芽亜がティアーユと話をしてから数日、彼女が目立つ行動を起こす事は無かった。新しい教員として迎えられたティアーユは御門の家で過ごしており、嘗て家族であった真白とヤミは結城家に住むリトや美柑達にだけティアーユとの関係を話した。リトは話を聞いてティアーユを結城家に迎えようと考えたが、真白とヤミがそれを断る。彼女達は既に話し合ったのだ。再会出来た3人は互いに何かが変わっていてもやはり家族である。だが真白にとって既に家族はヤミとティアーユだけでは無い。ヤミも結城家の者達と家族の様な関係になり始めており、ティアーユはそんな2人を新しい家族から引き剥がす真似はしたく無かった。故に決める。共に過ごす事はせず、だが心は常に共にあると信じる事に。
その日、彩南町は大雨であった。前日から天気予報で言われており、その予報では真白達が帰宅する放課後と時間は全く同じ。故に大雨が降るよりも早く帰る事が出来る美柑は『無理に急いで帰る必要ないからね?』と真白達に伝えていた。詳しい予報で適当に時間を過ごせば弱まる可能性が高い事を聞いていた真白達は美柑の言葉に甘え、その日急いで帰る事はしない。
「雨、止まないわね」
「ん……」
中には雨の中でも急いで家に帰りたい為に帰宅する者は居る。だが真白と同じ様に雨が弱まるのを待つ者も当然居る。唯もその1人であり、廊下で止まない雨を眺める真白の隣に立って声を掛ける。現在ヤミは教室にいるララ達の話に巻き込まれており、芽亜は既に帰宅している事から
「! 光ったわね」
「……雷」
突然窓の外が一瞬明るくなり、真白の言葉と同時に鳴り響く雷鳴が窓ガラスを揺らす。教室内では他に残っていた女子生徒達の数人が悲鳴を上げ、真白は家に居るであろう美柑を心配する。彼女は雷が苦手であり、間違い無く1人きり。何とか帰りたいと思った時、教室からヤミが姿を見せる。
「真白、雷です。美柑が怖がっているかも知れません」
「ん……」
考える事は同じであった。ヤミの言葉に頷いて歩き出した2人の姿に唯は驚いて窓の外を見る。先程よりも強い雨風に再び鳴り響く雷鳴。普通に考えて今外に出るのは危険である。が、2人にそれを言ったところで諦めないのは火を見るよりも明らかであった。宇宙人だから大丈夫。……そんな思いを抱きながらも、唯は放って置く事が出来なかった。
「私も行くわ。美柑ちゃんの事は私も心配だし、1人残って居てもする事無いもの」
「……分かった」
唯の言葉に真白は頷いて了承。下駄箱へ向かった3人は校舎の外に出る手前で降り続ける雨を今一度見つめる。傘を差したところで傘が壊れる可能性が高く、壊れなくても左右からの振り込みで濡れるのは間違い無い。だが1度帰る事を決めた真白とヤミに迷いは無かった。結城家から持って来ていた傘を手に真白が外に出ようとした時、ヤミがそれに待ったを掛ける。
「
「大丈夫なの?」
「分かりませんが、使ってみましょう」
ヤミが取り出したのは一見普通の傘であった。それは美柑を心配して帰宅しようとするヤミの姿にララが渡したものであり、少し大き目のその傘をヤミは開いた。目だけで入る様にヤミが促せば、真白と唯は同じ傘の中へ。そして3人が同時に歩み始めた時、雨は傘に当たる事無くまるで避ける様にして落ち始める。
「今回はしっかりした道具みたいね。これなら濡れる心配も無さそう」
「それでは行きましょう」
「ん……」
心配していた唯が驚くべき光景に安心する中、ヤミの言葉で改めて3人は結城家へ向かい始める。真白とヤミだけならば走る事も可能だが、唯が一緒である以上そうは行かない。歩きながら帰路を進む中、轟く雷鳴が3人の鼓膜を揺らす。雷が苦手な訳では無い真白達でさえその音には驚く程であり、苦手な美柑が怯えている姿を想像した3人は少しだけ足を速める。が、それは突然起きた。小さな機械音と共に突如ヤミの持つララの発明品、避け避けアンブレラくんが勝手に閉じてしまったのだ。
「ちょ! 何で閉じちゃったのよ!」
「どうやら電池切れの様です!」
「……」
強い雨風に大きな声で話す唯とヤミ。ララの発明品では珍しくしっかりした物だったが、今回の問題は持続時間だった様だ。真白は雨に打たれて風に髪を揺られながら静かに溜息を吐いて、2人の手を掴む。既に濡れてしまっている以上、走ったところで何の問題も無い。唯が転ばない程度のスピードで出来る限り早く走る事にしたのだ。Yシャツを瞬く間に濡らす雨が3人の服を透かし始め、結城家に到着した時3人は人に見せられない様な状態になっていた。
「ま、真白さん!? ヤミさんに唯さんまで! どうしたの!」
「……雷……鳴った、から」
「美柑が怖がっていると思って帰りました」
「私はその……ついでよ!」
「と、とにかくこのままだと風邪引いちゃう! 今タオル持って来るからシャワー浴びちゃって!」
帰宅した3人の姿に驚いた美柑が理由を聞いて内心嬉しく思いながら、同時に3人の心配をして駆け出す。部屋の中が濡れない様にタオルを用意して浴室に向かってもらい、そこでシャワーを浴びる事になった3人は徐に服を脱ぎだした。真白とヤミは普段から共に入る事が多い為に何事も無さそうだが、早々一緒のお風呂に入る事等無い唯は何故か緊張してしまう。服を脱ぎ始める2人をチラチラと確認しながら、1枚ずつ唯は服を脱いでいき……やがて生まれたままの姿になった時。唯の目には同じ姿の真白とヤミが映った。
「? ……唯?」
「何でも無いわ! 何でも!」
「……」
唯は真白の裸を見た時、一気に赤くなる顔を隠す様に目を背けた。様子のおかしい唯の姿に真白が首を傾げるが、彼女は必死に何かを隠すような素振りで答える。そこで何か察した様にヤミがジッと唯を見つめる中、3人は本来の目的を果たす為に浴室へ入った。シャワーを使ってお湯を出し始め、浴室内を温めながらそれぞれの身体も温め合う。しきりに目を閉じ続ける唯の姿に真白は不思議に思うも、深く質問する事は無かった。
「(臨海学校の頃は当たり前の様に見れたじゃない! 何で今はこんなに……)」
自分の事でありながら理解出来ない事に唯は困惑し続ける。その後、何とかシャワーを浴び終えた3人は美柑が用意した着替えを着てリビングへ。真白とヤミは普段着だが、結城家に住んでいる訳では無い唯は必然的に借りる事となってしまう。何度かヤミと美柑は唯が着ている服を持ち主である真白が着ている光景を見ており、だが唯故に明らかな違いを感じる。……それは彼女の大きな胸であった。
「少し、きついわね……」
「それ真白さんの服だから、仕方ないよ」
「そう、真白の……!?」
美柑の言葉に流そうとして流せずに唯は狼狽え始める。途端に洗濯で使う洗剤の香りとは違う何か別の香りを感じ始め、キッチンに立つ真白へ視線を向けた。外の雨風は未だに強く、今すぐ帰る事は難しいだろう。既に真白は美柑と話をして唯に夕飯を食べて行って貰う事にしており、美柑はそれを伝えると真白の居るキッチンへ向かい始める。その表情は笑顔であり、真白とヤミが雷の鳴り響いているこの状況で帰って来た事が嬉しいのだと唯は察した。
「私も何か手伝った方が……」
「止めて置くべきかと。2人の間に入るのは難しいと思います」
料理をする2人の姿に何もせず待つのを申し訳無く感じた唯が立ち上がろうとするが、キッチンに立つ2人を見れる位置に座っていたヤミが首を横に振りながら告げる。彼女の言葉に最初は意味が分からなかった唯だが、すぐにキッチンに立つ2人の動きが速くなり始めた事でその意味を理解する事となった。言葉を交わさずに互いの意思を察して行動する2人の姿に驚きながらも、常に昼食を初めとして一緒に料理すると聞いていた唯は納得する。
テレビも付けず、ヤミと共に料理を作る真白と美柑の姿を唯は眺め続けてた。不思議とその姿は飽きるものでは無く、気付けば時間が過ぎる。やがて玄関が開いた音で視線を外した唯とヤミは手の離せない2人の代わりに帰宅した誰かを出迎える事にした。
「古手川!? 何で……!」
「あ、唯だ! ただいま!」
「お帰り、ララさん。結城君。モモさんにナナさんも。真白が帰るついでに寄ったのよ」
「まぁ、そうだったんですか」
「その格好……今日は泊まってくのか?」
帰って来たのは結城家に住む残りの面々であり、それぞれが一様に唯の存在に驚く様子を見せる。腕を組んで押し上げられた胸を更に強調する唯の姿にリトが顔を逸らす中、喜ぶララや説明を聞いて眠るセリーヌを抱きながら納得するモモを前に唯の恰好に気付いたナナが質問すれば、唯は首を横に振って否定する。
「雨が弱まったら帰るつもりよ」
「……それは難しいと思いますよ?」
だが唯の言葉を聞いたモモが言った言葉に、今度は首を傾げる事となった。
「まさか予報が変わるとは思わなかったわ」
「……明日の……朝まで」
夜、真白の部屋にて。溜息を吐きながら呟いた唯の言葉に真白は続けた。夕方過ぎまで降り続けると言われていた雨は現在も降り続いており、唯はモモに言われた言葉を思い出す。それは携帯によって知る事の出来る最新の天気予報を見せ乍ら告げた事実。
『予報が変わって、この雨は明日の朝まで降るみたいですよ?』
「お兄ちゃんも泊まりになったみたいだし、ある意味丁度良かったわ」
「……嬉しい」
「! そ、そう……」
雨が止むまで家に居るつもりだった唯は雨が止まない事実に最初は困った。だが話を聞いていた美柑が「泊まって行けば?」と言った事で唯は悩んだ末に1日世話になる事を決断。結城家に居る者達の中で一番仲が良い真白の部屋で一夜を過ごす事となった。自宅の両親へ連絡した唯は自分の兄が同じ様に友達の家で泊まる事になった事を聞き、自分も友達の家へ泊まると説明。迷惑を掛けない様に言われながらも了承を貰い、今に至るのである。
現在、唯の服装は真白の私服から真白のパジャマになっていた。ヤミは美柑の部屋で過ごす事となり、既に夕食も済ませて後は眠るだけ。真白のベッドに2人で座ってた唯は恥ずかしさから顔を背けた後に立ち上がると、寝る為に真白へ布団が何処にあるのか尋ねる。が、真白はその質問に首を傾げた後に座っていたベッドを叩いて告げた。
「……ここ」
「? ここは貴女が寝るベットでしょ?」
「?」
唯は真白の言葉に当たり前の事を告げるが、彼女は何故か首を傾げてしまった。何かが噛み合っていないと思った唯は真白の言葉を理解する為に考えて……彼女が自分に自分のベッドを譲ろうとしていると理解した。故にベッドは真白が普段通り使い、自分は布団を敷いてそこで寝ると説明。だが真白は唯の言葉に首を横に振った。
「……布団、無い……2人で……寝る」
「へ?」
真白の部屋には最初から用意されているベッド以外に寝る道具が用意されておらず、基本的に同じ部屋で寝る者は同じベッドで眠る事が殆どであった。以前からヤミと一緒に寝ていた事もあり、真白からすれば自然の事。故に今日も当然の様に同じ布団で寝ると考えていた。が、それを聞いた唯は理解すると同時にその顔を赤くし始める。
暗い部屋の中、自分の入っている布団の横を捲って誘う真白。その誘いに乗って布団の中に入った唯と真白は互いに惹かれ合って身体を寄せ合い、身体が火照り始めた事で着ていたパジャマを脱ぐ。離れる事はせずに裸のまま、互いに肌を触れ合わせ続けた2人はやがて口元を近づけ……唯は妄想の世界から現実に覚めた。
「は、破廉恥よ!」
「?」
突然言い放った唯の言葉に真白は首を傾げる。唯は何とか別の布団を用意出来ないか話すが、既に美柑達は眠っている頃故に物音を立てれば起こしてしまう可能性もある。少し考える素振りは見せたものの、真白は首を横に振って否定。他に選択肢は無く、唯は少したじろいだ後に覚悟を決めると再びベッドの上へ。
「ね、寝るわよ!」
「……ん」
寝る為に気合を入れる唯の姿を見て真白は不思議に思いながらも頷き、唯の隣で横になる。奥に真白が、手前に唯が並ぶ様にして横になった2人。真白は誰かと共に眠る事に慣れている為、短時間で寝息を立て始める。だがもう何年もの間、自室で1人寝ていた唯は落ち着く事が出来なかった。静かな寝息を聞いて真白の方へ向けば、そこには微かに穏やかな表情で眠る真白の姿が。気付けば唯はその顔を見つめていた。
「寝ている時は自然な表情なのよね……貴女は」
無意識に伸ばした手が真白の髪を掻き上げ、微かにくすぐったそうに身動ぎする真白の姿を見て唯は微笑む。指の間を通る髪の心地良さを感じて、本人が寝ている故に恥ずかしがる事も無く唯がそれを続けていた時。眠っていた真白の身体が動き始める。仰向けだった身体を唯の方向へ向け、その身体へ抱き着く様に寝返りを打ったのだ。身長に差はあるものの、横になっている2人の頭の位置は同じ。故に至近距離で見つめる真白の顔と押し付けられ合う胸の感触に唯の顔は再び真っ赤に染まる。
「! !? っ!」
「……ん……すぅ……すぅ」
真白を起こさない様に自分の手で口を塞いで唯は声にならない悲鳴を上げる。彼女の状況など知る由も無く眠り続ける真白は静かな吐息を立てており、唯は内に感じる早い心臓の鼓動に困惑した。シャワーを浴びた時と同じ、真白が傍に居る事で感じる胸の高鳴り……唯はそれが何か知っている。経験した事がある訳では無いが、知識として。だが、それは本来唯にとってあり得ない事であった。相手が真白である故に、くだらない事であると思っていた故に。
「ん……ゅ……ぃ」
「私……は……」
眠りながら自分の名前を呼ぶ真白の姿を前に葛藤する唯は、やがて頭を左右に強く振って何かを振り払う。抱きしめられた身体は解放出来そうに無く、唯は諦めた様に真白の身体を自分もまた抱き返して目を瞑った。……そして夜は明ける。
「……唯?」
「平気よ、本当に平気」
翌日、目の下に隈を作った唯は真白に心配される事となった。
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記