機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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話が長いので分割です! ちなみに次も恐らく第13話:決意の朝(後編)で投稿させて頂くと思われます。


第13話:決意の朝(前編)

 

 

 セレネは、自分が嫌いだった。

 自分の置かれている境遇は、いい。最終的には自分の選択の結果だったし、世界を変えるために頑張ろうという思いは変わっていない。だって、どんなに世界が悲しいか。どんなに苦しんでいる人がいるのか、知ってしまっているから。

 

 ……コンプレックスである体型のことも……別にいい。

 今更仕方ないという思いもあるし、悲しすぎることにナイスバディな自分が全く想像できないからだ。それにまだ成長期だから、これからだとも思っている。

 

 なら、何故嫌いか。

 

 

「………はぁ」

 

 

 早朝、王留美の所有するユニオン領にある有名リゾート地の別荘。そのものすごく豪勢な別荘の、ものすごく豪勢なお風呂に置かれた、ものすごく大きな鏡に映る自分を見据えて溜息を吐く。

 

 

 

 黄金色の虹彩が、電子的な揺らめきとともに輝いている。

 単純な話、どうしようもなく人間離れした自分が嫌いだった。自分の瞳の揺らめきをじっと見詰めていると、何かに飲み込まれていくかのような怖さがある。

 

 こんな姿では特注のカラーコンタクトでもして隠さないと外も出歩けない。しかも、下手に誰かに意識を向けようものなら勝手に感情を読み取ってしまうというオマケつき。

 それに―――と、手鏡を取って自分の頭頂部を見る。……案の定、白銀色の髪が伸びてしまっていた。

 

 

 唇を引き結んで、白髪染めを手に取る。

 『あの時』からずっとこうだ。人間離れした容姿になり、そうして向けられる周囲からの奇異の感情を読み取ってしまう。必死に感情を読み取る事だけでも制御しようとして、なんとか普段は表面的な感情の揺らぎ程度しか感じないようになれたものの、怒ったり動揺したりするとやはり勝手に感情を読んでしまう。そんな人間に、一体誰が親しくしようと思ってくれるというのか。気味が悪い、その一点に尽きるだろう。

 

 

 だから本当の自分を押し隠して、それで仲間とも接してきた。

 刹那が本当は優しいことをぼんやり感じながら、くだらないことで笑うのが好きだった。いつも優しく、気遣いを忘れないロックオンも、ちょっと皮肉げだけど優しいアレルヤさんも、空気を引き締めてくれるティエリアさんも。

 フェルト、スメラギさん、クリスさんやイアンさん、リヒティさんや、お医者さんのモレノさんも、みんなが好きだった。たのしかった。

 

 でも、ほんとうのわたしは……。

 

 

 

「……さみ、しい……です」

 

 

 隠している。その事実が心に突き刺さっているように思う。

 ほんとうのわたしを知ったら離れていってしまうのではないか。そんな思いにずっと苛まれて……そして、刹那に知られてしまった。

 

 

「………刹那」

 

 

 小さく呟いて、自分の身体を抱きしめる。

 虹彩の光が、黄金色の揺らめきが強くなるけれど、GN粒子が無ければそれほどの離れた距離の感情は読めはしないし、刹那は東京の隠れ家に戻っている。

 

 ……本当は私も戻る予定だったけれど、それを聞いてこちらに滞在することにしたから間違いはない。

 

 

 無理矢理押さえ込んでいた感覚が広がる、僅かな開放感のようなものを感じながら刹那のことを考える。……もしかしたら、嫌わないでくれるかもしれない。そんな僅かな期待を抱いていた。けれど、怖かった。刹那にも拒絶されたら……そんな不安から、ひたすらに刹那を避けていた。

 

 

 そして、状況も予断を許さない。世界が動き始めていた。

 

 

 

「……三国、合同軍事演習」

 

 

 ユニオン、AEU、人革連による合同軍事演習が行われるという情報があった。ガンダムを鹵獲する為に世界が協力姿勢を取る……。それは、計画の第一段階の終了に近づいているということだ。

 

 けれど、恐らく三国はガンダムを捕まえるために本気を出す。そして、敵に鹵獲されればどんな目に遭うのかは想像したくはない。……謎に包まれたソレスタルビーイングの情報を聞き出すために自白剤で廃人に、ということも十分に考えられた。

 

 

 選ぶ必要があった。

 仲間が絶対に無事だと信じ込み、自分の理想を貫くのか。

 仲間が助かる確率を少しでも上げるために、理想を捨てるのか。

 

 

「………わたし、は」

 

 

 自分の胸に手を当てる。

 ……トクン、トクンと心臓が脈打つのを感じる。

 

 自分も人間なのだと、感じられるただ一つの証。

 

 

 生きて欲しい。一人でも多く。ヒトとして生きられない、わたしの分も……。

 ………そう、例えわたしがどうなったとしても……。

 

 

「……ごめん、なさい……おかあさん………おとう、さん」

 

 

 今回が計画の分水嶺。ここさえ乗り切れば、もう世界にガンダムを倒すだけの力は残されないだろう。なら、わたしは………まもりたいものは、かならず全部守ってみせる。

 やっぱり、怒られるだろう。けれど、懐かしく感じるようになってしまったお母さんの顔を……怒った顔でもいいから、もう一度みたいと思った。

 

 

 

 ひょっとしたら、これが最期のお風呂かもしれない。

 そんなことを考えながら、広い浴槽に飛び込んだ。

 

 

 

「………あしたも、入ろうかな」

 

 

 身体を優しく包み込むお湯の中で泳ぎながら、やっぱり明日も早朝に……誰もいない時間に入ろう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、時差の影響で深夜であるアザディスタン。

 宗教的な指導者であるマスード・ラフマディの誘拐に端を発したクーデターは、非武装のガンダムエクシアが王宮までラフマディ氏を送り届け、そしてマリナ・イスマイールとの対談、および共同声明によって沈静化した。

 

 いまだに保守派と改革派の対立はあるにせよ、国内は以前のような落ち着いた様相を取り戻し、夜の街に火の手があがることもほとんどなくなった。

 

 

 そして、第一皇女であるマリナ・イスマイールはその日も再開された太陽光受信アンテナ建造に関わる様々な会合や公務をこなし、ベッドに入ったのは夜も遅くなってからのことだった。

 体こそ疲れているものの、幸いにもクーデター時にほとんど被害のなかった受信アンテナの建造は非常に順調であり、そのことに興奮を覚えているのも寝つきが悪い要因なのだろう。

 

 そして、彼女が夢の現の間でまどろみ始めたちょうどその時だった。

 部屋の中の空気が微妙に変化したことに気づいた。

 

 

 風がそよぎ、天蓋の薄布がかすかに揺れる。カーテンもだ。

 そして―――人の気配。床には人の影があり、近づいてくる。

 

 

「……誰っ!?」

 

 

 ベッドの上で跳ね起き、両腕で自分の身体を抱きしめるようにする。

 そして、マリナはそこにいる人物を見た。

 この前、アザディスタンの危機を救ったガンダムのパイロット―――。

 

 

「……せ、刹那・F・セイエイ……」

「……マリナ・イスマイール」

 

 

「どう、して……」

 

 

 どうしてここにいるのか。そう問いかける前に刹那が言った。

 

 

「なぜこの世界は歪んでいる?」

「え?」

 

「神のせいか? 人のせいか?」

「………」

 

 

 刹那は、マリナを真摯な目で見つめていた。彼女の中に芽生えた刹那との再開を喜ぶ気持ちは雲散霧消していた。刹那は真剣に答えを求めている。彼女はそれに応えなければならなかった。

 

 マリナは自らに問いかけた。神の教義はあり、人の道義も彼女なりに考えがあった。マリナは顔を伏せ、それらを手繰りながら答える。

 

 

「……神は平等よ。人だって分かり合える。でも、どうしようもなく世界は歪んでしまうの……どうしようもなく……」

 

「……なら、なぜ分かり合えない」

 

 

 小さく、しかし噛み締めるような刹那の声。マリナは刹那の苦しみの一端を感じたような気がして僅かに目を瞑り、そして言った。

 

 

「それは……きっと、お互いの事を知らないから……だから、刹那。私たちは、もっとお互いのことを――――」

 

 

 と、顔を上げたところでマリナの声は途切れた。

 刹那の姿が消えていたのだ。最初からいなかったかのように。

 

 納得して帰ったのか、それとも失望したのか……。

 

 

「……刹那……」

 

 

 その言葉は、闇夜に溶けて消える。

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 アザディスタンの星空を、エクシアが飛翔する。

 そのコクピットでは、刹那が操縦桿をきつく握り締めていた。

 

 なぜここを訪れたのか。三国合同軍事演習の前に、彼女の……マリナ・イスマイールの考えを聞いておきたかったのかもしれない。……母とそっくりな声を持つ、彼女に。そして、自らとは違う、外交という方法で平和を模索する彼女に。

 

 

 しかし、世界は歪んでいる。人は分かり合えない。

 ……セレネにも、避けられている。

 

 

 あの、吸い込まれるような黄金の瞳を見てしまってから。

 きっと、知られたくなかったのだろう。セレネの何かを恐れるような表情をはっきりと覚えている。やはり、自分と同じように他のマイスターたちにも様々な過去や、戦う理由があるのだろう。しかし……。

 

 

 

 

 刹那に、世界が歪む元凶は見えない。

 どうすれば人が分かり合えるのかもわからない。

 

 しかし、だからこそ……世界の歪みを正す者、ガンダムが存在する。

 世界を正す。………そして、今度こそ救いたいと思った。……自分と同じ存在への同情からではなく、世界への怒りでもなく、自分の存在する理由だからでもなく……。

 

 

 一人の少女の笑顔を救いたいと、胸の奥から湧き上がる想いがそう願っていた。

 

 そうだ、だからこそ―――――。

 

 

 

「………俺が、ガンダムだ」

 

 

 

 そうありたいと。噛み締めるように、呟いた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 人革連では、対ガンダムを選任する『頂武』が人革領の砂漠地帯にある駐屯基地への移動が命じられた。他にも、人員の異動や再編など、何かの前触れのような兆候がいくつもあった。頂武に所属する強化人間……超兵1号であり、紅梅色の新型ティエレンのパイロットでもあるソーマ・ピーリスは、それがガンダム絡みであると察し、隊長であるセルゲイ・スミルノフ中佐に訊いた。

 

 

「出撃ですか、中佐?」

「恐らくな。……まだ私にも作戦の内容は伝えられていないが、我々だけではなく他のモビルスーツ部隊にも指示があったようだ」

 

「今度こそ任務を忠実に遂行します」

「気負うなよ……」

 

「了解」

 

 

 ピーリスは敬礼し、思う。

 気負いはしない。しかし、ガンダム鹵獲作戦では多くの仲間を失った。ガンダムの超人機関への武力介入でも、弟妹とも言える同類が多く殺された。ゆくゆくはともに戦場を駆け、国のために共に力を尽くす存在が……。

 

 

(必ず、借りは返す……。ガンダムを、倒してみせる……)

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 同じく、AEUでも同様に大規模作戦の予兆があった。

 そして、転属命令を手にした一人の男がアフリカ北部のAEU空軍基地に降り立った。パトリック・コーラサワー。AEUの模擬戦で2000回のエース様(自称)。

 

 過去、最初のエクシアの介入であっけなく切り倒され、モラリアでの合同軍事演習ではヴァーチェの粒子ビームで早々に戦線離脱。しかしパトリックの自信は全く揺らがない。

 油断と敵の不意打ちということで自己完結していた。

 

 だから、大幅に遅刻しても全く問題ないと考えていた。

 むしろ、AEUのエースパイロットなのだから拍手でもして歓迎して当然だろうと。

 

 

「AEUのエース、パトリック・コーラサワー、ただいま到着いたしました!」

 

 

 しかし、その身に浴びせられたのは割れんばかりの拍手ではなく、強烈な鉄拳の一撃だった。派手な音と「ぐはぁっ!?」という声とともにパトリックは床に倒れる。

 

 

「遅刻だぞ、少尉」

 

 

 ハスキーな女性の声。そこにはパトリックを殴ったのだろう女性士官が立っていた。

 

 

「な、なんだ女ぁ……よくも男の顔を!」

 

 

 その瞬間、強烈な二撃目がパトリックの右頬にめり込んだ。再び呻き、床に転がる。

 

 

「に、二度もぶった…!」

 

 

 痛む頬を押さえて女性を仰ぎ見ると、女性仕官がパトリックを睥睨しつつ言う。

 

 

「カティ・マネキン大佐、モビルスーツ隊の作戦指揮官だ」

 

 

 そこで、パトリックは気づいた。

 

 

(……よく見ると、いい女じゃないか)

 

 

 クールな短い黒髪も、眼鏡も、そして冷徹に人を見下すような強気な目がたまらない。

 

 

「なにか、少尉?」

「い、いえっ! なんでもありません!」

 

 

 パトリックは無駄に素晴らしい復活を果たすと、素早く立ち上がって敬礼する。

 

 

「遅刻して申し訳ありません、大佐殿!」

 

 

 彼の頭から、怒りなどは綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 

(……惚れたぜ……)

 

 

 どうしてエースパイロットには変人が多いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「オーバーフラッグス?」

 

 

 ユニオンの対ガンダム調査隊に所属するハワード・メイスン少尉が振り返る。アメリカ西部にあるMSWADの基地には、青空が広がっている。

 

 

「ああ、対ガンダム調査隊の正式名称だ。公には、フラッグのみで構成された第八独立航空戦術飛行隊として機能することになる」

 

 

 と、隊長であり変人ぶりもエースぶりも突き抜けているユニオンのトップガン、グラハム・エーカー上級大尉が言った。

 

 

「パイロットの補充はあるんですか?」

 

 

 ダリル・ダッチ曹長が訊く。正式名称があっても、隊員がたったの三名では格好がつかない。

 

 

「だからこそ、ここにいる」

 

 グラハムが不敵にニヤリと微笑み、手にしていた双眼鏡を手渡す。ハワードが不思議そうにそれを受け取り、そして遠方からプラズマジェット推進の音が聞えてきた。

 

 

「来たぞ」

 

 グラハムが空を見上げ、ハワードとダリルもそれに倣う。すると、逆V字の隊形を組んで接近してくる飛行編隊があった。ジェットの雲をたなびかせるそれらは、全てがユニオンフラッグの飛行形態。

 

 

「じゅ、十二機も!?」

 

 

 ダリルが驚きの声を上げ、そしてハワードが受け取った双眼鏡でフラッグの左肩の部分のオリジナルマーキングを見て彼の声が一段と興奮を帯びる。

 

 

「先頭を飛んでいるのは、アラスカのジョシュアか!」

 

 

 飛行部隊のパイロットは、その腕が認められると愛機の左肩にオリジナルのペイントを施すのが慣例になっていた。それだけに、それが認められているというのはその腕の証明でもあった。

 

 

「ジョージアのランディ、イリノイのスチュアートまでいる…!」

「各部隊の精鋭ばかりだぜ……」

 

「驚くのはまだ早い。プロフェッサー・エイフマンの手で全機がカスタム化される予定だ」

「本当ですか!?」

 

「嘘は言わんよ」

 

 

 グラハムはそこでフラッグが次々とランディングしてくる滑走路に目をやり、二人の部下に振り返りつつ言った。

 

 

「……調査隊が正規軍となり、十二人ものフラッグファイターが転属……かなり大掛かりな作戦が始まると見た。引き締めろよ」

 

「「了解!」」

 

 二人は敬礼し、そしてダリルが目元を緩ませた。

 

 

「楽しみですね、隊長」

「――――ああ、楽しみだ」

 

 

 グラハムの目には、次なるアイシスとの戦いの渇望が燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


世界が動き始めていた。ガンダムマイスターたちは最大の危機を前に思うことを為す。それは、迫る己が最期への手向けなのか…。次回、『決意の朝(後編)』。




なんだかまだランキングに載ってて嬉しかったので思わず投稿です^^;
読者の皆様、ありがとうございます!

ちなみに、もしかしたら次回が後編じゃなく中編の可能性もあります><

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