プロローグ
――――世界は、広い。
知識として知っていても、ここから出る事ができない私には分からないことだった。例え宇宙の広さが見えていても、そこに出て行くことができないのなら存在しないことと何が違うのだろう。
けれど―――、
「あれ………なぁに?」
綺麗な光。ガラス越しながら淡い緑色の輝きが鮮烈に目に焼き付けられ、そしてその中心には緑の光をまるで翼のようにして佇む、白い巨人の姿だった。
隣で微笑んでいるお母さんが、僅かに誇らしげに言う。
「あれはね、ガンダムよ。皆が幸せになれるように、私たちはあれを作っているの――――」
「みんな、しあわせに……」
すごい、そう思った。
大好きな御伽噺の英雄を見るような気分でガンダムを見詰めていると、ガンダムは緑の光を撒きながら宇宙へと飛び立っていった。
……お母さんは、迂闊に宇宙に出たら死んでしまうと言っていなかっただろうか?
「お、おかーさん。へーきなの…っ!?」
「……ふふっ、もちろんよ。だってガンダムは私たちの希望だもの」
呆然とガンダムを見送る。
宇宙を、暗闇と星明かりの無限の世界を自由に飛び回るその姿に、きっと私は心を奪われてしまったのだろう。
――――――――――――――――――――――――
『――――目標対象確認。予定通り、ファーストフェイズを開始する』
通信を通してあの無口な、けれどガンダムへの確かな想いを持つ彼。ガンダムマイスター、刹那・F・セイエイが行動の開始を、そして私たちにとっての全ての始まりを告げる。私は待機状態のガンダムのコクピットに座りながらそれを聞き、各種機能に異常がないことをもう一度確認しながら小さく呟く。
「……始まる、のですね」
『怖くなったか?』
通信回線を開いていたから聞こえていたのだろう。頼りがいのあるお兄さんという言葉がしっくりくる、そして事実頼りになるガンダムマイスター、ロックオン・ストラトスが軽く呟く。……きっと、緊張を和らげようとしてくれているのだろう。
だから私も僅かに微笑んで、呟く。
「いいえ、平気です。いつも通り最初からとっても怖いですから」
『なるほど、そりゃあ大丈夫だな。いつも通り頼むぜ』
――――西暦、2307年。
化石燃料は枯渇し、しかし人類はそれに代わる新たなエネルギーを手に入れていた。3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけ。
3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』。中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』。ヨーロッパを中心とした『AEU』。己の威信と繁栄のため、超大国群は壮大なゼロサム・ゲームを続けていた。
そして、今回。
私たち……というより刹那はファーストフェイズとしてAEUの行う新型MSイナクトによるデモンストレーションに乗り込み、撃破する。今まさにでしょうか?
そして、私の出番はセカンドフェイズから。
『エクシア、ファーストフェイズ終了。セカンドフェイズに移行する』
やっぱりずいぶんと早い。けれど刹那とエクシア、そして彼我のモビルスーツの性能差を考えれば当然かもしれない。
刹那とガンダム―――エクシアはAEUの軍事演習場から飛び立つと、真っ直ぐに軌道エレベーターへ向かう。
それを私はガンダムアイシスの狙撃装備による最大望遠で見ていた。
重要な防衛目標である軌道エレベーターを守るため、そして公開軍事演習に乗り込んでAEUの新型機を叩き潰して面子も丸つぶれにしたエクシアを迎撃するべく、AEUの現在の主力モビルスーツ・ヘリオンが3機、飛行形態で出撃してきている。
しかし刹那はそれのヘリオンから放たれるリニアライフルを滑らかな動きで回避し、GNソードを一閃。ヘリオンの一部を切り裂くとヘリオンは地上へ向けて墜落。……あれなら不時着できるだろう。
「……はぁ」
『刹那が心配―――ってわけでもないんだろ?』
小さく息を吐いた私に、ロックオンが声を掛けてくる。
もしかしたら、ロックオンも少しは緊張しているのかもしれない。とてもそうは見えないですけど……。そんなことを考えながら、でも少しだけ拗ねた口調になってしまいつつ返す。
「ガンダムがあんなのに落とされる訳が無いです」
『ったく。刹那もそうだが、セレネも大概だよな』
……そう、だから私が心配しているのは――――。
『やはり、AEUはピラーの中にも軍事力を……これは条約に違反している』
刹那が呟く声が通信を通して聞こえる。
セカンドフェイズの目的。AEUによる軌道エレベーターへの条約以上の軍事力の駐屯を暴く事。……それを証明するようにわらわらと軌道エレベーターから出てきたヘリオンがエクシアを取り囲むようにして遠距離からのライフル攻撃を浴びせている。
もちろん刹那はしっかりと回避、あるいは防御しているが(当たってもどうと言う事はないだろうけれど)、近接格闘戦に特化したエクシアには非常にやりにくい展開だろう。
『エクシア、カコマレタ、カコマレタ』
『ははっ、さすがの刹那でも手を焼くか』
ロックオンと、彼をサポートする独立AIロボットのハロが呟く。
そう、この展開は戦術予報士の予測通り――――。
『なら、狙うとしようか――――行くぜ、ハロ! セレネ! ガンダムデュナメスと、ロックオン・ストラトスの初陣だ――――目標を狙い撃つ!』
通信を聞きながら、操縦桿を握りなおす。
巨大な岩石が並ぶ荒野の一角、そこには純白の装甲のモビルスーツが両肩に大きな外套のようなモスグリーンのシールドを装備し、巨大な岩の一つに狙撃銃を固定するような体勢で空を見上げていた。
本来は完成するはずではなかったガンダム。装備換装型万能支援モビルスーツ、GN-001Xガンダムアイシス。
『了解です。エクシアの援護を行います――――ガンナーアイシス、セレネ・ヘイズ。目標を無力化します―――…!』
その最大の特徴である特殊兵装、装備の換装によりあらゆる状況で他のガンダムを支援するGNパック。そのガンナーセットを装備したガンナーアイシスは、狙撃特化のロックオン・ストラトスとガンダムデュナメスには及ばないにせよ、この場において十二分な狙撃能力を発揮する―――!
デュナメスの放ったビームは一撃でヘリオンの一部を吹き飛ばし、墜落させる。エクシアの攻撃の背後に回り込もうとするヘリオンの動きが見える。ロックオンの凄まじい狙撃に動揺し、注意が散漫になっている。
「―――甘い…っ!」
戦場での動揺は致命的。私は一瞬息を止め、片目を瞑る。狙撃用に用意された、そしてデュナメスに搭載されているものと同型―――というか使いまわし―――のライフル型コントローラの引き金を引いた。
やはりデュナメスからの使いまわしであるGNスナイパーライフルから発射された光線は、狙い違わずにヘリオンの翼を中ほどから吹き飛ばす。
「これ、なら――――…!」
きっと、無事に脱出できる。
安堵の息を吐きそうになり、しかしロックオンが2機目を撃墜―――しかも私以上に鮮やかに、そして同じようにコクピットは撃ち抜かずに仕留めて見せたのを見て私は顔が強張るのを感じた。
『うまく脱出しろよ……コクピットは撃ち抜いてねぇんだから』
「―――…」
聞えてきたロックオンの呟きに肩の力を抜き、私も2射目。……ロックオンは狙撃手、私はあくまで支援なのだから……そして何より、お互いに戦争根絶のために戦う仲間なのだから妙に張り合う必要なんてない。
再び片翼を撃ち抜かれたヘリオンが墜落し、その間にロックオンが2機仕留める。……く、悔しくない。悔しくないです……。
『五つ! 六つ! 七つ!』
「3つ――…4つ!」
狙撃で混乱し、こちらに注意を向けてしまったヘリオンをエクシアが流れるように連続して斬り捨てる。3分掛かったかどうかという程度の時間で、あっけなく戦闘空域に残っているヘリオンはいなくなった。
『セカンドフェイズ―――』
『―――終了だ』
……って、どうして刹那とロックオンはそんなカッコよく決めて……!?
ちょっとずるいと思います。
「……後はお願いしますね。アレルヤさん、ティエリアさん」
『ま、とりあえず面倒事になる前に予定ポイントに向かうとしますか』
『……了解』
そう、いつまでもここでボーッとしているわけにもいかない。私はGNドライヴやGN粒子の散布状況に異常が無いことを確認して狙撃体勢を解き、アイシスを浮上させた。
…………………
『―――私たちは、ソレスタルビーング。機動兵器ガンダムを有する私設武装組織です。ソレスタルビーイングの活動目的はこの世界から戦争行為を根絶することにあります。私たちは自らの利益のためには行動しません。戦争根絶という大きな目的のために立ち上がったのです。
ただいまをもって全ての人類に宣言します。領土、宗教、エネルギー……どのような理由であっても、私たちは全ての戦争行為に対して武力による介入を開始します。戦争を幇助する国、組織、企業なども我々の武力介入の対象となります。
私たちは、ソレスタルビーング―――――…」
ソレスタルビーイングによるビデオメッセージ。サードフェイズ、人類革新連盟の軌道エレベーター『天柱』で起こったテロを未然に防いだ団体を名乗って(というか本当だが)マスコミに送りつけたそれは、無事に世界に流れていた。
そして南太平洋に浮かぶ孤島、身の隠し場所として指定された場所の一つで、私と刹那、ロックオンは携帯端末でこの放送を見ていた。
(……ティエリアさんとアレルヤさん、スメラギさんたちも見ているのかな)
私たちは何となく3人でそれを眺めていたのだが、ロックオンは携帯端末を閉じて放送を見るのを止めた。……まぁ、もう今までに飽きるほど見ましたからね。
「始めちまったぞ……ああ、始めちまった」
ロックオンが自分に言い聞かせるように呟いて、何か苦々しげな顔をしている。……刹那も何か思うところがあるのか、ロックオンの様子には気づいていない。
私はそんなロックオンを眺めながら小さく呟く。
「とりあえず、世界が平和になるまで十分なチョコレートはおあずけでしょうか……」
「……ったく、本当に相変わらずだな。俺がバカみたいじゃねぇか」
ロックオンは僅かに微笑むと、私の方に手を伸ばして―――って、どうして頭を撫でるのですか…っ!? あと、チョコレートは命の燃料ですから!
「……こ、子ども扱いしないでください!」
「っと、悪い悪い。チョコレートくらい買ってやるよ。それくらいの時間ならあるだろ?」
「…………」
刹那が、なんとも言えない表情でこちらを見ている。……な、なんだか「お前たちは何をしてるんだ」みたいな表情に見えますね……。
ロックオンはそんな刹那に苦笑いすると、呟く。
「分かってるさ、刹那。俺たちは世界に喧嘩を売ったんだ」
「………ああ」
刹那は待機させてあるエクシアを見上げる。
……刹那は、ガンダムにどんな想いを抱いているのだろう? 単に愛着というだけではない何か。そう、憧憬のようなものがその瞳に宿っているのを感じながら、私もアイシスを見上げた。
――――…ガンダム。私のガンダム。
刹那もそうであるかもしれないように、私も……。
信じ、託し、そして希望を抱くもの。
そして、大切な絆だから………。
「――――俺たちは、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」
(………きっと、世界を変えてみせる――――)
GN-001X ガンダムアイシス
プトレマイオスチーム、5機目の太陽炉搭載型ガンダム。太陽炉の改良実験のために使用されていたものをヴェーダからの指示により改修、計画に組み込まれることとなった純白のガンダム。最大の特徴は換装により様々な状況に対応する特殊兵装『GNパック』であるが、時間が無かったために他のガンダムの装備を流用しているものが多い。各GNパックには大型のGNコンデンサーが搭載されており、パックの換装によりGN粒子の一時的な枯渇すら気にせずに大火力を投入できる……はずである。また、GNパックにはハロと同様のAIが搭載されているので無人で射出し、性能上は戦闘中であってもドッキングによる換装が可能だとされる。
なおフレームがガンダムエクシアの使いまわしであり、型番がほぼ同じなのもそのため。ただ、通常時の装甲はGNパックの装着のために簡素なものとなっている。
武装
・ GNビームサーベル:他のガンダムにも搭載されているいたって普通のもの。
・ GNビームライフル:高出力ライフル。銃口部分からサーベルを発生させることもできる。
ガンナーアイシス
デュナメスの狙撃銃と照準補助用パーツを中心とする、狙撃に対応したガンナーパックを装備したアイシス。セレネの「ハロは無くしそうで怖い」という考えの下ハロは搭載されていないが、ライフル型コントローラーは搭載されている。また、ヴァーチェのGNキャノンを腕に装備したり、キュリオスのGNビームサブマシンガンを装備することもある。また、デュナメス用に造っていたGNフルシールドがロックオンの配慮により先にこちらに実装されている。シールド制御は搭載AIにより行われる。
装備
・ GNスナイパーライフル:デュナメスの長銃身狙撃ライフル。
・ GNビームピストル:射程はあまりない牽制用の武器。ふくらはぎのホルスターに装備される。
・ GNミサイル:腰部フロントアーマーと両脚に装備される。
・ GNフルシールド:デュナメスのものと同じ両肩に装備する外套型シールド。