ーー!
長い長い光の穴を抜けた果てにたどり着いたのは、暗い夜の森。さっきまで周りがとてつもなく明るかったせいか、余計に周りが暗く感じてしまう。良く考えれば、この時代……安土桃山、いや、まだ室町かな?……には街頭なんて無いもんなぁ。
考えてみて思ったんだけど、今は原作でいうところのどこまで進んでるんだろう?……の前に、そもそもここはどこだろう?この作品の主人公、
森を抜けたらどっか人の住んでる場所に向かえるかな?なんて安易な考えに従い俺は歩き出す。道が整備されたりなんかは当然してないので時々大きな石に躓いたりしながら、俺は草木が茂る森の中を早足で歩いていく。しばらくすると周りの木が少なくなってきた。森を脱出できるかな、なんて思って速度を更に上げると、数秒後には森を抜けた。近くに切り株があったから俺はそれに腰掛け、グッと伸びをして、そして見た。
「……綺麗……」
夜空に輝く幾万もの星を。俺の元いた時代とは違ってこっちの時代には余計な明かりがない。だから星がこんなにはっきりと見えてるんだ……
俺はしばらくその輝きに目を奪われ、座ったまま空を眺めていた。
十数分くらい経っただろうか?俺はやっと正気に戻る。星空はいつでも見れる、それよりも人を探さないと、と思い直した。が、再度考える。こんな夜中に村や城下に入って行ったら、泥棒か忍者と間違えられて成敗されるんじゃ……
嫌な想像をしてしまった俺は、この森の出口で一泊する事にした。特に金目の物とか持ってないよな、と確認していてふとまた一つ気がついた。
この服装……洋服はダメだろ……違和感MAXだろ……
どうしよっかな〜と俺は目を瞑り座禅を組んで考える。
ポクポクポクポクポクポク……チーン!!あ、閃いた!!
「という訳で、第一回簡単!室町の服製作講座〜!!わーパチパチ!!」
一人ぼっちの寂しさを独り言で埋める、哀れな俺である。早く人に会いたい物だ。
「まず最初に、服を一着用意します!できれば白がベスト!!俺の場合はTシャツを使います。作り方は簡単!まず、木とか石とか、とにかく先端が鋭くて布を切り裂く事が出来そうな物を用意します!」
近くを探してみるがそう言った鋭利な刃物のような物は何も落ちていなかった。仕方なく俺は木の枝を一本折って、先端を近くの石で削って尖らせる。
「次に、布から大きくて四角い生地を取ります!」
大きければ大きいだけ良いと思う。俺はシャツを脱ぎ、その背中部分を全部切り取った。
「そして、腰に巻きつけます!!」
詳しい巻き方は俺も知らん!!とりあえずズボンとパンツを脱いで、無防備な腰に布を巻きつけた。
「出来た!!日本男児愛用、前掛け付きふんどしの完成……?」
なんか……ふんどしと言うよりもパレオみたいになってるんだが……あれぇ?
その後布一枚相手に裸で格闘した結果、どうにかよく見るふんどしの姿になる事が出来た。
「でー、余ったTシャツは法被風に羽織って終了!」
江戸っ子風祭り男装備完成!……あれ、江戸っ子って室町じゃない様な……
「まぁそんな細かい事は気にすんな!」
自分に言い聞かせながら、使っていないズボンを切り裂いて開く。
「ちょっと冷えるから軽い掛け布団も制作!これでばっちりだな!」
俺は作品達のできに満足すると、切り株を床にして眠りについた。
「うう、やっぱり肌寒い。前の世界では夏だったのに……」
少し後に知る事になるが、この季節は旧暦七月の初め……つまり現在の太陽暦で言うところの八月上旬である。八月にこの寒さなら、もし冬にこの場所に落ちてきた場合、余りの寒さに凍え死んでいたんじゃ……と自分の悪運の強さに感謝したのは、また別の話だ。
とにかく俺はその日、星の下で眠りについた--
〜〜〜〜〜〜〜
ーー七月某日、卯の中刻(午前六時)。日光が地や草木を照らす中、一人の姫武将が共に三人の従者を連れ、狩に出かけていた。
「しかし、熊が出るという噂を聞いて熊退治に出かけるとは、なかなかの良い領主っぷりですな、姉上」
少し皮肉を込めて共の者が言うと、姫武将はそれを受け止め苦笑する。
「仕方がなかろう。まだ下剋上してから日も浅い。評判が悪かった
「で、その民の不安を払拭するためにこんな早くから森に熊退治、と。いやはや、しかし不安です。町人以上に私が不安ですよぅ。もし熊に捕まって頭からボリボリとかじられたらどうしましょう」
別の従者の言葉に、もう一人の従者が笑って返す。
「ガッハッハ!もしそうなったとしたら、この赤井妙印が仇を取ってやる!心配するな!!」
「それでは遅すぎますよぅ。できるなら、私が喰われる前に助けていただきたいのですがぁ」
「あなたが喰われたら、多分私達の士気も上がるでしょう。『よくも
「そんな人柱みたいな役、嫌ですよぅ!そう言った事は姉様がおやりになればよろしいでしょう!」
「やだよ、痛いし」
「しっ、そろそろ着くぞ。静かに」
姫武将の声に他の者達も黙り、静かに気を身体に纏わせる。
と、その時。
『グワオオオォォ!!』『うおぉぉお!?!?』
熊の雄叫びと、人間の悲鳴が!
「え、もう誰か襲われてる!?」「良かったですね、繁詮。あなたが喰われなくても済みそうですよ」
「言ってる場合か!急ぐぞ!早く熊を倒さねば!!」
姫武将の声と共に馬達は速度を上げる。目的地が見えてきた。その入り口で戦っている熊と人間も。
「…………え!?」
四人は一瞬、自分の見ている物が理解できなかった。しかし二度見してみても、視界の様子は変わらない。
褌姿の男が、防戦一方、ほぼ逃げ回っているとはいえ、熊と相対して生き延びている!!
「……ほう。あの男、面白そうだな。即刻救援するぞ!!」
「「「応!!」」」
こうして四人の武士が、熊に襲われる謎の男を助けるため、各々の獲物を抜いて突撃する!!
〜〜〜〜〜〜〜
--頰に何かザラザラした物が当たる感触で、俺は目を覚ました。とりあえず、その感触の方に目をやる。
そこには、近づいてくる大きな歯が……
「おう危ねっ!!」
すんでの所でゴロッと床を転がると、切り株から落ちた。そのおかげで、謎の口からは逃げられた様だ。俺は今まででおそらく最も早く起き上がり、そして見た。
「く……熊……?」
そこにいたのは、二本足で立つ巨大な獣。大きな爪と牙を有した、森の王者。
その王者は、獲物に避けられた事でご立腹である。
「ちょっと待ってこちとらまだ転生して日が浅いんだっておわ!?」
その鋭い爪がこちらに向かって振り落とされる!これがベアー・クローか、とか言ってる場合じゃねぇ!
しゃがんでどうにか避ける俺。しかし、爪が引っかかったのか、俺の法被が持っていかれてしまった!
「オイィ!!俺の一張羅ぁ!!」
そんな事熊が聞くはずもなく、更に追撃を放ってくる!俺は慌てて後ろに下がる。
と、そこで気づいた。
(あれ。俺、運動能力上がった?)
熊が突進してくる。それに合わせる様に、俺はジャンプする。すると、俺の身体は熊を越え、少し離れた木の枝までたどり着いた。
「……そうか、転生した時に身体を変えたから……」
その身体の持ち主だった秀影さんと同じ身体能力を得た訳だ!すげぇ!これが転生特典とか言うやつか!?……いや、ちょっと違う様な……
「ってうわぁ!!」
そんな事を考えている間に、熊が俺の乗っている木に突撃してきた!俺は振り落とされ、木から落ちる。幸い、熊とは気を挟んで反対側だったが、奴はそんなの気にしない!
熊の爪が木を叩き折り、そのまま俺を狙う!!
「自然の力って怖ぇ!?」
俺は再び別の木に飛ぶ。そこからは俺と熊との体力勝負の始まりだった。
で、二十分ほどが経った今。
「ちょっと……熊さん体力ありすぎるよ……」
元々かなり大きい熊だな、とは思っていた。とはいえ、せいぜい五分も逃げ切れば飽きて諦めて帰るだろ、なんて楽観視してたんだけど……なにこの熊、しつこい!というか俺との追いかけっこを楽しんでる風にすら感じられるんだが!!
と、ここで。
足場にしようと踏みつけた枝が、ボキッと折れた。
「ぇ!?」
それだけ言って、俺は地上に落下する。いつの間にか、元の入り口に戻ってきていた。
数m先には熊。俺は尻餅をついたまま後退りする。と、そこで俺の手に何か硬い感触が……
「っ!これは……!」
俺は即座に立ち上がる。もう、恐怖も絶望感も消えた。俺は今、武器を手に入れたのだ!
「昨日服を作る時に使った大きい石&削った鋭い枝!!」
俺の大声に、熊も驚いたのか少し身体を退く!
しかし、もう許さん!!お前はここで倒して熊鍋にしてやる!!
「喰らえ!!スーパーウルトラダイナミックスロー!!」
俺はまず、石を投擲!狙うは熊の顔面!もっというなら、その小さな脳みそだ!!
「喰らいやが『ヒュン!!……」
俺の首の数cm横を、何かが凄いスピードで通り過ぎた。そんでもって、熊には何のダメージも無さそうだ。
「……スーパーウルトラダイナミックスロー!!」
俺は持っていた枝をぶん投げる!狙いは眼!もしくは鼻!枝は俺の狙った通りに高速で飛んでいき……
熊の目の前で爪によって弾き返された。枝は俺の褌を掠めると、そのまま少し後ろの床に刺さる。
やはり、熊にはダメージが無い。……しかし、どこかご立腹の様だ。
「グワオオオォォ!!」「うおぉぉお!?!?」
熊が再び突撃してくる!今度はさっきまでのスピードの比じゃ無い!本気出したのか!?俺は何とかジャンプで近くの木に移る。が、その木の幹が熊の双爪に叩き折られた!!
俺は背中から地面に落下する。落下地点には石や尖った木がなかったのが幸いだったが、それでも痛いものは痛い!背中を打ちつけた俺は、一瞬呼吸ができなかった。何とか正常に呼吸を戻したが、その間にも熊がこっちに近づいてくる!!
「クソッタレ……熊との戦いなんて聞いてない……せめて、人と会いたかった……」
悔いや無念な気持ちが残る。こんな事なら、服とか作っていないで歩いて城下町か何かを探すんだった……
そう考えながら大の字に転がる俺に、熊は自慢の爪を振り上げ……
「諦めるには早いぞ」
熊の両腕が、宙を飛んだ。
「グワァァァ!?」「おわァァァ!?」
熊が叫ぶ!俺も連られて叫ぶ!
急に熊の腕が取れた!!血が、血が……!!
などと思いながら熊の方を改めて向くと、その下には二人の女性が立っていた。
薙刀を持った袴の女性が豪快に笑う。
「ガッハッハ、脆い脆い!!森の主の人喰い熊とか聞いていたが、所詮はこんなものよ!!」
え!やっぱり人喰い熊だったの!?俺は改めて熊のしつこさと強さを思い出し震える。
と、もう一人の浴衣の様な軽そうな服を着て、刀を持った女性が、熊の真正面に立ち、言う。
「人喰い熊よ、この私が来たからにはもうその様な真似はさせん。ここが年貢の納めどきよ。すぐに楽にしてやるから、ゆっくりと仕留められるがいい!」
直後、熊の怒号が森を貫く。その声に驚いたのか、森の中にいたらしい鳥達が一斉に空に向かって羽ばたいた!
その音を合図とする様に、二人と一匹が同時に近づき……!
「他愛ない」「一人で十分な位だったな」
熊の首が宙を舞い、身体が胸を境に二つに分かれる。
下半身が崩れると同時に、残された上半身と頭もドサリと地面に落ちてきた。
「にゃむあみだぶつ」「南無南無」
そう唱えてから二人の女性はこちらを向き、近づいてくる。こちらに手を貸し、立たせてくれた。
「危なかったな。よく生き延びていた」「ま、あと少し遅かったらお陀仏だったがな!ガッハッハ!!」
俺はひとまず例を言う。日本人に大事なのは、謙虚な姿勢と思いやり、感謝の心だ。
「ありがとうございます。俺みたいな名も知らない様な男を」
ぺこりと頭を下げ、そして上げる。と、そこで問題が発生した。
さっきの枝返しで布が切れたのか。
俺の褌が、ストン!と落ちた。
「うおぉぉお!?!?」
熊に襲われた時の様な情けない悲鳴を上げながら、俺は腰に手をやり無理やり褌を上げる。女子がポロリするならともかく、俺がポロリしても何の意味も需要もないだろ!むしろセクハラで一刀両断されるわ!!
目の前には薙刀と刀を持った女性二人。俺は恐る恐る腰からそちらに目線を上げると……
「……ぷっ!!」
片方の、袴の女性が吹き出した。
「あっはっはっは!!何だそれ!!身を呈して笑いを取りに来たのか!?それとも偶然か!?何にしても面白いやつだ!!」
ついには腹を抱えて笑う袴の人。何がそんなにおかしかったのかはよくわからないが、よく見るともう一人も肩を震わせて唇を噛んでいた。笑うの我慢してるよ……何がそんなに面白かったんだ?ホントに。
よく見ると、その二人の後ろに更に二人の女性がいた。彼女らは頰を赤く染め、下を向きながらチラチラとこちらを見ている。
それを見て俺は急激に恥ずかしさが増してきて、思わず上の木に飛び上がった。
数分後。
「どなたか知りませんが、助けてくださりありがとうございます!!」
俺は再び二人に深々と頭を下げる。お見苦しい物を……的な意味も含めてだ。
褌は切れているところを見つけて、そこを避ける様にして結び直した。というか、その結びに数分かかったのだ。
浴衣の人が、キリッとした顔で返事をしてくる。凛とした、綺麗な声だ。
「いや、いいさ。人助けは当然の事。それより怪我は無いか?」
「はい。
褌以外は」
ぶっ!と袴の人が吹き出す。どうやらよほどさっきのネタがツボだったらしい。
「……そうか、それは良かった。私達はもともとあの熊を成敗する予定だったのだ」
こちらもこちらで声が少し震えている。戦国時代の笑いのツボはよくわからんな……
「えっと……あなたはどちら様でしょうか?」
俺が聞くと、浴衣の人は少し驚いた様な顔をして、
「?私を知らないか?別の国から来たのか?」
などと聞いてくる。もしかして、そこそこ、いや、かなり偉い人っぽい。それこそ、どっかの城主とかかも……
「まあいい、名乗ってやろう。私は、
「私はその第一の側近、横瀬の片腕にして戦国最強、
デデン!と仁王立ちする二人。ただ、俺は思った。
(やばい。武将っぽい名前なのはわかるけど、聞いたこと無い)
戦国時代、その大まかな流れを俺は知っている。織田信長が出てきて、本能寺の変が起きて、
しかし、この世界はその流れに当てはまらないのも知っている。主人公、
ただ、これはそんな話ではない。そもそもの、根底にある話だ。
(俺、この人のこと、全然知らない)
この横瀬さんがどこの出身で、どこの大名の部下で、どんな戦いに出て何の活躍をするのか。俺は全くといっていい程それを知らない。
ダラダラダラーッ!と冷や汗を流す俺に、横瀬の殿様は聞いてくる。
「お前の名は?」
…………。
そこで一瞬思考が止まる。よく考えればその事も考えてなかった。
まずい、俺の元々の名前は現代的すぎるし……どうしよう。……あ、この身体、そのままの名前でいいか。
「……秀影。秀影です」
確か戦国時代は、武士みたいな偉い立場じゃないと名字をもらえなかったらしいし、下の名前だけでいいだろう。現に、横瀬の殿様も納得している様だった。
「では、秀影とやら。私に仕えてみる気は無いか?」
……………
「えーーーー!?!?!?」
「む?……不服か?」
俺は目を白黒させる!うお!?マジで!?いきなり武将から士官の誘いが来た!こんなトントン拍子で良いの!?というか何で俺が!?
「……な、なぜ俺に?」
横瀬の殿様はその質問に「ふむ」と少し考えて。
「お前が気に入ったのだよ。熊から逃げ切り、跳躍だけで高い木の枝に登る事のできる身体能力。そして、何よりその笑いの才覚をな」
秀影様ありがとうございます!!俺は心で感謝した。読んでて良かった!!
「嫌か?」
聞いてくる横瀬の殿様に、俺はブンブンと首を振って言う。
「とんでもない!俺みたいなひよっこで良ければ、むしろ喜んで!!一生ついていきます!!」
その言葉を聞いて、横瀬の殿様はハハッと笑うと、
「良い返事だ。では、城に帰るか。ついて来い、秀影!!」
そういって指笛を鳴らすと、馬が彼女の側にやってくる。横瀬の殿様はヒラリとその馬に乗ると、颯爽と駆けてゆく。
って!俺あれについて来いって事!?
俺は慌てて走り始める。走りながら、これから始まる新しい人生に、思いをはせるのだったーー
主人公、士官。そして名前決定。
主人公改め秀影君の主人は、横瀬成繁。気になった人は調べてみてくださいね。もしかしたら、タイトルの意味もわかるかも?
次回、『初めての一人暮らし(?)』