機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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第1話:ガンダムマイスター

 

 

 

 

 長身を白のスーツで固め、長い後ろ髪を後頭部で纏めているのが特徴的な男。ユニオン軍モビルスーツ開発技術顧問のビリー・カタギリと、くせのある金髪にあどけなさの残る顔立ちながらユニオン軍第一航空戦術飛行隊―――通称MSWADに所属する中尉、グラハム・エーカーは、AEUの公開軍事演習でガンダムエクシアを目撃した後、その演習場から少し離れた荒野で車を停めていた。

 

 

「軍に戻らなくていいのかい? 今頃は対応におおわらわだよ?」

「ガンダムの性能が知りたいのだよ。あの機体は特殊すぎる。戦闘能力は元より、あれが現れるとレーダーや通信、電子装置に障害が起こった。恐らくは全てあの光が原因だろうが……」

 

 

 グラハムはそこで一旦区切ると、カタギリに向き直って言った。

 

 

「単刀直入に聞こう。カタギリ、あれが何か分かるか?」

「現段階では特殊な粒子としか言えないよ。恐らくあの光はフォトンの崩壊現象によるものだと思うけど……まだまだ秘密があるだろうね」

 

 

「フっ………好意を抱くよ」

「…へっ?」

 

 

 グラハムの突然の言葉にカタギリが思わず聞き返すが、グラハムは微笑んで言った。

 

 

「興味以上の対象だということさ」

 

 

 と、その時ユニオン軍諜報部の信号を出す一台の車が近づいてきた。運転席から降りるグラハムたちに、諜報員は敬礼しつつ報告する。

 

 

「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問。MSWADへの帰投命令です」

「その旨を由しとする」

 

 

 そしてグラハムは予測していた。実際に肉眼でガンダムを目撃した二人。そして自分が好意を抱いたガンダム――――すぐに、また出会えるだろうと。

 

 

(……フフっ、是非ともお手合わせ願いたいものだ)

 

 

 そして二人は、ユニオンの輸送機に乗った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングの隠れ場所の一つである無人島。そこで一夜を明かしたセレネは私服である飾り気のない白のワンピースを着て、川に足を浸してぼんやりと空を眺めていた。すぐ近くには石に腰掛けた刹那もいるが彼は水には入っておらず、それにパイロットスーツのままだった。

 

 

「……ねぇ、刹那? パイロットスーツ以外の服はないのです?」

「……人がいる地域に行く場合の服ならある」

 

「いくつです?」

「1つだ」

 

 

 「何か問題でもあるのか」と言いたげな刹那に少しムッとしました。別に刹那が臭くて私が困るわけではないですけど……。

 

 

「……でも、宇宙ならともかく地球でそれは……。エクシアが臭くなったりしたら嫌ですよね?」

 

 

 このあたりは赤道に近いですし、宇宙でも使えるパイロットスーツは当然のように機密性バツグンです。私なんて必要がなければすぐ脱ぎますし……。

 刹那もエクシアが臭いというのは想像したくなかったのか、目に見えて顔を顰めた。

 

 

「………しかし、今日は次のミッションの予定がある」

「そうですね。ですから、次からは何か違う服を用意しましょう? 無いのでしたら買いにいきましょう。エクシアのために!」

 

 

「……わかった」

 

 

 私も刹那も、ガンダムが臭くなるのは嫌ですからね…! それにエクシアはアイシスとほぼ同型なので私も特に思い入れがあるのです。刹那は僅かな逡巡の後に頷き、そこでロックオンが歩いてました。

 

 

「―――ったく、どの国のニュースも俺達の話題で持ちきりだってのに。お二人さんはデートのお約束かい?」

 

「いえ、お買い物です。エクシアのために」

「………ガンダムだ」

 

 

 やや茶化すような口調のロックオンでしたが、私と刹那の答えを聞くと何故か呆れたように肩を竦め、それから呟きます。

 

 

「お前ら、本当に好きだよな……」

「ガンダムマイスターですから」

「当然だ」

 

 

 「いや、お前らのは関係ないだろ……」とロックオンは呟いていますが、何だかんだでロックオンもデュナメスには思い入れがあると思うのです。

 と、気を取り直したロックオンが再び口を開きます。

 

 

「とにかく、謎の武装集団が全世界に戦争根絶を宣言するって話題でどの国も持ちきりだ。最も、ほとんどのヤツは信じちゃいないようだがな」

 

「――――ならば、信じさせましょう。ソレスタルビーイングの理念は、行動によってのみ示されるのだから」

 

 

 ……気配は感じていましたが、綺麗な若い女性の声。

 3人で視線を川に向けるとそこにはボディーガード兼秘書の紅龍(ホンロン)にお姫様抱っこをされ、何故か探検隊のコスプレのような姿をした美女、『王』家の当主にしてソレスタルビーイングの大スポンサーである王留美(ワン・リューミン)がいました。……川から登場する意味は…?

 

 

「……王留美」

「お早いお着きで」

「……どうしてコスプレなのです…?」

 

 

 そして、どうしてそんなに綺麗なのでしょうか。……胸もありますし。

 嫉妬と羨望の入り混じる視線を向けていると微笑ましいそうに見られ(屈辱です)、王留美は笑顔で告げました。

 

 

「――――セカンドミッションよ」

 

 

 

 ……これは、わざわざ言いに来る意味があるのです?

 もしかしてコスプレを見せたかっただけなのかもと勝手に邪推しました。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 宇宙、ソレスタルビーイングの多目的輸送艦であるプトレマイオスでは、ファーストミッションにおいてサードフェイズを担当した二人のガンダムマイスターが発進準備を整えていた。オペレータであるクリスティナ・シエラの声が響く中、ガンダムが格納されたコンテナに向かう。

 

 

『3300をもってセカンドミッションを開始します。繰り返します。3300をもって――――』

 

 

「機体テスト込みの実戦か……全く嫌になる」

 

 

 「どことなく暗いけれど多分良い人」とセレネに内心で評されているアレルヤ・ハプティズムが艦内を移動するためのグリップを握りながら呟く。

 

 

「これからのためにも、ガンダムを見極めておく必要がある」

 

 

 それに対し、「とても真面目な人」だと評されているティエリア・アーデがその後ろに続きつつ冷静に呟いた。

 

 

「それは……そうだけど」

 

 

 明らかに乗り気ではなさそうなアレルヤ。と、そこに長い髪の女性が現れた。

 

 

「ごめんね、無理させちゃって」

「スメラギさん…」

 

 

 プトレマイオスの戦況予報士であり、実質的にプトレマイオスのクルーとガンダムを指揮する女性、スメラギ・李・ノリエガ。それに対してティエリアはそっけない態度を崩さない。

 

 

「問題ありません。覚悟の上で参加しているんですから」

「強いんだ」

 

 

 呟くスメラギに、ティエリアは冷たい声で言った。

 

 

「弱くは無いつもりです」

「…行きます」

 

 

 やや苦笑気味のアレルヤと相変わらずのティエリアが移動し、スメラギは小さく呟いた。

 

 

「……それは若さよ」

 

 

 セレネがいたら多分「スメラギさんもまだ若いですよ」と言って怒られただろう。

 

 

 

『プトレマイオス、コンテナ、固定位置で固定。キュリオス、C装備でカタパルトデッキへ――――』

 

 もう一人のオペレーター、クールでピンク色の髪の少女であるフェルトの声と共にガンダムキュリオスがカタパルトへセットされる。

 そしてその頃――――。

 

 

 

 

 

 

『ジカンドオリ、ケイカクドオリ』

 

 

 確かに時間通りで計画どおりですが、どうして走って現れるのでしょうか……。まるでスーパーロボットの発進シーンのように(そのものではあるのですが)カッコよくヘルメットを付けながらエクシアに乗り込む刹那と、ハロを抱えてやっぱりスチャッと乗り込むロックオンをアイシスのコクピットで待ちながら私はちょっと羨ましいなーと思いました。

 

 

 

「GNシステムリポーズ解除……プライオリティーをセレネ・ヘイズへ」

 

『ハッチオープン、ハッチオープン』

 

 

 コンテナのハッチが開き、3機のガンダムが起き上がります。

 

 

「GNパックはソードを選択……ドッキングセンサー」

 

 

 純白のアイシスに、蒼い肩の追加装甲とそれおよび腰に付属する追加スラスター、そしてGNソードやGNダガー、GNシールド―――2つ目のGNパック、エクシアを基にしたソードパックが無事に装着されるのを確認。

 

 

 

『エクシア、デュナメス、アイシス、シュツゲキジュンビ、シュツゲキジュンビ』

 

 

 完全に起動したガンダムの太陽炉から勢いよくGN粒子が放出され始め、そしてGNコンデンサーが緑色に発光。ツインアイがまるで意思を宿すかのように輝いた。

 

 

『エクシア、刹那・F・セイエイ。セカンドミッションを遂行する』

『デュナメス、ロックオン・ストラトス。出撃する!』

「ソードアイシス、セレネ・ヘイズ――――いきます!」

 

 

 GNドライヴの出力を上げた3機が緑色の輝きと共に舞い上がり、王留美が地上からそれを見上げつつ呟いた。

 

 

「――――ガンダム。あれこそが、ソレスタルビーイングの理念を発現する機体…」

 

 

 

…………………

 

 

 

 次の武力介入の目標はセイロン島。

 現在は人類革新連盟、いわゆる人革連が展開しています。元々セイロンでは民族紛争が起こっているのですが、人革連が自らの利益のために少数派に肩入れしたことで紛争が悪化。無政府状態にまで陥ってしまっています。

 

 

『来たぞ。刹那、セレネ! アレルヤとティエリアだ』

『確認した。予定ポイントで合流後、ファーストフェイズに入る』

「…はい、了解です」

 

 

 

 ……最大望遠した画面に、旧式MSのアンフが質でも数でも勝る人革連の重装甲MSティエレンに嬲られるようにしてやられているのが見えました。あそこで人が死んでいるのだと思うとやるせない気持ちになります。

 

 

『スメラギ・李・ノリエガの戦況予測通りに各自対応する。それなりの戦果を期待しているのでよろしく』

 

『それなりに、ね』

『俺は徹底的にやらせてもらう』

 

 

 空気を軽くするためか少しおどけて言うロックオンにアレルヤさんが答え、そしてティエリアさんがとても物騒なことを呟いています…っ!?

 ロックオンが肩を竦めるのが見える気がします。

 

 

『……お好きに。聞いてるか、刹那、セレネ』

「……はい。聞いてます……」

 

 

 ……きっと、今回のミッションでは私たちのせいでもたくさんの人が亡くなるでしょう。少しぼんやりしてしまう私に、ロックオンは小さく呟きます。

 

 

『……大丈夫か? 無理はするなよ』

「……はい、ありがとうございます」

 

『で、刹那。お前も聞いてるのか? 返事しろ、刹那…?』

 

 

 刹那の返事がありません。

 どうかしたのでしょうか……気になった私は、ロックオンと一緒になって呼びかけます。

 

 

「刹那、どうしたのです…?」

『刹那。応答しろ、刹那…!』

 

 

 そしてその時、確かに刹那の声が耳を打ちました。

 

 

『――――…ガンダムだ』

『な、なんだって……?』

「………刹那?」

 

 

『――――俺がガンダムだ……』

『何言ってんだ…!?』

 

 

 そしてその言葉と同時に刹那は一気にエクシアを加速させ、ロックオンが慌てて呼びかけますが返事はありません。

 

 

『ぅお、お、おい! 刹那ぁ!?』

「――――…ま、待ってください! 刹那!」

 

 

 刹那だけを突出させるわけにはいきません。アイシスを加速させ、刹那を追います。

 

 

『お前も待てセレネ!?』

『子どもたちのお守りをよろしく』

『……作戦行動に移る』

 

 

 アレルヤとティエリアもそれぞれ勝手に動き始め、一人残されたロックオンが呼びかけますが誰も止まりません。

 

 

『うぉ、おい! お前ら!?』

『ビンボークジ、ビンボークジ』

 

『……ちっ、分かってるよ。砲撃に集中する! 回避運動は任せたぞ、ハロ!』

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方、セイロン島に展開していた人革連のティエレン部隊ではキュリオスとヴァーチェ、アレルヤとティエリアのガンダムが大気圏を突入したことによりガンダムのセイロン島への出現を知り、にわかに慌しくなっていた。

 

 

『敵部隊の30%を叩いた。このまま一気に殲滅させるぞ』

『大尉、本部から緊急連絡です。ソレスタルビーイングが来るそうです』

 

『そうか―――此処に来るか。各部隊に通達しろ!』

 

 

 

 その時はすぐに訪れた。

 多数派民族の部隊のアンフを人革連のティエレンがカーボンブレードで切り裂こうとしたまさにその時。空から飛来した光線がその腕を吹き飛ばす。

 

 そして、GN粒子の緑の輝きと共に舞い降りる白と蒼の機体……ガンダムエクシア。

 

 

『……来たのか。ソレスタルビー―――ぐぉ…っ!?』

 

 

 続けて更に上空から飛来した3つの光線が残った左腕と両脚を打ち抜き、ティエレンを戦闘不能にする。……舞い降りる二機目、純白のガンダムにセリフを遮られたパイロットは完全に行動不能になったティエレンから、やむなくセリフを言い終えることなく脱出した。

 

 

『エクシア、紛争を確認―――根絶する』

「アイシス、同じく紛争を確認―――無力化します…!」

 

 

 

 その言葉と共にエクシアは右腕のGNソードを展開。向かってきたティエレンを地面を滑るような動きで回避すると、素早く背後に回りこんで一閃。ティエレンの重装甲をやすやすと切り裂き、ティエレンは爆散。そのまま空に舞い上がると強烈な飛び蹴りを食らわせて更に一機沈め。流れるような動きでもう一機を切り裂く。

 

 ―――その瞬間、遠距離砲撃装備のティエレンの一撃がエクシアを襲った。エクシアは盾を構えたものの、装甲の厚いティエレンでもダメージは免れない一撃―――。

 

 

『や、やったか……!? いや、無傷!? なんて装甲――――』

「――――脱出してください、ね…!」

 

 

 瞬間、やはり地面を滑るように移動する純白のガンダム―――アイシスのすれ違いざまの二刀のビームサーベルの一撃を受けて両脚と砲身を切り取られ、そのティエレンも倒れる。脚と武器が無くなれば、地上でのモビルスーツは動けない荷物でしかない。鈍重なティエレンに囲まれることなどむしろ的が増えるだけでしかないとばかりにアイシスは敵の密集地帯に突っ込むと立て続けに無力化していく。

 

 なんとかアイシスを包囲して無力化しようとするティエレン部隊だが、アイシスの肩の追加スラスターから一際強い緑の輝きが放たれ――――。

 

 

『喰らえ――――なんだとっ!?』

「動きが……遅いです…っ!」

 

 

 

 急激に加速したアイシスは斜め上方に回転しながら跳ね上がるという曲芸じみた動きで一斉射撃を回避し、そのままGNソードを一閃。コクピットとエンジンは避けつつもティエレンを一刀両断し、今度は逆の追加スラスターで回転を止めつつ一気に上空に舞い上がった。

 

 ティエレンたちはなんとかアイシスを狙おうと上空を向くが―――。

 

 

『デュナメス、目標を狙い撃つ!』

 

 

 必殺の一撃――――正確無比なロックオンの射撃が閃き、隙だらけになったティエレンを次々に葬る。

 一通り仕留めたロックオンは、凄まじい勢いで次々とティエレンを片付けている刹那と、見ているだけで目が回りそうな奇想天外な機動で次々とティエレンを無力化するセレネに舌を巻いた。

 

 

『気合の入れすぎだ、刹那…! セレネも無茶な動きばかりしやがって…!』

 

 

 恐らくセレネは敵を殺さず、しかしアイシスにも無駄な損耗をさせないように奇抜な動きをしているのだろうが、あれでは中のセレネの負担は尋常ではないだろう。……というか、あんな機動をするのにかかる駆動部への負担よりティエレンの砲撃の方が損傷が少ないのではとすら思ってしまう。

 

 そして、しゃがみながら独楽のように回転してティエレンの脚を纏めて薙ぎ払ったアイシスを見てロックオンは思わず叫んだ。

 

 

『無茶しすぎだ、馬鹿!』

 

 

 とりあえず、セレネの周りの敵を狙い撃つことから始めた方がよさそうだった。

 

 

 

 

 

『……これで稀代の殺人者……けどね! それがスレスタルビーイングだ!』

『ヴァーチェ、目標を確認。排除行動に移る――――!』

 

『て、撤退! 撤退だ!』

 

 

 

 アレルヤとティエリアからの通信の内容も鑑みると、そろそろあらかた片付いたころでしょうか……。

 人革連が撤退を開始し、センサーにこちらに向かってくる反応が無いことを確認してセレネは小さく息を吐いた。今度も、上手くいった……。

 

 

(……だいじょうぶ。一人も、死んでいない……)

 

 

 多数のティエレンを無効化したけれど、それでもコクピットは全機無事。エンジンが誘爆しなかったことも確認している。……もちろん、刹那がコクピットごと破壊してしまった人、ロックオンが狙い撃った人、アレルヤの爆撃に巻き込まれた人、ティエリアが吹き飛ばした艦に乗っていた人もいただろう。

 

 ただ、それでも。

 人を殺さない努力を怠ってしまったら、戦争根絶の先に目指すもの―――平和な世界を目指しているなんて言えないような気がした。

 間違っているのは私。それでも……私が無力化した人はきっと死なずに済んだはずだから。

 

 

『ここまでだ……ここまでだよ。刹那……』

 

 

 ロックオンが呟く声が聞こえる。

 今回、刹那は何か思うところがあったのでしょう。凄まじい勢いでティエレンを駆逐していました。……紛争。いいえ、民族の対立……? 一方的な蹂躙…?

 先ほどまで阿修羅の如く戦っていたエクシアは、しかし逃げる相手は追撃しない理性が残っているようで、倒れているティエレンを見下ろして静かに佇んでいます。

 

 しかしその時、多数派の部隊からモビルスーツに搭載されているスピーカーによるものと思われる声が響きました。

 

 

『――――協力を感謝する! 敵は崩れた、今までの借りを返してやる!』

『こんの……馬鹿野郎!?』

「…っ!」

 

 

 ロックオンが罵倒する声が聞こえ、デュナメスがアンフを止めようとしますが、既に彼らは人革連の部隊を追おうとしてエクシアの近くを通り過ぎようとし――――…ソレスタルビーイングは、全ての戦争行為に対して武力介入する。それはやられていた部隊の反撃も例外ではない。

 

 刹那は負けている彼ら多数派を攻撃しないのではないか――――恐らくそう思ったロックオンから不安げな雰囲気が伝わってくる。

 けれど、違う。

 

 

『――――っ』

「――――…だめ…っ!」

 

 

 届かない。コクピットの中で必死に手を伸ばし、しかし届くはずもなく、エクシアの流麗な回転切りが立て続けに2体のアンフを切り裂き、爆散させた。

 

 

『――――これが、ソレスタルビーイングだ』

『刹那……』

 

 

 刹那の声も、安心したようなロックオンの声も聞こえない。

 刹那を責める気なんてない。……ただ、自分がもっと彼らを戦闘不能にしていたら―――そうしたら、死ぬ人はきっと一人でも少なかったのだろう。それが子どもじみた考えだと分かっていても、それでも私にはそれしかなかった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そのころ、世界の各所ではソレスタルビーイングの武力介入の情報が伝わっていた。

 

 

「スリランカで武力介入……双方に攻撃!?」

「馬鹿な!? たった一度の武力介入で300年にわたる紛争が終わると本当に思っているのか…!?」

 

 

 

 しかし、そんな疑問もソレスタルビーイングに関わるものたちにとっては大したものではない。答えるだけならば単純なのだ。

 

 

「一度で終わらないのなら、何度でも介入する―――」

「そう、我々に憎しみが向けられるまで……」

「それが、ソレスタルビーイング……私たちは、物事を変えるときにつきまとう痛み…」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、海の上。

 武力介入を終えたガンダム5機のうちの3機、キュリオス、デュナメス、ヴァーチェは並んで飛行しつつ通信していた。

 

 

『……エクシアとアイシスはどうした? まさかやられたのかい?』

『先に帰投した。初めての紛争介入だ、思うところがあるのさ』

『分からないな……何故彼が、そして彼女がガンダムマイスターなのか』

 

 

 

 

 

 

 先行する刹那に少し遅れて海の上を行くセレネはアイシスのコクピットの中でヘルメットを投げ捨てて、だいぶ長くなってしまった黒髪を払いながら夕暮れに染まる空を見上げ、眼下に広がる海を眺める。汗でじっとりと湿ったパイロットスーツの中が気持ち悪い。

 

 

「………ぅー、もういいですよね…?」

 

 

 ミッションはもう終了した。後は帰還するだけ……そんな思いでパイロットスーツを脱ぎ捨てると、白のキャミソールとパンツだけというなんともモビルスーツのコクピットに不適切な姿に。……赤道近くは暑いのです。

 

 

「……はぁ」

 

 

 こんな時だというのに、貧相としか言いようの無い自分の身体を見て思わず溜息を吐き、それから席の後ろに置いておいたワンピースを被ります。フェルトと同い年なのに、この差は何なんなのでしょうか…。と、その時センサーに反応があり、思わず飛び上がって驚いてしまいました。

 モニターに近づいてくる物体の情報が即座に表示されます。

 

 

 

「―――ユニオンの、輸送機…!? この空域で…?」

 

 

 ここはAEUと人革連の領土はそれなりに近くても、ユニオンはほとんど地球の反対側のはず…。そんな驚きを感じつつも、慌ててヘルメットだけ被って操縦桿を握り締めました。

 

 

「……フラッグ…?」

 

 

 輸送機からはユニオン最新のMSであるフラッグが一機だけ、飛行形態でこちらに向かってきます。でもあれは、キュリオスと違って飛行中の変形をするスペックは無かった―――1機とは言え油断せず、あらかじめ頭に叩き込んである情報を思い起こしながら、フラッグの背後を取って攻撃する方法を組み立て――――驚愕した。

 

 

 そのフラッグは、その有り得ないことを実行してみせた。

 空中で失速せずに変形。人型形態になると即座にソニックブレイドを構えたのである。

 

 

「―――…このフラッグ……ちがう…っ!?」

 

 

 並々ならぬ気迫と、奇妙な意志を感じる。

 知らぬ間に握り締めた操縦桿に、汗が滲んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――見つけた。見つけたぞっ!

 

 

 フラッグのパイロット、グラハム・エーカーは自らの興奮を抑えられずにいた。

 ガンダムはあの特殊粒子のせいでレーダーによる索敵ができない。それはつまり肉眼での視認に頼るしかないということだ。その発見の困難さは言うまでもないだろう。しかし、見つけた。まさしく、運命を感じずにはいられなかった。

 

 

 軍事演習で見た白と蒼のガンダムではなかったが、スマートな純白のボディにところどころ蒼い装甲を纏ったガンダムは、どこか女性的な優美な魅了を湛えているようにグラハムには見えた。カタギリの制止を振り切ってグラハムはフラッグで飛び出し、そして空中変形――――人呼んで、グラハム・スペシャル! を行いつつソニックブレイドを抜き放った。

 

 

 ガンダム――――ソードアイシスもそれに対抗してGNソードを展開し、ほとんど衝突するような勢いで激しく切り結んだ。両機の剣からプラズマと粒子の光が迸った。

 

 

 

「―――はじめましてだな……ガンダム…ッ!」

「このフラッグ……ちがう…っ!?」

 

 

 絶妙な均衡で鍔迫り合いが続く中、コクピットでグラハムは叫ぶ。通信こそ通じてはいなかったが、相手の驚く雰囲気を感じ取ったグラハムは構うことなく続けた。

 

 

「私はグラハム・エーカー……キミの実力、拝見させて頂く!」

 

 

 ここで相手が軍事演習場で出会ったガンダムならばグラハムは別のセリフを叫んだのであろうが、今回は一応運命を感じつつも初対面のガンダムにはまず自己紹介から……というグラハムなりの礼儀が確かにそこにはあった。

 

 

 

「5機のガンダムが確認されていると聞くが、新型…―――いや、装備を変えたのか? なるほど、あの時のガンダムと同じ衣装を纏っているというわけか! 乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられない……な!」

 

 

 

 そこまで思考を及ばせる思考の素早さ、勘の鋭さ、そして独特すぎる言い回し。万一、セレネに会話が通じていたら全ての意味で驚愕されただろう。

 グラハムはペダルを踏み込み、背中にあるイオンジェットプラズマの出力を上げた。ガンダムが一瞬だけ押されかけ―――そして、グラハムは驚愕した。

 

 ガンダムの肩、蒼い装甲の後ろから斜め上方に一際強い緑の輝きが発せられると、ガンダムが一瞬にして視界から消えたのである。同時にガンダムの圧力が消え、力をかけていたフラッグが前のめりにバランスを崩す。

 

 

 

「――――くぅっ!? 何という身のこなし…!?」

 

 

 グラハムにはそれだけ、その一瞬だけで十分に分かっていた。

 ガンダムがいかに巧みにフラッグのかけていた力を受け流し、加速し、フラッグの直下という絶好の位置をもぎ取って見せたか、そして急激な下方向へのGに耐えつつも鮮やかに体勢を立て直し、一撃を加えんとする相手のパイロットの強かさ。

 

 

「――――好意を、抱くよ…!」

 

 

 そう、実際に剣を交えたからこそのこの想い!

 グラハムは瞬時にペダルを限界まで踏み込み、そして―――。

 

 ガンダムの下からの強烈な切り上げは空を切った。再び空中変形を―――飛行形態になったフラッグが猛烈な加速でGNソードを紙一重で回避して見せたのである。

 

 

 

「その大きな得物では―――と言いたいところだが……!」

 

 

 

 グラハムは笑みを浮かべていた。苦しい戦いだ。一瞬でも油断すればその瞬間に落とされるだろうという確信がある。しかし――――それ以上に!

 

 ガンダムという間違いなく世界最高峰のモビルスーツに、ようやく出会えた自分の全てをぶつけることができる好敵手に! かつて感じていた、ただひたすらに腕を磨いた日々の命を削り合いの、腕の高めあいの感覚!

 

 

「――――改めて名乗らせていただこう……私の名はグラハム・エーカー! 君の存在に心奪われた男だッ!」

 

 

 

 息もつかせぬ急速旋回にギシギシとグラハムの身体とフラッグが悲鳴をあげる。それも意に介さずに再びガンダムに向き直ったグラハムはリニアライフルを連射する。しかし、再びガンダムの肩のスラスターが閃く。左、右、左、上、右と目まぐるしく動くガンダムはリニアライフルをかわし、あるいはシールドで見事に受け流してみせる。

 

 ガンダムから反撃とばかりに連射される正確な上に逃げ道を確実に塞いで放たれるビームを、しかしグラハムも曲芸のような急上昇、そしてそこからのバレルロールという並のパイロットなら戦闘など考えられないような荒業で、2発ほど掠った程度の損害で乗り切って見せた。

 

 

「―――――もらった! 人呼んで……グラハム・スペシャル!」

 

 

 そして再びの空中変形。ガンダムの直上を取った、会心の動き。

 

 しかし―――――。

 

 

「――――…ぐっ、馬鹿な…!?」

 

 

 

 ガクッ、と不気味な振動がコクピットを揺らし、失速する独特の感覚が肝を冷やす。瞬時にモニターに目を走らせると、先ほど掠った攻撃、あるいは無茶すぎる機動が駆動系を損傷させていたのだろう。そしてその上での無茶な連続空中変形が祟ったのか、イオンプラズマジェットが機能不全を訴えていた。ペダルを踏み込んでも、全く反応が無い。

 

 

「――――メインブースターがイカれただと!? よりにもよってこんな時に……くっ、飛べん……っ!」

 

 

 これでは、急加速と急降下による一撃が――――。

 そう考えたグラハムはしかし、いつの間にかガンダムがビームサーベルを構えて完全に迎撃の姿勢を取っていることに気づき、自らの敗北を悟った。

 

 

「―――そう、か……いずれにせよ読まれていたか……」

 

 

 最高の相手。敗北を認めるに相応しい、最期の相手に過分なくらいの強敵だった。

 しかしグラハムは、決して満足できていない自分がいることに気づいていた。叶うのなら、このガンダムと全てを出し尽くして戦いたかったと思う。

 

 

「……くっ、無念だ……」

『グラハム、早く脱出するんだ!』

 

 

 通信妨害されていないのかカタギリの悲鳴のような声が響くが、そんな真似ができようはずもない。愛機であるフラッグを見捨てるというのもそうだが、この真剣勝負にそんな無粋な真似は不要だと悟った。

 

 

 一瞬、ガンダムが失速したフラッグに戸惑う素振りを見せる。もちろん、グラハムもメインブースターが止まった程度で諦めはしない。せめて最高の一撃を―――そう願い、リニアライフルを捨てて二刀となる。だが、到底納得のいく一撃ではなく――――。

 

 

「………見事な一撃だ」

 

 

 対照的に、惚れ惚れするような一撃を貰った。

 ガンダムは急激にフラッグに向けて加速すると、懐に飛び込んでビームサーベルを一閃。フラッグの両腕を纏めて切り裂いて見せた。

 

 

「……全く、まだ動けるのなら私も飛び込んでみせたものを」

 

 

 懐に飛び込んでくるガンダムに、同じくこちらも加速してすれ違いざまに斬り合う―――そんな心躍る幻想を描きながら、そして夕日を背に輝く緑の光を纏うガンダムの姿を目に焼き付けながら、グラハムは海に沈んだ。

 

 

 

「……浸水、か。あっけない最期だったな」

 

 

 その点だけはガンダムに文句を言いたかったかもしれない。……せめて、フラッグファイターとして空で華々しく―――いや、これ以上は贅沢というものか。

 自嘲気味の笑みを浮かべ、そして最期の光景、ガンダムを目に焼き付けておくために目を瞑って――――ガクン、と今度は機体が引き上げられる感覚に目を見開いた。

 

 

「…………これ…は…!?」

 

 

 何かに背を押されている。

 振り返ると―――いや、振り返らなくともグラハムには分かっていた。

 

 そのまま沈み、海の藻屑となるはずだったグラハムを、フラッグの背を抱くようにして押し上げる純白の機体―――ガンダム。

 

 

「………全く、敵わないな。ガンダム……いや―――」

 

 

 

 グラハムは悟った。ガンダムも、そのパイロットも自分と同じようにこの心躍る戦闘に感じるものがあったのだと。そう、それはさながらスポーツで全力を出し切った両者が互いを讃え合うような感覚。そして、本当の全力での戦いを求めているのだと。

 

 

「好意を、抱かせてもらう。ガンダムのパイロット……」

 

 

 ここでガンダムだけに好意を抱いては失礼というものだ。そのパイロットとして技量。そしてその精神。間違いなく好感が持てるものだった。今までの人生で一番の笑みを浮かべたグラハムは、咄嗟に今更思い出したほぼ使った事のない外へ呼びかけるためのスピーカーを使って呼びかけた。

 

 

「……ガンダムのパイロット、感謝させていただく。私はグラハム・エーカー……もしよろしければ、名前を教えて頂きたい」

 

 

 

 しかし残念ながらガンダムからの返答は無く、グラハムが乗っていた輸送機にフラッグをわざわざ運び込むと、そのまま飛び去ってしまった。

 

 意気消沈しながらフラッグを降りたグラハムを、カタギリが出迎える。

 

 

 

「グラハム……無事で何よりだよ! ……そんなに落ち込まなくても、生きているのだから再戦の機会は――――」

 

「……それにしても、若かったな。あのガンダムのパイロットは」

 

 

 

 そう呟くと、今度はガンダムと戦った興奮が蘇る。そして今度こそ実力を出し切って戦うチャンスが―――いいや、出し切って見せるという想いがグラハムに笑みを浮かべさせる。それにカタギリは驚いたように言った。

 

 

「話したのかい…!?」

「まさか。モビルスーツの動きに感情が乗っていた……あのガンダムのパイロットは、若い女性かもしれないな」

 

 

「いや、そこまで分かるものなのかい…?」

「乙女座のカンだ。……是非ともお付き合い頂きたかったものだが―――」

 

 

 「フラれてしまったしな」と言おうとしたグラハムに、しかしその前に報告が入った。

 

 

『―――中尉! ガンダムから光信号です!』

「―――なんだとっ!?」

 

 

 【GUNDAM AISIS】とだけのそっけない内容。

 しかしそれは、グラハムにとって今までのどんな通信よりも心を震わせるものだった。

 

 

「ガンダム……アイシス」

 

 

 噛み締めるように呟くグラハムは人生最高の笑みを即座に更新し、そしてカタギリに叫んだ。

 

 

「カタギリ、フラッグのチューンが必要だ! 全力を出し切れる機体を……あのガンダムを――――アイシスを口説ける機体を用意する! 手伝ってくれ!」

「……合点承知!」

 

 

 こうして二人のガンダムへの……そして、ガンダムアイシスへの挑戦が始まった。

 

 

 

 

 


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