夜のとばりがおりたアザディスタン。砂漠にある太陽光受信アンテナの建設には、アザディスタン軍のモビルスーツ隊二個小隊が駐屯していた。保守派の襲撃を懸念した改革派の有力議員たちが派遣して警護にあたらせていたのである。
しかし、そのアンフの一機から火花が散った。軍に潜りこんでいた保守派の人間が仲間のアンフに攻撃を仕掛けたのである。そしてその爆発を合図にするように保守派と正規軍による銃撃戦が始まる。
それにいち早く気づいたのは、上空を哨戒していた対ガンダム調査隊の面々だった。グラハムの操る黒いユニオンフラッグカスタムを先頭に、ダリルとハワードのフラッグ。3機の飛行形態フラッグが飛ぶ。
『ポイントDで交戦!』
カスタムフラッグのコクピットにダリルの声が響く。
「やはりアンテナを狙うか!」
警戒しておいて正解だった、と心の中で呟くグラハムは操縦桿を握り締める。
「いくぞ、フラッグファイター!」
機体を太陽光受信アンテナへ向けて急降下させ、ハワードとダリルも続く。しかし、表示される現場の拡大映像を見て二人は眉をひそめた。何せ、同じアザディスタン軍の機体同士でやりあっているのである、
『中尉、味方同士でやりあってますぜ』
と、ハワードが戸惑うような声をあげる。
『どうします!?』
やはり戸惑うダリルに、グラハムは眉間にしわを寄せる、
「く…っ!? 一体、どちらが裏切り者だ……!?」
その瞬間カスタムフラッグに表示されていたレーダーが乱れ、スピーカーからノイズが聞えてくる。
「レーダーが!?」
これは、まさか―――!
それに応えるかのように眼下を一条の白い光が駆け抜け、同軍同士で交戦するアンフの一機を貫いた。更に、別方向からの光がアンフの脚部と武器を正確に破壊して無力化する。味方同士で撃ち合っていたすべての機体が黒煙をあげて倒れていく。
「この粒子ビームの光は……!」
グラハムはその光の発せられた先を見据え、叫ぶ。
「――――やはり、ガンダムか!」
―――――――――――――――――――――――――
デュナメスとは別方向。GN粒子の緑の輝きを放つ蒼い翼を纏い、肩には左右2門ずつのGNキャノン。全身に分厚い装甲を纏ったガンダムアイシスがGNスナイパーライフルを構えていた。
「――――アイシス、ウィングフォートレスガンナー……目標の無力化を確認です…!」
『同じくデュナメス、目標の無力化確認だ!』
一応、相手がどんな手を使ってくるか分からなかったのでできるだけ武器を積んできましたが、アンフくらいならガンナーパックだけでも全く問題なかったのです…。
「……ねぇ、ロックオン。こんなときですけど、ウィングフォートレスガンナーアイシスって名前が長すぎると思うのです……」
『いや、今みたいにウィングフォートレスガンナーだけでいいんじゃねぇか?』
だめです! アイシスの部分が一番だいじなのです…っ!
「むしろWFG(ワーグ)アイシス…! みたいに略した方がいいのでしょうか…?」
『……いや、むしろフルアーマーとかフルウェポンとかでいいんじゃねぇか?』
……! そ、その手があったのです!
そんなことを考えていると、四つの光が遠くから太陽光受信アンテナ目掛けて飛んでくることに気づきました。
――――まさか、ミサイル!?
「ロックオン、ミサイルが…っ!」
『なんだと…っ!?』
即座にガンナーパックの照準補助能力をフルに使ってミサイルを狙いますが―――次の瞬間、四つだったミサイルの光が無数に分裂する。…これは、小型ミサイルがばら撒かれた…!? 大量の小型ミサイルが太陽光受信アンテナ目掛けて飛び――――。
「―――…っ!?」
――――間に合わない…っ!?
……太陽光受信アンテナを破壊されてしまっては、アザディスタンの改革派も黙っていないだろう。保守派の象徴の拉致に続いて改革派の希望の破壊。必ず紛争が起こる。
人が死ぬ。争いが起こるだろう。……刹那の、故郷で。
―――――そんなの、そんな、こと…っ!
「―――やらせ、ない…っ!」
瞬時にGNキャノン、スナイパーライフルが放たれる。そして、更にウィングパックをパージ――――セレネの黒い瞳が細められ、モニターが……アイシスのコクピット全体が紅く輝き―――叫んだ。
「――――ハイパー……ブースト…っ!」
アイシスから分離したウィングパックが眩い光を、粒子の翼を広げる。
そして次の瞬間、凄まじい勢いでウィングパックが飛ぶ。高濃度GN粒子を纏いながらミサイルの群れを切り裂き、爆散させる。
まだまだミサイルは残っているが―――ここから…っ!
「――――…バーストモード!」
その言葉に応えるかのようにウィングスラスターが急停止し、放出するGN粒子が止まる。そして、一つに束ねられたウィングスラスターから強烈な粒子ビームが放たれた。
更に、それだけでは終わらない。ウィングアイシスにおいて両腕と両脚に位置するブースターが片面のみ全力稼動。それによってウィングパックが粒子ビームを放ちながら回転し、纏めてミサイルを消し飛ばした。
『セレネ…!?』
「…………急いで回収します!」
ロックオンが驚愕する声が聞こえますが、これはそれほど驚くことではありません。正直に言えば、ウィングパックに搭載したAIによってこのような攻撃をすることも可能なのです。……難しい指示はできないですし、加減もできないのでモビルスーツ相手には使いたくないのですが、GN粒子による重量軽減効果、ハロと同性能のAI、ウィングスラスターの超出力、そしてウィングスラスターのバーストモード……その全てを活かした攻撃です。
これでウィングパックの粒子がほぼ空っぽになってしまいましたが、でも……!
「―――ミサイル…全機撃墜確認……っ」
小さく安堵の息を吐きながら静かに空中を回りながら漂うウィングパックにアイシスを向かわせ―――そして、アイシスに急速接近する機体があることに気づいた。
……猛烈な勢いで突っ込んでくる、黒いフラッグ。
『―――――逢いたかった……逢いたかったぞ、アイシス…ッ!』
そしてスピーカーから響く、とても聞いた事のある声。
「………あ、あの時のヘンタイさんなのです…っ!?」
ヘンタイさんにしか見えないモビルスーツの機動もそうですし、アイシスに心奪われたなんておっしゃってましたし…!
し、しかもこれはストーカーさんです!
思わず全力でペダルを踏み込み、私は必死に逃げ出しました。
一方、カスタムフラッグのコクピットでは、奇しくもグラハムの目的の一つであった太陽光受信アンテナ防衛を見事に果たしてみせたアイシスにグラハムが隠しきれない笑みを浮かべていた。
「―――ハワード、ダリル、ミサイル攻撃をした敵を追え。ガンダムは私がやる!」
『了解!』
『ガンダムは任せますぜ!』
離れていく2機を視界の端に捉えながら、グラハムはもう一つの目的を達成するべく、分厚い装甲を纏い、戦うつもりはないとばかりに逆方向に逃げるアイシスを猛追した。凄まじいGを感じるが……この程度!
「―――――待ってもらおうか、アイシス!」
重装甲で動きの鈍いアイシスが振り向きざまにスナイパーライフルを放つ。しかし翼を狙ってくると分かっていればどうということはない。ビームを掠めるようにして回避し、そこを狙って放たれる二射目をグラハム・スペシャル―――空中変形によって回避する。フラッグの脇を掠めるビームを無視し―――更にそこを狙って脚に放たれたキャノンを、再び変形することで回避する。
『な、なんて動き…っ!?』
実際に声こそ聞こえていないものの、アイシスのパイロットが驚く気配が伝わってくる。この機体の運動性能が信じられんか、ガンダム。それを操る私が何者か知りたいか、ガンダム。ならば――――!
「あえて言わせてもらおう――――」
カスタムフラッグをアイシスの側面に回りこみつつ急接近させ、そのまま思い切り右足をぶつける――――!
「グラハム・エーカーであると!」
『GNフィールド…っ!』
アイシスの纏った緑の輝きが蹴りをある程度受け止め、しかし勢いを殺しきることはできずにフラッグとアイシスが互いに弾かれる。
「――――さすがだな、アイシス!」
『ドッキングセンサー!』
と、いつの間にか飛来していた翼がアイシスの背中にドッキングする。翼装備の普段は腕や脚を覆っている部分も翼を形成し、凄まじい重量感のあるフォルムである。
しかし、いくら装甲が厚かろうとも!
フラッグがソニックブレイドを右手で抜き放ち、切り掛かる。それに対してアイシスも左手でビームサーベルを抜き放ち、フラッグが振り下ろすソニックブレイドを受け止めてみせた。
「やはり身持ちが堅いな、アイシス!」
私がこれほどアプローチをしても、簡単にそでにしてくれる!
しかしその装甲でよくぞ反応してみせた!
にやりと笑みを浮かべるグラハムはしかし、アイシスの右肩のキャノンが僅かに動いてフラッグを狙ったことに気づいた。
「――――くっ!?」
咄嗟にアイシスのサーベルを受け流しつつもスロットルを全開にし、左腕を吹き飛ばそうとするビームをなんとか掠る程度の被害で抑えた。
『――――こ、この距離で避けた…っ!?』
「よくも――――私のフラッグを!」
再び切り掛かろうとするものの、アイシスの肩のキャノンが一斉にビームを放ち、更にスナイパーライフルもフラッグを狙う。さすがのグラハムもその高すぎる火力に少しだけ距離を取り―――――。
『ハイパーブースト!』
「なんとっ!?」
その僅かな隙を見逃さず、緑の翼を広げたアイシスが凄まじい勢いで逃げ出す。
「……逃がさん!」
グラハムはアイシスを逃がすまいと飛行形態になりつつ全速力でアイシスを追い――――その一瞬の油断を突かれ、斜め後方から飛来したデュナメスのビームにフラッグの機首を撃ち抜かれた。
「――――くっ!? 視線を釘付けにされたか……!」
辛うじてコクピットは無事だったものの飛行が継続不能となり、グラハムのフラッグは渓谷地帯に墜落していった。
――――――――――――――――――――――――――
一方、アザディスタンの援助のためにこの地を訪れていた国連大使アレハンドロ・コーナーは、クーデターが起こり炎に照らされた首都と、正規軍とクーデター軍のアンフ同士の戦いを、破壊されていく街をホテルの窓から眺めていた。
「避難しなくてよろしいのですか?」
アレハンドロの後ろに立つ物腰の柔らかそうな少年……リボンズ・アルマークが立っており、言った。しかしその問いには答えず、アレハンドロは空を見上げる。
「リボンズ、きみも見ておくといい。ガンダムという存在を……」
その視線の先には、舞い降りる一つの光があった。
GN粒子と輝きと、青と白の機体―――ガンダムエクシア。
エクシアは両軍の交戦ポイントに滑らかに降下すると、そのままGNソードを展開して正規軍のアンフの胴部を一刀両断。続けざまに近くにいた正規軍のアンフを次々と切り倒すと、今度はクーデター軍のアンフに襲い掛かる。
エクシアはGNダガーを引き抜いて投げつけ、機銃を撃とうとしたアンフがトリガーを引く暇もなく地面に倒れる。その背後にいた機体がエクシアに長滑空砲を放つものの、エクシアはシールドで防御し、GNビームサーベルで敵機を切り裂く。更にGNブレイドも抜き放ってそれぞれを2機のアンフに突き立て、活動を停止させる。
そこで最後の一機がエクシアに組み付いたものの、無造作に腕を振るってそのアンフを地面に叩きつけ、その頭部にGNソードを突き刺した。
「あれが、ガンダム……」
エクシアの姿を見ていたリボンズが呟くが、アレハンドロは不満そうに鼻を鳴らす。
「力任せだ。ガンダムの性能に頼りすぎている。パイロットは確か、刹那・F・セイエイだったか……」
不安定なガンダムマイスターの一人。
彼は、あれで本当にガンダムを具現化していると思っているのか?
―――――――――――――――――――――
エクシアのコクピットから緊急暗号通信が入り、ウィンドウに王留美が映し出された。
「なんだ?」
『カズナ基地からもモビルスーツ部隊が発進しました』
「保守派か」
『でしょうね。現在ケヒ地区を通過中よ』
……ケヒ地区。保守派の勢力が圧倒的に強い街か。
「了解」
最低限の返答で通信を終了させると、刹那はエクシアを空へ向ける。
……いつまで続けるつもりだ……!
刹那は苛立っていた。
戦争が起これば人が死ぬ。この国は二十年以上も前からそれを繰り返してきたというのに、なのにまだ人の命を欲するのか。何を求めて戦争を起こすのか。
マスード・ラフマディの拉致に対する報復か。この機に乗じて権力を奪うためか。あるいは神の教えに従わないものとして粛清するためか。
しかし、どのような理由があろうとも、それは戦争だ。
それを止める。ガンダムが!
そうだ……俺が…―――!
その時、エクシアが丘陵地帯を越えてモニターにケヒ地区の街が映る。
「……っ」
刹那の顔が僅かに歪む。
ケヒ地区の街からは黒い煙がいたるところから上がっていた。白みかけた早朝の空に、街を覆いつくさんばかりに…。その中で、銃弾の火花が見える。
流れ弾によって破壊されたのであろう街の中をモビルスーツが進んでいく。カズナ基地から無断で発進した保守派のアンフを攻撃するために正規軍がケヒ地区に侵攻したのだろう。そして、戦っているのはモビルスーツだけではなかった。
崩れ落ちた家屋からは男がマシンガンを乱射し、アンフに跳弾の火花が散る。そして、その中には子どもも混じっている。それは、刹那が6年前に味わったのと同じ光景で―――…。
刹那が目を見開く。
あそこにいるのは、俺と同じだ。あの時の俺だ。
そして、あの時俺を救ったのが―――…。
「ガンダム!」
エクシアのスピードを上げる。
アンフが振り返り、男たちに機銃を向ける。放たれた弾丸があげる土煙で男たちの姿が見えなくなり―――エクシアがアンフを切り裂いた。
(そうだ…俺は、このために……!)
戦場に命をもてあそばれる者のために…!
土煙が晴れ、エクシアが振り返り―――刹那は凍りついた。
地面には、赤い血と四肢を千切られた男たちの、そしてそれに混じる少年の姿しかなかった。……下半身と頭部の半分がなく、残った方の目が虚空を見詰めている。
………なにかを求めるように。すがるように。
しかし、救いは与えられなかった。……与える事が、できなかった。
エクシアが背後に砲撃を受ける。3機のアンフがいた。
「……ぅ、あああぁぁぁぁァァッ!」
GNソードを閃かせ、エクシアが、刹那が吼えた。
………静かだ。
戦闘は終了した。全てのアンフは両断した。
もう銃火の音もなく、悲鳴もない。あるのは壊れた街と、黒い煙。
鉄くずとなったアンフと、傷ついて斃れた者の散る、壊れた街だ……。
………俺は、なんのために戦っている?
なぜ、ソレスタルビーイングに入り、そしてエクシアに乗っている?
何の為に戦った?
答えは決まっている。
ガンダムに、なるために……。
あの時、俺を救った存在。
俺も、そうなりたいと……あの時から、それだけを……。
なのに……なのに、俺は……。
「俺は………ガンダムに、なれない………」
噛み締めた唇から、一筋の血が流れて落ちた。
現在公開可能な次回予告
ガンダムデュナメスによって撃ち落されたカスタムフラッグ。そしてグラハム・エーカー。機体に深刻なダメージを受けたことで通信装置が故障してしまい、渓谷で立ち往生する彼の前に、地元民を名乗る小さな少女が現れる―――。次回、『願う世界』。
追記
ウィングスラスターは大型スラスター2つと中型2つで構成されており、粒子の圧縮率および収束率を変更することにより、それぞれからビームを出せ、さらに束ねることでどこぞの金ジムさんのようなビームを放つことができる。また、ウィングパックのみ装着している場合はそれぞれのスラスターを前方に向けてビームを一斉射することを「バーストモード」と呼ぶ。