「これで良いでしょうか?」
「大丈夫、似合ってるわ」
「ん……」
御門の家で浴衣姿を見せるヤミにティアーユが笑顔で、真白が頷いて答える。今夜は彩南町で夏祭りが行われる日であり、御門の家にやって来た真白とヤミは着付けをして貰っていた。何度か着物を着た事のある真白や御門が余り慣れないヤミとティアーユに着付けを教え、現在は全員が着物姿である。
「ふぅ、大丈夫そうね。お静はもうお友達と行ってるから、私達も行きましょうか」
「えぇ。っとと! 着物って少し歩き難いわ……きゃ!」
「! ……平気?」
着物姿で告げる御門の言葉に頷いて歩こうとしたティアーユだが、慣れない服装にその足は覚束ない。やがてその体勢が崩れた時、真白が急いで前に立ってその身体を支える事でティアーユは転ばずに済む。真白にお礼を言ってもう1度立ち上がり、御門はそんな姿に溜息をついた。
「貴女達は先に言って楽しんで来なさい。私はティアに歩き方を教えてから行くわ」
「普通に歩くだけなのですが……」
「それが出来ないから教えるのよ」
その言葉に納得したヤミは少し考えた後、真白へ「行きましょう」と告げる。2人を待つつもりで考えていた真白は何処か様子の違うヤミの姿を見て御門と目を合わせ、理解した様子で頷いた。余り表情は変わっていないが、ヤミは少し楽しみにしているのだろう。純粋に祭りを楽しみにしていると思った真白だが、実際は前回の夏祭りで殆ど真白と一緒に居られなかった故である。
2人で御門の家を後にした真白とヤミは夏祭りの会場へ向かう為に足を進める。道中で食べたい物等を話し合い乍ら曲がり角を曲がった時、それは突然襲い掛かった。
「真白!」
「!?」
目の前に突如現れた黒い霧の様なものが真白へ向かって急接近し、ヤミが気付いて声を上げると同時にそれは真白の身体を通り抜ける。瞬間、真白は様々な現象に見舞われた。頭の中をかき混ぜられた様な不快感と微かに蘇った記憶。身体中に快感も襲い掛かり、真白は耐え切れずに膝をついてしまう。
「くっ! 何者ですか」
『……』
急いで真白を背に黒い霧から庇う様に立ったヤミは相手に話し掛ける。だが黒い霧は何も言わず、やがて人の形を作り始める。それはヤミと同じ
「こういう時は初めまして。と言うのか? 金色の闇」
「ようやく姿を現しましたか、マスター・ネメシス」
黒い影が形作った姿は1人の少女であり、彼女は薄い布1枚を着た状態でヤミに声を掛ける。最大までに警戒しながらヤミが言葉を返した時、黒い髪を揺らした少女……ネメシスは明らかに裏のある笑みを浮かべた。そして何も言わずにその足が1歩前へ出た時、彼女の姿は消えていた。
「お前にも挨拶をしておかないとな、三夢音 真白。初めまして、だ。……いや、この場合は『久しぶり』と言うべきか?」
「……ぁ……」
「どうにも人と会話するのはメアに任せていたからな、慣れていないのだ。!」
気付けば真白の目の前で彼女を見下ろすネメシスの姿があり、ヤミへ告げた様に挨拶を始める。だがその言葉に真白は下を向いたまま目を見開いて驚いた様子を見せ、構わず話を続けるネメシスにヤミが襲い掛かった。が、簡単に後ろへ飛んでその攻撃を回避すると少し離れた距離で再び笑みを浮かべる。
「三夢音 真白。お前があの時の事を忘れていたのは知っている。私はメアの中に居たからな。だが、今はどうだ?」
「……」
まだ辛い身体を無理矢理立たせて真白はネメシスの姿を見た。今現在、彼女の頭の中には目の前に立つネメシスとは別に1人の少女の姿が記憶として浮かび上がっていた。幼い頃、ヤミが培養カプセルの中でティアーユに話し掛けられて笑う姿とは他に別のカプセル内に居る少女。それは彼女を作る研究所の中で1人迷った時、入り込んだ部屋で見た光景。ヤミとは違って笑う事は無かったが、それでもシンシアだった真白はその少女と見つめ合った記憶。
「記憶を呼び起こした今、お前は私の事を知っている筈だ」
「……
唯名前を呼んだだけにも聞こえる真白の言葉だが、ネメシスはその姿に確信した様子で笑みを浮かべる。
「あの時、迷い込んだお前を私は今も覚えている。私を兵器としか見ない研究者共とは違う、お前の目を。言葉を」
『……女の子……?』
『……』
特殊な水の入った培養カプセルの中、幼い頃の真白へ見つめるネメシスは言われた言葉に目を見開いた。人として一切の扱いをされなかったネメシスは生まれた時から兵器だと言われて作られ続けていた。だからこそ、優しい目でカプセルを触って告げられたその言葉の意味をネメシスは知らなかった。だがその言葉が今まで言われていた言葉とは全く別の意味だという事だけは分かった。……数年後、崩壊した研究所でメアと出会ったネメシスはその言葉の意味を知る。
「私は兵器として生まれた。だがお前は私を『女の子』と言った。……不思議な事に、私はそれを忘れられない」
「……」
「それで貴女達は私と真白を狙った。私を兵器としての道に戻し、自分が忘れられない真白を消す為に。そう言う事ですか」
ヤミの言葉にネメシスは少しだけ意外そうな顔をした後、再び笑みを浮かべながら「いや」とヤミの言葉を否定する。
「消そう等とは考えていない。寧ろその逆だ。私は初めて見た光を忘れられない。ならその光を自分のものとし、その光すらも私達と同じ闇にしてしまえば良い。……要は三夢音 真白を私で染めたい。と言う訳だ」
その言葉を聞いてヤミは別の意味で警戒を強めた。殺すつもりが無いと分かった事は大きいが、狙っている事には変わり無い。故にヤミは手を刃にしてその姿勢を見せる。が、ネメシスは余裕そうな笑みを浮かべながら再び口を開いた。
「勘違いしないで欲しい。私は喧嘩をしに来た訳じゃない。宣戦布告でも無い」
「なら、何の用で私達の前に姿を現したんですか」
「挨拶。だよ。金色の闇。仲良くしたいのだ。お前や三夢音 真白……これからは真白と呼ぼうか。他にもお前たちに関わる様々な人間達と」
今度は訝し気にヤミはネメシスを見る。本心なのか裏があるのかは分からないが、やはりヤミは警戒を解く事をしない。ネメシスもそれは分かっていた様で、ヤミの後ろで守られている真白へ視線を向けて言葉を続ける。
「メアの中で私はお前たちを見ていた。そしてつい最近では兵器である筈のメアと本気で友達に成ろうとする者が居る事に心底驚いた。興味深いと思ったよ、人間とは」
「……兵器……じゃ、無い」
「お前はそれを私にも言うか?」
彼女の問いに真白は静かに頷いて返した。忘れてしまっていた事等への罪悪感が心の中にあるものの、今現在目の前に立って話をするのはネメシスと言う1人の少女。興味深いと告げた彼女の中にはやはり心があり、それだけで頷くには十分の理由だった。
「……やはりお前は私には眩しすぎる。だが、だからこそ染め甲斐がある」
「させません」
「ふっ。お前は私達兵器の中で一番光に当てられた存在だ、金色の闇。しかしお前の中に眠る本物の闇……
「ダークネス……?」
ネメシスの言葉に少しだけ驚いた様に、だが完全には分からない様子でその言葉をヤミは繰り返した。そしてそれは微かな隙となり、ネメシスはヤミが反応するより早く再び移動。真白の背後に立つと、ゆっくりその手を後ろから伸ばして真白の浴衣へ忍ばせ始める。幸いにも地球で過ごしていた時間が長い真白は浴衣の中に下着を着けていたが、ネメシスは迷う事無くその中にまで手を入れ始めた。
「んっ!」
「私が染め切るのが先か、お前が奥底まで染まるのが先か……楽しみだな」
「!」
反応する真白にニヤニヤと笑いながらネメシスが告げれば、ヤミはそこで反応して真白の背後へ攻撃を仕掛ける。だがネメシスはそれを軽く避けて大きく飛ぶと、2人から一番近い電柱の上に着地した。……その服装を薄い布1枚から膝下が短い浴衣へ変えて。
「浴衣と言ったか? 足を動き易くすれば、手元や暗器を隠せる。良い服装だ。……また退屈したら遊びに来るから、よろしくな。金色の闇。真白」
自分の恰好を確認しながら満足げに頷いたネメシスはそう言って夜の闇に紛れるが如く姿を消してしまう。後に残されたのはネメシスに好き勝手された真白とヤミの2人だけ。着崩れた浴衣を元に戻して2人が話を始めようとした時、遅れて家を出た御門とティアーユが現れて合流。何故まだ居るのか御門に聞かれた2人は先程起きた出来事を説明するのであった。
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記