機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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昨日、前話のステルスフィールド後あたりにそこそこの量の話を追加させていただきました。
すみませんが、そちらから読んで下さい。お願いします><


第19話:絆

 

 

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングが隠れ家として利用している太平洋の孤島。

 セレネがアイリス社の軍需工場へ飛び、刹那がそれを追ってすぐ。出撃準備を終えようとしていたロックオンは、デュナメスのコクピットで機体状況を確認しながら笑みを浮かべた。

 

 

「ははっ、判断を尊重するだってよ」

 

 

(賢明な判断だぜ、ミス・スメラギ……)

 

 

 ロックオン自身、トリティのやり方には怒りを感じていた。彼らは、人の命や感情といったものを軽く扱いすぎている。それはきっと、セレネにとっては何よりも許しがたい事に違いない。そしてそれはロックオンにも、刹那にも共通する。恐らくはプトレマイオスチームの総意と言っても問題ないだろう。

 

 ただ、一つ言わせて貰うなら――――。

 

 

「勝手に突っ走りすぎだっての、あのきかん坊め……」

 

 

 何せ、勝手に『ソレスタルビーイングを抜けさせてもらいます』とか送りつけて一人で特攻なんてしやがった。こういうところは無駄に刹那とそっくりだと思う。

 まぁ、感情のままに行動する刹那と、自分で全て背負い込もうとするセレネという違いはあるのだが。とりあえずセレネはチョコレート抜きの刑に処してやろう。

 

 

「まったく、刹那も血相変えて飛び出しちまうしよ」

『ロックオン、止メナカッタ、止メナカッタ』

 

 

 専用ポッドでハロが電子音声を上げる。心なしか、ハロも笑って状況を受け入れているようにも思える。

 

 

「あら見てた? けど、あんな顔して飛び出す刹那を止められるかよ」

『ドウスル? ドウスル?』

 

 

 ようやく、刹那もマシな顔になってきた。

 なら、どうするもこうするも―――1つしかないだろ?

 

 

「ぶっちゃけ撃つ気満々だ!」

 

 

 ミス・スメラギは判断を尊重すると言ってくれた。つまりは好き勝手していいという意味であるが、できれば戦いを止めてほしいという要望も一応聞く。

 何せ方法が指定されてないからな。そうとも―――。

 

 

「――――狙い撃つぜぇ…!」

 

 

 スローネを行動不能にして、戦闘を終わらせてやる。完璧だな、文句の付けようがない。とはいえ、トドメを刺そうとする刹那を止めようとすることにはなるかもしれないが。ぶっちゃけ刹那が止められるかどうかはかなり怪しい。

 

 

「……ま、もしそうなったらウチのお姫様に手を出そうとした罰ってことで」

『ネライウツゼ! ネライウツゼ!』

 

 

 

 お姫様というよりマスコットだが、細かいことは気にしない。プトレマイオスの癒し担当で、大切な仲間。それだけ間違えなければ他は問題ない。

 

 

 

「行くぞ、ハロ――――デュナメス、ロックオン・ストラトス! 出撃する!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 エクシアのコクピットで、刹那はモニターに映るスローネツヴァイ、そして上空で両腕と頭を落とされて無残な姿になっているスローネアイン、ステルスフィールドを止めたスローネドライを見据え、そして最後に地面に倒れこんでいるアイシスを、そしてモニターに映るセレネの涙を湛えた瞳を見つめた。

 

 

 

『………せつ、な……どう、して……?』

 

 

 

 どうして、だろうか。

 しかし、迷いはなかった。スペインでの民間人への、そして今回の民間施設への攻撃。こんなことはガンダムマイスターのすることではないと、ヤツらはソレスタルビーイングの理念を具現化などしていないと確信したから――――。

 

 だが、こんなにも急いでいた理由はそれではない。

 こんなにも心が逸ったのも、恐怖を抱いた理由も、それではないのだ……。

 

 

 

「……セレネ……すまなかった」

『……っ、どう、して……刹那が……っ』

 

 

 セレネを泣かせたから。それ以外の理由が必要だろうか?

 だが、今は―――戦う。……だから、そう。

 

 一つだけ、どうしても伝えておきたいことがあった。こんなにも、時間が掛かってしまったけれど。こんな時だけれど、どうしても――――。

 

 

 

「………好きだ、セレネ」

『――――……っ、せつ、な…ぁ……っ』

 

 

 

 くしゃり、とセレネの顔が歪む。涙を溢れさせて、でも、それでも。

 刹那の心に、セレネの素直な気持ちが伝わってきたような気がした。

 

 

 

 

(―――――……わたし、も……あなたの、ことが――――…っ)

 

 

「………エクシア、目標を……駆逐する―――ッ!」

 

 

 

 今はそれだけでも、十分。

 刹那は胸の奥に感じる温かな思いと、激しく燃える怒りを感じながら操縦桿を握り締める。一気にペダルを踏み込む。

 

 

――――動けないセレネを攻撃させるわけにはいかない。

 

 

 

(――――今度こそ……今度こそ、俺は……!)

 

 

 

――――俺は、セレネを守り抜いてみせる……!

 

 

 刹那の思いに応えるように、エクシアのジェネレーターが強く輝く。

 そしてその勢いのままに、刹那はGNソードを展開しつつエクシアを突進させた。

 

 蹴り飛ばされていたツヴァイは浮かび上がりながらバスターソードを操り、エクシアの斬撃を跳ね返し、返す刀で切りつけてくる。

 それをGNソードの刀身で刃先を逸らすように受け流し、そして刹那は、セレネに影響を受けて追加した肩部の追加スラスターを閃かせ、急激に横方向の力を得たGNソードがツヴァイを弾き飛ばした。

 

 

 

『――――くそっ、テメェまで何しやがる! イカれてんのか、このクソ野郎!』

「――――駆逐する…ッ!」

 

 

 瞬間、全力でペダルを踏み込み全てのスラスターを全開。振り抜いた直後のGNソードの代わりに、渾身の蹴りをツヴァイの腹部に叩き込んだ。

 

 

『ぐぁぁっ!?』

 

 

 更に回転切りを叩き込んでコクピットを真っ二つにしてやろうとした瞬間、電子警告音が、アラートが聞えた。即座に回避行動を取るエクシアを、唯一残っていたGNランチャーで牽制したスローネアインから通信が入る。

 

 

 

『聞えるか、エクシアのパイロット! なぜ、行動を邪魔する? セレネ・ヘイズは裏切りを――――』

 

「―――違う!」

 

 

 刹那はヨハンの言葉を遮り、叫ぶ。

 

 

 

「先にセレネの……俺たちの想いを裏切ったのはお前たちだ…! 貴様は……貴様たちは――――ガンダムではない!」

 

『………錯乱したか、エクシア……』

 

 

 

 低く呟き、ヨハンが通信を切る。

 敵対宣言のようだが、構う事ではない。元々こちらは紛争幇助対象として、セレネの―――俺の敵として、駆逐するために此処に来たのだ。

 

 スローネツヴァイがGNバスターソードで切り掛かってくる。それを受け流しつつ、再びツヴァイを蹴り飛ばすが―――その隙を突いてアインがGNランチャーを三発連続して放ってくる。

 

 

 二発目まではなんとか回避するが、三発目はシールドで防がざるを得ず――――着弾の衝撃でシールドが粉砕され、エクシアの体勢が崩れた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 そこに、ツヴァイが6つのGNファングを放ってくる。武力介入の際に多くのモビルスーツを屠ってきたスローネツヴァイ最強の武器。セレネにとってはGN粒子を撒き散らす武器など自ら位置を教えてくれるようなものだが、刹那にとっては明確な脅威。

 

 だが、それでも――――!

 

 

 刹那は即座にGNビームダガー二本と、GNショートブレイドを投擲。一息に半分を破壊し、更に両手でビームサーベルを構えると、接近してきた残りの3つのファングも蒸発させ――――しかし、危険を報せるアラートは止まらなかった。

 

 モニターに背後から接近する2つのファングが映し出される。ツヴァイは先行する6本を囮にし、死角を突いてきたのだ――――。

 

 

 対応の遅れた刹那が機体へのダメージを覚悟した瞬間――――エクシアの背後に飛来した極太の粒子が空間もろともファングを焼き尽くす。

 三機のガンダムスローネがたじろぐような動きを見せる。

 

 

「この、粒子ビーム……!?」

 

 

 刹那は短く呟き、刹那の危機を救った粒子ビームが飛来した方向を見遣る。

 これだけの大出力の砲撃が可能な機体、それは――――。

 

 モニターに、白と黒の巨体が映し出される。

 

 

「ティエリア・アーデ……!」

 

 

 なぜ、俺に銃を向けるほど反目していたにも関わらず―――。

 僅かに戸惑う刹那はしかし、それと同時に理解していた。

 

 ティエリア・アーデもまた、ガンダムマイスターなのだということを。

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 エクシアとヴァーチェが、揃って空中に浮かび上がったスローネ三機に向けて突っ込む。ティエリアは油断無くモニターに映る三機を睨みながら、状況を素早く判断していた。

 

 

(……セレネ・ヘイズは機体に損害は無いが戦闘不能。あのフラッグは……アイシスが援護した、というところか)

 

 

 恐らくは、彼女の言っていた「手ごわいフラッグ」に違いない。どういうわけかGNソードを装備しているが、セレネが渡したのだろう。スローネアインの左肩がバッサリ切り落とされているのはその一撃によるものだと思われる。

 

 過激なGで中のパイロットが相当に疲弊しているのか、動きが鈍い。

 ひとまず、共通の敵であるスローネがいる以上は放置して問題ないだろうと判断し、事実上の戦力はエクシアとヴァーチェのみだと判断を下す。

 

 

 相手のスローネたちはツヴァイは健在だが、ドライは左足を小破。アインは両腕と頭を落とされているがGNランチャーは健在であり、中破……ほとんど大破だが、遠距離からの支援という点では油断できない。

 

 戦える数においては相手が有利だが――――負ける気など毛頭ない。

 いざとなれば奥の手を使う。だが、それ以前に勝利を確信させる要因があった。それは「何としても勝つ」という意思や信念のようなものではなく、確固とした存在として、ティエリアの隣に存在していた。

 

 

――――――ガンダムエクシア。

 

 

 認めたくは無いが、エクシアとそれを操るマイスターの存在が、ティエリアに勝利を確信させる一助になっていた。彼と、彼の機体の戦闘力は信じるに値する、と。

 

 

 そして、それならば。

 勝利を確実なものにするために、更なる手段を講じるのもやぶさかではない。

 

 

「フォーメーション、S32」

『了解』

 

 

 

 ティエリアの通信に、刹那が即座に答える。

 エクシアがヴァーチェの背後に回り、スローネたちの放った粒子ビームをヴァーチェのGNフィールドが軌道を逸らす。そのままビームを弾きつつ突進するヴァーチェの背後からエクシアが飛び出し、スローネアインに切り掛かる。

 

 アインがそれを辛うじて回避すると、隙ができたエクシアにツヴァイが切り掛かり――――しかしエクシアはそれを予見していたように回避。その瞬間を狙っていたヴァーチェがGNバズーカを放ち、その射線に誘き寄せられていた三機のスローネたちは慌てて散開。

 

 

 辛うじて回避し、空中で再び集結するトリニティを見据えながら、ティエリアはヴァーチェをエクシアの傍に寄せた。ダメージこそ与えられていないが、明らかにトリニティを翻弄しているという手応えがあった。

 

 

「フッ……まさか君と共にフォーメーションを使う日が来ようとは、思ってもみなかった」

『俺もだ』

 

 

 素っ気無い返答。だが、彼らしいと思った。

 素っ気無くとも、その奥に秘められたもの。それを感じ取ったような気がした。

 

 刹那は、訓練以降一度も使っていなかったフォーメーションに即座に反応してみせた。長期に渡った訓練の賜物ではあるが、ティエリアの望みどおりに反応してみせたのだ。

 

 

――――ならば。このまま付け入る隙を与えずに目標を破砕する!

 

 

「フォーメーション、D07、F52」

『了解』

 

 

 今度は逆にエクシアを前にして二機が突進する。即座に粒子ビームでエクシアが狙われるが、追加スラスターを閃かせたエクシアが沈み込むように下方向へ回避。それと同時に、エクシアの背後からGNバズーカがスローネに襲い掛かる。

 

 無論、その程度は相手も想定しているだろう。

 だが、先程のフォーメーションの目的が直線状に集めた敵機へのヴァーチェによる砲撃だったなら、今回は――――。

 

 

 機体の上半身を狙って放たれた粒子ビームを回避するために、ツヴァイが下に潜り込むように回避する。そこに、スラスターを全開にしたエクシアが粒子ビームに紛れるようにして突っ込む。エクシアの全力の切り上げに、ツヴァイはなんとかバスターソードで受け止めてみせるが、エクシアは鍔迫り合いの状態からツヴァイを蹴り上げた。

 

 

 ツヴァイはその衝撃で頭を粒子ビームの中に突っ込み、溶解してぐずぐずになった頭部が爆発する。即座にサブカメラに切り替わるだろうが、メインカメラを潰されたツヴァイが動揺する隙に更に左足の先をGNソードでもぎ取る。

 

 

 泡を食って上空へ逃げるツヴァイをアインがランチャーで支援し、辛うじてエクシアの剣から逃れたツヴァイだが、ティエリアは即座に次のフォーメーションを追加した。

 

 

 J14、L37、C22、K49、F40、すでにトリニティの陣形……あるのかは知らないが、明らかに『キレ』ているエクシアの猛攻、そしてそれに合わせ、利用するティエリアに最早トリニティは防戦一方となっていた。

 

 

 

 トリニティが果たしてどんな訓練をして今ここにいるのかは不明だが、彼らの行動を見るに協力や連携などという言葉はない。戦術一つ取ってもガンダムという特殊機体の性能任せ、作戦さえ果たせればいいというものにしか思えない。

 

 だからこそ、一応の二機対三機という状況でも劣勢に追い込まれる。

 ガンダムマイスターを名乗るだけあって、細かい損傷を積み重ねられながらもこれ以上の致命的なダメージは避けているが、いつまで持つか。

 

 

 そして、スローネツヴァイがエクシアの猛攻に追い立てられて孤立する。

 ティエリアは完全に技量でも気迫でも圧倒されるツヴァイと、追い詰めるエクシアを意識の外に置き、なんとか状況をひっくり返そうとドッキングしようとするアインとドライに向け、ビームサーベルを抜き放ちつつヴァーチェを飛び掛からせた。

 

 

 

「ガンダム相手に、そんな時間が与えてもらえると思っているのか!」

 

 

 

 スローネたちが左右に離れ、ビームサーベルが空を切る。

 二機のスローネに挟撃されるような形になったヴァーチェは、その機動力では回避してきれないだろう。だが――――この距離。これこそが狙っていたもの。

 

 むざむざと不利な状況に追い込まれたとでも思っているのか?

 ガンダムマイスターは、そんなに甘くはない!

 

 

 ティエリアの虹彩が金色に輝く。ヴェーダとのリンクを確立し、叫ぶ。

 

 

 

「――――ナドレ!」

 

 

 ティリアの声に応じ、コクピットのパネルモニターが変化する。赤色の背景。その中央に“GN-004 NADLEEH”の文字が浮かぶ。

 

 ヴァーチェの装甲パーツが瞬時に弾け飛び、内部からGN粒子の供給コードを赤い髪のようにたなびかせる白銀の痩身が現れる。 

 

 ティエリアの思考。それに応じ、ナドレはその力を解放する―――!

 

 瞬時に白銀の機体から目には見えない特殊フィールドが展開。それに狙い通り包み込まれたスローネアインとドライに、ティエリアは信号を送り込む。

 そして、即座に二機に異変が起きた。

 

 

 外見的には何も変わらないが、ぴくりとも動かない。

 まるで最初からそのポーズで作成されたオブジェのように。恐らくは中で必死に操縦しようとしているだろうパイロットを嘲笑うかのように、スローネアインとドライが重力を思い出したかのように落下し、受け身も取れずに地面に激突する。

 

 

――――システムダウン。

 

 

「……ヴェーダとリンクする機体を全て制御下におく……」

 

 

 静かに、厳かに、ティエリアが抑揚なく宣告する。

 

 

「……これが、ガンダムナドレの真の能力。ティエリア・アーデに与えられた、ガンダムマイスターへのトライアルシステム……」

 

 

 

 

 裁判(トライアル)システム。

 万が一、ガンダムマイスターが乱心したときのための制御装置。

 

 ガンダムマイスターといえど人間には変わりない。そして人間は感情で生きる不完全な生き物だ。感情は揺れる。不満、ストレス、嫌悪感や罪悪感、あるいは精神疾患や恋愛感情で自分を見失い、判断を違えることも考えられる。そして、ソレスタルビーイングの理念を頑なに実現しようとして暴走することもありうる。

 

 それを懸念、想定し、最強の武器であるガンダムが不当に扱われないために作られた機能こそが、トライアルシステム。

 

 

 奇しくもセレネ・ヘイズと刹那・F・セイエイもいくつかの条件に引っかかっているような気がするが、トライアルシステムで審判を下す者の感情が揺れては意味が無い。ゆえに、トライアルシステムは『人間以外の人間』に委ねられているのだ。

 

 それがティエリア・アーデのアイデンティティであり、他のマイスターたちと一線を画する部分。そのティエリアがトリニティを有罪だと断じた以上、必然的にセレネ・ヘイズと刹那・F・セイエイは少々先走った程度の問題しかない。

 

 

 

(とはいえ、ヴェーダに情報のない怪しげなマイスターと、ヴェーダに選ばれたマイスター、どちらを選ぶかなど迷うまでもないが――――)

 

 

 

 もし仮にトリニティがヴェーダに載っていても間違いなくティエリアは彼らのほうを断罪しただろうが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 

 

 

 ナドレがビームサーベルを構えなおし、地面で固まったままのスローネアインとドライを冷たく見据える。戦いを楽しみ、民間人まで巻き込むような武力介入の果てに、ソレスタルビーイングの理念があるものか!

 

 

 

「――――君たちは、ガンダムマイスターに相応しくない」

 

 

 

 ティエリアの金色の目が険しさを増し、ナドレがスローネに向けて降下する。

 感情を軽んじ、命を軽んじ、ガンダムを、マイスターであることを軽んじるような者。ソレスタルビーイングの理念の一面だけを見、履き違えるようなものが、マイスターに相応しいものか…! そんな者は――――!

 

 

「そうとも―――――万死に値する!」

 

 

 ビームサーベルを構え、紛い物の太陽炉ごとスローネアインを串刺しにせんとナドレが突進する。あと数秒でコクピットを貫く、そう思われたとき―――――。

 

 

 ふいに、ティエリアは眩暈のようなものを感じた。

 鮮明にひらけていた視界がブラックアウトするような、握り締めていたものが初めから存在していなかったように消失する感覚。

 

 

 

―――途切れた!?

 

 

 ヴェーダとのリンクが途切れ、トライアルシステムが強制解除させられる。

 退避したスローネアインに僅かに遅れてナドレがビームサーベルを地面に突き刺さるが、ナドレは、ティエリアはそのまま動くことができなかった。

 

 

「トライアルシステムが強制解除された…? ………一体、なにが……」

 

 そして、以前ヴェーダに格納された情報、その中でも最重要であるレベル7。ガンダムマイスターやクルーの出自データをはじめ、ガンダム各機の詳細な機体情報やGNドライヴの設計データなどが収められたそこのデータ領域の一部が改竄されていたことを思い出す。

 

 

 データ改ざん、アクセス拒否、トライアルシステムの強制解除。

 そしてトリニティと擬似太陽炉……。

 

 

「やはり、ヴェーダは……」

 

 

 ヴェーダは自分を拒絶したのか? あるいは、何者かによってハッキングされているのか? いずれにせよ、それは――――。

 

 

 そこで、ナドレのコクピットに甲高いアラートが鳴り響いてティエリアは我に返った。システムを取り戻したスローネアインとドライが、上空からこちらにGNランチャーとGNハンドガンを向けている。

 

 

 

――――頭上を取られた。

 

 

 相手もマイスターならば、この距離で外すことはない。

 うかつだ! この僕が……!

 

 その瞬間、遠方から粒子ビームが飛来してスローネアインが慌てて回避行動を取り、更にドライの背後から飛来したGNソードがその手からGNハンドガンを叩き落す。

 

 

「いまのは……」

 

 

 粒子ビームが放たれたその先には、モスグリーンを基調としてその機体―――ガンダムデュナメス。そしてGNソードを投げつけるという予想外の行動に出、武器を失ったフラッグは足を引っ張るつもりはないとばかりに、動きの鈍い機体をひきずるように再び地面に降下した。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「ふぅ……やれやれ、どうにか間に合ったようだな」

 

 

 とロックオンは戦況を確認しつつ息をつく。

 

 なんかフラッグまで味方になってるが、モニターに映るセレネは気分が悪いのか顔面蒼白とはいえ、無事。ナドレが出ているということはそこそこ苦戦はしていたようだが、ほとんど無傷のこちらの三機に対して向こうさんはボロボロである。

 

 今もエクシアの間合いから命からがらといった風情で脱出してきたスローネツヴァイがアインとドライの隣に合流し、エクシアとナドレもデュナメスの隣に並び、双方が睨みあい、対峙する。

 

 

「これで三対三だ。フェアプレーの精神で行こうぜ」

 

 

 ほぼ無傷の三機と瀕死の三機でフェアプレーもクソもないのだが、挑発してるので怒ってくれて問題ない。有視界通信をオープンにして呼びかけるとツヴァイが突っかかろうとする挙動を見せたが、スローネアインが止める。ヨハンは長兄というだけあって理性的に判断してるのか?

 

 何せ、GNドライヴも向こうは活動限界があるがこちらにはない。更にセレネが復活すればソードパックとウィングアイシスで袋叩きである。それにセレネがダウンしてる以上は刹那も怒り心頭だろうし、俺なら相手が刹那一人でも相手したくないところだ。

 

 撤退するような挙動を見せるトリニティに、ロックオンがまたしても呼びかける。

 

 

「逃げんのかい?」

『我々と敵対するつもりか』

 

 

 有視界通信で返してくるヨハンに、ロックオンは僅かに肩を竦めた。

 

 

「じゃなきゃ、こんなところまで出張ってこねぇよ」

『君は私たちよりも先に戦うべき相手がいる。……そうだろう、ロックオン・ストラトス……いや、ニール・ディランディ……』

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 ようやく僅かに動かせるようになってきた身体に鞭打って、レナはトリニティに照準を合わせていた。……先程までは混戦だったためになかなか援護ができなかったが、いざという時のためにタイミングを測っていたのである。

 

 

 ……ティエリアさんは、ヘンタイさんが助けてくださいましたし。

 

 

 割り込むつもりだったけれど正直、まだ上手く狙いが定められないので助かった。ついでに投擲されたGNソードは、ソードパックにコンソールからの操作でAIに回収してもらう。しかし――――通信を通して、ヨハンさんの声が聞こえる。

 

 

『キミがガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたい者の一人は、キミのすぐ傍にいるぞ……』

『なん、だと……』

 

 

 

 これは、聞いてはいけない。

 嫌な気配を感じ取り、アイシスを僅かに浮かび上がらせる。

 

 

「……ウィングパック……バースト、モード……っ」

 

 

 両腕に構えたビームライフル、腰部から中型のウィングスラスターが、肩部から大型ウィングスラスターが大型粒子砲としてスローネたちを狙う。

 コクピットに当てるつもりはないけれど、余計な小細工をする余裕を吹き飛ばします…!

 

 

『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織、KPSA……その構成員の中に、ソラン・イブラヒムが――――っ!?』

 

 

 大型粒子砲がスローネアインの脚部を纏めて吹き飛ばし、ビームライフルが肩部に唯一残っていた武装であるGNランチャーを吹き飛ばす。慌てて撤退するスローネアインはしかし、捨て台詞とばかりに言い残した。

 

 

『ソラン・イブラヒム……コードネーム、刹那・F・セイエイ。彼は君の両親と妹を自爆テロで殺した組織の一員。君の仇というべき存在だ』

 

 

 

 

(……わたしが、コクピットを狙わないのを分かって……っ)

 

 

 

 殺さない。その信念を知っていて、逃げるよりもこちらの連携の分断をしようとしたのだろう。そして、感情とは……そう簡単には割り切れない。

 

 刹那は、何も答えない。

 否定も、弁明も。

 

 わずかに訪れた静寂に、ロックオンの呟きが響いた。

 

 

『刹那……』

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太平洋にある隠れ家の孤島に、アイシスたち四機のガンダムが帰投していた。コンテナにガンダムを収納し、レナはパイロットスーツのまま、ふらつく足で島を覆う森の少し開けた場所に他のマイスターたちと集っていた。刹那は僅かに心配そうにしているが、その素振りは見せずにロックオンと向き合って対峙している。

 

 ティエリアは少し離れた木に背中を預けて腕組みし、レナもその隣で固唾を呑んで二人を見守っていた。

 

 

(……せつ、な……)

 

 

 本音を言うのなら、ロックオンを止めたかった。

 なのに、ロックオンの悲しみを、そして刹那が介入を望んでいないことを感じ取ってしまった身体が動かない。

 

 ただじっと、自分の罪を認めて断罪を待っているかのような刹那に、ロックオンが静かに切り出した。

 

 

「……本当なのか? 刹那、お前はKPSAに所属していたのか?」

「……ああ」

 

「クルジス、出身か?」

「ああ」

 

 

 ロックオンから苦しげな感情が溢れ出し、問う。

 

 

「お前も……お前も、関与しているのか? 十年前、北アイルランドで起きた自爆テロに……」

「いや」

 

 

 静かに否定する刹那に、ロックオンは僅かに黙り込む。

 レナはロックオンが刹那が嘘をつくような性格ではないと考えていることを、けれどもその脳裏に黒い死体袋に詰まった彼の両親と妹の姿が浮かぶのを感じ取ってしまった。

 

 

 

(………かなしい。世界は、こんなに……わたしは、私たちは………こんなことを、無くしたいのに……)

 

 

 憎しみと悲しみの連鎖。ガンダムマイスターでも、それからは逃れられないのだろうか。刹那を殺させないでと湧き上がる自身の感情に顔を歪めて、それでもレナは待った。ここで自分が飛び出しても、事態が悪化するだけだと分かっていた。刹那を、ロックオンを信じたかった。

 

 刹那が、小さく呟く。

 

 

「……ロックオン、トリニティが言っていたことは……」

「事実だよ。おれの両親と妹は、KPSAの自爆テロに巻き込まれて死亡した……」

 

 

 吐き捨てるように言い、ロックオンは続けた。

 

 

「……すべての始まりは、太陽光発電計画に伴う、世界規模での石油輸出規制が始まってからだ。化石燃料に頼って生きるのはもうやめましょうってな。だが、そいつで一番わりを食うのは中東諸国だ。国の経済が傾き、国民は貧困にあえぐ」

 

 

 

 ……ああ、そうだ。

 刻み付けられた『記憶』で、痛いほどにレナはそれを知っていた。

 

 貧しいのに、苦しいのに。

 信じられるものは神しかなく、それでも……。

 

 

「貧しきものは神にすがり、神の代弁者に、富や権利を求める浅ましい人間の声に耳を傾ける。そんでもって、二十年以上にも及ぶ太陽光紛争の出来上がりってわけだ。神の土地に住む者たちの聖戦……自分勝手な理屈だ。もちろん、一方的に輸出規制を決めた国連もそうだ。だが、神や宗教が悪いわけじゃない。太陽光発電システムだってそうだ……」

 

 

 何かが悪いわけじゃない。

 ……レナがずっと痛感してきたこと。

 

 世界には、これさえ無くせば平和になれる。そんな分かりやすいものはない。

 ただ、そう……。

 

 

「誰もが自分の幸せを願う当然の権利を主張しているだけだ。自分の幸せを、自分の意思で。それがぶつかりあって大きなうねりを生み出す。……どうしても、その中で世界は歪む……ああ、それくらい分かってる……」

 

 

 ロックオンが首を振り、改めて刹那に目を向けた。

 

 

「お前がKPSAに利用されていたことも……望まぬ戦いを続けていたことも……わかっている………だがな……」

 

 

 ロックオンが苦しそうに眉間を歪ませる。

 

 

「だが、その歪みに巻き込まれ、俺は家族を失った……」

 

 

 血の滲むような呟き。

 感情に当てられたレナは必死にこみあげる涙を堪えていた。

 

 

「……失ったんだよ……」

 

 

「……だから、マイスターになることを受け入れたのか」

「ああ、そうだ」

 

 

 ティエリアの言葉に、ロックオンは僅かに頷く。

 

 

「矛盾してることはわかってる。俺のしていることはテロと同じだ。暴力の連鎖を断ち切らず、戦う方を選んだ。……だが、それはあんな悲劇を二度と起こさないためにも、この世界を根本から変える必要があるからだ。世界の抑止力となりえる圧倒的な力があれば……」

 

「……それが、ガンダム……」 

 

 

 無言の肯定。そして、

 

 

「人を殺め続けた罰は、世界を変えてから受ける。……だが、その前にやることがある」

 

 

 そう言って、ロックオンは腰につけていた拳銃を引き抜き、銃口を刹那に向けた。

 

 

「ロックオン!」

 

 

 ティエリアが制止の声をあげるのを聞きながら、それでも銃を下ろさないロックオンを、何も言わずに全てを受け入れるかのような刹那を見つめながら、レナは何もできない自分への歯痒さを堪えながら考えていた。

 

 

(………わたし、は……また……)

 

「刹那、今おれは、無性にお前を狙い撃ちたい……! 家族の仇を討たせろ……恨みを晴らさせろ……!」

 

「………」

 

 

 刹那はやはり何も言わず、受け入れるかのように見つめ返し――――銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 刹那の僅かに斜め後ろの木に、小さな穴が穿たれていた。

 刹那は生きて、ロックオンを見つめている。わざと、外したのだろう。その彼に、刹那は言う。

 

 

「……俺は、神を信じていた……信じ込まされていた……」

「だから俺は悪くないってか?」

 

「違う」

 

 

 刹那は首を横に振り、思う。

 

 

「……この世界に、神はいない……」

 

 

 自分の両親を撃ち殺し、神の戦士として選ばれたと喜んだ。誇りすら感じていただろう。心の奥底から神を信じていたから。……だが…!

 

 

「………この世界に、神はいない……」

「答えになってねーぞ!」

 

 

 刹那は僅かに顔を俯け、そしてもう一度ロックオンに向き直る。

 

 

「俺は神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした……」

「あの男?」

 

 

「KPSAのリーダー……アリー・アル・サーシェス……」

「アリー・アル・サーシェス……?」

 

 

「ヤツは、モラリアのPMCに所属していた」

「民間軍事会社に?」

 

 

 ティエリアが確認するように呟く。

 ……そう、ヤツは……。

 

 

「ゲリラの次は傭兵か。ただの戦争中毒じゃねーか」

「モラリアの戦場で、俺は、ヤツと出会った……」

 

「そう、あのときコクピットから降りたのは……」

 

 

 合点がいったようなティエリアに、刹那も頷く。

 

 

「ヤツの存在を確かめたかった。ヤツの神がどこにいるのか知りたかった。もし、ヤツの中に神がいないとしたら、俺は……いままで………」

 

 

 今まで、なぜ戦ってきたのか。

 ……なぜ、俺の仲間たちは死んでいったのか……。

 

 

「……刹那」

 

 

 ロックオンが刹那に銃を向けなおし、言う。

 

 

「これだけは聞かせろ………お前はエクシアで何をする?」

「戦争の根絶」

 

 

「……俺が撃てばできなくなる」

「構わない。代わりにお前がやってくれれば。この、歪んだ世界を変えてくれ」

 

 

「…………」

「……だが、生きているのなら俺は戦う。ソラン・イブラヒムとしてではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター………刹那・F・セイエイとして」

 

 

「ガンダムに乗ってか?」

「そうだ」

 

 

 

 ……俺は、戦うことしか知らない。

 戦争を否定したいのに、過去を変えたいのに、戦うことしかできない。

 

 そう、あの機体と俺は、同じだ。

 紛争を根絶するための兵器も。戦いを止める為に戦う俺も。矛盾している。

 

 俺とあの機体は同じなのだ。

 だから、そう――――。

 

 

 

「……俺が、ガンダムだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 刹那は静かに、ロックオンの拳銃を見つめていた。

 命乞いをするつもりもなかった。ロックオンが遺志を継いでくれるのなら、それでいい。とうに覚悟はできていた。

 

 だから刹那は、ロックオンが引き金から指を離し、くるりと手の中で弄ぶように照準を外したのを半ば予見していたように、半ば意外なことのように感じた。

 

 ロックオンが大仰に肩を竦める。

 

 

「……ハッ、アホらしくて撃つ気にもなんねぇ」

 

 

 拳銃をホルスターに戻しつつ、彼は呆れた果てたような視線を刹那に向けた。

 

 

「……まったくよ、お前はとんでもねぇガンダムバカだよ」

「ありがとう」

 

 

 と刹那が言うと、ロックオンが目を丸くした。

 

 

「は?」

「最高の褒め言葉だ」

 

 

 刹那が微笑んで、ロックオンはぽかんとして、それから体を折り曲げて笑った。

 

 

「……は、ははっ……ははははっ……ありがとうだってよ、はははははっ……」

 

 

 

 ロックオンは笑いながら刹那の元に歩み寄り――――そのまま刹那の頬を殴り飛ばした。

 

 

 

「………」

 

 

 僅かに呆然とする刹那に、ロックオンは無言で視線を横に向け――――刹那がその視線の先を追うと、今にも泣き出しそうに涙を溢れさせるセレネが―――いや、もう大泣きしていた。

 

 

「ぐ、す…っ………ぅ、わぁぁぁぁああ…っ」

 

 

 途端に慌てる刹那に、ロックオンは笑みを浮かべたまま言ってやった。

 

 

「殴られた理由は分かってるだろうな、刹那?」

「……セ、セレネ…!?」

 

 

 早く行ってやれ、と手で示してやると、慌ててセレネに駆け寄った刹那が、むしろ更に激しく泣き出したセレネに抱きつかれて叩かれていた。……全く痛くなさそうだが。

 

 

 

「ばか…ぁぁっ! せつなの……ばかぁぁぁ……っ!」

「………すまない」

 

 

 

 

「……ったく、ガンダムのことしか考えてねぇからこうなるんだ」

 

 

 呆れたように呟くロックオンは、セレネを引き合いに出して命乞いをしない刹那の態度を好ましくは思うが、やっぱりアイツはどうしようもないガンダムバカだな。と思う。

 

 

 

「……せつな、なんて………だいっきらい、です…っ!」

「………!?」

 

 

 

 セレネがそっぽを向きながら叫び、真っ白な灰になる刹那を見ながら、ティエリアが呆れと苦笑を多分に含んだ笑みを浮かべて呟く。

 

 

 

「………これが、人間か……」

「そうだ、ティエリア。……このどうしようもなく利己的で、不完全で……それでも笑い合える。そんな存在が、人間なんだよ……」

 

 

 

「……セレネ…?」

「……(ぷいっ)」

 

 

 

 刹那にとっては笑い事じゃねぇだろうがな。

 そう呟いて、ロックオンとティエリアは僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 






次回予告

 大いなる計画の改変が、世界のバランスを劇的に変えた。
 その中で戸惑い、抗う者たちの叫びは何を生み出すのか。
 次回、『変革の刃』。



注:セレネの視点のときのみ地の文での呼称が『レナ』に、他の視点からは『セレネ』になっています。ある程度レナの気持ちが落ち着いたら元に戻るかもしれません。


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