際優秀な子ですよ。戦闘に関しての技術は駆逐艦の子達の中では頭一つ抜けている印象ですね」

少佐の横では、半ば解説役として連れ歩かされている大淀が書類に演習の記録を書き留めている。

「やはり艦娘の戦いは面白いな!船を出してもう少し近くで観戦する訳にはいかんのかね?」

「演習用の弾とはいえ、砲弾が飛び交っている訳ですからかなり危険です。我慢してください」

最初は少佐の言動に振り回されていた感のあった大淀も、大分と付き合い方を心得てきた様だ。少佐の無茶振りにも涼しい顔で答えている。

そうしたやり取りをしているうちに、演習を行っていた艦娘たちが母港へと戻ってくる。その中で一人、後続を振り切るかのような速度で戻ってくる艦娘が見えた。

「皆おっそーい!先にお風呂いっちゃいますよー!?」

一番乗りで母港に帰ってきた島風が振り向き、海に向かって叫んだ。海の方からはかすかな声が届くのみだが、双眼鏡越しの少佐の目には怒声をあげている艦娘の姿が映る。やがて島風以外の艦隊が母港へ近づいてくると、その怒声もはっきりと聞き取れる様になった。

「こらぁー島風ぇー!吾輩達を置いて先に帰るとは何事じゃー!!」

 妙に古風な言葉使いの艦娘は、怒り心頭と言った様子で島風に向けて怒鳴っている。彼女は航空巡洋艦である利根。この演習の教官でもある。利根は全速力で戻ってくるなり、島風に詰め寄った。

「帰ってくるまでが演習じゃと言うておるじゃろう!艦隊行動を崩すなと何度言うたらわかるんじゃー!」

「だって皆遅いんだもん!」

 島風は悪びれる様子もなく言い返した。

「艦隊行動は遅いものに合わせるのが基本じゃ!大体お主が演習で響の艤装を損傷させたから余計遅くなっとるんじゃぞ!」

「当たりどころが悪かったのはしまかぜの責任じゃないし!大体利根さんも艦隊置き去りにしてるじゃないですか!」

 反論してくる島風に利根はまた叱ろうとしたが、指摘されて振り返ると、そこで初めて他の艦娘を置き去りにして来てしまったことに気がついたようだ。どうやら勝手に先行していく島風を追うことに夢中になりすぎて自分も艦隊を置いてきてしまったらしい。

「た、確かに吾輩も置き去りにしてしまったが・・・って、どこへいくのじゃ!まだ話は終わっておらんぞ―!?」

 言い訳混じりに向き直った利根だが、島風はすでにそこから逃げ出していた後であった。しかし利根は叫べども追いはしない。本気で逃げる島風に追いつき捕まえるのは難しいとわかっているからだ。常習犯なのである。そうこうしているうちに艦隊も戻ってきたようで、何やら利根はあたふたと説明をしている。彼女たちを解散させた利根は、大淀を見つけると一目散にこちらへやってくる。

「大淀ぉー!お主からも島風に言ってやってくれぇー!彼奴、いっつも吾輩の言うことを聞かんのじゃ!」

「利根さん、あの子は自由奔放な子ですから、長い目で見て基本を教えてあげてください。と言うか私が言ったくらいで直るならもう注意してますから」

 大淀は開き直ったように利根に告げた。

「吾輩には無理じゃ!完全になめられておる!もっと上の奴から言ってもらわぬとどうにもならんぞ!」

「うーん、困りましたね・・・。長門秘書官は駆逐艦の子達に弱いですし、そうなると誰に頼んだものか」

 利根は完全に参っている様子で、大淀に頼み込んでいる。しかし大淀もこの手の処理があまり得意ではないようで、誰にその役を頼むか悩んでいるようだ。

「いかに能力が高かろうと単身で幾千の深海棲艦と渡り合うことなどできまい。我々は不死身の化物などではないのだからな。実戦経験の豊富な艦娘を当てるのが良かろう」

 大淀の向こう側から聞こえる声に、利根はびくりと反応し、恐る恐る覗き込んだ。今の今まで少佐の存在に気がついていなかったようだ。一部に気が行き過ぎると他に気が回らなくなるという性格なのか、単に天然なのかは分からないが、どことなく子供っぽさを感じさせる艦娘だ。

「て、提督、いつからそこにおったのじゃ?」

「ん?いつからも何も初めからここにいたではないか」

 利根はなぜか取り乱している。

「そ、そうか。大淀、吾輩は工廠に寄らねばならんから失礼するぞ。島風の件は確かに頼んだからのう!」

 あからさまに逃げ出してしまった。少佐には利根に逃げ出される心当たりなどないのだが。

「・・・多分偵察機を飛ばせなかったのを怒られると思ったんじゃないでしょうか」

 大淀が半ば呆れ気味に言った。本来ならば今日の演習では利根が映像送信可能な偵察機を飛ばして演習の様子を写す予定だったのだが、カタパルトの不調で発艦不能だったのだ。それ故少佐も双眼鏡を持ち出して港から観戦していたのだが、どうも利根には少佐がそのことを怒りに来たものと勘違いしたようだ。だからといって逃げ出すのもどうかと思うが。

「提督、島風の件、いかがなさいますか?」

「先程行った通りだ。適任と思われる艦娘を当ててくれたまえ。選出は君に任せる」

 

 

 

「で、なんでその適任がうちなんや。別に実戦経験豊富ってわけでもないし、まさか見た目が駆逐艦みたいやからなんて言わんやろうな?」

 数時間後、大淀によって選出された龍驤が執務室にやってきていた。しかし龍驤は選出の基準に疑問を抱いているらしい。

「と言いましても、この鎮守府が動き始めたの自体つい最近のことですから、皆さんそこまで経験があるわけでもないじゃないですか。龍驤さんは最初の出撃で時雨を前向きにしてあげるのに貢献してくださったこともありますし、適任かと思いまして」

「いやいや、それとこれとは話が別や。あれは状況がそうさせただけやって。そもそも態度が悪いっちゅう話なら教官連中の仕事やろ?」

 イマイチ龍驤は乗り気ではなさそうだ。というか龍驤の言い分は最もなものなので仕方がない。その教官連中が音をあげてしまっているから、と言うのはあまりにお粗末な理由である。しかしそれが事実なのでこちらが引き下がるわけにもいかず、大淀はなんとか龍驤の懐柔を成功させようと苦心する。

「確かにそれもごもっともなんですが・・・。教官側の皆さんからしても、龍驤さんには敵わないと思うところがありまして。時雨への働きかけ、本当に凄いと思ってるんです。ですから教官としても恥を偲んで、龍驤さんにお願いしたいという言伝を預かっているんです」

「・・・ほんまか?」

「はい。それに時雨を身をもって守ったという話を聞いて、龍驤さんに憧れている子もいっぱいいるんですよ。そのような名実ともに優れた龍驤さんですから、今回の一件も龍驤さんが適任だと思ったんです。引き受けてくださいませんか?」

「・・・しゃあないなあ、今回だけやで!うちは何でも屋やないんやからな!今回だけ特別やからな?」

 おだてられた龍驤は案外簡単に納得してしまった。ほっとした様子の大淀から少し説明を受けると、意気揚々と執務室を飛び出していった。後には大淀と少佐のみが残る。

「・・・提督、私は正しかったのでしょうか」

 大淀は、簡単に丸め込んでしまった龍驤にある種の罪悪感を感じていた。

「正しさとは時々の状況や視点によって変化するものだ。いかなる手段であろうとも、自らの目標を達成するために取られた行為は自らの中で正しいものなのだ。倫理や法律がそれを縛っているだけなのだよ」




前回からおまたせしてしまいました。今回は島風回となっております。

前回の投稿からUAとお気に入りがかなり増加して驚愕してます、割りと本当に(迫真。身に余る評価とは思いつつ、その評価に見合うような作品にしていきたいと思います!

前回推敲を増やすと言いつつ今回も急ぎ目で仕上げた話になってしまいました。申し訳ありません。

次回は続きになりますのでもう少し間隔が短いと思います。多分・・・?

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