機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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せっかく後半が熱いので、ほぼ2話分一気に投稿!
休日だから書く時間があっていいですけど、平日だったら2日に1回2話サイズと、1日1回1話サイズのどちらがいいでしょうか…?



第17話:悪意の矛先

 

 

 

 

 

 

 トリニティによる武力介入は徹底的に目標を潰すスタイルを貫き、一切の容赦が無いその戦いに、世界は彼らが行動するたびに新型ガンダムの性能の高さと彼らの冷酷非情さを恐怖と戦慄として刻み付けられる。

 

 プトレマイオスチームには一切報告など無く、各国報道機関による速報やエージェントからの情報で情報が届く。

 

 

 そんな中、セレネはロックオンと刹那とともに太平洋上の孤島に身を潜めていた。

 

 

 

(………何人、死んだのかな……)

 

 

 トリニティの行為は、攻撃目標は、ソレスタルビーイングの理念から外れてはいない。けれど、殺す必要のない人を殺し、壊す必要のないものまで壊すやり方をセレネはどうしても認めたくなかった。それでも、悔しいことに彼らは理念に反していないのだ。

 

 

(下手に動いたら、状況を悪化させる……)

 

 

 スローネたちは機体を戦闘不能にしたところで、恐らく彼らは修理して再び戦いを挑むだろう。そしてそうなれば、セレネへの報復とプトレマイオスチームへの報復が同一のものと取られてしまう最悪の展開も考えられた。

 

 つまり、セレネにはこのまま黙って大きな犠牲を積み重ねながら世界の変革を待つのか、あるいは裏切り者として断罪されることも覚悟でスローネを屠るしかなかった。あるいはスローネの武力介入のたびに割り込むという方法も……しかし、それもそのうちにセレネが攻撃対象になるだけだろう。

 

 

 動くに動けない。

 歯痒かった。殺されるのを見ていることしかできない。

 かつて感じ取った世界の苦しみがガンダムによって生み出されているというのは許しがたい侮辱でもあり、しかし犠牲を減らすためにトリニティを殺すというのは絶対にできないことでもある。

 

 

 

――――ひとりでも多く助ける。諦めずに足掻き続けなければ、セレネの行動原理が、生きる意味が瓦解する。なのに、動けない。

 

 もしもセレネが独りだったなら、既に戦う意味を見失っていただろう。

 

 

 

「やつらの武力介入は、これで七度目………あれこれ構わず基地ばかりを攻撃、しかも殲滅するまで叩いてやがる。……アレルヤの台詞じゃないが、世界中の悪意が聞えるようだぜ」

 

「トレミーからの連絡は?」

 

 

 現在、三人はエクシアの輸送用コンテナのレストルームで話していた。自分のコンテナで苦悩していたセレネをロックオンが引っ張り込んだ形である。セレネは本当は刹那に会うと苦しいような、悲しいような気分になってしまうので嫌だったのだが、ロックオンに断る理由を聞かれて「刹那の近くにいたくない」などと答えられるわけもなく。

 

 

「待機してろと。ヤツらのせいでこっちの計画は台無しだからな。ミス・スメラギもプランの変更作業に追われてるんだろうよ」

「………」

 

 

 刹那が黙ってガラスの向こうで超然と佇むエクシアに目を向ける。

 最近、なぜか加減がきかなくなってきた能力が勝手に刹那の思いを読み取る。

 

 

『あれが、ガンダムのすることなのか……?』

「……刹那」

 

 

 ガンダムは理想を実現するための機体だ。紛争を武力で根絶しようという行為は必ずどこかで犠牲を強いる。しかし実現されるべき理想が、むごたらしい破壊の向こうになどあるとは思えない。

 

 刹那は、そう信じていた。

 他のガンダムマイスターもそう思っていると信じていた。

 

 そして、過度に無意味な破壊を行うトリニティに刹那は懐疑の念を抱いている。

 

 

 

「……セレネ?」

「……ぇ?」

 

 

 刹那がこちらを見る。どこか拒絶を恐れるような感情が伝わってくる。

 そこでようやく、セレネは自分が心の中で呟いたつもりで声に出して刹那を呼んでしまったことに気づいた。

 

 

「……っ、その……なんでも、ないです……」

「……そうか」

 

 

 どんよりとした空気が漂う―――と、そこでロックオンが刹那に近づいて何事か耳打ちする。……なにを話してるのでしょうか? 刹那からやや動揺するような気配が、ロックオンからは苦笑するような気配が伝わって、言います。

 

 

「悪い、ハロを取ってくる。セレネ、渡しておきたいものがあるから帰るなよ」

「……ぇっ!? ロ、ロックオン!?」

 

 

 

 せ、刹那と二人きりにしないでくださ――――…ふ、ふたりきり…?

 わたしも取りにいきます。そう言おうとして立ち上がり、けれどその前に刹那に腕を掴まれた。

 

 

 

「待ってくれ、セレネ…っ」

「………ぁ、ぅ……」

 

 

 

 心臓がやかましいほどに騒いでいた。掴まれた腕と、顔が熱をもっているようだった。ゆっくりと振り返ると、刹那が真剣な瞳で見つめてくる。どうしてかその瞳を直視できず、ちょうど私の目線の高さにある刹那の胸辺りを見つめる。

 

 すると、急に刹那の胸が目の前にあった。

 

 

 

「………ぇ?」

 

 

 いつのまにか刹那が目の前に立っている―――どころではなく、わたしの背中に刹那の腕が回っている。そっと、身体が密着する。驚きのあまり、息が止まった。

 咄嗟に、刹那を見上げて何かを問いかけようとして―――…。

 

 

「………せつ、な――――――んぅっ!?」

 

 

 どうしてか、刹那の顔が目の前にあった。

 声が出ない。唇に少し乾燥した、けれど柔らかい感触。

 

 それと同時に、刹那から何かの感情が伝わってくる。

 ……けれど、知らない。わたしは、こんな…きもちは……っ。

 

 

 

 

「――――……っ!? ん、ぅーー…っ!」

 

 

 

 頭がふわふわして、呆然としていた。

 けれど我に返って、わけもわからずにジタバタと暴れる。 

 

 刹那の腕はそれくらいではビクともしなかったけれど、永遠にも思える数秒の後にそっと離される。半ば崩れ落ちるようにしてふらふらと刹那から離れると、もう人間という枠組みを越えて情報を処理できるはずだった頭が、わけのわからない感情で埋め尽くされていた。

 

 

 

 

「………っ、ぐすっ………ば、か……せつなの、ばかぁ……っ」

 

 

 

 勝手に涙がぼろぼろと溢れて、零れ落ちる。

 わけがわからなかった。どうして泣いているのかもわからず、ただ、処理できない感情と情報を無理矢理に理解しようとする。

 

 だって、わたしなんかが誰かに好きだと思ってもらえるはずがない。

 化け物だ。ばけものなのに。それに、こんなにもお子様なのに。

 そうだ、だから……きっと。こんなきもちは、かんちがいなんだ……っ。

 

 

「っ……セレネ、俺は……っ!」

「ぃ…いや……いやぁぁ。刹那…はっ、アザディスタンの時の女の人が……っ!」

 

 

「なぜ、マリナ・イスマイールが…!?」

 

 

 本当なら、刹那が困惑していることがわかっただろう。

 なのに、錯乱した頭は勝手に自分でも納得できる答えになるように回答を捻じ曲げる。

 

 

 やっぱり刹那は、その人のことが好きなのだ。

 だけど、きっとわたしが刹那のキスを気にしていたから……っ!

 

 

 

「………ごめん、なさい…っ、せつな……っ」

 

 

 

 刹那から伝わってくる驚愕と悲しみの意味もわからない。

 ただ、ふらふらと立ち上がって一目散に外を目指した。

 

 そうしなくてはいけない。

 そうでなければおかしくなってしまうような気すらした。

 

 

 コンテナを飛び出しても走り続けて、途中でロックオンに呼び止められたような気もしたけれど止まらなかった。誰もいない川辺でようやく立ち止まって、崩れ落ちる。

 

 

 

「………はぁ…っ、はぁ……っ」

 

 

 

 熱くなった頬を、冷たい涙が流れ落ちる。

 ほんの少しだけ冷静にもどった思考に、冷たい現実に気づかされる。

 

 

 

(………これ、で……ほんとうに、刹那にきらわれた……)

 

 

 

 それでいい。それでいいの…っ。

 心の中で何度も呟いて、川を覗き込む。

 

 だいきらいな、自分の顔が水面に映っている。

 足元の草を千切って水面に投げつけると、僅かに像が揺らいで、けれどすぐに元に戻る。

 

 

 刹那といっしょにいても、苦しいだけ。

 だって、わたしは……。

 

 

 

「………ぅ、ぁぁぁあぁぁ…っ、刹那……、せつなぁぁ……っ」

 

 

 

 いっしょに、いたいのに。

 どうしても怖い。失う事が、怖い。

 

 たいせつなものは、ぜんぶ消えてしまうから……。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 コンテナの外でこっそりと話が終わるのを待っていたロックオンは、セレネが泣きながら飛び出してくるのを見て慌てて呼び止めたが、振り向きもせずに走り去るセレネにただごとではない何かを感じてコンテナの中に入り、魂が抜けたように椅子に座り込む刹那に慎重に声を掛けた。

 

 

 

「……おい、刹那…? 何があった…?」

 

 

 どう考えても刹那とセレネは両想いのはず。よっぽどのヘマをやらかさなければネーナの一件以来、避けられまくっている刹那でも仲直りどころか一足飛びに恋人にでもなれると思っていたのだが……。

 それで『素直に思うまま気持ちを伝えろ』と刹那に入れ知恵してこんな場を設けたのだ。責任も感じつつ対処を考えるロックオンに、半死半生といった風情の刹那が小さく呟く。

 

 

「………、と……」

「へ?」

 

 

「……ごめんなさい、と……」

「な、なんだって…!?」

 

 

 素直に気持ちを伝えて「ごめんなさい」と謝られるなど、尋常なダメージではない。しかし、セレネが刹那を断るなど想像できないロックオンは、刹那に追加ダメージが入るのを覚悟で問いかけた。

 

 

「な、何て伝えたんだ…?」

「…………」

 

 

 しかし、へんじがない。しかばねのようだ……。

 それでも、聞かないことには始まらない。辛抱強く待つと、刹那は小さく呟いた。

 

 

「……伝えて、いない」

「……は?」

 

 

 意味がわからない。「ならなんで泣きながら逃げられたんだよ」との意思を込めて刹那を見据えると、刹那はものすごく言いにくそうにしつつ、長い沈黙の後に言った。

 

 

「………キスを、したら。泣かれた……」

「―――馬鹿だろ!? おまっ、何も言わなかったのか!?」

 

 

 あのセレネに! いきなりキスなんてしたら錯乱するのが目に見えてるだろうが!

 そう怒鳴りつけてやりたいのを必死で堪えた。もう馬鹿だろと言ってしまったがそれくらいは仕方の無いダメージだと割り切る。

 

 

「……言おうとした。逃げられた……」

 

 

 なんかもう片言になっていやがる……。

 かつて想像も出来なかったほどの落ち込み具合の刹那の前でロックオンは頭を抱えた。

 

 

―――この、ガンダム馬鹿め…!

 

 

 なんとなく刹那にも事情があって恋愛の経験が皆無だというのはわかる。それに、流れによってはセレネを抱きしめたくなったりキスしたくなる気持ちも理解できる。なんか小動物みたいだから愛でたいのもわかる。

 しかしそれでも、とにかく自分を卑下するセレネに、どう思っているかを誤解しようも無いくらいはっきりと伝えるのが大事だったというのに!

 

 

 間違いなく何かとんでもない誤解を生んでいる。

 

 そして、それと同時にセレネの異常なまでの卑下をなんとかしないといけないのかもしれないと感じた。本当に刹那が嫌なわけではあるまい。世界がこんな状態だからこそ、二人には早く仲直りしてもらいたかった。

 

 

「あー、ったく! 俺がセレネから事情を聞いてくる。いいか刹那、お前はセレネのことをどう思っているのかもう一度よく考えておけ!」

 

「……すま…ない、ロックオン……」

 

 

 

 ったく、本当に世話が焼けるガンダム馬鹿どもだ!

 ロックオンは苦笑して、セレネがいなくなった森に向かった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 光が乱舞する、プトレマイオスのヴェーダのターミナルユニット。

 そこではティエリアがもう一度ヴェーダの情報を洗い出し、ヴェーダがハッキングされている可能性を検証していた。

 

 

(レベル3クリア……レベル4……レベル5……)

 

 

 次々と上位レベルにアクセスしていき、そして最高位であるレベル7に到達したときのことだった。そこにある情報の形が一部、以前見たときと変化していることに気づいた。

 

 

(……レベル7の領域のデータが、一部改竄されている…!? このデータ領域は、一体……)

 

 ティエリアがその領域を確認しようとしたときだった。急にデータの流れが断ち切られ、アクセスが強制的に打ち切られる。再度アクセスしようとしても、できない。

 

 

(……きょ、拒否された…!?)

 

 

「こ、この僕が……アクセスできないなんて……そんな……」

 

 

 打ちのめされたティエリアには、しばらく体を動かすこともできなかった。

 ……そして、確実に何かが狂っている。そう思った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 アメリカの軍人墓地に、ぱらぱらと小雨が降っていた。

 それが故人を偲ぶ空からの悲哀に思えるのは感傷がすぎるのかもしれない。しかし、グラハムは今は少しでもその感傷に浸っていたかった。

 

 

 目の前には、真新しい墓石。グラハムは花を手向けると、そこに刻まれている名前を小さく呟く。

 

 

「……ハワード・メイスン……」

 

 

 その若すぎる死が、名の下に刻まれて生没年にはっきりと記されている。

 後ろに立つダリルが、静かに呟く。

 

 

「……ハワードは、隊長のことをとても尊敬していました」

 

 

 グラハムにとって、初めて耳にすることだった。

 

 

「次期主力モビルスーツ選定でフラッグが選ばれたのは、テストパイロットをしていた隊長のお陰だと……」

 

「……私は、フラッグの性能が一番高いと確信していたからテストパイロットを引き受けたにすぎんよ。しかも、性能実験中の模擬戦で……」

 

 

「あれは不幸な事故です、隊長…!」

 

 

 ダリルがグラハムの言葉を遮り、言う。

 

 

「……隊長、ヤツはこうも言っていました。隊長のお陰で自分もフラッグファイターになることができた。……これで、隊長と……共に、空を飛べる…と…っ」

 

 

「……そう、か……彼は、私以上にフラッグを愛していたようだな……」

 

 

 僅かに言葉をつまらせたダリルに、グラハムが僅かに表情を緩ませた。

 グラハムの脳裏に、ハワードの顔が浮かんだ。まだ彼の声も顔も、忘れていない。今にも現れて、またフラッグの変形を生かした戦術について語り合えるような気すらする。

 

 

 

 心に開いた空虚な穴には、奪われた分の憎しみが、悲しみが渦巻く。

 グラハムは静かに立ち上がり、墓前に敬礼した。

 

 

「……ならば、ハワード・メイスンに宣誓しよう。私、グラハム・エーカーはフラッグを駆って、あのガンダムを倒す事を………」

 

 

 すまない、ハワード。そう心の中で呟く。

 仇は必ず取る。しかし……。

 

 

「……隊長。ハワードも、分かっています。……俺たちも、隊長の部下(フラッグファイター)ですよ」

「ダリル……」

 

 

 

 敵わない、な。

 そう思う。雨は、まだ止みそうにない。

 

 しかし、僅かに日の光も見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 スペイン郊外の上空。

 

 トリニティのガンダムスローネたちはミッションを終え、帰路の途中だった。

 あるいはこのとき、ほんの僅かにでも時間がずれていれば運命は変わったかもしれない。

 しかし―――。

 

 

『ラグナから、次のミッションが入った。目標ポイントへ向かう』

『またかよ!』

 

 

 ヨハンの言葉にミハエルが不満を漏らす。

 

 

「やだあ、ここんとこ働きづめじゃない……」

 

 

 ネーナもモニターに顔を近づけて眉根を寄せ、しかしヨハンは静かに言った。

 

 

『我慢しろ。戦争根絶を達成させるためだ』

「あーもう……」

 

 

 ネーナはシートに体を投げ出して考える。武力介入が嫌いなわけではない。むしろ楽しんでミッションを遂行していたし、破壊に対する快感もあった。

 けれどタクラマカン砂漠以降、間を置かずに連続して出撃しているためにストレスが溜まっていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 と、そこで何かに気づく。全方位モニターの下方、緑の多い丘陵地帯にある大きな邸宅の中庭で、たくさんの人が集っていた。

 その映像を拡大すると、何かのパーティのようだった。みんな笑っている。浮かれている。楽しんでいる。一瞬頭をよぎった羨ましさが、苛立ちに取って代わる。

 

 

「なにそれ? こっちは必死でお仕事やってんのに、能天気に遊んじゃってさ。あんたら、わかってないでしょ?」

 

 

 ネーナはスローネドライをその邸宅に向ける。

 

 

「世界は、変わろうとしてるんだよ」

 

 

 それなのに自分の目の前でなければ関係ない、世界は平和だと勘違いする連中。そんなのが足を引っ張るから世界が変わらない。あたしらが忙しく動き回る羽目になってるんだよ。そう、無知は罪なの。

 

 

 

 眼下で、怯えたような人の群れ。はしゃいでいるようなヤツもいる。

 

 

 ……なんて、マヌケ面。

 

 

 それは、ネーナの傲慢だった。ガンダムに乗ってるということ。そしえ普通の人間とは違うというプライドと優越感。人の命を蹂躙できる特権が、高慢な笑みを浮かべさせる。

 

 あんたたちみたいなの、世界にはいらないんだよ。

 だから、そう――――。

 

 

「――――みんな、死んじゃえばいいよ」

 

 

 

 ネーナはGNハンドガンを向け、躊躇い無くトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…………ぅ、ぐす…っ」

 

 

 無人島の木の上で、静かに泣いていたセレネの通信端末に新しい情報が届く。またロックオンか、それとも刹那か。能力をフルに使って隠れるセレネを二人が探しているのは気づいていたけれど、応じるつもりなんてなかった。

 

 

 しかし、さみしかった。

 気まぐれで端末に目を落とす。すると、エージェントからの情報だという事に気づいた。

 すぐさま情報を開き、そして愕然とする。

 

 

「………トリニティが、一般人を攻撃……?」

 

 

 

 紛争幇助対象者がいたわけでもなく……意味も、なく……?

 

 信じていたソレスタルビーイングの理念が、瓦解するような気がした。

 

 

 

 

 

 きつく、自分が座っていた枝を握り締める。

 ミシリ、という音を立ててそれまでセレネを支えていた枝が握りつぶされる。

 

 身体を包む落下の感覚に、セレネは動じずに地面との距離を測り、音も無く両脚で着地する。ああ、やっぱり……どうしようもなく化け物なのだ。

 

 

 けれど、それは――――お父さんとお母さんの。そして、わたしの理想のため。

 

 

 わたしには、それ以外に生きている意味がない。

 だから、そう――――。

 

 

 

「………アイシス、来なさい」

 

 

 邪魔なコンタクトレンズを外し、煌く黄金の瞳を晒して呟く。

 

 GN粒子の輝きが、近づいてくる。

 主の呼び出しに応じて静かに降り立つのは、蒼い翼と緑の輝きを纏った純白の天使。

 

 

 

「………すべてを失うとしても、わたしは……」

 

 

 

 コクピットに乗り込み、ロックオンと刹那からの通信を訴える端末の電源を落とす。コンソールを素早く操作してアイシスへの通信をシャットアウトすると、暗号通信の送信画面を見ながら小さく呟いた。

 

 

 

「………ごめん…なさい。わたしは……、わたしのために戦います……」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アメリカ、イリノイ州にある米軍航空戦術部隊の基地。

 本拠地をガンダムによって壊滅させられたオーバーフラッグス隊は、その一角を間借りして新たな所属基地としていた。あくまでも借家だが、今のところ新たな基地の建設計画は未だに軍部に承諾されていない。

 

 

 グラハム・エーカー少佐は、夜の格納庫を歩いていた。

 階級が上がっているのはガンダム鹵獲作戦における多大な貢献が評価されたためだ。事実としてひっくり返されかけた戦況を持ち直させて、危うく3時間程度で失敗しかけた作戦を16時間まで引き伸ばし、新型ガンダムを引きずり出した功績はある。とはいえ、そのせいで新型が暴れまわっているというのだからグラハムの内心の苦味は察する事ができるだろう。

 

 グラハムとしては辞退したかったが軍の命令でもあり、そして色々と考えていることもあって引き受けた。

 

 

 

 それはさておいて、格納庫には生き残った十機のオーバーフラッグが飛行形態で格納されている。基地の中では外れ、僻地に捨て置かれるような格納庫であったが、グラハムとしては逆に静かでいいとも思っていた。基地の責任者である大佐にも数時間前に謝辞を述べてきた。

 

 

 グラハムは足を止め、愛機であるグラハム専用ユニオンフラッグカスタムを眺める。愛機を見据えるその瞳は、厳しい。

 

 

 ………ハワードに、フラッグで新型ガンダムを倒すと誓った。

 その自信はある。しかし……。

 

 

「おや、どうしたんだい。こんな時間に?」

 

 

 声が聞こえて顔を上げると、カスタムフラッグの陰からひょいと顔を出す人物がいた。額に包帯を巻き、特徴であるちょん髷を結わずに長髪をたらす、ビリー・カタギリ技術顧問。ギプスで固め、肩から吊るした左腕が痛々しい。

 

 

「―――…カタギリ!? なぜ、ここにいる…?」

 

 

 

 グラハムは慌てて親友のもとに駆け寄った。MSWAD基地でガンダムの襲撃に巻き込まれたカタギリは、幸いにも直接ビームを受けはしなかったが爆風に煽られて全身を強打していた。

 

 

「全治三ヶ月の診断で入院しているはずでは……」

「ぼくがいないと、このカスタムフラッグの整備はできないよ。なんたって、エイフマン教授が直々にチューンした機体だからね。並みの整備兵じゃとても……っ」

 

 

 と作業に戻ろうとしたカタギリが、顔をしかめてスパナを落とした。

 

 

「無理をするな」

 

 

 グラハムはがスパナを拾い上げると、カタギリは真剣な瞳で言った。

 

 

「……そうもいかないよ。きみに譲れないものがあるように、ぼくにも譲れないものはある……」

「……強情だな」

 

 

 グラハムは苦笑してスパナを差し出し、受け取ったカタギリも苦笑した。

 

 

「キミほどじゃないさ」

 

 

 

 静かな時間が流れた。グラハムは黙って整備の音を、工具が触れ合う音や整備用の端末を操作する音を聞いていた。するとふと、カタギリが呟く。

 

 

「……ぼくはね。こう思っているんだ。オーバーフラッグスの本部をガンダムが襲った本当の目的は……エイフマン教授じゃないかって」

「……なぜだ……?」

 

 

 親友がこんな冗談を言うようには思えず、そして疑う気もないグラハムは驚きに目を見開き、それから細める。カタギリは小さく頷くと、続けた。

 

 

「教授は、ガンダムのエネルギー機関と特殊粒子の本質に迫ろうとしていた。なんらかの方法でそれを知ったソレスタルビーイングは、武力介入のふりをして教授の抹殺を図った……」

 

「………まさか、軍の中に内通者がいるというのか……」

 

 

 表情を強張らせるグラハムに、カタギリは頷く。

 

 

「いないと考えるほうが不自然だよ」

「………一枚岩ではない、か。………カタギリ、ソレスタルビーイングはどうだと思う?」

 

 

 グラハムは頼りになる親友に、真剣な瞳を注いだ。

 何を言いたいのか分かったのだろう。カタギリは僅かに表情を緩めた。

 

 

「……キミのほうがよく分かってるだろう。グラハム?」

「……そう、だな」

 

 

 

 しかしその時、思考は鳴り響くサイレンによって打ち切られた。

 

 

『アイオワ上空、F3988ポイントに、ガンダムと思われる三機の機影を発見……』

 

「ガンダムだと!」

 

 

 グラハムが大きく身を乗り出し、カタギリが僅かに思案する。

 

 

「そのポイントにある施設といえば……」

 

 

 カタギリの呟きに、グラハムはカスタムフラッグのリニアライフルに目を向ける。そうだ、このライフルが造られた場所――――。

 

 

「アイリス社の軍需工場!」

「まさか……いくら軍需工場とはいえ、働いてるのは民間人だよ…!?」

 

 

「カタギリ、フラッグを出せるか?」

「そりゃ、少し待ってもらえば……って、まさか!?」

 

 

 表情を曇らせるカタギリに、グラハムは重ねて問うた。

 

 

「出せるんだな」

「単独出撃なんて無茶だよ! 相手は三機も―――」

 

 

 そうだ、わかっているとも。

 しかし、その工場で働く民間人もやはり、誰かにとっての大切な人間なのだろう。

 

 フラッグは出せる。私は動ける。

 その事実があれば、道理など無用…!

 

 

「そんな道理、私の無理で抉じ開ける…!」

「グラハム……」

 

 

「―――…カタギリに譲れないものがあるように、私にも譲れないものがあるのだよ」

 

 

 そう言って、グラハムは強気な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 アイリス社の工場は、まるで夜空の星々を焦がそうとするかのように激しい炎に包まれていた。眼下に広がる炎の大海原に、絶え間なく赤い光条が撃ち込まれ、すでに焼かれていた建物は崩落し、逃げ惑う人々を消滅させる。

 ビームと炎で人間は傷口から血を流す前に塵となって消えるか、あるいは黒こげの肉塊となり、おびただしい流血はない。

 

 兵器を製造していても戦場とは無縁だった人々の助けを呼ぶ声は轟々と燃え盛る炎と粒子ビームの呼び起こす爆発の中に虚しく消えていく。まるで、地獄のような有様だった。

 

 

 グラハムの駆るカスタムフラッグが現場に到着したときには、既に工場は全焼の域に達しようとしていた。

 赤い炎を黒い煙が、その場にいた人々の苦痛を示すかのようにのたうちまわっているように見える。その上空に、3つの光源があった。

 

 フラッグの望遠カメラがその機体を映し出す。モニターに移す黒、緋色、赤色のガンダムを睨みつける。最大スピードのフラッグにかかる空気抵抗が機体を激しく振動させていたが、そんなことに構いはしない。

 

 惨劇に湧き上がる怒りを糧に操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込み続ける。

 

 

 敵機が接近するフラッグに気づいて振り返る。

 

 

 

「――――やはり、新型か…ッ!」

 

 

 

 グラハムはリニアライフルを乱射させ、右肩にランチャー砲を装備した黒いガンダムに突っ込む。敵機は無作為に飛来する弾丸をすべて回避してみせ、右腕に装備した粒子ビーム砲を放ってくるが―――。

 

 

(その程度で―――このカスタムフラッグを捉えられるものか…ッ!)

 

 

 グラハムもまた軽々と敵弾をかわし、機体をガンダムに向けて突進させる。ガンダムはそれを辛うじて回避し、フラッグは擦過する勢いで通り過ぎる。

 しかし――――これで終わると思うな!

 

 

 カスタムフラッグが急速反転する。凄まじいGに全身が悲鳴を上げるが、構いはしない。そうだ、ここからがフラッグと―――私の戦いだ!

 

 

 レッドゾーンを踏み越え、それでもなおアクセルを踏み込む感覚。

 これ以上はダメだという、本能がリミッターをかける。……それをグラハムは、感情に任せて引きちぎった。

 

 

 更に加速するフラッグが、ガンダムに向けて突っ込みながらその姿を変える。

 フラッグがフラッグである所以――――モビルスーツへの変形。

 グラハムがグラハムであると知られる所以――――グラハム・スペシャル…!

 

 

 急激な空気抵抗に体が前のめりになり、したたかにシートに打ち付けられる。肺から空気が搾り出され、衝撃が思考を鈍らせる。だが、だが―――…ッ!

 

 

 全く鈍らない強い意志を宿す瞳の輝きが、新型ガンダムを睨む。

 プロフェッサー・エイフマンを屠り、ハワードの仇でもある一機。

 

 グラハムは軍人である為に、軍人同士の戦いで仲間を失うことで敵を恨むつもりなどなかった。悲しさと怒りは残るが、それは別だ。

 

 

 アイシスたち緑の粒子を放つ5機のガンダムは罠だと知っていてタクラマカン砂漠へとやってくる潔さがあった。決して民間施設を攻撃したりせず、一般人を手にかけたりするような真似などしなかった。

 

 

(………ああ、そうだ。私は……)

 

 

 私は、そんな彼らに好意を抱いていた。

 興味以上の対象だというだけではなく、好敵手として。

 正々堂々と戦い、互いの力を認め合うものとして。

 

 

 だが、新型は――――それを汚した!

 

 

 アイシスたちに感じられる高潔さが、気位の高さが微塵もない。

 ハワードの、プロフェッサーの、仲間たちの命を奪い、あまつさえアイシスたちの思いを踏みにじるような行為。

 

 

――――そう、彼女たちもこんなものを望んでいるはずがない!

 

 

 だから、私も……。

 私も理性ではなく、感情をもって行動させてもらう!

 

 

 

「――――どれほどの性能差であろうとも!」

 

 

 

 

 どれほど絶望的だとしても!

 私は世界を相手に戦う好敵手(ガンダム)を知っている!

 この程度で諦めて、顔向けなどできるものか!

 

 

 カスタムフラッグの左手がソニックブレイドを抜き放ち、ガンダムに躍りかかる。ビームサーベルで受け止められて、鍔迫り合いとなる。だが、この程度だと思うな!

 

 グラハムの足が、あらんかぎりの力でペダルを踏み込む。

 

 

 

「―――――今日の、私は…ァッ!」

 

 

 

 フラッグの左腕が振り抜かれ、ガンダムが弾かれて大きく仰け反る。

 

 

 

「―――――阿修羅すら凌駕する存在だ…ッ!」

 

 

 

 隙を見逃さず、瞬時に切り掛かる。ガンダムは崩れた体勢のままビームサーベルで受け止めて見せるが――――ソニックブレイドがビームサーベルによって焼ききられる寸前。フラッグの左足がビームサーベルを握るガンダムの手を蹴り上げた。

 

 ガンダムの手からビームサーベルがこぼれる。

 フラッグを飛翔させ、寸分の狂いなく宙を舞うビームサーベルを掴み取り、その勢いのままに突進する。

 

 ガンダムが迎え撃とうと右腕の粒子ビームを構えるが――――。

 

 

 

 

―――――遅い!

 

 

 

 鋭い一撃が回避しようとするガンダムの右腕を切断。腕は宙を舞い、僅かな間を置いて爆発四散した。

 

 

 

「い、一矢は……報いたぞ、ハワード……」

 

 

 震える指でヘルメットのバイザーを開けると、ぐほっ、と込み上げたものを右手のグローブに吐き出した。

 

 

「……こ、この程度のGに体が耐えられんとは……」

 

 

 そして、僅かに後方に下がった黒いガンダムの放つ粒子キャノンを辛うじてかわすと、緋色のガンダムと赤いガンダムが粒子ビームを撃ちながら加勢に現れる。

 

 

「……くっ!」

 

 

 右手に持ったビームサーベルが、エネルギーの供給をなくして出力を落とす。

 役に立たなくなったそれを投げ捨てると、グラハムは悲鳴を上げる身体に鞭打ってリニアライフルを構える。

 

 

 しかし、思うように動けない。

 先程の一撃が、唯一の好機だったか……っ。

 

 

 

 それでも必死に三方向からの粒子ビームをかわすグラハムに、スカート付きがハワードを屠った牙を飛ばしてくる。

 あの時はあれほど鈍く感じられた動きが、追えない。

 

 

 グラハムは悟った。これは、避けきれまい。

 

 

 

(………くっ、無念だ……)

 

 

 

 突っ込んでくる牙と粒子ビームを掠めるように回避する。しかし、牙の1つが眼前に迫っていた。なのに、避けられない。反応しきれない。

 

 

 

(……すまない…っ)

 

 

 

 静かにグラハムが歯を噛み締め――――眩い白光がグラハムの眼前で閃き、牙を瞬時に蒸発させた。

 

 

 

 静かに顔を上げる。

 腹の奥から、笑いが込み上げてくる。何がいるのか、乙女座の直感に頼るまでもなく分かっていた。

 

 

 

 

「………よもや……君に出会えようとは…!」

 

 

 

 眩い緑の輝きを纏い、蒼い翼を広げる純白の機体。

 真紅のツインアイを輝かせ、ガンダムアイシスが静かに地上の惨劇と、三機のガンダムスローネを見据えていた。

 

 まるで、抑え切れない怒りと悲しみを堪えるように。

 不届きな者に裁きを与えんとする天使のように。

 

 

 

 

 

『―――……ガンダムアイシス………レナ・キサラギ。三機のガンダムスローネを紛争幇助対象と断定……目標を排除します…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回予告

砲火を交えるアイシスとスローネ。
決意の戦場で、剣は翼を得る。次回、『堕ちた翼』。
その剣、切り裂くは何か。



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