機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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第2話:変わる世界

 軌道エレベーターは、その名の通りエレベーターである。

 昨日の作戦から一夜明け、ティエリアとガンダムヴァーチェは軌道エレベーターを利用して宇宙に戻ることになっていた。ソレスタルビーイングの輸送艦プトレマイオスは太陽炉が搭載されていないので、ガンダムがいないとエネルギーが補給できないのだ。

 

 人革連軌道エレベーター『天柱』。その出発ロビーでは3人のガンダムマイスター―――ロックオン、ティエリア、アレルヤが集っていた。

 刹那とセレネも来るはずなのだが――――。

 

 

「よお、遅かったじゃねぇか。この聞かん坊め」

 

 

 ようやく現れた刹那にロックオンが僅かに笑みを浮かべ、そしてティエリアは冷たい表情を崩さずに言う。

 

 

「……死んだかと思った」

「何かあったのかい?」

 

 

 そんなティエリアにも、その態度に苦笑しつつ問いかけるアレルヤに刹那は答えず、ただ小さく呟いた。

 

 

「……ヴェーダに報告書を提出した」

「後で閲覧させてもらうよ」

 

「ああ」

 

 

 そんな、普通に会話しているはずなのに全く仲が良さそうに見えない二人にロックオンはなんとも言えない表情を浮かべ、言った。

 

 

「まぁ、無事で何よりってことで――――…って、刹那。セレネはどうした?」

「会っていない」

 

 

 その言葉に4人は顔を見合わせ、そしてティエリアが嘆息した。

 

 

「案外本当に死んだのか――――…いや、来たようだ」

「お、おいおい…」

「………」

「どういう状況なんだか―――って、見れば分かるか」

 

 

 

 現れたセレネは白いブラウスに蒼い上着を着て―――というのはいいのだが、何やら親切そうなお爺さんに連れられており、ぺこぺこと頭を下げていた。お爺さんは優しく微笑むとセレネの手に飴玉らしきものを握らせて颯爽と去っていった。

 

 4人は確信した。「アイツ、絶対に迷子になりやがった」と。

 それを証明するかのように4人に凝視されていたことに気づいたセレネは引き攣った笑みを浮かべ、ただでさえ小さな身体を更に小さくしてこそこそと4人のいるテーブルにやってきた。

 

 

「……えっと。お待たせしました」

 

 

 気まずい空気。と、ちょうどそこに誰が注文したのか飲み物が届いた。

 

 

「お待たせしたしました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 刹那とセレネの前に置かれる、白い液体が注がれたコップ。刹那はいつも通りの無表情で、セレネは肩をプルプルと小刻みに震わせた。

 

 

「……ミルク?」

「オレの奢りだ」

 

「……だから、子どもじゃないです…っ」

 

 

 カッコよく言ったロックオン。刹那はそれを一息で飲み干し、セレネは不機嫌そうに唸りながらも一口飲むと美味しそうに飲み始める。どう見ても子どもだろう、と普段は決して仲がいいとは言えない残り4人の思考が奇跡的なシンクロを見せた。

 が、ティエリアが無慈悲に告げた。

 

 

「それで、どういう状況だったのか説明してもらおうか」

「……そ、の……こほん。遅れてしまいそうでしたので道を尋ねたところ親切にも案内して頂けるとのことで……」

 

 

 ティエリアの冷たい視線にたじろぐセレネに、アレルヤは苦笑いしつつ言った。

 

 

「つまり、迷子だね」

「ぁぅ………以後、気をつけます……」

 

「……はぁ」

 

 

 なんでこんなのがガンダムマイスターなんだ。とティエリアの瞳とその溜息が語っているような気がした。ロックオンも苦笑するしかないようで。

 

 

「まぁ、全員無事で何よりってことで?」

 

 

 

 その後ティエリアとガンダムヴァーチェは無事に宇宙に上がり(ロックオンによると搬入さえクリアしてしまえば、以後のチェックは無いに等しいそうです)、4人で軌道エレベーターから出ました。盲点ですね、というか杜撰です。

 

 

 

「さぁて、帰るか」

 

 

 呟くロックオンに、アレルヤが憂鬱そうに呟きます。

 

「少しは休暇が欲しいけどね」

「鉄は熱いうちに打つのさ。一度や二度じゃ、世界は俺達を認めたりしない」

 

 

 そう、まだまだ始まったばかり……。

 そんな事を考えつつ、私は刹那に声を掛けました。

 

 

「それじゃあ刹那、行きましょう!」

「ああ」

 

 

 頷く刹那にアレルヤが心底驚いた表情になる。

 

 

「二人でどこに行くんだい? 今日はミッションはないはずだけど……」

「デートなんだと。ま、楽しんで来いよ」

 

 

 茶化すロックオンは、嫌な感じではなく純粋に「羽を伸ばして来いよ」という優しさが感じられて、私は頬を膨らませつつも頷いた。

 

 

「……まぁ、いいですけど。それじゃあ刹那、エクシアのためにもいいお洋服を見つけましょう!」

「了解した」

 

 

 

 デートと言われても顔色一つ変えない刹那に、自分の女性としての魅力の無さを突きつけられたようでとても悲しかったです。

 

 

「……ガンダムのために洋服ってどういうことだと思う、ロックオン?」

「いやぁ……セレネと刹那だしな」

 

 

 なんだかとても引っかかる言い方なのです…っ!?

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ユニオンに所属するMSWADの本部に戻ったグラハム、そしてカタギリは早速直属の上司であるMSWAD大隊長から呼び出されていた。

 

 

「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、ただいま到着いたしました」

 

 

 執務机でペンを走らせていた大隊長は、やはりガンダムの影響で忙しいのか顔も上げずに片手で挨拶する。

 

 

「ご苦労だった。AEUの新鋭機視察のはずが、とんでもないことになってしまったな」

「あのような機体が存在しているとは、想像すらしていませんでした」

 

 呟くグラハムに、カタギリも頷いて大隊長に進言する。

 

「研究する価値があると思いますが」

「上もそう思っているようだ」

 

 

 その言葉に、グラハムは内心で自らの乙女座としての運命を強く感じた。

 そして望みどおりに展開が進んでいる、と。

 

 大隊長はペンを置くと二通の指令書を取り出し、二人に手渡す。

 

 

「ガンダムを目撃した君達二人に、転属命令が下りた」

 

 

 グラハムは半ば確信を抱きながらその書類に目を通し、そして隠しきれない笑みを浮かべながら呟いた。

 

 

「対ガンダム調査隊、ですか?」

「新設の部隊だ。正式名は追って司令部がつけてくれるだろう」

 

 

 と、書類の中に恩師の名前を見つけたカタギリが声をあげた。

 

 

「レイフ・エイフマン教授……! 教授が技術主任を担当するんですか?」

「上はそれだけ事態を重く見ているということだ。早急に対応しろ」

 

 

 その言葉に二人は指令書を閉じると敬礼した。

 

 

「はっ! グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、対ガンダム調査隊への転属、受領いたしました」

 

 

 隊長室を出たグラハムの後ろから、カタギリが声を掛ける。

 

 

「驚いたな。キミはこうなることを予見していたのかい?」

「いいや、私はそこまで万能ではないよ……ただ、こうなることを願ってはいたがね」

 

 

 ソレスタルビーイングの目的が戦争根絶ならば、すぐに会えるだろう。

 ……早急に、ガンダムを口説くための機体が必要だった。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 MSWADのモビルスーツ格納庫。両腕を切断され、海水まみれという無残な姿の愛機の前でグラハムはカタギリと共にガンダムの性能について考えていた。

 

 

「機体の受けた衝撃度から考えて、ガンダムの出力は少なくともフラッグの6倍はあると思うよ。どんなモーター積んでるんだか」

 

「出力もそうだが、あの機動性だ。特にあれほど滑らかな急加速に対応できるモビルスーツでなければ、恥ずかしくて誘いをかけることもできん」

 

 

「戦闘データで確認したよ。やはりあの機動性を実現させているのは―――あの光る粒子に秘密があるだろうね」

「あの特殊粒子はステルス性の他に、機体制御にも使われている。特に彼女(アイシス)はそれが顕著だが―――」

 

 

 と、その時。

 杖を突く音と共に何者かの声が響いた。

 

 

「――――恐らくは、火器にも転用されているじゃろうて」

「レイフ・エイフマン教授!」

 

 

 カタギリの声に小さく頷くと、白髪の老人―――エイフマン教授は続ける。

 

 

「恐ろしい男じゃ。わしらより、何十年も先の技術を持っておる」

 

 

 恐らく、いや確実にソレスタルビーイングの首謀者、指導者だと思われるイオリア・シュヘンベルグのことだろう。頷く二人に、教授は続ける。

 

 

「できることなら、捕獲したいものじゃ……ガンダムという機体を」

「同感です」

 

 

 グラハムは強く頷き、そしてガンダムのパイロットについても考えてみた。

 戦争根絶のために武力を振るう、そしてガンダムに敗れ海中に沈んだ自分をわざわざ救出する、とことんまで矛盾した存在。

 

 感情の乗ったあのガンダムの動き。柔らかく、しかし刃のような鋭さを隠し持ち、そして掴みどころのないそれは、どんなパイロットなのかという想像を駆り立てて止まない。

 そしてガンダムのパイロットの情報が一切不明であり、名乗るどころか気配すらない以上、恐らくはガンダムを捕獲でもしない限り顔を拝むことはできないだろう。

 

 

(無論、私とて恩知らずではない……しかし、ガンダムさえ手に入れればパイロットが逃げたとしても上層部とて文句は言えまい)

 

 

 助けられた恩は忘れていない。

 ただ、ガンダムとの真剣勝負やパイロットの顔を拝む誘惑には抗えそうにない。そして自分は軍人だ、指示がある以上戦わなければならない。いざとなれば自身の全てを懸けて恩は返す。と結論付けたグラハムは、強い意志に溢れた口調で言った。

 

 

「そのためにも、この機体をチューンしていただきたい」

「パイロットへの負担は?」

 

「無視していただいて結構。ただし……期限は一週間でお願いしたい」

「ほぅ……無茶を言う男じゃ」

 

 

 その言葉にグラハムは僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「多少強引でなければ、彼女(ガンダム)は口説けません」

「メロメロなんですよ、彼」

 

 

 メロメロ……なるほど。言いえて妙だが、確かにこれは恋のようなものかもしれない。

 グラハムは次にガンダムに……アイシスに出会った時に何と声を掛けるか考えながら、小さく呟いた。

 

 

「これが恋……ふっ、そうであるならば悪くない」

 

 

 燃え滾るような熱い想い、そして次はどんな戦い方を見せてくれるのかという期待。一人で笑っているグラハムに、残された二人は揃って肩を竦めた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――…くちゅんっ!」

「……体調管理を怠るな」

 

 

 ガンダムエクシアのマイスター、刹那・F・セイエイは、隣を歩く小さな少女―――ガンダムアイシスのマイスター、セレネ・ヘイズの何とも気の抜けたくしゃみに思わず思ったことをそのまま口に出してしまった。

 

 ……似合わないことをしている、という自覚はある。

 幼い頃からゲリラの少年兵として生きてきた刹那にとって、小さな少女というのはほとんど関係のなかった相手だ。どう対応すればいいのやら分からなかった。

 本人曰く「子どもじゃない」そうだが、あまり当てにならない。

 

 

「……ぅぅ、ありがとうございます……」

 

 

 鼻をすすりながら礼を言うセレネは、白い肌に長く黒い髪、同じ色の大きな瞳というその容姿も相まって、どこかの令嬢のように見えないこともない。

 ただ、無愛想なはずの刹那に対して無防備に後ろをついてくるようなこの少女の存在は、かつていた故郷の弟分と同じような存在にも感じられた。

 

 

「刹那、刹那! この服なんてどうですか?」

 

 

 と、そういえば服を買いにきていたのだった。今着ている、故郷でよく見られるような白い服と赤いスカーフ以外に服を持っていないと言ったところ、「洗うときはどうするのです?」「エクシアが臭くなったらどうするのです!」などと言われ、確かに理解できたことから買い物に同行したのだが……。

 

 

「……似合う気がしない」

 

 

 自分とセレネの次の潜伏先が経済特区『東京』だということで、移動してから東京の街を見ているものの、刹那にとってはどれも奇抜すぎる衣装に見えた。……とはいえ、刹那が街行く人の中で浮いていることは事実だろうと思われたが。

 いや、しかしセレネの選ぶ服は置いてある服の中では割とシンプルなものが多く、強いて言うのであれば悪くないような気がした。

 

 

「………ぅー、試しに試着してみませんか?」

「……わかった」

 

 

 ……街に少しでも溶け込むのはミッションの、ひいてはガンダムのためにもなる。そういうわけで、Tシャツと重ね着用の蒼いシャツを着た。……変だ。何かとてもコメントのしようがなく違和感がある。そう思いつつ試着室を出ると―――。

 

 

「………せ、刹那?」

「……なぜ疑問系になる」

 

 

 自分で薦めておいて、そんなに似合わなかったのだろうか。

 やや不機嫌になりつつ呟くと、セレネは猛烈に首を横に振った。

 

 

「そ、その……えっと、似合ってます…! ……少し、カッコよかったので驚いたといいますか……とにかく買いましょう、刹那!」

「………」

 

 

 嘘を吐くとすぐに動揺するというセレネの性格を考えると、どうやら似合っていないわけではなさそうだった。というか、これで拒否すると拗ねて面倒なことになりそうだと直感した刹那は、大人しく購入を決めた。

 

 「そのまま着て帰りましょう!」というセレネの提案により街へ出ると、なるほど確かに異物への奇異の視線が減ったような気がした。……ただ、今度は他の視線が増えたような気がしたが。

 

 

「あの子、カッコイイわね」

「隣の小さい子、彼女なのかしら?」

 

 

 耳も鋭い刹那はそれらの情報から割と好意的な意見が多い事に気づき、異物として目立つよりはマシか、と結論づけて我慢することにした。目立たない服が一番理想なのだが。

 

 

「それでは、晩御飯の材料を買って下宿先にいきましょう! 刹那、食べたいものや食べられないものはありますか?」

 

「……特に何も無い」

 

 

 まさか、セレネが作るのだろうか?

 小さな子どもが喜び勇んで料理に挑戦……としか見えない事態に、刹那はなにやらとても不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 あ、ありのまま……見てきたことを話すのです!

 ソレスタルビーイングに手配されたマンションに二人で行ったのですが、てっきり隣の部屋か何かだろうと思っていたら……。

 

 

「せ、刹那……? どうして私と刹那の持っている鍵が同じ部屋のものなのです…?」

「……スメラギ・李・ノリエガから、セレネ・ヘイズ一人は危険なので面倒を見るよう言われている。また、ヴェーダからも同様の予測が出ているらしい」

 

 

 ヴェーダ! ……私、これほどまでにヴェーダを恨んだ事はないのです!

 スメラギさんは立場上そういう考えもしないといけないのは分かりますけど……。

 

 

「―――~~っ! わたし、女の子です…っ!」

「問題ない、中に部屋が複数あるというのは確認済みだ」

 

 

「で、でも……ど、同棲……」

「……同居だ」

 

 

 なるほど、同居ならだいじょうぶー! って、そんなわけないのです!

 と、近づいてくる人の気配を感じた私たちは言い争いを止めました。……何やら、憂鬱そうな顔をした少年が近づいてきます。

 

 

「まいったなぁ……あれ? あの、お隣さんですか……?」

 

 

 どうやら、お隣さんのようでした。

 何か悩んでいるようだったその少年は私たちを見ると少し驚き、それから挨拶してきます。

 

「ぼく、沙慈・クロスロードっていいます。この部屋で姉と二人で暮らしてます」

「はじめまして、セレネ・ヘイズです。こちらは―――」

「……刹那・F・セイエイ……」

 

 

「セイエイ……? 変わった名前ですね、これからよろし――――」

 

 

 いきなり「変わった名前」呼ばわりなんて、失礼です。というかクロスロードも大概では……と思っていると、余計な係わり合いは御免だと思ったのか、はたまた癪に障ったのか、刹那は鍵を開けるとさっさと扉に入ってしまいました。

 

 クロスロードさんは私とともにあっけにとられていましたが、ややムッとしたような表情をしたので私は軽く頭を下げた。

 

 

「すみません。私も刹那も、知らない人は苦手なのです……もしよろしければ、これからよろしくお願いしますね」

 

「あ、う、うん。よろしく……」

 

 

 わざわざご近所づきあいを悪くする事はないのです。というわけで営業スマイルを浮かべると、どうしてか目を逸らしたクロスロードさんに特に疑問を抱くことなく(興味が無いので)、私も刹那に続いて部屋に入り、鍵をかけました。

 

 

「……それじゃあ刹那、私は肉じゃがをつくりますね!」

「………外で食べれば問題ないと思うが」

 

 

「ダメです! マイスターたるもの健康的な生活が必要なのです…!」

「………」

 

 

 どうしてかどことなく不安げな目で見られました。……く、屈辱です!

 いいでしょう、私がお子様ではないという証拠―――見せてあげます!

 

 

………1時間後。

 

 

 テーブルには肉じゃがとご飯、味噌汁という日本らしい食事が並び、刹那は箸の代わりのフォークとスプーンで肉じゃがを一口食べます。

 そ、そういえばお父さんとお母さん以外に食べてもらうのって初めて…?

 

 

「ど、どうですか……?」

「……悪くない」

 

 

「ほんとですか―――…あつっ!?」

 

 

 思った以上に高評価だったのが嬉しくて、肉じゃがに入れてあった熱々のジャガイモを口に放り込んで口の中をやけど。

 やれやれ、とでもいいたげな刹那の視線が痛かったのです……。

 

 

 と、そこで一応付けておいた携帯端末のテレビから、臨時ニュースが流れてきました。

 

 

『―――本日未明、北アイルランドのテロ組織であるリアルIRAは、武力によるテロ行為の完全凍結を公式に表明いたしました。これにより、新たなる平和への―――』

 

 

「………刹那。一歩だけ、平和な世界に近づけましたね」

「……しかし、俺達がいなくなればすぐにテロは再開される」

 

 

 そう、リアルIRAはソレスタルビーイングに武力介入されないように凍結したに過ぎない。だから、これは小さな一歩。そう思うと、私は笑みを浮かべていた。

 

 

「……それでも、これで命が助かる人がきっといます」

「……そうだな」

 

 

 そう、絶対に世界を平和にしてみせる。

 ……もう、あんな思いはしたくないから………。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ユニオン、MSWAD本部。

 そこのMS格納庫に、一体の黒いフラッグが鎮座していた。そのフラッグの前に立つ三人、グラハム、カタギリ、エイフマン教授は、フラッグを見上げながら話していた。

 

 

「――――バックパックと各部関節の強化。機体表面の対ビームコーティング。武装は、アイリス社が試作した新型のライフルを取り寄せた」

 

「壮観です、プロフェッサー」

「その代わり、対Gシステムを起動させても全速旋回時には12Gもかかるけどね」

 

 

 12G、グラハムにとっても洒落にならない負担だろう。しかしグラハムはアイシスを思い浮かべて笑みを浮かべる。……ガンダムに対抗するには、それくらいして見せねばな。

 

 

「望むところだと言わせてもらおう!」

「――――おおっ、これが中尉のフラッグですか!」

 

 

 と、そこで新たに2人が現れ、敬礼する。

 

 

「ハワード・メイスン准尉、ダリル・ダッジ曹長、グラハム・エーカー中尉の要請により対ガンダム調査隊に着任しました!」

 

「来たな……歓迎しよう、フラッグファイター!」

 

 

 勿論、グラハム個人としてはアイシスとは1対1で決着をつけたいところであるが、個人的な望みと責務は別のものだとも理解している。そこで、やはり手を抜かずに素質があると思ったハワードとダリルを部下に、と要請したのだ。

 

 それにガンダムは5機いる。望みどおりにアイシスに出会える可能性は単純に考えて20%しかないのである。

 

 

(いや、だが私は確信している。また再び戦場で相見えるとな……)

 

 

 前回の戦闘では、アイシスに全力を出させているようには到底思えない。

 しかし、このフラッグならば……。

 

 

(……全く、こうも私を虜にするとはな。しかし望むところ。そちらも私の虜にしてみせよう……!)

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――くちゅん…っ!」

「……着けておけ」

 

 

 セレネがお風呂から出て、次は刹那の番というころ。

 くしゃみを連発するセレネに、刹那は呆れ返ったようにスカーフを巻きつける。セレネは思わぬ優しさに驚いたが、やや顔を赤くしつつぼそぼそと礼を言った。

 

 

「……あ、ありがとう……です」

「……気にするな」

 

 

 と、そこで刹那はセレネの顔が赤いことに気づいてしまった。

 残念ながらロックオンのような察しのよさが皆無な刹那は本格的に熱でもあるのかもしれないと判断し、着ていた蒼いシャツを脱ぐとセレネに被せた。

 

 

「せ、刹那…?」

「……体調管理を怠るな。暖かくして早く寝ろ」

 

 

 そのまま風呂に行った刹那に、残されたセレネは小さく呟いた。

 

 

「……や、やさしい…です?」

 

 

 その優しさの理由が「あまりに子どもっぽくて放っておけないから」に近いものだというのは、きっと知らないほうが幸せなことなのだろう。

 ただ、なんとなく暖かい気持ちになったセレネは、シャツをしわしわにするわけにはいかないので椅子にかけて自分の部屋に入り、少し逡巡したものの、スカーフを巻いたままベッドに入った。

 

 

「ぅー……すごく、刹那の匂いがします」

 

 

 やっぱり洗わないと。

 そんなことを考えながら、そしてどういうわけか熱をもったままの頬に疑問を覚えながらもセレネは眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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