機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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第15話:トリニティ

『大丈夫してる? エクシアのパイロットくん』

「……お、お前は……」

 

 

 

 いつの間にか、エクシアのコクピットモニターにサブウィンドウが開いていた。そこに映し出されているのはピンク色のパイロットスーツを着た少女。目尻の跳ね上がった小悪魔的な大きな瞳。そばかすの散った頬。状況と通信内容から、降下してくるモビルスーツのパイロットであることは疑いようがない。

 

 

『ネーナ・トリニティ』

 

 

 そう、少女は名乗った。

 

 

『きみと同じ、ガンダムマイスターね』

「ガンダム……マイスター……」

 

 

 ワインレッドの装甲に、頭頂部が後方に出っ張ったような特徴的な頭部。ツインアイにブレードアンテナ、口に当たる突起。エクシアよりも一回り細い腰に背部に背負った平らなジェット推進部のようなユニット。そして、背面から放出される血のように鮮やかなGN粒子の光――――。

 

 

「その……機体は……」

『――――ガンダムスローネ三号機、ガンダムスローネドライ』

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 セレネは、コクピットシートに身体を沈みこませたままジッと話に耳を傾けていた。気絶している間も衝撃に嬲られ続け、更にプラズマフィールドを受けた身体に力が入らないというのもあり、そして別の理由もあった。

 

 

(……なにか、ヘン……です…?)

 

 

 赤いガンダムのパイロットから、妙な感じがする。

 ティエリアさんと同じような、けれど違う。たぶん超兵でもない。

 

 嫌な感じ……というのも違う。

 けれど、何なのだろうか。何が足りない……そんな感じがする。

 

 

 

『GN粒子、最大散布! 行っけえっ! ステルスフィールド―――!』

 

 

 唐突に、スローネドライというらしい機体が左肩のシールドと背中のGN粒子放出ユニットの放出口を展開する。そこからは大量の赤い粒子が溢れ出し、その姿はGN粒子による6枚の翼を纏った天使のようで。

 その翼が、爆発的に拡大する。猛然と、圧倒的な勢いで。

 

 赤い光の奔流は瞬く間に空を埋め尽くし、視界を赤く染めつくす。

 そして、タクラマカン砂漠ほぼ全域が通信不能に陥る。

 

 

 それを、セレネは肌で感じていた。

 高まるGN粒子に呼応して、身体が熱を帯びているように思える。

 黄金の瞳の揺らめきが激しくなり、煌々と輝く。けれどそれと同時に、まるで湿度が高すぎる場所に放り込まれたような、ねばついた嫌な感じがした。

 

 

(……毒性が、高い……?)

 

 

 違和感の正体はこれなのだろうか。

 GN粒子は濃度が高すぎるなどの状況によっては毒になる。セレネは、きっと誰よりもそのことを良く知っているという確信があった。

 

 けれど、それはこの程度の濃度では感じ取れないはずだった。

 このステルスフィールド程度ならずっと浴び続けなければ害は無いと思うけれど、武装に使うほどに濃度を上げれば細胞に異常を引き起こすのではないだろうか。

 

 

 一瞬だけ躊躇ってから、赤いGN粒子に意識をのせる。

 いつものGN粒子と違って、意識にぬめついた嫌な感触が纏わりつく。それでも意識を広げてロックオンとアレルヤさん、ティエリアさんの無事を確認して、すぐに自分の身体に戻った。

 

 

 

「………ん、ぅ……はぁ…っ………はれ…?」

 

 

 

 あたま、が……ぼーっとして…?

 なんだか、ふわふわ…する、ような……。

 

 

 

『……セレネ…? 応答しろ、セレネ……!』

「ふぁ………せつなぁ……ぇへへへ」

 

 

 サブウィンドウに映し出される刹那の顔。

 なんだかすごく久しぶりな気がして、うれしくて。勝手に頬が緩んだ。

 

 

 

『……セ、セレネ…?』

「たすけにきてくれて、ありらとーなのれすー!」

 

 

 ……なんだか、舌がまわらないのです?

 でも、かんけーないですよねっ!

 

 

『………お、応答しろ、セレネ…?』

「ぅー……、むししゅるなんれ、ひろいのれす……!」

 

 

 

 なんとなく頬を膨らませて、じぃ~~っと刹那の顔を睨みつける。

 刹那は一瞬だけ呆然とした後、操縦桿を動かしてアイシスを肩を貸すようにして持ち上げる。

 

 

『……セレネ、離脱するぞ』

「りょーかいなのれすっ!」

 

 

 操縦桿を押し込みながら思い切りペダルを踏み込むと、下方向と前方向に急加速したアイシスが思い切り地面に激突し、ガツンという衝撃とともにセレネは再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 タクラマカン砂漠から離脱すると、ガンダムスローネを名乗る3機の新型ガンダムは宙域のポイントデータを送ってどこかにいなくなり、プトレマイオスのガンダム5機とマイスターたちは洋上を移動し――――ただし、アイシスはセレネが気絶しているので両側から支えられ――――ながら、話していた。

 

 

 

『新たな3機のガンダムの出現……か』

『聞いてねぇぞ、まったく……』

『(………あんな機体、ヴェーダにも情報がなかった)』

 

 

 何事か考え込むようなアレルヤ、ロックオン、そしてティエリア。

 そして刹那は――――。

 

 

 

 

『……ん……ぅゅ………ぇへへ……』

「………」

 

 

 酔っ払っているかのように顔を赤くして、サブウィンドウにあどけない寝顔を晒すセレネをなんとなく眺めていた。……セレネが気絶する前に浮かべた満面の笑みだったり、潤んだ目と赤くなった頬で上目遣いに睨んできたこと、そしてこの寝顔だったりで、刹那の中で眠っていた何かの感情が呼び起こされそうだった。

 

 

 なんだろうか。

 守ってやりたい……ような。むしろ苛めたい……ような。

 他3人とは全く別の、しかしこれはこれでわけのわからない自身の感情に真剣に悩んでいた刹那に、唐突にロックオンが話を振った。

 

 

 

『……刹那、お前はどう思う?』

「………!? ガ、ガンダムだ……っ!」

 

 

 咄嗟に意味不明なことを口走ってしまった。

 いつもの無表情と見せかけて内心で焦りまくる刹那に、ロックオンは僅かに驚いた顔をした後に得心したように苦笑した。

 

 

『そりゃそうだ。さすが刹那だ、シンプルでいい』

『そうだね』

『……確かに、あの機体が本当にイオリアの計画を体現する存在……ガンダムであるのなら、問題はない』

 

 

 それどころか、アレルヤ・ハプティズムとティエリア・アーデまで僅かに頷く。

 ……いいのか、それで。

 

 しかし、事実としてあの3機のガンダムに助けられたのだから、とりあえずは敵ではない……と認識していいのだろう。

 

 

 

 ………そうだ、ガンダムだ。

 

 俺の求めるもの。戦争根絶を体現するもの。

 かつて、俺を救ったもの。

 

 エクシアに乗っていても、まだあの時の見た光景には手が届いていない。

 そんな気がしていた。

 

 この理不尽な世界を変えられる存在になりたい。

 そのための存在、ガンダムに……。

 

 刹那は、死んでいったかつての仲間たちと不条理な戦場の光景を思い浮かべ―――。

 

 

 

『………せつなぁー……』

 

 

 夢でも見ているのだろうか。

 幸せそうな顔で、セレネが呼んでいた。

 

 

『お、呼ばれてるぞ。刹那』

『ほんと、仲良いよね』

『……ふっ』

 

 

 3人のマイスターたちの苦笑するような、妙に生暖かい視線を受けながら、刹那はなぜだか、とても気恥ずかしいような気がして―――。

 

 

 

「……ガ、ガンダムだ!」

 

『『『いや、なんでもそれで済ませるな』』』

 

 

 

 ………お前たちも仲良いじゃないか。

 そんなことを少し思った刹那だった。

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

『――――ナドレ!』

 

 

――――ティエリアの虹彩が黄金の輝きを放ち、ヴァーチェのコクピットが、コンソールが赤色に変化する。そこには、“GN-004 NADLEEH”と表示されて――――。

 

 

 ヴァーチェの装甲が、ゆっくりと外れる。

 そして装甲の下から現れるのは、GN粒子の赤い供給コードを髪のようにしたスリムな白銀の機体、ガンダムナドレ。それと同時にナドレから目に見えない特殊フィールドが形成される。

 

 

 

『――――ヴェーダとリンクする機体を、全て制御下におく………』

 

 

 

 ティエリアが静かに、厳かに宣告する。

 

 

 

『……これが、ガンダムナドレの真の能力…! トライアルシステム!』

 

 

 

 

「………いいのかぁ? これは……」

「い、いいんじゃないかな? ティエリアがいいって言うんだし……」

「それ以外にない」

 

 

 ちょっと顔を引き攣らせるロックオン。どんな顔をしていいのか分からなそうなアレルヤ。そしてじっと待つ刹那。

 

 

 

――――というわけで、隠れ場所である無人島。

 

 輸送用コンテナの中に格納したガンダムアイシスから、とりあえずセレネを運び出してベッドで寝せることにしたのだが、パイロットのセレネが気絶しているのに外側からガンダムのコクピットを開けるのはかなり面倒なことである。

 

 

 何せ、万一でも敵に簡単に開けられるようでは困る。

 よって、ヴェーダに登録されたパイロット以外では並大抵のことでは開けられない。中にハロでも乗っていればいいのだが、アイシス搭載のAIはあくまでも操縦補助だけだ。

 

 

 しかし刹那やアレルヤ、ロックオンならいざしらず、疲労しているセレネを起きるまで放置というのはどうなのか。ということでマイスターたちの意見が一致。

 

 

 かといってあの過酷な戦いの直後でマイスターたちも疲れ切っていたので、どうするかということになり……ティエリアがトライアルシステムを使ってくれたというわけだ。色々と突っ込みどころがありすぎる気もしたが……。

 

 

『――――コクピットハッチ、強制解放!』

 

 

 いいのか、それで。というマイスター約2名の思いも虚しく、ティエリアの声とともにアイシスのコクピットが開いた。

 

 ちなみに本来ならヴァーチェを構成する装甲が外れるときは弾け飛ぶのだが、今回はすぐに元に戻せるように固定が外れる程度のパージである。ティエリア曰く「それくらいはできて当然」らしい。

 

 

 

「………セレネ!」

 

 

 開いたアイシスのコクピットに飛び込むような勢いで刹那が入る。他のマイスターにまた苦笑されたような気がしたが、気にしている暇はなかった。

 

 

「……せつ、な?」

 

 

 セレネがぼんやりと目を開く。黄金色に揺らめく瞳がとろんと瞬き、何となくぽわーっとした雰囲気のセレネは小首を傾げて微笑んだ。

 

 

「……おはよーございます、せつな……っ!」

「……っ!?」

 

 

 突然、セレネが刹那に抱きつく。

 なにやらロックオンがヒュウっと口笛を吹いたような気がするが、それどころではない。思わず硬直する刹那の胸に、セレネは頬をすりすりと擦りつけた。

 

 

「……ぇへへ……せつなのにおいですー……」

「セ、セレネ…っ!?」

 

 

 二人きりなら抱きしめ返したかもしれないが、明らかに様子のおかしいセレネに困惑する刹那はとりあずコクピットの外にロックオンに視線で助けを求める。

 

 

「おお、よかったじゃねぇか。刹那」

「ロックオン・ストラトス……!」

「………ぅにゅー♪」

 

 

 正直、冗談を言っている暇はない。

 何を我慢しているのか刹那自身にも全く定かではないが、刹那の自制心が限界だった。

 そしてやはり明らかにセレネがおかしい。ロックオンは苦笑して、しかし真面目な表情に戻ると呟いた。

 

 

「……見た感じだと、酔ってるんじゃねぇか?」

「ふぇー……? よってないのれすよー?」

「酔ってるみたいだね」

 

 

 アレルヤが苦笑し、通信を介してティエリアが言う。

 

 

『セレネ・ヘイズ。君はあのガンダムスローネのGN粒子を意識の拡散に使ったのか?』

「……そうれすよー? でも、べたべただったのれす!」

 

 

 ぷんぷんです! という到底ガンダムマイスターに相応しく無さそうな擬音が似合いそうな感じで憤慨するセレネの言葉に、ティエリアは僅かに考え込むような間を置いてから口を開いた。

 

 

『つまりは、あの赤いGN粒子には色だけではなく何かしらの違いがあるのだろう』

「……と、とりあえず、離れろ……」

 

 

 ずっと密着されて色々とマズい気分になってきた刹那はそっとセレネを引き剥がそうとし、セレネは頬を膨らませると両手両脚で刹那にしがみついた。

 

 

「ゃぁー…っ! なのれす…っ!」

「ロ、ロックオン…!」

 

 

 助けを求める刹那に、ロックオンはやれやれと首を振った。

 

 

「ほらよ、セレネ。チョコレートだ」

「……! チョコですーっ♪」

 

「………」

 

 

 チョコレートに飛びつくセレネを見ながら、刹那は助かったにも関わらず微妙に悔しいような悲しいような気分を味わった。

 

 

 しかし、次の瞬間。

 セレネの瞳がギラリと輝き、危険な笑みとともにセレネは立ち上がる。

 ドカーン! という擬音が聞えたような気がした。

 

 

「――――もっとなのれすー!」

「……やべっ。このチョコレート、アルコールが入ってやがる…っ!?」

 

 

 

『「「…………」」』

「――――…ぇへへへ~♪」

 

 

『な、なんという失態だ…っ!?』

「ぅ、うわぁぁ!? 脳量子波の干渉が……―――イヤッホォォォウ! 楽しいよなぁ、アレルヤァァァ!」

「ゆ、指先の感覚が―――うおわぁぁっ!?」

「……お、俺が……――――ガンダァァァァムっ!?」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 タクラマカン砂漠での激闘から十数日が経過し、タクラマカン砂漠離脱時にスローネのマイスターたちから渡された宙域データのポイントにプトレマイオスが訪れた。

 

 そして、そこにいた不思議な形の艦からガンダムスローネアインが殊勝にも非武装で、かつ掌に残り二人のマイスターを乗せて現れ、光通信でのやり取りの後にプトレマイオスに着艦した。

 

 

「着艦許可を頂き、感謝します。スローネアインのガンダムマイスター、ヨハン・トリニティです」

 

 

 すらりとした細面の青年がそう礼儀正しく挨拶し、続いてなんだか怖そうな人が嫌な笑い方をしながら言います。

 

 

「スローネツヴァイのガンダムマイスター、ミハエル・トリニティだ」

 

 

 ……なんとなく、いやな感じです。

 わたしは万一に備えてエクシアで待機していた刹那がいないので、思わずロックオンの背中に隠れさせてもらいながら最後の三人目、わたし以外で初めての女の人のマイスターを見ました。

 

 

「スローネドライのガンダムマイスター、ネーナ・トリニティよ」

 

 

 明るくVサインするネーナさんに、悪い人じゃないのかな…? と思いながらも、頭がちりちりと「なにかが違う感じ」を伝えてきます。

 ……ミハエルさんとネーナさんから、使命感…みたいなものを感じられない? 

 

 

「あ……みんなも、若いのね……それに名前が……」

 

 

 スメラギさんも何かに困惑するように言い、ヨハンさんが生真面目に答えます。

 

 

「血が繋がっています。私たちは実の兄妹です」

「そうなの……あ、助けてもらったお礼を―――」

 

 

「ねえ」

 

 と、ネーナさんがスメラギさんの言葉を遮ります。……興味が無いことはどうでもいい。そんな意思を感じてわたしは思わず顔を顰め、その次の言葉にそれが困惑に変わりました。

 

 

「エクシアのパイロットって、誰?」

「えっ?」

 

 

 わたしと同じく目を丸くするスメラギさんから視線を動かし、ネーナは壁際で腕を組むティエリアさんに目を向けます。

 

 

「あなた?」

「いいや、違う」

 

 

 ティエリアがほんの僅かだけ怪訝そうにしつつも顔を背けて否定し―――。

 

 

「―――俺だ」

 

 

 通路の壁についているガイドレールのレバーを掴んで、刹那が到着しました。

 

 

「俺がエクシアのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ―――…」

「キミね、無茶ばかりするマイスターは!」

 

 

 ネーナさんがパッと破顔して、スメラギさんたちの間をすり抜け、刹那に近づいていきます。………なんだかものすごく嫌な予感がして、飛び出しそうになるのをなんとか抑えると――――。

 

 

 

「そういうとこ……すごく好みね」

 

 

 そう言って、ネーナさんの顔が刹那の顔に近づいて――――…ちか、づいて……?

 刹那がたじろぐように顔を仰け反らせるけれど、ネーナさんの顔は止まらない。

 

 その唇が、刹那の唇に、触れて――――…っ!?

 

 

 

 ………キ、ス…?

 

 

 

 パチッ、と頭の中がショートする。刹那が感じるネーナさんの唇も、その逆の感触も僅かに感じ取れてしまう。どうしてか、頭の中が真っ白になる。

 言いようのない嫌悪感と、叫んで走り出したいような衝動が爆発しそうだった。

 

 

 刹那がネーナさんを突き飛ばして叫ぶまで、永遠にも思えるほど長い時間があったのではないかと思えた。

 刹那が口元を拭って怒鳴った。

 

 

「俺に触れるな!」

「あん」

 

 

 無重力の為に流されていくネーナさんをヨハンさんが抱きとめ、ミハエルさんがソニックナイフを抜く。

 

 

「貴様、妹に何を!」

「妹さんのせいだろ」

 

 

 ロックオンがたしなめますが、ミハエルさんはむしろ逆上して―――。

 

 

「うるせぇぞ、このニヒル野郎! 切り刻まれた――――ぅぉ!?」

 

 

 

 ミハエルがナイフの刃先をロックオンに向けた瞬間。

 金属同士の激突音と共に、ソニックナイフの刃が唐突に消えた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……今、本気でしたね」

 

 

 爛々と、特別製のコンタクト越しでも分かるほどにセレネの瞳が輝いていた。ロックオンの前には、何か短い棒のようなものを振りぬいた姿勢のセレネ。ミハエルは半ばからへし折られた己のソニックナイフとその刃を見ながら、セレネに掴みかかろうとする。

 

 

「テメェ、よくも―――!」

「やめろ、ミハエル」

 

 

 ヨハンが間に入り、セレネは軽蔑するような視線をミハエルに向けつつ、どういう仕組みなのか無重力にも関わらず何かを蹴るような様子もなくふわりとロックオンの隣に降りる。と、そこに場違いとも思える甲高い電子音声がした。

 

 

『ヤッチマエ、ヤッチマエ』

 

 

 ミハエルを煽るような言葉を放つのは、紫色のHARO。すると、ロックオンのハロが電子音声をあげて割り込んできた。

 

 

『兄サン、兄サン』

「兄さんだぁ?」

 

『会イタカッタ、会イタカッタ、兄サン、兄サン』

『誰ダテメェ、誰ダエメェ』

 

『ハロ、ハロ』

『知ンネーヨ、知ンネーヨ』

 

 

 HAROは小うるさい邪魔者を追い払うようにハロに機体をぶつけ、ハロが呆然としているような語調で慣性に流されていく。

 

 

『兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ……』

 

 

 ハロの声は少しすると聞こえなくなり、残されたのは興がそがれて決まりの悪い空気だけ。セレネは無表情に持っていた棒を縮めるとパイロットスーツの腰部分に追加してあるアタッチメントに仕舞う。

 

 

「………え、えっと」

 

 

 とスメラギは前置きし、ついでに咳払いをして言う。

 

 

「………とにかく、ここじゃなんだから部屋で話しましょ」

「わかりました」

 

 

 ヨハンが頷き、長兄の合図を受けてミハエルが渋々としか言いようのない態度でナイフと、セレネにへし折られたナイフの刃を仕舞う。スメラギを先頭に、ヨハン、ミハエル、ネーナ、ロックオン、アレルヤ、セレネが移動していく。

 

 刹那は、トリニティの三人をジッと見つめていた。

 擦れ違いざま、ヨハンは刹那に目もくれず、ミハエルは嫌悪感をあらわに睨みつけ、ネーナはウィンクを残していく。

 

 

 その後ろ姿を見送りながら、刹那は苦い気分で考えていた。

 

 

(……やつらが、新しいガンダムマイスター……)

 

 

 本当に……?

 タクラマカン砂漠でスローネドライと追い求めるガンダムの姿を、人ならざるものを重ねて見た、あの時の自分の感情を否定する気はない。ないが……。

 

 その後の彼らの言動を見るに、胸の奥からふつふつと疑念がわく。

 彼らは、本当にガンダムマイスターたる資格を有しているのか、と。

 

 刹那自身、エクシアのマイスターに選ばれたのはヴェーダの推薦があったからでしかない。そして今までにも他人から、自分自身から、自分にその資格があるのか問われ続けてきた。

 

 

 ガンダムマイスターたる者の信念、理念、覚悟、動機、精神……。

 どうしてもトリニティには、特にミハエルとネーナにはそれが欠如している気がした。心に秘めたものがない、そんな軽い印象だった。

 

 ロックオンやアレルヤ、ティエリア……そして、セレネは共に戦争根絶を目指す仲間だと、同志だと自信を持てる。しかし、彼らからはむしろ反対のものを感じる。

 ……単にいきなりキスをされて苛立っているというのも否定しきれないところではあるのだが。と、なんとなくセレネが気になってちょうど目の前を通り過ぎるセレネに目をやり―――。

 

 

「………(ぷいっ)」

 

 

 今まで見たことがないほどに不機嫌そうなセレネがそっぽを向き、刹那を視界に入れたくないと言わんばかりに露骨に無視された。

 

 

 不意に、刹那の隣に残っていたティエリアが口を開いた。

 

 

「初めて意見があったな」

「……な、なにをだ……?」

 

 

 胸にぽっかり穴を開けられたような強烈な一撃に壁に寄りかかって落ち込む刹那に、ティエリアはやれやれと首を振り、言った。

 

 

「口にしなくても、わかれ」

 

 

 何故か命令口調。

 それだけ言ってティエリアは床を蹴ってスメラギたちに続き、そのほぼ無表情ながら苦笑の混じった横顔を眺め、それから刹那も傷心の心を抱いて後に続いた。

 

 

 

 ………後でセレネと話そう。とにかく、なんとか宥めなくては。

 判断を下すのは、それからでも遅くない。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

セレネの感じるスローネの影と悪意。戦争根絶。同じはずの目的を掲げ、スローネが武力介入を開始する。その猛攻に世界は震撼し、翻弄されるしかないのか。
次回、「スローネ強襲」。



なお、飲酒してのモビルスーツの操縦はとても危ないのでやめましょう。



独自設定

スローネから放出される粒子について

 プトレマイオスチームのガンダムの放出する緑のGN粒子と違い、赤いGN粒子。セレネ曰く毒性が強いようで、セレネの場合は意識同調に使用すると酔いと同じような症状が出る模様。ちなみに納豆をぬりたくられるようななんとも言いがたい感覚があるとかないとか。


セレネの持っていた武器

 Eカーボン製の警棒みたいなもの。ちょっとしたギミックが仕込んである。



パージしたナドレの装甲

 スタッフが美味しくいただきました



追伸
 あとがきに書くのもどうかと思う雑談以下の何かを、投稿に合わせて活動報告で書くかもです。


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