東方嫉妬姫   作:桔梗楓

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碧の親友の話、過去、そして碧からの手紙の話になります。
今回かなり長めに書きました。
人によっては退屈に感じるかもしれませんが、重要な話になりますので良ければ読んでください。


06話 それぞれの道

碧が居なくなって二ヶ月…。

 

あれから俺は、周りの全てを憎んだ。

 

碧の事を覚えていない奴等、そんな人は存在していないという事実、そして、本当に存在したのか疑った自分自身を。

 

部活はもちろん、大学も辞め、今ではその辺のゴロツキと変わらないような事をしている。

 

こんな俺を、碧が見たら笑うだろうな…。でも、その碧はもう居ない。大切な親友は…もう。

 

俺が碧と出会ったのは、入試の時だった。

 

所属校組が仲良さそうに話している中、俺の隣に窓の外を見ている、他校の制服を着た人が居た。

 

俺も県外からの入試だったので、多少緊張と寂しさもあったので、そいつに話しかけてみた。

 

そいつは隣の県の出身で、此処の学科の雰囲気が気に入ったから受けに来たという。

 

まぁかく言う俺は、あまり頭が良くなかったので、自分を鍛えなおす為に、そして新しい出会いを求めて県外まで来たのだが…。

 

話してみると、この大神というやつは中々良いやつで、色々と馬が合った。

 

そして、面接ギリギリまで話をして、合格したらまた会おうと約束をした。

 

季節は流れ、無事に合格して入学した俺は、まず初めに大神を探した。

 

すると大神も合格していたみたいで、なんとゼミまで一緒という二重の意味で嬉しい出来事だったのを覚えている。

 

向こうも、俺の事を覚えていたみたいで、”これからよろしく”と言ってくれた。

 

俺は、学生寮に入ったのだが大神はアパートで独り暮らしをしているみたいで少し羨ましかった。

 

顔見知り、同じゼミという事もあってか、講義も同じ物を履修した。

 

でも、頭の良くなかった俺は直ぐに挫折した…。体を動かすことは得意なんだがやはりこういった知識関係は苦手だ…。

 

そんな俺に、大神は分かりやすく勉強を教えてくれたり、飯を奢ってくれたりした。あいつが居なかったら俺は直ぐに退学していたかもしれない。

 

いつしか、俺は碧と名前で呼ぶようになり、向こうは俺の事を茜ちゃんと愛称を付けて呼んでくれた(少々恥ずかしかったが…)

 

そんな中にもう一人、井上という女が話しかけてくるようになった。

 

井上はとにかく頭が良く、入試をトップの成績で合格した才女らしい…まぁ見た目は単なるギャルなのだが。

 

俺としてはギャルはあまり得意ではなかったので、少々話ずらかったが、碧の取り成しと井上の性格のお陰で直ぐに仲良くなれた。

 

ある程度生活が落ち着いた頃、兼ねてから興味のあった陸上部に入った。

 

この大学は運動の名門でもあり、元々陸上をしていた俺は直ぐにエースになれた。

 

名門の…しかも一年でエースになれた俺は、一躍注目の選手となった。

 

名前が売れれば、周りに集まる人も増える、最初は歯牙にもかけられていなかった俺も連日のように告白されるようになった。

 

しかし、そんなやつらは一目で欲望に塗れているのが分かったので、俺は即座に断るという選択をした。

 

すこしでも、俺と近づきになりたいという連中が来る中、碧と祥華だけは、いつもと変わらない態度で接してくれた。

 

俺はそんな三人で過ごす時間が大好きだった。

 

一時期、俺と祥華が付き合っているのではと噂されたが、こっちにその気は無く、祥華にも想い人がいるのを俺は知っていた。

 

そんな時、珍しく碧から相談が持ちかけられた。なんでも、告白されたのだけれどどうしたらいいのか?だ。

 

普段は眼鏡と長い髪で顔を隠しているが、碧は中性的な顔で、実際隠していなければかなりモテていただろう。

 

聞いてみると、偶々眼鏡を取って、髪をかき上げた時に顔を見られてしまったらしく、そのまま一目ぼれされたそうな…。

 

交友関係の狭い碧には丁度いい機会だと思い、俺は交際を勧めた…でも、それは間違いだったんだ…。

 

彼女という存在が出来た碧は中々俺達との時間が取れず、会うと気まずそうに謝ってくる。

 

こっちは、碧が幸せならそれで良かったんだが…正直あんな顔はさせたくなかった。

 

碧という繋ぎが無くなった俺と祥華も自然と会話は少なくなった。

 

そんなとき、碧から話があると言われた。

 

祥華と二人で聞いてみると、彼女から別れてくれと言われたそうだ。

 

余り聞きたくなかったが、理由を聞いてみると…。

 

”あなたは優しすぎて面白くない。顔目が好みだったから付き合ったけど、やっぱり私には釣り合わなかった”

 

との事だった。…正直聞いていて胸糞悪くなった。自分から押し迫ったくせに、何て自分勝手な!

 

隣で聞いていた祥華も同様だったようで珍しく怒りを露わにしていた。

 

優しすぎて面白くない。マンガやドラマでも聞く言葉だが、優しい事の何が悪い?こうして救われた人間が少なくともこの場に二人は居るのに。

 

それから、暫く元気の無い碧を俺達は二人でフォローした。なんせ親友なんだからな。

 

そうして、いつもの日常が帰ってきたと思った矢先…その事件は起こった。

 

いつも通り大学に来ると、祥華の姿はあるのに碧が居ない。

 

祥華に聞いてみたが今日はまだ見ていないとの事だった。

 

心配になった俺達は電話をしてみたが、圏外の通知が響いてくるだけ。

 

午後になっても来なかったので、俺達は講義を休み、碧のアパートに向かった。

 

チャイムを鳴らしてみたけど何の反応も無い…そこでドアを開けてみると…なんと開いたのだ…と言うことは中に居る?

 

そして、中に入った俺達が見たのは…何もない部屋…まるでそこには誰も住んで居なかったかのような空き部屋。

 

三人でのんびり過ごしたコタツも…好きな音楽を聞いていた音楽プレーヤーも、寝床に使っていたロフトにも…何も残されていなかった。

 

俺達は直ぐにそこを出て、管理している不動産屋に連絡を取った。

 

ここに住んで居た大神碧は引っ越したのか?と。

 

すると、帰ってきたのは驚愕の返事だった…”その部屋にはこの二年間…誰も住んでおりません”。

 

意味が分からなかった。俺達は確かにあの部屋で三人で過ごした。それなのに…。

 

さらなる不安になった俺達は大学にも問い合わせた。大神碧は退学したのか?と。

 

しかし、そこでも…”そのような生徒は大学にはおりません”と…。

 

俺と祥華は手当たり次第、知り合いに聞いて回った。大神碧を覚えているか?…と。しかし誰一人覚えている人は居ない。

 

極めつけは役所に確認したところ、その人物に該当する戸籍は存在しないと言われた…。

 

目の前が真っ暗になった…。

 

そうして、碧が居なくなったまま二ヶ月が過ぎた…。

 

最初はいつも通り大学に通っていたが…碧の居ない生活は灰色のそれだった。

 

祥華とも連絡を取らなくなり…ついに俺も大学を辞めて実家に帰った。

 

この先俺は、どうなるのだろう…絶望しかない今の状況に恐怖しながら日々を過ごす…。

 

そんなある日、一通の小荷物が俺宛に届けられた…誰からだ?差出人は…?!

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

あれから二ヶ月…。

 

うちは、なんも考えられんまま、酒に溺れ、現実逃避を続けてる。

 

自慢やった髪もボサボサになり、色もまばらになってる…。

 

喉もアルコール焼けして、元々綺麗な声やったのが、ハスキーボイスになってしまった。

 

でも、もういい…一番見て欲しかった人、うちの大事な人…碧はもうおらへん…。

 

うちが碧と初めて出会ったのは、入学式が終わってゼミ分けされたときやった。

 

少なくとも、これから四年間は一緒に過ごす人達…。

 

そんな中でも碧は、地味で目立たんし、お世辞にも人付き合いが得意なタイプとは言えんかった。

 

でも、最初の食事会の時…。

 

将来の為に、少しでも貯蓄をしたくて、素うどんにかき揚という低予算のセットを注文して、みんなで食べ始めた時…。

 

”そんなんじゃ健康に良くないよ?これ上げるから、良かったらどうぞ?”

 

て言いながら、うちにポテトサラダをくれたんよ。

 

まぁ、正直に言って、自分の容姿やスタイルには自信があった…高校の頃から告白も沢山されたし。

 

でも、そういった連中は全員うちの顔や身体目当てなのが丸分かりやった。

 

この人も似たような人なのかと思って、顔を見てみた…。笑顔やった。

 

ただ純粋に、うちの事を心配して、自分の食べる物をくれた。こんな笑顔できる人っておるんやな…。

 

興味の出たうちは自己紹介をして名前を聞いた。

 

大神碧…県外から来た人。

 

身長もうちとあんまり変わらんくらい低くて、見た目は眼鏡や長い髪で隠れてて地味やけど、その隙間から見えた優しい笑顔の印象的な人。

 

ゼミが同じ事もあって、よく話すようになったんよ。講義で分からん事があったら、すぐにうちに聞いて来たりした。

 

最初は大神君って呼んでたんやけど、何度か話すうちに自然と碧って呼ぶようになった。

 

だって、名字やと他人行儀やし…せっかく綺麗な名前なんやから呼んであげたいやん?

 

碧もうちの事を祥華さんって呼んでくれるようになった。呼び捨てで良いって言ったんやけど、本人が照れくさがってさん付けで妥協した。

 

そう言えば碧の隣にはいつも友達がおる。茜ヶ久保悟っていう、まぁ見た目と同じアスリートでイケメン…碧とは正反対の人やった。

 

なんでも二人は入試の時に知り合ったみたいで、それ以降仲良くしてるようや。

 

大学生活も暫くして、落ち着いた頃から、うちの所に、告白してくる男が現れてきた。

 

それこそ、同学年から先輩まで、色々な人から告白された。

 

でも、みんな高校の時と同じ、ただ自分の欲望を満たしたいだけ。

 

もしくは、うちを彼女にできればステイタスっていうような連中ばかりやった。

 

うんざりやった…大学にまで来て、こんな気分になるなんて最悪やったわ。

 

そんな連中と付き合うくらいなら、少しでもバイトをして稼いで、一人前になりたい。

 

やから、うちはひたすらバイトに専念した。もちろん勉強の方も欠かさずに頑張った。

 

そんな時、碧から声を掛けられた…”祥華さん。良かったらお昼、三人で一緒に食べない?”って。

 

一緒におった茜ヶ久保君もびっくりしていたけど、うっぷんの溜まったうちはその誘いを受ける事にしたんや。

 

相変わらず、コスパ重視のうちの注文に、碧はまた、自分のおかずをくれた。

 

それから、うちの愚痴を聞いてくれたんや。

 

”ならさ、これからは三人でお昼を食べない?そうしたら祥華さんも茜ちゃんも声を掛けられる事が少なくなるんじゃないかな?”

 

この提案には、うちも驚いたな~。向かいでハンバーグを食べてた茜ヶ久保君も驚いてむせとったし。

 

まぁ、でも、すがれる物には何とやらって言うし、その提案に乗ったんや。したら、途端に声を掛けてくる男が減ったんよ。

 

これにはうちも大助かりやった。そんで、そのまま三人でお昼を食べるって言うのがお約束になったんやけど…。

 

ある時かな?茜ちゃん(この頃には愛称呼びになっとった)が部活で忙しくて中々参加できんくなったんよ。

 

したら、途端に、声を掛けてくる男が出てきてな~。やっぱり茜ちゃんとの噂があったから声を掛けて来んかったんやな~。

 

で、食事中にも関わらず、ナンパしてきたやつがおって…「そんなダサいやつと居ないで俺と一緒に遊びに行こうぜ」なんて言ってきたんや。

 

うちはカッとなって言い返そうとしたんやけど…。

 

”食事中に無粋だよ?それと、人の彼女に何言ってんの?バカなの?発情してんなら街に行けば?”って言い返してたんよ。

 

あれはスカッとしたな~。その後、”勝手に彼女とか言ってごめんね”って謝ってくれたんやけど…。別にうちは嫌や無かったわ。

 

そんな感じで…碧の優しさに、少しずつ惹かれて行ったんやけど…。決め手はあの時かな?

 

講義が終わって、棟の屋上にあるテラスで休もうと思って行ったら、そこには碧がおったんよ。

 

でも、普段と違って、眼鏡を外して、髪は風に靡いて…その素顔がはっきりと見えたんやけど…。

 

茜ちゃんからこっそり聞いとったけど、本当に綺麗な中性的な顔。物憂い気な表情…風によって揺らめく長髪。

 

夕日の反射と相まって、その光景は一種の絵画とさえ思えるくらいに綺麗なモノやった。あの光景は一生忘れんと思う。

 

そして、そんな彼…碧に完全に惚れたんだと、自覚してしまった。

 

暫く眺めてたんやけど、こっちに気が付いた碧が、慌てて眼鏡を掛けて、髪で顔を隠しこっちにやってきた。

 

”ごめん、ここに居た事…。僕の顔の事…できれば黙っててくれると助かるんだけど…”

 

あんなに綺麗な顔をしていて何で?と思ったうちは思い切って聞いてみたんよ。したら…。

 

”昔から、この顔で虐められてね…。それ以来髪と、眼鏡で隠してるんだ…”

 

うち、思いっきり地雷踏んでもうたんやね…。でも、本当の友人なら教えて欲しかったわ。

 

やから、思い切って言ってみたんよ。

 

「なら今度、碧の家に遊びに行ってもええ?そこでちゃんと顔を見せてくれたら内緒にしとくわ」

 

今考えても、何をうちはトチ狂った事を言ったんやろうね…///

 

でも碧は何か勘違いしたみたいで…”ご飯を食べに…かな?いいよ、鍋でも用意しておくよ”って、この鈍感男め!

 

それから、三人で碧の家で鍋パーティもしたんよ。あれは楽しかったな~。

 

碧は家事が最低限しか出来んかったから、殆どの調理をうちがしたんよね(これでも料理位はできるんよ?)

 

こんな時間がずっと続けばいい…そんなある時、碧から相談が持ちかけられたんよ…。

 

茜ちゃんと二人で聞いたその内容は、うちを驚かせるには十分な内容やった。

 

”素顔を見られて、そのまま告白されたんだけど…どうしたらいいんだろう?”

 

うちは胸が張り裂けそうやった…。碧の素顔を知っとるのは茜ちゃんを除いたらうちだけ…。確かに普通の女ならあの顔を見たら声を掛けたくなる。

 

すぐさま反対しようと思った。やけど、茜ちゃんが…。

 

「付き合ってみればいいじゃん?碧の人付き合いの悪さを克服できるチャンスじゃねぇの?」って。

 

確かに付き合う=結婚するという訳や無い…。それに碧にとってプラスになるなら、それが一番の選択…。

 

そう思って、うちもその件に賛成した。本当にバカや…。自分の気持ちを伝えれば、それで良かったのに…。

 

それからは、碧は彼女との時間を大切にし、うちと茜ちゃんもそれぞれ、バイトと部活に専念していった。

 

でも碧が彼女と付き合い始めて三ヶ月くらい経ったとき…碧から別れた事を告げられたんや。

 

そして、その理由を聞いてうちは激怒した。自分から顔目当てで付き合って、面白くないからハイさよなら…ふざけんなや!

 

でも、同時に安堵もした…。あぁ…これでうちにもチャンスができた…また、楽しい時間が帰ってくるって。

 

傷心の碧を慰めるように、うちは毎日、碧の家に行って、ご飯を作ってあげた。

 

少しでも自分をアピールするために頑張った…。でも、それがいけんかったんかなぁ…。

 

ある日、碧が消えた。

 

文字通り…この世界から…その存在が消えた。

 

最初は何かの冗談やと思った。茜ちゃんもそうやったようで、友人や職員、果ては市役所まで行って確認した。

 

でも、告げられたのは…”そんな人物はこの世に存在しない”という事実…。

 

意味が分からんかった。でも実際に、うちのスマホで撮ったはずの三人の写真に、彼は映っとらんかった。

 

まるで、最初からそこには誰もおらんかったかのように…。

 

傷心の碧に取り入ろうと思った罰が当たったんかな…。

 

その日から、うちは自分の世界に引き籠った…。ひたすら酒を飲み…酔いつぶれ、夢の中でだけ彼に会える。

 

夢と現実の境界…そんな言葉があるなら、うちは今、そこにおるんや…。

 

そんな生活を二ヶ月くらい続けていたある日…母親から小荷物が届いていると聞いた。

 

朦朧としながらも、うちはその荷物を受け取り、差出人を確認してみた…?!これって?!

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

差出人は…大神碧…?!

 

それを見た俺はその場で荷物を開けた。

 

中には手紙と小箱が入っていて…。

 

『茜ちゃんへ。

 

この荷物と手紙が無事に届いている事を祈ります。

 

最初に、急に居なくなってごめんね。

 

多分、僕はもう、元々居なかった人間になってると思う。

 

でも、茜ちゃんは覚えてくれていた。その事で苦しませてしまって、本当にごめんね。

 

茜ちゃんは大学に入って出来た、僕の大切な親友だ。

 

そんな親友を助けてあげられない事を、心から謝罪させて下さい。

 

僕はもう、そっちの世界に戻る事はできないんだ。

 

本来なら、茜ちゃんも僕の事を忘れる筈だったんだけど、それ以上に、僕たちの絆は強かったらしい。

 

そのせいで、茜ちゃんを苦しませて、絶望させてしまって。

 

何もしてあげれないけど、これだけは言わせてほしいんだ。

 

僕の大切な親友、茜ちゃん、君が居なかったら、僕はもっと早く消えていたかもしれない。

 

君と出会えて、本当に良かった。二年間だけど、色んな事をして、色んな事を話したね。

 

だから、感謝してる。何度言葉にしても言い表せないくらいに感謝してる。

 

本当にありがとう。僕の親友、茜ちゃん。

 

そして、最後に、もう連絡を取ることも出来ないけど、いつでも君の活躍を見守ってるから。

 

だから、見せてね君が活躍する姿を。

 

お守りになるか分からないけど、僕からの最後の贈り物を同封してるから。

 

いつでも明るく、元気な君に早く戻ってね?

 

今まで、ありがとう。

 

大神 碧。』

 

その手紙を読み終わった俺は、涙が溢れそうになった…でもそれを堪えて、同封の贈り物を開けた。

 

中にはペンダントが入っていた…そして、開封式になったその中には…俺達三人の写真が…。

 

その瞬間、俺はただひたすらに泣いた、玄関先にも関わらず…。心配した両親が来てもなお、泣き続けた…。

 

そして、涙を流しつくした俺は決意した。

 

ペンダントを見ながら…。あいつに…碧に会っても恥ずかしくない一流のアスリートになることを。

 

―――――――――――――――――――――

 

それから数年後…。

 

彼は陸上を続け、家庭を持った。三人の子供にも恵まれて。

 

そして彼はオリンピックで金メダルを取った。日本人初めての陸上短距離での金メダルを。

 

そんな彼の首には、メダルと共に、輝くペンダントがあった。

 

「見ているか?碧?俺はこれからも走り続ける。だから、いつまでも安心して見守っていてくれ!」

 

そうして、彼の物語は紡がれていく…幻想ではない現実世界で…。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

縋るような思いでその荷物を解く…そして、中には一通の手紙とペンダントが…

 

『祥華さんへ。

 

この手紙を読んでいるってことは、少しは酔いが醒めてるのかな?(なんでばれてるん///)

 

急に居なくなってごめんね。

 

多分、僕の事は世界から消えた存在になってる。

 

祥華さんは覚えてると思うけど、他の人は誰も覚えていないと思うから。

 

そのせいで祥華さんを苦しませて、引き籠らせる様な生活にさせて、ごめんなさい。

 

出来る事なら、直ぐにでもそっちに行って、慰めてあげたい。

 

あの時、僕が落ち込んでいた時に、祥華さんがしてくれたみたいに。

 

でも、今の僕が出来る事は、こうやって最後の手紙を送る事だけ…本当にごめんね。

 

もし、僕が、そっちの世界に戻ったら、今度こそ誰からも忘れ去られてしまう。

 

僕の我儘で申し訳ないけど…祥華さんには僕の事を忘れて欲しくなかったから…。

 

それと、祥華さんの気持ちに、気付いてあげられなくてごめんね。

 

違う出会い方…違う運命なら…祥華さんと付き合ってたのかな?

 

僕が傷ついていた時に、祥華さんが何かを思って、それを気にしているなら、それは違うよ?

 

祥華さんのおかげで僕は立ち直れた。前を向くことが出来た。

 

だから、傷付かないで?自分を責めないで?

 

もし。祥華さんが嫌じゃなければ、このペンダントを受け取って欲しい。

 

僕達の絆を信じて…。

 

勝手な事ばかり書いてごめんね。

 

これが最後になるけど、いつもの綺麗で、明るい祥華さんに戻って?

 

そして、自分の夢を見つけて、それを誇れるようになって。

 

それが僕の望み…。

 

今まで本当にありがとう。

 

大神 碧。』

 

そして、一緒に入っていたペンダントの中には…碧と茜ちゃんとうち…三人で撮った写真と。

 

碧とうちが二人きりで撮ったプリクラが入っとった。

 

「あぁ……」

 

ボロボロと流れてきた涙が止まらんかった。

 

碧が此処に居た証明。私達の絆…。最愛の彼の写真を見ながら、私はその夜一晩中泣き続けた…。

 

翌日、私は自慢の長髪を黒に染め、バッサリと切ることにした。

 

―――――――――――――――――――――

 

時間は過ぎ去り…十年後…

 

「社長、そろそろ会議の時間です」

 

「分かったわ。資料の準備はできてるの?」

 

「はっ、こちらに」

 

そう言って女性は資料に目を通す…。

 

「ダメね、三枚目の五項目。決算数字が違うわ!早急に作り直しなさい!」

 

「申し訳ございません!直ぐに修正いたします!」

 

そうして女性秘書は部屋を出て行く。

 

「はぁ、相変わらず社長って慣れへんわ…。でももうすぐや。あと少しで日本の…ううん、世界の頂点に立てるんや!」

 

そう、井上祥華はあれから、持ち前の知識と天性の勘を駆使し株式で大儲けし、日本の高所得者ランキングのトップに躍り出た。

 

さらに、その資金を元手に会社を設立。オリジナルの商品やブランド、サービスを展開して、今では世界規模の大企業になっている。

 

そんな彼女は愛おしそうにペンダントを開き…。

 

「碧…。あなたが消えて十年…うちも夢を見つけた。それに、いつでも碧が帰って来てもいいように、うちはずっと待ち続ける…。だから、しっかり見守ってな♪」

 

そうして、彼女は思い描く…彼との再会を…。

 

あの日見た、幻想的な光景を再び見る為に。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ふぅ…これで良かったのかしら?碧?」

 

「はい、荷物…届けてくれてありがとうございます、紫さん」

 

「ふふっ…あなたも罪作りな男ね♪」

 

「からかわないで下さいよ…。でも、あの二人なら大丈夫。何せ…」

 

「あなたの…”親友だから”かしら?」

 

「いいえ…”自慢の大切な親友だから”ですよ」

 

こうして、現実との別れを告げ、僕の本格的な幻想郷での生活が始まった。




長くなりましたが、これで碧と現実は完全に切り離されました。
次回からは本格的に幻想郷での話になります。
8000文字とかいったの何気に初めてですね…。

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