吸血鬼の執事は魔眼持ち。 作: 空乃
──事の発端は今から三ヵ月前、お嬢様が全員を率いて紅魔館をこの霧の湖に構えた事。
そして、それから少したったある日の事だった。
空間の裂け目から上半身を乗り出す妖艶な女性。名は確か《八雲 紫》と言ったか、そいつが紅魔館へいきなり姿を表し、この幻想郷で《異変》を起こしてほしいと頼み込んできたことから始まった。
「お嬢様、何故お引き受けになられたのですか?」
何となく、主人の奇行に違和感を感じた俺は紅茶を注ぎながら質問していた。普段ならその手の面倒事はきっぱりと断り、一切興味を示さないはずなのだが。
今日のお嬢様はやけにノリ気であり、毎日見ている俺の目からして張り切っているようにも見えた。
「吸血鬼の実力を幻想郷に示す、コレを行うには一番手っ取り早い方法なのよ。さーて今回の件、パチェに相談してこようかしら?」
「はい、パチュリー様ならお嬢様に知恵をお貸し頂けるでしょう」
なるほど……あの女狐に乗せられたのか。
俺には分かる。異変を起こしたところでお嬢様達は負ける、俺を含めた全員がだ。そういうシナリオなんだろう、あの紫というヤツはこの幻想郷における抑止力の力を見せつけようとしているのだろう……とここまで推測は出来る。
だが、この白い紙は一体何なのだ……。紫との会談が終わった後、数十枚程重ねるように置かれた長細い白紙の札。
「……コレは?」
「あぁ、それは【スペルカード】というもの。この幻想郷では、あらゆる荒事をスペルカードルールによって決着が付くようにしているらしいの。それで私達のところにも来たってことね、作り方は簡単よ技を念じるだけ」
「へぇ……興味深いですね」
試しに一枚を手に取る。
念じる……と言ったが具体的には脳内でイメージすれば出来るのだろう。懐から愛用のナイフを手に取り、脳内で長年の反復的使用経験で染み付いた【暗殺術】をイメージする。
「出来たらソレをかざすと発動するらしいわ」
焼き付いたように紙には七人に分身した俺の姿、そして七つの赤色に輝く残光が煌めくイラスト。そして上部にはこのスペルカードの名称、──赤符【陽炎】。
ソレをかざすと自動的に身体が動き、イメージどうりの暗殺術を放つ。
「あら、少し派手になってない? せっかくの暗殺術もコレではねぇ……」
確かに……凄いのは認めるが、いくら何でも光が派手すぎだ。何を目的にこんな……。
「そういえば、美しさもスペルカードルールの魅力って言ってたっけ?」
「……戦いに美しさですか?」
そこが違うのだ。アイツにとっては戦いとは遊びに過ぎないのかもしれない、でも俺にとって戦いとは命の取り合い。相手の身体にナイフを突き立て、抉りとる……それだけだ。
その為に俺は暗殺術を学んだ、生き残る為に。
「白夜、瞳孔……開いてるわよ?」
「あっ……すみません、お嬢様」
すぐに目を覆い隠す。人とは違うこの目は深紅色の魔眼、ただの人間が長時間見れば発狂する程、それは吸血鬼のお嬢様も例外では無い。
それでも俺を傍に置いてくれる。俺はこの方に普通の生活を貰った、それだけで仕える理由は充分だった。
「別にいいわ、貴方の目……綺麗だし」
「……ありがとうございます」
俺の目を褒めて貰った。素直に嬉しい、だから俺もお嬢様が好きな深紅色の瞳を好きになろうとしていた。
と、丁度その時だった。メイド長の十六夜 咲夜が扉をノックし、俺に耳打ちをする。
「白夜さん、八雲紫が……」
と言いかけた瞬間、俺は魔眼で咲夜の思考を抜き取った。
「分かった、ありがとうございます咲夜さん。 お嬢様、私はこれから少し私用があります故、これにて失礼させていただきます。 後は咲夜が仕事を継ぎますので、では」
俺は咲夜さんに仕事をバトンタッチし、素早く目的の場所へ向かう。
紅魔館の扉を開けると、少し湿った風が俺の髪を揺らす。久しぶりに見た太陽、それはもう山の影へ隠れようとしており、オレンジ色の陽光を俺に向ける。
俺は再度、目的地の場所を確認する。
八雲紫との会談の後、俺は咲夜さんに後を着かせていた。妖力反応を追跡し、消えた場所にヤツの手がかりとなるものがある……俺はそう確信していた。
案の定、何かあり気な場所で反応が消えた。これはビンゴと言っても良い、上出来だ咲夜さん……後でデザートでも買って帰ろうか。
「さてと、目指すは【無縁塚】……か」
暗殺術でどうやって弾幕張るんですかねぇ?