メンタルが危険域ですが、頑張って書いてみました。
とりあえず1stは完結させるつもりです。
2ndは……分割2クールとかどうでしょうか。
医務室のモニターの前で、セレネは呆然とモニターに映る、ベッドに寝かされたロックオンを見ていた。その右目に当てられた保護用のパッチが痛々しい。
大丈夫だと、思っていた。
そう簡単に負けはしない。アイシスさえあれば、皆がいれば、平気だと思っていた。
きっと、考えたくなかったのだろう。
私たちの命が風前の灯だということも、みんなが死んでしまう可能性も。
(……ばか、みたいです)
幾度となく大切な人の死を、その悲しみを『視て』きたのに。
世界がどんなに無慈悲で、私たちがどんなに無力かも、ずっと思い知らされてきたのに。
ロックオンは外傷は大したことがなかったものの、一番深刻な傷を右目に負ってしまった。これから、医療用カプセルで治療に入ることになるだろう。ロックオンがどんなに歯痒い思いをするか、考えるまでもない。
「ドクター・モレノ、傷の再生までの時間は?」
「最低でも三週間は必要だ。わかってると思うが、一度カプセルに入ったら治るまで出られんからな」
「治療を、お願いします」
スメラギさんとモレノさんの話を聞き流し、そしてスメラギさんが頷く気配を感じながら、唇を噛み締めて涙を堪える。
今回は撃退に成功した。けれど、状況は更に悪くなっている。
敵モビルスーツは、恐らく太陽炉以外のパーツは容易に補充できるだろう。部分的にパーツを取られても問題がないように、ガンダムは基本的に既存の技術レベルと大差のない素材で作られている。Eカーボンの質が落ちるかもしれないが、どちらにせよ装甲はGN粒子によって強化される。致命的な欠陥にはなりえない。
相手は世界なのだ。
こちらと違って部品が足りなくなるなど、そう簡単にはないだろう。
そして、ロックオンの離脱。
これがどれほどの痛手なのか、考えるまでもない。
(……わたしが、太陽炉を潰せば)
太陽炉は補充できない、はず。
全ての太陽炉さえ潰せば、もう新型モビルスーツは出せない。
けれど、それは……。
確かに太陽炉を潰して、なおかつ敵パイロットを殺さないのも不可能ではないだろう。しかし、太陽炉はコクピットに近い。一歩間違えばコクピットに直撃させる上に、ジェネレーターが誘爆する確率も……。
(………臆病者……っ)
自分を罵倒しても、何の反論も出てこない。
殺されたパイロットの家族は、悲しむだろう。
その想いが、棘のように胸に突き刺さる。帰ってくると信じていた人が帰ってこない悲しみは、わかってる。でも、ならロックオンが、ティエリアさんが、アレルヤさんが……刹那が、どうなってもいいの…?
―――世界を平和にするために必要な、最低限の犠牲だ。
心のどこかの、冷徹な自分が囁きかける。
国連軍を殲滅すれば、世界にもうガンダムに対抗できる力は――――。
ない、だろうか?
本当に? ソレスタルビーイングに裏切り者がいるのに?
終わりの見えない戦いで、ひたすらに人を殺し続ける。
それは、抱いていた理想と間逆のものだ。
(……でも、もう……世界は……)
世界は動いてしまった。
もう、不殺で止められる限界をとうに超えている。
ガンダムが殲滅されるか、国連軍が完膚なきまでに叩き潰されるか、どちらかが滅びるまで、この戦いは終わらないだろう。
でも、だから殺して何になる。
更に憎しみと悲しみが増すだけだ。勝てないと理解するまで、延々と殺さず、圧倒的な力でひたすらに勝ち続ける。そう願ったのではないか。
――――刹那が死んでしまったら、堪らなく悲しい。けれど―――…。
そのために、他人を殺すのは違う。
それが、私の抱いていた理想だ。間違っていない。まちがっていない。けど……けど…。
(………いや……そんなの、いや……です……っ)
伏せた顔から、涙が零れ落ちる。
答えの見えない思考の迷路。隣にいる刹那が心配してくれているのはわかっていた。でも、言えるわけがない。刹那と理想と、どちらを守るべきか悩んでいるなんて。
レナとしてなら、刹那のことだけを考えていたいと想っている。
でも、セレネ・ヘイズとして、ガンダムマイスターとして、最期まで理想を貫いてみせろという思いも確かにあった。例え、また大切な人を失ったとしても……。
戦場で死ぬ人の家族は、それを常に味わっていると。自分さえ幸せなら本当にそれでいいのかと、問いかけてくる。
やっぱり、わたしは……――――。
『おいおい、勝手に決めなさんな』
びくり、と肩が震えた。まるで心を読まれたかのように思ったのだが、実際は起き上がったロックオンがスメラギさんたちの会話に割り込んだだけだったようだ。
「ロックオン…!?」
『敵さんがいつ来るかわかんねぇ。治療はなしだ』
「しかし、その怪我では精密射撃は無理だよ……」
心配そうに言うアレルヤさんの言葉はきっと、わたしたちみんなの思いだっただろう。わたしも静かに、ロックオンの目を見つめた。
(……わたしは、もう……失いたくない、です……)
生きる意味も、たいせつな仲間も、どちらも失いたくない。
ロックオンは私のほうを見て静かに微笑んで、言った。
『俺とハロのコンビを甘く見んなよ。なぁ、ハロ』
『モチロン、モチロン』
それから、僅かに翳りのある笑みを浮かべる。
『……それにな、俺が寝てると気にするヤツがいる。いくら強がっていても、あいつは脆いかんな……』
―――――――――――――――――――
プトレマイオスの展望室で、ティエリアは一人、暗い宇宙を見ていた。
「……僕がヴェーダに固執したばかりに、彼に傷を負わせてしまった………僕の……せいで……」
どれだけ自分を責めても、後悔も悔しさも晴れない。
更に、戦闘中にヴェーダとのリンクが切れたという事実もティエリアを痛めつけていた。どれほどそうして立ち尽くしていただろうか――――。
「いつまでそうしてるつもりだ?」
背後から声が聞こえ、強化ガラスにロックオン・ストラトスが映っていた。
いつも通りの服装。それなのに、右目にはいままではなかった眼帯。彼のその姿があまりにも辛く、目を逸らす。
「らしくねぇなあ……いつものように不遜な感じでいろよ」
「……失った」
「あ?」
「……マイスターとしての資質を失ってしまった……ヴェーダとの直接リンクができなければ、僕はもう……」
これは、ティエリアの弱音だ。本来は、ロックオンに言うべきものではない。けれど、もしかしたら自分を責めてほしかったのかもしれない。自分のせいで右目に傷を負い、それでもなお心配してくれるのが、辛かったのかもしれなかった。その真意はティエリアにもわかってはいなかったが―――。
「相応しくない、か……」
ロックオンはティエリアの隣に立ち、なんでもないことのように言う。
「いいじゃねぇか、別に」
「なに?」
「単にリンクができなくなっただけだ。俺たちと同じになったと思えばいい」
「しかし………しかし、既にヴェーダは何者かによって掌握されてしまった。ヴェーダがなければ、この計画は…―――」
「できるだろ」
きっぱりと、ロックオンが言い放つ。
その眼差しの強さに、ティエリアは否定の言葉を失った。
「戦争根絶のために戦うんだ……ガンダムに乗ってな……」
「だが……計画実現の可能性が……」
「四の五の言わずに、やりゃぁいいんだよ。お手本になるヤツがすぐ側にいるじゃねーか。自分の思ったことを、がむしゃらにやる馬鹿がな」
誰の事かは、すぐにわかった。
刹那・F・セイエイ。
「……自分の、思ったことを……」
それが、正しいことなのだろうか。
ポン、とティエリアの肩が叩かれた。ロックオンが窓際から離れ、展望室から出て行こうとしていた。
「じゃあな。部屋戻って休めよ」
「……ロックオン」
「あ?」
「………悪かった……」
「ミス・スメラギも言ってただろ。失敗ぐらいするさ、人間なんだからな」
そう言って、ロックオンは展望室から出て行った。
再び一人になったティエリアは、強化ガラスに映る自分の姿に呟く。
「人間、か……」
―――――――――――――――――――
「……あ、の……刹那?」
「どうした」
ど、どうしたというか……着替えて自分の部屋でぼーっとしてたらいつの間にか刹那の部屋に連れ込まれていたのですが……っ!? ……ベ、ベッドしか置いてない殺風景な部屋ではあるのですが、なんとなく刹那のにおいがするような……。
って、腑抜けている場合ではないのです…!
「……その、どうして私はここにいるのでしょう……?」
「…………」
わたしは、どうしてここにいるのでしょう?
ここに、いていいのでしょうか?
理想と、大切な人。
どちらかを選ぶこともできずに、悩んでいる私なんかが。
マイスターにも、普通のヒトにもなれない私なんかが。
思わず唇を噛んで目を伏せると、刹那がぽつりと呟きます。
「嫌か」
「そんなわけ、ないです…っ!」
思わず声が大きくなってしまって、気まずくて目を逸らす。
と、刹那に肩を軽く押されてベッドに倒れこみ、すぐ目の前に刹那の顔があった。
「俺は、レナといたかった」
「……っ!?」
心臓が跳ね上がった。顔がみるみる熱くなる。
なのに、押し倒されたような姿勢のせいで顔を逸らす事もできない。……できなくはないですけれど、それだと嫌がってるみたいに見えるような……。
ほんとうは「わたしもです」と言いたかった。
けれど、口がうまく動かない。
「駄目か」
「……ぁ…ぅ……その……ぜん、ぜん……」
このまま、心臓が破裂して死んでしまうのではないだろうか。
げ、げんかいです…っ!
このままだと恥ずかしくて死んでしまう。すすすっ、と仰向けのままベッドの上を後退しようとして、刹那に肩を掴まれた。
「せ、せつ――――んぅっ!?」
唇に柔らかい、すこしパサついた感触。
能力なんて関係なく頭がぼぅっとして、唇が離れても、しばらく動くことができなかった。
「好きだ、レナ」
「……ソ…ラン」
そう、呼んでもいいのだろうか。
ふと頭を掠めた疑問に答えるように、刹那が僅かに微笑む。
「………ぁ、ぅ」
は、はんそく、です…っ。
もう何をどうしていいのかわからず、もういちど刹那の顔が近づくのを感じて慌てて、きつく目を瞑る。そして、再び唇の感触が―――。
「………んぅ? ん、んぅうぅっ!?」
………………
「………せーつなー……?」
眠たげな、ぽわーっとしたセレネが抱きついてくる。
頭をなでると、うれしそうに目を細めた。刹那はわずかに微笑んで、言う。
「……セレネ。お前も、お前の望むもののために……戦え」
「……せつ、な…?」
俺たちのことを考える必要はない。
俺たちは、ガンダムマイスター……戦争根絶を目指す者。戦争根絶のためにセレネが必要だと思ったことを、やりたいようにやればいい。
そう、だから―――…。
「……全て終わったら、俺の故郷に」
きっと、世界が平和になったら。
俺の故郷にも、クルジス……アザディスタンにも、花が見られるようになる。
見に行きたいと思う。
セレネと二人でなら。
セレネが笑顔になる。
それは花が開くような、笑顔。そういえば、セレネのこんな笑顔を見るのは初めてだったかもしれない―――…。
「――――…やくそく、です」
――――――――――――――――――――――――
プトレマイオスのブリーフィグルームの床面モニターに、ガンダムスローネとGN-X部隊の戦闘が映し出され、それを刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、スメラギ、イアンが眺めていた。しばらくして、イアンが口火を切る。
「……ついに、国連軍がトリニティに攻撃を行ったか」
この前のような、基地を攻撃されての反撃ではない。国連軍からの攻撃だ。そして、事実上GN-Xがトリニティを圧倒する結果。トリニティはこのままなら確実に追い詰められ、いつかは狩られるだろう。
「ガンダムを倒す事で、世界がまとまっていく……」
スメラギの表情に、一同は表情を失う。人は共通の敵を見つければ結束する。そして、今。彼らはそれに十分な武器を手にしている……。
アレルヤが、ぽつりと呟く。
「やはり、僕たちは滅び行くための存在……」
「これも、イオリア・シュヘンベルグの計画……」
アレルヤに同調するようなティエリアの言葉に、悲観的でも楽観的でもない疑問を投げかけられる。
「だとしたら、何の為にガンダムはある?」
刹那に視線が集中し、刹那はその想いを口にした。
「戦争を根絶する機体がガンダムのはずだ。なのにトリニティは戦火を拡大させ、国連軍まで……なぜ、ガンダムが……」
悔しげに唇を噛む刹那に、決然とした口調でロックオンが声を掛ける。
「刹那、国連軍によるトリニティへの攻撃は、紛争だ。武力介入を行う必要がある」
「おいおい、何を言い出す!?」
イアンが身を乗り出し、アレルヤも反論する。
「無茶だよ。僕たちは疲弊してるし、軌道エレベーターも向こうに押さえられて……」
「ソレスタルビーイングに沈黙は許されない。そうだろ、刹那?」
ロックオンが遮るように言い、刹那が頷く。
アレルヤは注意を促すが―――。
「二度と宇宙に戻れなくなるかもしれない」
「……俺一人でも行く」
きっぱりと刹那は言い切る。もう、すでに心は決まっていた。
「……俺は、確かめたいんだ。ガンダムがなんのためにあるのか……」
「……わ、わたしも行きます…っ!」
ブリーフィングルームに飛び込んできたセレネに、驚いた様子でロックオンが言う。
「セレネ!? お前、具合が悪くて寝てるんじゃ―――」
「……せ、せつなぁ~~…っ」
ぅぅ~~、と唸りながらセレネが刹那を睨むが、先程「セレネは具合が悪いので寝ている」と言った張本人である刹那は悪びれずに言った。
「……大人しく寝ていろ」
「いやです…っ!」
決然と言い放つセレネに、刹那は僅かに顔を顰めて言う。
「危険だ。大人しくしていろ」
「……なおさら刹那を一人で行かせないのです…っ!」
と、刹那がセレネの前に立つ。
僅かに動揺したようなセレネを軽く抱きしめて、刹那は呟いた。
「……レナ、トレミーを頼む」
「………ひ、ひきょう……です……」
尻すぼみに声が小さくなるセレネを離した刹那に、ロックオンが苦笑いしつつ言う。
「んじゃ、代わりで悪いが俺が付き合うとしますかね」
「怪我人は大人しくしてろ。俺が行く」
と、今度はラッセがブリーフィングルームに入ってくる。
「強襲用コンテナは大気圏離脱能力がある。ついでにGNアームズの性能実験もしてくるさ」
強襲用コンテナとは武装を持たないプトレマイオスのために開発された武装コンテナで、単独での飛行や戦闘も可能な設計だ。ただ、GNドライヴを搭載してはいないので単独行動中には他のGNドライヴからチャージしたGN粒子を使わなくてはならない。とはいえ、ガンダムとドッキングして使用すれば全く問題はない。ラッセの意見は最も有効性が高いように思われた。
「でも……いま戦力を分断するのは……」
不安げなアレルヤが言い終える前に、スメラギが刹那に歩み寄り、ポケットから取り出したデータスティックを差し出した。
「ミッションプランよ。不確定要素が多すぎて、役に立たないかもしれないけれど」
刹那はそれを少しだけ見つめ、受け取る。
そんな刹那に、スメラギは言った。
「ちゃんと、帰ってくるのよ」
「………わかっている」
刹那はデータスティックを握り締め、もう片方の手を不安げなセレネの頭に置いた。
「……すぐに、帰ってくる」
「………まって、ます。……いってらっしゃい、刹那」
セレネは諦めきったように、穏やかに微笑んだ。
―――――――――――――――――――――――――
『なんだぁ、ありゃあ!?』
「―――ラッセ!」
大西洋上の孤島。スメラギが予測したとおりのポイントで、刹那とラッセ、強襲用コンテナとそこに搭載されたエクシアはトリニティを発見した。しかし、それはちょうどまさにスローネツヴァイの攻撃によってスローネアインが爆散するところだった。
更に、スローネツヴァイはGNハンドガンで応戦しようとするドライを蹴り飛ばし、GNバスターソードをコクピットに向ける。
『了解だ、刹那! うおりゃぁぁぁああっ!』
刹那の声に応え、強襲用コンテナが体当たりしてスローネツヴァイを弾き飛ばす。さらに、エクシアをコンテナから分離。そのままの勢いでGNソードを展開しつつスローネツヴァイに躍りかかった。
なぜ、スローネツヴァイがアインを撃破し、ドライに剣を向けている…!?
仲間割れは、考えられない。
そしてその疑問は、GNソードをバスターソードで受け止めたツヴァイからの通信で氷解した。
『―――邪魔すんなよ、クルジスの小僧が!』
この、声は――――!?
「アリー・アル・サーシェス…!? なぜだ、なぜ貴様がガンダムに!」
突き飛ばすようにしてツヴァイから距離をとり、ライフルモードに切り替えたGNソードを乱射する。しかし、それらを小刻みな動きで全て回避してみせたツヴァイが右手でGNバスターソードを構えたまま左手でGNハンドガンを連射する。
やはりこちらの動きを読んでいるかのような凄まじい機動に、攻勢から守勢に転じざるを得なくなる。豪雨のように押し寄せる粒子ビームの奔流をシールドでやり過ごしていると、通信を通して哄笑が響く。
『おらおら! どうしたよ、ガンダム!』
ツヴァイがハンドガンを連射しながら接近してくる。
刹那は唇を噛み締め、叫ぶ。
「貴様のような男が、ガンダムに乗るなど…!」
『テメーの許可が要るのかよ!』
GNソードを展開し、刹那の近接攻撃範囲に踏み込んだツヴァイに切り掛かる。しかし、それに合わせるように振るわれたバスターソードに押し負け、GNソードがエクシアの右腕から弾き飛ばされる。
「―――くっ!?」
『おらぁっ!』
返す刀で再びバスターソードがエクシアに襲い掛かり、咄嗟にそれを受け止めたシールドが強引に弾き飛ばされる。更に間髪いれず、両腕の装備を弾かれたエクシアの顔面にバスターソードによる刺突が襲い掛かる。かろうじて機体を傾けて回避するが、頭部の装甲を掠めて刀身との間にオレンジ色の火花が散る。
そこに、強襲用コンテナから放たれた粒子ビームが飛来する。しかしツヴァイはその射線を見切ると僅かな動きで回避し、GNハンドガンで応射する。
『―――なんて正確な射撃だ!?』
大きく旋回してなんとか回避したラッセの声が響き、刹那は両腰のGNブレイドを抜き放ってツヴァイの背後から切り掛かる。が、それを予期していたのか難なく回避してみせたツヴァイがエクシアから距離を取る。
互いに武器を構え、睨み合う。
エクシアのコクピットに、再びサーシェスの声が響いた。
『最高だなぁ、ガンダムってヤツは…! こいつはとんでもねー兵器だ。戦争のし甲斐がある!』
スローネツヴァイが両手でGNバスターソードを構え、突進してくる。
『―――テメーのガンダムも、そのためにあんだろォ!』
「違う――ッ!」
GNブレイドで、斬撃を受け流そうとする。
「絶対に違う…!」
しかし突進の勢いをフルに斬撃に伝えたサーシェスの突進を受けきれず、左手のGNショートブレイドが弾かれてしまう。
「俺の……俺たちの、ガンダムは…ッ!」
戦争の道具などではない!
しかし、GNブレイド一本とGNバスターブレイドでは剣の大きさが、斬撃の重さが違う。右手のGNロングブレイドも弾き飛ばされ、更に背後を取られた。
『うるせーガキだ』
冷徹な、サーシェスの声が響く。
背後で、GNバスターソードが振るわれるを感じた。
『――――こいつで終わりだぁッ!』
――――横薙ぎに振るったGNバスターソードが、空を切った。
「なに…っ!?」
サーシェスは絶句した。
確実に仕留めたはずが、何の手応えもなかった。しかし残滓のようGN粒子が輝き、そして消えていくだけ。
――――逃げられた!?
その考えが脳裏を掠める。
(バカな、完璧に俺の間合いだった……逃げられるはずがねぇ!)
しかし、実際に何も仕留められていない。
と、視界の端を何か光るものがよぎった。
「―――そこか!」
振り向きざまにGNハンドガンを乱射する。しかし、粒子ビームを放つ瞬間には既にそれは消えている。光の残像を追って機体を旋回させ、GNハンドガンを撃ち続けるが、的外れな場所を射抜くだけで高速で動くそれを捉えることすらできない。
「なんだ、あの動きは…!?」
側面に光が見えた。即座に向き直り、粒子ビームを放つが、光る何か――――エクシアは残像が見えるほどの高速でGNハンドガンをやすやすと回避してみせ、両手にビームサーベルを構えて突進してくる。
「あ、当たらねぇ!?」
直後、背後から衝撃を受ける。
「俺の背後を!?」
咄嗟に体勢を立て直しつつ背後にGNバスターソードを振るう。しかしやはりそれは空を切り、それどころかGNバスターソードを弾き飛ばされ、蹴りを受けて地面に激突した。
……………
「これ、は……」
刹那は、見慣れてきていたはずのコクピットを呆然と眺めていた。
サーシェスの背後からの斬撃を、棒立ちで甘受するつもりは勿論なかった。例え機体に重大な損害を受けようとも、応戦しようとしていた。
しかしガンダムはその思いに、思った以上のスピードで応えてくれた。
瞬間移動したのかと錯覚するほどのスピード。刹那が望む事を、望む以上に実現した。
「この、ガンダムは……」
そのとき、コクピットモニターに映像が割り込んできた。
刹那は思わず息を呑んだ。それは、イオリア・シュヘンベルグだった。
『GNドライヴを有する者たちよ。君たちが、私の意志を継ぐものなのかはわからない。だが、私は最後の希望を……GNドライヴの全能力を君たちに託したいと思う。……君たちが真の平和を勝ち取るため、戦争根絶のために戦い続けることを祈る。ソレスタルビーイングのためではなく……君たちの意思で。……ガンダムと、共に……』
メッセージを伝え終えるとイオリアの映像を消え、彼の言葉だけが残される。
……やはり、イオリア・シュヘンベルグは……。
彼の計画はこのような、ガンダムが戦争を拡大するようなものではなかった……。
「……ガンダム……」
背後から、ツヴァイが飛び掛ってきていた。
『どんな手品か知らねぇが!』
バスターソードが振り上げられる。
が、やはりそれも掠りもせずに空を切り――――直後、スローネツヴァイは蹂躙された。
赤く輝くエクシアに殴られ、打たれ、突き落とされ、蹴り上げられる。
『こっ、この俺がぁぁっ!?』
「うおぉぉぉぉっ!」
宙に舞いあげられたツヴァイに向けて、ビームサーベルを二刀で構えたエクシアが飛翔し――――切り裂く。スローネツヴァイの装甲がX字に割れ、爆発する。
しかしそれは、ツヴァイの本体ではなく左腰のスカート部のみであったが―――黒い爆煙の中からエクシアが姿を現す。赤色に発光するその機体には、いささかのくすみもない。
そして、エクシアがこの高機動性を発揮してから、モニターにこれまでにはなかった表示があった。ルビー色のバックに黒色で描かれた文字―――“TRANS-AM”
「……トランザム……?」
小さな声で、呟く。
「……トランザム、システム……」
――――GNドライヴの全能力を、君たちに託したいと思う。君たちの意思で、戦争根絶のために……ガンダムと、共に。
託された……ガンダムを。
ガンダムという機体を、理想を。意志を。
「俺は……託されたんだ…!」
――――――――――――――――――――――――
国連軍の部隊。ユニオンとAEUによる、プトレマイオスチームと交戦していたGN-X部隊。そこに、新型ガンダムと交戦していた人革連のGN-X部隊が合流してきた。
……鹵獲された一機の新型ガンダムと、もう一機。ソレスタルビーイングの裏切り者から提供されたというガンダムと、そのパイロットと共に。
「……なんだと…!?」
グラハムは作戦会議のためにやってきた旗艦においてその機体を見て、絶句した。
細身の肢体に、背中に背負った大きな翼―――ウィングスラスター。
四肢の各所にブースターを纏い、徹底的な高機動戦に特化したその機体を、グラハムが見紛うはずもない。例えその機体が漆黒の装甲と紅の翼という、正反対の色彩を身に纏っていたとしても。
「……アイ…シス…!?」
ガンダムアイシス。
あの翼。天使を彷彿させるようなその翼は、アイシスにしか見られなかったものだ。
その翼になにやら遠隔武器のようなものが取り付けられているように見えるが、それとカラーリング以外は一切アイシスと同一。そう見極めた。
と、背後からまだ幼さの残る少女の、無感情な声が聞こえた。
「……なぜご存知なのかは知りませんが……そう、ガンダムアイシスです」
「……っ!? 君は……っ?」
全く背後の気配に気づけなかった状況に既視感を覚えつつ、振り返る。
白銀の髪。無感情な、暗い黄金の瞳。
いつか、アザディスタンで出会った少女―――…いや、違う…?
髪と瞳の色の違いだけではない。あの少女よりも背が高く、大人びて見える。
そして何よりもその瞳。その何も映していないのではないかという暗い輝きに、グラハムをしても僅かに驚いた。
「……君が、あの機体のパイロットなのか…?」
「………ええ、そうです」
何かが、おかしい。
妙な違和感。拭いきれない何かを感じながら、グラハムは問いかけ、少女は一切の感情を表すことなく言った。
「―――……私は、セレネ・ヘイズ。ガンダムアイシスのマイスターです」
次回予告
世界を、人の意識を変えたかった。だがその意志に反して今は叫ぶ。
次回、「世界を止めて」。たえまない慟哭が、漆黒の宇宙に木霊する……。