スメラギ・李・ノリエガおよびヴェーダの予測により、次にテロが起こる可能性が高い場所の1つとされるスコットランド……その山岳部に既に数日間潜伏するエクシア。そのコクピットで待つ刹那は、昔のことを思い出していた。
『行っちゃうのか…っ!?』
ゲリラの少年兵、仲間が出て行こうとしていた。
刹那には、なぜそうまでして戦うのか分からなくなっていた。……たくさんの仲間が死んでいる。なのに、なぜ……。
『当たり前だ。俺は神の代わりに勤めを果たしに行くんだ』
『ダメだよ……死んじゃうよ!』
思わず叫んだ刹那の胸倉を、少年が掴み上げる。
『なんだお前……死ぬのが怖いのか!? それは神を冒涜する行為だぞ』
そして、集った少年たちの前で話すアリー・アル・サーシェス。
『彼は神のために生き、神のために死んだ。これで彼の魂は、神の御許へよ誘われることだろう……』
本当に、本当に死の果てに神は……。
あの頃の俺は、まだ悩んでいた。
「……死の果てに、神はいない」
小さく呟いた、その時。エクシアのコンソールに新たな情報が入る。
「熱源反応…!? テロ襲撃予測地点に近い……」
モニターに、黒煙が上がる街の映像が映し出される。刹那は僅かに顔を顰めて呟いた。
「……やはりテロか」
その時、ピピッと音を立ててインカムに着信があった。
相手は、王留美。
「刹那だ」
『監視カメラを経由して、現場から立ち去る不審者を発見しました。現場から一番近いのは貴方です。任されてもらえる?』
「了解、現場に向かう」
『今、エクシアを使うわけにはいかなくてよ?』
「わかっている」
そう、ガンダムがテロリストの確保に動いたなどと情報が流れてしまったら相手は更に警戒と報復を強めるだろう。
刹那はエクシアの外壁部迷彩皮膜を発動させた後、用意しておいた黄色の大型バイクに乗り込んだ。
―――――――――――――――――――――――――
マリナ・イスマイールがテロ発生の情報を聞いたのは、イギリス外務省との会談を控えたスコットランドの首都、エンディバラのホテルだった。テロの現場からさほど離れていない場所である。
「ここは危険です。郊外のホテルを手配しました。移動の用意を」
「…わかりました」
マリナは黒塗りのリムジンに乗り、ホテルを出て静かに大通りを進む。窓の外に顔を向けて流れる景色を眺める。……テロが起こり、そしてアザディスタンでは議会が紛糾してしまっている。マリナはその仲裁に入るために帰国せねばならず、もう時間がない。しかしそれまでに太陽光発電システムの技術協力を得なければならないが、とても実現できるとは思えなかった。
―――…結局、何もできずに帰るのだ。
うつろな目で景色を眺めていた、その時。
対向車線を茶色のクーベが猛烈な速さで通り過ぎ、それを大型の黄色いバイクが追っているのが見えた。
黄色のバイクを運転していたのは十五、十六の少年だった。黒い髪、浅く焼けたような肌。少年を見たとき、瞬時に同郷の人間だと気づいた。少年が着ていた服こそこのあたりで普通に見られるシンプルなものだったが、分かった。何かに追われるような険しい顔をしている。
何かあったのだろうか。年端も行かない少年がバイクを走らせている状況や、切羽詰ったような表情がどうしても気になったマリナは、ハンドルを握る警護の男に声を掛けた。
――――――――――――――――――――――――――
エディンバラの郊外にある自然公園。そこにある展望台のような場所に刹那、そしてどういうわけか彼を警官から保護した黒髪の女性が並ぶように立っていた。
「余計なことをしたかしら?」
小首を傾げて問う女性に、刹那は視線は合わせず小さく呟く。
「……いや」
すると、やはり気になったのか女性は言った。
「どうして警官ともめていたの? 何かトラブルでも?」
「………」
当然、助けられた以上は言う事もやぶさかではなかったのだが、非常に面倒だ。まさか拳銃でクーベを狙っているところを怪しまれたと素直に言うわけにはいかない。少々答えを考えていると、それをだんまりと判断したのか女性が更に尋ねてくる。
「あなた、旅行者? それともこの街に住んでるのかしら? ご両親は?」
……急かすな。というか余計なことまで訊くな。
刹那は思わず女性を睨んだ。
「あ、ごめんなさい。こんな場所で同郷の人に出会うと思わなかったから、つい……」
睨んだことを気にも留めず、女性は照れるように首を竦めた。……なるほど。同郷の人間に会ったからというわけか。
そんな理由で他人を助けるとは……と考えていると、身近にものすごく似たようなことをしそうな少女がいることを思い出した。ただ、セレネは人見知りが相当に激しいので、あくまでも刹那のイメージだが。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私、マリナ・イスマイール」
「……カマル・マジリフ」
思い切り偽名である。
秘匿義務があるので話すつもりはなかった。
「カマル君ね。カマル君もアザディスタンの出身でしょう?」
なるほど、確かに刹那の出身であるクルジスはアザディスタンの隣であるし、既に吸収された国だ。……しかし、刹那は国が滅んだからと言って出身が変わるとは思っていない。過去の戦いを、そして死んでいった仲間を忘れてはいない。だから、はっきりと答えた。
「違う。クルジスだ」
「クルジス……あ、そ、そうなの……私、なんて言ったらいいか……」
これ以上話すことはないだろう。むしろ、この女性も気まずいはずだと判断した刹那は視線を外し、立ち去ろうとした。
「待って! もう少しだけお話させて……お願いだから……」
刹那は、足を止めた。
何故かはよく分からなかったが。
……………
「……外交?」
どうやら、この女性はアザディスタンでそれなりの立場にあるらしい。刹那にとってはどうでもいいことだが、クルジス出身だと知ってそんなことを言うとは迂闊だと思った。
「そうなの。カマル君も知ってると思うけど、アザディスタンは改革派と保守派に分かれて国内は乱れているわ。石油の輸出規制を受けているアザディスタンの経済を立て直すには太陽光発電システムが必要。でも、私たちの生活が悪くなったのも太陽光発電システムができたから。保守派の人たちは、それを快く思っていないの」
……要するに、マリナ・イスマイールは改革派で、しかもそれなりの立場にいるのだろう。やはり迂闊だ。……とはいえ、保守派は国外に出ようとしなそうではあるが。
「両者の対立も止めないと、彼らがやってくるわ……」
「……ソレスタルビーイング」
他にないだろう。呟いた刹那に、マリナは僅かに頷いた。
「……狂信者の集団よ。武力で戦争を止めるだなんて……」
……確かに、世間一般の人間からはソレスタルビーイングのメンバーが何を考えているかは分からない。それは仕方の無いことだろう。しかし、狂信者……自分に関してはそれについてとやかく言うつもりは無かったが…。
テロを憎み、戦争を……テロを無くそうと戦うロックオン。そして、苦しみながらも平和のために戦うセレネを思うと、その言葉を肯定したくはないと思った。
「確かに、戦争はいけないことよ。でも、一方的に武力介入を受けた人たちは、現実に命を落としているわ。経済が傾いた国もある……彼らは自分たちのことを、神だとでも思っているのかしら」
違う。そう言いたかった。
刹那は、セレネが熱を出した時に魘されていたのを……涙を流して母親を呼んでいたのを知っている。テロによる無差別報復を知ったロックオンがどんなに怒っていたか、そしてその目がどんなに哀しみを湛えていたか知っている。
神ではなく、俺たちは戦争根絶を体現する者。
……ガンダムマイスターだ。
しかし、秘匿義務を破らないように必死で自制した刹那は代わりに呟く。
「…戦争が起これば人は死ぬ」
「介入の仕方が、一方的すぎるって言ってるの。話し合いもせず、平和的解決も模索しないで、暴力という圧力で人を縛っている。それは、おかしなことよ…!」
「話している間に、人は死ぬ」
「でも……!」
話し合いで解決するのなら、何故セレネやロックオンのような人間がいる。何故、世界中にソレスタルビーイングに介入される紛争がある。何故、俺は……俺たちは戦う。
……何故、俺たちは戦わなければならなかった。
「クルジスを滅ぼしたのは、アザディスタンだ」
「…っ、確かにそうよ。でも、二つの国は平和的解決をしようと―――」
「その間に人は死んだ」
俺の仲間も、そして俺が殺した相手も……。
「カマルくん、まさか……戦いが終わったのは、6年も前よ…あなたはまだ若くて………戦っていたの…?」
「今でも戦っている」
他の答えはなかった。
俺の戦いは終わっていない。もうあんな戦いを起こさないために。そうだ、俺たちは――――。
「……戦っている」
「―――あなた、まさか保守派の!? まさか、私を殺しに…!?」
「…あんたを殺しても、何も変わらない。世界も変わらない」
そんなに単純な世界なら、俺たちは存在していない。
「カマル……くん」
「―――違う。俺のコードネームは刹那・F・セイエイ……ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」
「ソレスタル……ビーイング…!?」
「紛争が続くようなら、いずれアザディスタンにも向かう」
そのままバイクに乗り、走り去る。
……元の大通りを走りながら、刹那は考える。
なぜ、話を聞いたりしたのか。そして、正体を教えてしまったのか。仲間に知られれば秘匿義務違反だと責められるだろう。警官から解放されてすぐに逃げれば警官に不審に思われかねないが、途中で立ち去ろうとする足を止めた理由にはならない―――。
そこまで考え、ある事実に気づく。
――――そうだ、似ていた。
声が。震えながら自分の名前を呼び続ける声。そう――――。
そこで、インカムの呼び出し音が鳴った。
『私です』
「刹那だ」
王留美だった。そして、その声が告げる。
『国際テロネットワークの正体が判明しました』
―――――――――――――――――――――――
国際テロネットワークの正体は、欧州を中心に活動する自然回顧主義組織、ラ・イデンラ。各国の諜報機関が間接的に提供した情報を元にその割り出しに成功。そう、つまり……。
――――ガンダムマイスター、出撃です!
「ちょっと待って」
「ス、スメラギさん…?」
アイシスに乗り込もうとしたところをスメラギさんに呼び止められ、そして背後からクリスさんとフェルトに両脇を抱えあげられ―――…すごくデジャヴな光景です…っ!?
「は、離してください…っ! 私もガンダムマイスター―――」
「戦力は十二分だから、今回はお休みよ。必要なときに必要な分だけ戦力を投入するのが戦術予報には必要なの。……他のマイスターじゃ不安?」
そう言いつつも、本当は私が殺さなくてもいいように……そして、私が殺せずにミッションを失敗する確率も考慮してくれているのでしょう。テロリストのMSなんてたかがしれてますから、人との戦いになるのです。反論できずに黙り込んだ私は、クリスさんとフェルトに引き摺られてビーチに向かいました。
「……でもその、私そんなに泳ぐの好きじゃ……」
「綺麗なお魚がいっぱいいるみたいだけど?」
それは本当ですか、クリスさん…っ!?
「……!? お、泳いでもいいのです…! 泳ぎましょう!」
「うん、その意気よ!」
「……相変わらず分かりやすい」
「う~み、う~み♪」
「ちょ、セレネ速い!?」
「……私も」
そして、スメラギさんはビーチチェアに座ってイアンさんと話していました。
「まさか、各国の諜報機関が協力してくれるとは。良かったじゃねぇか」
「良いように使われただけです」
「だが、大いなる一歩でもある」
「……ですね」
と話しつつ、海ではしゃぎまわる3人娘を見て二人は苦笑するのだった。
「―――いきます…! GN水鉄砲、狙い撃つのです!」
「ちょっ、セレネそれただの手……きゃぁ!? な、なんて威力なの…!?」
「……一体どこにGN要素が」
おまけ
次回予告
ソレスタルビーイングはやりすぎた。圧倒的物量で行われる殲滅作戦。そこに隠された真の目的とは……。そして、プトレマイオスを守るべくアイシスが牙を剥く。次回、『大国の威信』。―――混迷の宇宙に、俺がガンダムだ!