流星の標   作:-eto-

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第6話

 大きな大きな窓から、燦々と照りつける太陽が清々しい朝。

 雲ひとつない大らかな青空の下、春風に揺蕩う木々の囁き声がリズムを刻む。

 一季の訪れを祝い、小鳥の合唱団はこのリズムに詩を乗せて唄う。

 心を惹き付けられる凛々しくも儚い音色の中、大きく音程を外した、煩わしい歌声が響く。

 

 ウ『ゥオオオォオオォォォオォゥッ!!ohoh!Yeah!WOWWOW!!♪』

 

 この不快感極まりない歌声を披露したのはウォーロックだった。

 ジャ〇アンが如き野太く疎かな声は、家の中はもちろん屋外にもその雑音が響き渡り、心を持った生物は皆一様、一目散に逃げ出す。

 スバルを除いては。

 

 ス「…」

 

 ウ『YO!YO!スバルYO!?起きなきゃ怒るぜ!?バッキャYAロー!!♪』

 

 ス「…ズビィーッ!……」

 

 ウ『HEY!YO!鼻を咬むなら飯を噛め!起きろYO!Meeeen!♪』

 

 ス「………」

 

 ウォーロックの下手くそな怒涛のラップを耳にして、微動だにせずに未だ眠り続けるスバル。

 どうやらスバルの目覚まし時計と自負して、この恥ずかしい歌唱力を披露しているらしい。

 ウォーロックは更なる高みを目指し、より一層声高らかに唄う。

 その表情は思いのほか爽やかなのだが、スバルは未だ寝息を立てている。

 それでも、努力を続ける事10分―――。

 スバルの眠りは驚く事に深くなっていた。

 奮闘虚しく、こう相手にされないと込み上げるものがあるようで、額には血管が浮び上がっている。

 

 ウ『コぅラアアアァァアッ!!いい加減起きやがれェエェェェ!!』

 

 ミ「ん~起きないねぇ~スバル君…」

 

 ウ『全くよう!ミソラからもなんか言ってや――…』

 

 気が立っているからだろうか、スバルとウォーロックしかいないこの部屋で、聞こえる筈のないミソラの声がしたような。

 誰も相手にしてくれない環境で、無意識に返してくれる人を創り上げてしまったのだろうか。

 だがそれが、よりにもよってミソラだとは、我ながら情けなくなるウォーロック。

 ウォーロックは肩を落とし、人間の真似をして流れない汗を拭く。

 

 ミ「大丈夫?起こすの疲れちゃったかなぁ?」

 

 また幻聴が聞こえる。

 ウォーロックは声が聞こえた方を見ると、瞳の奥にニコニコと満面の笑みでこちらを覗き見るミソラの顔が映る。

 

 ウ『Why!?

 

 音も無く現れたミソラとハープに度肝を抜かたウォーロックは、ひっくり返ってベッドから落下して後頭部を打ち付ける。。

 

 ミ「大丈夫…?」

 

 ハ『音痴とか?』

 

 ミソラの心配に被せて、蔑んだ言葉を掛けるハープ。

 音痴と言われ、ウォーロックは透かさず反論する。

 実はウォーロック、結構歌唱力に自信を持っていただけにハープの一言が堪えたようで、動揺を必死に隠そうとする。

 

 ウ『お、音痴だと!?そりゃ…アレだぞ!スバルを起こすために敢えて下手に歌ってたんだぞ…!ありゃあホントの実力じゃねぇんだぞ…!!わかったか…!!』

 

 ハ『ふ―ん…?』

 

 ベッドの上にいるハープを下から見上げ、身振り手振りに強がるウォーロックの姿は最早、負け犬の遠吠えにしか聞こえないし、哀れでならない。

 相手は世間様に歌唱力を評価されているミソラのウィザードで弦楽器の琴の姿までしていて、下手な筈もない。

 そんな彼女に音痴と言われたのだ。

 死ぬまで、ズタズタのプライドを引きずって生きるしかない。

 ウォーロックは部屋の隅で、膝を抱える。

 可哀想なウォーロックに代わって、ミソラはスバル起こしの任を引き継ぐ。

 

 ミ「起きろぉ~スバル君~」

 

 当然、眠り続けるスバル。

 呼びかけた程度で起きるのなら、ウォーロックの歌で目が覚めている筈だ。

 

 ミ「お~い?ん―…とりゃ!」

 

 ミソラは実力行使でスバルの上に跨ると、胸をトントン叩き始める。

 ハープは真意を理解出来ずに目を丸くする。

 ウォーロックの世界一不快な目覚まし音も効果が無かったスバルに、果たして叩くだけの行為に意味があるのだろうか。

 

 ス「んん―…?」

 

 ミ「お?」

 

 腹部に伸し掛る重量に、心臓に圧迫する衝撃などの原因が重なった結果、微かに声が溢れるスバル。

 意図した行動かは分からないが、ミソラは期待を募らせてスバルの顔を覗き込み、まじまじと見る。

 そして、これがまた計算された動きなのかは分からないが、スバルを起こす決定打となる。

 

 ミ「起きたかなぁ~?」

 

 ス「―――ん~…あ…?」

 

 何かが鼻を掠め、普段嗅ぐことのない甘い香りが鼻腔を刺激する。

 同時に、鼓膜を刺激する黄色い声。

 身体に感じる重圧に、小刻みに吹き付ける温かな感触、

 徐々に取り戻す五感が異常を訴える。

 スバルは瞼を持ち上げ、靄を払うように目を擦る。

 朝1番に目にしたものは視界一杯に覆われたミソラの顔だった。

 

 ス「な…何やってるの…!?///」

 

 ミ「…え?」

 

 ミソラは今の状況を整理する。

 スバルを起こすために直情的に行動していたが、寝ていた異性の上に跨り、顔を寄せている所を見るに―――夜這いと勘違いされかねない。

 スバルの母、あかねに見られる事は避けられたが、スバルには痴女と思われているであろう事は自明だ。

 

 ミ「ご、ごめんなさい…///」

 

 ミソラは火照る顔を隠すようにスバルの部屋を出て、足早に1階のリビングへ向かう。

 スバルは紅潮した顔で呆然と、ミソラが部屋を出るまでその背中を目で追った。

 そして、後をつけるハープが部屋を抜けて、追うもののなくなった瞳はそのまま扉を見つめ続けた。

 頭が重く、思考が働かない。

 だが、ウォーロックの呟いた一言でミソラの行動を理解したスバルだった。

 が、ウォーロックの気持ちを理解する事はなかった

 

 ウ『何であんなんで起きるんだ…?オレの努力って一体…』

 

 ウォーロックが2年に渡って築き上げた、唯一スバルにでかい顔が出来る天職が、たったの1日で取って代わられた事に唖然として、ゾンビの様に部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 支度を終えたスバルは1階リビングの戸を開ける。

 

 ウ『ウォォォォっ!!オレはもうダメだ…!』

 

 あ「あらあら、大丈夫ロック君?」

 

 ウ『おふくろ~~ッ!!』

 

 あかねの胸に飛び込んで、泣き喚くウォーロックの姿があった。

 ガサツで、戦闘狂で、しかも『誰の指図も受けねぇ』と、一匹狼のウォーロックが、あろう事かあかねの胸囲に手を回し号泣している姿に、若干の引きとギャップに対する微笑が襲う。

 

 ス「ど、どしたの…?」

 

 ウ『オマエのせいじゃァァァッ!!

 

 崩れ切った顔で、腹一杯の怒りをスバルにブチ撒ける。

 スバルは意味も分からず、そして分かろうともせず、朝食をご馳走になっているミソラの隣に腰を下ろして朝食にありつく。

 

 あ「もうスバルったら!ロック君のカッコイイ歌聴いてなかったの!?」

 

 ウ『おふくろ…!!!』

 

 あかねの台詞に首を傾げるハープを余所に、当のウォーロックはあかねの一言に感銘を受ける。

 切り刻まれ、磨り減った自信が滾り、大空を舞うようだ。

 

 ス「歌?あ――…そう言えば、なんか雑音が聴こえてたような…」

 

 そしてスバルの一言で、自信が地面へ一直線に落下し砕け散る。

 拾い集めるのが不可能な程粉々に―――

 ウォーロックはあかねの胸に顔を埋めて、再び泣き叫ぶ。

 あかねは赤ん坊をあやす様に頭を撫でてウォーロックを慰める。

 

 あ「大丈夫よロック君!今度は私がスバルを追い詰めてあげるわ!」

 

 あかねは、ウォーロックの無念を胸に秘め、話題を180度急転換する。

 その瞳は燃え盛る炎を灯している。

 スバルはこの目を知っている。

 そう、とても良く知っているのだ。

 あの目は、この状況を面白がっている目。

 

 あ「ねぇスバル?アンタ、ミソラとどこまで行ったの?」

 

 ス「ブゥッ―――!!」

 

 質問が直球過ぎて味噌汁を吹き出すスバル。

 普通は本題の前に世間話の一つでも噛ましそうなものだが、あかねは普通ではない。

 彼女は決して隙を与えないのだ。

 唐突に、そして、確実に、相手が構える隙を与えること無く懐へ踏み込んでくる。

 これがあかねの油断ならない所以である。

 そして、

 

 ス「はぁッ!?///」

 

 ミ「み、見てたんですか…!?///」

 

 曖昧な表現で質問する事で、相手は意味や真意を模索しようとする。

 やましい事がある人ほど叩けば埃が出るもので、スバルとミソラの両名は先程のやり取りか頭を過ぎり、あかねの質問の意味を読み違えてボロボロと埃がこぼれ落ちる。

 

 あ「…見てた?」

 

 これを見過ごす人はいないだろう。

 あかねなら尚更だ。

 だが、あかねは敢えてアプローチを変える。

 

 あ「ねぇねぇミソラ?スバルとはどんな関係?」

 

 ミソラは口に含んだ物を喉に詰まらせて噎せる。

 スバルを追い詰める筈なのに、自分に話題を振って来た事に驚いたのだ。

 だがそれも、恋愛関係の話題に目がない女性の特徴を突いて、ミソラを篭絡する算段だ。

 そして口を滑らした所で、質問を明確にして答えやすくする。

 

 ミ「ど、どんな!?それは…そのぉ~///」

 

 ミソラはスバルを横目でチラチラ伺う。

 

 ス「な、何…!?」

 

 この僅かなやり取りで、全てを悟ったと言わんばかりに、あかねは項垂れた。

 

 あ「あ゙あ゙~!スバルがそんなんじゃ関係が進む事なんてないか…ね?」

 

 あかねの言葉に共感するしたミソラは、キツツキの様に何度も小刻みに頷く。

 その俗耳に入り易い態度は、完全にあかねの術中に嵌り、剰えあかねを味方と捉えたようだ。

 今なら何でも口にしそうな勢いが出来上がった。

 

 あ「で、見てたって何…!?」

 

 ミ「え…!?///」

 

 速やかに大本命へと話題を向けるあかね。

 ミソラは目を回し、頭を抱える。

 あの出来事を言ってしまう訳にはいかないが、他にどう返したらいいのか分からずに混乱を極める。

 

 あ「キスでもした?」

 

 ス・ミ「―――ッ■◆●※;○Д!?///」

 

 初々しい2人はキスの一言で茹で蛸のようだ。

 あかねの回答は外れているし、2人共まだファーストキスを捧げた事はないのだが、その言葉が放つ衝撃は、呼吸を困難にさせる程の力があった。

 胸に手を当て、全神経を集中させて呼吸を整える2人。

 2人の過剰な反応に、あかねと、話を黙って聞いていたハープは大笑いする。

 すると、ウォーロックが口を開く。

 

 ウ『そうか!ミソラの奴、キスで起こしやがったのか…!』

 

「『―――へ?』」

 

 王子様のキスで目覚める―――ではないが、何処かで耳にしたのか、童話でも読んだのか、それは定かではないが、勘違いしたウォーロックの軽率な発言で時間が止まったように場が静まりかえる。

 爆笑していたあかねは口を開いたまま静止し、一部始終を見ていたハープは、頭上に?マークが次々浮び上がって止め処無い。

 眠っていたスバルは、唇の安否が分からず仕舞いで、勘違いの原因を作ってしまったミソラは、恥ずかしさで卒倒している。

 今のミソラに目覚めのキスでもしたなら、童話と違ってそのまま昇天してしまいそうだ。

 朝から、あかねの恐ろしさと、ウォーロックの中途半端な知識からくる愚直さを目の当たりにしたミソラだった――――

 

 

 

 

 

 


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