ーー……ふぁああ……。
次の日。俺は縁側から入ってくる朝日を浴びて目を覚ました。雑魚寝していたらしく、首が少し痛い。近くには
部屋の外から音がしたためそちらに向かうと、野内の爺さんが粥を作っていた。
「おうおう、
そう言われて、朝食をごちそうになった。朝食は粥、結構健康的かもしれない。多分昼にはお腹が空くと思うけど。……うん、うまい!
俺がこの土地で育ったという米で作られたお粥に舌鼓を打っていると、野内の爺さんは別の部屋に入っていき、何かを持って台所に戻ってきた。
「秀影殿、ずっと褌姿というのもなんであろうし、良かったら儂の古着でも着ておきませんかな」
言われて気づいた。宴会で忘れていたが、確かに服は調達しなきゃと思ってたんだよな、いつまでも褌姿じゃ寒いし。俺は礼を言うと、爺さんの古着という浴衣を着てみた。
「なかなかお似合いですぞ」
爺さんがくれたのは、薄い青に少し黄色が混ざった、鮮やかな色の浴衣。サイズ的には少し大きいが、そんなにブカブカと言うほどでもなく、帯を締めればしっかりと着る事ができる。動きやすそうだし、何より色が綺麗だ。飛び跳ねたり反復横跳びしてみるが、脱げはしないみたいだし。
そんな事をやっていると、善久が頭を押さえながら台所に入ってきた。どうやら二日酔いらしい。爺さんが苦笑しながら粥をよそっている。どうやら酒を飲んだ後にはいつもこうなるらしい。じゃあ飲まなかったらいいのに。酒が弱い癖に酒好きなタイプか?
善久が粥を食べるのを見守っていると、長屋の入り口から馬の鳴き声と近づく足音が聞こえてきた。俺と爺さんが入り口に向かうと、こちらに向かってくる
「おう、秀影。それに野内の爺」
手を上げてくる妙印に、二人でぺこりとお辞儀する。畏まらなくて良いぞ、と言われたがやはり主君の側近。少しは敬わないと。
「本日はどういった御用件で?」
野内の爺さんの言葉に対し、妙印は答えた。曰く、これから横瀬家の家中会議があるそうな。
「で、ここの善久と秀影、新参二人も私が招待してやろうと思ってな。お前ら二人は面白い。他の面子にも紹介してやりたいのだよ」
「褌ネタはもうやりませんよ?」
「わかっとるわかっとる。もっともお前ら二人には将来的に、賑やかし役を押し付けたいとは思っておるのだがな。……どうだ、善久と二人で漫才でもしてみんか?」
丁重にお断りした。
〜〜〜〜〜〜〜
その後、まだ粥を食べていた善久を急かし、用意を済ませて長屋を出た。俺は妙印と善久と三人で
「いやぁ、まさかこんなすぐに城に登れるとは思ってもいなかったなぁ」
最後尾で俺が言うと、妙印は「ガッハッハ」と笑い、横瀬家の事情を説明してくれた。
横瀬家は先代の横瀬
しかし、泰繁の教育の厳しさと昌純本来の捻くれた精神が重なり、だんだんと昌純は泰繁に反抗しだした。泰繁の言うことを聞かなくなっていき、城下の統治も雑になっていったため、民が不平不満を持ち始めた。そこで仕方なく、泰繁は昌純を攻撃し自害に追い込むと、代わりとしてその弟の岩松
「だが、先代泰繁殿は先日の合戦で討死してしまってな。その際家臣も多くが死んでしまった。そこで
話が終わるとともに、階段を登りきった。俺の視界を、横広い大きな城が占領していた。新田金山城だ。この前は山の下から見たが、目の前にするとその何倍も大きく感じる。立派な城だな、でも天守閣がないからちょっと地味かも?なんて考えていると、妙印と善久が正門を潜ってしまった。俺も慌てて後を追う。
中に入り靴を脱いで廊下を奥に進むと、広間があり、そこに二十何人かの人間が座っていた。一番奥の上座には、成繁……様が鎮座している。
「お、来たか妙印。……ん?その二人を連れて来たのか?」
「おう、暇そうだったのでな。お前達、末席にでも座っていろ」
妙印に言われて、俺と善久は一番端っこの席に座る。妙印は真ん中をゆっくりと歩き、成繁様の隣に腰を下ろした。
成繁様と妙印以外は、皆二列になって向かい合って並んでいる。俺と善久は下座の一番端で、上座には熊狩りの時成繁様や妙印と一緒にいた女の子二人や薄幸そうな男子なんかが座っていた。
「では、家中会議を行う!」
成繁の殿様の掛け声を聞き、家臣一同深々と礼をする。
「本日の評定は、先に定めた『
一同が一瞬ざわめくが、妙印が扇子で床を叩いて落ち着かせる。
「まず法度について……
呼ばれて、一人の姫武将が立ち上がる。黒い髪を腰まで下ろしたストレートの髪型に、黒縁メガネを掛けた中学生くらいの女の子が、本を片手に説明する。
「えーっと、現在の法度の状況はですね……『家中法度』は既にほぼ家臣全員に広がっている様です。やはり違反した者を数名処罰したのが大きかったかと。『百姓仕置法度』の方は、立札を色々な箇所に置いておりますが、文字が読めない民もいるため、広がるまでまだ少し時間がかかりそうです」
「なるほど……ではやはり農民にも字を教えるべきだな。よし、では学問所を設置してみよう」
異議なし、と妙印が大声を上げる。それに続いて他の人達も異議なし、と叫び出す。俺もとりあえず流れに乗って異議なし、と叫んだ。学問は大事だしね。
皆の声が鳴り止んだところで、成繁はコホン、と一回わざとらしく咳をする。
「では……今からが本題だ。
関東管領
再び一同がざわめく。関東管領……っていったら、上杉
……ん?と言うことは、もしかして……俺は、『織田信奈の野望』の原作の時代よりもかなり昔に来ちゃったのか!?今更気づいた重大な事実!もしかしてまだ信奈生まれてなかったりする!?
そんな俺の内面の動揺など他の面々は気にもせず、話を続ける。それを見て俺も落ち着いた。そうだ、別にこの世界に来たからって、無理に原作に介入しなくても……あ、でも年取り過ぎたら
「関東管領上杉憲政は
皆難しい顔になる。後北条氏……相模の後北条氏ってことは、トップは
「我々は関東の民、やはり関東管領殿に味方するのが義理というものではないでしょうか」
さっき話してた成道さんがメガネの腹を押さえながら言うと、その反対側に座っていた茶髪の髷を結った背の低い女の子が立ち上がる。
「いや、今勢いに乗っている新興勢力北条氏!あいつらに味方する方が面白いと思う!」
成道さんが深々とわざとらしくため息を吐くと、茶髪髷の子に話しかける。
「
「なぜだ成道!生は道楽、世は酔狂!面白いものが全てだろう!」
「酔狂で横瀬の家が転覆したらどうしますか」
「むむむ」
政光というらしいその子は、論破されて黙ってしまった。まぁ、面白いから、で家を左右する大事な選択を決められないよね。
「やっぱり上杉が良いんじゃないかな?」「そうそう」
成道さんと政光より一つ下座に座っている薄緑髮の女の子二人が、成道さんを支持する。というより、全体的に上杉に味方する空気になっている。
確かに上杉に味方した方が理にかなってるけど……でも相手は北条だしな。風魔とか放ってきてバンバン暗殺されるよりは、味方についておく方が安全な気も……いやでもやっぱり関東管領とか古河公方とか権威がある方についた方が、勝った時のリターンも大きいし負けた時のリスクも少ないか?うーむ。
結局その日は最後まで決まらず、明日考えをまとめて再会議、という事になった。
「よし、それでは本日はここまで。明日までにはどちらかを決めておくように。解散」
その言葉とともに、一礼する。何人かがすぐに退陣すると、それについていくように皆出城し始めた。俺も広間を出て、さて長屋に戻ろうか、と考えていたら、廊下の奥にいた妙印に声をかけられた。
「善久、秀影、こっち来い」
言われた通りに妙印の元に向かう。そこには、先ほど発言をしていた四人の姫武将がそこにいた。
「善久、秀影。新参のお前達にこやつらを紹介しておきたい」
妙印は朗らかに笑いながら言うと、四人にこちらのことを説明し始めた。
「こやつらは面白い奴らでな、今はまだ足軽だがすぐに出世してお前らと肩を並べるようになる者らだ。今のうちに面識を持っとけ」
それだけ言うと、妙印は帰っていった。この言われよう、もしかして俺、妙印に期待されてる?ちょっと照れるな……
妙印の背中を見送りながら、俺は四人の姫武将と対峙する。会議の時も思ったけど、やっぱり皆小さい!俺は今、前世より少し若い一五、六歳くらいだけど、この子達、高く見積もっても中学生くらい……いや、何人かは、小学生くらいの年齢じゃないか、これ?
「ほう、面白い奴らとな!何か隠し芸でもあるのか!?わくわく!」
その中でも一番小さな(小説内の政宗くらい幼いんじゃ?)茶筅髷……政光、だっけ?彼女がこちらにキラキラと光る目を向けてくる。やめてくれぇ、こっちはただ褌を落としただけなんだぁ!そんな純粋な目で、期待するような目で見ないでぇ!
「政光……面白そうなものを前にするとすぐこれだ……もう、子供なんだから」
成道ははぁ、とまたため息を吐く。
「そんなため息ばかりしてると、皺ができるぞ?」
善久が言うと、成道は顔を少し赤くして、「うるさい、足軽のくせにため口を聞くな!」と怒った。
「自己紹介お願いしたいな」「うんうん」
緑髮の残り二人がそう言ってくる。確かに、目下の俺達が先に挨拶するのは礼儀かな。
「俺は秀影、甲斐から来た。年齢は十六くらいだ。よろしく!」
「私は藤生善久、年齢は同じく十六。好物は鴨鍋だ。鴨を他の具とともに煮込んだあの鍋は最高だ。鴨の出汁が豆腐やねぎにしみ込み、代わりと言わんばかりに野菜が鴨肉の旨味を引き立てる、あの相性は素晴らしい。その点、熊肉や鹿肉は少し獣臭いのが難点だな。味はかなりのものだが、臭いが服につくのはいただけない。まぁ、私は料理はしないから出されたものを食べるだけだし、文句は言えないがな。そうそう、この間「もういいです!!」そうか?まだまだ話せるが」
成道さんが話を止めた。長い上に脱線していたし、止めて正解だろう。というか、善久お前そんな長台詞を話せたのか。
「あなた方の事はわかりました。私達も名乗りましょう。政光」
「ん?俺からか?わかった!」
ちょちょん!と歌舞伎の見得のようにポーズを取り、政光は堂々と名乗りをあげる。
「我が名は
「あれ?妙印も最強って言ってたような……」
「ああ、あれは最強を超えてもはや人外の域に達しておる。俺はまだギリギリ人間として最強、の立ち位置を保っているのだ!まぁ、俺とていつあちら側に転ぶかわからんのだがなぁ」
悪い顔でクックッと笑う政光。なんだろう……梵天丸オーラを全体から感じるぞ?そのうち独眼竜とか名乗ったりしないだろうな?
「では、私も自己紹介を。私は
「では続けて私も自己紹介。私は林
薄緑髮の二人が続いて自己紹介した。姉妹かな、と思っていただけに叔母と姪の関係とは意外だ……戦国時代は大家族が当たり前だから、一番上と一番下の年齢が二十以上違うこともよくあるだろうし、こういうこともよくあるのかな?
「最後は私ですね。私は野内
ドヤ顔してる成道さんに、筆頭が被ってるぞと教えてやったら、顔を赤くして怒られた。理不尽だ……。
「野内……という事は、爺様の孫か!?」
善久が驚く……ってああ!そうか!野内って事はそういう事だよなぁ!
しかし成道さんは首を振ると、
「いえ……私は、成厳の娘です。齢は十六になります」
「「え、ホントに?」」
「なぜ同じ事を重ねて言われるのです!?」
「いや、だって……」「なぁ……」
成厳の爺さんは見た目皺くちゃで、かなり歳をとってるイメージだったから、こんなに若い娘がいるのは意外……いや、でも腕の筋肉なんかも凄かったし、ボケてもいないし、もしかしたら見た目と比べて爺さんも若いのか?
俺が野内の爺さんの謎に関心を奪われていると、その手をギュッ、と握られた。
「善久と秀影、その名は俺の身に刻んだぞ!それじゃあ、なんか面白いことやってくれっだっ!」
成道に頭を叩かれる政光。彼女は、少し目を潤ませながら成道を睨む。
「何をする!痛かったじゃんか!」「彼らは曲芸師ではないのですよ、あまり失礼な真似は控えなさい」
成道に言われ、口を尖らせる政光。その手を、俺は握り返した。
「あ、ええっと……今日は色々と忙しいからさ。また今度会った時に、見せてやるよ」
その言葉に政光は目を見開き、
「ほ、ホントか!約束したからな!やったー!」
すごく喜んだ。ああ、なんか癒されるな。可愛いわー。……この気持ちは、純粋な愛である!
「あ、いい事考えたぞ、秀影!お前のネタ次第では、俺はお前を我が部下の一人としてやっだ!」
「まだ戦功も立てていない足軽をお笑いで昇格させていたら、皆戦いなどやめてネタ創りに励んでしまうから、やめなさい。そんなお笑いで成り上がった家臣ばかりになったら、横瀬家は終わりです!」
成道は怒る。あれ、原作に本猫寺以降ネタばっか創ってた狸がいたような……あれ?
さすがにそれは理があると思ったのか、それとも成道が怖かったのか、「うむむ、言われてみればそうだな」と政光も認めた。
「というわけで、昇格の話は無しだが、それでもネタを見せてくれるか?」
俺はそれに対し、ああとだけ答える。それだけで政光は嬉しそうに頷いた。
「そ、そうか!楽しみにしてるぞ!ではさらばだー!」
政光は『とうっ!』と再び見得を切ってから、階段を跳びながら高速で降りていった。
「じゃあ、私達も城に戻ろうかー」「そうだねぇ」
林二人もそう言って階段を降りていく。俺と善久もそれに続いた。
「腹減ったなー、昼飯どーする?」「うーむ……魚が食いたい!」
昼飯の話をしながら数段降りた時、唯一残っていた成道がこちらに言った。
「……あなた方が、『新しい風』となる事、期待していますよ」
俺と善久はニッと笑んで、もちろんだ、と告げた。
今回出た四家老、色々と調べてみたんですが全然情報がない!
というわけで、かなりオリジナルが入ると思いますが、平にご容赦。
次回、『初陣』