東方嫉妬姫   作:桔梗楓

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妖夢の元、稽古を付けて貰う碧。
しかしそれはまた一つの事件に繋がる。
今回は映姫の元での仕事になります。


19話 碧、閻魔の元で働く

妖夢さんとの稽古の翌日。今日は地獄の…映姫さんの横で秘書の様な仕事をしている。

 

なぜこの様な事になったのかと言うと…昨夜…。

 

―――――――――――――――――――――

 

『八雲紫。少々よろしいでしょうか?』

 

「あら…閻魔様じゃない…こちらに連絡を入れてくるなんて…余程の事でもありましたか?」

 

そう、幻想郷のトップである二人だが、その仲の悪さ(と言っても紫が一方的に嫌っているだけなのだが)から、連絡を取ることは殆ど無い。

 

『えぇ…実は、明日の法廷で、私の補佐をする筈だった死神達が、殆ど流行病にやられてしまったのです…幸い大事には至りませんでしたが…』

 

「あら、それは大変ですわね?それで、それと私がどう関係あると?」

 

すると少し躊躇いながら…。

 

『あなたに頼むのも申し訳ないのですが…一日だけで良いのです。碧さんを私の秘書として、雇わせて頂けないでしょうか…』

 

流石にこれには紫さんも驚いたようで、いつも余裕のある表情が驚愕に代わっている。

 

「……正気なの?それに…何故碧なの?代わりの死神ならいるのではなくて?」

 

『恥ずかしい話なのですが…地獄も人手不足…、それに…自業自得なのですが…私の事を嫌っている死神も多数います。空いている死神に声を掛けたのですが…皆、拒否されてしまい…』

 

「普段から部下の管理をしっかりしていないからね。閻魔様の名が泣きますわよ?」

 

『返す言葉もございません…。それと…碧さんを選んだ理由ですが…、今、手の空いている公平な立場の人間は、碧さんしかいないのです…』

 

確かに僕は八雲家に居る。でもあくまで居候の身。

 

「……まぁ、そうなるわね。妖怪が裁判に出ると、色んな所から不満が上がる。…かといって人里の人間では、あなたの言葉に耐えられない…選択肢としては間違っていないですわね…ですが、それでも碧があなたの秘書をする必要はあるのかしら?」

 

苦虫を食べたかの様な表情を浮かべる映姫さん…。

 

「……無論…報酬は、欠勤した死神、全ての分を払わせて頂きます…。あと…私的な言葉で申し訳ないのですが……くっ…私が頼れる方は、碧さんしか居ないのです……」

 

そして、紫さんが何かを言い返そうとするが…。

 

「分かりました「碧君?!」…映姫さんには恩があります…。それを少しでも返せるなら…僕は問題ありません」

 

「はぁ…。だそうよ?碧君が自分から行くなら、私にそれを止める権利はありませんわ…。ですが…少しでも碧君に負担になるような事があれば…」

 

「紫さん、大丈夫ですよ。映姫さんの元でなら、安心して働けますし…これも稽古の一環と思って頑張りますから」

 

『碧さん…感謝いたします…』

 

そうして、翌日…紫さんから三途の川まで送られ、小町さんから船に乗せられ地獄へと向かったのだけれど…。

 

「碧…あんたも変わった人間だねぇ…?自分から地獄に行って働きたいだなんて…私には到底まねできないよ」

 

「映姫さんには…その、色々とお世話になりましたから…。それにあの人の言葉を聞いていると、何だか自分の道が色々と見えてきて…嬉しいんです」

 

するとため息をついた小町さんが…。

 

「はぁ…。まあ私の役目は四季様の元に碧を連れて行くことだからねぇ…。只、これだけは言っておくよ?決して死者に同情はするな。決して四季様の判決に口を出すな。決して四季様の言葉から耳を背けるな…。これだけは守っておくれよ…いいね?」

 

「???……分かりました…。ありがとうございます、小町さん」

 

「気にしなさんな。さて、川岸に着いたね。ここから見えるあの建物に四季様は居る。後は碧次第だよ。頑張りな」

 

笑顔で見送ってくれる小町さん…相変わらずいい人だ。

 

そうして建物に向かうと入り口には…

 

「ようこそ、碧さん。お久しぶりです今日は来て頂き、ありがとうございます。お聞きしましたよ?地底の橋姫と結ばれたみたいですね。私からも祝福させて頂きます」

 

この前と同じ服…でも違うのは装飾のされた帽子を被っている映姫さん。成程…これが本来の仕事姿なんだ…。

 

「こちらこそ…お久しぶりです。連絡もせずに申し訳ありませんでした。どこまで出来るのか分かりませんが、本日はよろしくお願いいたします」

 

「相変わらず良い方ですね…その調子で善行を積んでください…。碧さんには、本日、私の秘書として、裁判に必要な書類の筆記、管理をお願いいたします。最初は勝手が分からないと思いますが、直ぐに慣れると思いますので、肩ひじを張らず、なるべく自然体でいて下さい」

 

そうして、映姫さんの臨時秘書として仕事を始めたのだけど…。

 

これは思った以上に大変だった。

 

小町さんが連れてきた死者の、詳細が掛かれた巻物を取りに”死者の書庫”へ行き、それを持ってまた戻ってくる。

 

戻り次第裁判が始まるのだが…。裁判の流れはこうだ。

 

死者の情報が掛かれた巻物を読む

 

浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)で実際のその死者の生前の行いを見る

 

それを元に、映姫さんが罪状を述べ(罪のない人、妖怪などいない)、それに応じた場所(冥界、天界、地獄)へと、生前の善行の数だけ死銭を持たせ、送る。

 

しかし、中には裁判を受け入れず、自分は悪くないと言い張る魂も居る。

 

そんな者には悔悟の棒(かいごのぼう)で、自分の犯した罪の重さを、その身で分からせ、それでも尚悔い改めない魂は、終わりの無い”無環の地獄”へと送られ、輪廻転生の理から外される。

 

そして、僕の仕事は、裁判での内容を書き記し、再び書庫へと直す…言わば書記官の様な役割をしている。

 

小町さんの言っていた言葉の意味が分かった気がする…。

 

死者に同情しては、その魂に引きずり込まれてしまう。

 

映姫さんの言葉に反論する事は…閻魔としての地位への侮辱に繋がる。

 

そして、映姫さんの言葉は…聞いていて、自分の為になる。

 

どうすればこれから、幸せになれるか、どうすれば不幸になるか…。

 

善行と罪…白と黒…二つで分けられた判決…聞いていて悲しくなる事もあった。怒りを覚えた事もあった。

 

それでも…この言葉の一つ一つを忘れてはいけない…僕はそう思った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ふぅ…今日の仕事はここまでですね…」

 

閻魔として割り当てられた部屋で、最後の書類を整理しながら、半ばボヤキの様に言葉が出てしまいました。

 

今日は本当に大変でした…。本当に…彼には感謝しなければいけませんね…。

 

「そういえば碧さんはどちらに?」

 

さっきまですぐ側にあるデスクで仕事をしていたのだけれど…すると、扉が開かれお盆を持った彼が入って来ました。

 

「あ、映姫さん。お疲れ様です。お茶を入れたので…良ければどうぞ」

 

あぁ、それで居なかったのか…自分も、慣れない環境での仕事で、疲れている筈なのに…。

 

「ありがとうございます…おや…これは、お菓子…ですか?こんなものは置いていなかったと思うのですが…」

 

そう、お茶と一緒に出されたのは、小さなパウンドケーキ…はて?

 

「えぇ…頭を使う仕事って聞いていたので、今朝、藍さんから習いながら作ったんです。緑茶とも合いますので、こちらも良ければ…」

 

そこまで考えていてくれたのですね…。本当に彼は…優しすぎる…。

 

そうして、彼の作ってくれたケーキを食べ、お茶を頂く…美味しい…。――それになんだろう…この充実感は…。

 

今まで閻魔として、日々、仕事に明け暮れていた中で、こんなに気持ちよく仕事が終えられた事が、何度あっただろうか?

 

仕事を終えた…という達成感はあっても、人を裁いた、罪人に罪を課した…。いくら全ての干渉を受けない…中立で公平である、自身の能力を持ってしても…やはりキツイものはある。

 

それが今日はどうだ?達成感と共に、自分の言葉を素直に受け入れ、そして、何の責めもなく、只、純粋に私を労ってくれる…。

 

閻魔としての…ヤマザナドゥとしての私を受け入れ、四季映姫、個人としての私を労ってくれる。

 

自分が止められなかった。

 

気が付いたら私は…彼を抱きしめていた…。

 

「あ、あの…映姫さん…?」

 

戸惑いが隠せない彼…ですが…せめて今だけは…。

 

「――…すみません、今日は少しだけ疲れてしまったので…。あと少しだけで良いですから…こうさせて下さい…」

 

私はずるい女だ…。彼には既に、お付き合いしている女性がいる…にも拘わらず、こうやって未練がましく、彼の好意に甘える事しかできない…。

 

『優しさは麻薬』……私が彼に行った言葉だ…。その言葉を…私は…自分自身で…―――

 

そんな私の心を知ってか知らずか…彼は、碧さんは優しく、私の頭を撫でてくれました。

 

「…映姫さんが、一番辛いのは知ってます…。本当は優しい人なのに、誰よりも厳しく生きる事を強制されている。――ですから休める時は、休んでください?それが僕にできる、唯一の恩返しですから…ね?」

 

そうして、私が落ち着くまで…彼はずっと…私の頭を撫でてくれました…――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「すみませんでした…お見苦しいところをお見せして…」

 

開口一番に映姫さんに言われた…。確かに、いきなり抱きつかれた時は驚いたけど…。

 

「先程言った通りですよ。休める時に休んでください」

 

すると映姫さんは少し恥ずかしそうに…。

 

「――…感謝します///」

 

あと…そうだ…。

 

「あの…もし、良ければなんですけど…。また、こうしてお手伝いに来ても良いでしょうか?もちろん…毎日という訳ではないのですけど…」

 

すると驚いた顔の映姫さんが…。

 

「私としてはありがたいのですが…何故ですか?今日働いていて、分かった筈ですよ?この仕事は、体力ではなく心を摩耗する仕事だと」

 

僕は、それを承知でお願いしたのだ。

 

「えぇ…多分、今日よりも、もっともっと…辛い日もあるんでしょう…。ですけど、僕はそれを見て、学ばなければいけない…理解しなければいけない…色々な思いを…感情を…そして、映姫さんが前に僕に教えてくれた…優しさを強さにできるかもしれない。そうすれば…彼女を辛い目に合わせずに済むかもしれない…その為の行動なら、いくらでもします…いえ、させて下さい!」

 

すると、少しだけ…複雑そうな顔をした映姫さんが…。

 

「碧さんの思いは分かりました。八雲紫にも確認を取らないといけませんので、直ぐにという訳にはいきませんが…。こちらこそ、お手伝い…お願いします」

 

そうして、僕の…もう一つの仕事先は決まる。

 

もっともっと…強くなって…パルスィさんと幸せに生きる為に……―――

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

碧に連絡をしたけど…今日は繋がらなかった…。

 

夕方になっても連絡が無く、心配した私は、陰陽玉の映像を映し出したの…そしたら…。

 

「なんで…?なんで女と抱き合っているの?――…碧?」

 

映し出されたのは、碧よりも背の高い女性から抱き締められる姿。

 

そして、私の見たくなかったのは…碧が、自分からその女性の頭を撫でた行為…――

 

彼の、碧の事だから…何か事情があるのだろう。

 

優しい彼の事だ、辛そうな女性を見過ごせなかったのだろう。

 

でも…………妬ましい…。

 

ただひたすらに、妬ましい。

 

碧を抱きしめている行為が妬ましい…―

 

碧から撫でられている事が妬ましい……――

 

あの場に居る事ができない自分自身が、妬ましい……―――

 

この時の私を見たら…人は言うだろう…。自らの嫉妬に狂った”嫉妬姫”…と……――

 




仕事に関しての描写は、独自解釈です。
それから、映姫の心理描写もです。
雇われ閻魔である映姫…中間管理職ながらも、その責任や呵責は凄まじい物だと思います。
だからこそ、個人としての安らぎを求めた…不思議な事ではないですよね。
そしてパルスィ、大切な人を想うからこその嫉妬。
その人の為に行動するからこそのヤンデレなのかなと。

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