地球と月の重力場、そして遠心力の拮抗点であるラグランジュポイント。五つあるそのポイントの一つ、地球と月の間に挟まれる位置にラグランジュ1がある。やや月寄りの位置ではあるが、ラグランジュポイントの中で最も地球に近いラグランジュ1は宇宙開発の橋頭堡とも言える場所であり、最も早く宇宙開発に乗り出したユニオンのスペースコロニーが建設され、いまも稼働中である。
また、宇宙開発における資材を確保するための資源衛星が地球圏外から多数持ち込まれており、その中にソレスタルビーイングの秘密ドックがある。
そしてそこには、現在プトレマイオスが係留されていた。今後の戦闘に備えて修理と補給を行うためである。コクピット部が大破したデュナメスのコクピット換装作業、2基目の強襲用コンテナを導入、キュリオスの強化パーツであるテールブースターの搬入。
その一方で、プトレマイオスのブリーフィングルームではセレネ、スメラギ、ロックオン、ティエリア、アレルヤが床面に映し出されたトランザムシステムの解析図を眺めていた。もちろん、この短時間で解析したわけではなく、プトレマイオスのシステムにトランザム、そしてツインドライヴシステムなる太陽炉の新運用法のあらゆるデータが送られてきたのである。ただ、ツインドライヴは機体の用意どころか設計も間に合わない以上、必然的にトランザムに注目が集まるが。
「機体に蓄積された高濃度圧縮粒子を全面解放し、一定時間、スペックの三倍に相当する出力を得る……」
胸元で腕を組み、スメラギが呟く。既にシステムの概要は把握していた。
「オリジナルの太陽炉にのみ与えられた機能……」
「トランザムシステム……」
アレルヤとティエリアが呟き、ロックオンが笑みを浮かべて続く。
「ハッ、イオリアのじいさんも大層な置き土産を残してくれたもんだ」
「これなら、上手く使えば数的な不利もひっくり返せそうです」
セレネも真剣な瞳で解析図を眺める。が、スメラギが小さく呟く。
「でも、トランザムを使用した後は機体性能が極端に落ちる……まさに諸刃の……」
そう、圧縮粒子を短時間で使い切ってしまうトランザムは、終了してしまえば運動性能が極端に落ちてしまう。そうなれば命の危機に直面してしまうのは間違いない。
しかし、ガンダムは一撃で敵を撃破できるだけの火力がある。それに、圧縮粒子を使い切ると言っても……。
『スメラギさん』
壁面モニターが開き、ブリッジにいるクリスティナの顔が映し出される。
『刹那からの暗号通信です』
「開いて」
クリスティナの顔からサウンドオンリーの画面に切り替わり、ぱぁっとセレネが笑顔になると同時に刹那の声が響いた。
『エクシア、トレミーへの帰投命令を受諾……。報告用件あり。地上にいた擬似太陽炉搭載型モビルスーツが全機、宇宙に上がった』
「やはり……」
スメラギが僅かに苦い表情になる。……やはり、国連軍がプトレマイオスに狙いを絞ってきたのだから当然ではあるが―――。
『……また、ガンダムスローネの一機が敵に鹵獲』
「鹵獲!?」
「……っ」
ティエリアが思わず声を上げ、セレネが唇を噛み締める。
『スローネを奪取したパイロットは―――アリー・アル・サーシェス。以上……セレネ、風邪には気をつけろ』
「……せ、せつな…ぁっ!?」
がくっ、と全員が肩を落とすのが見えたような気がした。顔を真っ赤にしたセレネがブリーフィングルームから逃げ出して、毒気を抜かれた残りの面々は深く溜息を吐いた。
―――――――――――――――――――――
予定通り、強襲用コンテナに乗って大気圏から離脱したエクシア、そして刹那に、強襲用コンテナを操縦するラッセから通信が入る。
『答えは出たのか、刹那……?』
「……わからない」
ガンダムが何の為にあるのか確かめたい。そう言って出撃した。しかし、先の戦闘でそれを見つけ出すことは叶わなかった。
「だが、俺は……俺たちは、イオリア・シュヘンベルグに託された。なら、俺は俺の意志で、紛争根絶のために戦う。ガンダムと共に……」
そして勿論セレネのためでもあるが、わざわざ口にすることでもあるまい。セレネに言うと反応が可愛らしいのだが。
と、しばしの沈黙の後にある種の諦観を含んだラッセの声が響いた。
『……正直、俺は紛争根絶ができるなんて思っちゃいねぇ』
「………」
反論は、しなかった。
刹那も簡単なことではないのは重々承知している。
『だがな、俺たちのバカげた行いは、良きにしろ悪しきにしろ、人々の心に刻まれた。……今になって思う。俺たちは、存在する事に意義があるんじゃねぇかってな……』
「存在する事……」
『人間は経験した事でしか、本当の意味で理解しないということさ』
「………」
そう、人間は経験したことでしか理解できないだろう。それはきっと痛みを伴っていればより効果的で、ソレスタルビーイングの活動は世界の人々の心に「戦争根絶」という理念を刻み付けたのだろう。……多くの人命が失われているのだから。
しかし、この理念は訴えかけるだけで満足すべきものではない。実現させて、平和な世界にして。そこで微笑む少女がいて。それが今の刹那の求めるものだ。
だから、戦う。もう後戻りなどは考えない。
戦い続け、勝利する。あの日、あの時、ヒトならざるものに憧れたように……。
戦い続けた、その果てに。
理想を捨てずに抱き続け、信念を守り抜けば。きっと見えるものがある。
戦いからは何も生まれないだろうか。
……いや、そうではない。確かに不毛な戦いというものは存在する。だが、戦わなければ、何も生み出せない。
何のために戦うのか。それが明確であるならば……きっと。
世界のために。大切な少女のために。それだけあれば、十分だ。
その時、エクシアのコクピットにトレミーからの緊急暗号通信が入る。
それを読んだ刹那の表情が、強張る。
「……トレミーが、国連軍の艦隊を補足……!?」
――――――――――――――――――――――
セレネが擬似GNドライヴの粒子を感知し、プトレマイオスにスメラギの声が響く。
『―――トレミーは資源衛星を盾に後退。アイシス、キュリオス、ヴァーチェは発進して前面に展開。艦の防衛を。デュナメスはトレミーで待機』
「おいおい、そりゃねーぜ」
パイロットスーツに着替えたロックオンが不満を口にしつつ自室から出ようとしたが、部屋のドアも、その横のパネルもピクリとも反応しない。
「くっ、ロックがかかってやがる!?」
ガンダムに乗り込むべくコンテナへ向かう途中で、アレルヤがティエリアに声を掛ける。
「少し強引じゃないか」
「口で言って聞くタイプじゃない。……私は前回の戦闘で彼に救われた。だから、今度は私が彼を守る……」
負傷したロックオンに、万一があっては困る。
不利なことは分かっている。しかし、それでも……。
プトレマイオスから、キュリオスとヴァーチェが発進する。
それと同時に、国連軍の輸送艦からモビルスーツ部隊が発進した。GN-X26機。そして、その後方にはアリー・アル・サーシェスの操るガンダムスローネツヴァイ。そして……。
…………………
『………あのアイシスは私がやります。手助け、干渉など、一切不要です』
漆黒のアイシスから、やはり無感情な声が響き、グラハムはGN-Xのコクピットで顔を顰めた。……なんとなくそのような予感はしていたが……。
「それは困る。私も彼女との果し合いを切望している」
即座に返すグラハムに、僅かな沈黙の後に少女は言う。
『……アレは、貴方には倒せません。本気は出させられるかもしれませんが、それだけです』
「決め付けないで貰いたいな」
なぜだろうか。「この少女とアイシスを戦わせてはならない」、そんな嫌なざわめきが、胸の奥にあった。とはいえ、言い負かすことが難しいのも重々承知。僅かな沈黙の後、少女は小さく呟いた。
『……私としても、専用の装備を持ってきているので引き下がるわけにはいきません。どうでしょう……今回は先を譲っていただき、次回は貴方にお譲りするというのは』
「………了解した」
一切、感情が見えん。グラハムは苦い表情ながら、頷く。
少女にそのような言葉は使いたくはなかったが、不気味だった。
(それにしても、専用の装備だと……?)
黒いアイシスの翼に取り付けられた、新型ガンダムの遠隔武器……ファングとやらに似た、それをやや大型にしたようなものが、対アイシス用の武器だというのか。
(……どうにも、嫌な予感がする)
……そう簡単に負けてくれるなよ……。
アイシスの強さを熟知しているグラハムをして、嫌な予感を止めることができないのだから。
………………
刹那から貰った蒼いスカーフをパイロットスーツの中に押し込んで、セレネはアイシスのコクピットで大きく息を吐いていた。
(……嫌な、かんじです……)
擬似太陽炉の粒子、というだけではない。一際凶悪な意志を放つアリー・アル・サーシェスでもない。どこからか、自分と全く同じ声が聞こえてくるような圧倒的な違和感。
全身の肌が粟立つような、本能が拒否する感覚。
「……脳量子波、95%以上同調……姉妹、なんてレベルではないです……」
アイシスのシステムが、完全にとはいかないものの、他人どころか肉親でも出しようのない、セレネとほぼ同一の脳量子波を検知していた。
念入りにGNパックおよびアイシスの脳量子波同調システムを見直して、遠隔操縦をジャックされないようにセキュリティを再構築しながら、呟く。
「………クローン」
それ以外には考えられない。
どうして……? そんな思いを抱きつつ、静かに操縦桿を握る。
……そうだ。たとえ相手が誰であっても、わたしのやることは変わらない。
世界を変えるために。諦めず、あがき続ける。
刹那との、約束のためにも―――…。
本来はGNパックの単独行動用のために使う粒子パックをフル装備したウィングパック、ソードパック、ガンナーパックを、それぞれ背中、右腕、左腕に装備する。
かなり、重い。けれど―――…。
「……セレネ・ヘイズ。ガンダムアイシス――――目標を、無力化します!」
コンテナが開かれ、翼から粒子の光を出しつつアイシスが飛び立ち。
―――そして、戦闘が開始された。
キュリオスのテールブースターから放たれるGNキャノンによる先制の一撃が、逃げ遅れたGN-Xの一機を炎に変える。即座に、二十五機になったGN-Xから反撃の怒涛のような粒子ビームが三機のガンダムに押し寄せ―――。
『――――テールブースターで、機動性は上がっている!』
キュリオスがその粒子ビームの狭い間隙を的確にすり抜け、更にGNキャノンを放つ。それは散開して回避したGN-X部隊だったが、そこにヴァーチェのGNバズーカの光が二つ押し寄せ、更に二機が撃墜される。そこには、なんとGNバズーカを二つ装備したヴァーチェの姿があった。更に、アイシスが―――。
「―――…トランザム!」
『―――セレネ!?』
アレルヤの驚きの声とともに、粒子ビームを掻い潜ったアイシスが赤い輝きに包まれる。それと同時に高機動モードに入ったウィングパックから眩い粒子の輝きが放たれ―――。
「……ハイパー……ブースト!」
瞬間、赤い輝きが閃光のように戦場に閃いた。
……………………
――――“Quantam Synchronize System”は脳量子波によって機体とGNパックを操るシステムであり、つまりは思考と同等の速度で機体を操縦することができる。それは、反応速度がヒトの限界を超えたセレネのためのシステム。けれど、それが真の力を発揮するには、ガンダムの機動性をもってしても足りない。
(………殺さない……その、ために……!)
――――殺すまでもない、圧倒的な力で捩じ伏せる……!
“TRANS-AM”の文字が浮かび上がり、高まる粒子に呼応してセレネの瞳が輝きを増す。同時に、ハイパーブーストを作動させ―――――世界が、止まった。
みしり、と身体が軋むような嫌な感覚と共にアイシスが急加速する。恐らくは、GN-X部隊にも、ティエリアとアレルヤにもアイシスの姿は見えてはいないだろう。しかし、セレネには――――セレネにだけは、はっきりと見えた。
今まさにGN-Xのビームライフルから放たれる粒子ビームの輝きも、そして、全てのパイロットの思考も、動きも、手に取るように分かる。
(……数を……減らします…!)
ティエリアさんも、アレルヤさんも、トレミーも……絶対に、やらせない…!
だからこそ、今。出し惜しみなんてしない。もう、後悔なんてしたくない。
全て……、全て、私が………!
アイシスから分離したソードパック、ガンナーパックが赤い輝きと共に閃く。同時に、腰のバインダーから二丁のビームライフルを抜き放つ。
―――――――――――――――――――――――――
グラハムは、その瞬間を見ていた。
目にも留まらぬ。その意味を真に理解させられるような速度で飛び交う赤の残像。友軍機が冗談のように腕を、脚を、頭をもぎ取られる。
アイシスが赤い輝きに包まれた瞬間、咄嗟に回避行動を取った。
直感が叫ぶままに従い、ビームサーベルを抜き放ち、背後に振り抜く。
確かな手応え―――鍔迫り合いの感触があったと思った瞬間、コクピットを蹴り上げられ、咄嗟に抜いた二本目のビームサーベルでGN-Xの脚をもぎ取ろうとするアイシスのビームサーベルを辛うじて弾く。
(―――――そう、だ…! これと、やりたかった……!)
この前のアイシスは、到底戦えるような状態ではなかった。味方機の損傷に動揺する様はグラハムも沈痛な想いにさせられたが、しかし……!
最大速度で後方に加速し、相対速度を少しでも縮めようとし――――。
「――――くっ!?」
次の瞬間には、目の前でアイシスが二刀を交差させるようにして振り上げていた。辛うじてそれも受け止め、カウンターとばかりに蹴りを叩き込もうとし――――。
瞬間移動のような動きで蹴りを回避したアイシスが、GN-Xの右脚を切り飛ばす。
(――――光栄だ、と言いたいところだが……ッ!)
この高機動、初めて見るアイシスの全力。それを真っ先に向けられたこと。それは即ち、グラハムの実力を高く買ってくれているということに他ならない。
しかし、これは――――…ッ!
アイシスが両腕を束ね、居合いのように構えて突進してくる。
「――――全く…ッ!」
グラハムもペダルを全力で踏み込み、推力を全開にしてアイシスに向かって突進しつつ両腕を束ねて大上段から振り下ろす。
激突の瞬間、かつて初めて合間見えた時。ちょうどその時のように―――。
「――――…相変わらず、見事な……一撃だ」
両腕を切り飛ばされ、アイシスが赤い残像だけを残して消える。
一矢も報いることができず、しかしそれでもグラハムはコクピットで天を仰ぎ、笑みを浮かべていた。
「……良い、戦いだった……」
またしても、完敗。それどころか過去最速の瞬殺と言ってもいい。
しかし、何故だろうか。清々しい気分だった。
あの時抱いた後悔、それまでも、あの時と同じ……いや、あの時果たせなかった全力での激突で断ち切られた、ということだろうか。
「……全く、どこまで私を魅了すれば気が済むのだ……」
負けてくれるなよ、いつか私が追いつくその時までは……。
普通ならば強い悔しさを覚えるはずの、味方が一方的に蹂躙される光景。それを笑って、清々しい気分で眺めているのはアイシスへの信頼、なのだろう。殺さない、その理想を一途に貫く彼女への……。
(……なに、同胞が死ぬわけでもない。―――ならば、多少なりとも好敵手を応援させてもらっても構わんだろう…?)
――――――――――――――――――――――――
「―――――……これ、が――――!」
――――眩い赤の残像が無数の流星のように戦場を駆け抜け、網目のように交錯する粒子ビームの輝きがGN-Xの腕を、武器を、脚を、頭を。穿ち、融解させ、吹き飛ばす。
「――――…ガンダム……、です…っ!」
トドメとばかりにバーストモードを起動させたアイシスの二基の大型、二基の中型ウィングスラスターが、二丁ビームライフルが、圧倒的な粒子の奔流を解き放ち――――薙ぎ払う。
まるで6本の巨大な粒子の剣を振るうように、粒子の奔流はそのままにウィングスラスターが、アイシスが両腕を大きく広げるように動く。その軌道上にいたGN-Xが両脚を、あるいは肩から上を消し飛ばされる。それどころかその斬撃の範囲内にあった資源衛星が悉く消滅、あるいは真っ二つに切り裂かれる。
吹き飛ばされた資源衛星の残骸が宇宙を漂い、半死半生の状態で呆然とするGN-Xが思い出したように撤退を始め、幸いにもセレネの攻撃範囲から外れたGN-Xが怯えるような挙動を見せる。
しかし――――…セレネは静かに、違和感の元に目を遣る。
「………アイ、シス……っ」
黒い、アイシス。
GNファング、あるいはGNパックの派生なのか、羽のような形をした8基の何かを機体の周囲に展開し、それによって赤いGNフィールドを身に纏った、その機体を。先程の乱射でセレネが牽制で放った粒子ビームの、その悉くを。辛うじてとはいえ回避し、あるいは防いでいたその機体を。
セレネの脳量子波に応えてGNパック、ソードパックとガンナーパックが再びアイシスに装着され、それと同時にコクピットに表示される粒子残量ゲージが0を示す。アイシスからトランザムの、赤い輝きが急速に失われていく。
「……圧縮粒子、急速充填……!」
即座に、GNパックに装着された予備粒子パックがアイシスのGNコンデンサーに圧縮粒子をチャージする。もちろん、敵に何らかの動きがあれば対処するつもりだったが、黒いアイシスは静かにGNフィールドの展開を終了し、その羽を翼に収める。
それとほぼ同時にアイシスは役目を終えた全ての予備粒子パックをパージし、暗い宇宙で二機のアイシスが睨み合う。……そして、アイシスのコクピットに通信が入った。
『………初めまして、というべきでしょうか』
「……そう、ですね」
コクピットのサブウィンドウに映し出された、その顔。自分と全く同じ――――いや、やや大人びた自分の顔に凄まじい違和感を覚えつつ、それでもそんな感情は表に出さず、セレネは僅かに微笑んで通信を返した。
「……それじゃあ、一緒にトレミーに帰りましょうか―――というのはダメです?」
『……大人しく降伏すれば、命だけは助けてもらえるかもしれません』
全くの無表情な自分。けれど全く自分と同じではないし、全く理解できないわけでもない。そう判断して、セレネは真剣な瞳で相手を見据えた。
「……つまり、貴女の上に誰かいる。ということですね…?」
『助けてもらえるかもしれない』というその言葉が、判断を下すのは自分ではないと暗に言っていた。……とはいえ、クローンであるのなら誰かによって生み出されたのは間違いないのだが……。少女は何の感情を見せず、しかし確かに頷く。
『……否定はしません。どうしますか、命乞いをするなら通信を繋げてもいいですが』
「文句は言いたいですが、命乞いはお断りです」
もし私だけ助かっても何の意味もない。計画を書き換えるような相手に、仲間たち全員の安全が保障される可能性も恐らくは皆無。それに、私は……。
――――私は、もう迷わない。
仲間たちのために。
お父さんと、お母さんと。そして、刹那のためにも。
そして、これまでに死んでいった人たちのためにも…!
「―――私はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、セレネ・ヘイズです。……私は、戦争根絶のために戦います。……諦めたりなんてしない―――……あなた達は紛争を引き起こす存在です。例え、貴女が誰だとしても……私は、世界を変えるために戦う…!」
『………そうですか。なら――――貴女には死んでもらいます』
瞬間、幾筋もの光がアイシス目掛けて殺到し、それを察知していたアイシスが回転しつつ急上昇して回避。即座にガンナーパックとソードパックを分離し、二丁ビームライフルを乱射した。
そのセレネの視線が捉えたのは、スナイパーライフルを携えた四機の黒いガンナーアイシス。ビームライフルで応戦するが、辛うじてといはいえ全弾回避される。
「………まだ…っ!?」
一体、何人クローンが……?
お腹の奥が冷たくなるような、嫌な感じ。ソードパックとガンナーパックを迎撃に向かわせつつ、コクピットに響く無機質な自分の声を聞いた。
『………心配はいりませんよ。何人いようとも、私たちは失敗作とされる存在……彼女たちにいたっては、ロクな自我も残ってません』
「………ヒトに、失敗作も何も……ありません…っ!」
咄嗟に叫び返し、必死に四方から襲い掛かる狙撃を回避しながら黒いウィングアイシスの四肢を狙ってビームライフルを撒き散らす。が、それは読んでいたように悠々と回避され、黒いアイシスは赤い粒子の翼を広げる。
『………気にする事はありません。私だって自分と同じ存在なんて……自分の、本物なんて見たくもありませんから――――』
「………っ!?」
冷たい、苦い感情が込められた言葉に僅かに目を見開いた瞬間。ハイパーブーストによって凄まじい速度で突進してきたアイシスの斬撃を辛うじて展開したビームサーベルで受け流す。
(―――はや、い…っ!?)
トランザムをしたセレネほどではないにせよ、明らかに予想を上回ってきた動きに驚愕する暇もなく、凄まじい急制動と共に黒いアイシスが赤い翼とともに反転する。
「―――な…っ!?」
――――そんな動きをしたら、ガンダムの対Gシステムでも…っ!?
背中に向けて叩きつけられる斬撃を咄嗟に後方宙返りで回避し、黒いアイシスにビームライフルを乱射する。しかし、それも視界から消えるような速さで回避される。
「……っぅ…!」
『――――さようなら』
ビームライフルの銃口からビームサーベルを展開して迎え撃とうとした瞬間、ハイパーブーストで撒き散らされた擬似太陽炉の粒子によって掻き乱されたセレネの感知網、その外から叩き込まれた狙撃がビームライフルを二丁とも爆散させる。
黒いアイシスが、背後からビームサーベルを振り下ろし――――。
『―――トランザム!』
眩い、白い粒子ビームの輝きが、セレネの視界を染め上げた。
次回予告
歪む世界。その最中で運命を歪められ、戦いに身を投じた者がいた。
運命を創り出され、望まぬ戦いに生きる者がいた。
次回、「世界を止めて(後編)」その命、虚空へ散るか。
もしかしたら次回で終わらず、三部構成の可能性もあるかもです。
……ごめんなさい、あと忙しすぎて次回更新は未定です。