機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

16 / 31
第14話:折れた翼(前編)

 

 

 広大なタクラマカン砂漠に双方向通信装置による巨大な電波の網が敷かれたのは夜半も過ぎてからのことだった。地上は自走式のものが、空中は浮遊式のものがカバーする。これでガンダムの粒子による通信途絶ポイントを知ることができ、逆に粒子を放出しなければ通常のレーダーやEセンサーに引っかかる。

 

 準備は、整った。

 三国合わせて総部隊数は65、参加モビルスーツは1040機。全ての配置が完了する。

 

 

 そして、濃縮ウラン埋設施設を破壊しようとしたテロ組織のモビルスーツを貫くデュナメスの粒子を合図に、青空のタクラマカン砂漠で5人のガンダムマイスターと世界の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

『全弾命中! 全弾命中!』

 

 

 スナイパーライフルがテロ組織のモビルスーツと人員輸送車を跡形もなく吹き飛ばす。ハロの報告を聞きながら、ロックオンは叫んだ。

 

 

「ミッション終了! 離脱するぞ、アレルヤ!」

 

 

 テロ行為への武力介入は完了した。今回のミス・スメラギの指示は一撃離脱。そのため、飛行形態のキュリオスに装備したテールユニットの上にデュナメスが乗り、遠距離狙撃の後に速やかに現場から撤収することになっていた。わざわざ袋叩きにされるのを待つ必要などない。

 

 

『了解…!』

 

 

 というアレルヤの返答とともにキュリオスが加速していく。このまま包囲網から抜け出せればいい……しかし、それを見逃してくれるほど敵は甘くなかった。

 

 

 デュナメスのコクピットに電子警告音が鳴る。背後から大量の多弾頭ミサイルが迫っていた。それら全てが外部装甲をパージし、詰め込まれていた小ミサイルが一斉に、噴煙で空が真っ白になるほど放たれ、デュナメスとキュリオスに牙を剥く。

 

 空中で無数の爆発光が連なり、一つの巨大な塊になる。その中央にいるデュナメスとキュリオスが白熱光と炸裂音、そして激しい振動に襲われる。

 

 

「くっ!」

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ハロが両目のLEDを点滅させ、前方から広く展開したユニオンリアルドが三十二機、飛行形態とモビルスーツ形態が半分ずつ、大きな波のようにして行く手を阻んでいた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 やっぱ、そう簡単に逃がしちゃくれねぇか……。

 あいつらを倒して突破口をこじ開けるしかねぇ!

 

 

『ロックオン!』

「わかってる!」

 

 アレルヤの声に応え、デュナメスをテールユニットから離して空中に身を躍らせる。

 即座にGNスナイパーライフルと腰部前面のGNミサイルを放つ。更に、キュリオスがテールユニットの発射口を開き、ミサイルを全弾撃ち出す。

 

 リアルド部隊が爆煙をあげ、しかしその煙の中から飛行形態のリアルドが突っ込んでくる。しかも、速度を下げる気配がない。

 

 

「アレルヤ!」

 

 

 キュリオスは回避行動を取ったが、避けきれない。

 リアルドがその腹に激突し、爆煙が広がる。更に数機のリアルドが煙の中に突っ込み、そのたびに爆煙が規模を増す。そして、キュリオスは煙から吐き出されたかと思うと機体制御を失ったように落ちていく。

 

 

「くっそ、アレルヤッ!」

 

 

 しかし、心配している暇は無かった。モビルスーツ形態のリアルドがデュナメスを取り囲み、リニアライフルを連射してくる。

 ロックオンはGNビームピストルに持ち替え、敵の弾を回避しつつ応戦。数機のリアルドが爆煙となり―――そして、背後からの激しい衝撃がコクピットを襲った。

 

 

「なにっ!?」

 

 ロックオンがそれに気を取られた隙に、前方からもリアルドに組み付かれた。警告音がけたたましく鳴り響く。前後からリアルドがデュナメスに抱きついているのである。

 

 

「なんなんだ、こいつら!?」

 

 

 そう吐き捨てると同時に、ロックオンは前方のリアルドがコクピットを含む下半身を分離させ、危険物から離れるように距離を取るのを見た。

 

 

「まさか、自爆―――!?」

 

 

 振りほどく暇もなく、リアルドが盛大に爆炎をあげる。衝撃がデュナメスのコクピットを貫き、体が激しく揺さぶられる。僅かに意識を失いかけ、気がつくと砂の地面が目前に迫っていた。すぐさま操縦桿を引き、ペダルを踏み込んで軟着陸する。

 

 

『ロックオン!』

 

 

 テールユニットをパージしてモビルスーツ形態となったキュリオスが傍によって来る。アレルヤも無事だったようだ。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 短く答え、ロックオンは敵の次の攻撃に目を移した。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 右前方から、多数というのも馬鹿馬鹿しい数のミサイルが飛来する。

 避けきれないと瞬時に判断し、デュナメスのフルシールドを閉じて衝撃に備える。

 キュリオスもシールドを前面に展開し――――そして、豪雨のように弾丸が降り注ぐ。

 

 

 爆音と衝撃に揺さぶられて機体が軋む。人革連のティエレン長距離射撃型による砲撃だ。離脱できなかった場合の展開はミス・スメラギに聞かされていたものの、やはり自分で体感させられるのでは大違いだ。衝撃が、閃光が、戦場の空気が、否が応でも精神力を削っているのを感じていた。

 

 

 砲撃開始から一分が経過しても、砲撃は止む気配が無いどころかむしろ激しさを増しつつあった。ティエレンの砲撃にユニオンフラッグ陸戦重装甲型やAEUのリアルドホバータンクの混成部隊による砲撃が混じる。三国家軍による挟撃―――もはや、退路は完全に断たれていた。

 

 更にダメ押しとばかりの爆撃装備のAEUヘリオンが上空から爆弾を落としていき、デュナメスとキュリオスの周囲が火の海になってもロックオンは耐えていた。

 

 

 ガンダムの装甲は並大抵のことでは破壊されなくとも、コクピットの中で気を抜くことはできない。常に体が揺さぶられ、緊張が走り、手や足を突っ張って全身を支えなくてはならない。少しずつ体力が削り取られていく。

 

 もう既に軽く息が上がっていた。パイロットスーツの中が蒸れ始めていた。

 

 

「さっさと帰って、シャワーでも浴びたいぜ……」

 

 

 その願いも虚しく、砲撃の嵐は止む予兆すらなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ファーストフェイズの終了予定時刻を過ぎた。

 しかし、作戦終了を報せる暗号通信は届いていない。

 

 エクシアのコクピットで待つ刹那は、やはり歯痒い思いをしているのだろう小さな少女のことを思う。

 

 

(……セレネ)

 

『……やくそく、します。まだ、死んだりしません。だから、刹那も……』

 

 

 

 できれば、このフェイズでカタをつけたかった。

 ガンダム2機の脱出失敗から、脱出を支援するためのセカンドフェイズが始まる。

 

 操縦桿を強く握り締める。

 すると、ティエリア・アーデから通信が入った。

 

 

『ミッションプランをB2に移行する』

「了解。エクシア、外壁部迷彩皮膜を解除。ミッションを開始する」

 

 

 タクラマカン砂漠の一角に、セブンソード装備に更にソードアイシスと同じように追加スラスターを身につけたエクシア、その隣にヴァーチェの姿が現れる。プランB2はヴァーチェのGNバズーカによる脱出路の確保。そして、エクシアによる護衛。

 

 警告音が鳴った。

 どうやら、哨戒していた2機のリアルドに発見されてしまったようだ。

 

 

「エクシア、目標を駆逐する…!」

 

 

 少しでも敵にこの場所を知られるのを遅らせる。

 追加スラスターを閃かせたエクシアが逃げようとしたリアルドに瞬時に追いつき、GNソードを展開しつつ斬り捨てる。

 

 眼下では、ヴァーチェがGNバズーカを両手で構え、更に胸の前で固定。太陽炉に直結させ、高濃度圧縮粒子が転送される。GNバズーカが砲身の上下のパーツをスライドさせ、バーストモードに移行する。

 

 

 そして僅かに間をおき、それが解放された。

 

 ヴァーチェの4、5倍はろうかという圧倒的な粒子ビームの奔流が砲口から迸る。その巨大な光の柱はビル数階分の深さまで砂地を抉り、それと同程度の空間を焼き払いながら砂漠を一直線に貫く。その凄まじさは反動にも現れ、ヴァーチェの巨体が一気に後ろへ滑っていく。

 

 僅か数十秒で高濃度圧縮粒子の全解放は終了し、直線上にいたユニオンの砲撃部隊は塵も残さずに消滅しただろう。それを察知したデュナメスとキュリオスはこれでできた窪地を防御に利用しつつ離脱に入るはず―――そう考えつつ、再びヴァーチェがGNバズーカを構え、チャージを開始するのを見る。

 

 次の狙いは人革連のティエレン長距離射撃部隊。そちらも潰せば敵の布陣を大きく乱すことができ、その後にエクシアとヴァーチェも離脱する手はずだった。

 しかし、その前にエクシアのコクピットに警告音が鳴り響く。

 

 空が、ミサイルの噴煙で白に染まる。

 多弾頭ミサイルから無数の小ミサイルが放たれる。

 

 

「この物量は……!」

『敵の反応が早い…っ!』

 

 

 避けきれるものでも、撃ち落せるものでもない。

 そして、エクシアとヴァーチェも多方向からのミサイルの嵐に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ミッション開始からおよそ2時間が経過。未だに連絡はない。

 セレネは静かに、アイシスのコクピットでまどろんでいた。

 無論、寝ているわけではない。現在タクラマカン砂漠ではガンダムが4機も集結しており、その分のGN粒子が存在する。

 

 アイシスから発せられるものと合わせれば、潜伏地点からでも多少の情報を読み取る事ができると思ってのことである。

 

 

 けれど、感じ取れたのは絶え間ない爆音と振動、そして白く染まる視界だけ。

 ここで自分の精神力を削るのは得策ではないと悟って首を大きく振り、黄金色に揺らめく瞳を瞬かせる。

 

 

「………まだ、です…」

 

 

 

 セレネは小さく息を吐き、刹那たちのことを想う。

 

 

 二時間もの間、それだけの長時間にわたって爆発の衝撃を受け続けるなど尋常ではない。それでもここまでアイシスが投入されなかったのは敵の緊張が僅かでも緩む事への期待、自力での脱出への期待、そしてセレネが相手のパイロットを殺さないからだ。

 

 

 フォートレスでGNバズーカのバーストモードを使えば、脱出成功の可能性は飛躍的に上がるはずだった。けれど、セレネは心の底ではそうしたくないと願っていた。

 一人でも、死ぬ人を少なくしたいという夢想を捨てられなかった。

 

 

 

『俺は、死なない』

 

 

 だから、お前が思うガンダムに……。刹那はそう言ってくれた。

 ロックオンも、笑って認めてくれた。アレルヤさんも、気にしなくていいと言ってくれた。ティエリアさんも、咎めるようなことは何も言わずに黙認してくれた。

 スメラギさんも、その意図を汲んでこのミッションにしてくれた。

 

 だから……絶対に後悔しない結果にする。

 

 

 

 

「………ぜったいに、死なせません……」

 

 

 何の為にこんな身体になったのか。それは、世界を変えるため。

 平和な世界に、少しでも近づけるため。

 

 一人でも多く、こんな無駄な戦いから生かして帰す。

 そして、大切な仲間は絶対に死なせない……!

 

 

 

 

「………刹、那」

 

 

 小さく呟く。

 どうして、こんな短い言葉がこんなにも心を温かくしてくれるのだろう。

 

 このミッションが終わったら、もう一度………心が温かくなるどころか、どうしてか顔が熱くなるのを感じながら操縦桿を握り締め――――そして、感じた。

 

 

 

「―――アレルヤ、さんっ!?」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『うああああぁぁぁぁっっ!』

 

 

 デュナメスのコクピットのスピーカーからアレルヤの絶叫が響く。砲撃を避けながら脱出ルートを移動していたキュリオスが突然地面に倒れる。

 

 

「どうした、アレルヤ!」

 

 

 すぐさまロックオンが機体をキュリオスに寄せ、飛んでくる砲撃を防ぎながらキュリオスを立ち上がらせようと腕を引く。

 

 

『……あ、頭が……』

 

 

 苦悶に呻くアレルヤの声が聞こえる。

 

 

『……く、来る……超兵が、来る……!』

「超兵だって!? 報告にあった人革の専用機か……!」

『敵機接近! 敵機接近!』

 

 

 ハロの警告で我に返り、気がつくと砲撃が止んでいた。その代わりにこちらに近づいてくる砂煙が視える。人革連のモビルスーツ隊…!

 

 

「立て、アレルヤ! 行くぞ!」

 

 

 デュナメスがキュリオスを抱え上げ、キュリオスはよろけながらも機体を起こす。

 その時だった。紅梅色の機体が窪地に飛び込んでくる。

 

 

 あれが、人革連の超兵専用機か――――!?

 

 

 デュナメスがGNビームピストルを放つが、敵機は空中で自在に動いて的を絞らせず、これまでで疲弊していたロックオンは弾を外してしまう。粒子ビームは虚しく宙に消えていき、隙をついてキュリオスが奪い取られる。そして、そのまま加速して離れていく。

 

 

「アレルヤッ!」

 

 

 なんとか追おうとするものの、コクピットを襲う衝撃がそれを遮る。遅れて到着した高機動B型ティエレン部隊が窪地のふちから滑空砲を撃ってきていた。

 デュナメスはフルシールドでそれを防ぐが、足止めによりキュリオスと分断されてしまう。

 

 

「思う壺かよっ!」

 

 

 ビームピストルで応戦すると敵は即座に後退し、代わりに中断されていた砲撃がお返しとばかりに降り注ぐ。

 

 

「ぐあぁっ!」

 

 

 コクピットが激しく振動し、また延々と続く砲撃に耐えなくてはならなかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 キュリオスは紅梅色のティエレン、ティエレンタオツーによってデュナメスから離された上で地面に叩きつけられ、踏みつけられて至近距離から滑空砲を連射される。

 しかし、それを意に介さないかのようにティエレンタオツーのコクピットのソーマ・ピリスに羽付きガンダムから通信が入る。

 

 

『おい、名前は?』

「通信…?」

 

『教えろよ』

 

 

 どろりとした声。言い知れない嫌なものを感じながら、ピーリスは一喝するかのように答えた。

 

 

「超兵一号、ソーマ・ピーリス少尉だ!」

『……ソーマ・ピーリスか……いい名前だ……』

 

 

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

 そして―――。

 

 

『――――殺し甲斐がある!』

 

 

 突然、キュリオスのシールドから細身の剣が飛び出す。ティエレンタオツーのメインカメラが串刺しにされ、ついでとばかりに蹴飛ばされる。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 視界が途切れ、復旧するまでの間に凄まじいパワーで蹴り飛ばされたティエレンタオツーのコクピットが激震し、ほんの一瞬だけ思考が鈍る。その隙に逆にキュリオスはタオツーを地面に押さえ込み、胴体を踏みにじる。

 

 

『にしても、超兵一号だぁ…? どれだけの数のガキが実験で死んだかテメェは知らねぇのか? それとも、知っててそんなに自信満々なのか? ま、テメーらからすりゃぁ失敗作なんてゴミ同然、無かったのと同じことなんだろうけどなァッ!』

 

「な…っ!? ……それを、あの場所を破壊したキサマが言うのかっ!」

 

 

 そんな話は知らない。一瞬動揺したものの、敵の言葉に耳を傾けるほど愚かではないと叫び返し、なんとか羽付きを引き剥がそうとする。

 しかし、羽付きのパイロットはそれを鼻で笑った。

 

 

『ハッ、あの地獄もしらねぇくせに粋がってんじゃねぇよ…! ……なぁ、あそこがどれだけ苦痛な脳量子波に満ちてたか知ってるか? ……たすけてくれ、たすけてくれ、って声が響きやがる。なぁ、答えてみせろよ――――あそこの『実験』が何なのかよぉ!』

 

「………くっ!?」

 

 

 

 羽付きが大きく足を振り上げ――――そこに連続して滑空砲が命中する。

 

 

『いったん離れろ、少尉!』

「中佐!?」

 

 

 キュリオスがややバランスを崩した隙に、ティエレンタオツーはキュリオスを蹴飛ばすようにして脱出。それと入れ替わりで大量のミサイルが窪地に飛び込む。

 

 

 

 それを背後に映しながら、ピーリスはセルゲイたちと共に撤退していた。

 ……羽付きパイロットの言葉が胸に突き刺さるようだったが、それに乗っては思う壺だと意識を戻す。今は、戦いに集中する。

 

 

『やはり、一筋縄ではいかんな。だが、必ずまたチャンスは来る』

「わかっています」

 

 

 

 そう、これは戦術的撤退だ。

 砲撃班は複数に分かれており、大物量でガンダムに身動きできないほどの砲撃を加え、弾薬が尽きれば即座に次の班と交代して弾薬を補充、あるいは休憩する。

 それを繰り返してガンダムに付け入る隙を与えない。砲撃をくらい続けていれば気の休まる暇も、食事を取る暇すらあるまい。そして三国家軍には、二日でも三日でも作戦を継続させる余裕があるのだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そのころ、AEUの司令部ではカティ・マネキン大佐が指示を飛ばしていた。

 

 

「大佐ぁ! なぜ私が待機命令なのですか!?」

 

 

 と、自称・AEUのエースが直談判しに来たが、今はまだまだ砲撃でガンダムを弱らせる頃合である。

 

 

「信用しろ、私がお前を男にしてやる」

 

 

 そう言ってやると、少尉はぽかんと口を開けて二の句が次げないでいた。……その間抜け面のお陰で肩の力が抜けてリラックスできた。自慢の腕前は知らないが、こういう点では役に立たない事も無いか―――そう考えたとき、モニターに映し出される通信途絶地点が増え、オペレターが焦った声を出す。

 

 

「ポイントE05の通信装置が途絶しました! さ、さらに4つに分裂します!」

「なんだと…っ!?」

 

 

 普通に考えれば、これはガンダムが出現したサインだが……4つだと!?

 ただの陽動……いや、そんなことをする意味はない。

 

 すぐさま移動している4つの通信途絶ポイントを確認し、そしてその全てが砲撃部隊のいる地点を目指していることに気づいたカティは即座に指示を出した。

 

 

「遊撃部隊を回せ! 予備の部隊も出撃させろ! どれかの通信途絶地点に例の白いガンダムが紛れている可能性がある!」

 

「りょ、了解!」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 真紅に染まるアイシスのコクピットでは、全身の力を抜き、瞳を黄金に輝かせるセレネがぼんやりと虚空を……いや、戦場を見据えていた。

 

 戦闘開始から2時間強。戦場には十分な量のGN粒子が満ちている。

 それは通信に影響を及ぼすようなレベルではないが、確かに存在している。

 

 

(……ここまでしていただいたのですから、これで……!)

 

 

 セレネにははっきりと見えていた。

 砂漠を駆ける4つのGNパック、ソード、ガンナー、フォートレス、そしてウィング。

 GNパックの単独行動用のための追加パーツ、使い捨ての粒子パックと補助の武器を装備した4機は、その全てがセレネの四肢と同じように動くことができる。

 

 アイシスのコンソールには次のような文字が表示されている。

 “Quantum Synchronize System”量子同期システム。一定以上の粒子濃度のある場所において、パイロットの脳量子波をGN粒子と共に拡散し、端末と同期。GNパックを、そして自らの機体を肉体を介することなく操作するシステム。余計な工程を排除することによって反応速度の限界を超えるとともに、旧来とは次元の違う遠隔攻撃を実現する。

 

 ……お母さんの、創ったシステム。

 ヒトという枠組みでは使いこなせず、本来は不必要なシステムだ。

 

 けれど――――わたしなら。

 

 

 

(――――…ガンダムアイシス、セレネ・ヘイズ……目標を無力化します…!)

 

 

 

 

 最早、セレネ自身の身体はぴくりとも動かない。ただ心臓が脈打ち、無意識に呼吸しているだけ。半ば睡眠状態に近いかもしれない。

 しかし、間違いなくセレネは戦場を駆けていた。

 

 

 

 ほとんど一方的な砲撃しか行われないような戦場では、心配していた感情の逆流によるセレネ自身のオーバーロードもない。そして、セレネの脳量子波と同期したGNパックはほとんど同時に敵の砲撃部隊を捉えた。

 

 

 

『――――な、なんだあれは…っ!?』

(……切り、裂く!)

 

 

 GNソードを機首のようにして飛来するソードパック。その明らかにモビルスーツではない形態に動揺しつつも敵機が砲撃してくるが――――当たりません…!

 

 パック側面に位置する追加スラスターが僅かに緑の輝きを放ち、砲撃を掠めるようにして回避。その勢いでパックに横方向の回転を与え、ティエレンの砲身を頭ごと真っ二つにする。そして、そのまま小刻みに動いて敵の砲撃に当たることなく次の獲物にGNソードが喰らい付く。

 

 

 

 

 

『ど、どこから…っ!?』

 

 

 続いて、ユニオンフラッグ重装甲型の砲撃部隊が立て続けに遠距離からの狙撃で倒れる。

 すぐさま別の部隊が超遠距離狙撃で砲撃部隊を狙い撃つガンナーパックに攻撃を加えるが、後ろ目でもついているかのように回避される。

 

 

(……甘い、です…っ!)

 

 

 お返しとばかりに放たれるGNミサイルがユニオンリアルドの上半身を吹き飛ばし、戦闘不能にする。更に、正確に放たれるGNビームピストルが敵を寄せ付けない……いや、不用意に近づいた敵を最低限の弾で仕留めていた。

 

 

 

 

 

『く、くそっ!? なんなんだよコイツは…っ!?』

 

 

 一方でAEUのリアルドホバータンクは必死に、自分たちに接近してくる装甲の塊に砲撃を浴びせる。しかしもっとも多く使い捨て粒子パックを装備し、GNフィールドを展開するフォートレスパックの前では全く意味をなさない。ましてや、中にパイロットがいるわけではないのだから衝撃を受けようとも照準が少し狂う程度の意味しかない。

 

 

(……最大の効率を…!)

 

 

 4門のGNキャノンが火を噴き、一度に5機ものリアルドホバータンクが吹き飛ばされる。しかし、それでもコクピットに致命傷はなかった。

 

 

 

 

 

 

『は、速い…っ!?』

(おそい、のです…っ!)

 

 

 そして、凄まじい速度で戦場を駆け抜けるウィングパックが装備された2丁ビームライフルを乱射する。その度にティエレンが砲身ごと肩を抉り取られていく。

 ……三国の砲撃部隊は、4機のGNパックの猛攻で確実に陣形を掻き乱されつつあった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方、GNフィールドを展開するヴァーチェと共に砲撃を受け続けていたエクシアのコクピットで、刹那は異変に気づいた。

 

 

「……砲撃が、弱まっている…!?」

 

 

 恐らくは、セレネが参戦した影響だろう。あれほど激しく、ヴァーチェに照準を定めさせなかった砲撃が恐らくは一時的にせよ、確実に弱まっていた。しかしセレネの身体に、意識にかかる負担を考えればこのままセレネに頼るのは論外。

 

 

「ティエリア・アーデ…!」

『……分かっている! いや、これは……了解した…!』

 

 

 ティエリアが何事か呟き、僅かに砲身を動かす。更に、粒子の圧縮率と砲身のパラメータを変更。範囲を抑えて射程を可能な限り延ばす。そして、叫んだ。

 

 

 

『GNバズーカ……バーストモード!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、なんだと…!?」

 

 

 次々と通信途絶、そして恐らくは撃破されている砲撃部隊にカティは歯噛みしていた。それどころか、飛来した強烈な粒子ビームが司令部の通信を統括していたアンテナとその周囲の機関を跡形も無く消し飛ばしたのである。幸いにも人的被害はほとんど無さそうだが、その影響で一時的に全ての通信がストップ。通信自体は数分で復旧したものの、部隊への指示が、謎の4つの通信不能点への対応が滞り、致命的なロスを招いたとカティは感じていた。

 

 

 

 

 一方でユニオンの空母、そこに並べられたフラッグカスタム。

 オーバーフラッグス隊の隊長であるグラハム・エーカー上級大尉は、本来はまだ出番ではなかった。

 

 しかし、突如として現れた4つの何かによって戦線が掻き乱されており、更にはAEUの司令部の通信が一時途絶。ガンダムが戦場の離脱に成功しかねないと感じたグラハムは即座に緊急出撃を上申し、ちょうど動揺していた上層部によってそれは受け入れられた。

 

 

 カスタムフラッグのコクピットで、彼は笑みを浮かべていた。

 

 正直に言うのであれば、今回の作戦には苦いものも感じていた。ガンダム5機に対して三国家軍は1000機以上のモビルスーツを投入しており、1機あたり200機以上の計算になる。多勢に無勢。大軍をもって敵を制するのは戦争の基本であるが、いささかやりすぎな気もあった。これはもはやイジメを越え、集団リンチという領域すら超越していると思った。しかし同時に、古来より人間は猛獣などの圧倒的に力の差のある敵には人海戦術でそれらを倒してきたという事実もある。

 

 となれば戦争の基本に立ち返るのも仕方の無いこと。そしてグラハム・エーカーは軍人であり、これは軍の命令であった。そこに疑問や口惜しさを挟まない……それでこその軍人なのだ。

 

 しかし、そこでこの状況。

 一度アイシスがあの翼を分離してミサイルを撃ち落すのを見ていたグラハムには、これがアイシスによるものであると即座に理解できていた。そして、この事態に対処する方法も考えてある。

 

 緊急事態で、なおかつ上層部に出撃が認められたのであれば是非もない。

 真剣勝負ができそうだ。グラハムは心の底からの笑みを浮かべる。

 

 

 

「オーバーフラッグス隊、ミッションを開始する! グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ガンダムの脱出は、先程までよりも確実に進みつつあった。

 一時的とはいえAEUの指令の寸断。それにより更にヴァーチェの人革連砲撃部隊への攻撃成功。残るユニオンの部隊をGNパックで強襲し、エクシアとヴァーチェは離脱可能だと思われる。デュナメスももう少しで包囲網を脱することができそうであり、問題はキュリオス―――。

 

 

 と、高速で4機のGNパックの情報を並列処理しながら頭の片隅で考え、そして異変に気づいた。

 

 

 GNパックの撒く粒子に紛れ込んで砂漠に潜入し、その後は外壁部迷彩皮膜を発動させてジッと身動きをとらないことで場所が特定されていないはずのアイシス本体の位置。そこに無数のミサイルが飛来しているのである。

 

 

(――――っ!?)

 

 

 現在アイシスはGNパックを装備しておらず、防御的にも攻撃的にも脆弱な丸裸。

 それでもガンダムの装甲はミサイル程度でやられはしないが―――防御にプライオリティをシフトさせるために、迷彩皮膜を解除せざるを得ない。

 

 

「……きゃぅっ!?」

 

 

 コクピットを襲う揺れに、僅かに意識が乱れる。

 そしてほぼ同時に、凄まじい勢いでこちらに突っ込んでくる部隊があることに気づいた。

 

 それは、15機もの黒いカスタムフラッグ。

 先頭にはプレッシャーを放つ、あの人の機体。

 

 

 

『逢いたかった……逢いたかったぞ、アイシス…ッ!』

(……ど、どうして…っ!?)

 

 

 

 それはフラッグの編隊であり、変態だった。

 

 

 

 

 




次回予告


 成功するかと思われた脱出。しかし、セレネの前に再びあの男が現れる。
 吹き荒れる弾丸の嵐の中で、刹那が叫ぶ。次回、『折れた翼(後編)』




追記
すみません、オーバーフラッグスは15機でした><

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。