機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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第23話:世界を止めて(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――トランザム!』

 

 

 

 瞬間、飛来したGN粒子の激流がセレネの視界を白く染め、黒いアイシスが辛うじて回避し距離を取る。その隙にセレネも瞬間的にハイパーブーストを作動させて黒いアイシスから離れ、飛来する狙撃を回避しながら粒子ビームの出所に目を向けた。

 

 

 そこには、赤く輝く大きな機体―――ガンダムヴァーチェ。

 ヴァーチェはスローネツヴァイの攻撃によっていくつかのGN粒子放出口を損傷してGNフィールドの出力が低下したものの、トランザムを発動させて先程のアイシスの攻撃で大きく数を減らしたGN-Xの包囲を突破してきていた。

 

 

 

「……ティエリアさん…っ!?」

『―――やらせは、しない…! フォーメーション、C37!』

 

 

 セレネはその声に応じて即座にヴァーチェの背後につくように機体を動かしつつ、失ったメインウェポンの代わりに四機の黒いガンナーアイシスへの牽制に使っていたソードパックを呼び戻し、ドッキングする。

 

 

『バーストモードで、突破口を開く…!』

「―――了解です! ……GNフィールド!」

 

 

 ウィングパックから放出される緑の粒子の翼がアイシスとヴァーチェを包み込み、ヴァーチェのフィールドと重なり合って飛来した粒子ビームを悉く弾く。

 

 

「―――…目標、右37、仰角2、4カウント!」

 

 

 叫びつつライフルモードにしたGNソードから牽制の弾幕を張り、ソードパックからビームサーベルを抜き放ってヴァーチェを追ってきたGN-X部隊に投げつける。

 

 

 

『――――高濃度圧縮粒子、解放!』

 

 

 

 ヴァーチェがGN-Xの追っ手に向き直りつつ、砲口の数十倍、小さな資源衛星を丸ごと飲み込んで余りある巨大な光の柱を放出する。慌てて逃げ出そうとしたGN-Xがセレネの弾幕と投擲、そしてガンナーパックの狙撃によって阻止され、想定外すぎた大きさの光の柱に飲み込まれる。

 

 

 半身を飲み込まれ、戦闘継続不能になったものが四機。資源衛星の破片に当たって戦線を離脱したものが一機、逃げようとしたところをガンナーパックにGNミサイルと狙撃を叩き込まれてやはり戦闘不能になったものが一機。

 隊列を組んでヴァーチェを追って来たのが仇となり、これでヴァーチェを追っていた部隊は全滅。

 

 

 

『―――セレネ・ヘイズ!』

「いきます!」

 

 

 ヴァーチェがトランザムを終了し、アイシスの展開しているものを残してGNフィールドが消失する―――。

 

 

 

『―――ナドレ!』

「―――ドッキングセンサー!」

 

 

 

 ティエリアの思考に応え、瞬時にヴァーチェが腕部の、脚部の、肩部の、腰部の、胸部の、背面部の装甲をパージする。しかし、頭部の装甲だけはパージせず―――その瞬間、飛来したアイシスのフォートレスパックがナドレに装着される。

 

 元々、フォートレスパックはヴァーチェの装甲を使用している。ならば、少し調整するだけでナドレにも装着が可能。そしてフォートレスパックは貯蔵している粒子の量が違う。即座に戦闘可能なレベルまで粒子量が回復したナドレ―――いや、ヴァーチェがGNフィールドを再展開し、黒いウィングアイシスから放たれるウィングスラスターの大型粒子砲をアイシスとヴァーチェは一度散開して回避する。

 

 セレネは殺人的なGをものともせずに凄まじい機動を見せる黒いウィングアイシスは警戒していたが、それでもティエリアとヴァーチェに心強さを覚えていた。

 

 

 これなら、いけます…――!

 

 

 

「ティエリアさん、ガンナーアイシスの方をお願いします! ……ウィングは、わたしが!」

『了解―――』

 

 

 

『――――ところがぎっちょん!』

 

 

 

 その瞬間、突如として嫌な気配と共に現れたスローネツヴァイが凄まじい勢いでヴァーチェに襲い掛かる。危ういところでビームサーベルを抜き放ったヴァーチェがGNバスターソードを受け止めるが、ツヴァイに蹴り飛ばされてアイシスから引き離される。

 

 

『くぅぅっ!?』

「ティエリアさん――――っ!?」

 

『――――どこを、見ているのですか…っ!』

 

 

 黒いアイシスがGをもろともしない以上、あまり接近しすぎると機動力で負けて嬲り殺される危険がある。咄嗟にそう判断し、思念だけでなくペダルも全力で踏み込み、背後から凄まじい速度で突進してくるアイシスから逃げる。しかし――――。

 

 

 

(――――そん、な…っ!?)

 

 

 

――――引き離せない…っ!?

 

 

 全力で飛ばしているはずなのに、黒いアイシスが徐々に距離を詰めてくるのが感覚で、そして視覚でも分かった。性能が同じなのは分かる。でも、こちらはオリジナルの太陽炉で―――。

 

 その瞬間、ようやく気づいた。

 明らかにあの黒いアイシスから他のモビルスーツより多量のGN粒子が流れている。これは、もしかして――――。

 

 

 

「――――2個の、擬似太陽炉……っ!?」

 

 

 

 ……でも、出力で負けているとしても!

 

 反射速度や、脳量子波による細かい動きでなら負けるつもりは一切なかった。即座にウィングスラスターの向きを変え、多数の小さな資源衛星が漂う暗礁宙域とでも呼べそうな場所へ向かう。無数のデブリを猛スピードで掻い潜り、背後から飛来する粒子ビームをデブリを盾にしつつ掠めるように回避していき――――。

 

 

 

――――ぞくり、と寒気がした。

 

 

 その瞬間、唐突に何も視えなくなる。

 目は見えている。ただ、戦場を掌握していたはずの超感覚が跡形もなく消えていた。

 

 

「……ぇ…?」

 

 

 けたたましいアラートが鳴り響く。

 なのに、今まで立ってると思っていた場所には何もなかったことに気づいたような感覚に、思考が追いつかない。

 

 脳量子波に反応してくれるはずのアイシスが、応えてくれない。

 コンソールに無慈悲な『エラー』の文字が表示され、資源衛星に真正面から激突したアイシスのコクピットが激震する。

 

 

「――――ぅ、ぁ……っ」

 

 

 

 衝撃で息が詰まる。瞬間的に意識が遠のいた。

 

 

『―――…能力に、頼りすぎです』

 

 

 冷たい、突き刺すような声。けたたましく鳴り続けるアラームとともに黒いアイシスがビームサーベルを構えて突っ込んでくる。声にならない悲鳴をあげて、咄嗟に操縦桿を全力で引きつつペダルを踏みつける。

 

 

 

「――――っぁ、な、んで…っ!?」

 

 

 即座に追撃してきたアイシスに追いつかれ、GNソードを展開してビームサーベルを受け止める。けれど、即座に放たれた蹴りに思考は追いついても身体は追いつかない。

 

 

「―――――ぅ……く…っ」

 

 

 再びの激震がコクピットを襲い、込み上げる吐き気を堪え、放たれた追撃の斬撃にGNソードを構えた右腕をブーストさせてカウンターしようと――――。

 

 

『――――迂闊です』

 

 

 

 斬撃に潜り込むような動きに追いつけず、盛大に空振った懐に黒いアイシスが飛び込んでくる。再び蹴り飛ばされて更に激震するコクピットで、宇宙を漂う純白の腕を見た。

 

 

 

「――――…そん…な……っ!?」

 

 

 コンソールが、そして自らの視界もアイシスの右腕が切断されたことを告げていた。連続して激しく揺さぶらされた身体が強烈な吐き気を訴えて、それでも必死に残った左腕で予備の、そして最後のビームサーベルを引き抜く。

 

 しかし、黒いアイシスは二刀を構えて更に追撃してくる。

 

 

 

―――――勝てない。

 

 

 直感が、本能が逃げろと叫んでいた。

 冷たい恐怖が這い上がってくる。

 即座にハイパーブーストを作動させて――――。

 

 

 

『――――貴女は、ここで死ぬんです』

 

 

 

 全力で逃げた。そのはずなのに。

 すぐ背後で、黒いアイシスがビームサーベルを振り上げていた。

 

 

 

――――死、ぬ……?

 

 

 逃げられない恐怖が、心を蝕む。

 勝てない、逃げられない。なら、わたしは…ほんとうに……?

 

 

 

「―――…ぃ、やぁ…っ!」

 

 

 

 咄嗟に、バーストモードに変更したウィングスラスターから粒子ビームを撒き散らす。しかし、それも予見していたかのように回避してみせた黒いアイシスのビームサーベルが振るわれ―――――視界が真紅に染まった。

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

『――――オラオラオラ! 動きがトレェんだよぉ!』

「――――ちぃっ!」

 

 

 

 振り下ろされたツヴァイのGNバスターソードがヴァーチェの腕の装甲を削り取る。辛うじて致命傷は回避し、右手に持ったGNビームサーベルを振って牽制しつつ、左手に持ったGNバズーカを放つ。が、当たる気配もなく悠々と避けられる。

 

 

(……くっ、トランザムは……)

 

 

 トランザムで火力を上げようとも、既に一度トランザム状態でのバーストモードを見られている。相手パイロットの力量を鑑みるに、恐らくはすでに対処されているだろう。

 しかし、フォートレスパックからの圧縮粒子の譲渡は既に終わっている。更にセレネによってティエリアの脳量子波にも反応するようにフォートレスパックの設定が書き換えてある。それならば、やりようは――――。

 

 

 

『――――ファング!』

 

 

 GNファングが、鈍重なヴァーチェに殺到する。GNキャノンとバズーカの射線は巧みに避けた、避けようのない猛攻。だが――――。

 ファングが貫いたのはヴァーチェではなく、消えていく赤の残像だった。

 

 

『―――コイツは…ッ!?』

「―――トランザム…っ!」

 

 

 ツヴァイの背後に、赤く輝く細身の機体――――ナドレが現れ、手にしたビームサーベルを振り抜く。が、辛うじてバスターソードで迎撃される。

 しかし、それでも――――。

 

 

『なんだと―――ッ!?』

 

 

 出力三倍は伊達ではない!

 ナドレがGNバスターソードを真っ向からパワーで押し切り、がら空きになった胴を僅かに切り裂く。

 

 

『―――…やってくれるじゃねぇか、えぇ!? ガンダムさんよぉ―――!』

「……くっ!?」

 

 

 

 そのまま一気呵成に連続攻撃に出るが―――攻め切れない…っ!?

 万全ではなかった粒子残量が、瞬く間に減っていく。攻めているのはこちらのはずなのに、巧みに致命傷は避け続けるツヴァイと、確実に近づくタイムリミットがティエリアの精神をすり減らしていく。

 

 巨大なバスターソードで巧みに斬撃を受け流し、弾き、蹴りを交えたトリッキーな格闘術を、どうしても押し切れない。更に、放たれていたファングがナドレを狙い―――。

 

 

『――――行けよ、ファング!』

「ならば―――!」

 

 

 鍔迫り合いから、互いに相手を弾いて距離を取る。ほとんど全方位を取り囲んだファングがナドレ目掛けて殺到する。

 

 

 

――――しかし、回避行動を取ったのはナドレだけではなく、ツヴァイもだった。

 

 

 残像だけを残して消えたナドレに対し、一箇所だけファングによる包囲網に穴を開けてそこを追撃するつもりだったツヴァイに、背後から粒子ビームが襲い掛かっていた。恐ろしい勘で咄嗟に回避行動を取ったツヴァイの右脚を、粒子ビーム―――フォートレスパックのGNキャノンが消し飛ばす。

 

 

 

『――――く、おぉぉぉっ!?』

 

 

 

 更に襲い掛かる二発目のGNキャノンを辛うじて回避したツヴァイの眼前に、赤い輝くナドレの姿が現れる。

 

 

 

(――――ロックオン・ストラトスの家族の仇……刹那・F・セイエイをゲリラの少年兵に仕立て上げた男………アリー・アル・サーシェス……)

 

 

 

 戦争根絶。その理念に真っ向から反するように、戦争を楽しみ、戦争を生み出す者。

 そんな者がガンダムに乗るなど―――認めはしない!

 

 

 

(――――そうとも……ッ!)

 

 

 

 ナドレが、ビームサーベルを振り上げ――――。

 

 

 

「――――…万死に値する!」

 

 

 

 

 瞬間、飛来した粒子ビーム――――鋭い狙撃の光がナドレの右腕を、両脚を、頭部を打ち抜いた。

 

 

「――――な…っ!?」

 

 

 視界に、宇宙の闇に紛れるように四機、漆黒のガンナーアイシス。

 恐らくは、ナドレが接近してトドメを刺そうとする瞬間を見計らっていたのだろう。

 受けたダメージが原因だったのか、粒子の尽きかけていたトランザムが終了する。機体の反応が鈍る。避けきれない…―――!

 

 

(……僕と、したことが……っ!)

 

 

 ティエリアの眼前で、ツヴァイがGNバスターソードを振り上げた。

 

 

 

 

『――――残念だったなぁ……逝っちまいな!』

 

 

 

 

 その瞬間、再びツヴァイが回避行動に移り、白色の粒子ビームが空間を切り裂いた。

 接近してくるのは、巨大なキャノンと大型ライフル、そしてミサイルコンテナを装備した青色の機体。

 

 

「……GN、アーマー…!?」

 

 

 そして、その中央にドッキングしている機体は――――モスグリーンのガンダム。ガンダム、デュナメス……!

 

 

「ロックオン・ストラトス……っ!?」

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティエリアの危機に駆けつけたロックオンは、GNフィールドを展開しつつ四機の黒いガンナーアイシスと、そしてスローネツヴァイを見据えて唇を噛み締めた。

 

 

「悪いが、今は狙い撃てないんでね…――――圧倒させてもらうぜ!」

『砲撃開始! 砲撃開始!』

 

 

 GNアームズの左側に装備しているミサイルコンテナのカバーが開き、無数のGNミサイルの豪雨がアイシスと、ツヴァイに襲い掛かる。更に、ロックオンはGNアームズの右腕に装備した大型ライフルをツヴァイに向けて放つ。

 

 

 黒いガンナーアイシスたちは、見事な反応で後退するでもその場にとどまるでもなく、こちらへ加速することでミサイルの豪雨による致命傷を避ける。それでも、どの機体も四肢のいずれかは破損していたが――――。

 

 

 バスターソードを盾にしつつ、GNハンドガンとファングで最低限のミサイルだけを撃ち落とし、ツヴァイがほとんどダメージを受けずに資源衛星のデブリの中に逃げ込んでいく。いや、誘っている――――そして、黒いアイシスたちもそれに続く。

 

 

『ロックオン、そんな体で…!』

 

 

 ティエリアの心配そうな声と共に通信が入る。

 ロックオンは僅かに微笑み、そして操縦桿をきつく握り締めた。

 

 

「気遣い感謝するよ。だがな……今は、戦う!」

 

 

 通信を切り、ロックオンはぎりぎりと歯噛みしてツヴァイの消えたデブリ帯を睨みつける。

 

 

「……アリー・アル・サーシェス…ッ!」

 

 

 ロックオンはGNアーマーを最大加速させ、邪魔なデブリを吹き飛ばしつつ仇敵の影を追った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「………ぅ、ぁ…っ」

 

 

 コクピットの側面、アイシスの脇腹の部分がビームサーベルで切り裂かれていた。破片が突き刺さり、痛む右腕を押さえて、必死に息を殺して、セレネとアイシスはデブリの中に隠れていた。

 

 

『……命乞いは、しなくていいのですか?』

 

 

 コクピットに冷たい自分の、自分と同じ声が聞こえる。

 勝てないという現実が、そして恐らくは自分を探しているのだろう黒いアイシスと自分のクローンが、そして彼女たちのもたらす死が迫っているという事実が、恐怖となってセレネを苦しめる。

 

 

 死にたくない。たすけてほしい。

 そう叫びたい衝動を必死に堪えて、きつく目を瞑る。

 

 今は全方位に通信を発信しているようだから、応えなければこちらの場所はまだ分からない。トランザムを使って、逃げ切れるくらい粒子がたまれば……っ。

 

 

 

『……逃げ切れると、ほんとうに思っているのです? 貴女は欠陥品です。どんなに反応速度が良くても、貴女の身体はそれについていけない』

 

 

 ……そう。トランザムとハイパーブーストの合わさった超速度。

 ガンダムの対Gシステムで軽減しきれず、悲鳴をあげる身体は……。

 

 

『……私は父親というものは知りませんが、中途半端なことしかしてくれなかったのですね』

「……ちが…っ」

 

 

 通信を返して、叫びたかった。

 すんでのところで思いとどまり、唇を噛み締める。

 

 否定したい。そのはずなのに。

 状況も、知識も、『ソレ』を否定できない。

 

 

 

『事実、ここで貴女は死ぬのです。それが無駄でなくて何だと言うのです? ……死んだら、何も残らない。知らないなんて……言わせません』

 

 

 冷たい言葉の刃が、胸に突き刺さるような気がした。

 そうだ、死んだら何も残らない。もう、刹那にも――――。

 

 

「……ぃ、ゃ……わたしは……っ、刹那、と……戦争根絶を……っ」

『―――貴女を殺して、世界を平和にしてみせます。統一世界。その邪魔をしているのは貴女です』

 

 

 

 ………そうだ、わたしたちがいなくなれば残るのは国連軍だけ―――。

 でも……そんなの! 嫌だ、絶対に―――!

 

 

「……そん、なの…っ! 歪められた計画なんて…!」

『歪んでいても、それは平和です』

 

 

「……どうして、あなたは―――…っ?」

 

 

 どうして、そんな歪んだ計画に、裏切り者に加担するの?

 返ってきたのは、暗く澱んだような声。

 

 

『――――私には、それしかないですから』

「そんな、の…っ! ちがう……ちがいます…っ!」

 

 

 

 生きる意味は、きっと見つけられる。

 何も持っていなくても、何も覚えていなくても。

 戦うための存在になってしまった、わたしでも……。

 

 わたしだって、見つけられたのだから――――…っ!

 

 

 

「―――あなた、だって…っ!」

 

 

 

 しかし、それでも。

 血の滲むような声が、響く。

 

 

 

『―――言った、はずです…っ! 死んだら、何も残らない! 貴女が死ぬか、私が死ぬか、それだけです…―――ッ!』

 

「……ま…さか……っ」

 

 

 嫌な、冷たい想像が脳裏を掠める。

 もし、もしも。命令違反をしたら自爆するように、あの黒いアイシスに何か仕組まれているとしたら――――?

 

 

 

『……どう、してでしょうね。しっかりと生きたこともないのに……死にたく、ないんです。だから……そう――――死んで、ください―――――GNウィングビット!』

 

「――――っ!?」

 

 

 

 気づくべきだった。

 どうして会話が成立しているのか。こちらが脳量子波による探知ができないからと言って、向こうもできないなんていつ決めたのか。昂った感情に呼応して、わたしは脳量子波を撒き散らして――――。

 

 いつの間にか、アイシスを囲むように黒い羽のようなもの―――GNウィングビットが八基。痛む右腕を動かす前に、声が響く。

 

 

『――――GN、アンチフィールド!』

「ぁ、ぅ…ぁぁああああぁぁ……っ!?」

 

 

 

 眩い赤の輝きが、視界を埋め尽くす。

 高濃度の擬似太陽炉のGN粒子が一気に放出され、通常とは全くの逆方向、包み込んで押しつぶすGNフィールドが――――。

 

 

 

「――――…ぃ、ゃぁぁぁあああ…っ!」

 

 

 どろりとしたGN粒子の毒が身体を、頭を蝕む。全身の細胞を内側から引き千切られるような痛みが走る。ペダルを踏み込み、逃げようとしても身体に力が入らない。

 

 消える。消えていく。

 身体から力が抜けていく。『わたし』が、きえていく――――…。

 

 

 

『………私は、モルモットじゃない…! 偽者じゃない…っ!』

 

 

 血を吐くような、声が聞こえる。

 痛々しい感情が、直接魂に突き刺さるように響いてくる。

 

 もう、頭を抱えて小さくなることしかできない。

 痙攣する身体には力が入らない。勝手に涙が零れた。

 

 

 

「………ゃ、だ……よ……せ、つな……っ」

 

 

 もういちど、あいたいよ……っ。

 さいごに、もういちど……だけ………っ。

 

 

 

『―――私……が、私が……セレネ・ヘイズです……っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 GNアームズの大型ライフルとキャノンは、一発としてスローネツヴァイを捉えてはいなかった。ガンナーアイシスが時折デブリに隠れながら放ってくる狙撃をGNフィールドで弾き、大型ライフルとキャノンでデブリごと吹き飛ばそうとし、それをアイシスが辛うじて回避し、損傷を大きくする。それの繰り返しだった。

 

 

「クッ、利き目のせいでっ!」

 

 

 苛立ちを込めて呟く。資源衛星に身を隠したツヴァイが衛星を回りこみ、バスターソードを振り上げて切り掛かってくる。GNアームズの左腕が切り落とされ、更に四方から殺到する狙撃にGNアームズが中破する。

 

 

「くそっ!」

 

 

 即座にGNアームズからデュナメスを分離し、飛来する狙撃を回避しつつGNビームサーベルを抜き放ってツヴァイと切り結ぶ。

 激しいスパークの先、ツヴァイのコクピットハッチを見据える。

 

 

「――――KPSAの、サーシェスだな!」

 

 

 有視界通信を開き、ロックオンが怒鳴る。

 

 

『はん、クルジスのガキに聞いたか!』

 

 

 認めた――――!

 初めて聞いたサーシェスの声。侮蔑と愉悦が浮かんだその声に、不快感と嫌悪感がわきあがってくる。長年追い求めた仇敵―――問い質さずにはいられなかった。

 

 

「アイルランドで自爆テロを指示したのはお前か…っ!? なぜ、あんなことを…ッ!」

『俺は傭兵だぜ! それにな――――!』

 

 

 振り回されたバスターソードに弾かれ、ロックオンは再び殺到する狙撃をツヴァイに肉薄することで回避する。切りつけたビームサーベルと防ぐバスターソードの間で再び激しいスパークが散る。

 

 

『AEUの軌道エレベーター建設に、中東が反発するのは当たり前じゃねぇか!』

「それが、なんで自爆テロになりやがる…! 関係ない人間まで巻き込んで!」

 

 

『てめぇだって同類じゃねぇか。えぇ、戦争根絶を掲げるテロリストさんよぉ!』

 

 

 

 ああ、そうだ。俺は間違えた。憎しみから抜けられず、戦うことを選んだ。

 償いきれる罪じゃないことも、分かってる。けれど、それでも……っ!

 

 もう、二度とテロの起こらない世界に……ッ! 

 それを、実現させることが最低限の償いだ。死んでいった人たちへの、そして、父さんへ、母さんへ、エイミーへ……ライルへ――――!

 

 そうだ、だから――――!

 

 

「……咎は、受けるさ―――――…お前を倒した後でなぁ―――…ッ!」

 

 

 デュナメスの腰部装甲が展開し、GNミサイルが放たれる。しかしミサイルが到達する前にツヴァイはデュナメスから離れ、回避する。目標を外れたGNミサイルが資源衛星の一つを微細な欠片に変え、機体を翻して資源衛星群の中に逃れようとするツヴァイを、ロックオンが追いかける。

 

 僅かに追撃の軌道を変更したデュナメスを左側から飛来した粒子ビームの狙撃が掠める。

 

 

 

「―――邪魔するんじゃねぇ!」

 

 

 

 放たれたGNスナイパーライフルが既に両足を失って機動力の低下していた黒いガンナーアイシスに直撃し、一撃で爆散させる。僅かに動揺するような素振りを見せる残り三機を無視し、ツヴァイを追った。

 

 

 

「……許さねぇ…ッ!」

 

 

 デュナメスがGNスナイパーライフルを放つと、ツヴァイがGNハンドガンで応戦してくる。それを潜り抜けて距離を詰め、再びビームサーベルで切り掛かる。幾度目かの激しいスパークが、ロックオンの怒りを表すように激しく散る。

 

 

「――――てめぇは、戦いを生み出す権化だ!」

 

 

 

 機体を叩きつけるように剣を交え、叫ぶ。

 

 

『喚いてろ! 同じ穴のムジナが!』

「てめぇと一緒にすんじゃねぇ!」

 

 

 鍔迫り合いの体勢のまま、素早くGNフルシールドに収めたスナイパーライフルの代わりにビームサーベルを掴み、横薙ぎに振り抜く。GNバスターソードを掴んでいたツヴァイの腕が上腕部から切り離され、左腕のみになったツヴァイが素早くデュナメスから離れていく。

 

 ロックオンは素早く左手のビームサーベルを戻すと、GNスナイパーライフルを持ち直してツヴァイを追った。

 

 

 

(逃がしゃしねぇ……!)

 

 

「俺は、この世界を……!」

 

 

 瞬間、背後で擬似太陽炉が爆発する赤い輝きが煌いた。

 

 

「――――な…っ!?」

 

 

 背後で黒いガンナーアイシスが一機、爆発していた。

 しかし、爆散するような損傷ではなかった。なぜ――――!?

 

 自爆、という言葉が頭を掠めるが、なぜ自爆するのかが分からない。

 

 

 

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ロックオンの疑問は、ハロの警告によって遮られる。

 残り二機、既にライフルを失った黒いガンナーアイシスがビームサーベルを引き抜いて突っ込んできていた。

 

 

「――――くそっ!」

 

 

 右側面から一機、左側面からもう一機――――特攻かよ…っ!

 咄嗟に左側面からの一機のスナイパーライフルで撃ち抜き――――右側面の敵機のGNミサイルを叩き込む。しかしそれでも、腕でコクピットを庇った機体が迫り―――。

 

 

 すんでのところで回避したものの、右腕がもぎ取られる。

 しかし、突っ込んできた黒いアイシスのコクピットに右腕で持っていたビームサーベルが突き刺さり、資源衛星の一つに激突し――――爆発して消えた。

 

 

 

 

 

 

 右腕を失った。それだけではなく悪い状況に、ロックオンは唇を噛み締める。

 

 

 

――――右側からの攻撃への反応が遅れた!

 

 

 おそらく、敵に気づかれた。

 右目が見えていないことを。

 

 GNスナイパーライフルを構えた瞬間、それを証明するかのようにツヴァイが恐らく最後であろう、四つのファングを全て放ってくる。無軌道に高速移動する牙が迫る。

 

 

 咄嗟にGNスナイパーライフルを手放し、小回りのきくGNビームピストルを構える。視界を広げ、ファングの動きを読み取る。左斜め前方、右下と、続けざまに二つ破壊する。

 

 

――――もし、デュナメスの右腕が健在ならば。二丁拳銃で対処できたかもしれない。右目が見えていれば、余裕すらあったかもしれない。しかし――――。

 

 

『ロックオン、ロックオン』

 

 

 ハロが死角から迫るファングを報せるが、ロックオンには―――。

 

 

「見えねぇ…ッ!」

 

 

 直後、デュナメスの頭部を、右脚を、ファングが貫く。

 デュナメスの機体が爆発し、GN粒子を含んだ煙が覆い隠した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『損傷甚大、損傷甚大。戦闘不能、戦闘不能』

 

 

 

 ハロの声に、我に返る。

 頭を振って覚醒を促すと、ズキリと体の奥が痛んだ。

 

 

「ちっ……」

 

 

 機体状況を確認すると、頭と両腕両脚が全損していた。

 つまり、GNドライヴとコクピットだけがどうにか生きている状態だった。

 

 資源衛星の影に機体を隠す。相手は戦闘中毒の傭兵なのだから、死に掛けの獲物をみすみす見逃すはずがない。返り討ちにするチャンスは、ある。その方法も、既に見つけていた。

 

 

 コクピット上部の精密狙撃用スコープシステムを取り外し、コンソールパネルを叩いてコクピットハッチを開ける。痛む体をシートから離し、移動用のバーニアを背中に取り付ける。コクピットハッチに足をかけ、宇宙空間に身を乗り出した。

 

 

「……ハ、ロ……デュナメスを、トレミーに……戻せ……」

 

 

 脇腹の痛みを堪えながら、言う。

 

 

『ロックオン、ロックオン』

「……心配、すんな……生きて、帰るさ……」

 

 

 

 途切れ途切れに言い、相棒に手を伸ばす。

 そして、今まで何度も触れてきたその表面をゆっくりと撫でた。

 何も言わず、されるがままのハロの目が、何か言いたげなような気がした。

 

 想いを振り切るように手を離し、ハッチを蹴って宇宙に飛び出す。

 振り返り、遠ざかる愛機に目を向ける。

 

 

「……太陽炉を、頼むぜ……」

 

 

 ウソついて、悪いな……ハロ……。

 

 

「……あばよ、相棒………」

 

 

 未練を断ち切るように、愛機に背を向ける。

 宇宙を漂い、目の前に浮かぶ武器に向かう。

 

 破壊されたGNアームズの武装の一つ―――キャノン砲。

 取り付いて、システムチェック用の接続ラインを引っ張り出してスコープシステムに直結。スイッチを入れ、コントロールをスコープシステムに移行させる。

 

 キャノンにチャージされていた圧縮粒子は、破壊による流出を免れ、十分な量を残している。一発。それだけあればいいのだ。

 

 機動力のない砲台。外せば的だ。二射目はない……。

 

 

 

 敵の姿を探して、宇宙に目を向ける。

 暗い、冷たい星の光だけの空間……。

 

 

(は、はは………なに、やってんだろうな……俺は……こんなところで……)

 

 

 

 たったひとりで。こんな寂しい場所で。

 流れていく、赤い光が目に入る。擬似太陽炉から放たれるGN粒子の光。

 

 

 痛む体に鞭打って、スコープシステムをかついで立ち上がる。

 鈍く、しかし激しい痛みに呼吸が乱れ、それでもスコープを覗き込んで、仇敵の姿を見据える。

 

 

「………はぁ……はぁ………はぁ…っ」

 

 

 

 こちらに、気づくな。もっと、近づいてこい。確実に仕留めるために……。

 ゆっくりと、トリガーに指を添える。照準は、スローネツヴァイに重ねたまま。

 

 ロックオンの脳裏に、様々な過去が浮かんでは消えていく。

 

 

 アイルランドでの自爆テロ。冷たくなった家族と、黒い死体袋。

 何もできなかった。テロを憎み、ソレスタルビーイングに入り。そして……。

 

 浮かぶ、大切な仲間たちの顔を振り切る。

 出撃前に見た、今にも泣きそうなフェルトの顔。

 

 

 ………こんなところで、ボロボロになって。

 俺なんかの心配をしてくれるヤツをほったらかして……ほんとに、何やってんだろうなぁ……。

 

 

「……けどな、コイツをやらなきゃ……仇をとらなきゃ、俺は前に進めねぇ……世界とも、向き合えねぇ……っ」

 

 

 家族の復讐。それがガンダムマイスターとしての使命を逸脱していることは、分かってる。けど、それでも……これを果たさなけりゃ、俺は俺の過去をふりきれねぇ。けじめがつけられねぇ。……世界が、あのテロを過去のものとしたように……。

 

 

 俺も、過去にけじめをつける。

 あのときの無力な自分。なにもできなかった自分に。誰も救えなかった自分に―――!

 

 

 

 ふと、スローネツヴァイが移動していく先。そこに、もっと眩い赤の光が輝くのが見えた。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 赤い光の檻。そこに、ぐったりと力を失う蒼い翼の、純白の機体――――右腕と、左脚を失ったガンダムアイシスが、見えた。

 

 

 

「―――セレネ…っ!?」

 

 

 黒い羽のような、ファングのようなものに囲まれて、それで閉じ込められているのが、スコープシステムで見えた。同時に、スローネツヴァイがこちらを振り返る。

 

 

 

――――どうするのか。

 

 

 

 一瞬の逡巡。

 仇が、目の前にいる。やるなら、今しかない。

 

 

 

 

(………ああ、そうだ……俺は……)

 

 

 

 

――――本当は、分かっていた。

 

 

 仇なんて取ったって、何も残りやしない。

 けれど、それしかないんだと思い込んでいた。

 

 

(………けど……けどな……)

 

 

 あったんだ。俺にも……一つだけ。

 こんな、テロリストの俺にも、胸を張って、誇れるものが……。

 

 

 

 

―――――大切な、仲間が。

 

 

 

「だから…さぁ――――!」

 

 

 

 スローネツヴァイが、こちらに近づいてくる。

 GNハンドガンが連射される。しかし、そんなものには目を遣らない。

 

 

 

 

「――――狙い、撃つぜぇぇぇ――――ッ!」

 

 

 

 

 キャノン砲から、ロックオンの想いを乗せるように、巨大な光の柱のような粒子ビームが解放される。まばゆい光が資源衛星を照らしながら、アイシスを囲んでいた黒い羽を、確かに狙い撃ち―――――そして、スローネツヴァイの放った凶弾が、キャノン砲に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

『…………ぅ、ぁぁあああああっ!』

 

 

 

 悲しみと怒りに満ちた、少女の絶叫が脳に直接突き刺さるように響く。赤い粒子の檻から解き放たれた純白のアイシスがその姿を変え、眩い赤の輝きに包まれ、その姿が残像を残して消える。あまりの速さに複数機いるかのような残像がスローネツヴァイを取り囲み、交錯する。そして残像が一つのアイシスに収束し――――ツヴァイがコクピットを残し、細切れに切り刻まれた。

 

 

 その次の瞬間、辛うじて形をとどめていたキャノン砲が爆発し―――。

 そこから投げ出されたロックオンを守るように、アイシスが背中で爆発を受け止める。

 

 そして、赤く輝く巨人はゆっくりと振り返り――――紅く輝くツインアイが、黒いウィングアイシスを、そしてそれを操る少女を見据えた。

 

 

 

「……なっ!? ……ヴェーダの予測なら限界時間はとっくに……っ!? 貴女は……もう……どう、して……」

 

 

 手が震える。アイシスが赤い残像を残しながら、爆煙の中から飛び出してくる。 

 泣いているような、けれど強い意志の滲む、少女の声が脳に響く。

 

 

 

『………生、きる……いきる、んです……』

 

 

 

――――赤い残像が見えたと思った瞬間。翼が、ウィングパックが切り落とされ、腹部を蹴り飛ばされる。

 

 激震するコクピットで必死に操縦桿を握り、ペダルを踏み込み、恐怖に駆られるままに叫ぶ。

 

 

 

「―――嫌……いやぁっ! 死に、たくない……私は……私だって、生きて、るのに…っ!」

『………ぅ、ぁぁぁああああっ!』

 

 

 

 

 赤い残像を必死に追う少女の暗い黄金の瞳が、黄金に輝いた。

 突進してくるアイシスが、見えた。

 

 

 

 

「――――ぁぁあああっ!」

『…………せ……つ、な……』

 

 

 

 ビームサーベルを、抜き放つ。

  

 

 

「――――生きる、んだぁぁ…っ!」

『…………だい…すき、です……』

 

 

 

 

 

 黒と赤、二機のアイシスが交錯し。赤と白の、互いのビームサーベルが互いを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 擬似太陽炉を貫かれた黒いアイシスから赤い粒子が鮮血のように噴き出し、腹部を――――コクピットを貫かれたアイシスから赤い輝きが消え、ツインアイの輝きが消えた純白の機体が、漆黒の宇宙に漂う。

 

 それを、駆けつけた刹那は目の当たりにしていた。

 ビームサーベルに貫かれたアイシスが、黒いアイシスから離れる。コクピットにぽっかりと開いた虚空には、何も見えない。その向こう側には、ただ宇宙と星の輝きだけ―――。

 

 

 記憶を消したいと、切望した。

 消えた。消えてしまった。……セレネが、レナが……。

 

 

 人の死を、仲間の死を、ずっと見てきた。

 しかし、それでも……。

 目から、滴が溢れて視界が歪む。

 

 

「………セ、レネ……」

 

 

 呼んだ。彼女の名前を。

 きっと、誰よりもやさしかった少女を。

 

 うれしそうな笑顔も、はずかしそうな顔も、拗ねたような顔も。仲間と距離のあった刹那の凍りついた心に、いつの間にか当たり前のようにいた少女の名前を。

 

 心配してくれたこともあった。料理をつくってくれたこともあった。心配させられたこともあった。

 

 

「………レ、ナ…っ」

 

 

 震える唇で、もう一度名前を呼ぶ。

 しかし、もう応えてくれない。

 

 数秒前なら応えてくれたかもしれないのに、もう声を聞くこともできない。

 間に、合わなかった……っ。

 

 助けられなかった。

 助けることが、できなかった。

 

 伸ばした指先は、何にも触れることができない。

 何も……もう……っ。

 

 

 

 顔を上げる。零れた涙が、ヘルメットの中を漂う。

 叫ぶ。喉の奥から、あらんかぎりの声で叫んだ。

 

 

 

 

「うああああぁぁぁぁぁぁあぁぁっっっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


無謀な望みを抱く者は、風車に挑む愚かな騎士か。
例えそうでも、彼らはここにいる。そして、その想いも……まだ。

次回、「終わりなき詩」。
無垢なる望み、その代償は命か。



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