ミ「うぅ~…!なんか緊張するよぉ~…!」
あかねの策謀とウォーロックの愚直さの所為で、居心地の悪さを感じたスバルとミソラの2人は、足早に家を出て数分、コダマ中学校の校門前まで来ていた。
ス「ところで…その格好はどうにかならなかったの…?」
ミ「なんで?」
ミソラの緊張など何処吹く風。
スバルの関心は、緊張よりもまず、ミソラの格好だった。
制服のセーラー服に、レンズの大きなサングラスと深く被った野球帽…
それはスケバンの様な出で立ちで、ミソラに言わせれば立派な変装らしいが、家からここまでどれだけの通行人が怪奇な目を向けた事か。
人目に慣れてるミソラはまるで気にしていなかったようだが、スバルはその視線の違和感に心が休まらなかった。
彼女の存在を知られれば騒ぎにもなるし、変装に関しては同意だが、他に方法はなかったものか。
ミ「みんなダンボールに荷物詰めちゃったからさぁ、こんなのしか無かったんだけど…似合わないかなぁ?」
ス「うん。浮きまくりです」
ミ「ええぇ~!そんな事ないでしょぉ~!?」
ふくれっ面して抗議にでるミソラ。
だが同時に、周りの視線にも気付いたようで、これ以上食い下がる事はなかったが、納得いかない様子だ。
ミ「わたし可愛くないかなぁ…」
ス「いや、番を張りたければいいんじゃないかな…」
ミ「どういう意味―…?」
ある意味では女番長と呼べなくもないが、少なからず登校初日の女の子がする格好ではない。
オシャレには疎いスバルだが、ミソラと変装について闘論していると、玄関口から聞き捨てならなき言葉が耳を付く。
「おい、聞いたか?響ミソラがこの学校に来るんだってよ…!」
「B組にいるんでしょ…!?」
「これはお近付きになるチャンスだぞ…」
「オレ…本人を前にしたら…思わず告っちゃいそうだッ…!!」
「ミソラちゃんの制服姿を拝めるなんて…最高だぁッ!!」
発信源が何処からなのか不明だが、ミソラの在学が洩れてしまったようだ。
もう既に、学校中がミソラの話題で持ちきりだ。
ミ「おかしいなぁ~…校長先生には口止めしといた筈なんだけど…」
つまり、この状況を作った犯人は校長先生以外の誰かとなるが訳だが、そうなるとミソラから直接話を聞いた、スバル、ルナ、ゴン太、キザマロの4人となる―――
ス「ボクは誰にも話してないけど…」
ミ「うん。スバル君の事は勘定に入れてないから大丈夫」
となると、スバルを除いた3人に絞られる。
ミソラは既に、おおよそ検討はついているが、友達を疑う様で気が引けるし、遅かれ早かれこのような事態は起きていたのだ。
ここは変装もしているし、気にせずに教室まで行きたいところ。
ミ「ま、いっか!行こ?」
ス「え…?うん…」
(ちょっと軽くない…?)
気を取り直して2人は廊下を渡る。
だが、数歩進んだところで、一つの何気ない会話を聞き及ぶ。
「この情報はだれ発信だ?」
「あ?確か1年の…牛…牛なんたら…太郎?」
ス・ミ「………―――――
―――教室―――
そう、これはルナとゴン太にキザマロ、そしてジャックの何でもない雑談から始まった。
キ「最近、ミソラちゃんのライブ情報が入ってきませんね…」
ゴ「寂しいよなぁ―…」
近頃、ドラマやバラエティ等で音楽活動が疎かになりつつあるミソラ。
生粋の追っかけで、ミソラのファンクラブにも当然加入している程に熱を持ったゴン太とキザマロの2人は、人生における大きな楽しみの一つであるライブが行われない現実に、落胆の表情を隠せずにいる。
ハンターVGを操作し、ミソラの過去の記事や写真等を、
過去を偲ぶ老人の様に見返す。
ゴ「お!デビュー当時の写真だぜ!カワイイなぁ~ミソラちゃん…!」
ジ「響ミソラ…響ミソラ?誰だっけ?聞き覚えあんな…」
キ「―――ッ!?」
心臓を抉る驚きに目を見開いてジャックを睨むキザマロ。
キ「ミ…ミソラちゃんを…知らない―――だと…!?」
かつてジャックは、スバル達と行動を共にした際に、何度か響ミソラと出会った事がある。
そして、キザマロ含めスバル達もそれを知っている。
なのにあろう事か、ミソラを認知していないジャックに血管が浮き出るキザマロ。
ジャックは普段、TVのない生活を送っているので、目にする機会が少ないだけに忘れてしまうのも無理はないのかもしれない。
だが、キザマロにとっては、とても看過出来る事ではない。
ステージや警備員、流行に敏感なだけの群がるいい加減なファン共を挟んだ距離で見た訳ではない。
TV画面越しでもなければ、撮影現場を遠くから覗いて見る距離でもない。
友達関係の距離感で、白い透き通る肌に太陽の様な満面の笑み。
心を落ち着く甘い香りに、心地よい優しい声を直に聞いて、どうして響ミソラを忘れられようか。
しかも、水着姿まで拝んでおいて。
(そうか。ホモだからか。ホモだからなのか)
キ「ホモには分からないでしょうね。ミソラちゃんの良さは」
キザマロは溶岩の様に熱く滾るミソラへの想いを、貶された気分に駆られる。
彼は刺のある口調でジャックに吐き捨てる。
ホモ疑惑の再来に、慌てて否定するジャック。
ジ「ホ…!?ホ、ホモじゃねぇって言ってんだろッ!このチビ!」
キ「な…何をぉぉ~…!?」
キザマロに対しての禁句を軽々と吐いて捨てたジャック。
ショックで狼狽えながらも、売られた喧嘩を買おうと身を乗り出す。
しかし、
ル「止しなさいアンタ達!」
キ「ッ―――!!」
ル「見っともないわね…ミソラちゃんで喧嘩するんじゃないわよ!」
再びルナによって遮られる事となる。
紛争の調停者の様な神々しい仁王立ちに、言葉を呑む彼等。
静まった空気に耐え切れなくなったゴン太は、場を取り繕うとして明るい話題を振る。
ゴ「そういやぁよ、ミソラちゃんは何日学校に来るんだ?早く会いてぇよな~!これから毎日会えるなんて夢のようだぜ!」
ル「ゴ、ゴン太!!」
ルナは「しまったと」と頭を抱える。
ミソラの在学が露見すれば、学校中が騒ぎ出すのは考えるまでもない。
だが、そこまで考えが及ばないゴン太の頭脳に対して、警戒を怠ってしまった事にルナは責任を感じる。
彼の台詞で静まり返る教室はまるで、ミソラの彼女等に対する失った信用を表しているようだった。
だが、学校中を混乱の渦に陥れたとして呆然とするルナの心とは裏腹に、クラス中が笑いだしゴン太を馬鹿にしだす。
「ないない!なんで響ミソラがこの学校通うんだよ!?」
「アイツ頭湧いてんだろ?」
クラス中がゴン太を嘲笑う。
真面に考えてトップアイドルが、窓ガラスに何も無い、ただただ普通の公立校に来る理由はない。
馬鹿にされるゴン太を無視してホッと安堵するルナ。
だがミソラから直接聞いたゴン太とって、真面な考えどうこう以前に、それだけが事実。
彼は自分の名誉の為に反論する。
ゴ「オレが嘘言ってるって言うのかよ!」
ゴン太とクラス中が火花を散らす中、ポツンと呟くジャック。
ジ「クラス名簿見りゃ分かんじゃねぇか?」
彼の一言でハッと冷静を取り戻した彼等は、一時休戦してゴン太の発言の正否を確認すべく、ジャックとゴン太、そして一部の男子はクラス名簿を持つクインティアの下へ向かう。
職員室の戸を開けると、ディスクに向かい、ピアノを弾く様な軽快なリズムでキーボードを叩き、書類を作成していくクインティアの姿があった。
険しい表情で仕事を進めるクインティアに、若干怖気づいている男子一同。
誰が声を掛けるか、みんなが小声で押し付けあっていると、クインティアの弟ジャックが一歩を踏み出す。
ジ「なぁ姉ちゃん」
忙しなく動く手を止め、自分を呼ぶ声の方へ振り向くクインティア。
ひたすら無言で、とても不機嫌な表情をしているクインティアに、ジャックの背に隠れて物怖じするゴン太達。
構わず用件を伝えるジャックの肝の据わりように、一同は頼もしさを覚える。
ジ「クラス名簿見せてくれよ?」
ク「何故…?」
ジ「な、何故?それは…」
理由はもちろん、響ミソラの名前があるか確認する為だ。
それを素直に告げようとする。
が、瞬間に過ぎる。
たかだか1人の名前を確認するただそれだけの為に、仕事を遮ってただで済むとは思えない。
クインティアが下す罰の恐ろしさは、その身がよく知っている。
ジャックは脳を全力で動かし、慌てて相応の理由を模索するが、クインティアの逸れない視線に急かされる。
ジ「あ―…み、みんなの名前を早く覚えたくてよ!」
ク「意外ね…他人に興味があるの…?」
ジ「あ…ッ??!」
咄嗟に吐いた嘘に無理を感じるジャック。
それを証拠に、クインティアも不信感を持った様に突っ込んできている。
今迄、他人に興味を持った事もない自分が、名前を覚えたい等よく言えたものだ。
だがここで、付いた嘘を嘘で上塗りしては、更に疑われるの自明だ。
ジャックは罰を覚悟して、嘘を貫く。
ジ「ま、まぁな…」
ク「……そう」
クインティアは軽く微笑むとクラス名簿を手渡す。
ジ「―――あり…?」
(貰えた…なんでだ?マジでか…!?)
巣立つ雛鳥の様に、弟が自分の下から離れ成長していく姿に、少しの寂しさと、何よりの喜びに満ちる。
ただ、それが勘違いであるのが残念な所だが。
ジャックはクラス名簿を受け取ると、ゴン太達が一斉にそれを剥ぎ取って、血眼になってミソラの名前を探す。
そして、期待通りの結果を目にした男達は、職員室で甲高い声をあげる。
「「マジかよォォォオオォオッ!!?―――――
―――して、現在に至る。
ミ「やっぱり…ゴン太君かぁ…フ…フフッ…ンフフフッ―――!!」
ス「ミ、ミソラさん…?」
突然不気味に笑いだすミソラ。
チャームポイントの太陽の様な笑顔から一変して、妖しく狂った様に笑う彼女に、スケバンの様な格好も相俟って恐れを抱くスバルは後ずさり距離を取る。
ミ「いずれはバレてたさ…でも…もっと…!計画的に行きたかったに…!ゴン太君のバカァァアアアア!!」