機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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すみません、どうしても早く出したくて一気に後編も更新です。
長すぎて誤字のチェックが追いついていません……作者失格ですが、誤字がありましたら感想でご指摘ください。申し訳ありません><


第14話:折れた翼(後編)

 刹那は異変を感じていた。

 再びを砲撃が激しさを増しつつある。

 

 

「……セレネ…!」

 

 

 恐らくは、セレネに何かがあった。

 今なら、エクシアを離脱させることができるだろう。しかし―――そうすれば更に他のマイスターたちへの攻撃は激しさを増すだろう。

 

 刹那は、感覚の鈍った手で操縦桿を強く握り締める。

 静かにエクシアを浮かび上がらせ、言う。

 

 

「……ティエリア・アーデ。俺は救援に向かう、お前は脱出を―――」

『冗談は止してもらおう。ガンダムが鹵獲される可能性を残して撤退などしない。……僕が突破口を開く』

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「コマンダー、ポイントE06で目標視認。作戦行動に入る。オーバーフラッグス、フォーメーションEでミッション開始する!」

 

 

 

 いつもの追加武装を身につけず、砂地に純白の機体を晒すアイシスにグラハムは僅かに目を見開き、それから笑みを浮かべる。柔肌を覗いてしまうとは無粋な真似をしてしまったようだが――――是非ともお相手いただこうか…!

 

 しかし、その時。ダリルから通信が入る。

 

 

『隊長、ジョシュアが!』

「…っ!」

 

 

 ジョシュアのフラッグが勝手に突出していた。明らかに命令違反。

 アイシスは命を無闇に奪おうとしない優しさこそあれど、決してそ生温い相手ではないというのに…!

 

 

「ジョシュア、隊列を崩すな!」

『ふっ……隊長ヅラして――――』

 

 

 その瞬間、ジョシュアがアイシスに向けて急降下しつつ人型形態に変形する。

 これまでグラハム以外に為し得なかった快挙、空中変形―――かと思われたが、その瞬間、隙だらけのフラッグの腕をアイシスのビームライフルが貫いた。

 

 

『―――ぅっ!? ぅ、うわぁぁぁぁっ!?』

「―――ジョシュア…っ!? 早く機体を立て直せ―――!」

 

 

 

 空中変形中に腕を、翼を吹き飛ばされたフラッグはバランスを崩して失速。更に錐揉みする機体を立て直せるのは、それこそグラハムのようなパイロットだけだったろう。ジョシュアのフラッグはそのまま地面に突き刺さると、爆発して消えた。

 

 

 

 

『ジョ、ジョシュアが!?』

「――――えぇい! フォーメーションをFに変更する!」

 

 

 

 やはり、アイシスは生温い相手ではない。アイシスを甘く見て命令違反をしたジョシュアに同情はしないが、仲間を失った苛立ちはある。しかし、今のは……明らかに致命傷は避けようとしていたアイシスの慈悲を、ジョシュアが無駄にしたとも取れるものであった。なぜなら、出現したばかりのアイシスのパイロットは疲弊しているわけが無いからだ。

 

 悔しさが残るが、仕方が無い……。必ず戻る。

 部下をこれ以上犬死にさせないためにも味方の砲撃部隊にこの場を譲り渡すことを決意したグラハムは、アイシスを名残惜しく見詰めながら後退し――――。

 

 

 

「なん……だ!?」

 

 

 アイシスがビームライフルを撃った姿勢のまま、ぴくりとも動いていなかった。

 何故かグラハムにはその姿が、初めて人を殺してしまった新兵のそれと重なって見えた。

 

 

「……っ、アイシス……」

 

 

 ガンダムを鹵獲しようと、これほど卑劣な作戦に出られてもまだ我々を気遣うというのか…。グラハムはそして、無防備なアイシスに襲い掛かる無数のミサイルを見て血が滲むほどに唇を噛み締め、コンソールに拳を叩きつけた。

 

 

 

「……くっ! 軍人、失格だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 アイシスの量子シンクロシステムが揃ってエラーを表示し、けたたましい警告音を響かせていた。あらかじめ設定しておいた通り、GNパックはAIに従って行動しているのだろうが……。

 

 

「……ぅ、ぁぁぁぁああぁ……っ」

 

 

 涙が溢れていた。

 それと同時に、ロクに防御姿勢を取っていないアイシスのコクピットが激震する。

 

 けれども、どんなに涙を流しても自分が殺してしまったパイロットの恐怖の叫びが耳元にこびり付く。GNパックに意識の大部分を割いていたことで相手のパイロットの感覚の逆流はほぼ無かったが、何の慰めにもならない。それはむしろ、自分が手を抜いたせいで一人が命を落としたという事実を突きつけられているのに過ぎないのだから。

 

 

 

 弾丸の嵐は徐々に強まり、それが浅はかな自分を責め立てているように思える。

 GNパックとのシンクロも手放してしまった。必死に意識を伸ばして再同調しようとしても乱れた感情と離れた距離、そして襲い掛かる衝撃が、閃光が邪魔をする。

 

 

 

「……だ、め……わたしは、まだ……」

 

 

 生きないと。小さく呟く。それに応えるように、セレネの脳量子波に反応してアイシスが地面に膝を突くようにしつつ、腕でコクピットを庇うように防御姿勢を取る。

 焼け石に水とはいえ僅かに衝撃がマシになったように思えるコクピットで、必死に自分の身体を抱きしめた。

 

 

 

「……せつ、な………さむい…です……っ」

 

 

 

 溢れるGN粒子の輝きと、頭を引き裂くように流れこむ無数の感情を思い出す。熱した金属を流し込まれたように痛みだけを狂ったように訴える身体も、全てが終わり、自分の物ではないかのようになってしまったそれらも。

 

 

「……ぁ、ぐ……ぅぅ…っ!」

 

 

 脳量子波の過度な使用と感情の乱れの影響で暴走しかかった能力が、無数の感情を頭に押し込めてくる。飽和状態の砲撃のせいで、もう逃げる事はできない。敵が確信を持ってガンダムの鹵獲に乗り出すまで延々と砲撃を受け続けるだけ……。

 

 震える手でコンソールを操作し、致命的なダメージを受ける、またはコクピットあるいは太陽炉に看過できない干渉を受けた場合は自爆するという設定を確認する。

 自爆方法は太陽炉のオーバーロード。これで、少なくとも太陽炉は渡さなくてすむ…。

 

 

 脳への過負荷のせいで、意識がぼんやりしてきた。

 

 

 

(………ごめん、なさい……刹那……)

 

 

 

 やくそく、守れないかもしれません。

 

 

 

(………また、いっしょに……おかいもの……)

 

 

 

 もしできたら、また二人で晩御飯の食材を買いにいきたい。

 刹那はほとんど喋ってくれないけれど、いっしょにいてくれるだけで、それだけで心があたたかくなるから……。

 

 

 

(………せつ、な……は……なにが……いちばん……)

 

 

 

 

 意識を失ったセレネの身体から力が抜ける。しかしシートに崩れ落ちた小さな身体は、そんなことはお構いなしに続く衝撃に嬲られ続けた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……戦闘開始から5時間が経過したか……」

 

 

 ホテルのスイートルームからは夕日に染まる大海原が一望できる。その沈みかけた夕日がソレスタルビーイングの命運を表しているように、アレハンドロ・コーナーには思えた。

 

 まだ、5機のガンダムが帰投したという報告は受けていない。

 ということは、まだ彼らは砲撃に囲まれたままということなのだろう。敵は今回限りの急造軍だけに容易に敵陣を突き崩せるかと思ったが、なかなかどうして敵軍の連携は意外にも固かったらしい。

 

 

 しかし、このままではガンダムマイスターたちは確実に死ぬ。

 そんな不吉な予測を立てながらもアレハンドロは微笑みを浮かべていた。

 

 このまま打つ手なしで時が過ぎれば、マイスターたちは消耗の末に昏倒してしまうだろう。もしその場で生きながらえたとしても、鹵獲されたガンダムのコクピットから引きずり出されれば、ソレスタルビーイングの全容を暴く為に自白剤を大量に投与され、調査という名の拷問を受けるだろう。そして、最期にはぼろぼろになった体を衆目の前にさらされて処刑される。三国家郡による世界平和というプロパガンダのために。

 

 あるいはその前に自爆するという道もあるが、どちらにせよ破滅は不可避だ。

 

 

 

 このままなら、世界は変革を迎えずに計画は終わるのかもしれない。

 ガンダムマイスターに補充はきくが、GNドライヴに予備はない。

 

 

 

 しかし、アレハンドロは動じていなかった。

 ……いよいよ、か。

 

 

 アレハンドロは眼下の美しい景色から視線を外し、窓から離れる。

 

 

「どちらへ?」

 

 

 近くで控えていたリボンズが尋ねる。

 

 

「他の監視者たちの意見を聞く……私の役割も、ここまでかもしれんな……」

 

 

 そう呟いて別室に入る彼の背中をリボンズは眺め、そして苦笑気味に呟く。

 

 

「そんな気なんかないくせに」

 

 

 言葉の裏に本音を隠し、成長するにつれて純粋さを失う。より、他者と分かり合えなくなる。それがリボンズには生命体として鈍化しているように思えた。

 

 

「大人は嫌いだね……」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 戦闘開始から八時間が経過し、砂漠はすっかり夜闇に包まれている。

 タクラマカン砂漠北東、この作戦のために建造されたAEUの駐屯基地。その中央にある指揮管制塔では、作戦指揮官であるカティ・マネキン大佐が指示を飛ばしていた。

 

 

「第七モビルスーツ隊のあとを第十七モビルスーツ隊に引き継がせろ。パイロットには食事と仮眠を忘れないように伝えておけ」

 

 

 カティ・マネキン大佐は戦闘開始から僅かな食事休憩を除いて常にデータを睨みつけ、迷うことなく指示を飛ばし続けていた。途中、謎の4機の襲撃とデカ物ガンダムの想定外の長距離精密射撃、そしてこの基地が即席だったこともあって指揮系統が混乱させられたが、ユニオンのエースだというパイロットが敵機の本体を見抜いて攻撃を仕掛けたとかで暴れていた謎の4機はどこかに消え、包囲はなんとか持ち直していた。

 

 その間に受けたデカ物ガンダムの砲撃の被害が想定以上、それに乗じて突っ込んできた近接タイプが一個大隊以上を壊滅させる勢いで大暴れしたこともあって被害甚大というべきものではあったが、伊達に1000機ものモビルスーツがいるわけではない。

 

 最も諦めの悪いデカ物と近接型に、近接攻撃も含めて攻撃を集中させたこともあって現在戦況はひたすらこちらが一方的に砲撃を続けるだけの理想的と言うべきもの。すでに、戦況は詰みかかっているといっても過言ではない。油断など絶対にしてはやらないが。

 

 

 しかしそれにしても、と思う。

 ユニオンのエースは作戦指揮の才能すらも持ち合わせているのだろうか? カティが指揮系統の復旧に忙しかったとはいえ、あの短時間でガンダム本体の位置を特定して叩くなど尋常ではない。実際、そのお陰でなんとか作戦が持ち直したといっても過言ではないのだ。

 ……あの白いガンダムへの攻撃はユニオンに譲るくらいの誠意は示すべきかもしれない。とはいえ、一機でも多くガンダムを鹵獲するつもりであることに変わりは無いが。

 

 

 ……そしてこの、待機命令を出したら何故か私の隣で待機している少尉もそれと同じレベルの……頭はカバーすればいいとして、操縦技能を持っていればいいのだが。

 そんなことを考えながら、少尉に向き直る。パトリックがはじかれたように姿勢を正す。

 

 

「少尉、出番は近いぞ。出撃準備、急げよ」

「はっ!」

 

 

 

 大佐にスペシャルな感じでカッコイイとこ見せてやるぜ! というパトリックの思考は、流石のカティの頭脳をもってしても読みきれない、ある意味ハイレベルなものだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 戦闘開始から、十時間が経過していた。

 なおもヴァーチェは砂漠の中で砲撃を受け続けている。すぐ横ではエクシアがシールドを掲げていたが、そのエクシアの膝がガクリと揺れて地面についた。

 

 

「……刹那・F・セイエイ」

「……し、心配…ない……」

 

 

 ヴァーチェのコクピットに、刹那の途切れ途切れの声が届いた。しかしその声には何もできない歯痒さと、焦りのようなものが含まれている。

 ティエリアの息も乱れている。GNフィールドでミサイルの直撃こそ防いでいるものの、それでもすっかり体力は消耗してしまった。十時間も耐え続けるというのはそういうことだ。

 

 

(この、ままでは……ガンダムが鹵獲されてしまう……)

 

 

 ヴェーダの計画が狂う。いや、破綻してしまう。

 ティエリアはヴァーチェを反転させ、ミサイルを放っている敵の砲撃部隊に向かってGNバズーカを構えた。GNフィールドを展開したまま、圧縮粒子をチャージしていく。

 

 この状況を打破できるのは、最早ヴァーチェのGNバズーカしかない。キュリオスとエクシアの装備では遠距離砲撃に対応できないし、デュナメスでは一機ずつしか倒せないために敵に隊列を立て直す時間を与えてしまう。

 

 

 一時は猛攻で敵陣を掻き乱したアイシスも、全く動きが感じられない。GNパックの粒子が想定よりも早く無くなった……というよりも、脳量子波でセレネ自身がオーバーロードしたか、本体が見つけられてこちらと同じく集中砲火を浴びているのだろう。

 

 敵の指揮官はかなりのやり手だ。

 それこそ、スメラギ・李・ノリエガに匹敵するレベルの。

 

 

 

 バーストモードは必要ない。敵の陣形に風穴を開けさえすれば、必死というのも生温い猛攻で敵機を薙ぎ払うエクシアが突撃し、反撃の糸口を掴める。その確信があり、そして事実これまではそうだった。――――例えすぐに別に部隊によって包囲されるにせよ、2機は少しずつだが確実に敵機を減らしていた。

 

 ティエリアは圧縮粒子を十分にチャージさせたところでGNフィールドを解除。即座にトリガーを引き、極太の粒子ビームが発射され――――しかし、その一撃は砲身に絶え間なく降り注ぐミサイルの直撃や爆風の影響で射線をそらされ、敵部隊を掠めるようにして夜空の闇に消えていった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 ティエリアは再びGNフィールドを展開し、止む気配のない砲撃から機体を守る。

 機体の大きさが災いしてか、射線が逸らされる。堪えて発射できたとしても、最も有効な地点からは外される。……そして、疲労で確実に成功率は下がっていた。

 

 

「ガンダムを……渡す、わけには…!」

 

 

 ティエリアは肩で息をしていた。この程度で息が上がる自分の体が恨めしい。

 しかし、それでも……ガンダムを鹵獲されて計画に支障をきたすなど許されない。許されるわけがない。許されるはずもない。

 

 気がつくと、先程片膝をついたエクシアがそのままうずくまっていた。機体のどこかに不具合が生じたかと心配したが、ガンダムはそんなにヤワではない。マイスターが疲弊しているのだ。

 

 ヴァーチェがエクシアの腕を掴み、引き寄せる。

 

 

 

『な、何を……』

「黙っていろ」

 

 

 ヴァーチェがGNフィールドの展開領域を拡大させ、エクシアの機体までもすっぽりと包み込んだ。完全ではないが、これでかなり爆発の衝撃がマシになるはずだ。

 

 

『……バカな、そんな…ことをすれば……』

 

 

 GNバズーカに圧縮粒子をチャージする時間が長くなる、と言外に言う刹那の意図は、そして、その裏に含まれた焦りも汲み取れた。しかし、ティエリアはぴしゃりと言い放つ。

 

 

「ガンダムを失うわけにはいかない。……そして、一機たりとも鹵獲させはしない。非効率な攻撃よりも、チャンスを待つ」

『し、かし……』

 

 

 

「言ったはずだ、一機たりとも鹵獲させはしない。……計画に支障が出る」

『……すまない』

 

 

 小さく聞えた声に、何故かティエリアはほんの僅かに笑みを浮かべていた。

 こんな状況だと言うのに……。

 

 一機たりともガンダムを失わない。

 その強い決意で、ティエリアは充填率の遅くなったモニターを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夜空に浮かぶ星々の輝きが失われようとしていた。

 間もなく、夜が明けようとしている。それでも、砲撃の嵐は未だに止む気配すらない。

 

 

「………せ、戦闘開始から、十五時間……」

 

 

 ヴァーチェのコクピットの中、ティエリアは呻くように呟く。あまりにも長く衝撃を受け続けた影響で、全身の皮膚感覚が麻痺したように鈍い。更に、そこには蓄積された疲労も加わっている。

 

 未だに、チャンスは到来していなかった。

 GNフィールドに内包したエクシアは身をかがめて動かない。……彼は持ちこたえているだろうか。

 

 しかし、ティエリアにも仲間を気遣う余裕はほとんど残されていない。

 最早、爆発の衝撃も閃光も爆音も、どこか遠くのもののように感じられる。慣れたせいではない。意識が朦朧とし、現実感が喪失しかかっているのだ。

 

 気を抜くと意識が途切れる。白昼夢でも見ているようなそれは、限界が近づいている……あるいは、とっくに通り越した証拠だ。

 

 視界が暗くなるたび、乱暴に頭を振って覚醒を促す。

 こんなところで気を失うわけには、いかない…! 人間の限界など知るものか!

 

 

 ティエリアが、最早何度目か分からない眩暈を振り払った時、それは起こった。

 

 

「……え…?」

 

 

 顔を上げる。周囲から砲撃の爆発が消えていた。遠方から飛来するミサイルも見えない。周囲には嘘のように静まり返った夜の砂漠の寒々しい空気だけが流れていた。

 

 

『……砲撃が、止んだ……?』

 

 

 刹那・F・セイエイの声がする。

 スメラギ・李・ノリエガの予測通り、敵部隊がガンダムの鹵獲に乗り出そうとしている。しかし、これこそがコレが最大最後のチャンスに間違いなかった。

 

 

 

「プランX……離脱、する」

『……セレネ…の、支援に向かう……っ!』

 

 

 その場を離れようとしたティエリアに対し、エクシアが追加スラスターを閃かせ、アイシスが潜伏しているはずだったポイントに向けて飛翔するのを見た。

 

 

「せ、刹那・F・セイエイ…っ! くっ……」

 

 

 即座に自身のコンディションを確認する。状態は最悪であり、とても満足な戦闘などできそうにない。本来はヴァーチェとエクシアは別行動。機動力の低いヴァーチェは即座に離脱するべきだ。

 

 

 

「………」

 

 

 ティエリアは、静かにヴァーチェをホバリングさせるように移動を開始した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラハムは上層部から『砲撃終了とともにガンダムを鹵獲せよ』との命令を受けて再びアイシスのいたポイント付近の上空に来た。しかし、その胸中にあるのは虚しさだけだった。

 

 

「………くっ」

 

 

 砕けるのではというほど歯を噛み締め、操縦桿を握り締める。

 無数の砲撃でその付近だけ抉られたようになっている砂の中、仰向けに倒れたアイシスの白い装甲が半ばまで砂を被って埋もれ、ぴくりとも動かない。

 

 ……アイシスのために整えた舞台だ。そう思ってなんとか自分を納得させていたのが、そのあまりにも無残な姿を見て霧散した。

 

 

 

『……隊長……』

 

 

 ダリルが心配そうに呟くが、グラハムの胸中に渦巻くのは後悔だけだった。

 これならば、せめて正々堂々と一太刀でも交えたかった。まさか、隊長という自らの立場を恨む時がくるなど、想像もできなかった。

 

 自らの力を出し切って戦えると思った好敵手は、卑怯としか言いようの無い一方的な砲撃で嬲り殺しに遭ったのだ。それも自らが発見し、報告したことが原因で。

 

 

 ……そうだ、自分がこの状況を導いた。作戦を成功させる、そのために。相手を決して殺そうとはせず、ジョシュアの自滅で呆然とするようなアイシスに十時間以上もミサイルを浴びせて……。

 

 限りなく高潔な精神を持っていたアイシスに、最悪の形で応じた。自ら踏みにじったのだ。……せめて、あの時交戦を決意していれば……。

 

 アイシスは殺めずに無力化しようとする。部下に被害を出さずとも、そして14対1というハンデこそあれど、少なくともこれよりはマシな戦いができたのだろう。

 

 

 

「……くそ……っ、くそぉぉぉ…っ!」

 

 

 

 こちらからの通信を切り、力任せに自らの脚を殴りつける。

 これが……卑怯者でなく、何だと言うのだ…っ!

 

 オーバーフラッグスの面々も思うところがあるのか、アイシスを見ながら遠巻きに様子を見るだけで黙っていてくれている。

 

 

 

「………私は……軍人、失格だ……」

 

 

 小さく呟く、そのバイザーの中を涙が零れ落ちた。軍人として正しいことをしたのは分かっている。それなのに、どうしてもこれが正しいのだと認めたくなかった。

 涙を飲み込み、通信のスイッチを入れる。

 

 

「……ガンダムを……アイシスを艦まで連れて行く…。丁重に扱えよ……」

『……了解』

 

 

 やはり強敵との戦いがこんな形で終わるのは腑に落ちないものがあるのか、あるいはグラハムの心情を慮ってくれたのか、オーバーフラッグスは静かに了解の意を表して地上に降りて変形しつつ、グラハムを先頭にゆっくりとアイシスに近づき――――その間の空間を、粒子ビームの光が切り裂いた。

 

 

 

「――――っ!? ガンダムか…!」

 

 

 紙一重でビームを回避したグラハムが、ビームが飛来した方向を見遣る。

 朝焼けの太陽に半ば隠れるように、白と青のガンダムが眩い粒子の光を背負って一直線に突っ込んできていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…セレネに、触れるなあぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 エクシアのコクピットで、刹那は叫んだ。

 ほとんど感覚の無い体など、知った事ではなかった。

 

 ただ、セレネが死ぬ……そんなことは断じて認められない!

 

 コンソールを操作し、背部コーンスラスターの安全装置を解除。最大出力であるオーバーブーストモードに移行する。イアンからは安定しないために使用しないように言われていたが、今使わずにいつ使うというのか……!

 

 

「――――――う、ああああぁぁぁぁっ!」

 

 

 エクシアの胸部ジェネレーターが眩いばかりの輝きを放ち、GNドライヴの駆動音が一気に高まる。追加スラスター全てが全力で稼動する。いつもとは比較にならない強烈なGが疲弊しきった刹那の身体を苛むが、それでも敵機から、アイシスから目を離さない。

 

 

 

「――――エクシアァァァァッ!」

 

 

 

――――頼む、応えてくれ……エクシア…! ガンダム……ッ!

 

 俺に……セレネを守れるだけの力を……!

 

 

 限界まで粒子を供給されたGNソードが、眩い緑の輝きを纏う。敵機が一斉に迎撃のリニアライフルを放つが、そんなものはガンダムには通じない。刺突の構えを取ったGNソードを中心に放たれる大量の粒子によって擬似的なGNフィールドが形成され、ライフルの弾はエクシアに掠りもせずに弾かれる。

 

 

『なんと…!?』

 

 

 敵の隊長機が驚くような素振りを見せるが、関係ない…!

 何機いようとも……全て、切り裂く!

 

 緑の輝きを纏うエクシアが、流星のように敵の隊長機に突っ込む。理由は、アイシスに最も近いから。それだけで十分だった。

 

 

『―――く、おぉぉぉぉっ!』

 

 

 しかし敵機はソニックブレイドを抜き放つと、凄まじい剣捌きでGNソードの切っ先を逸らす。それでもエクシアは擦れ違いざまに敵機の右腕をもぎ取り―――。

 

 

「――――ま、だだぁぁっっ!」

 

 

 エクシアは足元を削って急激に減速しつつGNソードを畳み、即座にGNダガー2本を背後に投げつける。

 

 

 こちらにライフルを向けていた一機のコクピットにダガーが直撃。更にもう一本が別の一機の頭をもぎ取る。それを確かめる事も無く左肩のみ追加スラスターを全力噴射。急速反転したエクシアは二刀のビームサーベルを抜き放ち、次の獲物に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「―――――圧倒、された…!?」

 

 

 機体性能の違い、パワーの違い。そんな小手先のものではない。

 ガンダムのパイロットの、底知れない気迫に完全に圧倒されていた。一瞬、呆然と通り過ぎるガンダムを見詰めてしまったグラハムの耳に、切羽詰まった通信が響く。

 

 

『―――ランディがやられた!』

『メ、メインカメラが!?』

 

 

 

『う、うぉぉぉぉっ!?』

『スチュアートォォッ!?』

 

 

 反転して襲い掛かるガンダムをなんとか迎え撃とうとしたスチュアートのフラッグが、ガンダムの突進と斬撃を受け、X字に切り裂かれて爆散する。

 

 

 ……呆気に取られて指示を忘れるなど…!

 自分の情けなさに歯噛みしたい思いを抑え、叫ぶ。

 

 

「一旦距離を取るぞ! フォーメションDだ!」

 

 

 即座に残った12機のフラッグが飛行形態に変形し、舞い上がる。

 グラハムはガンダムが追撃してくれば即座に迎え撃つつもりだったが―――。

 

 

「……っ!」

 

 

 ガンダムはこちらに見向きもせず、地面に膝を突く。そして、そっとアイシスを抱え上げた。肩を貸すようにして起き上がり、リニアライフルで攻撃するオーバーフラッグスに一切興味など無いと言わんばかりに移動を始める。

 

 その様子に、グラハムの脳裏をアイシスのパイロットが危険な状態なのではという嫌な想像が掠める。操縦桿を握る手が震えた。

 

 軍人として、ここでガンダムを逃がしてはならないと分かっている。

 しかし、それでも……グラハムのフラッグファイターとしての誇りが、矜持が、攻撃するなと叫んでいた。 

 

 

『た、隊長! ど、どうしますか…!?』

「……く…っ!」

 

 

 噛み締めた唇から血が滲む。見逃してやることは……できない。

 しかし……せめて…。

 

 

「ガンダムは健在だ、無策で追うな…! この場から撤退しつつ司令部に連絡し、援軍を――――」

 

 

 

 それならば、作戦としても間違ってはいない。あのガンダムは底が知れない。

 そして同時に、僅かに通信を遅らせればアイシスが脱出できる確率も上げられる。

 しかし――――その瞬間、友軍……AEUの識別反応と共に通信が入った。

 

 

 

『――――おうおうおう! 楽しそうじゃねぇか…! 俺も混ぜてくれよ……獲物は片方くれてやるからよぉ!』

 

『テメェら、ガンダムは俺様……AEUのエース、パトリック・コーラサワー様の獲物だ! そこを退きやがれ!』

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 

『――――この前の借りを返してもらうぜ! ぇえ、ガンダムさんよぉ!』

『待っていてください、大佐ぁぁ!』

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――セレネ…! 応答しろ、セレネ…!」

 

 

 刹那は必死にセレネに呼びかけていた。しかし、返事が無い。

 無茶な機動で刹那の意識は限界に近かった。リニアライフルの直撃で機体が揺さぶられる。それでも、絶対にアイシスを……セレネを離さない。

 

 その時、更に警告音が鳴り響く。

 新たに接近する正体不明機があった。

 

 

「あれは……モビルアーマー…!?」

 

 

 ずんぐりした卵型の形状。鮮血を浴びたような装甲。ヴェーダのバックアップを受けたエクシアが即座に敵機を識別。第五次太陽光紛争で使われた機体―――アグリッサ。

 その機体の先端では、まるでケンタウロスのようにモビルスーツが上半身を覗かせていた。

 

 

「あの、イナクト…!」

 

 

 見たことがあった。あれは、アリー・アル・サーシェスの…!

 刹那の人生を大きく狂わせた男。しかし、今はそれよりも……っ。

 

 

 

 

『――――この前の借りを返してもらうぜ! ぇえ、ガンダムさんよぉ!』

「……くっ!」

 

 

 それに応えるように外部スピーカーによるサーシェスの声が響く。

 

 全力でペダルを踏み込む。

 サーシェスへの怒りよりも、今はとにかくセレネを安全な場所に運びたかった。

 

 

『ずいぶんツレねぇじゃねえか、えぇ!? そんなにそのお嬢ちゃんが大事かよぉ!』

『逃がすかよ、ガンダム!』

 

 

 しかし、両肩に長い盾のようなものを装備した8機のヘリオンが刹那の行く手を阻む。3時の方向からは、サーシェスがリニアライフルを撃ちながら突っ込んでくる。

 そして、上空には12機のフラッグ。

 

 更に、右肩でアイシスを支えているせいでGNソードが使えない。

 しかし、セレネを落とすなど――――。

 

 

 エクシアがGNブレイドを抜き放つ。再び、オーバーブーストを使って切り抜けようとして――――けたたましい警告音が鳴り響く。背部コーンスラスターが機能不全を訴えていた。

 

 

「しまっ―――!?」

 

 

 咄嗟に追加スラスターでなんとか速度を保つ。しかし、その隙に4機の特殊装備ヘリオンに取り囲まれ――――。

 

 

 

 

 

 

『――――ヴァーチェ、目標を殲滅する…!』

 

 

 

 飛来した粒子ビームが、4機のヘリオンのうち3機を纏めて吹き飛ばす。

 驚いて顔を上げると、半ば霞む視界にGNキャノンを放つヴァーチェの姿。

 

 

「……ティエリア・アーデ…!?」

 

 

 脱出したのでは無かったのか。

 出掛かった言葉はしかし、ティエリアの掠れた、しかし断固たる意思の篭った声で遮られる。

 

 

『……脱出を支援する。……言ったはずだ、一機たりとも……ガンダムは渡さない!』

『――――やりやがったなぁ! やれ、目標はデカ物だ!』

 

 

 

 今度はヴァーチェに向かって隊長機らしきヘリオンが突っ込み、それに5機の特殊装備が続く。

 

 

『GN、バズーカ……!』

『どうした、動きがのろいぜ、ガンダム!』

 

 

 上手く狙いが定められないのか、掠りもしないGNバズーカ。

 その隙に特殊装備ヘリオンが一気にヴァーチェに接近する。

 

 

『それでも…! 早く行け……刹那・F・セイエイ!』

 

 

 

 ヴァーチェが包囲されかけるが、GNキャノンが火を噴きヘリオンが散開する。

 辛うじて耐えているといった状態のヴァーチェに一瞬逡巡するが、背負ったアイシスの重みに操縦桿を握り締め、ペダルを踏み込む。

 

 

 しかし―――――けたたましい警告音が鳴り響く。

 

 

 側面から突っ込んできたアグリッサによってコクピットに衝撃が走る。

 エクシアが全身を痛打され、砂漠の上に投げ出される。

 

 

 刹那の意識が一瞬途切れていた。

 しかし、それでもセレネは離さず―――気がつくと、エクシアとアイシスの周囲には折り畳まれていたアグリッサの六本の脚が突き刺さり、取り囲まれていた。

 

 

 

『――――逝っちまいな』

 

 

 サーシェスの非情な声とともに、アグリッサの脚部中央から青白い光が灯る。直後、青白いスパークが雷の乱舞となってエクシアとアイシスに襲い掛かった。

 

 

「ぐああああぁぁっ!?」

 

 

 刹那が悲鳴をあげる。全身の皮膚細胞が互いに反発して引き裂かれるような痛み。体が痺れ、呼吸がままならない。それでも刹那の喉は絶叫を迸らせる。

 

 

『くくくく。どうだ、プラズマフィールドの味は? 機体だけ残して消えちまいな、クルジスのガキと生意気なお嬢ちゃんよぉ!』

 

 

 その時、聞えた。

 掠れた、小さな声。けれど、確かに。

 

 

『ぅ、ぁぁぁぁ…っ……せ、つな……っ』

「―――――ああぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 アグリッサの放つ放電の出力が倍加する。ただ、通信を通してセレネの苦しむ声が聞こえた。痙攣する刹那の右腕が、操縦桿を一気に押し込む。握られていたGNブレイドがアグリッサに突き刺さる。しかし、雷撃が止まらない。

 

 

 

 

 そして、刹那の意識が暗闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 夢を、見ていた。あるいは、走馬灯かもしれない。

 夢の中の刹那は戦場を駆けていた。

 

 胸に抱えたマシンガンは重く、息が苦しい。心臓の鼓動が痛い。

 それでも駆けていた。

 

 その少年の頃の自分を、静かに見つめていた。

 静かに、見つめていた。

 

 

(死ぬ、のか……)

 

 

 あれだけ抗って、戦場を駆けて。戦い抜いてきたのに。

 俺は、死ぬのだろうか。

 

 世界の不条理に抗ってきた。

 世界の理不尽さに怒ってきた。

 世界の矛盾を正そうとしてきた。

 

 この、歪んだ世界の中で……なににもなれぬまま。

 失い続け、また失って……朽ち果てるのか。

 

 

 少年の頃の彼が、涙を零して空を見上げている。

 上空から、光の翼を広げた何かが舞い降りる――――人ならざるもの。

 

 

 ……そうだ。

 

 俺は、あれに……あれに、なりたかったのだ……。

 そして、救いたかった。かつて、自分が救われたように……。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 刹那の唇が小さく震える。

 最早、刹那の体は苦痛を感じられなくなっていた。

 

 ただ、腕を伸ばした。

 

 

「………セ、レネ……」

 

 

 

 救って、やりたかった。

 いつも独りで苦しんでいたのだろう、小さな少女を。

 

 楽しそうに微笑んでいてほしかった。

 刹那の心も、あたたかくなれるような気がしていたから――――。

 

 

 

 

 刹那の震える指が小さく痙攣し、力を失いかけた――――その時。

 

 

 

 

 刹那の視界の端に、赤い光条が迸った。

 光の槍に貫かれたアグリッサが爆発を起こす。これまでとが違う衝撃に、刹那が僅かに正気を取り戻す。

 

 

 黒い爆煙に遮られた視界が風で振り払われ、刹那は見た。

 

 

 空に浮かぶ光点。

 光の翼を広げて舞い降りる、人ならざるもの。

 

 

「………ガン、ダム……」

 

 

 刹那は呆然とそれを眺め、腕を伸ばす。

 かつての景色と、重なる。

 

 

「………ガンダム……っ」

 

 

 刹那が望んでいたもの。

 追い求めていたもの。

 

 

「ガン…っ、ダァァァム…ッ!」

 

 

 

 未だに、掴めていないもの。

 それが、答えた。

 

 

 

『……生きてる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

新たに現れた3機のガンダム。彼らが放つGN粒子の光が映し出すものとは。
次回「トリニティ」。鳴り響くベルは、第2幕の始まりか。

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