機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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追伸:大幅増量しました


第18話:堕ちた翼

 

 プトレマイオスの私室で、スメラギ・李・ノリエガは端末のモニターを睨みつけながらヴェーダがハッキングされている可能性を考えていた。杞憂であって欲しいが、それだとガンダムスローネの存在に辻褄が合わない。

 もしそうなら、ヴェーダ抜きで計画を続行しなければならない。

 

 

「……そんなの、不可能よ……」

 

 

 ヴェーダは計画の最初期からあったシステム。作戦の根幹だ。人員の選定やデータの管理、計画の立案まで、すべてはヴェーダがあってこそ。

 そこで更に、端末に学友だったビリー・カタギリからメッセージが届いた。

 

 

「……そ、そんな、エイフマン教授が……亡くなったですって…!? ガンダムによる攻撃って……」

 

 

『スメラギさん!』

 

 

 クリスティナの声に、スメラギはびくりと体を震わせた。先程まで見ていた端末のモニターにクリスティナの切羽詰った顔が映し出されていた。

 

 

『大変です、セレネが……セレネが!』

「どうしたの!?」

 

 

 端末に、セレネから送られてきたという暗号通信が表示される。

 

 

【ごめんなさい。私は、私のために戦います。さようなら】

 

 

 

 その下に短く、ソレスタルビーングを離反すること、そして今後一切プトレマイオスのメンバーとは関係を持たないと記されていた。

 

 

「……っ!」

 

 

 なんのことはない。スメラギには、これがセレネがトリニティへ攻撃するため、そしてプトレマイオスチームをそれに巻き込まないために送ってきたのだろうとすぐに分かった。トリニティの行動は、セレネにとって許しがたいことであるのは推測するまでもない。

 

 責任を自分で全てを被るつもりなのだ。

 

 

 スメラギは即座にガンダム各機に指示を出そうとして―――。

 

 

 

『エクシア、潜伏ポイントから出撃済みとのこと! ロックオンが指示を求めています!』

『……カタパルト、スタンバイ。射出タイミングをヴァーチェに譲渡します』

『――――ヴァーチェ、ティエリア・アーデ。いきます』

 

 

「……ロックオンに、できる事なら戦いを止めてと伝えて。ただし、現場の状況によってはロックオン・ストラトスの判断を尊重すると」

 

 

 指示を出すまでもなかったか、とスメラギは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『――――なにっ!?』

『この粒子ビームは……!?』

 

『………よもや……君に出会えようとは…!』

 

 

 

 

 地獄とは、こういう場所の事を言うのだろうか。

 火の海と化したアイリス社の軍需工場の上空、ガンダムアイシスのコクピットでセレネ・ヘイズ―――いや、レナ・キサラギはふつふつと湧き上がる怒りのままに三機のガンダムスローネを見遣る。

 

 怒りで昂る意識が、地上にいる人たちの恐怖を伝えてくる。

 これとテロ行為の何が違うというの……?

 

 民間人への攻撃。そして、今回もまた民間人の働く施設への攻撃。

 

 

 違わない。違うものか。

 絶対に認めない。そうだ、だから……わたしは―――――。

 

 

 

 操縦桿を握り締め、スローネに通信を繋げつつ宣告する。

 

 

 

「――――……ガンダムアイシス……レナ・キサラギ。三機のガンダムスローネを紛争幇助対象と断定……目標を排除します…!」

 

 

 

『てめえ、なにしやがる!』

『あたしら味方よ!』

 

 

 

――――味方? 確かにそうだったかもしれない。

 

 

「……いいえ、違います。残念ですが、私は既にソレスタルビーイングから離反しました」

『なんだと……!?』

 

 

 そう、だから……みんなは、これには関係ない。

 思うが侭に、信じるままに、私は―――…っ!

 

 

 

「言ったはずです、ソレスタルビーイングのセレネ・ヘイズではなく――――わたしは、私としてあなたたちの行いを許さない…!」

 

 

 

 アイシスが2丁のビームライフルをスローネに向けると、スローネたちが戦闘態勢に入る。アインがGNランチャーをこちらに向け、ツヴァイがGNバスターソードを掴み、ドライがGNハンドガンを構える。

 

 

 

『兄貴、ああ言ってんだ。裏切り者がどうなっても構わねぇだろ?』

『……できるなら殺さずに無力化しろ』

『あははっ、楽しくなってきたじゃん!』

 

 

 

 そっと、操縦桿から手を離す。

 ギラギラと、瞳の黄金の輝きが増す。

 

 アイシスのコクピットが紅い光に包まれ、GNドライヴの甲高い駆動音と共にコンソールに文字が表示される。

 

 

 

 

――――Quantam Synchronize System――――

 

 

 

「―――――そう、簡単にいくと思わないでください…!」

 

『ほざいてろ! ――――捕まえて、たっぷり楽しんでやるよ! いけよ、ファング!』

 

 

 

 ツヴァイから6機のファングが放たれる。それに応じてアイシスからもソードパックが分離し、高機動モードに入ったウィングアイシスがGNドライヴの駆動音と共に全てのスラスターから眩い粒子の光を放つ。

 

 

「――――切り裂く…っ!」

 

 

 ビームサーベルをライフルの銃口から出し、アイシスがツヴァイに突進した。

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 グラハムは口の端から血を流しながら、それでも笑みを浮かべていた。

 いや、どうして笑みを浮かべずにいられるだろうか…!

 

 素早くカスタムフラッグの機体状況を確認しつつ、操縦桿を握り締める。

 視線の先では二刀を構えたアイシスが自在にウィングスラスターを操り、あの牙にも他の2機のガンダムの攻撃にも掠りもせずにスカート付きに連続して切り掛かる。

 

 舞い躍る、舞踏のように滑らかでありながら雷光のように鋭い連続攻撃。追加スラスターを閃かせる、予想を上回る攻撃。巨大な実体剣を持ったスカート付きを圧倒するその姿に、胸が昂る。

 

 

「そうだ―――それでこそ……ガンダムだ!」

 

 

 

――――最早、Gに耐えられるかどうかなど問題ではない…!

 

 

 

 アイシスが新型と戦っている。民間人を守るために。

 そして、グラハムはなぜここにいるのか? 彼らを、民間人を守るため。そして、新型のガンダムを倒すため。

 

 そうだ、つまりは私とアイシスの目的が一致したということに他ならない!

 自分の戦う意義も、アイシスとの戦いも、余計な考えなど一切無用!

 

 

 今、この戦場では――――思うが侭に行動させてもらう!

 

 

 

「――――改めて名乗らせてもらおう…! 私はグラハム・エーカー……義によって助太刀させてもらうッ!」

 

 

 

 グラハムが叫び、あらん限りの力でペダルを踏み込む。

 フラッグは瞬時に飛行形態に変形し、アイシスを肩のキャノンで狙う黒いガンダムに弾丸のように突貫した。

 

 

 

……………………

 

 

 

「く…っ!? 何だというのだ…!」

 

 

 再び、リニアライフルを乱射しながら例のフラッグが突っ込んでくる。咄嗟にGNランチャーを放ち――――しかしフラッグはバレルロールでやり過ごし、有り得ないことに更に加速して突っ込んでくる。

 

 

――――パイロットは本当に人間か…っ!?

 

 

 

『ヨハン兄――――きゃぁ!?』

「ネーナ!?」

 

 

 援護に入ろうとしてドライの背後からアイシスのソードパックが高速で回転しながら飛来。なんとか致命傷は回避したネーナだが、ドライの左足が斬り飛ばされる。ヨハンの気が逸れ―――。

 

 

 

『―――――何処を見ているッ!』

「くっ!?」

 

 

 外部スピーカーで、フラッグのパイロットが叫ぶ。

 奇しくも、先程と同じようにフラッグが飛行形態で突っ込んでくる。

 

 

 

――――同じ手など、喰らうものか!

 

 

 スローネアインは背後をとられようとも即座に反撃できるように反転しながらフラッグの突進を回避しようとし――――。

 

 

『……言ったはずだぞ――――今日の、私は…ァッ!』

 

 

 

 瞬間、フラッグが変形する。

 一瞬とは言え隙だらけになり、そして操縦がきかなくなるはずの変形。

 マトモな神経で、敵の眼前でそんなことができるとは思えなかった。

 

 

――――馬鹿な…っ!? この、タイミングで変形だと…!?

 

 

 急激に増大した空気抵抗に行く手を阻まれ、フラッグが僅かに失速する。間違いなく、パイロットを凄まじいGが襲っているはず…! しかし、そんなことなど構わないとばかりにプラズマイオンジェットを全開にするフラッグがソニックブレイドを抜き放つ。

 

 

 

『―――――阿修羅すら凌駕する存在だと…ッ! そうだ、人呼んで――――ッ』

「ぅ、ぉぉぉおおおおっ!」

 

 

 スローネアインが残った左腕で残る一本のビームサーベルを抜き放つ。

 今度こそ、同じ手など喰らうものか! サーベルをそう何度も渡しはしない!

 

 

 スラスターを全開にし、フラッグを迎え撃つ―――。

 

 

 

『――――グラハム・スペシャル…ッ! アンド――――リバァァースッ!』

「――――なっ!?」

 

 

 フラッグがソニックブレイドをスローネ目掛けて投擲する。当たったとしてもかすり傷程度の損傷にしかならないが、一瞬だけ視界が最大出力のソニックブレイドの輝きで遮られる。武器を捨てた事に驚きつつもフラッグ目掛けてビームサーベルを振り抜き――――手応えが、ないっ!?

 

 

 

 

『―――――ダブル…ッ……リバァァァスッ!』

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 

 

 スローネの直上に、更なる連続変形を終えて人型形態となるフラッグ。

 そして、その手には――――GNソードだと…っ!?

 何故、いつの間に――――!?

 

 

 

『―――――受け取るがいい…ッ!』

「――――っ!?」

 

 

 

 最早声もなく必死にペダルを踏み込み、操縦桿を倒す。

 しかし次の瞬間、振り下ろされる剣が視界を埋め尽くすと共に機体が激震した。

 

 

 

『―――ヨハン兄っ!?』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『―――くそっ、くそっ! 当たりやがれ!』

 

 

 

 スローネツヴァイがファングを動かそうとする気配を察知したレナの意思に、その脳量子波に応え、脚部ブースターを作動させたアイシスがツヴァイの腹部をしたたかに蹴り飛ばす。

 

 

(―――機体が、お留守なのです…っ!)

 

 

 ファングを動かそうとすれば機体が鈍る。機体を動かせばファングが鈍る。どうやってファングが動いているのかはよく分からないが、恐らくはパイロットが指示を出してAIが細かいところを補助しつつ実行するのだろう。つまるところ、GNパックの遠隔操作の通常版と同じだ。脳量子波で一切のタイムラグなく機体とGNパックを手足の如く操り、そして能力で戦場を掌握するレナにとっては、コンピューターと算盤で掛け算の勝負をするようなもの。

 

 ただ、それでもレナも物理法則からは逃げられない以上、囲まれて嬲られれば苦しい戦いになると思っていたのだが――――。

 

 

 

『――――改めて名乗らせてもらおう…! 私はグラハム・エーカー……義によって助太刀させてもらうッ!』

 

 

 

 驚かなかった、と言えば嘘になるだろう。

 けれど、予測していなかったというわけでもない。

 

 あの人……グラハムさんが眼下の惨劇に心を痛めていることはなんとなく察していたし、意外にも私のことを嫌わずにいてくれたのもなんとなく分かった。

 そして、笑みを浮かべつつ思うのだ。

 

 

 

(――――その人は、とってもヘンタイさんですよ?)

 

 

 

 有り得ない動き。有り得ない直感。有り得ないセンス。

 ストーカーだとかユニークな言動だとかで思い始めた『変態』という言葉だったが、常人の理解を超えるという意味でまさしく変態なのだろう。

 事実として、レナは幾度となく苦しめられてきた。だから、実力も良く知っている。

 

 

 

 そう、その人は――――すごいヘンタイさんです!

 

 

 そのレナの内心に応えてしまうかのように、グラハムが凄まじい勢いで突進する。

 相変わらずの無茶苦茶な速度で、そのくせに凄まじい繊細さで。

 

 

 

(――――あの人なら、一対一なら必ず圧倒する!)

 

 

 

 そんな確信とも言える直感に従い、本当はスローネアインへの牽制に使うはずだったソードパックをブーストさせ、フラッグを妨害しようとしていたスローネドライを背後から強襲する。

 

 突撃するフラッグに、先程背後を取られたらしいアインが振り返りながら回避することで奇襲を防ごうとする。しかしそれは―――悪手。

 

 

 ヘンタイは常識に囚われない。

 そんなレナの失礼な、けれど確かな信頼に応えるように、迂闊にも脇腹を見せたアインの眼前でフラッグが変形する。

 

 

 

『……言ったはずだぞ――――今日の、私は…ァッ!』

 

 

 

 その常識を超越する行動に、レナの心が僅かに昂ぶる。それに応じるように瞳の輝きが強さを増し、グラハムの目まぐるしい思考の一部を感じ取る。

 

 

 

(――――武器が足りん! だが、それでも――――!)

 

 

 

『―――――阿修羅すら凌駕する存在だと…ッ! そうだ、人呼んで――――ッ』

『ぅ、ぉぉぉおおおおっ!』

 

 

 

 その瞬間、レナの意識が飛躍した。

 GNドライヴを中心に、意識が広がるような圧倒的な爽快感。

 

 この瞬間、戦場の全てを掌握し、何かに導かれるように選択する。

 この場における最適解。そして、それを実行できるという直感。

 

 

 レナはその声が届くという確信の元、心で叫んだ。

 

 

 

(――――これを!)

(――――この、感覚…ッ!?)

 

 

 

 レナの脳量子波に応え、ソードパックが動きを変える。

 グラハムの中で構築される戦場。その答えに、同調させる―――!

 

 

 

『――――グラハム・スペシャル…ッ! アンド――――リバァァースッ!』

『――――なっ!?』

 

 

 残る最後の近接武器であったソニックブレイドをフラッグが投げつけつつ上体を倒す。その直後、瞬時に飛行形態となったフラッグが、その人型形態を大きく上回る加速力でアインの上を取り――――。

 

 

 

『―――――ダブル…ッ……リバァァァスッ!』

 

 

 更に空中変形。恐ろしいまでの負荷を肉体にかけ、鼻からも口からも血を流しながら、それでもグラハムが笑みを浮かべているのが分かる。

 そのフラッグの手が、飛来しつつ急減速をかけるGNパック。そこから射出されたGNソードをしっかりと、確かに掴み取る―――!

 

 

 

(―――――確かに、託されたぞ……アイシス!)

『ば、馬鹿なっ!?』

 

 

 

 変形で生じる失速。それさえも利用してフラッグが反転する。

 この状態でも更にペダルを踏み込み続けるグラハムの魂の叫びが聞える。

 GNソードが眼下の紅蓮の炎に照らされ、その怒りを宿すように紅く輝く。

 

 

 

(――――そうだ! 散っていった同胞たちの……そして罪なき人々の……そしてアイシスの想い! その一撃を!)

 

 

『――――受け取るがいい!』

 

 

 不安定な姿勢から、しかしそれでも確かに振り抜いてみせたGNソードが、アインの頭部から左肩にかけてをバッサリと切断した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「――――ヨハン兄っ!?」

 

 

 ヨハン兄があんなにやられるなんて…!? 

 ドライのコクピットで驚愕するネーナは、悔しいながらもアイシスとフラッグの有り得ない戦闘力を認めないわけにはいかなかった。

 そして、気づいた。先程まで執拗にドライをつけまわしていたソードパックが、フラッグの援護のためにいなくなっている。

 

 

 そしてネーナは、とある光景を思い出すのだ。

 そう、タクラマカン砂漠のことを。

 

 

「――――あははっ! 油断大敵ね!」

 

 

 分かっていたのだろう。アイシスも最初は。

 けれど、隙だらけ! 調子に乗りすぎ!

 

 

「GN粒子、最大散布! 行っけえっ、ステルスフィールド!」

 

 

 

 スローネドライが舞い上がる。そして、その胸部のGNドライヴが赤く輝いた。

 そして現れる、赤い翼。撒き散らされる圧倒的なGN粒子の奔流に、焦ったように飛来するソードパックの動きが乱れ、地面に落ちていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「―――~~~っ!」

 

 

 アイシスのコクピットで、レナは声にならない悲鳴を上げていた。

 戦場全てを把握していた調子の良さが、圧倒的な不快感となって押し寄せてきたのである。無数のなめくじでも這いずっているかのような気色の悪い感覚に、制御を誤ったソードパックが墜落する。

 

 

「――――ひぅ…っ、ぁ…ぅぅ~~~…っ!」

『さすがだぜ、ネーナ! おらよぉっ!』

 

 

 更にいきなり強烈なGN粒子の毒の影響を受けた頭が耳鳴りや眩暈を引き起こし、隙だらけになったアイシスをツヴァイが思い切り蹴り飛ばし、更にGNバスターソードの腹でアイシスを叩き落した。

 

 

 

『――――ぅぐ、アイシス…ッ!?』

『あなたも余所見はダメよ!』

 

 

 あまりの凄まじい機動の直後で動きが鈍りつつも、なんとかアイシスの救援に行こうとするフラッグを、ドライがGNハンドガンで牽制する。

 

 

 

「―――…ぅ、ぁぁぁっ……ま、だ……わたし……は…っ」

 

 

 拒否反応を起こす身体が言う事をきかない。

 貧血を起こしたように視界が白く染まり、ちりちりと光が点滅する。

 

 地面に叩き落されたアイシスの眼前にツヴァイが降り立ち、ミハエルはそのコクピットハッチにバスターソードを突きつけて笑みを浮かべた。

 

 

 

『―――――その腹かっさばいて引きずり出して、たっぷり楽しんでやるよ!』

 

 

 

 戦場に過剰に満ちたGN粒子が、その悪意を伝えてくる。

 意識に直接それを叩き込まれたレナの身体が勝手に震え、瞳から涙が零れた。

 

 

 

 

 

「………ぃ、や…ぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――――――悪意。悪意だ。

 

 

 どうして、世界には悪意が満ちているのか。

 

 記憶の奥にこびり付く、ガラスの向こう。

 何も映してはいないお父さんの瞳と、緑の光―――。

 

 

 

 

 気がつくと、私はいつかの私を見つめていた。

 まだ、ヒトだったころ。

 

 今とほとんど違わない、ただ瞳と髪が黒色の私が、カプセルに押し込められて震えていた。

 

 

 

『……ぃや……こわい、よ……おとう…さん……っ』

『………玲奈、お前が、母さんの望んだ世界を創るんだ』

 

 

 必死にガラスを叩いても、叫んでも、もうお父さんには届かない。

 そこにいるのに、もう、いないのだ。

 

 

 

『――――人類は、変わらなければならない。イオリア・シュヘンベルグは、何故GNドライヴを創る必要があったのか……お前の中に、もう答えはある』

 

『―――…ぅ、ぁ……たす……け、て……っ』

 

 

 

 緑の光が、強まっていく。

 熱い、煮え滾る液体を流し込まれたように。

 痛い、全身が引き裂かれるように。

 

 

 頭の中に何かが流れ込んでくる。

 わたしじゃない、ナニカ。

 

 

 

『――――やだ、やだぁぁぁぁぁっ! おかあさん…っ、おかあさぁぁん…っ!』

『…………なぁ、玲奈。桜は……母さんは、殺されたんだ――――』

 

 

 

 私は――――暗い屋根の下で、毎日毎日―――――殴られて―――煩わしい人間関係が――――飢えていた―――ガンダムに――――踏み潰す――――どろりと血が流れ――――銃を撃ち合う――――初めて撃ち殺す――――神のために――――爆撃機が通り過ぎ――――骨が砕ける痛みが――――腕がちぎれる―――何も見えない―――足がなくなって――――なにもできない――――ひきさかれるような――――…。

 

 

 

 流れ込む、誰かの記憶。

 痛みと苦しみに満ちたそれらに、絶叫することしかできない。

 

 

 

『ぅ……ぁ、ぁぁあああ―――――っ!?』

『――――…もう、計画は信用できない。トポロジカル・ディフェクト……GNドライヴの――――成功した。あの方法では2基しか――――……』

 

 

 

 意識が、朦朧としていた。

 もう、何も感じられない。ただ、自分が自分でなくなって――――。

 

 

 

『………くる……し……おと…さ……』

『………――ェーダ、GN――イヴ、そして、――――…全てが――た、その時こそ――――…玲奈。赦しを乞―――とは思わん。だが、お前は既に――――』

 

 

 

 

 

 

 

―――――わたしは、だれ?

 

 

 

 砂漠に住んでいたような気もする。都会だったような、海の上だったような気も、森の中だったかもしれない。足を地雷に吹き飛ばされたような気もするし、ライフルでお腹を撃ち抜かれたような気も、モビルスーツに踏み潰されたような気もする。

 

 きっと死んでいるのだろうと思うけれど、気がつくと生きていて、そして死ぬ。

 ふと、何かの気配を感じた。

 そういえば、ずっと生きているのが一人いたかもしれない。

 

 

 その一人が、久しく動かしていなかった瞼を動かし、ぼんやりと目を開けると、緑の光とガラスの向こうに真っ赤な血溜まりが見えた。

 メガネをかけ、白衣を着た男の人が転がっている。……ああ、死んでいるのか。

 

 

 何度も、何度も、なんども………永遠に続くかというほど人が死ぬのを見てきた。

 どうして世界はこんなに苦しいのか、ずっと考えてきた。

 

 

 人間は愚かで、争いを止められない。

 ああ、本当に愚かだ。きっとこのまま争い続けて、もしも滅びが眼前に迫ったとしても争い続けるのだろう――――。

 

 

 ふと、涙が流れていることに気づいた。

 手も足も動かないのに、涙だけが溢れてくる。

 

 

『………お…とー、さん……?』

 

 

 

 勝手に、口が動く。

 とっくに枯れたと思っていたのに、まだ悲しみが溢れてくる。

 

 どこかで……見た事…ある人が、死んで……る。

 頭を……撃ち、抜かれて………苦しむ暇も、無かった……きっと……。

 

 

 

『………お、とうさん……っ?』

 

 

 なんで、私は……ないて、るの?

 知らない。知らない。こんな人は―――…。

 

 

『……ぃゃ……、だよ……ひとり……さみ、しいよ……っ』

 

 

 

 死なない人はいない。みんな、最後には死んでしまう。

 もう分かっていた。わかっていたのに。

 

 

『……ぅ、ぁぁぁぁあ…っ! おと…ぅさん…っ! おかー…さん…っ!』

 

 

 

 叫んでも、叫んでも届かない。

 そうだ、世界はこんなにも悲しい。

 

 

 

『もし一人でも救うことができたなら――――それは、誇っていいの。その人を大切に思う人からすれば、それ以上の偉業は世界に無いのだから――――』

 

『お前が、母さんの望んだ世界を――――』

 

 

 

――――世界を、変える。

 

 

 世界の苦しみを、一つでも減らしてみせる。

 それが、それだけが私に残された生きる意味なのだから―――。

 

 

 

 

 なのに、こんなにも無力だ。

 身体に力が入らない。悪意を受けたときの『記憶』が呼び起こされる。

 

 ふと、死んだほうがマシかもしれない、と思った。

 その時――――。

 

 

 

『――――俺は、お前に生きていてほしい』

 

 

 

 ………ああ、どう…して……。

 どうして、ここで刹那のことを思い出してしまうのだろう。

 

 失う苦しみを、悲しみを知っているのに、なぜ求めてしまうのだろう。

 

 

 拒絶したのは、私だ。

 来てくれるわけがない。その……はず、なのに……。

 

 

 

 どう、して―――…。

 

 

 

 

 

「……たす、けて………っ」

 

 

 

 

 振り下ろされるバスターソードが、ゆっくりと見える。

 それ、なのに………それなのに―――…っ。

 

 

 

 

――――どうして、信じているのだろう。

 

 

 

 

「――――………せつ、なぁ…っ!」

 

 

 

 

――――瞬間、飛来した青と白の影がスローネツヴァイを蹴り飛ばす。

 

 

 

 

 その機体から、全身から、怒りを迸らせるエクシアが、刹那が、叫ぶ。

 

 

 

『―――――エクシア……刹那・F・セイエイ………目標を、駆逐する…ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

惑う感情と確かな想いが交錯する戦場で、埋もれていた真実が牙をむく。
次回、『絆』
狙い撃つ相手、それは……。



要望をいただきましたので、増量しました。
……文才が欲しい。あるいはガンダムでもいいから欲しい。

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