しかしそれはまた一つの事件に繋がる。
今回は映姫の元での仕事になります。
妖夢さんとの稽古の翌日。今日は地獄の…映姫さんの横で秘書の様な仕事をしている。
なぜこの様な事になったのかと言うと…昨夜…。
―――――――――――――――――――――
『八雲紫。少々よろしいでしょうか?』
「あら…閻魔様じゃない…こちらに連絡を入れてくるなんて…余程の事でもありましたか?」
そう、幻想郷のトップである二人だが、その仲の悪さ(と言っても紫が一方的に嫌っているだけなのだが)から、連絡を取ることは殆ど無い。
『えぇ…実は、明日の法廷で、私の補佐をする筈だった死神達が、殆ど流行病にやられてしまったのです…幸い大事には至りませんでしたが…』
「あら、それは大変ですわね?それで、それと私がどう関係あると?」
すると少し躊躇いながら…。
『あなたに頼むのも申し訳ないのですが…一日だけで良いのです。碧さんを私の秘書として、雇わせて頂けないでしょうか…』
流石にこれには紫さんも驚いたようで、いつも余裕のある表情が驚愕に代わっている。
「……正気なの?それに…何故碧なの?代わりの死神ならいるのではなくて?」
『恥ずかしい話なのですが…地獄も人手不足…、それに…自業自得なのですが…私の事を嫌っている死神も多数います。空いている死神に声を掛けたのですが…皆、拒否されてしまい…』
「普段から部下の管理をしっかりしていないからね。閻魔様の名が泣きますわよ?」
『返す言葉もございません…。それと…碧さんを選んだ理由ですが…、今、手の空いている公平な立場の人間は、碧さんしかいないのです…』
確かに僕は八雲家に居る。でもあくまで居候の身。
「……まぁ、そうなるわね。妖怪が裁判に出ると、色んな所から不満が上がる。…かといって人里の人間では、あなたの言葉に耐えられない…選択肢としては間違っていないですわね…ですが、それでも碧があなたの秘書をする必要はあるのかしら?」
苦虫を食べたかの様な表情を浮かべる映姫さん…。
「……無論…報酬は、欠勤した死神、全ての分を払わせて頂きます…。あと…私的な言葉で申し訳ないのですが……くっ…私が頼れる方は、碧さんしか居ないのです……」
そして、紫さんが何かを言い返そうとするが…。
「分かりました「碧君?!」…映姫さんには恩があります…。それを少しでも返せるなら…僕は問題ありません」
「はぁ…。だそうよ?碧君が自分から行くなら、私にそれを止める権利はありませんわ…。ですが…少しでも碧君に負担になるような事があれば…」
「紫さん、大丈夫ですよ。映姫さんの元でなら、安心して働けますし…これも稽古の一環と思って頑張りますから」
『碧さん…感謝いたします…』
そうして、翌日…紫さんから三途の川まで送られ、小町さんから船に乗せられ地獄へと向かったのだけれど…。
「碧…あんたも変わった人間だねぇ…?自分から地獄に行って働きたいだなんて…私には到底まねできないよ」
「映姫さんには…その、色々とお世話になりましたから…。それにあの人の言葉を聞いていると、何だか自分の道が色々と見えてきて…嬉しいんです」
するとため息をついた小町さんが…。
「はぁ…。まあ私の役目は四季様の元に碧を連れて行くことだからねぇ…。只、これだけは言っておくよ?決して死者に同情はするな。決して四季様の判決に口を出すな。決して四季様の言葉から耳を背けるな…。これだけは守っておくれよ…いいね?」
「???……分かりました…。ありがとうございます、小町さん」
「気にしなさんな。さて、川岸に着いたね。ここから見えるあの建物に四季様は居る。後は碧次第だよ。頑張りな」
笑顔で見送ってくれる小町さん…相変わらずいい人だ。
そうして建物に向かうと入り口には…
「ようこそ、碧さん。お久しぶりです今日は来て頂き、ありがとうございます。お聞きしましたよ?地底の橋姫と結ばれたみたいですね。私からも祝福させて頂きます」
この前と同じ服…でも違うのは装飾のされた帽子を被っている映姫さん。成程…これが本来の仕事姿なんだ…。
「こちらこそ…お久しぶりです。連絡もせずに申し訳ありませんでした。どこまで出来るのか分かりませんが、本日はよろしくお願いいたします」
「相変わらず良い方ですね…その調子で善行を積んでください…。碧さんには、本日、私の秘書として、裁判に必要な書類の筆記、管理をお願いいたします。最初は勝手が分からないと思いますが、直ぐに慣れると思いますので、肩ひじを張らず、なるべく自然体でいて下さい」
そうして、映姫さんの臨時秘書として仕事を始めたのだけど…。
これは思った以上に大変だった。
小町さんが連れてきた死者の、詳細が掛かれた巻物を取りに”死者の書庫”へ行き、それを持ってまた戻ってくる。
戻り次第裁判が始まるのだが…。裁判の流れはこうだ。
死者の情報が掛かれた巻物を読む
浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)で実際のその死者の生前の行いを見る
それを元に、映姫さんが罪状を述べ(罪のない人、妖怪などいない)、それに応じた場所(冥界、天界、地獄)へと、生前の善行の数だけ死銭を持たせ、送る。
しかし、中には裁判を受け入れず、自分は悪くないと言い張る魂も居る。
そんな者には悔悟の棒(かいごのぼう)で、自分の犯した罪の重さを、その身で分からせ、それでも尚悔い改めない魂は、終わりの無い”無環の地獄”へと送られ、輪廻転生の理から外される。
そして、僕の仕事は、裁判での内容を書き記し、再び書庫へと直す…言わば書記官の様な役割をしている。
小町さんの言っていた言葉の意味が分かった気がする…。
死者に同情しては、その魂に引きずり込まれてしまう。
映姫さんの言葉に反論する事は…閻魔としての地位への侮辱に繋がる。
そして、映姫さんの言葉は…聞いていて、自分の為になる。
どうすればこれから、幸せになれるか、どうすれば不幸になるか…。
善行と罪…白と黒…二つで分けられた判決…聞いていて悲しくなる事もあった。怒りを覚えた事もあった。
それでも…この言葉の一つ一つを忘れてはいけない…僕はそう思った。
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「ふぅ…今日の仕事はここまでですね…」
閻魔として割り当てられた部屋で、最後の書類を整理しながら、半ばボヤキの様に言葉が出てしまいました。
今日は本当に大変でした…。本当に…彼には感謝しなければいけませんね…。
「そういえば碧さんはどちらに?」
さっきまですぐ側にあるデスクで仕事をしていたのだけれど…すると、扉が開かれお盆を持った彼が入って来ました。
「あ、映姫さん。お疲れ様です。お茶を入れたので…良ければどうぞ」
あぁ、それで居なかったのか…自分も、慣れない環境での仕事で、疲れている筈なのに…。
「ありがとうございます…おや…これは、お菓子…ですか?こんなものは置いていなかったと思うのですが…」
そう、お茶と一緒に出されたのは、小さなパウンドケーキ…はて?
「えぇ…頭を使う仕事って聞いていたので、今朝、藍さんから習いながら作ったんです。緑茶とも合いますので、こちらも良ければ…」
そこまで考えていてくれたのですね…。本当に彼は…優しすぎる…。
そうして、彼の作ってくれたケーキを食べ、お茶を頂く…美味しい…。――それになんだろう…この充実感は…。
今まで閻魔として、日々、仕事に明け暮れていた中で、こんなに気持ちよく仕事が終えられた事が、何度あっただろうか?
仕事を終えた…という達成感はあっても、人を裁いた、罪人に罪を課した…。いくら全ての干渉を受けない…中立で公平である、自身の能力を持ってしても…やはりキツイものはある。
それが今日はどうだ?達成感と共に、自分の言葉を素直に受け入れ、そして、何の責めもなく、只、純粋に私を労ってくれる…。
閻魔としての…ヤマザナドゥとしての私を受け入れ、四季映姫、個人としての私を労ってくれる。
自分が止められなかった。
気が付いたら私は…彼を抱きしめていた…。
「あ、あの…映姫さん…?」
戸惑いが隠せない彼…ですが…せめて今だけは…。
「――…すみません、今日は少しだけ疲れてしまったので…。あと少しだけで良いですから…こうさせて下さい…」
私はずるい女だ…。彼には既に、お付き合いしている女性がいる…にも拘わらず、こうやって未練がましく、彼の好意に甘える事しかできない…。
『優しさは麻薬』……私が彼に行った言葉だ…。その言葉を…私は…自分自身で…―――
そんな私の心を知ってか知らずか…彼は、碧さんは優しく、私の頭を撫でてくれました。
「…映姫さんが、一番辛いのは知ってます…。本当は優しい人なのに、誰よりも厳しく生きる事を強制されている。――ですから休める時は、休んでください?それが僕にできる、唯一の恩返しですから…ね?」
そうして、私が落ち着くまで…彼はずっと…私の頭を撫でてくれました…――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すみませんでした…お見苦しいところをお見せして…」
開口一番に映姫さんに言われた…。確かに、いきなり抱きつかれた時は驚いたけど…。
「先程言った通りですよ。休める時に休んでください」
すると映姫さんは少し恥ずかしそうに…。
「――…感謝します///」
あと…そうだ…。
「あの…もし、良ければなんですけど…。また、こうしてお手伝いに来ても良いでしょうか?もちろん…毎日という訳ではないのですけど…」
すると驚いた顔の映姫さんが…。
「私としてはありがたいのですが…何故ですか?今日働いていて、分かった筈ですよ?この仕事は、体力ではなく心を摩耗する仕事だと」
僕は、それを承知でお願いしたのだ。
「えぇ…多分、今日よりも、もっともっと…辛い日もあるんでしょう…。ですけど、僕はそれを見て、学ばなければいけない…理解しなければいけない…色々な思いを…感情を…そして、映姫さんが前に僕に教えてくれた…優しさを強さにできるかもしれない。そうすれば…彼女を辛い目に合わせずに済むかもしれない…その為の行動なら、いくらでもします…いえ、させて下さい!」
すると、少しだけ…複雑そうな顔をした映姫さんが…。
「碧さんの思いは分かりました。八雲紫にも確認を取らないといけませんので、直ぐにという訳にはいきませんが…。こちらこそ、お手伝い…お願いします」
そうして、僕の…もう一つの仕事先は決まる。
もっともっと…強くなって…パルスィさんと幸せに生きる為に……―――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
碧に連絡をしたけど…今日は繋がらなかった…。
夕方になっても連絡が無く、心配した私は、陰陽玉の映像を映し出したの…そしたら…。
「なんで…?なんで女と抱き合っているの?――…碧?」
映し出されたのは、碧よりも背の高い女性から抱き締められる姿。
そして、私の見たくなかったのは…碧が、自分からその女性の頭を撫でた行為…――
彼の、碧の事だから…何か事情があるのだろう。
優しい彼の事だ、辛そうな女性を見過ごせなかったのだろう。
でも…………妬ましい…。
ただひたすらに、妬ましい。
碧を抱きしめている行為が妬ましい…―
碧から撫でられている事が妬ましい……――
あの場に居る事ができない自分自身が、妬ましい……―――
この時の私を見たら…人は言うだろう…。自らの嫉妬に狂った”嫉妬姫”…と……――
仕事に関しての描写は、独自解釈です。
それから、映姫の心理描写もです。
雇われ閻魔である映姫…中間管理職ながらも、その責任や呵責は凄まじい物だと思います。
だからこそ、個人としての安らぎを求めた…不思議な事ではないですよね。
そしてパルスィ、大切な人を想うからこその嫉妬。
その人の為に行動するからこそのヤンデレなのかなと。