機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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第3話:対外折衝

 

 

 

 

「―――タリビアがユニオンを脱退…です?」

「そのようだな」

 

 

 特別経済特区『東京』に設けた部屋。なんだかんだで刹那との同居生活にも慣れた私が、放っておくとジャンクフードばかり食べようとする刹那のために今日はオムライスを作って二人で朝食を食べていると、不穏なニュースが流れていました。

 

 ……タリビアの主張というのは、ユニオンが50を越える国家が集る連合体であり、議会制を敷いてはいるものの、実質は太陽エネルギー分配権を持つアメリカ一国の独裁だとし、自国の独自のエネルギー使用権を主張。他国から圧力がかかれば軍事力で対抗する……。

 

 アメリカへの敵対宣言に等しいこの宣言に対し、間違いなくユニオンは軍事的干渉に踏み切るでしょう。

 

 

「……このタイミングでこれ……。間違いなく、私たちの介入を見越していますね……」

「……紛争幇助国」

 

 

 ソレスタルビーイングがタリビアの強攻策を手助けすれば後に続く国が現れるでしょうし、介入しなければ私たちの理念が瓦解する……。ユニオンが罠を張っている可能性も否定できない。

 

 

 一見すると難しい状況のようですが、刹那の言った一言が全てです。

 タリビアは紛争を幇助する国と認定され、ソレスタルビーイングはタリビアを攻撃する。……そして恐らくユニオンは即座にタリビアを救援し、タリビア国内の反アメリカ感情が沈静化して―――という予想を立てていると、刹那が小さく呟く。

 

 

「ミッションプランが届いた」

「……あ、ほんとです。それじゃあ、出発の準備を―――」

 

 

 と、そこで刹那が何か包みを取り出すと机の上に――――私の前に置きます。

 

 

「……刹那?」

「……渡しておく。好きに使え」

 

「え…っ?」

 

 

 そのまま自分の部屋に入ってしまう刹那を思わず呆然と見送って、包みを見詰める。

 

 

「……プ、プレゼント……?」

 

 

 ……誰かからものを貰うなんて、ソレスタルイーイングから貰ったアイシスと、ロックオンから時折お菓子を貰う以外にあったでしょうか…?

 どうしてか僅かに震える手で包みを開けると、そこには蒼いスカーフ。

 

 この1週間強で幾度となく言われた「体調管理を怠るな」という刹那の言葉が思い起こされて、いつの間にか目頭が熱くなっていました。

 

 

「………っ」

 

 

 かつて、「風邪を引くなよ」と言って心配そうに微笑んでくれたお父さんとお母さんの顔が思い出されて、唇を噛み締める。そしてそれを隠すようにスカーフを首に巻きつけると、ほんの少しだけ口元を緩めて呟いた。

 

 

「……ありがとう、です。刹那……」

「気にするな」

 

 

 

「いえ、そんな……って、刹那…っ!? ど、ど、どうしてっ!?」

「少し出掛けてくる」

 

 

 部屋に行ったと思ってたのに!?

 

 

「い、いってらっしゃい…です。気をつけてくださいね」

「ああ、分かっている」

 

 

「って、そうじゃなくて――――もういないのです…っ!?」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。

 

 

『エクシア、刹那・F・セイエイ……発進する』

「ソードアイシス、セレネ・ヘイズ。行きます!」

 

 

 スメラギさんからの指示で、武力介入に移るべく私と刹那は東京を出発。今回はタリビアの市街地での戦闘になると予想されることから、建造物への被害を最小限にするためにGNパックはソードを選択。……というか、東京にはソードパックしか置いてないのです。見つからないようにコンテナを置いてる場所が何故か東京湾ですし場所が無いのです!  まさに盲点ですね。寒いですし苦しいですし濡れて服が透けますし、最悪なのです。コンテナといっても移動にも使える便利なものなので休憩スペースで着替えたりできますけど!

 

 

 

 

『これより、ロックオンとアレルヤとの合流ポイントへ向かう』

「……了解です」

 

 

 

 それから私たちが到着するまでの間――――ただ、途中で無人島で合流しつつタイミングを計っていましたが――――にタリビア軍は主要4都市にモビルスーツを展開。ユニオン軍と、ユニオンから出撃要請を受けたアメリカ軍がタリビアに向かって進軍し、ユニオン軍の航空部隊がタリビアの制空権を掌握しました。

 

 

「一触即発……ですけど、完全に誘ってますね」

 

 

 憂鬱な気分で呟くと、アレルヤとロックオンも呟く。

 

 

『世界の悪意が見えるようだよ……』

『ったく、人様のこと利用して好き勝手しやがって』

 

 

 ただ、利用されていると分かっていても。私たちは―――。

 

 

『俺たちはソレスタルビーイングのガンダムマイスター……紛争を幇助するのなら、武力をもって介入する』

 

『よっしゃ、その意気だぜ。刹那』

『……そうだね』

「もう妙なことを考える人が現れないように……派手にいきましょう!」

 

 

『っと、やる気だな。セレネ』

『……確かに、一度で終わるならそれに越した事はないけど』

『了解した』

「あ、刹那。今日の晩御飯はシチューにしますね」

 

 

『そうか』

『アレルヤ……セレネと刹那のやつ、何か妙に親しげじゃねぇか?』

『確かに、というか会話の内容が……』

 

 

 

 ………私たちの武力介入で人は死ぬ。

 けれど、物事を変えるには常に痛みがともなう。世界を変えるために、私たちは罪を背負う。そして、世界が平和になったら……その時は。

 

 

(……だから、今だけは……)

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 首都に展開していたタリビア軍のオレンジ色のユニオンリアルド―――フラッグの一つ前の機体であるそれらを、突如として飛来したビームが撃ち抜いた。

 

 

『―――う、うわぁぁぁ!?』

『ユニオンの先制攻撃か…!?』

 

 

 驚くタリビア軍パイロットだが―――ビームが飛来した方向を見上げると、純白のモビルスーツが緑の輝きとともに舞い降りてくるのを見た。

 

 

『ガンダム!?』

『わ、我々はまだ何もしていないぞ…!』

 

 

 その通信は聞えていなかったものの、そんな感情がなんとなく伝わってくる。セレネはアイシスのコクピットで常になく厳しい視線をリアルドに向けると、一気にペダルを踏み込んだ。

 

 

「――――戦争根絶の意志を利用しようとしておきながら……白々しいのです!」

 

 

 もし、それも分からないのなら救いようが無い。

 上の言われるままに何も考えずに戦場に立つのか? 漠然と、ソレスタルビーイングが助けてくれるのではなんて考えていたのではないのか?

 

 

「私たちの想いを……紛争を起こすためになんて、使わせません…!」

 

 

 太陽炉、GNドライヴがいつも以上の駆動音を上げ、アイシスの胸部が強い緑の輝きを放つ。それと同時に背面、両肩と腰に2つずつ付けられた追加スラスターもGN粒子を一斉に放出し―――。

 

 

 その瞬間、リアルドのパイロットたちはガンダムが消えたように見えた。正確には急加速したアイシスが地面を這うように猛スピードで突進してきたのだが、気づいた時には既に彼らのリアルドは全て両脚とライフルを破壊されて地面に倒れていた。

 

 

 

『タリビアを紛争幇助国と断定―――エクシア、目標を駆逐する』

「……あ。同じく、紛争幇助国と断定―――アイシス、目標を駆逐中です…!」

 

 

 うっかり名乗りを忘れていました。どうせ仲間にしか聞えませんが。

 

 

『デュナメス、目標を狙い撃つ!』

『キュリオス、介入行動に入る』

 

 

 恐らく、すぐにユニオンが救援に来るはず……だから、スメラギさんから撤退指示が来るまで、ただひたすら駆逐します…!

 

 

「―――行きます…っ!」

 

 

 地面を滑るように移動してリニアライフルを回避しつつ、接近して斬る。接近して斬る。そして接近して斬る。アイシスはこの程度の攻撃なら当たっても無傷な以上、いつものように無駄に大きな回避は本来必要じゃない。……後悔させてあげるのです…!

 

 

『は、速―――うわぁぁぁっ!?』

『当たらねぇ!? なんなんだよ、コイツ―――うぉぁ!?』

 

『くそっ、くそっ!? 動けよ!』

 

 

「おそいっ! 止まって見えるのです……!」

 

 

 刹那のように鋭い動きをする敵機がいなければ、ロックオンのように凄まじい射撃の敵機もいない。コクピットを狙わずとも、四肢の半分でも損傷すればリアルドは地上ではロクに動けない。

 

 一撃たりとも掠ることすらなく、澄み渡る思考の中でひたすらに突撃を繰り返す。動きのいいリアルドが格闘戦を仕掛けてくるが、蹴り飛ばして両腕を落とす。

 と、その時。暗号通信が届いた旨がモニターに表示される。

 

 

「ユニオン軍からモビルスーツ発進。予測通りこちらへの攻撃だと思われる。ガンダム4機は速やかに撤収せよ……了解です」

 

 

 

 最後の一機の頭を踏みつけ、アイシスは一気に上空へ舞い上がる。

 そしてそのまま海に出て、GN粒子で撹乱しつつ撤退しようと――――。

 

 ピピピピ、とアラームが鳴り響く。

 素早くレーダーに目をやるとフラッグが一機、凄まじい速さで猛追してきていた。

 

 

「―――アイシスについてくる…っ!?」

 

 

 明らかにスピードがおかしい。スペックの2倍以上はある。

 一瞬、こちらも加速して振り切ろうかと考えたものの、先ほどから飛ばしすぎたせいでGNパックに溜めてあった追加スラスター用の粒子量が余裕があるとは言いがたい。GNドライヴは常に粒子を生産してくれるが、戦闘散布や飛行に使う分を考えると追加スラスターを吹かし続けて逃げるのはいい考えではない。

 

 

「なら―――迎え撃ちます…っ!」

 

 

 反転し、GNソードをライフルモードで構える。

 ちょうどその瞬間、海上すれすれを飛んでいたそのフラッグ―――黒いフラッグが機首を上げ、リニアライフルから弾丸が放たれる。

 

 

「――――っ!? このフラッグ、ちがう…っ!」

 

 

 武装も普通のフラッグと何か違う。正確に放たれる、心なしか弾速の速いような気がする弾丸を急速浮上で回避しつつフラッグの上を取ろうとし―――空中変形を行ってソニックブレイドを抜き放ち、凄まじい速さのまま突進してくるフラッグに絶句した。

 

 

「――――まさか、この前の…っ!?」

 

 

 即座にGNソードを展開して切り結び、わざと弾かれるように後退することで受け流す。そして、スピーカーを使っているのだろう相手のパイロットの若い男の人の声にまた絶句した。

 

 

『――――逢いたかったぞ、ガンダム……いや、アイシス! 改めて名乗らせていただこう―――私はグラハム・エーカー! キミの存在に心奪われた男だッ!』

 

「……ふぇ…っ!?」

 

 

 その言葉と共に、もう一刀のソニックブレイドをも抜き放ってフラッグが突進してくる。咄嗟に全力でアイシスを後退させつつこちらも左手でビームサーベルを抜き放つ。

 

 なんとか引き剥がそうと左右に動きながら攻撃を受け流しつつも、頭の中は先ほどの言葉でパンクしていた。

 

 

(こ、心を奪われるって…? き、きっとそれはアイシスに……で、でもアイシスはモビルスーツで………っ!?)

 

 

 と、そこでレーダーにこちらに迫っている2機のフラッグがいることに気づき、頭を振って一気にペダルを踏み込みました。

 

 

「……っ、一気に終わらせます…!」

 

 

 むしろ自分に言い聞かせるように呟き、アイシスのGNドライヴが一際強い輝きを放つ。それと同時に4つの追加スラスターが順に輝き―――。

 

 

「―――はぁぁぁ…っ!」

 

 

 ガクッ、と一気に下方向に加速したアイシスが右に逸れつつフラッグの下に潜り込む。そして跳ね上がるように鋭い切り上げを―――。

 

 しかし、視界に映ったのは突進してくるフラッグの脚だった。

 

 

『二度も同じ手は喰らわんよ!』

「―――きゃぁっ!?」

 

 

 蹴り飛ばされる寸前、咄嗟に振るったGNソードでフラッグの右手のソニックブレイドを叩き落したものの、コクピットを襲う強烈な衝撃に思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 

『っ!? さすがだな、アイシス……しかし!』

「―――なに、この動き…っ!?」

 

 

 ソニックブレイドを吹き飛ばされたことを意に介さず、フラッグは距離を離さずに突っ込んでくる。その無茶苦茶としかいいようのない戦い方に戦慄した。

 フラッグが左手で振るうソニックブレイドをGNソードで迎え撃ち、咄嗟に右半身の追加スラスター2つを全開に。

 

 

『――――くぉっ!? なんと…っ!?』

「やぁぁぁっ!」

 

 

 急加速でGNソードとビームサーベルを構えたまま横に一回転したアイシスはフラッグを弾き飛ばし、残る2つの追加スラスターもあわせて起動させてフラッグに突進する。

 しかしフラッグは驚異的な操縦で即座に姿勢を立て直すとこちらも一気に加速。ほとんど両機が激突するような勢いでGNソードとソニックブレイドがぶつかり合う。

 

 

『―――身持ちが堅いな、アイシス!』

「―――そ、そういう問題ではないのです…っ!」

 

 

 というかこの人、しつこさも腕前も尋常ではないのです…っ!

 ちらり、とレーダーに一瞬だけ視線を落とすと、2機のフラッグがもうここに到着する上にユニオン軍の大量の援軍が徐々に近づきつつある。この人のフラッグではなく、背後の2機がGN粒子の通信妨害範囲外から通信で援軍を要請したのでしょう。

 

 咄嗟に援軍のフラッグに対してこの黒いフラッグを盾にするような位置関係を維持しつつ、思い切りペダルを踏み込みました。

 

 

『――――まだ出力が上がる!? 出し惜しみは―――くっ!?』

 

 

 GNソードへの粒子供給量を増大させ、切断力を更に強化。

 輝きを増したGNソードはフラッグのソニックブレイドを断ち切り、武器を失った黒いフラッグは見事な判断で斬撃を回避してみせた。

 

 

 と、恐らくは黒いフラッグの危機だと悟ったのだろう。2機のフラッグのうち1機が、こちらは空中変形なんて技は使わずにリニアライフルを撃ちながら突っ込んでくる。

 

 

『――――ハワード!? 無理をするな!』

「……っ」

 

 

 恐らく部下なのだろう、突っ込んでくるフラッグを案じる黒いフラッグのパイロット……そういえばエーカーさんと名乗っただろうか? の声がする。

 私は咄嗟にそのハワードさんのフラッグに向かって突進すると、その機首であるリニアライフルのあたりを思い切り踏みつけた。

 

 

『―――ハワード・メイスン…ッ!?』

「ごめんなさい…っ!」

 

 

 ハワード機は強烈な下方向の力を加えられたことで海に不時着。この前のエーカーさんのように機体に大ダメージを与えてはいないから浸水はしないだろうし、この2機のフラッグが救援するはず―――そう考えてアイシスを一気に加速。黒いフラッグが追いかけてこないことを確認しつつ離脱した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 MSWADの帰還するユニオンの輸送機で、3人のフラッグファイターとカタギリが話をしていた。勿論、内容はつい先ほどのガンダムアイシスとの戦闘である。

 

 

「申し訳ありません、中尉……」

「気にするな、ハワード。キミが助けに来ていなければ私が落とされていたかもしれん」

 

 

 結果的にグラハムの足を引っ張るような形になってしまったハワードが申し訳無さそうに呟くが、グラハムは「気にするな」と肩を叩いた。ただ、グラハムの実力であればリニアライフルだけでもアイシスから逃げる事はできただろうが。

 

 

「とはいえ、中尉……あのガンダム、実際に見ると凄まじい動きですね……」

「そうだろう!」

 

 

 何故か嬉しそうなグラハムをフォローするように苦笑するカタギリが口を開く。

 

 

「グラハムはあのガンダムを高く評価していてね。特にあの白い機体は自分が倒してみせるって言って聞かないんだよ」

「そ、そうなのですか……何かあったのですか?」

 

 

 と、聞かれてやはり嬉しそうにグラハムは答える。

 

 

「前回戦った際に、エンジンの故障で海に沈みかけたところを助けられてな。是非ともパイロットの顔を拝み、直接礼を言いたいと思っている」

 

「な、なるほど………」

 

 

 

 微笑むグラハムにカタギリは苦笑いし、ハワードとダリルは「この人どこまで本気なんだろうか」と思ったが、これまででいい人だというのは分かっていたので余計なことは言うまいと心に誓った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――くちゅん…っ」

 

 

 あ、あたまが、いたいのです……。

 けど、そろそろ晩御飯を……シチューを……。

 

 

「大人しく寝ていろ」

 

 

 と、部屋に刹那が入ってきて市販の風邪薬と水をテーブルに置きます。

 

 

「ぅー…、ありがとうございます……」

「……熱は測ったのか?」

 

 

 私は無言で脇から体温計を取り出すと、刹那に手渡します。

 刹那はそれを見ると僅かに顔を顰めました。

 

 

「39度……」

「……せつな、ごめんなさい……ヴェーダとスメラギさんにほーこくを……」

 

 

「……報告済みだ。スメラギ・李・ノリエガから『当分は治療に専念するように』と、『無茶をして周りに迷惑をかけないこと』だそうだ」

 

 

 ……クビって、わけじゃないですよね…?

 アイシスから降ろされたりはしないですよね…?

 風邪を引いてるからなのか、悪い考えばかりが頭の中を渦巻いている。

 

 

「……せつな、ガンダムは……アイシスは、わたしの……」

「……ああ……アイシスは、お前のガンダムだ」

 

 

 熱でぼんやりした視界の中に、優しげな笑みを浮かべる刹那が見えたような気がして、私は胸が軽くなったような気分と共に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 静止衛星軌道上、ソレスタルビーイングの輸送艦プトレマイオスのブリッジではフェルトとクリスティナがオペレーター席に座り、砲撃担当のラッセ・アイオンが休憩中のリヒティの代わりに操舵を担当していた。

 

 と、フェルトが珍しくやや驚いた表情になり、お酒を飲んでいたスメラギに声を掛けた。

 

 

「スメラギさん、セレネが風邪でダウンしたそうです」

「……なんですって?」

 

 

「刹那からの情報によると『足元がおぼつかず、戦闘は不可能だと思われる。体温は現在計測中で、部屋で休ませている』とのことです」

「風邪……やっぱり、コンテナを東京湾に置くのは無茶だったかしら……」

 

 

 頭が痛い、とばかりに額に手を当てるスメラギに、ちょうどやってきたティエリアが呆れたように呟く。

 

 

「……体調管理もできないとは」

「えー、仕方ないじゃない。ティエリアも海の中にコンテナ置いてみる?」

 

 

 ちょっと不満げに言うクリスティナに、ティエリアも流石に嫌なのか顔を僅かに強張らせて首を振った。

 

 

「必要があるならそうするが……謹んで辞退させてもらう」

「とりあえずフェルト、刹那に『当分は治療に専念するように』と、『無茶をして周りに迷惑をかけないこと』ってセレネに伝えるように送ってちょうだい。ヴェーダには私が情報を送っておくわ」

 

「了解しました」

 

 

 と、スメラギがヴェーダへの報告書を書き上げると同時にティエリアが声を掛ける。

 

 

「それで、アイシスのパイロットはどうするのです? セレネ・ヘイズが役に立たないのなら、代わりのパイロットを用意しておくべきだと思いますが」

 

「それは確かにそうだけどね……」

 

 

 風邪くらいで、という思いもないでもないが、長引く場合も考えると一応交代要員を東京に送っておいたほうが安心感は高まる。ガンダム各機は個人認証システムにより対応するガンダムマイスターでなければ動かせないが、ヴェーダから許可が出ればそれの一時的な変更も可能である。

 

 ただ、問題は―――。

 

 

「アイシス、使いこなせるかしら?」

「…………」

 

 

 ガンダムアイシスの最大の特徴は装備の換装による高い適応力であるが、その分パイロットにも高い適応力が求められるのである。……例えばソードアイシスなら格闘戦の適性が必要だし、ガンナーアイシスなら高い射撃適性が求められる。

 

 刹那と同等の格闘適性、ロックオンに次ぐ射撃適性を持つセレネならではの機体だと言えるだろう。更に、間もなく完成する第3のパックはセレネ用に一から造り上げたセレネ専用と言っていいものだ。その扱いにくさは、方向性で言えばタリビアへの武力介入で現れたカスタムフラッグと同じものだろう。

 

 ……パイロットを殺めることを極端に嫌うという致命的な『欠陥』があると言えるセレネがティエリアにも一応はマイスターとして認められているのは、そのズバ抜けて高い素質あってのことだ。特に、反射神経ならダントツでトップだろう。

 

 スメラギは黙り込んだティエリアに僅かに苦笑しつつ続ける。

 

 

「それに、私たちは慢性的な人手不足だわ。……大丈夫なのはラッセくらいだけど、いけるかしら?」

 

 

 ラッセは元々、刹那が来るまではエクシアのマイスターの最有力候補だった。が、ラッセは肩を竦めて苦い表情を浮かべた。

 

 

「前にシュミレーターをやったことがあるが、あれは無理だ。勿論ガンナーは論外だが、ソードも追加スラスターが使いこなせなけりゃ自爆するのがオチだぜ」

 

「どうやら、ヴェーダも同感のようね」

 

 

 スメラギの送ったセレネ行動不能の情報に対してヴェーダの出した回答は『ガンダムアイシスはセレネ・ヘイズの回復まで待機』一つだけ。ティエリアも特に反論する点が無いと思ったのか、小さく呟く。

 

 

「ヴェーダがそう言うのなら、俺も異論はありません」

 

 

 

 と、そこでフェルトのコンソールにメッセージが届いた。

 

 

「……スメラギさん、刹那から報告です。『アイシスへの交代要員はセレネのメンタルを著しく損なう可能性が高い』、だそうです」

 

「刹那が…?」

 

 

 スメラギは思わず驚いていた。

 これは明らかに単なる現状の報告というだけでなく、セレネを気遣うものだ。

 他者との馴れ合いを嫌うような、そんな雰囲気のあった刹那が恐らくセレネのためにそんな報告を送ってくるとは予測していなかった。

 

 周囲のメンバーも同感のようで、クリスティナなど面白そうなものを見たと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 

 

「これってもしかして……?」

「……セレネが放っておけないだけだと思う」

 

 

 フェルトは幼馴染といって差し支えない、あの危なっかしくて仕方の無い少女を思い起こしつつ呟く。……優しくて、夢見がちで、でも本当は現実も知っている、泣き虫の少女。自分でも無感情だという自覚のあるフェルトをして放っておけないのだから、刹那もきっと同じだろう。

 

 スメラギもフェルトと同じように恋愛とかそういうものではないだろうと思いつつ、小さく頷いた。

 

 

「何にせよ、ガンダム同士の連携が良くなるならそれに越した事はないわ」

 

 

 

 できれば、あなたも―――そんな思いを込めて視線をティエリアの方に向けるが、ティエリアは肩を竦めるとブリッジを出て行った。

 

 

 

 

 

 





開示情報


セレネ・ヘイズ

年齢:不明
性別:女性
身長:およそ150cm
体重:およそ40kg
外見:十代前半であるのは間違いなく、腰までの長い黒髪と同色の大きな瞳が特徴的。


 ソレスタルビーイングに所属する、ガンダムアイシスのマイスター。温厚な性格であり、他者を傷つけることを嫌っている。ガンダムマイスターになった経緯は不明だが、両親がソレスタルビーイングと何らかの関わりがあったと思われる。
 マイスターとしては性格的に欠陥はあるものの、MSの操縦センスには天性のものがあり、ズバ抜けた反射神経による高速機動や格闘戦、乱戦での乱れ撃ちを得意とする。
 好物はチョコレートなどの甘いものやフルーツジュースなどであり、料理も得意だが、方向音痴だったり辛いものが苦手だったりする。

 性格的に、相手を殺す覚悟がなければMSの性能差が縮まる等の苦しい戦況に追い込まれた場合に相当な苦戦を強いられると思われる。
 またマイスターの中で最も体力的に劣っており、長期戦に弱い危険性がある。




ソードアイシス

 可動式特製サブスラスターを肩と腰に追加し、エクシアのGNソードとシールドを装備する格闘戦型モード。エクシアが他のガンダムとくらべてGN粒子に余裕があることから、その部分を機動力に回している。元々エクシアのフレームを使っていることから相性も良い。追加スラスターによる強引な加速とそれによる不規則な動きが可能だが、操作性と乗り心地が最悪で疲れる上に目が回る。刹那からは「エクシアにはつけるな」と大変不評だった。
 ちなみにサブスラスターは常に使用するのはあまり想定されておらず、あくまで要所要所での加速が目的である。


 ・GNソード:エクシアに搭載されているのと同じものだが、ソードパックでは肩のサブスラスターによるえげつない斬撃の加速が可能。ただし機体が回転してしまうので隙が大きいという欠点がある。剣を折りたたむとライフルモードになる。

 ・GNシールド:エクシアのシールドそのまま。小型軽量化されており、先端が尖っているので突き刺したりもできる。








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