東方嫉妬姫   作:桔梗楓

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今回、少し話が動きます。
ですので前編、後編の二部に分けております。
後、タイトルをスペカ風にしてみました。




38話 忘符「凍てつく先に在るモノは?」

 

今日は、急な食材の仕入れでお店がお休みになったので、一日暇になってしまった。

 

パルスィさんとデートをしたかったんだけど―――

 

「ごめんなさい!今日は用事があって、家に帰るのは夕方になりそうなの……本当にごめんなさい…」

 

と、謝られてしまった。

 

まぁ急な話だったから仕方がないかな。

 

「うーん……かといって、一日家でのんびりするのもなぁ……」

 

 

どうしようか考えていると、ふとこの前に雪原を思い出した。

 

 

「あの場所もまた、雪が積もって綺麗になってるのかな?」

 

そうだね、一度言った場所だし、地図からの転移で行ける。

 

「そうと決まれば、さっそく準備をしよう!」

 

 

そうして僕はカメラや携帯食料など、準備を整えてあの雪原へと向かった。

 

 

 

 

 

さて、この前の場所に着いたんだけど…―――

 

「この前より積雪は減ってるけど……相変わらず綺麗な場所だなぁ…」

 

 

太陽に照らされて浮かび上がる、白銀の景色。

 

うん、何度見ても良いものだ。

 

「それに、積雪が少ない分、色々な場所を歩いて回れそうだし…」

 

 

とりあえず、この前とは違う…綺麗な景色を写真に撮っていこう。

 

 

そうして、僕はこの前撮れなかった場所や、同じでも景色の変わった場所をカメラで撮っていった。

 

 

 

 

「―――ふぅ…こんなものかな?」

 

これをパルスィさんに見せたら喜んでくれるかな?

 

そんな事を考えていると、ふと…この前来た時に登れなかった山が視線に入った。

 

 

「前は雪が多くて、行ったらダメって紫さんに言われてたんだよね……」

 

あの山の上から、この場所を撮ったらどんな綺麗な景色が見れるだろう。

 

「うん、今日は雪も少ないし…いざとなったら陰陽玉と転移札もあるから大丈夫だよね」

 

 

 

そうして僕は一人、山へと向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……結構登ってきたなぁ…」

 

 

山は見た目以上に傾斜がきつく、重装備で来ていたら即リタイアしていただろう。

 

 

「うん、大体中腹くらいに来たのかな?」

 

上下を見比べると、丁度半分くらいに見える。

 

 

「ここからの景色も綺麗だなぁ……うん、とりあえず何枚か撮っておこう」

 

 

天魔さん特製のカメラで写真を撮っていく。

 

このカメラ色んな機能があってホント便利なんだよね。

 

 

「ここからでも十分綺麗なんだけど…木々が少し邪魔なんだよなぁ…もっと上に行ったら見晴らしも良くなるかな?」

 

 

多少の疲労感はあるけど、帰りはすぐに帰れるし……うん、登っていこう。

 

 

 

そうして、見晴らしのいい場所まで僕は山を登って行った。

 

 

 

「それにしても…辺り一面真っ白だから、ホント…色んな境界があやふやになってるなぁ」

 

 

確かに注意しておかないとこれは危ない。

 

 

(ガサッ)

 

 

「ん?何だろう?上から音が…?」

 

 

気になって見上げてみると……うそっ?!雪の塊が落ちてくる?!

 

 

恐らく上の方から転がって来た、小さな雪の粒が、落ちてくるのと同時に他の雪を纏っていき大きくなったんだろう。

 

かなりの大きさ……パッと見でも僕の身長くらいの大きさはある。

 

 

あれに当たったら流石にマズイ!

 

そう思い、その場からすかさず離れたんだけど…それがまずかった……。

 

 

「……え?」

 

 

避けようと踏み込んだ足は…何もない…空中に踏み出していた。

 

そう、その場所は足場が無く急な崖になっていた。

 

気が付いたときにはもう遅い、体が傾いていく感覚……。

 

 

そして、一瞬の浮遊感の後に―――

 

 

「ぐがっ?!がはっ!…―――」

 

 

自分が崖から落下して、体の至る所を打ちつけていく衝撃。

 

 

そしてそのまま……僕の意識は闇に沈んでいった――――

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――???Side―――

 

 

この季節は気持ちが良い―――

 

自分の一番輝ける季節で……自分が唯一表に出て来れる季節だから―――。

 

 

適度に雪を降らせたり、雪化粧を楽しんだり―――

 

 

そして、今は自分が施した雪化粧を楽しみながら、雪原を散歩をしている。

 

 

この雪原はあまり人が来ることもなく…自分のお気に入りの場所だから。

 

 

 

そうして、私がのんびりと散歩をしていると―――何かしら?

 

 

これは……血の匂い…?

 

この季節に動き回る動物はそんなにいない。

 

そして独特の匂い……人間の血だ。

 

 

 

血の匂いを辿っていくと、そこには案の定、人間が雪に埋もれていた。

 

どうしてここに人間が?とも思いつつ―――

 

 

「いけない!早く助けてあげないと!」

 

 

そうして、私は必死で雪を掻き分け、埋もれていた人間を見つけ出した。

 

 

 

「人間の……子供?」

 

 

背も高くないし……12~13歳くらいだろうか?顔つきからしてもっと若いようにも見えるけど…。

 

 

「女の子……いえ、男の子ね…」

 

雪女としての自分の能力で、相手の性別はすぐに分かる。

 

 

いえ、そんなことよりも――――

 

 

子供の周りは大量の赤い雪……この子の血を吸って赤く染まった雪。

 

そして、今なお頭部から出血してるのが分かった。

 

 

「これ、かなりマズイわね……」

 

 

恐らく人里…もしくは永遠亭に連れて行けばいいのだろうけど、ここからだとかなりの距離があり、間に合うか分からない……いや、間に合わない可能性の方が高い。

 

 

「なら、方法は一つよね」

 

 

子供の周囲には様々な荷物が散乱していたが、私は急いで子供を抱えて、自分の家へと連れて帰った。

 

 

 

―――彼女が立ち去ると同時に、その場所は吹雪へと変容した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

―――パルスィSide―――

 

 

夕方、用事を終えて家に帰ると、碧の姿が無かった。

 

「どこかに出かけてるのかしら?…でも夕方には帰るって伝えてたんだけど……連絡してみましょう」

 

 

私は陰陽玉を使って碧に連絡をしようとしたんだけど―――

 

 

(ザー…ザーー…)

 

「変ね…ノイズが聞こえるだけなんて……映像の方も出してみましょう」

 

 

前はこれでトラブルになったんだけどね―――なんて考えていると

 

 

映し出された映像は、ノイズ交じりの吹雪いている雪原地帯。

 

 

「え?…何これ?碧?……碧っ!聞こえてるなら返事をして頂戴!碧!!!」

 

 

しかし、陰陽玉からは何の反応も無い。

 

 

そして、次第に送られてくる映像も途切れていく。

 

 

 

嫌な予感……いいえ、最悪の展開を予想した私は、すぐさま紫さんに連絡を入れた。

 

 

 

『あら?パルスィちゃん?どうしたのかしら?ひょっとして家が恋しく……』

 

「紫さん!?碧が…碧が大変なんです!」

 

 

『碧君が……聞かせて貰えるかしら?』

 

 

そうして私は一部始終を紫さんに話した。

 

 

 

『状況は理解したわ。少し待って頂戴……碧君の陰陽玉の反応は……この前行った雪原にあるわ』

 

 

「本当ですか?!」

 

『えぇ。私も直ぐに向かうから…パルスィちゃんも地図を使って、来て頂戴。詳しくは現地で話しましょう』

 

 

 

そうして通信を終えた私は、すぐさま地図を使い、雪原へと向かった。

 

 

「急がないと…急いで行かなきゃ、行かないと…碧が…碧が……」

 

 

もし碧の身に何かあったら……?

 

 

彼のいない生活なんてもう考えられない……。

 

 

お願い…無事でいて…碧!

 

 

 

 

 

現地に着いた私は、紫さんと合流した。

 

 

雪原は、この前と違い…ものすごい吹雪が吹き荒んでいた。

 

 

「紫さん!碧は!碧はどこに!?」

 

 

「待って頂戴……陰陽玉の反応は…この先からだわ」

 

 

そして吹雪の中、私達は小高い山の麓にやってきた。

 

 

 

そこには――――

 

 

 

半分くらい雪に埋もれた、陰陽玉、散乱した碧の荷物――――

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

――――碧の血の匂い。

 

 

 

「うそ……うそよね……?」

 

 

自分でも分かるくらい…情けない声が出る―――

 

 

「碧……ここにいるんでしょ?」

 

 

そうだ…碧は雪に埋もれて出れないんだわ。

 

 

 

「待っててね……すぐに助けてあげるから……」

 

 

 

私は、血の匂いのする雪をひたすら手で掘り進める―――

 

 

 

 

「大丈夫だから、すぐに助けるから―――」

 

 

 

なんだか手がヒリヒリしてきたけど関係ない―――

 

 

 

「……碧!……碧っ!「パルスィちゃん!」っ?!紫…さん…?」

 

 

どうしたの?早く碧を助けないといけないのに―――

 

 

「パルスィちゃん!あなた、自分の両手を見てみなさい!」

 

 

 

私の……手?

 

 

そう言われて自分の手を見てみる―――

 

 

皮膚は、雪の冷たさで真っ赤に…いつもきれいに磨いている爪もボロボロになり、霜焼けのあまり軽く出血していた。

 

 

「―――それが…どうしたんです?「…パルスィちゃん?」…私の手なんてどうでもいいんです、早く碧を助けないと…」

 

 

そう言って私は再び、その場所を掘り進めていく―――

 

 

「碧……碧!……碧!!!」

 

 

そして、一番血の匂いの強い場所まで掘り進めると…そこには――――

 

 

 

「―――みど…り…?」

 

 

大量の血の浸み込んだ雪……でもそこには誰もいなかった。

 

 

「……うそよね?……みどり……」

 

 

私は、目の前が真っ暗になった――――

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

―――紫Side―――

 

最初にパルスィちゃんから連絡を貰ったとき、私は胸が張り裂けそうになったわ。

 

 

碧君は私達の大切な家族―――

 

 

 

私はかろうじて陰陽玉の場所を特定し、その場所……雪原に来たのだけど―――

 

 

(こんな吹雪の中に…碧君が……)

 

 

なぜ碧君が、ここに来ていたのかは分からない。

 

 

今は、ただ彼の安否を確認することが先だから。

 

 

 

 

でも―――そこには絶望があった。

 

 

雪に埋もれた碧君の荷物と壊れた陰陽玉。

 

 

見上げた先には山がある―――もしかしたら、あの山から落ちたのではないか?

 

 

すると、パルスィちゃんが碧君が埋まっているかもしれない場所を素手で掘り始めた。

 

 

この低温の中、凍結した雪を掘り進めるのは妖怪でもキツイものがある。

 

 

みるみる彼女の両手は傷つきボロボロになっていく。

 

 

そんなパルスィちゃんを見ていられず、私は彼女を止めたのだけれど―――

 

 

「…私の手なんてどうでもいいんです、早く碧を助けないと…」

 

 

彼女の真剣な眼差しに、私は何も言えなかった。

 

 

何か…私が出来る事は―――

 

 

すると、パルスィちゃんの動きが止まった。

 

 

そして、彼の…碧君の名前を呼びながら倒れてしまった。

 

 

「パルスィちゃん?!しっかりして!パルスィちゃん!」

 

 

只でさえ碧君の安否も分からない今、吹雪のさらに強くなるこの場所にいるのは危険だ。

 

 

悔しいけど――――

 

 

私は、意識を失ったパルスィちゃんと碧君の荷物を持ってマヨヒガへと帰った。

 

 

 

 

家へと帰った私は、パルスィちゃんの両手の手当てをし、そのままベッドへと寝かせた。

 

 

こんなにボロボロになるまで――――

 

 

 

それから私は、碧君の荷物を調べてみたの。

 

 

中には防寒具と携帯食料、それからカメラが入っていた。

 

 

カメラで撮られた写真を見てみると、まだ晴れていた時間の雪原が写されていた。

 

 

そして何枚か見ていく内に、山に登り……恐らくそこから落下したのだろうと予想が付いた。

 

 

しかし、そこからの足取りが分からない。

 

 

あの出血で動けるとは思えないし……ダメね…何が賢者よ!自分の大切な家族の危機なのに…何もしてあげられないなんて!

 

 

 

考えた私は、自分一人では考えが詰まってしまうと思い、他の…碧を思う人達に協力を仰ぐことにしたの。

 

まずは―――

 

「四季映姫…急な連絡ですみません」

 

『いえ、私は構いませんが…八雲紫、あなたから連絡が来るとは珍しいですね……何がありました?』

 

流石に管理者の一人だけあって聡い―――なら率直に伝えるだけね。

 

 

「碧君が…行方不明になったの『なっ?!』……今日、有った事を伝えるわね―――」

 

 

『……成程、理解しました。今の所こちらに魂は来ていないので…少なくとも死んではいません』

 

 

それを聞いた瞬間、体から少しだけ力が抜けた気がした。

 

 

『ですが、このままでは埒があきませんね……分かりました。明日、そちらと合流し、碧さんを捜しに行きましょう』

 

 

「感謝します…こんな事を頼めた柄ではないのだけど……私の家族の為に……お願い」

 

 

『いえ、私にとっても彼は大切な人物なのです……では、詳しくは明日…―――』

 

 

四季映姫との会話を終えた私は―――

 

 

「碧君…死んでなくて良かった……ううん、まだ安心は出来ない…次は―――」

 

 

そうして次に私が連絡を付けたのは―――

 

 

『あらあら~?どうしたの紫~?また宴会でも開きたいのかしら~?』

 

 

冥界の管理者―――碧君を自分の子供のように可愛がる彼女

 

 

「急な連絡でごめんなさい幽々子。率直に言うわね、碧君が行方不明なの」

 

 

それを聞いた彼女は普段のおっとりと間延びした声ではなく

 

 

『―――紫、それは今日の話かしら?碧くんの生死は?足取りも何も分からないの?』

 

 

本来の彼女が持つカリスマを十二分に感じさせる声色だった。

 

 

「えぇ……それで『分かったわ、明日…マヨヒガへ行けばいいのね?』…お願い……ふぅ…」

 

 

幽々子との通信を終え、一息つく。

 

本当なら、今すぐ飛び出していきたい。

 

でも幻想郷の管理者としての立場がそれを許さない―――

 

だから、私は……―――

 

 

「後は…永遠亭と地霊殿ね……碧君…お願い…無事でいて…」

 

 

パルスィちゃんも目を覚ます気配はない。

 

全ては明日……―――絶対に見つけ出す。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

―――???Side―――

 

 

ケガをしていた子供は、私の家に連れてきて、何とか応急処置は済ませたけど―――

 

 

「頭部からの出血、腕と足の骨折……正直、予断を許さない状況ね……本当なら永遠亭に連れて行くのが一番なのだけど…」

 

今のこの子を運んだら、それだけで命を落としてしまうかもしれない。

 

しかし、この子は本当にどうしてあんなところに居たのだろうか?

 

 

人里の子?…それにしては身なりが違いすぎるし……―――

 

それに……あの場所は人が…それもこんな子供が、おいそれと行ける場所ではないし……。

 

 

「私が姿を消していた一年で何かあったのかしら?……あら?」

 

 

子供をみると、すごく苦しんでいる。

 

それはそうだ、大人でもこの怪我は辛いものがある。

 

だけど、子供は…動かせないはずのその腕を、まるで何かを求めるかの様に手を伸ばした。

 

 

もしかして……親が恋しいのかしら?

 

 

握ってあげたいけど……私のこの冷たい手じゃ……―――

 

 

「……いたいよ…こわいよ……たすけて……」

 

それでも必死に手を伸ばしてくる子供、私は少し考えた後に―――

 

 

(ギュッ)

 

 

冷たさがこの子の負担にならないだろうか?振りほどかれたりしないだろうか?

 

 

様々な考えが頭を過ぎるが、まずはこの子を安心させてあげるのが優先だ。

 

 

私は意を決して、子供の右手を優しく両手で包んであげた。

 

 

少しでも落ち着いてくれれば……この子の苦しみが解放されれば。

 

―――そう願いながら。

 

 

すると、子供は―――

 

「おかあ…さん…」

 

と言いながら、安らかな顔になり…再びスヤスヤと寝息を立てて眠り始めた。

 

 

 

お母さん…か。

 

何故だろう、そう言われると心がとても温かくなる。

 

それに、この子の寝顔を見ていると、とても安心する。

 

 

 

それからしばらくして、子供が目を覚ました。

 

 

良かった……何とか目を覚ましてくれたのね……。

 

 

「ねぇ、あなた…大丈夫かしら?」

 

しかし、私の問いに、子供はただ首を傾けるだけだった。

 

 

 

嫌な予感がした。

 

 

「ねぇ…あなたの名前は?あの場所にはどうやって来たの?」

 

 

 

「ぼくは……ぼくのなまえは……わからない…おもいだせない……」

 

やっぱり…頭の怪我で、一時的に記憶が混濁してるのかもしれない。

 

「ぼくは、だれ?ここはどこ?…っ?!…いたい…くるしい…」

 

子供は頭や腕を抑えながらもがき苦しむ、いけない!?

 

「ひっく…いたいよぉ…こわいよぉ…たすけてよぅ…ぐすっ…」

 

そうよね、自分の事も…この場所のことも…何も分からない、何も思い出せない…なら

 

 

 

「大丈夫……大丈夫だから……落ち着いて……ね?」

 

 

私は子供を優しく抱きしめる。

 

 

自分の冷たい体では、かえって不味いかもしれないけど、まずはこの子を落ち着けるのが先だ。

 

 

「ぐすっ…だいじょうぶ…?ぼく…だいじょうぶなの?」

 

すると、少しずつ落ち着きを取り戻していく子供……良かったわ。

 

 

「何も思い出せないなら……寂しくて辛いなら…今だけ、私があなたのお母さんになってあげる。だから、安心して…ね?」

 

 

「……ほんとう?「えぇ嘘は言わないわ」…ありがとう…おかあさん♪」

 

 

お母さんか……我ながら咄嗟の対応だったけど……この子が安心してくれたなら良かったわ。

 

「ねぇ、おかあさん…「どうしたの?」…おかあさんのからだ…つめたくてあんしんするね」

 

 

正直びっくりした。

 

それはそうだろう。雪女はその体で人間の男を凍らせてしまう妖怪。

 

それを安心するだなんて……ホントにこの子は…。

 

 

「この子…そうね、いつまでも名前が無いと呼びづらいし……あなたに仮だけど名前をつけてあげるわね」

 

すると子供の目がぱぁっと明るくなった。

 

「ほんとうに!…ったた「落ち着きなさい」…うん…ごめんなさい、おかあさん…」

 

「良いのよ。…そうね…あなたの名前……―――」

 

雪のように白い肌……穢れを知らないその瞳……うん、決めたわ。

 

「―――あなたの名前は“ハク”…でどうかしら?」

 

 

雪の中で出会ったというのもあるのだけど…我ながら単調な名前だったかしら?

 

 

「ハク……ハク……うん!ぼくはハクだね!うれしい!ありがとう、おかあさん!」

 

そうして再び私に身体を寄せ、甘えてくる。

 

良かった。これでこの子も少しは安心できると良いわね。

 

 

無意識の内にハクの頭を撫でていたのか、ハクは少しくすぐったそうに、目を細めて…それでも安心した顔で私の腕に包まれていた。

 

 

そして、怪我やストレス等…疲労も限界に達していたのか、ハクはそのまま眠りに就いた―――私の手をぎゅっと握ったまま。

 

 

「困ったわね……離してくれる気配もないし…無理やり離すのも……可哀相ね…」

 

 

どうしたものかと思ったけど……

 

「えへへ……おかあさん……」

 

 

はぁ、今夜はこのまま一緒に寝るしかないわね。

 

「少しでも温かくして……うん、これで良いかしら?」

 

それにしても……母親か……雪女として、それも…自然現象に近い存在として生まれた私には、母親という概念はない。

 

ただ……この子の…ハクの記憶が戻るまで……仮初とは言え、きちんと母親として接してあげよう。

 

 

そう決意して私はその日は眠りに就いた―――誰かと眠るなんて、初めてね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――こういうのも……案外良いものなのね。

 

 

――――後編へ続く。

 

 





というわけで碧が記憶を失い幼児退行を起こしました。
???は恐らく皆さんの予想している通りの人です。


ご意見、ご感想、アドバイスなど、よろしければお待ちしております。

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