機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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注意:すみません。タイトル変更させていただきました……。
   あと、次回からは……次回こそは、シリアスです!

   つまり、今回は……ごめんなさい、許してください。


第20.5話:セレネ

 

 

 

 

 

 

 広州方面駐屯基地における、三機の新型ガンダムと十機の国連軍新型モビルスーツとの戦闘のニュースは、瞬く間に世界中の知るところとなった。

 国連軍から提供された戦闘映像を各国の報道機関がこぞって放送。皮肉にもガンダムを倒すために纏まった世界を見て人々は思った。「ガンダムが全て倒されれば、きっと世界はもっと纏まるようになるのではないか―――」、と。

 

 国連軍のプロパガンダ戦略が功を奏した、のだろう。

 ガンダムスローネの武力介入の印象が最悪だったというのもあるし、プトレマイオスチームのトリニティへの武力介入が隠蔽されたのもある。しかしいずれにせよ、ソレスタルビーイングが今までにない危機にさらされているのは間違いなかった。

 

 

 

 プトレマイオスのブリーフィングルームでは、ティエリアが床面モニターにガンダムスローネとGN-Xの戦闘を映し、それを苦々しく見つめていた。

 

 GN-Xの背中から排出される真紅のGN粒子。擬似太陽炉の証。

 ソレスタルビーイングの技術だ。

 

 そこから導き出される結論は、トリニティチームのときと同じ…。

 

 

――――ソレスタルビーイングに裏切り者がいる。

 

 

 しかもその裏切り者は、ヴェーダの最深部であるレベル7にアクセスする権限を持っている。それはレベル7のデータが一部改竄されていたことからも間違いない。更に先日、セレネ・ヘイズからヴェーダにハッキングを試みて何者かから攻撃を受けたとの報告も受けている。

 

 

 ティエリアにとって……いや、ソレスタルビーイングにとってヴェーダとは唯一無二、絶対の存在だ。組織の頭脳であり、中核。ガンダムのシステムすらも、ヴェーダとのリンクがなければ力を発揮できない。

 

 ティエリアはヴェーダを神のように信望してきた。しかし、そのヴェーダがデータの改竄を受けているというのは、それが何者かに操られているということ。何者かの意思がそこに存在しているということだ。

 

 

 ヴェーダは、もはやただの道具になりさがってしまったのか……。

 そんな不安が、どうしようもなく心を苛む。

 

 

(………ヴェーダなくして、同型機に対抗することなどできるのか……)

 

 

 そこに、ロックオンが現れた。よう、と軽く手を挙げてブリーフィングルームに入ってくる。

 

 

「悩み事かい?」

「……ロックオン・ストラトス……」

 

 

 ロックオンは床面モニターに目を向け、言う。

 

 

「気にすんなよ。例えヴェーダのバックアップがあてにできなくても、俺らにはガンダムと、ミス・スメラギの戦術予報がある」

 

 

 その言葉にティエリアは僅かに眉をひそめ、言う。

 

 

「あなたは知らないようですね。スメラギ・李・ノリエガが過去に犯した罪を……」

「知ってるさ」

 

 

 遮るようなロックオンの言葉にティエリアが顔を上げ、ロックオンは続けた。

 

 

「誰だってミスはする。彼女の場合、そいつがとてつもなくデカかった……が、ミス・スメラギはその過去を払拭するために戦うことを選んだ。折れそうになる心を酒で薄めながらな」

 

 

 ティエリアもスメラギの飲酒癖は知っている。そして、言っている意味も理解できるような気がした。……逃げるためではなく、逃げそうになる心を前に向かせるために……。

 

 

「そういうことができるのも、また人間なんだよ」

「……人間、か……」

 

 

 呟いた自分の声を聞いて、ティエリアは俯きかけた顔を上げた。

 

 

「……ロックオン、あなたは……僕の事を………」

 

 

 ロックオンは何も答えない。しかし「気にすんな、大したことじゃねぇよ」と、そのいつもの態度が物語っていた。バカみたいに他人を受け入れている。……それも、人間だということなのだろう。

 

 

 と、壁面の通信モニターにアレルヤ・ハプティズムの顔が映し出された。

 

 

『二人とも、スメラギさんからコンテナでの待機指示が出た』

「了解だ」

 

 

 ロックオンの返答に、アレルヤを映していたモニターが閉じ、ロックオンはティエリアに向き直る。

 

 

「ティエリア、これだけは言わせてくれ。状況が悪い方に流れている今だからこそ、五機のガンダムの連携が重要になる………頼むぜ」

 

 

 ロックオンの目は真剣だった。ティエリアはその視線を受け止め、シニカルな笑みを浮かべる。

 

 

「その言葉は僕にではなく、刹那・F・セイエイとセレネ・ヘイズに言った方がいい」

「……そりゃそうだ」

 

 

 あの二人、何をやらかすのやら全く想像がつかない。

 まさか戦闘中にイチャイチャしないとは思うが……。頭を抱えるロックオンに、ティエリアは僅かに笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 目の前に、荒涼とした大地が広がっていた。吹き抜ける風が砂塵を巻き上げる。地平線の彼方に沈もうとする太陽が赤茶けた大地を更に深く染め上げ、血の色のようにも見えないこともない。周囲には倒壊した家屋の並ぶ戦場の跡地。そこに、刹那は立っていた。幼少の頃、抱えて駆けずり回ったものと同じライフルを持って……。

 

 なぜ……という疑問は、彼を呼ぶ声によって遮断された。

 

 

「ソラン」

 

 

 振り返ると、ひとりの歳若い女性が立っていた。長い黒髪に、この地方独特のデザインの衣装を身に纏って。

 

 

「……マリナ・イスマイール……」

 

 

 アザディスタンの第一皇女。スコットランドで偶然出会い、アザディスタンの内紛で再び顔を合わせた。刹那が戦争根絶のためにガンダムに乗るように、彼女も彼女なりに国内情勢を平定化しようと戦っている。彼女なりに。

 

 刹那も、立場は違えど平和のために戦うものとして彼女を認識していたが……。

 なぜ? なぜクルジスの赤茶けた大地に、廃墟にいるのか。

 その問いも、口に出る前に遮られた。

 

 

「こっちへ来て、ソラン」

「………」

 

 

 柔らかな表情だけで刹那を迎えている。

 ……なんだというのか。

 若干の警戒心を抱きながら歩み寄ると、マリナが膝を曲げてしゃがみこむ。

 

 

「見て」

 

 

 彼女の視線の先には、乾燥した不毛の地に根を張って、大輪の花が咲いて風に揺れていた。

 

 

「この場所にも、花が咲くようになったのね。……太陽光発電で、土地も、民も、戻ってくる。きっと、もっとよくなるわ………」

 

「…………」

 

 

 黙りこんだ刹那に、マリナは微笑みを向けた。

 

 

「だからね、もう戦わなくていいのよ……」

 

 

 

 

 ふと気がつくとマリナ・イスマイールはいなくなり、今度は黒髪の少女が星を見上げていた。黄金の瞳が、それも星の一つであるかのように眩く輝いている。

 

 

「……セレネ……?」

 

 

 刹那が呟くと少女は振り向いて笑顔を浮かべ、刹那の前まで駆け寄ってくると、僅かに刹那を見上げるようにしながら言った。

 

 

「刹那は、戦争が無くなったら何をしたいと思いますか?」

「……俺、は」

 

 

 俺は、戦うことしかできない。

 そんな思いが頭を掠めて、セレネは僅かにさみしそうに微笑んで、それからそっと刹那に手を差し出した。……白い、ちいさな手だ。いつの間にかセレネは、最近見せるようになった、はにかむような笑みを浮かべて―――。

 

 

「……ねぇ、せつな。わたしと――――」

 

 

 

 腕の中にあったマシンガンが、ガシャリと音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

「――――!」

 

 

 

 ビクリ、と体を動かして、刹那は目を覚ました。プトレマイオスのエクシアが格納されたコンテナ、その控え室……なのだが。ベンチに腰を下ろしてうたた寝していたらしい刹那の目の前になぜか、セレネの顔があった。

 

 

「―――ひゃぁっ!?」

 

 

 あわあわ。そんな擬音が似合いそうな慌てぶりで白地に蒼いラインのパイロットスーツに身を包んだセレネが後退しようとして足を滑らせ、刹那は咄嗟にセレネの腕を掴んで引き寄せる。

 

 ぽすっ、と存外軽い手応えとともにセレネのちいさな身体が刹那の腕の中に収まり、頬を赤く染めたセレネが。わずかに刹那を見上げながら呟く。

 

 

「……そ、その……刹那と、おはなししたくて……い、いま、だいじょうぶでしょうか……?」

 

 

 セレネにも、スメラギ・李・ノリエガから待機命令が出ているはず。そんな言葉が頭をよぎったが、そんなことはセレネも百も承知だろう。……やれやれだ。そんなことを思いながら、それでも心が温かくなるのを感じながら、刹那は頷いて言った。

 

 

「ああ」

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

「……そ、その、あの………つ、つまりですね……っ?」

「………」

 

 

 ちかい。とても近い。

 何となくセレネを離そうという気分にならなかったので、刹那からはこの密着状態を何とかしようとはしなかったのだが、緊張でガッチガチになって顔の赤みが増していくセレネの反応がなかなか面白い。

 

 なんとなく頭を撫でてみる。

 

 

「………ぁふぅ」

 

 

 目を細め、頬を緩めたセレネの緊張がわずかにほぐれて、それから拗ねたように頬を膨らませて唇を尖らせる。

 

 

「……せつなの、ばか」

「なぜだ」

 

 

 明らかにセレネも気持ち良さそうだっただろうに。

 

 

「………ぅー、微笑ましそうな目で見てました…っ! わたしは、子どもじゃないのです…っ! もう15歳なんですよ……っ!」

「俺は17だ」

 

 

 地団駄を踏みそうな感じに言うセレネが15歳というのをやや意外なように思うと、セレネが泣きそうな目で睨んできた。……全く怖くないが。

 

 

「……刹那、わたし、心が読めるんですよ?」

「そうか」

 

 

 なら、全く怖くないと思っているのも分かるんだろう?

 いや、むしろ可愛いかもしれない。そんなことを考えた瞬間、セレネの顔がまた真っ赤になる。……ちょっと面白いかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、セレネが顔を紅くしたまま小さく呟いた。

 

 

「……ぇっと、ソ、ソラン……?」

「…………」

 

 

 

 この時、コードネームは所詮コードネームだということを刹那は初めて実感させられた。こちらの反応を心配そうに窺うセレネを抱きしめる力を思わず強くして、刹那はほんの少しだけヨハン・トリニティに感謝する。

 

 

「どうした、セレネ?」

「そ、その……わたし、ほんとは……レナ、って……」

 

 

「……レナ」

 

 

 抱きしめたまま小さく呼びかけると、セレネがはにかんだような、うれしそうな笑みを浮かべ、刹那の胸にもたれかかった。

 

 

「……ぇへへ」

 

 

 パイロットスーツは熱を通さないはずなのに、ふれあっている部分が温かく感じた。

 

 

 

 

 

 ……どれくらい、そうしていたのだろうか。

 ふと、セレネが呟いた。

 

 

「その……刹那? どうして、前に私が身長で嘘をついてたか分かりますか……?」

「いや」

 

 

 背が小さいからではないのだろうか? そう考えた刹那に、今度は拗ねずに、小さく首を振ったセレネが呟く。

 

 

「………身長が、伸びないからです。……5年前から……いいえ、この身体になってから、1mmも」

「なっ…?」

 

 

 セレネは顔を伏せて、ゆっくりと息を吐き、それからさみしそうに呟く。

 

 

「……身長が伸びなくて、でもヘンだと思われたくなくて、こっそりデータを弄ったりして、少しずつ背が伸びてる事にして……あんまり、意味はなかったですけど」

 

 

 見ればヘンなのはすぐにわかりますからね? と言ってセレネは引き攣ったような笑みを浮かべ、続ける。

 

 

「わたしは5年前に特殊に調節されたGN粒子に漬けられて、適応して、脳量子波に適した身体になった代わりに全身の細胞に特殊な異常が起こっています。……成長しないのはそのせいですが、脳量子波の適応度なら超兵の比ではありません……お父さんは、元々わたしに素質があったからできたのだ、というふうに書いていましたが……」

 

「……セレネ?」

 

 

 ……言っていた、ではなく、書いていた?

 辛そうに目を伏せて黙り込んだセレネに声を掛けると、セレネはわずかに潤んだ黄金の瞳を刹那に向け、搾り出すように言った。

 

 

 

「……わたし、は……ほんとうは、お父さんのことも、お母さんのことも、ほとんど何も…おぼえていない……のです」

 

「記憶、喪失か…?」

 

 

 セレネはわずかに考え込むような素振りを見せ、頷く。

 

 

 

「……身体と一緒に、記憶も無くしてしまったのです。……お父さんとお母さんがやさしかったことと、『ひとりでも多くの人を助けて』って。おぼえているのは、それだけです。……わたしには、それしか……なかったのです」

 

「…………」

 

 

 なんと声を掛ければいいのだろうか。

 言葉を詰まらせた刹那に、セレネは続けた。

 

 

「……GN粒子の光の中で、世界を感じていました。辛くて、苦しくて、でも、幸せな事も確かにあります。けれど、とても悲しい世界です。……世界を変えたい、そう思ったのは本当です。……けど、ほんとは……わたしは……それしか、生きる意味が……っ」

 

「………っ」

 

 

 セレネの瞳から涙が零れ落ちて、刹那は咄嗟に、今にも消えてしまいそうなセレネの身体を強く抱きしめた。

 

 

「今も……こわい、です………また、ぜんぶ無くしてしまうんじゃないか、って……」

 

 

 何も覚えていないというのは、どれほどの恐怖だったのだろう。ヒトとは違う身体で、そしてその力で、世界の苦しみを知って。自分が何故生きているのか? セレネにとって、それは……。

 

 

 

 

「……刹那、私は――――…」

「関係ない」

 

 

 セレネが何を言うつもりなのか、その表情がなによりも雄弁に語っていた。何かを恐れる……失う事を恐れる顔。俺はセレネを化け物だなんて思っていないし、それは変わらない。その想いを込めて抱きしめたまま頭を撫でると、セレネがくしゃりと顔を歪めて微笑んで、涙が零れ落ちた。

 

 

 

「ぐすっ…………ねぇ、せつな……?」

 

 

 

 熱に浮かされたような、吸い込まれるような黄金の瞳が刹那を、刹那だけを見つめていた。ふれあう熱が、互いの感情を伝えあう。

 

 きっと、今なら。わかりあえている。そう思えた。

 セレネの桜色の唇が、小さく言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「―――――…すき、です」

 

 

 

 あなたのことが。あなただけが。

 

 

 あなたのために、生きていたい―――…。

 きっと、それ以上に言葉は要らなかった。

 

 どちらからともなく唇が触れ合って、二人の影が一つに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







「……セレネ・ヘイズ。君は危険な存在だ……」


 情報の海で、誰かが呟く。
 その思考に応えて、とある場所の映像が現れる。

 緑の光が満ちた無数のカプセルに、無数の銀髪の少女の死体が浮いている。
 しかし、その中の一人が、ゆっくりとその黄金の瞳を見開き―――。



「この僕の………イノベイターの邪魔者は、確実に処理しないとね」


 
 映像が切り替わる。
 そこには漆黒の装甲を、蒼い瞳を、そして紅い翼を持つ巨人が――――。



「―――…紛い物は紛い物同士、潰しあうといいよ」



 黄金の瞳を輝かせ、少年は嗤う。




次回予告

ガンダムに対して、新型モビルスーツが牙を剥く。
それは、戦争根絶などという夢想を追い求めてきた断罪か……。
次回、「滅びの道」。これが、世界の答え……。



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