機動戦士ガンダム00 変革の翼   作:アマシロ

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投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません><
理由は……読んで頂けたらお察しいただけるかな、と…。


第12話:願う世界

 

 クーデター勃発から一夜があけ、太陽光受信アンテナからやや離れた渓谷。そこで、無残にも風穴を開けられたカスタムフラッグのコクピットでグラハムは全く反応のないコンソールに大きく息を吐いた。

 

 

「……ふむ」

 

 

 愛機であるカスタムフラッグはガンダムの狙撃と、不時着の衝撃の影響で完全にうんともすんとも言わなくなってしまったのである。

 更にはこの渓谷が悪い具合にフラッグを衛星から隠し、そして友軍に探してもらおうにも墜落時に単独で動いていた上にガンダムの粒子の影響で最終通信地点もハッキリしないだろう。

 

 

「為す術無し、といったところか」

 

 

 とにもかくにも、コクピットで一夜を過ごしたところまでは良かったのだが食料がない。通常、モビルスーツには少しくらい非常食なりを入れておくのが基本なのだが、グラハムは僅かでもフラッグを軽くするべく余計なものは取り払ってある。

 

 

「……ガンダムしか頭になかったのが仇となったな」

 

 

 次からはこのような状況も想定しておくとしよう。と考えつつも、グラハムの腹の虫が盛大な音を立てる。

 

 

「……くっ、腹が減っては戦はできぬというのに……」

 

 

 

 そう呟きつつ、開閉できないために開きっぱなしのコクピットハッチからウィンチロープで外に出る。どうせフラッグが使い物にならないのであれば、一旦此処に置いていくしかあるまい。……必ず後で回収に戻る。

 

 地面に降り立ったグラハムは、こんなにも無様ではプロフェッサーに申し訳が立たないと思いつつ愛機を静かに見上げ―――背後から遠慮がちな少女の声がした。

 

 

「……えっと、あの……?」

「………すまない、今は――――…なんとっ!?」

 

 

 この私が背後を取られただと…っ!?

 戦慄とともに即座に振り返ると、赤茶けた色のフードを被り、蒼いスカーフを巻いた小さな少女が大声に驚いたのか思い切り後ずさっていた。……怖がらせてしまったか。

 

 少女はまだ11、2歳程度と見え、黒髪と同色の大きな瞳、そしてやや浅黒い肌はこの辺りの出身のように思えるが……少女はやや腰が引け気味になりつつもグラハムの顔を見上げて小さな声で言った。

 

 

「……その、どうしてこんなところに……?」

「っと、すまない。実は私の乗っていたモビルスーツ―――これが墜落してしまってな。きみは何故このような場所に?」

 

 

 そうだ。何かがおかしい。

 こんな少女がこのような渓谷に何の用があるというのか。僅かに警戒しつつ少女の反応を窺うと、少女はフラッグを感心したように見上げながら小首を傾げた。

 

 

「……ひょっとして、綺麗な緑の光が出ますか?」

「む?」

 

 

「さっき、お家の近くで綺麗な緑色の光がみえて……こっちにきたから、探しにきたのです」

「……そう、か。いや、すまない。それは私ではない」

 

 

 恐らく、少女が言うのはガンダムの粒子のことだろう。

 乙女座の直感が「何かが変だ」と訴えかけてくるような気がするのだが、それと同時にこの少女から敵意や害意のようなものは一切感じられない。今までにない感覚にグラハムが内心で首を捻っていると、少女がフラッグに開いた大穴のあたりを見詰めつつ言った。

 

 

「……これ、こわれちゃってるのです…?」

「……ああ、その通りだ」

 

 

「……帰れないのです?」

「……ああ」

 

 

 言っていて虚しくなってきたグラハムであったが、心配してくれているらしい少女に対して答えないというような不義理な真似はできないと感じて頷く。

 すると少女は僅かに考え込む素振りを見せつつ呟いた。

 

 

「……お兄さんは、どうするのですか…?」

 

 

 お兄さん……私のことか!?

 そんな呼び方をされたことなどほとんど無かったので若干驚きつつ、隠しても仕方が無いと思い、考えていたことを話した。

 

 

「ひとまず、歩いて友軍……仲間の場所まで戻ろうと考えている」

「……だいじょうぶ、なのです…?」

 

 

「無論―――」

 

 

 言いかけたところで、グラハムの腹の虫が盛大な音を立てる。

 ……二人の間に静寂が落ち、少女が懐からカバンを出し、そこからパンと水筒を取り出した。

 

 

「……これ、差し上げます」

「いや、しかし―――」

 

 

 この地域では、グラハムが想像している以上に食料や水は貴重なはずだ。受け取るまいと考えて顔を顰めるグラハムに、少女は無邪気に微笑んで言った。

 

 

「困ったときは、おたがいさま―――です?」

「……感謝、させていただく。……ありがとう」

 

 

 少女は小さな手でグラハムにパンと水筒を手渡すと、ぺこりと頭を軽く下げる。

 

 

「それでは、私はもうちょっとだけ探してみるのでこれで失礼します…!」

 

 

 そう言って軽やかに歩き出す少女に、グラハムは何故か疑念が無視できないレベルに膨れ上がっている事に気づいた。……少女におかしな点は無いとは言えないが、何かが違う。一体何が――――そこまで考えて、グラハムは渡されたパンと水筒がやけに綺麗なものである事に気づいた。……これは、このような地域に普通にあるものなのか? 軽々しく手渡せるほどの…? 

 

 

 そこまで考え、グラハムは咄嗟に少女に声を掛けていた。

 

 

「……きみは、この国の内紛をどう思うかな?」

「………」

 

 

 少女が、ゆっくりと振り返る。

 答えを考えているといった風情の少女に、グラハムは続けた。

 

 

「客観的には考えられんかな。なら、きみはどちらを指示する?」

「……支持は、しません。……この戦いで、人が死んでいます。たくさん……たくさん」

 

 

 悲しげに歪む少女の顔にも、瞳にも、悲哀が満ちていると思った。……たくさんの死を見てきた、それだけではないと直感させるような悲壮な光だ。

 

 

「同感だな」

「………なら、どうして戦うのですか…?」

 

 

 何故戦うのか、か。

 軍人に戦いの意味を問うとはナンセンス、と言いたいところではあるが…。

 

 

「……私は軍人だ。初めこそ空を飛ぶことに憧れただけだったが―――国の秩序を守るために命を、人生をかけて戦った者たちを知っている。ならば、彼らの想いに応えることが私の戦う意義だと感じている……最も、己が力を出し切れる好敵手との戦いを切望する浅はかな男でもあるのだがな」

 

「………そう、ですか」

 

 

 少女は少し嬉しそうに、そして寂しそうに微笑む。

 その顔を見たグラハムは、咄嗟に思うがままに呟いていた。

 

 

「ならば、きみは何故戦う。何の為に戦う?」

「………え?」

 

 

 少女は訳がわからないといいたげに眉をひそめるが、どちらせよこの反応だろう。間違っているのならそれはそれで構わんさ、と結論付けて言い切る。

 

 

「ならば、仮定の話だ。きみは戦っているとする。何のために戦う?」

 

 

 少女は困ったように微笑むと、小さく、とても小さく呟く。

 

 

「………きっと、死ぬのがこわくて……かなしいから、です」

 

 

 

 儚げに、今にも消えてしまいそうに微笑む少女に、グラハムはもう何も言う事ができなかった。しかし、どうしてかそんな少女のありようを悲しく感じた。

 そのまま少女は立ち去り、グラハムは一瞬だけ少女を捕まえてみようかと考え、すぐに首を振って止めた。

 

 

「……恩を仇で返すのは趣味ではない」

 

 

 ただし、真剣なる勝負は別だが。

 

 

 

 

 

 数十分後、もらったパンを食べながら考え込むグラハムの上空をガンダムが―――アイシスが通り過ぎ、それを追う様にフラッグが2機、グラハムの前に降下してくる。

 

 

 

『――――隊長、よくぞご無事で!』

『心配しましたぜ、隊長!』

 

「……まさか、な」

 

 

 

 このタイミングで、どうやら丁寧にも救援を呼んできてくれたらしいアイシス。もしかすると、あの少女はソレスタルビーイングと何らかの繋がりがあるかもしれない――――しかし、流石にガンダムのパイロットなのではという直感は苦笑とともに打ち消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 そのころ、クーデターを一時的にせよ鎮静化させた刹那は、一度ロックオンと人気の無い岩場で落ち合っていた。

 昨夜、ミサイル攻撃をした敵機を追った成果を聞くためだ。

 

 

「……ロックオン、何か分かったのか?」

「ああ、ミサイルを撃ちやがったのはAEUのイナクトだ。……それも、モラリアで見かけたヤツに間違いねぇ」

 

 

 その瞬間、刹那の脳裏によぎるものがあった。「しかも、また俺の狙撃を避けやがった」と苦々しげに呟くロックオンの声も耳に届かない。

 

 

 

 

――――素手でやりあう気か、ぇえ? ガンダムのパイロットさんよぉ!

 

 

 

「ばかな……」

「どうした、刹那…?」

 

 

「やつが……あの男が……この内紛に関わっている……?」

「あの男…?」

 

 

 神の教えとして俺たちを戦いに駆り立て、戦い方を仕込まれた。ヤツの言葉は、あの時の俺にとっては神の言葉だった。それなのに……!

 なぜ……! なぜ、救われない者たちがいるにも関わらず……なぜ、ヤツは……!

 

 

 刹那は強く唇を噛み締め、そして駆け出した。

 エクシアに乗り込み、一気に飛翔する。

 

 

 

『おい、応答しろ刹那!?』

「……ポイントF3987」

 

 

『あ? なんだって…? そこに何がある?』

 

 

 驚いたような声をあげるロックオンにも、わざわざ説明する時間が惜しかった。何故知っているのか、そして何があったのかも。

 一刻も早く、確認しなければならない。

 

 

「ないかもしれない。だが、可能性はある」

 

 

 その答えにロックオンはしばらく考え込むように声をつまらせ、言った。

 

 

『……黙って待つよりマシか。了解だ、刹那。セレネにも連絡を入れる』

 

 

 

 刹那には、確信があった。

 あの男が……アリー・アル・サーシェスがこの内戦に関わっているならば、根城としてきっとあの場所を使うと。そこは、クルジス共和国のキャヴィール砂漠にある打ち捨てられた小さな街。かつて、刹那たちクルジスのゲリラ兵たちも使っていた―――。

 

 

 

 

 

 しばらくして、刹那はその街を視界に捉えた。

 やはり廃墟のままだが、なにやら傭兵のような者たちがいるのが見えた。

 そして――――。

 

 

 

 

「……見つけた!」

 

 

 やはり、いた…!

 街からモラリアで剣を交えた濃紺のイナクトが飛来する。イナクトは雨のように銃弾を乱射するが、回避パターンを今までと変える。そうだ、俺の動きだから読まれる。

 

 

(――――…セレネ)

 

 

 エクシアとアイシスの基本性能は同じ。なら―――…!

 

 半ば蹴飛ばすようにペダルを踏み込み、一気に操縦桿を押し込む。踊るように動くエクシアがリニアライフルの射線を避けつつGNソードを展開。急降下でライフルを回避し、そのまま跳ね上がるように斬りかかる。

 

 イナクトは素早くソニックブレイドを抜き放って受け止めるが、確かな手ごたえがある。そう頭の片隅で判断しつつ、刹那の熱くなった感情が外部へのスピーカーを有効にしつつ叫ぶ。

 

 

「―――あんたの戦いは……終わってないのか!? なぜ、あんたは戦う!?」

 

 

 刹那の怒りに応えるように、エクシアがイナクトに強烈な蹴りを放つ。刹那の喉から怒号のような声が迸る。

 

 

「クルジスは、すでに滅んだっ!」

『知ってるよッ!』

 

 

 掠めるようにして蹴りを回避したイナクトから返答が聞えるのとほぼ同時、お返しとばかりに突き飛ばされ、腹部を蹴られる。エクシアが地上に向けて落ちていき、追い討ちをかけるようにイナクトがライフルを連射する。

 

 咄嗟にエクシアの体勢を立て直し、地面すれすれを滑るように飛んで回避する。地面を穿つ弾丸が巻き上げる土煙に紛れるようにエクシアを反転させ、GNソードをライフルモードに切り替えてイナクトがいると思しきポイントに向けて乱射する。

 

 

 土煙を抜けた先には、優雅とすら思える凄まじい機動で全弾回避して見せたイナクト。そこに再びGNソードを展開したエクシアが斬りかかり、二度、三度と激しく剣を交える。

 

 

「……あんたは、なぜここにる!? クルジスを再建しようとでも言うのか!?」

『冗談だろ…!』

 

 

「なら、なぜあんたは戦った!? あんたの神はどこにいる!? 答えろ!」

『そんな義理はねぇな!』

 

 

 サーシェスの返答に刹那は愕然とした。

 まさか、この男には思想と呼ぶべきものが無いというのか。

 

 神を語り、人を導いたのは当時のクルジス政府の打倒を目論んだからではないのか?

 ……もし。当時も傭兵として、今のアザディスタンと同じように内戦で国を悪化させるように依頼されていたとしたら。

 

 

 もしそうなら、俺は何の為に戦った…?

 なんのために仲間たちは死んでいった………!?

 

 

 刹那の怒りが乗り移ったように、鋭い斬撃がイナクトのライフルを真っ二つに切り裂く。しかし、その爆発を煙幕にしてイナクトがエクシアに組み付き、そのまま一気に地上まで叩きつけた。激しい衝撃で呼吸が一瞬止まる。

 

 しかし、それよりも。

 エクシアはイナクトに組み敷かれ、両手両脚を押さえつけられて身動きがほとんど取れなくなっていた。イナクトの手が、エクシアのコクピットハッチを掴む。

 

 

『モビルスーツは戦うための兵器だ。人をぶっ殺すためのもんだ。……それを紛争根絶とかフザケたことに使ってんじゃねぇ! もったいないからその機体……俺に寄越せよッ!』

 

 

 

 引っ張られるコクピットハッチが軋むような音を立てる。

 しかし、その時―――。

 

 

 

『――――……あなたは、不快です』

 

 

 

 刹那とサーシェスがそうしているように、外部スピーカーを使った声。聞き慣れた、しかし聞いた事のない声。無邪気な優しさが消えうせ、底冷えするような怒りを滲ませた声。

 

 

『なんだ、ガキ……しかも女――――なっ!?』

 

 

 次の瞬間、恐ろしい勢いで飛来したアイシスがイナクトを蹴り飛ばす。

 恐らくはエクシアを巻き込まないように加減しているのだろうが、それでも弾丸のように弾き飛ばされたイナクトが潰れたカエルのように廃墟に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 どうしようもなく不快だった。

 イナクトのパイロットから漂う『嫌な感じ』が。感じるプレッシャーや、戦いを楽しむという点だけならばカスタムフラッグのパイロットと通じるものがあるものの、真剣な勝負とその中での駆け引きを楽しむあの人とは決定的に違う。そう直感していた。

 

 鮮血のような紅色に染まるアイシスのコクピットで、セレネは噛み締めるように問いかける。

 

 

「……何故、あなたはそんなにも楽しそうに戦うのですか? 強いからですか?」

『――――戦うのに理由なんているかよ!』

 

 

 信じがたいスピードでイナクトが体勢を立て直し、形勢不利と見たのか即座に撤退に移る。……強い。この人は強い。

 

 けれど、見逃すわけにはいかない。

 

 

 話は、聞いていた。本当は狙撃で刹那を援護するつもりだったから。

 刹那の故郷で、この人は内紛を起こそうとした。そして、刹那との先程の会話。

 

 わかってしまった。

 この人が、刹那を戦いに駆り立てたこと。そして、刹那の仲間がたくさん死んでしまったのだろうということも。刹那と悲しみと怒りも。

 

 

 

「なら……わたしがあなたを殺すのにも、理由はいらない……!」

『ほざけよ!』

 

 

 

――――わかる。

 

 

 この人は、やっぱりミサイル攻撃をした人なのだろう。

 ウィングパックの奇襲攻撃を警戒して、小刻みに横の動きを入れながら離脱していく。

 

 エクシアが、刹那が咄嗟にイナクトを追おうとする。

 

 

「……まってください、刹那。巻き込まれます」

『セレネ…?』

 

 

 私が追う気が無いと判断したのか、イナクトが速度を上げて一気に離脱しようとする。その瞬間、叫んだ。

 

 

 

「――――アイシス…っ!」

 

 

 

――――白い閃光が閃いた。

 

 

 

 朝焼けの太陽に隠れるようにして放たれたビームが、咄嗟に動いて致命傷を避けたイナクトの右腕を吹き飛ばす。

 鋭い狙撃。その先にはデュナメスではなく――――ガンナーパック。無人にも関わらず小刻みに動きを修正し、スナイパーライフルでサーシェスを狙う。

 

 

『なんだと…っ!?』

「……っ!」

 

 

 避けた…っ!?

 なら――――!

 

 

 続いて、上空に待機させておいたフォートレスパックがGNバズーカとキャノンを一斉に放つ。廃墟を焼き尽くさんばかりの強烈なビーム攻撃はしかし、イナクトに辛うじて回避され――――。

 

 

『やってくれるじゃねぇか――――!』

「……い、け…っ!」

 

 

 再び、GNスナイパーライフルがイナクトを狙う。しかしイナクトは足元の廃墟を蹴り飛ばしてそれも回避し――――それを待っていた。

 

 無理な回避はその後の動きを制限する。

 攻撃が避けられるなら、避けられない攻撃を放てばいい。

 

 その瞬間、高速で回転するソードパックが飛来し、イナクトの腹部を、コクピット付近を僅かに切り裂いた。

 

 

『こっ、この俺があっ!?』

「―――っ!」

 

 

 

 イナクトは即座に体勢を立て直し、急速離脱していく。

 その様子を、私はただ見ていることしかできなかった。

 

 

 手が震えていた。

 じっとりとした、嫌な汗が溢れてくる。

 

 

「………ぅぁ…っ、……はぁ…っ」

 

 

 感じてしまっていた。

 イナクトのパイロットの受けた痛みを。

 

 腕に破片が突き刺さり、それでも操縦桿を動かそうとする激痛を。

 

 

 

「……い、たい……っ」

 

 

 また、やってしまった。

 しかも、トドメを刺すことができなかった。

 

 わかっていたのだ。本当は、ソードパックでコクピットごと両断できた。

 なのに……こわかった。

 

 殺すことが、死ぬことが怖かった。

 『入り』すぎていた。飛来する剣が、避けられないという恐怖が『視える』くらいには。

 

 

 

「……嫌なのに……いや、なのに…っ」

 

 

 

 砂漠の空気で乾いた瞳から黒いカラーコンタクトレンズが落ちる。黄金色に輝く虹彩があらわになる。そこから、一筋の涙が零れて落ちた。

 

 

 あの人は、イナクトのパイロットは不幸な人を増やすだろう。

 あるいはそれは、私たちのうちの誰かかもしれない。それほどに危険な相手だという確信があった。それなのに……。

 

 

「……ころ、せない………むり、です……っ」

 

 

 

 寒い。どうしようもなく寒い。

 感情が昂りすぎて、暴走していた。

 

 

 クーデターに乗じて強盗をする人が、それで殺されてしまった店員の女性がいる。今まさに、テロの爆発に巻き込まれた人がいる。

 

 

 

「……ぃや………いやぁ…っ」

 

 

 

 くるしい。世界はどうしてこんなにも苦しいのだろう。

 どうして、こんなにも美しいのに。こんなにも悲しいのだろう。

 

 必死に自分の身体を抱きしめて、それでも寒い。

 流れ込む感情が止められない。

 

 

――――このままだと、どうなるのだろう。死んでしまうのだろうか。

 

 

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、けれどどうすることもできない。

 頭の中がぐちゃぐちゃして、何もかもがわからなくなりそうで―――。

 

 

 

『―――セレネ…!?』

 

 

 声が、聞こえた。

 ぼんやりと顔を上げると、モニターにやや焦ったような刹那の顔が表示されていた。

 

 

「……せ、つな…?」

『……っ』

 

 

 刹那が息を呑む気配が伝わってきた。

 頭が真っ白になった。カラーコンタクトが外れてしまっている。見られて、しまった。……刹那に、知られてしまった。

 

 

 咄嗟に、通信を音声だけに切り替える。

 それでも、何と言っていいのか分からなかった。

 

 

 

「……ごめん、なさい………すこし、休ませてください……っ」

 

 

 

 きっと、今の顔は見せられないから。

 どうしようもなく悲しくて、寂しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告


3つの国家群による合同軍事演習に仕掛けられた紛争。死地に赴くマイスターたちの胸に去来するものとは。次回、「決意の朝」。それが、ガンダムであるなら。



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