ユニオン軍。そのとある基地の司令室で、グラハム・エーカー少佐はビリー・カタギリと並んでユニオン軍司令であるホーマー・カタギリ……ビリー・カタギリの叔父と向かい合っていた。その顔には隠しきれない不満が僅かに顔を覗かせている。
「……新型ガンダムとガンダムの交戦は黙ってるように、とはどういうことでしょうか?」
グラハムにとって、新型とアイシスたちが一緒くたにされて批判される今の世界の状況が面白いはずもない。アイリス社の者たちも喜んで証言するだろうし、カスタムフラッグのフライトレコード、記録映像があるのだ。それをマスコミに流してやればアイシスたちと新型が敵対関係であり、過激な武力介入は新型だけの意思だと分かるのにだ。
にも関わらず緘口令が布かれ、未だにアイシスたちはいわれのない汚名を被ったまま。そのような筋の通らない真似はグラハムにとって納得できるものではない。
「無論、理由がないわけではない。……これを見たまえ」
「―――これは、まさか…!?」
「……叔父さん、これは…!?」
渡された端末に映し出されているのは、ガンダムの背面についていたものと全く同じ円錐型のエンジン機関と、丸みを帯びた見た事もないモビルスーツの外観フレームが映し出されていた。
……そのデザインはユニオンともAEUとも人革連とも、そしてガンダムとも異なっているように思える。司令は驚くグラハムとカタギリに、言う。
「ソレスタルビーイングの関係者を名乗る者からこれが三十機分提供され、それによって国連軍が発足した……。最早ガンダムは不要なのだ。これから行われるガンダム殲滅の上で、世論は今のままのほうが都合がよい」
「さ、三十機分も……!?」
驚くカタギリをよそに、グラハムは歯を噛み締めた。
……司令は、上に立つ者として正しい判断をしている。それは分かっていた。
しかし、感情が納得できない。
「……グラハム・エーカー少佐。君は今回の新型ガンダム撃退の功績で中佐に昇進、我々に割り当てられた十機の指揮を取ってもらう」
つまりは、昇進の代わりに黙っていろということか。
断固辞退させて頂きたい――――そう言いかけたグラハムは僅かに考え、言った。
「……分かりました。しかし……どうか一つだけ、聞き届けて頂きたい――――!」
―――――――――――――――――――――――
軌道エレベーターを軸に世界を三分させていた、ユニオン、AEU、そして人革連が国連の管理のもと同盟を締結し、史上最大にして唯一無二の国連軍を誕生させた。目的はソレスタルビーイングの撲滅。ガンダムに対抗するために、世界が纏まったのである―――!
「……刹那っ、せつなっ! はい、あ~ん?」
セレネがにこにこしながら、スプーンに乗せたオムライスを差し出してくる。若干動揺した刹那であるが、無視すればセレネが落ち込むのは目に見えていたので諦めて口を開けた。
「ぁ、あーん?」
「……そ、その……おいしい、です…?」
やはり表面上は無表情な刹那に、不安げなセレネが固唾を呑んで返事を待つ。
……美味しいのだが、美味しいのだが……!
「……うまい」
「―――…ぇへへ」
はにかんだように微笑むセレネは可愛い。
しかし刹那は、突き刺さるような視線を感じていた。
「ったく、ほんとに仲睦まじいこって」
「……はぁ」
こりゃ砂糖要らずだな、と苦笑しながらオムライスを食べ終えてコーヒーを飲むロックオンと、ニュースを眺めつつ呆れた様子を隠そうとしないティエリア。二人ともセレネが手料理を作るといってここ、アイシスの輸送コンテナに誘ってきたのだが、この展開は予想外だったに違いない。……俺もだ。
相手がセレネじゃなければ公開処刑でもする気なのかと疑うところであるが、間違いなく善意でやってるに違いなかった。どちらにも胃に悪い展開である。
と、セレネがスプーンにもう一度オムライスを乗せ―――ふと、何かを思いついたかのように真剣にオムライスを見つめた。
何を考えているのか分からないが、とりあえず刹那は手元のコーヒーに手を伸ばして一口飲んでから視線を戻し―――スプーンを咥えて頬を緩めるセレネと目が合った。……別に気にするほどの事でもないと思うのだが、セレネとしてはとても気になるらしい。みるみるセレネの顔が真っ赤になる。
「……ぁぅ」
「…………」
慌ててスプーンを背後に隠したセレネは視線を泳がせながら口をぱくぱくさせ、そしてしばしの逡巡の後に背後のスプーンを取り出すとナプキンでサッと拭き、何事もなかったかのようにオムライスを乗せて刹那に差し出してくる。……顔は耳まで真っ赤なままだが。
「……は、はい……ぁ、あ~ん……?」
「………」
……こっちまで恥ずかしくなってきた。
心なしか何か温かいような気がするスプーンを咥えた刹那は、味の分からなくなったオムライスを飲み込むとともにロックオンとティエリアの呆れきった溜息を聞いた。
「「……はぁぁ」」
びくり、とセレネと刹那は揃って僅かに飛び上がり、刹那は慌てて空気を変える為にニュースの話題を振った。
「よ、ようやく計画の第一段階をクリアしたか」
国連軍の誕生は、ヴェーダによる「紛争根絶」のための計画の第一段階だった。圧倒的な力を持つソレスタルビーイングに危機感を覚えた世界が一つに纏まる―――。
と、ロックオンがにやりと微笑みながら言う。
「お、もしかしてセレネを可愛がる計画の第一段階か? ……刹那、お前もようやくその気になったんだな」
「な…っ!?」
「……ふぇ…っ!? せ、せ、せつな…っ!?」
そんなわけないだろう! と言いたいところだったが、セレネを泣かせまくっている自身のこれまでの経歴がそれに待ったをかける。思い切り否定したりしたらセレネが傷つくのでは? そんな懸念から思わず黙りこんだ刹那に、何かを悟ってしまったセレネがオーバーヒートして目を回した。
「………ぅにゅぅ」
ガシャン、と音を立ててオムライスに頭から突っ込んだセレネに、ロックオンと刹那は小さく呟いた。
「「……あ」」
「いや、早く助けてやれ」
思わずツッコミに回ってしまったティエリアは、国連軍の発足もヴェーダがデータの改竄を受けているかもしれないという事実も、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しいような気分にさせられた。
そして慌ててセレネを引き上げて顔を拭いてやる刹那をよそに、マイスターの持つ携帯端末に暗号通信が届く。その文面は、少なくとも三人とも同じ。
『――――マイスターは機体とともにプトレマイオスへ帰還せよ』
「オーケー、作戦会議だ―――宇宙へ戻るぞ」
端末を閉じて言うロックオンに、
「セレネ、しっかりしろ…! セレネ!」
「………ぁぅ~?」
「……やべ、ちょっと不安になってきたかもしれねぇ」
「……僕もだ」
セレネの頭の中が想像以上にお花畑になっている気がする。
ロックオンとティエリアは目を合わせ、深く溜息を吐いた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……で、どうするんだ、俺たちは?」
プトレマイオスのブリーフィングルーム、砲撃および筋肉担当であるラッセ・アイオンが戦術予報士スメラギ・李・ノリエガに問いかける。今は二人のほかにもクリスティナ、フェルト、イアン、アレルヤが集まり、地上のマイスターたちとリヒティ、JB・モレノを除けばプトレマイオスチーム全員集合である。
「どうするかは、国連軍の動きを見てからね」
そのスメラギの答えに、イアンがにやりと笑みを浮かべつつ言う。
「あんたの事だ、予測はしとるんだろ?」
スメラギはそれに苦笑で返した。確かに予測はしている。国連軍は恐らく攻勢に出る……というより、そうでなければ国連軍を発足させる意味などない。
「そのためにも、準備できることはしておかないと。イアンさん、ラグランジュ3のラボにラッセを連れて行ってもらえます?」
ラグランジュ3は地球から見て月のちょうど反対側にあるラグランジュ・ポイントであり、月から遠いために宇宙開発としては魅力がなく放置されている。そのため、ソレスタルビーイングのメカ開発などを担当するファクトリーが存在するのだ。
「了解だ」
早速とばかりに出入り口に向かうイアンにラッセが声を掛ける。
「GNアームズがロールアウトしたのか」
「とりあえず一機だけだがな」
GNアームズはガンダムをサポート、重武装化するための強化支援メカで、パイロットさえいれば単独行動も可能。ガンダムとドッキングすることでGNアーマーとなり、防御、攻撃の両面を飛躍的に向上させることができる。更に各ガンダムの特性に合わせて兵装を変更できる汎用性の高さもあるので、取りうるミッションプランや攻撃バリエーションの幅を広げられるだろう。
本来は複数機ロールアウトする予定だったのに、一機完成しただけで受け取りに向かわねばならないほど状況は切迫している。それを皆もなんとなく察しているだろう。
「残りのメンバーは上がってくるガンダムの回収作業に向かいます」
「「「了解」」」
スメラギの声にクリスティナ、フェルト、アレルヤが答え、ブリーフィングルームを後にする。一人残ったスメラギは、国連軍を突き動かす何かの正体について考えをめぐらせるのだった…。
――――――――――――――――――――――――――――
久しぶりの無重力の中、プトレマイオスに着艦したレナはコクピットの中で思う存分身体を弛緩させながら、ふとあることを思い出した。
(……そ、そういえば『ソレスタルビーイングから抜けさせてもらいます』なんて送りつけてしまったような気がするのです…っ!?)
なんでそんな大事な事を忘れるんだ。という感じではあるが、刹那とのこととかロックオンと刹那のこととか色々あって、なおかつ刹那たちが故意にその話題に触れなかったこと、そしてステルスフィールドで掘り起こされた『記憶』のせいでここ最近の記憶があやふやになったせいでもある。
「こ、これは万死に値するのではないでしょうか……っ?」
『裏切り? よし、万死♪』
と微笑んで言うティエリアさんがなぜか脳裏に浮かんで、色々な意味で震え上がった私は慌ててブリッジを目指しました。
私がブリッジに到着すると、もうスメラギさんとクリスさん、フェルト、それにマイスターが全員揃っていました。
ちょうど、ロックオンがスメラギさんに問いかけます。
「状況は?」
「地上はいまのところ変化はないわ」
「トリニティも沈黙している」
なんとなく久しぶりにアレルヤさんの声を聞いたような気がします。
と、そこで珍しく険しい顔をしたティエリアさんが――――。
「――――命令違反を犯した罰を」
(………万死なのです…っ!?)
ここで命令違反の罰が適応される対象が私以外にあるでしょうか。いいえ、ありません。慌てて、しかし物音を立てないようにそっと背後のドアから逃げ出そうとした私を、ロックオンが怪訝そうに呼び止めます。
「どうした、セレネ?」
「…………ご、ごめんなさいーーっ!」
…………………
実のところティエリアは待機命令を破った自分への罰を求めていたのであるが、それを言うなら元凶はセレネである。とはいえ誰もティエリアを罰するつもりはなかったし、セレネも……反省はしているようだったので、二度とやらないと約束させてとりあえずは一件落着となった。むしろ、ティエリアの命令違反は無かった事になった。
「………そんなの、いつしたっけ?」
「………」
とぼけるスメラギに黙り込むティエリアの肩を、ロックオンが掴んで笑みを浮かべつつ言う。
「そういうことだ」
ティエリアには、理性ではなく別のところで彼らの意図を汲み取ることができる自分に気づいて、僅かに笑った。
「……それが人間か」
ティエリアもセレネ・ヘイズを罰しなくてはならないとは思っていない。トリニティの行動を認めがたかった。それだけだ。……つまりは、それと同じなのだろう。
間違えて、それでも許し合える。きっとそんな存在なのだ。人間とは。
アレルヤがそんな四人の―――主にティエリアの変化に気づいて首をかしげた。
「なにかあった?」
「さあな」
ロックオンが肩をすくめ、その時。
オペレーター席に座っていたクリスティナが声を上げた。
「――――スメラギさん、トリニティが動き出したようです!」
……………………
トリニティが人革連の広州基地を襲撃。しかし、退却。
それはトリニティのこれまでを考えれば信じがたいことであったが、それ以上に。まずい情報があった。国連軍が『擬似太陽炉搭載型モビルスーツを戦場に投入した』というのである。
「これからは、ガンダム同士の戦いになるわ」
スメラギさんの言葉は、心に重く圧し掛かる。
世界は新たな局面を迎えようとしている。
レナは明かりを消した自室で、瞳を黄金に輝かせながら携帯用の端末を取り出した。脳量子波を使ってアイシスの遠隔操作などが可能なようにカスタムされたそれを使い、プトレマイオスのネットワークを通してヴェーダのターミナルユニットにアクセス。
そこから、ヴェーダにハッキングを仕掛けた。
「………擬似太陽炉。ティエリアさんのトライアルシステムの強制解除。やっぱり、計画は……」
お父さんの『計画は信用できない』という言葉が脳裏を掠める。
これまでは絶対にしなかったヴェーダへのハッキング。けれど、状況がこうまで悪化していてヴェーダを疑わないことはできない。
「………ブロック?」
レベル1で阻止された。ティエリアさんしか使えないはずのターミナルユニットからアクセスしているのに、パスワードも聞かれずにブロックされるなんて。
……脳量子波の波長を検知されている? それとも何か見逃している? あるいはティエリアさんもブロックされて…?
「………ぅー?」
ブロックが堅い。頑なにアクセスを拒否してくる。
でも、この程度で止められると思ったら心外なのです。伊達にヒトをやめているわけではありません…!
ギラギラと、瞳の輝きが増す。
目まぐるしく揺らめきだした瞳と共に、意識を飛ばす。ターミナルユニットへ、そして、ヴェーダへ……。
気がつくと、赤い世界が広がっていた。
情報の海。そしてそれを守るように聳え立つレベル1のセキュリティ。
レベル1だからセキュリティが甘いのかと思うと、決してそんなことはない。こんなものにハッキングできるとしたら……。
(………わたしの、『同類』…?)
GNドライブの、粒子の、隠された力。
その影響を受けた、ヒトならざるもの――――。
(………試してみれば、わかることです)
私にできるなら、同類にもできる。
できないのなら、同類にもできない。
内部犯なのか外部犯なのか、少なくともこれで無理なら外部の犯行の線はなくなる。
そっと、セキュリティに手を触れ――――。
一瞬で何千、何万というアタックを仕掛け、その全てを瞬時に叩き潰されて顔を顰めた。どんな凶悪な反撃が来るかと身構え、しかし何も起こらず。警戒は解かずに考える。
(……これ、は……ヴェーダ本体に直接アクセスしなければ、ハッキングは……)
ソレスタルビーイングは甘くない、ということだろうか。
そう思ったとき、唐突にセキュリティの壁が消失した。
(……っ!? どう…して……?)
何かの罠?
疑ってみても、不気味なほどにヴェーダの情報の海は静まり返っている。
(………誘われて、ます)
嫌な予感しかしない。
即座に情報を引っ掻き回しながら逃げに出ると、背後から『誰か』が―――。
『――――覗き、かい?』
「――――っ!?」
ベッドの上で目を見開き、飛び起きる。
心臓が痛いほどに早鐘を打っていた。
「………あ、れは……?」
一瞬の攻防だった。
凄まじい速さで叩き込まれたアタックは、どう考えても人間技ではない。
というより、あの場所にいるということは脳量子波が扱えるか、あるはヴェーダにも人格があるのか……いや、それよりも――――。
「……………みつかって、しまいました…?」
ひょっとして、かなりまずい状況ではないだろうか。
冷や汗を流すレナに、答えてくれる人はいない。
次回予告
計画を歪める者が存在する。それに気づいた少女の取る道は何か。
刻一刻と迫る滅びを前に、真実の在り処は何処か。
次回、『セレネ』。
注:タイトル変更させて頂きました><