今回は永遠亭でお月見の話です。
なお、メインはタイトルの通り輝夜です。
秋と言えば紅葉、食欲、運動もあるが、もう一つ、中秋の名月という言葉もある。
幻想郷でもそれは例外ではなく、月の位置が十五夜に差し掛かる頃、永遠亭から一通の連絡が来た。
「碧、あなた宛てに文が来ているわよ?」
僕宛てに?珍しい…というか初めてじゃないだろうか?いったい誰から…?
「これは…永遠亭…しかも主直々の文みたいね…どうしたのかしら?」
紫さんでも分からなかったらしい…うーん…永琳さんなら分かるんだけど…輝夜さん?
……何かしてしまったのかな?……ちょっと怖いけど…とりあえず開封してみた。
「えっと……これは…―――」
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大神 碧殿
拝啓、元気にしているかしら?
突然の事で申し訳ないのだけど…明日、十五夜の夜に、永遠亭にてお月見の席を設けようと思っているの。
そこであなたに参加して欲しいのだけど。
一人で来るのが心配なら、あなたと親しい人を連れてきてくれても構わないわ。
もし、来てくれるなら夜八時頃に永遠亭の前に来て頂戴。
優曇華に対応させるから。
良い返事を待っているわ。
敬具。
蓬莱山 輝夜
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お月見の誘い…確か、明日は特に予定は無かったけど…――
「あの、紫さん…実は……」
手紙の内容を紫さんに説明する。
「ふむ…なるほどね…となると…えぇ、私は参加できないけど、あなたを永遠亭に送る事はできるから…折角だから行ってらっしゃいな?」
何か考えていたけど、普通に許可を貰えた。なら、後はパルスィさんに連絡を取るか…――
「――…と、いう事なんだけど…参加できそうかな?」
陰陽玉を使い、パルスィさんに連絡を取る。しかし…――
「えっと…ごめんなさい…。明日は地底の…さとりや勇儀達との飲み会があるの…だから、申し訳ないのだけど碧だけで行ってくれないかしら?」
それなら仕方がないか……でも、よく一人で行くのを許可してくれたなぁ…――「あ、そうそう」…?
「いくら永遠亭の人達が美人揃いだからって……絶対浮気はしないでよね?」
「ぶっ?!…しないから!?……それよりも、パルスィさんの方こそ酔ってハメを外さないようにね?」
すると少しムッとした声が聞こえてくる。
「…何よ?私はそこまでハメを外すことなんてないわよ?……そりゃ…最初に碧と再会した時は…///」
うん、可愛い……ってそうじゃなくて。
「この前さとりさんから言われたよ?…お酒が入ったパルスィさんののろけ話は留まる事を知らないって。「ふぇっ?!」…自覚なかったの?…いくら辛い酒を飲んでも胸やけが止まらないって、偶に愚痴られるんだから…」
「えっと……気を付けます……」
そんなやり取りをして、パルスィさんに許可を貰い、翌日の夜。紫さんに永遠亭まで送って貰って……――。
「なら、碧。遅くなるな…とは言わないけれど、飲み過ぎは程々にね?」
「えぇ、承知しました。それじゃあ行ってきますね」
そして、スキマの中に消えていく紫さん…さて、僕も永遠亭に行かないとね。
移動は直ぐに終わった、スキマで移動してきた場所が永遠亭の目と鼻の先だったからだ。
そして、門に向かうと……あ、優曇華さんだ。
「こんばんわ、優曇華さん。本日はお招き頂きありがとうございます」
すると、こちらに気が付いた彼女が…――
「あ、碧さん!ようこそおいで下さいました。本日は…お一人でしょうか?」
「えぇ…他の人達が、みんな都合が悪いって事だったので…すみません」
「いえ、いいのですよ。それではご案内させて頂きますので、私に付いて来て下さいね?」
そして、優曇華さんに続き永遠亭へと入っていく…こうして永遠亭に入るのって二回目だけど…立派なお屋敷だなぁ…。
長い板張りの廊下と障子、美しい装飾がされた襖が続く空間…なんだろう…ここだけ時間から切り離された感覚になる…。
「あの、今日は永琳さんとてゐさんはどうされたんですか?」
すると、優曇華さんは少し困った顔をして……。
「あ、はい…師匠は、診療所の方で泊まり込みですることがあるそうです。てゐは……どこかに遊びに行きました……」
相変わらず…苦労してるんだな…。
そして、案内される事しばらくして、一際大きな襖の部屋の前に来た…―――
「姫様…碧さんをお連れ致しました」
すると、襖の奥から……―――
『ありがとう、優曇華。そのまま奥に通して頂戴』
そして、優曇華さんが襖を開き……
「失礼いたします……さぁどうぞ、奥で姫様がお待ちです」
と、奥へと通される……何だか緊張してきたな…そういえば、輝夜さんと二人っきりになるのって初めてなんじゃ?
そして…畳の張られた床を進んで行く…井草の匂いがとても落ち着くな……。
部屋には灯は無く…ただ月明かりが窓から差し込むだけ……月見を楽しむ為の場…静寂の満ち溢れた空間に彼女は佇んでいた……。
「こんばんは。ようこそ、碧…お久しぶりね。初めて挨拶に来たとき以来だけど…元気にしていたかしら?」
永遠亭の主…竹取物語のお姫様…『蓬莱山輝夜』
ストレートで腰よりも長い艶やかな黒髪。
大きめの白いリボンがあしらわれたピンク色の上着に、月、桜、竹、紅葉、梅と、日本情緒を連想させる模様が金色で描かれている赤い生地のスカート。
掌から足先まで…一切の肌の露出の無い服装は、文字通り箱入りのお姫様を連想させる。
「こんばんは。本日はお招き頂きありがとうございます…お陰様で、元気にやってます。夏場には永琳さんにお世話になりましたが…ありがとうございます。生憎、僕一人で申し訳ないのですが…本日はよろしくお願いします」
「あなたは普通の人間…怪我もするし病気にもなる…仕方がないわ。ねぇ…こちらに来てくれないかしら?」
??……なんだろう?輝夜さんに言われるまま近くに行く……なんだろう…お香の匂いかな?……凄い良い匂いがする…。
「そのまま、顔を見せて頂戴……うん、やっぱりあなたは顔を見せた方が良いわ…良い出会いと、良い環境があなたをそうさせたのかしらね?」
柔らかな微笑みをしながら、僕の頬を優しく撫でてくる……流石に照れくさいな…―――
「あ、あの!ところで、何で今日は一緒にお月見をしようと誘ってくれたんでしょうか…?」
すると、それまで柔らかな笑みを浮かべていた輝夜さんの顔が、少し寂し気な表情になり……―――
「そうね……その前に…優曇華、月見団子とお酒を用意して頂戴?」
すると部屋の外に控えていた優曇華さんが……―――
「はい……こちらを…足りなくなりましたらお呼び下さい…失礼します」
既に用意していた団子とお酒を軒先に置き、そのまま部屋から出て行った。
「さて、碧…なぜ十五夜…中秋の名月はこうしてお団子とお酒を用意するのか知っているかしら?」
そういえば…改めて聞かれると考えたことが無かったな…。
「えっと…月が綺麗だから、それを肴に一杯飲む…という感じですか?」
すると輝夜さんは少し笑い……―――
「くすっ…まぁ普通は気にしないわよね。十五夜は秋の美しい月を感謝すると共に、秋の収穫に感謝をする行事なの……そうね、月見酒についても…芋類の収穫祝いを兼ねているため、『芋名月』なんて言われる事もあるのよ?」
へぇ…そんな意味があったのか……―――
「そして、月見団子も単に月に見立てた丸い物を用意して食べるのではなく、お月様に感謝の気持ちや、祈りを伝え、それに対して供えられた物を頂く…という作法があるのよ」
輝夜さん…なんでも知ってるんだな…流石は月のお姫様…でも、それと今日、僕が呼ばれた事と何が関係あるんだろう?
「そうね……少し、昔話をしましょうか……」
そして、輝夜さんは語り始める……永遠と須臾の物語の一端を…――
「そもそも月人ってどういう存在か…碧は詳しく知ってるかしら?」
「いえ、単純に月に住む人を差すんじゃないんでしょうか?」
「実はね…今から数億年前…この地球上には、今よりさらに栄えた文明があったの」
数億年?!……話のスケールが違い過ぎる…そんな時代から人間がいたなんて…でも、世界遺産になってる物や、オーパーツとして発掘されている物…確かに今の技術でも作れない物は沢山存在する。
「その文明を築いたのが原初の人…後の月人になるのだけど……ある時、彼らは地球を離れたの。文明の全てを放棄して…ね」
「なぜ?…そこまで繁栄した文明があったのに…?」
「私も直接見たわけじゃないけど…確か、巨大な隕石による文明の崩壊が理由だったらしいわ」
「そして、人の時代は一度終わりを告げたの…でも、その避難に間に合わなかった人たちの怨念が地上には蔓延したの……それが、月人達が嫌うもの…“穢れ”と呼ばれているものよ」
「穢れ…ですか…」
「えぇ、穢れは死の象徴。月人は穢れを恐れた…だから、穢れの蔓延する地上を放棄し、月へと居住を移したの……これが月人についてね」
なるほど…元を辿れば地球に住む人達…でも、穢れを恐れた一部の移住者が月人って感じか。
「次に、私の身分について話させて貰うわね。何度か聞いていると思うけど…私は今も、姫と呼ばれている…。それはあながち間違いではないの」
帝の元に居たから……――という訳ではなさそうだ。
「私は、月人の中でも権力を持った貴族の娘。だからその頃から、私は姫と言われていたわ。それこそ、月の頭脳とまで言われた永琳が家庭教師にあてがわれる位にはね……」
やっぱり……それだけ高貴な身分だったんだ。
「続けるわね…。月での生活は何一つ不自由なく、穢れという概念の無い…まさに楽園とすら言える空間だったの……でもね、私はそれが嫌だったの。やること全てに停滞感を感じ…やがて、青く輝く地上への興味が湧いてきたのよ」
「地上には穢れがある……だから、行くことは禁じられている…でも、私は行きたい…ならどうすればいいか?……そこで思いついたのが、禁じられた薬の使用だったの」
禁じられた薬…それって竹取物語にも出てきた…――。
「“蓬莱の薬”…飲んだ者を強制的に蓬莱人……老いる事も死ぬことも無い身体に作り替える禁断の秘薬…」
「でも、私には作ることは出来ない……だから、天才と呼ばれた永琳に造らせた……それが、永琳を苦しめる原因になってしまったのだけど…――」
「結局、薬を飲んだ私は罪人となり…地上への流刑が言い渡された…そして、地上へと追放されたのだけど…そこで、私にも予想外の事が起きたの」
予想外?
「子供…いえ、赤子の姿に戻され地上へと送られたのよ。死なない…死ぬことが出来ない蓬莱人に対する罰……それが生き地獄…」
なんて酷い事を…。
「そして、私が地球へと落とされたのが十五夜の夜だったわ……。赤子ながらにして思った…あぁ…離れて見る月は、こんなにも綺麗なものだったのだと……」
近すぎて見えないものもある……か…―――。
「赤子の私は、とある竹林に落とされたの…そして、ただひたすらに泣き続けたわ…助けを求めて…」
もし、誰も気が付かなかったら……もし、来たのが人食い妖怪だったら…そう考えるとゾッとする…。
「でもね、そんな私を見つけてくれたのが、竹取に来ていた…おじじ様だったの」
輝夜さんの育ての親…竹取の翁…。
「おじじ様は家に連れて帰り、どこの子供か分かるまで、おばば様と二人で育てようと言ってくれたの…」
ここは竹取物語そのものだ。
「子供の居ない二人は、私の事を本当の子供のように育ててくれたわ……ただ、そこでまた、問題が出てきたのだけど…」
また問題?
「元来、私は成人した存在を無理やり赤子に戻されたの……有体に言えば、他の子供よりも成長が早く、精神も大人のそれだったのよ」
そういうことか……確かに物語でも三ヶ月で成人したっていう話があったと思うし…。
「普通なら、そんな奇妙な子供を育てようなんて、誰も思わないわよね……でもね、おじじ様とおばば様は違ったの…何も聞かず…何の奇忌の視線も向けず…ただ一心に、私に愛情を注いでくれたわ」
「だからこそ、私は二人を信じて自分の身の内を話したの…たとえそれで関係が変わってしまっても、二人に嫌われてしまっても…私はこれ以上二人に隠し事をしたくなかったから…」
良心の呵責…いや…これは輝夜さんの心の在りようが本当に、優しい物だったからなんだろう…。
「でもね、そんな私の事を、二人は言ってくれた…『どんな理由があっても、輝夜は私達の可愛い子供だよ。何にも心配しなくていいから…ね?』…って、あの時ほど嬉しいと思った事は無かったかもしれないわね…」
その時を思い出したのか…優しい笑顔を浮かべる輝夜さん…。
「そんな二人の役に立ちたくて、私は二人の手伝いをすることにしたの……家事や買い物…時には山菜取りなんてね…ふふっ♪…楽しかったなぁ…地球に落とされて、本当に良かったなぁって思ったの…あの時までは…」
表情が暗くなる…何があったんだろう?
「私が表に出始めたせいで…その、自分で言うのも何だけど…その当時ではありえない顔つき…まぁ美しい娘として、周囲から注目されるようになったの」
なるほど、そりゃ輝夜さんくらいの美人になれば噂にならない方がおかしい。
「そして、その噂を耳にした五人の貴族から求婚をされたの…もちろん普通に断れば、相手の面子を潰してしまう…だから条件として、いくつかの難題を出したの」
あぁ…それが有名なあれか。
「自分で言っておいてなんだけど…あれは完全に求婚を受ける気は無い難題だったわ。実際、本物を取りに行った人達は探している最中に難に遭い、偽物を用意したものは、それを看破し、二度と私に近づくなと言って去っていったわ…あの時は爽快だったわね」
この人…やっぱり楽しんで…?
「それから、私の元に求婚してくるものは居なくなったの…でも、安心したのも束の間で、私の噂は当時の最高権力を持っていた帝の元に届いたの…」
たしか帝は、普通に輝夜に会えないから狩人に扮して通ったんだっけ?
「帝は直ぐに私の元に使者を送って来たわ……そして、使者たちはこう言ったの…『帝様の元に来なければ、輝夜殿の祖父母にも何かしら被害があるぞ』…と…まぁ暗に…いえ、権力を使って堂々と脅迫してきたのよ…」
そんな事実があったの?!物語の帝は優しい性格の持ち主だったのに……。
「おじじ様とおばば様は気にしなくて良いと言ってくれたけど…それは私が許さなかったわ。そこで、私はいくつかの条件を付けて帝の元に召し抱えられる事にしたの」
・祖父母を私の専属の侍従として常に側に控えさせる事
・二人の生活を何不自由なく過ごせるようにする事
・自分はあくまで、宮廷に居るだけで、決して手出しはしない事
・以上の条件が守れなかった場合……私は舌を噛み切って自害するという決意
「まぁ、帝はあくまでも宝の一つとして自分の元に置いておきたかっただけみたいだから…その条件を飲んでくれたわ」
「自分の知ってる竹取物語とは……その全然違うんですね…帝とか…輝夜さんにはお忍びで会いに行き、文を交わすうちに仲良くなったって書かれてましたし…」
すると、皮肉めいた笑いを浮かべた輝夜さんが…――
「あの男が、そんなに出来た人間だったらなら、私は素直に都に残っていたわよ……そして、都での生活が始まった…あれは本当にきつかったわね…」
「私に向けられるのは、貴族からの劣情…身体目当ての視線。そして、女官からの敵意……唯一信頼できるのが祖父母だけだった……」
悲しそうな瞳を浮かべる輝夜さん…
その瞳には心当たりがあった、初めて此処で会ったとき…瞳の奥に見えた、悲しみと……どこか哀愁を漂わせた色……
「それからは、ある程度碧も知ってるかもしれないけど…月からの使者が来て、その人達を殺し……私と永琳は二人で逃亡した…そして、この幻想郷に流れ着いたの……」
自身の我儘から始まった一連の行動…そして今に紡がれる物語…。どんな思いがあったのか…どんな悲しみがあったのか…僕に理解することは出来ない……―――でも、月に照らされ…物思いに耽る彼女の顔からは、それをうかがう事は出来なかった。
少しだけ重くなった空気…それを払拭するように、輝夜さんは明るい声で言ってきた。
「ねぇ碧、あなたは音楽は好きかしら?」
??…音楽…?
「えっと…人並みには好きだと思いますけど…「良かったわ!」…???」
すると、輝夜さんは…―――
「私がね…おばば様に習った、得意の琴を聞いてほしいの…いいかしら?」
「えぇ…是非…お願いします」
「ありがとう……そう言えば、碧は何か楽器は弾けないのかしら?」
え?…僕?……一応あれが弾けるけど……―――
「二胡(にこ)…であれば、拙いですが…弾くことはできます」
すると、輝夜さんは少々驚いた顔をして…―――
「二胡…珍しいわね?…独学で学んだのかしら?」
ううん…僕が二胡を弾くのは……―――
「いえ、まだ母親が生きていた頃に習ったんです…だからですかね、そういう気分になったときは偶に弾いていたんです……」
すると、輝夜さんが優しい微笑みを浮かべ……
「そう…なら、直ぐに準備させるから……一緒に弾きましょう?」
そして、輝夜さんの前には立派な琴が…僕の手元にも煌びやかな装飾がされた二胡が届けられた。
「あの…弾けると言っても、特にこれと言って決まった音色があるわけじゃないんですけど……」
「いいのよ?碧は自分の思ったとおりに弾いて頂戴?私がそれに合わせるから…ね?」
そう言ってこちらを向いてくる輝夜さん…なんだろう…とっても心強い……よし!
そして、演奏を始める……楽譜があるわけでもなく…決まった音程があるわけでもない…ただ、心のままに…―――
その音に合わせ、輝夜さんが琴を奏でる……最初はバラバラだった二つの音が…時を…音色を刻むごとに一つになっていく……―――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一番近い場所……部屋の前で待機していた優曇華は、その旋律に心を魅了された……。
「これは…姫様の琴と…碧さんの奏でる音楽……なんて心地いいんだろう……月の同胞達が聞いたら…どう思うのだろう?」
診療所で研究をしていた永琳にも、その旋律は聞こえてきた……―――
「ん?…この音楽…姫様と……この優しい音色……そっか、碧…。彼なら姫様の……」
お世辞にも輝夜の演奏技術には程遠い拙い演奏…。
しかし、そこに込められた心は何よりも気高く感じられた…。
場所は移り…永遠亭の上空
歌の練習をしていた夜雀のミスティアと、伴奏をしていた騒霊楽団の三人……。
「何?この旋律……綺麗……」
「技術は拙いけど……何だろう、聞いていて心が優しくなる…」
「うん、満たされていくってこんな感じなんだね…」
「私達も、いつかこんな音楽を奏でてみたい…でも今日は…」
ただ、この音楽を…ずっと聞いていたい……その場に居た誰しもが、そう思った―――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
楽器は、技術で奏でるものではない…心の、いや…想いで奏でるもの…。
幼いころ母親から習った事…今なら分かる…、母親の伝えたかったことが…―――
そして、こうして協演している輝夜さんの思いが……―――。
どれくらいの時間演奏しただろうか…軽く汗がにじむくらいには熱中していたらしい。
こんなに楽しく楽器を弾けたのはいつ以来だろうか?
輝夜さんを見ると……多分、似たような思いをしているのだろう…その顔には、先程の悲壮感はなく…満足そうな笑みが浮かべられていた。
楽器を片付け…僕と輝夜さんは二人で月を見上げる…。
「私はね、月の都にいた頃から現在までずっと退屈を感じていたの……でもね、ここで生活していく内に気が付いたの…何事も環境のせいにする心が退屈さと窮屈さを生むってことに…」
それが、彼女の…輝夜さんの思い…。
「さ、折角の団子…美味しいうちに食べてしまいましょう?今、こうしてあなたと過ごせることに感謝をして…ね?」
それから数秒…月を見上げた僕達はお互いに団子に手を伸ばし…同時に食べ始めた…うん…美味しいな…。
お酒を飲みながら、団子を食べる…それを見るのはお月様だけ…。
「私達蓬莱人に、終わりはない…自分が不変の存在である為に過去は無限にやってくる、よって今を楽しまなければ意味が無い……一瞬でも過去の事より今現在や未来を重要視する…それが今の私の目標なの」
お酒を飲み…少しだけ頬の紅くなった輝夜さんは語る……―――
「碧…あなたの優しさは何事にも代えがたい…とても尊いもの…初めてあなたと会ったとき…あなたの瞳を見て…私は、あの二人を思い出したの…」
そっか…それで、今日…僕を呼んで…語ってくれたのか…。
輝夜さんは一度月を見上げる…そして、一息ついて…―――
「―――ねぇ…碧。お願いがあるの」
「何でしょう?」
「私と……対等な友人……いえ、親友になってくれないかしら?……ううん…なって欲しいの」
そう言って真摯な目でこちらを見てくる。
「あなたが嫌なら、断ってくれてもいいわ。私は…その、少し常識はずれなところもあるし…人付き合いもあんまり上手くないから…でもね…」
再び…一呼吸置く―――
「でもね…月を離れ、幻想郷で生活をするようになった私は自分の本当にやりたい事を探すことに決めた。そして、これからも探し続ける…あなたには…それを一緒に探して…見守って欲しいの…これが、今の私の一番やりたい事」
外の世界に居た親友を思い出す…茜ちゃん…祥華さん…僕にもまた…。
「えぇ…よろこんで。こちらこそお願いします、輝夜さん」
するとパァッと花のように笑顔が咲き誇る……。
「ありがとう…碧…勇気を出して、あなたを誘って…本当に良かったわ…。これからは親友同士、言葉に気遣いはいらないわ。……それとね……」
もじもじと何かを言いたそうにしてる輝夜さん…???
「…折角親友になれたのだから…その……親友同士の愛称をつけてくれると嬉しいんだけど…ダメかしら…//」
少し、照れくさそうに言う輝夜さん…そっか、なら期待に応えないとね。
「僕もあんまり慣れてないけど……そうだね……。あ、我ながら単純かもしれないけど…“かやちゃん”…なんてどうかな?」
かぐやの“か”と“や”…それから大人びていた彼女の印象とは正反対のちゃんという呼称…どうだろうか?
「”かやちゃん“…ふふっ…良いわね。なんだか不思議な感じ…なら、私もあなたの事を……そうね、”みーくん“って呼んでも良いかしら?」
“みーくん”…そう呼ばれるのは初めてだけど…うん何だか親友同士って感じで良いかも。
「うん!これからもよろしくね…かやちゃん」
「こちらこそ、よろしくね…みーくん♪」
それから僕達は、お酒と団子を食べながら、当時あった事や、今の生活の事…他愛のない話をずっとし続けた…それこそ、夜が更け…月が消えてもなお…
たぶん、見ている人がいたら、こう思うんじゃないかな?…長年連れ添ってきた、仲のいい幼馴染みたいな雰囲気だって…。
こうして、永遠亭でのお月見は終わった…幻想郷に来て初めて出来た大切な親友と一緒に…。
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翌朝……――――
結局、ほぼ徹夜で飲み明かした僕は早朝に八雲家へと帰宅した……が、その玄関先に立っていたのは…
「あら?碧、朝帰りとは良いご身分じゃない?」
笑顔なのにとても怖い…まるで能面のような顔をしたパルスィさんが仁王立ちで待ってくれていました。
「えっと…パルスィさん…これには事情があってですね…」
「言い訳は後で聞かせて貰うわ…それに、何かしら?お酒の匂いだけじゃなくて…他の女の匂いもするのだけど……そんなに近くでずっと一緒に居たのかしらね?」
もはや、何を言っても無駄だ……こういう時は…素直にあやまろう…うん…。
結局、その日はパルスィさんのお説教で一日が過ぎて行った…。
途中、紫さんが助け舟を出そうとしてくれたが…笑顔のパルスィさんに気圧され、そそくさと去って行った。
大妖怪を威圧するって…パルスィさん…どれだけ恐ろしい事に……。
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余談だが、後日…陰陽玉を使って連絡をしてきた、かやちゃんから、“みーくん”とフレンドリーに呼ばれた際に、その場にいたパルスィさんともう一悶着あったのは別のお話。
という訳で、輝夜の過去話と親友になる話でした。
愛称に関しては、他の二次作品でも色いろとありますが、あまり見ないものにしてみました。
我ながらセンスが微妙だなと…。
ご意見、ご感想、アドバイスなど、よろしければお待ちしております。