機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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試験的に長いものを区切らずに投稿してみました。
……前半がゆるゆるなのと、ちょうどいい区切りがなかったからなのですが、何か長さに関してご意見がありましたら感想で送っていただけるとうれしいです><


第16話:スローネ強襲

 

 

 

 

 

(……しら、ない…っ。知らないのです…っ! 刹那が、キ…スしても、わたしは……関係なんて……)

 

 

 プトレマイオスのブリーフィングルーム。

 あのナイフ男さんの殺気に反応して迎撃したのはよかったのですが、刹那の顔を見るとどうしてか胸の中がもやもやして、泣き出したいような感じがして……。

 わたしはロックオンの後ろに隠れるようにして、話を聞き流していました。

 

 

 

「―――なぜあなたたちはガンダムを所有しているの?」

「ヴェーダのデータバンクに、あの機体がないのはなぜだ?」

 

「応えられません。私たちにも守秘義務がありますから」

「ざぁ~んねん」

 

 

 

『―――俺は、お前に生きていてほしい』

 

 

 刹那が言ってくれた言葉を思い出す。

 けれどもし、刹那にそう思ってもらえなくなったら…?

 

 

 ちらり、とネーナさんのほうを見る。

 

 

 ………かわいい。退屈そうにしているますけど、とても可愛いです。

 声も、聞いたことがないような可愛い声でしたし、赤毛も綺麗ですし、瞳が金色なのは同じでも、私みたいに不気味に揺らめいたりしませんし……。

 ……む、むねも、おっきいですし……。

 

 

 パイロットスーツを着ていても存在を主張して止まないネーナさんの二つの山を見ながら、白地に蒼いアクセントの入った自分のパイロットスーツを……そして、『ほぼ』平坦な自分の胸をぺたぺたと触ります。

 

 ……ぜったいに、『完全に』平坦ではないのです。

 まな板なんかではないのです…っ! まな板に失礼なのですっ! ……あれ?

 

 

 

「じゃあ太陽炉……いや、GNドライヴをどこで調達した?」

「申し訳ないが、答えられない」

 

「またまた、ざぁ~んねぇん!」

 

 

 けれど、ちっちゃくて白髪でヘンな目で、勝手に心を読んで、勝手に怒って。それで陰に隠れてうじうじしているようなヘンな子と……。

 

 可愛くて、元気で、「すごく好み」とか言ってくれて、むねがおっきくて、……キ、ス…までしてくれるような女の子と、おとこの人がどっちが好きかなんて考えるまでもありません……。

 

 

 

(……刹那も、ネーナさんを好きになったら………)

 

 

 刹那は警戒心が強いので、あまり自分から他人とは関わりあおうとしません。

 だから、きっとさっきも恥ずかしがって突き飛ばしたのです……。

 

 けれど刹那は優しいですし、ネーナさんは可愛いですし、積極的ですし、きっとすぐ、なかよくなって……。

 

 

 

『――――俺は、ネーナに生きていて欲しい』

(………ぅ、ぅぅ~~…っ)

 

 

 じわり、と視界が滲む。

 けれどそこで、ふと冷静な自分が「どうしてわたしは泣いているのだろう?」と考えた。

 

 そうだった。刹那が誰とキスしても、わたしには関係がない。

 なら、どうして……?

 

 

 

(……関係ないのが、かなしい……のです?)

 

 

 

 ………さみしいのかもしれない。と、思う。

 けれど、ロックオンとフェルトが仲良くなったらどうだろう。

 

 

(……うれしい、です?)

 

 

 フェルトは前からロックオンと仲良しですし、いっしょにいるとフェルトが楽しそうです。良い事だと思います。

 

 じゃあ、ロックオンが知らない女の人と仲良くしていたら?

 ……フェルトがかわいそうなのです。なんだか嫌です。

 

 なら、ロックオンとスメラギさん。

 ………しかたない、ような気がします。あんまり想像できないですが、知らない女の人より全然良いような気がします。

 

 

 これ、って……もしかして……?

 

 

 

 

「なら、きみたちは、何をしにここに来たんだ?」

「旧世代のモビルスーツにまんまとしてやられた、無様なマイスターのツラを拝みに来たんだよ」

 

「なんだと……!?」

「なぁーんつってな。なぁーんつってな。へへへへ」

 

 

 

 

―――つまり、わたしは知らない人と刹那が仲良くなるのがさみしいだけなのです!

 

 すっきりしました。だから、わたしがネーナさんと仲良くなれば解決です!

 刹那だって、友達は多いほうがいいに決まってるのです!

 

 

 

「気分が悪い。退席させてもらいます。あとでヴェーダに報告書を」

「わかったわ」

 

 

 

 ……って、いつの間にか険悪ムードなのですっ!? 

 ティエリアさんが冷たい怒りを迸らせながら退室して、ナイフ魔さんが言います。

 

 

「おしいねぇ。女だったら放っとかねーのによぉ」

「ミハエル」

 

「へいへい」

 

 

 すると、噂のネーナさんがヨハンさんに問いかけます。

 

 

「ヨハン兄、あたしつまんない。船の中探検するね?」

「……よろしいですか?」

 

 

 とヨハンさんがスメラギさんに問いかけ、スメラギさんは僅かに躊躇ってから頷きます。

 

 

「え、ええ……」

「やった!」

 

 

 ネーナさんはぴょんと飛び上がるようにドアに向かって、けれどその途中で刹那のほうに向き直ると笑顔で声をかけます。

 

 

「ねえ、一緒に行く?」

 

 

 これが本当のデートのお誘いというものなのでしょうか?

 い、いいこと……これは、刹那にとっていいことなのです……っ。

 

 精一杯、笑顔を浮かべようとしますがどうなっているのかわかりません。

 けれど、おとこの人は可愛い女の子と一緒だと幸せだと聞いたことがあるような気がします。つまり、刹那はネーナさんと一緒にいる方が幸せに違いありません。わたしは心にぽっかりと大きな穴が開くようなヘンな気持ちを感じて、けれど刹那はネーナさんを無視します。

 

 

「―――行く?」

 

 

 刹那はそういう気分ではないのか、人形のように無言を貫き―――。

 

 

(――――っ!?)

 

 

 殺気を感じた。刹那がネーナさんに肩を突き飛ばされ、ゾクリと寒気を感じるような表情のネーナさんが刹那を睨みつけていました。

 

 

「わたしを怒らせたらダメよ……」

 

 

 わたしは動きがあれば即座に対応できるように例の棒を手に持ち、しかし瞬時に殺気を消して微笑むネーナさんに唖然としてしまいました。

 そのまま何事も無かったように部屋を出て行くネーナさんに刹那は、無言で触れられた肩を軽く払うように撫でます。

 

 スメラギさんも困惑気味でしたが、再びヨハンに視線を戻しつつ言います。

 

 

 

「とにかく、これだけは教えてくれない? ……あなたは、あのガンダムで何をするのか……」

「むろん、戦争根絶です」

 

「ホントに?」

「あなたたちがそうであるように、私たちもまた、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターなのです」

 

 

 

 ………ネーナさん、怖いのです。

 棒を仕舞いながら、刹那とネーナさんは馬が合わないかもしれない、と考える。

 

 ……けど、もしかしたら刹那もああいう子のほうが……いいのかもですし。

 

 

 

(……わたしも、ネーナさんみたいに……)

 

 

 

 ……キス、したら、刹那はよろこんでくれるのだろうか。

 そっと、自分の唇にふれる。……よく、わからない。

 

 

 

 ふと、アザディスタンの皇女だという綺麗な人が頭に浮かんだ。

 そして、そういえば刹那がアザディスタンのクーデターを止めたときに刹那・F・セイエイというコードネームをあの人が知っていたということを思い出した。

 

 

(……ひょっとして)

 

 

 刹那は、あの人が好きなのではないだろうか。

 というより、刹那の故郷はアザディスタンで……。もしかすると、昔からの知り合い? 恋人? 幼馴染? 

 

 なるほど、それならネーナさんを嫌がったのも納得なのです。

 もともとあんな綺麗な人が好きなら………わたし、なんて……。

 

 

「つまり、俺たちと組むってのか?」

「バーカ、そんなことすっか!」

 

 

 ロックオンの言葉にナイフ魔さんが答え、とても大事な話のような気がして慌てて話に意識を戻すと、ナイフ魔さんが嫌な笑いを浮かべます。

 

 

「あんたらがヤワい武力介入しかしねーからオレらにお鉢が回ってきたんじゃねーか」

「……それは、どういう意味です?」

 

 

 さすがに、看過できなかった。ヤワい、ということは更に強行な武力介入をするつもりだというふうに聞える。

 ロックオンの後ろから出てナイフ魔さんの顔を見据えると、ナイフ魔さんはちょっと驚いたような顔をしてから言います。

 

 

「言ったとおりの意味だ。アテになんねーのよ。あ? 不完全な改造人間ちゃんよ。……っつても、よく見りゃ意外に顔はいいんじゃねぇの?」

 

「……ぇ? あ、ありがとうございます…?」

 

 

 確かにわたしはアテにならないですし、不完全な改造人間のようなものなのですが…。顔、いいのでしょうか? 初めて言われたので、お世辞でもうれしいかもしれません。

 

 そんなことを考えていると、ナイフ魔さんは笑みを浮かべます。

 

 

「……どうよ、オレがイイコト教えてやろうか?」

「………いいこと、です?」

 

 

 良い事なら是非教えて頂きたいのですが、いいのでしょうか?

 なんだか粘つくような嫌な気配を感じるのですが、良い事を教えてくれるそうですし…。

 

 

「――――お、落ち着け刹那! 銃は、銃は止めろ!」

「……離せ、ロックオン・ストラトス…!」

「ま、まぁまぁ!」

 

 

 後ろの方がなんだか騒がしいのですが、それどころではありません。

 ……そういえば、このナイフ魔さんも妹さんには優しいですし、フェミニストさんなのかもしれません。それなら本当に何か役立つ情報をもらえるかも……。

 でも、よくよく考えてみれば―――。

 

 

「その、いいことってどんなことなのですか?」

 

 

 素直に聞いてみればよかったのではないでしょうか。

 古来から聞くは一時の、聞かぬは一生の恥といいますし。

 

 

「……へぇ、それじゃあ今からでもベッドで教えてやろうか?」

「……???」

 

 

 どうしてベッド…?

 眠くなるほど長い話なのでしょうか。

 思わず小首を傾げると、ヨハンさんが溜息とともに言います。

 

 

「申し訳ない、弟の無礼を謝罪します。……しかし、私たちに命令を下した存在は、あなた方の武力介入のやり方に疑問を感じているのではないでしょうか」

 

「……私たちはお払い箱?」

 

 

 スメラギさんとヨハンさんで話が進んでいくのです……。

 良い事……気になるのです…。

 

 

「………目標を駆逐する…!」

「マジで止めろ、刹那! 向こうさんも一応謝ってるだろ!?」

 

 

「………いままで通りに作戦行動を続けてください。私たちは、独自の判断で武力介入を行っていきます」

 

「あなたたちは、イオリア・シュヘンベルグの計画に必要な存在なのかしら?」

 

 

「どうでしょう? それは、私たちのこれからの行動によって示されるものだと思います」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 刹那がスローネチームと相容れないと、敵ではないが味方では絶対にない、目標が同じでも同士にも仲間にもなりたくないというか一刻も早く駆逐したいと確信していた少し前。ティエリアもまた、悔しさを噛み砕くように歯を食いしばっていた。

 

 

(……あんな奴らにガンダムを与えた者は誰だ……?)

 

 

 ティエリアが持つのは「戦争根絶」という崇高な大業を成すという純全たる使命感であり、その計画を体現するガンダムマイスターたちは相応の自負や覚悟、誇りを持っていなければならないと思っている。

 

 しかし、トリニティの三人からは僅かでもそれを垣間見ることはできなかった。

 セレネも今でこそ刹那のせいで様子がおかしいものの、本来は真面目な話の場合は「一人でも多く助ける」という切実な願いを滲ませる。

 

 

 なのに、それどころかトリニティからは自分たちを見下すようなものしか感じられなかった。

 

 

 元々、マイスターたちには「どうやって目標を完遂するか」ということだけが重要なのであり、妙な上下意識など必要ない。それなのに、わざと挑発するようなあの態度。

 そして、何よりもヴェーダにあのスローネとやらの情報が無いことが許しがたかった。

 

 

 

 

 

 量子型演算処理システムであるヴェーダはソレスタルビーイングの全てを統括、管理する、計画の根幹をなすものだ。ティエリアにとってヴェーダとは神にも等しく、ヴェーダに選ばれたということに誇りと矜持を持っていた。

 

 それなのにヴェーダに記載されていない機体がGNドライヴを所有し、ガンダムを名乗っている。それはティエリアにとってどうあっても認めがたいことだ。

 

 

(とにかく、ヴェーダで情報の検証を……)

 

 

 しかし、ティエリアはヴェーダのターミナルユニットの前に来たところで驚きで目を見開いた。

 

 

「ヴェーダのターミナルユニットが開いている…!?」

 

 

 ターミナルユニットは球体の形をした、ヴェーダとリンクするための部屋なのだが、普通の方法では開けないはずのその部屋が開いていた。

 

 条件的には、セレネ・ヘイズならばその気になればここに入る事はできるだろう。別にティエリアも今となってはそれを止めようとは思わない。

 彼女の目的遂行に関する能力も思想も、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターと認めうるものだ。

 

 

 しかし、彼女の性格を考えると勝手に入るというのは考えにくすぎる。

 入り口から、中に人影が見えた。

 

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 

 そこにいたのは、ネーナ・トリニティだった。床を蹴って部屋から出てくると、悪びれた様子もなくティエリアの前に立つ。

 

 

「……どうやって入った」

「普通に、ね!」

 

 

 Vサインとウィンク付きで答えられた。

 ……普通に入るなど、できるものか。通常の人間に……。

 

 

「きみは……きみたちは何者だ?」

「内緒♪」

 

 

 またしてもVサインとともに答えるネーナにティエリアは、内心でトリニティへの猜疑心が更に強まっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太平洋上を航行する三隻の米軍輸送空母に、タクラマカン砂漠から本国に帰還するオーバーフラッグス隊が乗艦していた。その旗艦である空母のパイロット待機室では、オーバーフラッグス隊の初期メンバーであるグラハムとハワード、ダリルが顔を突き合わせていた。……その雰囲気は、一様に暗い。

 

 

 

「与えられたミッションを失敗するどころか、優秀なフラッグファイターを三名も死なせてしまった………隊長失格だな、私は……」

 

 

 色濃く疲労の見える表情のグラハムに、ハワードとダリルが顔を見合わせる。

 二人は、グラハムの苦悩がそれだけではないと察していた。結果的に己の判断でアイシスに卑怯な戦いを仕掛けてしまったこと。そして恐らくは、アイシスが助かったことに安堵している自分自身が許せないのだろう、と。

 

 実際にアイシスと戦わなければわからないだろうが、アイシスは凄まじい精度の予測射撃で執拗に武器や腕などを狙う。わかるのだ。殺す気が無いというのが。

 そしてハワードとダリルもグラハムのフラッグの記録した戦闘映像を見て、太陽光受信アンテナを守るために必死に攻撃するアイシスも見ているのだ。もしあの攻撃を本気で向けられれば、ハワードとダリルならひとたまりも無いだろう。

 

 

 不殺。

 言うだけなら容易く、しかし実行する事がどれほど難しいのか検討もつかない。

 そしてアイシスはそれを可能な限り、全力で実行している。

 

 

 それに、嬉々としてアイシスとの戦いに赴き、正々堂々と戦い、そして相手の凄さを楽しげに語るグラハムは輝いていた。それはきっと、好敵手という言葉がしっくりくるくらいには。

 

 

 

 

「仕方がありませんよ、隊長。新型のガンダムが出てくるなんて予想もしていませんでした。隊長に落ち度はありません」

 

 

 その言葉に、グラハムは微苦笑で応えた。

 ここで礼を言って自己の責任を軽くするような真似をしては、死んでしまった三人に申し訳が立たなくなる。その思いからの、グラハムとしての精一杯の返礼だった。

 

 それを察して、ダリルは言う。

 

 

「……隊長でしたら、次こそは正々堂々とガンダムを倒すことができるはずです」

「ダリル……そう、だな」

 

 

 グラハムが力なく、しかし確かに笑みを浮かべる。

 それに乗るように、ハワードが苦々しく笑って言う。

 

 

「ダリル、俺たちもフラッグファイターだ。矜持を見せろよ」

 

 

 

 ………本当は、最早アイシスに会わせる顔など無いと思っていた。

 己が部下を統率し切れなかったせいで結果的にアイシスに人殺しをさせてしまった。

 

 部下を死なせ、そしてアイシスの高潔さを踏みにじり、あまつさえ軍人としての己に疑問を抱いてしまった。どの面を下げてアイシスの前に立つというのか。

 ………引き際なのかもしれない。もう、第一線で戦うべきではないかもしれない。

 

 

 そんなことさえ考えていた。

 しかし、携帯端末にガンダム出現の知らせが届く。

 

 

 

「大気圏を突入してくる機体がある!? 降下予測ポイントは―――なんだとっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 アメリカ、MSWAD基地。

 そこに、三機のガンダムスローネが降下してきていた。

 

 

「目標ポイントに到達した。ネーナ、ドッキングしてくれ。一気に殲滅させる」

『了解♪』

 

 

 ヨハンたちの受けたミッションは、MSWAD基地の破壊だった。MSWADが二度と部隊として機能できないほどのダメージを与えろとの命令だ。

 ネーナのスローネドライがアインの背後に回り、背部左上にあるGN粒子注入口にGNハンドガンを差し込む。これにより、アインのGNランチャーの威力を格段に上げることができるのである。

 

 そして、スローネアインが右手のGNビームライフルを右肩のGNランチャーにドッキング。折り畳まれていたGNランチャーの砲身が展開する。そして、ランチャーの付け根部分に現れるグリップをドライが掴んで機体を固定。準備は整った。

 

 

『高濃度GN粒子、転送!』

 

 

 眼下のMSWAD基地では兵士たちが慌てているが、もう遅い。ヨハンは基地の全ての施設を徹底的に壊滅させるつもりであったし、計画のためならば厭うつもりなどなかった。

 

 

『GN粒子、転送完了!』

「了解」

 

 

 ヨハンのヘルメットに狙撃用のセンサーが下りてくる。

 その目は寸分の躊躇いもなく、MSWAD基地を見据えていた。

 

 

 

「スローネアイン、GNメガランチャー、撃つ」

 

 

 ヨハンの指がトリガーを引く。

 凄まじい衝撃音と共にGNメガランチャーの砲身から真っ赤な粒子ビームが迸る。モビルスーツを飲み込めそうなほどの巨大な粒子ビームは滑走路を焼き払い、焦土と化しても止まらない。

 

 スローネアインがメガランチャーの射線を動かし、地面に絵でも描くような気軽さで基地内の施設を焦土に変えていく。格納庫、資材庫、武器庫、整備室。それらとそこにいた人々が苦痛を感じる間もなく蒸発して世界から消えた。

 

 しかし、それでも止まらない。

 宿舎を、オフィスを、技術研究塔を、管制塔を焼き払う。

 それらが爆煙を上げ、融解し、崩壊する。

 

 

 時間にして、2分にも満たなかった。

 MSWAD基地は最早原型をとどめておらず、炭化して瓦解した廃墟があるだけ。

 

 

「ミッション終了」

 

 

 自らの成果を確認したヨハンが誇るでもなく、後悔も感じさせず、ただ淡々と宣言する。メガランチャーを折り畳み、ドライもドッキングを解除して離れる。

 

 

『ひゃははははっ! いやっほぅ!』

 

 

 スローネツヴァイのミハエルが歓喜するかのように笑い声をあげる。

 

 

『さっすが兄貴! やることがえげつねーぜ!』

 

 

 これで褒め言葉だというのだから恐れ入る。しかし、ヨハンはそれをよく理解しているのでそれには何も言わずに口を開く。

 

 

「ミハエル、ネーナ」

 

 

 帰投するぞ、と言いかけたところで電子警告音が鳴った。

 モニターに接近する十二機のモビルスーツが映し出される。

 

 

「……フラッグか」

『へへっ、来たぜ、ザコがわんさかっ!』

 

 

 ミハエルの歓喜の声が、響く。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 飛行形態をとったグラハム専用ユニオンフラッグカスタムと十一機のオーバーフラッグがMSWAD基地に近づく。赤い粒子を排出している三機の新型の向こうでは、彼らの基地が無残な姿をさらしていた。

 

 

『隊長、新型が三機です!』

「見ればわかる!」

 

 

 ダリルの通信に、グラハムが苦々しげに返す。

 タクラマカン砂漠へ出発したときには整然としていた基地が見る影も無い。圧倒的な火力による破壊。明らかにこれまでのガンダムが、アイシスが行ってきた『戦争を止めるための最低限の破壊』ではない。再起不能にしてやろうという意図が見える。

 

 ………これが我々の卑怯な攻撃に対する報復なのだとすれば、何も言い返せない立場であるというのはわかっている。……しかし…っ!

 

 

「我々の基地が……っ!」

 

 

 どれほどの犠牲が出たのか。それは、理屈で割り切れるものではない。

 どうしようもなく湧き上がる怒りに歯を食いしばり、そこで通信が入った。サブウィンドウに、片腕を押さえたカタギリが映る。苦痛に顔を歪ませ、全身が血や土埃で汚れていた。

 

 

「カタギリ!?」

『グラ…ハム……きょ、教授が………エイフマン…教授が……』

 

 

「……なんだと…っ!?」

 

 

 頭の中が冷え切り、それから瞬時に白熱する。

 

 ………非は認めよう。

 確かに先に卑劣な攻撃を仕掛けたのはこちらだ。しかし……しかしっ!

 やはり感情とは、そこまで単純に割り切れるものではない…ッ!

 

 グラハムは激情のままに激しくコンソールに拳を叩きつける。怒りを闘志に置き換える。

 

 

 

「――――堪忍袋の緒が切れた…ッ! 許さんぞ……新型…ッ!」

 

 

 

 激昂するグラハムに応え、イオンプラズマジェットを噴かすフラッグは凄まじい勢いで新型に向けて突進した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

『撤収するぞ、ミハエル』

 

 ツヴァイのコクピットにヨハンの声が響く。

 

 

「なんでだよ」

 

 

 ミハエルが露骨に嫌そうな声を出す。食事が足りないとわめく食べ盛りの子どものような顔。兄貴とネーナは基地をヤッたかもしれねーが、オレは何もヤッてねーんだぜ。ヨッキューフマンってヤツだ。

 

 

「少しくらい遊ばせてくれよ、兄貴」

 

 

 言うなり、返事を聞かずにツヴァイを上昇させる。

 凄まじい速さで後続機を引き離しながら突っ込んでくる黒いフラッグを見据える。

 

 

『ミハエル』

「なーに、すぐ済むさ」

 

 

 そうさ、相手はたかがフラッグ。

 

 

「……破壊して、蹂躙して、殲滅してやる! ――――いけよ、ファング!」

 

 

 スローネツヴァイのスカートから六つの金属の牙のようなものが放たれ、フラッグに躍りかかっていった。

 

 

 

……………

 

 

 

 グラハムの眼前に迫る六つの牙。それぞれが自由に動き回り、あるいは突貫武器のように機体を貫こうと、あるいは多方向から粒子ビームを放ってくる。初めて見る武器だが、高度な技術が使われているということはわかる。さすがはガンダムの同型機だと褒めてやろう。だが―――――。

 

 

「――――それが、どうしたッ!」

 

 

 こんなもの、動きの鈍い敵6機に囲まれているのと何が違う!

 アイシスのようにこちらの想像を上回る動きも、砂漠で出会ったガンダムのような凄まじい気迫も無い! この程度でガンダムを名乗るか…!

 

 

 グラハムが凄まじい速度で操縦桿を動かし、6機の牙を軽々とかわす。プロフェッサーの遺してくれたカスタムフラッグの機動性ならば、この程度では牽制にもならん!

 

 新型の攻撃をすり抜け、リニアライフルをスカート付きのコクピットハッチに叩き込む。あの牙を操作していると本体の動きが散漫になるのか、容易に直撃する。

 

 

 

――――どうした! アイシスはもっと苦しい状況でも迎え撃ってみせたぞ!

 

 

 

「総員、フォーメーションDで新型を包囲しろ!」

 

 

 グラハムはスカート付きが怒りに任せてグラハムに全ての牙を向けるのを感じ、即座に最適なフォーメーションを判断して叫ぶ。瞬時にフォーメーションを組み替えたオーバーフラッグスは三機一組の編隊となって一撃離脱の波状攻撃を繰り出す。

 攻撃を当てたフラッグを追おうとする敵機は、入れ替わり立ち代りで縦横無尽に攻撃を加えるフラッグに翻弄されつつあった。

 

 

――――短絡的だな、目の前しか見えんか!

 

 

 新型の機体に面白いようにリニアライフルが直撃する。新型は戦術レベルでの攻撃を受けるのになれていないのか、みるみる機体の動きが鈍る。

 このことが、新型を倒すための一筋の光明になるかもしれない―――そう思ったとき、一機のオーバーフラッグが編隊から離れて新型に突進した。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

『ハワード!?』

 

 

 僚友であるダリルの声が聞こえた。しかし、ハワードは更にスピードを上げてスカート付きに突っ込む。隊長の命令を無視してしまった。……もし生きて帰れても、軍法会議ものだ。それに、隊長になんと詫びればいいのかも分からない。しかし、それでも……。

 

 

 

 ハワードもまた、フラッグという機体に魅了された一人の男だった。

 そして、フラッグを正式採用の座に上り詰めさせた人物こそが敬愛する上官、グラハム・エーカーなのである。そしてまた、ハワードを推薦してフラッグファイターとして取り立ててくれたのもグラハム。

 

 尊敬する上官と愛する機体。その機体で共に空を飛ぶ事こそがハワード・メイスンの矜持。フラッグファイターとしての魂。

 

 

 ハワードのフラッグが空中でモビルスーツ形態へと変形する。

 “グラハム・スペシャル”―――これで、少しでも隊長に近づけただろうか?

 ……いいや、まだだ! ここから、ここからなのだ…!

 

 隊長の、そしてフラッグの戦いは!

 

 

 

 そして、この基地を……仲間たちを……この空を奪ったお前たちに……!

 

 

「――――見せてやる、ガンダム!」

 

 

 

 フラッグがソニックブレイドを引き抜き、突撃の勢いのままに敵機に向けて振り下ろす。スカート付きは右肩にマウントしていた巨大な実体剣で受け止めるが、勢いはこちら側にある! フラッグのソニックブレイドがじりじりとスカート付きの剣を押し始め―――。

 

 

「―――これが、フラッグの力だ!」

 

 

 

………………

 

 

 

 

 モニターに映るソニックブレイドとGNバスターソードのスパークを見ながら、ミハエルは呻くように表情を曇らせた。じょじょに青白い光を帯びた刃が近づいてくる。

 

 

「こ、このままではやられる……」

 

 

 押し切られてしまえば、ガンダムといえどもただではすまない。

 きっと、傷つけられてしまう――――かすり傷くらいはなぁ?

 

 ミハエルがニヤリと嗤う。本当に倒せるとでも思ったのか?

 

 

「ンなわけねーだろ!」

 

 

 ミハエルの指が素早くキーを叩く。目の前のフラッグが、びくんっと全身を痙攣させた。それが5回――――フラッグの両腕に、胴に、両脚に、GNファングが突き刺さっていた。GNファングはビーム刃を纏うことができるのだ。

 

 そして、最後にフラッグの頭部にもファングが突き刺さり――――フラッグの顔面のセンサー素子の光が消える。ゆっくりと、機体が落ちた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

「ハワード・メイスン!」

 

 

 グラハムは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 そこに、ノイズ混じりのハワードの声が聞こえた。

 

 

『た、隊長……』

「ハワード!」

 

 

『隊長……フラッグ、は……』

 

 

 

 視界で、オレンジ色の閃光が瞬いた。……それと同時に、ハワードとの通信は途切れた。

 ハワードを散らせた6つの牙はスカート付きに収納され、三機の新型はもはや用は無いと言わんばかりに飛び去る。

 グラハムには、それを見送ることしかできなかった。

 

 

『隊長!』

「……無策で、追うな!」

 

 

 今行っても返り討ちにあうだけ。それが事実だ。

 ……だが、無念だった。

 

 全身から噴き出してくる悔しさを抑えるために、操縦桿を握りつぶす勢いで握る。奥歯をぎりぎりと食いしばり、眼下の基地に視線を落とした。

 

 粒子ビームで焼かれた地面の黒々としたラインも、もうもうと煙の立ち上る崩れた建物も。敗北という揺ぎ無い事実を突きつけてくる。

 思うまま蹂躙され、一矢たりとも報いることができなかった。

 

 

 

「……プロフェッサー…ッ、……ハワード……ッ」

 

 

 

 その時、なぜか砂漠の国の渓谷で出会った少女の顔が浮かんだ。

 悲哀に満ちた瞳。ただ人が死ぬのを見ただけではない。そう思わせる瞳。

 

 

『………人が、死んでいます……たくさん、たくさん……』

 

「……そう、か……これか……」

 

 

 分かってしまった。彼女が死んでいると言うのは、単に人が死んだというのを指すのではない。……彼女にとっての仲間、あるいは家族の。そういう存在の死が彼女にあの瞳をさせていたのだと。

 

 

 そして、なぜ戦うのかと問うた時、彼女はなんと答えたか?

 

 

 

『………きっと、死ぬのがこわくて……かなしいから、です』

 

 

 

 ………ああ、そうだ。大切な仲間が死ぬのはひどく怖い。そして、悲しい。

 自分で奪ってしまった命の重さを知っているつもりだった。しかし、奪われる命の悲しみと恐ろしさは……。

 

 

 

「………何のために、戦うのだろうな」

 

 

 なぜ、争うのか。奪われた者の戦いも、守るための戦いも、戦いの発端にはなりえない。ならばなぜ、戦いは始まってしまうのか……。

 グラハムに、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 トリニティチームがMSWADの基地を強襲したというニュースは、間もなくプトレマイオスにいるガンダムマイスターたちにも届けられた。むろんトリニティからの報告ではなく、地上にいるエージェントからの情報だ。

 

 そのようなミッションに関しては全くなにも聞いていません。寝耳に水です。すぐさま対応を話し合うべく、ブリーフィングルームにスメラギさんとマイスター5人で集りました。

 

 

「あいつらが米軍の基地を襲ったって?」

 

 

 ロックオンが怪訝そうに問いかけ、アレルヤさんもスメラギさんに顔を向けます。

 

 

「目的は?」

「不明よ」

 

 

 スメラギさんが首を横に振り、更に言います。

 

 

「ヴェーダにも情報は来てないみたいね」

「……勝手な事を」

 

 

 吐き捨てるようにティエリアさんが言い、ロックオンは肩を竦めて皮肉ります。

 

 

「おーおー、俺らへの風当たりが強くなるようなことしちゃって」

 

 

 ……世間のソレスタルビーイングに対する評判は、様々な意見はありますが単純に言えば「テロ組織」というものです。好感を持ってもらえるなんて思っていませんが、トリニティの攻撃はやりすぎ……そう思えます。

 

 その時、刹那がぽつりと呟きます。

 

 

「……マイスターなのか?」

 

 

 顔を上げると、刹那と目が合いました。

 苦々しげな、けれど切実な感情の篭った瞳。

 

 

「トリニティは―――やつらは本当にガンダムマイスターなのか?」

 

 

 ……ガンダムに乗っているのがマイスターだというのなら、そうなります。

 けれど、わたしは……。

 

 

 

『きっといつか人は分かり合えるわ。……けれど、それを待っている間に人は死んでしまう。たくさん。たくさん……。だから、ガンダムが世界に変革を促す。世界を一つにする。そして、一人だけでも多くの人を救う』

 

 

 そして、お母さんはさみしそうに微笑んで言うのだ。

 

 

『………無駄だと思っても、動かなければ何も変えられないの。そして、もし一人でも救うことができたなら――――それは、誇っていいの。その人を大切に思う人からすれば、それ以上の偉業は世界に無いのだから』

 

 

 

『――――お前が、母さんの望んだ世界を創るんだ』

 

 

 

 

 ……あんなの、お母さんの望んだガンダムじゃない。

 

 小さく心の中で呟く。それは、不思議とすっぽりと胸の中に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

信念や理念があろうとも、戦場で散りいくは人の命である。
ガンダムは何がために存在するのか。
次回、『悪意の矛先』。その翼、空を舞う。

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