【完結】ToLOVEる  ~守護天使~   作:ウルハーツ

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第89話 お礼は愛情籠った唐揚げの味

 昼休みを迎えた時、真白はヤミと共に小さな袋を手にして教室から廊下へ出る。授業の合間にある休み時間に、『昼は用事がある』と伝えていた為に真白の事を誘う者はおらず、彼女が向かった先は違う階にある上級生の教室がある場所であった。教室から外に出て来る3年生達によって徐々に賑わう中、真白は探し人を求めて辺りを見回す。すると少し離れた場所から聞こえて来る、特徴的で聞き覚えのある高笑いがその耳へ届いた。

 

「天条院 沙姫の声ですね。恐らく傍に居ると思います」

 

 ヤミの言葉に頷いて声のした方へ歩き始めた真白。教室の中には居なかった様で、廊下を歩いていた2人はやがて3人で並んで歩く見覚えのある後姿を見つける。それは真ん中で意味も無く高笑いをする沙姫と少し呆れながらも横を歩く凛、「沙姫様、ご機嫌ですね!」と話し掛ける綾の姿。徐々に距離が縮まれば、黙って沙姫を見ていた凛が2人に気付いて振り返った。上級生の居る階に2年生が居る事と真白達が自ら近寄って来た事に怪訝な表情を見せた凛。そんな彼女の姿に気付き、沙姫と綾も真白とヤミに気が付いた。

 

「あら、三夢音さんにヤミさんではありませんか? 何か用ですの?」

 

「ん……これ」

 

「! 何だ……私に、か?」

 

 沙姫の質問に頷いた真白は話をしていた沙姫では無く、凛の前へ移動する。10㎝以上身長に差がある為、見下ろす形となった凛は真白が差し出した袋を前に困惑する。その様子は明らかに自分へそれを渡そうとしており、確認する様に聞けば静かに頷いて真白は肯定した。突然の事だった為、恐る恐る受け取った凛。袋の中を覗いてみれば、そこには小さなタッパが入っていた。

 

「な、何を貰ったの?」

 

「これは、唐揚げ?」

 

 言葉を発さない真白から突然渡された物に見ていた綾も不安を感じており、彼女の言葉で凛がそれを取り出せばタッパの中身が露わとなる。それは美味しそうな色の唐揚げであり、更に困惑する凛に真白は告げた。

 

「……美柑……お世話に、なった」

 

「夏の暑さに倒れかけたところを助けて貰ったと聞きました。それは真白と美柑がお礼の為に作った、一番の得意料理です」

 

 凛は真白の言葉とヤミの言葉を聞いて、数日前の出来事を思い出す。1人で買い物をしていた美柑が夏の暑さに意識を失い掛け、偶々通りかかった自分がそれを助けた事を。何度か沙姫が呼んだ集まりで美柑と顔を合わせた事はあった為、その日沙姫とは別に行動していた凛は美柑を自分の家に上げた。シャワーを貸して家で休ませ、何とか体調を元に戻す事が出来た美柑と様々な話をした凛。その会話の中には結城 リトと三夢音 真白の話も含まれていた。そして凛は美柑を結城家の近くまで見送り、その後の事は当然知る由も無い。だが現在こうしてお礼の品を渡されている事から、美柑が無事に帰宅して話をしたのは間違い無いと理解する。

 

「……ありがとう」

 

「礼が欲しくてした事じゃない」

 

「凛、ここは受け取って差し上げなさい。貴女にその気が無くても、貴女がした事は立派な人助け。(わたくし)も友達として、誇らしく思いますわ」

 

 お礼を言われて何とも言えない表情を浮かべる凛の姿に沙姫が告げる。既に用意された唐揚げは凛に食べて貰うために作られた物。その中には美柑と真白の感謝の思いが込められており、沙姫の言葉に凛はタッパを袋に戻すと頷いた。

 

「分かった。受け取ろう」

 

「ん……」

 

 凛の言葉に無表情乍ら何処か満足げに頷いた真白は一度お辞儀をしてその場から立ち去ろうとし始める。ヤミも全く同じ様にその場を去ろうとするが、そんな彼女達に沙姫が声を掛けた。

 

「お待ちなさい。貴女達、昼食はまだですわね?」

 

「? はい、そうですが」

 

「でしたら、今日は特別に私達と共に過ごす事を許可致しますわ!」

 

 沙姫の言葉にヤミと真白は目を合わせる。聞いていた凛と綾も驚いて目を見開く中、言葉を交わさずにヤミと会話を終えた真白は振り返って静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九条家。そこは大きな座敷の家であり、代々天条院家に仕えている家である。凛は放課後も長い時間を沙姫の元で過ごし、帰宅。家に人の気配はなく、凛は荷物を置いて今日1日の汗を流す為にシャワーを浴びる。暖かいお湯が頭から首筋や大きな乳房を伝って落ちる中、凛はその日1日を振り返る。何時もの様に沙姫の元で仕えていた自分の元に突然やって来た真白とヤミ。受け取った唐揚げとお礼の後、沙姫の言葉で共に昼食を取る事になった。

 

「思えば、初めてだったな……」

 

 凛は真白とヤミの存在を、特に前者に関しては警戒対象として知っていた。決して悪い事をする人物では無いが、何かと沙姫の障害になる人物として。故に凛は彼女に会う度、彼女を敵として見てしまう。それと同時に何時か打倒すべき相手としても。……だからこそ、彼女と共に昼食を取る時間は彼女を知る大きな機会となった。

 

 美柑はリトが頼りになる存在であり、真白は決して感情に乏しい訳では無いと語った。凛のリトへの認識は所構わず破廉恥な事を行う(ケダモノ)であった為、美柑の話を聞いて少しだけその認識を改めた。と同時に真白への認識も微かに改める。そして今日この日、昼を共に過ごした事で凛は美柑の言った言葉が真実であると知った。

 

「見た目は無表情だったが、な」

 

 普段話す事が無い故に沙姫は真白やヤミに色々な話をした。基本は聞きに徹する2人だが、答える時はしっかりと答える。好物は甘い物。得意な料理は唐揚げ。ララとの関係は昔からの友達であり、美柑やリトとの関係は血の繋がらない家族である。無表情乍らも答える真白の姿は傍から見れば感情が無い様にも見えたが、美柑の言葉を聞いた凛には少しだけ微笑んでいる様にも見えた。気の所為と言われればその通りかも知れない。が、美柑の言葉が嘘では無いと凛は確信していた。

 

 シャワーを止め、濡れた身体をタオルで拭きながら浴室を出た凛は着けていた下着とは別の下着を手に取る。大きな胸を下着で覆い、大事な場所も下着で隠す。そしてその上から自宅であり、他に誰も居ない為に一番動き易い格好になった凛。浴室を出て鞄を開けた時、その中に自分が持って行った荷物とは別の荷物を見つける。それは真白に渡された、美柑と真白特製の唐揚げであった。

 

「結城 リトの好物と言っていたな」

 

 昼食の際に食べようと思っていた凛だが、誘った沙姫が用意したのは大量の料理であった。真白達を含めた5人でも食べ切るのがやっとであり、話や食べる事に意識を向けていた全員はすっかり唐揚げの存在を忘れていた。凛だけが覚えており、だが満腹の腹に唐揚げを追加するのは苦しいと考えてそっとそれを鞄にしまったのだ。昼食で渡そうとしていた事から、冷める事は考慮されている筈の唐揚げ。会話の中でリトの好物が唐揚げと聞いていた凛は静かにそのタッパを開けた。当然暖かくは無いが、それでも美味しそうな香りがタッパを中心に凛の鼻を擽る。

 

「はむっ。……上手いな」

 

 直接手で掴んで口へ運んだ凛は1人静かに感想を呟いた。決してそれは今までで1番等と言う物では無い。沙姫の傍に居る事で、その気が無くても腕の良い料理人の作った料理を食べる事もある。断っても彼女が『一緒に食べますわよ』と半ば強引に誘う事もあるのだ。だからこそ、世界で指折りの料理人が作った唐揚げや他にも美味しいものを食べた事がある凛。だが、目の前に置かれる冷めた唐揚げの味を凛は美味しく感じた。名のある料理人が作る料理とは違う、何か。言うなればそれは……愛情の味。

 

「…………」

 

 その後、凛は1人故に言葉を発する事は無かった。だが彼女が就寝する頃、九条家のキッチンには洗い終わった空のタッパが置かれていたのだった。

各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?

  • サブタイトルの追加
  • 主な登場人物の表記

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